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乙女ゲーム系短篇集

・・・え? 何の話ですか。

作者: 軋本 椛

 ご拝読感謝です!




 恵美は不機嫌だった。

 この世界は私の為に存在しているのだ、とヒロインの立ち位置に居る彼女は考える。それ故に、今の上手くいかない状態がどうにも気に食わなかった。


 恵美は転生者だ。

 乙女ゲームのプレイに嵌り込んでしまって、現実ではその齟齬に苦しみ飛び降り自殺をした。そして気がついた時にはこの世界で目を覚ましたのだ。

 この世界が何か、彼女はすぐに理解した。何せ、全ルートを攻略し、熟知していると自らを豪語するゲームである。

 自分がその世界に存在していて、それもヒロインの立ち位置だと把握した時、恵美は歓喜した。神様に会ったことはないが、これこそが神の意思なのだと電波なことまで享受していた。

 最初のイベント、プロローグでもある入学式を終え、彼女が目指したのは一人に絞ったルートではなく、生徒会に所属して全ての攻略対象を同時に攻略するハーレムエンドであった。

 会長に出会い、生徒会役員達とも出会い、二年で攻略対象である教師の推薦で生徒会の補佐に着いた。

 そこからは生徒会の仕事として隠しキャラである風紀委員長とも交流ができ、記憶に残っている選択肢をフルに活用しながら、二年から隣の席になって攻略の手伝いをしてくれる友人キャラを利用しつつ、恵美は着々と攻略を進めていく。


 そして夏休みが訪れる前の一学期の終わりが近い現在、彼女は不機嫌であった。


 元々が平凡である彼女には仕方がないが、彼女は生徒会に向いていなかった。仕事の処理速度も遅く、そのうえ恵美が生徒会役員達を攻略した弊害か、少しでも長く一緒にいようとした役員達も仕事をサボるようになってきている。

 その結果といえばよいのだろうか、生徒会に任される仕事は溜まっていく一方であった。

 とはいえ、彼女が不機嫌な理由は、仕事の量ではない。そんなことは考えたこともないだろう。恵美の不機嫌は別の所に理由があった。

 彼女の様子を見ていて仕事が大変そうだと判断したらしい友人キャラが、手伝いを申し出たのである。それも、断り切れないことに役員たちの目の前で。

 悪いから、と断ろうとはしたのだが、仕事の処理に危機感を感じ始めたらしい役員たちの言葉と、心配そうに手伝いたいのだと折れること無く告げる少女の姿にやはり彼女はきっぱりと断りきることが出来なかった。

 それというのも、そんな出来事はどこのイベントにもなかったという動揺でもあったし、恵美が攻略対象達の前で猫を被り続けているからでもあった。

 優しく温和な仮面を被っているからには、そうきっぱりと物事を言いづらいのである。


 しかし、それからが重要であった。

 能力値でいえば恵美よりも生徒会に向いており、仕事の処理も早い友人キャラ……依散いちるであったが、それ以上に彼女には欠点があった。

 依散の最大の難関として、ドジを踏むのである。

 確かにイベントの中では彼女のドジを切っ掛けに出会い、進行するイベントもあった。その為のキャラ付けであろうと軽く流していた要素であったのだが、こうして一緒に行動していると、それが何処まで厄介であるかがよく分かる。

 抱えていた書類はぶち撒けるし、本来は恵美が躓いて助けが入るシーンも、彼女がしょっちゅう躓くせいで特別感が感じられない。

 今日に至っては視界が塞がれるほどの資料を抱えて歩いていたせいで生徒会室に設置してある物置用の棚にぶつかり、ひっくり返した。

 皆で拾い上げて収納をし直したは良いものの、真っ先に片付け始め、深く反省しているのか目尻を下げ、泣きそうな表情のまま謝罪をする彼女へ強く怒ることが出来ない。

 心なしか目元に涙が溜まってきているようにも見えて、恵美に残る良心と理性がそれを良しとしなかった。彼女がゲームのキャラであると何度も思い直したって、人はペット育成ゲームで育てている可愛らしいペット達に絆されるだろう、そういうことである。

 彼女以外の彼等さえも、仕方ないと呆れているような表情以上の感情は無いようであった。


 恵美は、どうしても怒りきれない、拒絶しきれない彼女を傍に置き続けることに不機嫌を募らせていた。その一方で、何故か全く進歩した様子のない風紀委員長の攻略も彼女の不機嫌に拍車をかけている。

 携帯に備え付けられた好感度を見なくてもよくわかる、恵美自身が彼の嫌う生徒会であるということが邪魔をしているのか、イベントの発生率も悪く、彼の中で恵美の存在がどういう位置に属しているのかがよく解っていない状態であった。


 恵美は不機嫌であった。

 ヒロインである自分の思い通りに進まないゲームの現状も、少しずつキャラクターに感情移入し始めている自分自身のことさえ、不機嫌である理由であった。




  ▼


「恵美ちゃん、ほんとにごめんね。手伝うって言ったのわたしなのに全然役にたってないよね…」


 今日の失敗は今までの中でも更に酷かったと、こぼれそうになるものを必死に押さえつけて依散は言った。申し訳なさが見た目から解るように、彼女の目線は伏せられている。緩くウェーブの入った長い黒髪が、どことなくしょんぼりと張りを無くしているようにも見えた。


「だ、大丈夫だよ! 仕事の進みが早くて助かってるのはこっちだし。そりゃ、少しは落ち着きを持ってくれたらこっちも助かるけど」


「…………だよね、」


 フォローを入れようとした恵美の言葉に更に落ち込んだ様子の彼女は、今日はもう大人しく帰るね、と棚にぶつかった時に強く打ち身した腕を擦りながらそう言った。

 夏季に移り変わり、袖の短くなった夏の制服は依散の腕に貼られた湿布を隠していない。

 小さく溜息を付いた彼女は、見送ってくれる友人に一度礼をしてから帰路を進んだ。


 どうにも上手くいかない、と依散はのんびりとした歩調で歩きながら考える。

 こうしたい、という理想は彼女の中にもあるのだが、やはりそう上手くは事が運ばないのか毎回何かしらのミスをする。

 今日は余りにも多くの資料を抱えて、視界を完全に塞いでしまったことが失敗であった。

 すれ違った誰が見ても落ち込んで悩んでいる様子の彼女の頭を、急に軽い衝撃が襲う。風とは違うそれによって髪がくしゃくしゃに乱れ、驚いて顔を上げた彼女の目に写ったものは、見慣れた顔の意地悪そうな表情であった。

 何度か瞬きを繰り返して、ふっと依散は頬を緩める。


「お兄ちゃん」


「どーしたよ依散、見た目から解るような負を周囲に撒き散らして」


 自信家というのだろうか、自分には何ら恥じるところなど無いのだと豪語する彼は、何を隠そう、依散の実の兄である。

 しかしながらまだ二人が幼い頃に両親が離婚し、別々に引き取られたという経緯が有るために、依散と彼は住む家も苗字も異なるため、彼等が兄妹であることを知っている者はあまり多くはない。

 敵が多いと自らのことを自覚している兄自身も、その事実を出来るだけ広げないようにしているようでもあった。


「――――もしかして、また遣ったのか?」


 言いづらそうに視線を落とす彼女に、咲都さくとは徐ろに問いかける。

 こくり、と小さく依散が頷いたのを確認すると手を自分の額に打ち付けて、彼は深く溜息を付いた。そして呆れたような表情をつくると、ぽんっと軽く頭の上に手をのせる。


「おまえなぁ……いい加減自分を大事にしろよ」


 依散はオレと違って悪評もないし過ごしやすい環境の筈だろ、と咲都は告げた。

 二人が兄妹であることを隠しているのは彼女の過ごしやすい環境づくりの為であって、こういうことの為ではないのだと軽い調子で彼は諭す。

 しかし、依散はそれに対し納得した様子はなく、「でも…」と彼の言葉を切って言う。


「わたし、お兄ちゃんの為だけにやってる訳じゃないもの」


 ふと気が取られたように歩みが止まりかけた咲都を追い越して、依散は振り返った。

 彼女は、楽しそうに笑っていた。


「好きでやっていることだよ、わたしとお兄ちゃんは同じ穴の狢だもん」


 無邪気な子どものように微笑む彼女が差し出したものを仕方なしに受け取って、彼は苦笑する。

 何を知っているか知れないと周囲に恐れられている彼も、妹にはどうにも甘くなってしまう性質であった。

 人間として間違っている道へ歩みを進めていても、止めようとは思えない。


「これはどう遣ったんだ? 関係者以外立ち入り禁止だし簡単には仕掛けられないだろ、生徒会室には」


 依散がこうして帰った後も、仕事と恵美の取り合いをしている様子を、確認がてらに付けた片耳のイヤフォンから聞きながら彼は問う。

 聴かれるとは思っておらず、プライベートな話をする彼等がいる場所は確かに生徒会室であるようだ。


「うん、これはちょっと苦労したの」


 咲都の言葉を肯定して、苦労した結果を自慢するように楽しげに彼女は説明する。


「恵美ちゃんの優しさにつきこんで生徒会のお手伝いするようになったは良いんだけど、部外者が侵入しないための措置があるから絶対わたしが生徒会室に居る時にはもう一人役員がいて、こっそり仕掛けられなかったの」


 本当に真面目に手伝うことになっちゃって損した気分だよ、と依散は言う。そしてその損した部分を咲都が取り返してくれるのを期待している、と言葉とは裏腹な穏やかな笑みをつくった。


「転けたふりして書類ばら撒いて、その隙に仕掛けようと何度か試したんだけどそれも上手く行かなかったんだよね。仕方ないから棚ごとひっくり返して、直す時に一緒に仕掛けちゃった」


 頑張ったでしょ、と見上げてくるのを咲都が褒めてやれば、照れたように依散は控えめな笑い声をもらした。きゅっと手を握って、照れたように腕に抱きつく。


「えへへー…………お兄ちゃん、だいすきっ」


 オレも好きだぞー、と彼が言えば一層嬉しそうに照れて、甘えた猫のように擦り寄った。

 兄である咲都にとっては昔から変わらない甘えんぼうな妹に、そんな苦労をして仕掛けたものをこうやって渡してしまって良いのかと聞けば、良いんだと彼女は告げる。

 彼の目的である、現生徒会長を会長職から引きずり降ろす要素の一つとして利用してほしいのだと言った。


「お兄ちゃんって会長のこと嫌ってるのに認めてるよね、何で?」


「あー? 別にオレはあいつに劣ってるとは思ってねーし、あの野郎のことはだいっきれぇだけどよ、……あの努力根性だけには勝てねーわ、マジで」


 気分悪気にそう言った咲都は、しかし一変、意地が悪いニヤリとした釣り気味な笑みを浮かべて続ける。


「でも今はちげぇーな。…………恵美とか言ったっけ、依散のオトモダチ。あの女に骨抜きになってからは唯一の勝ちどころをてめぇで潰してる。――――こうなれば、引きずり下ろすしかねぇだろ?」


 唯一の勝ちどころというもので彼に会長を取られ、その下には絶対に就かないと意志を固めて生徒会入りを蹴り、風紀委員長へとのし上がった彼は楽しそうにそう言う。

 そんな兄に、妹は問いかけた。


「でも本当に毎回、お兄ちゃんは正面から仕掛けたりしないでしょ?」


 負けていないのであれば正面から争える筈だと、言外に告げる彼女へ兄は答える。


「ばーか。愚直に真正面からぶつかってったりしたら、オレみてーなのに足元救われるだろ?」


 ……あいつみてぇな真っ直ぐなバカじゃねーんだよオレは。


 まるで、ではなく現にそう言っているような咲都は、何かを企んでいるような、喜んでいるような、そして若干の寂しさが混ざっているように思うしたり顔を浮かべていた。





 居住する場所が違う咲都とは途中で別れ、ひたすら家へと歩む。

 ……少し質の悪いものを選んでしまったのかもしれない。

 支障はないけれど、ノイズ混じりの声をイヤフォン越しに聞きながら依散はそう考えた。

 制服や鞄だと洗ったり別の物に変えてしまって聴き取れなくなることがある。だから彼女は、これを機種変更もそう頻繁にはしない携帯に取り付けていた。

 今日も変わらず、問題なく音声が聴こえることに薄っすらと口角を上げる。


 彼女がこうやって、盗聴器を乱用していることを彼女の兄はまだ知らない。せいぜい、自分の役に立とうとしたことを切っ掛けに各所に仕掛けている程度だと思っているだろう。

 しかし、事実として彼女は情報を入手するために、校内外のあちらこちらへと盗聴器と監視カメラを仕掛けていた。

 その中でも特にこれは大分非人道的である、人に仕掛けたものである。

 誰の前でも吐き出さない、自分一人で居る時にしかこぼさない言葉を拾うために、大分前から仕掛けていたもの。


「生徒会のものなんていらない、」


 オレに渡して良いのかと兄が問うた言葉を思い出した依散は、吐き捨てるように呟いた。

 兄の手によって生徒会長、および他の役員たちも職を逐われることになるだろう。死にゆく者、とはいっても本当に死ぬわけではないが、そんな者達には何の用もない。

 脅すネタが必要であれば、新しい生徒会役員が立ってから近づき、仕掛けてしまえば良いだけである。

 依散にとって、彼等は何の用もない相手であった。わざわざ情報を集める必要があるとも思えないような相手であった。


「――――――わたしのメインディッシュは恵美あのこだけだもの」


 依散とは違う価値観を持ち、違う視点を持つ彼女。

 きっとあの子は何かを持っている。叩いて絞れば、どれだけ面白いものが出てくるだろうと想像すれば、依散はこれまでも何よりも興味を惹かれ、歓喜した。

 ゆっくりと指で唇をなぞり、綻ばす。


 その姿には、よく落ち込む小動物のような面影も、兄に褒められて甘える子どもの名残も一切が存在していなかった。




 ……ヒロインちゃん逃げて!!


 ゲームと割り切っていたけれど(主に主人公のせいで)情が湧き始めている転生ヒロインちゃんと、影でヒロインちゃんを狙っている(百合的意味ではないはず)主人公の話でした。

 ゲスなお兄ちゃんと好奇心旺盛な妹を書きたかったんです、文章力とかが足りなくて全く表現できていませんがw

 少し込み入った設定などもあってわかりにくかったかもしれませんが、楽しんで読んでもらえていたのであれば幸いですーw

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