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2.名探偵とその弟によるドラマ視聴。

「まーたお前らか。おい一般人、捜査の邪魔するんじゃねぇ」


「何よ、あんた。今更なんの用なの!?」

「へへっ、親父が死んじまったって聞いたからよ。ホラ、流石に葬式に顔を出さない程の親不孝者じゃねぇからな」

「フンッ、どうせお前は親父の遺産が目当てなんだろう。本当に恥知らずの弟だ」


「復讐して、それが何になるのですか。境さんはそんな事を望んでいませんよ」

「五月蝿い! お前に、お前なんかにあいつの何が分かる……!?」


「殺すつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと驚かせてやろうと思って、それなのに……」


「おお、久しぶりだな遠藤。お前は変わってないなぁ……」


「そうですか。でもあなた、あの時こう言ってましたよね?」


「最後に、もう一人だけ許せない人間がいるんだ……」

「……! 待て、止めろ!!」

「そう、俺は何よりもあいつを救えなかった俺自身が許せないーー!」


「……私達は、とんでもない勘違いをしていたのかもしれません」






 ーー薄暗い場所で、二人の人物が言い争っている。顔が判るのは、片方の人物だけだ。そして、その人物は、何かを言い捨ててから立ち去りかけて、背後から頭部を殴られてふらついた。彼の足元が画面に映る。黒い革靴が、足を踏み外した。悲鳴をあげる余裕もなく、革靴の持ち主は階段から落ちた。鮮やか過ぎる血溜まりが、カーペットに広がっていく。それから、当たり前のようにドラマのタイトルとCMが流れた。


 血生臭い出来事とは全く関係のない明るいCMが幾つか流れた後に、何事もなかったようにドラマが再開された。探偵役である主人公とその相棒とも言える助手役の日常の会話、たまたま出掛けた先での知り合いの刑事達との遭遇。殺人事件が起こった事が分かったかと思えば、刑事達に追い払われた主人公達。事件に興味を抱いた主人公達は、独自に捜査を始める。後日、被害者の娘へと会いに行った主人公達は、彼女を慰めていた被害者の友人にも事件に関する話を聞こうとして、頑なな態度の彼女に追い払われてしまった。


「ーー兄貴、多分犯人はこいつだよ」


 被害者の娘役のアイドルと一緒に居た、大物の俳優が演じる被害者の友人役を指差してそう言えば、俺の隣でドラマを見ていた本物の『名探偵』は、驚いたように大きく目を見開いた。


「ドラマが始まって10分も経ってないのに、よく分かるな。それで、どうしてそう思ったんだ?」

「だってこの俳優、ちょい役にしては大物過ぎるし、出世作の映画でも悪役の演技が凄くて売れた人だし。ついでに言うと、こういうサスペンスドラマって新聞紙のキャストの3番目か4番目くらいの人が犯人の事が多いから、この俳優の役が犯人だと思うな。この人は4番目だった」

「……そういう先入観や思い込みから推理をするのはよくないぞ、二葉」

「ドラマだから良いじゃん。……あ、CM明けた」


 珍しく何らかの事件に巻き込まれる事もなく無事に帰宅した『名探偵』ーー兄貴と並んで見ているのは、人気のミステリードラマだ。基本的に1話完結型のスタイルなので、うっかり何話か見逃しても問題なく話に付いていける。夕食を食べ終え、ジュースを飲みながらだらだらと見るドラマは結構楽しい。ちなみに、父さんは今日は残業で帰りが遅く、母さんはお風呂中だ。


 地味で平凡な男子高校生だった前世の俺はドラマよりもアニメが好きだったけど、『法月二葉』になってそれなりの頻度で物騒な事件に関わるようになってしまってからは、推理力が鍛えられるかもしれないと言う希望を持ってミステリードラマやサスペンスドラマもよく見るようになった。まあ、結果として、こういうドラマではどんな展開が多いのが何となく分かるようになっただけだけど。


 個人的にアニメの方がやっぱり好きだが、ドラマも見ていて面白い。特に、SNSとかで実況を呟きながらだらだらと見ると存外楽しかったりする。ただしリア充やOL向けっぽい恋愛ドラマは精神を削られるので俺は見ない。うん、俺はまだ小学生だからそういうのはまだ早いだろう。


「あ、今主人公が何か拾った。ーーふーん、壊れたボールペンか」

「……やっぱり、そうか……」

「って、あの俳優が演じてる被害者の友人が捕まってるじゃん。まだ30分も経ってないし、中盤でこの展開ならこれは別の誰かが真犯人っぽいか」

「ああ、情報が足りないから断言は出来ないが、この人は恐らく……」

「……兄貴、もしトリックとか途中で分かっても絶対言わないで。ネタバレすんなよ、頼むから」


 普段は事件に巻き込まれたり、解決してから事情聴取を受けたり、怪我の治療をしたり、学校を休んだせいで大量に出された課題をこなしたり、やたら旅行に出掛けたりしているせいで兄貴が夜の9時頃にこうして家でのんびりしているのは珍しい。そう、要するに、兄貴はこの時間帯にやっているテレビ番組を余り見れないから、このミステリードラマも兄貴は普段見ていない。深夜のちょっとお色気シーンがあるドラマは録画してひっそり見ているみたいだが。むっつりめ。


 テレビの画面には、ドラマの主人公が聞き込みをしているシーンが映っている。「そういえば」「何ですか?」「いえ、これは事件とは全く関係ないとは思うのですが……」「構いません、聞かせてくれませんか」大抵、こんなやり取りをしてから出てきた情報は、かなり重要な推理の鍵になるのがお約束だ。そういえば、こういうやり取りを兄貴も度々してるよなと思いつつ、コップの中のジュースを飲み干した。テーブルの上に起きっぱなしのペットボトルからおかわりを注ぐ。母さんが長風呂している間に出来る贅沢である。


 二杯目のジュースを飲みながら横目で隣の『名探偵』を盗み見ると、実際に事件に遭遇した時のような真剣な眼差しをミステリードラマに向けている兄貴が居た。兄貴が居るならこういう系のドラマは見ない方が良かったかなと思いつつ、リモコンに手を伸ばしかける。でも、途中で急にチャンネルを変えるのは不自然だろうと考えて、引っ込めた。


 ーー高層ビルの屋上で、ドラマの主人公達が被害者の娘役のアイドルと対峙した。大根気味な演技の彼女に、主人公達は推理を披露する。被害者と言い争って後頭部を殴ったのは、どうやら彼女だったらしい。被害者の友人は、そんな彼女を庇っていただけだった。ドラマの残り時間は10分もないから、きっとこれが真相なのだろう。真犯人による回想シーンが入り、被害者が娘に酷い暴力を振るっていた事が明らかになる。実は被害者の妻の幼馴染であった被害者の友人が見かねて止めたりしていたが、日常的に繰り返される暴力は被害者の娘の精神を蝕んだ。父子家庭で育った彼女は、唯一の肉親を心底憎んでいた。被害者の友人は、愛した女性に似た彼女を守りたかった。真犯人が捕まった事を知った被害者の友人が崩れ落ちて泣き、後味の悪いままCMになった。


 ところで、推理物に登場する被害者は、幾つかのタイプに分類出来ると思う。ーー犯人に同情したくなるような、生前は酷い行いをしていた被害者。ひたすらに可哀想な被害者。実は良い人なのに色々なすれ違いが起きて殺された被害者。今週のこのドラマの被害者は、1番目のタイプだ。

 そう、先週末に『法月一真』が解決したばかりのとある事件の被害者と、同じタイプ。違いがあるとすれば、フィクションとノンフィクションの差だ。その事を思い出してしまった俺は、やっぱり今日は別の番組を見るべきだったと考えた。気まずい。


「最近のドラマって、現実味があってリアルなんだな」

「……お、おう」


 そんな風に考えていた俺の耳に、感心したような口調の兄貴の声が聞こえてきた。作り物のドラマを見てそんな感想を抱くのは兄貴くらいだろ、という本音の言葉を無理矢理飲み込み、とりあえず相槌を打っておいた。そうこうしている間に、来週の次回予告が終わって、短い天気予報の時間だ。明日は曇り時々晴れ。所により雨が降るでしょう。


 ーークライマックスで探偵役が崖っぷちや高層ビルの屋上で犯人と対峙したり、逆上した犯人に探偵役が襲われそうになったところで警察が到着して助かったり、昔の知り合いと久々に再会するとその知り合いが高確率で被害者もしくは犯人になったり、あからさまに怪しいと思われていた人物から全てを話すと言われて呼び出されたらその人が死んでいたり、聞き込みをしに行ったらタイミングよく取り立て屋に遭遇したり。

 作り物のドラマでよくある展開は、普通の人間にとっては「そんなのありえねー」と言いたくなるようなものだ。まあ、『名探偵法月一真の事件簿』の主人公である兄貴にとっては『リアルによくある事』になってしまうので、兄貴は先程のドラマにもリアリティを感じたらしいけど。


 5分にも満たない天気予報の後で、明日の夜にあるクイズ番組のCMが流れた。先程、大根演技をしていたアイドルが、他の出演者と一緒にキャーキャー騒いでいる映像が、数秒だけテレビ画面に映る。

 こういう風に、ドラマの出演者がバラエティ番組なんかに出ているのを見ると、ドラマはやっぱりフィクションなんだなと強く思う。そんなフィクションに匹敵するか、それ以上の凄惨な出来事に巻き込まれる『名探偵』のドキュメンタリーを放送したら、視聴者達からはきっと「ありえねー」と叩かれるのだろう。主にネットとかで。




 ーー本当に、『名探偵』の周辺で起きる事実は、ドラマより奇なり。ペットボトルを冷蔵庫に戻している間に外から聞こえたパトカーのサイレンを聞きながら、俺はそんな事を考えた。明日は、兄貴の帰りが遅くなりそう。

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