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エリカ もう一つの世界から   作者: まんだ りん
2/2

そして完結へ

 四


 夕食の時、俺は考え事をしていた。

 エリカが言った「片思いかもね」って、俺に対して片思いってだって言ってくれたのだろうか?だとしたら俺はどうすればいい?エリカの気持ちに答えてあげられるのか?

「なんか暗いよみんな」

ともちゃんが真奈美が作ったおかずをパク付きながら言った。俺は一人考え事をして自分の世界に入っていた。エリカは真奈美が居たことで気難しくなり何もしゃべらなくなっていた。真奈美は真奈美でそういうエリカを見て話すきっかけを無くしていたのだろう。しゃべっていたのはともちゃんとテレビだけだった。

「この春巻き、おいしいよ」

今日は中華料理だ。いろんな料理がテーブルにのっている。中華料理は真奈美の得意料理の一つだ。俺は真奈美のことを見ながら言った。

「それ、とも子さんが作ったの」

真奈美がエリカを意識しながら小声で言った。

「おいしいだろう!これも私が作ったんだよ、両方とも冷凍食品だけど」

シュウマイを食べながらともちゃんが言った。

「真奈美、ごめん、今日驚かせちゃって」

エリカが真奈美に言った。

「えっ?」

真奈美がエリカを見る。エリカは笑っていた。

「なんか私のこと知って欲しくて余計なところまで見せちゃったよね。ごめんね」

「ううん、私こそ何か変な意地を張っていてごめんなさい」

「違うパターンもあるんだ、今度見せてあげるね」

おいおい、それって幽体化と実体化のことか?ともちゃんもいるんだからその話題はその辺でやめておいてくれよ。

「ねえ、みんなで明日何処かに行かない?」

明日は土曜日で学校は休み、真奈美が提案してきた。

「ごめ~ん、明日用事があってダメなんだ」

「ともちゃん、もしかしてデートなの?」

エリカの質問にともちゃんが答える。

「何で分かった?顔に書いてある?」

「すごく、うれしそうですよ」

真奈美も軽く冷やかすように言う。

「いいなぁ、何処に行くの?」

エリカが質問する。

「彼の車でドライブに行くの、ねえ真奈美ちゃんお弁当を作るの手伝ってくれる?」

「えっ?はい、いいですよ」

「じゃあ、私達もお弁当もって出かけよう」

「俺達は何処に行く?」

俺は聞いてみた。

「あんた男でしょう。女の子をリードするのは男の役目、和也が決めなさい」

ともちゃんに怒られた。

 何だかいつもの食卓の雰囲気に戻りつつあった。


 夕食後、俺とエリカで真奈美を家まで送っていった。送ると言ってもすぐ近くだ。遅くなったときは男が女の子を家まで送るのが当たり前だってともちゃんによく言われた。

 家に戻る、ともちゃんとエリカは自宅に帰っていった。ともちゃんは明日のデートの準備があるからっていつもより早く帰ってくれた。明日は早起きしてみんなでお弁当を作ることになっていた。

 ゆっくりお風呂に入り自分の部屋で明日は何処に行こうかと考えているとエリカが実体化してきた。

「何処に行くか決めた?」

「まだ、何処がいいと思う?」

「和也の行きたいところでいいから早く決めなさいよ」

しばらく考えたがいい場所が思いつかない。

「エリカはどんなところに行きたい?」

「私は・・・」

エリカはしばらく考えていた。

「デートなんかしたことないから分からない!」

「あれっ?明日ってデートなの?」

「違うの?」

「三人で行くからデートとは言わないよ、普通は」

「そうか、そうなんだ」

エリカはもしかして何か勘違いをしていたのだろうか。

 俺はしばらくインターネットで何処かいい場所がないか調べていた。

「本物の海が見たいなぁ」

俺のベットの上に座り、独り言のようにエリカが言う。

「海に本物とか偽物ってあるの?」

「私がいた世界では行楽とかで、海に行くことは禁止されていたからね」

 見つけた、電車で二時間で行ける海の近くにある遊園地。ここにしよう。

「ここ何かいいんじゃないの」

「和也に任せるよ」

俺は明日行く場所をプリントアウトしておいた。

 海か、泳ぐのにはまだ早いけど近くに遊園地とかもあるからここでいいや。


 朝、目が覚めると俺はベットの下に寝ていた。

「あれっ?」

確か昨夜はエリカと別れて早めにベットに入ったはずだった。ベットから下に落ちてしまったのだろうか。小学生の時に一度だけ落ちたことがあった。落ちたときのショックと痛みで目が覚めた記憶がある。

「おかしいなぁ」

起き上がり、自分のベットを見た。

「???」

布団が山のようにふくれあがっている。その下の方から足が出ていた。俺は布団を引きはがした。

 Tシャツに下着姿のエリカが背中を丸めて寝ていた。何でいつもこいつはここで寝ているんだ。

「うーん!」

俺に背中を向けたまま大きく伸びをするエリカ。Tシャツがまくり上がっており下着が丸見えで脇から腰にかけてのラインが妙に悩ましい。

「あれえっ?」

そのまま天井を見る。きょろきょろして俺がいるのに気が付いた。寝ぼけているのかしばらく目が合った状態が続いた。

「おへそ丸見えだよ」

俺が教えてやると、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。

「バカっ!」

姿が薄くなり幽体化して消えていった。

 エリカの特殊能力の一つに幽体化と実体化がある。消えたり現れたりする力だ。竜の瞳のペンダントを付けていると使える能力だとエリカは言っていた。しかし、寝ているうちに勝手に俺の部屋に来て実体化するなんて困ったものだ。本人の意志に反して起きてしまっているのだろうか。それとも潜在的に願っているので勝手にここに来てしまうのか。

「まあ、いいか」

 俺は着替えてリビングに下りていった。


 キッチンにはともちゃんと一緒に真奈美も来ていた。

「おはよう」

「おいしそうなお弁当が出来るぞ」

ともちゃんはうれしそうだ。毎朝俺とエリカの弁当を作ってくれているがほとんどが冷凍食品を電子レンジで温めているだけのものだ。今日は、真奈美と一緒に本格的に作っているようだった。

「エリカちゃん、起こしてきてよ」

ともちゃんに言われた。もう起きているよとは言えない。

「ここのところ、毎晩遅くまで何か調べごとをしているようなの」

「毎晩?」

俺が聞いた。

「エリカちゃんって勉強熱心なんだね」

キッチンで揚げ物をしている真奈美が言った。

「さっき部屋をノックしたんだけど、返事がなかったから」

その時は俺の部屋にいたとは口が裂けても言えない。

「和也、ちょっと行って起こしてきて」

今頃着替えているんじゃないかと俺は思った。

「寝ているからって変なことするなよ」

いつものようにともちゃんは変なことを言う。

 俺は、勝手口からエリカがいるともちゃんの家に向かおうとした。

「待って、私も行く」

真奈美が後を付いてきた。

 ともちゃんの家の二階、エリカの部屋の前に来た。軽くノックをする。

「はい」

ドアが開いてエリカが顔を出す。ピンクのスウェットの上下を着ている。

「昨夜、パジャマを洗っちゃったから、あんな格好で寝ちゃったんだ」

恥ずかしそうにエリカが言う。

「エリカちゃん、おはよう。迎えに着たよ」

俺の後ろにいた真奈美が挨拶をする。ドアの陰でエリカの位置から真奈美が見えなかったようだ。

「あっ、真奈美。いたんだ。おはよう」

エリカの顔が、真っ赤になった。

「とも子さんが起こしてきてって言ったから」

エリカは真奈美のことを見た。真奈美は出かけることが出来る格好をしていた。

「私も着替えるから、部屋に入って」

エリカに言われ、真奈美が部屋に入る。俺も一緒に入ろうとした。

「あんたはダメ、着替えるんだから出て行ってよ!」

俺は仕方なく、自分の家に戻った。


 朝食を済ませたら、ともちゃんは自分の分のお弁当を持って出かけていった。駅前のロータリーに彼氏が迎えに来るらしい。

「ちょっと多すぎないか」

残りのお弁当の量は、軽く五、六人分はある。こんなに持って行っても食べきれないだろう。

「ごめんね、ちょっと事情があるんだよ」

真奈美が申し訳なさそうに言う。

 玄関の呼び鈴が鳴った。エリカが対応しに出て行く。

 エリカが少しふくれたような顔をして戻ってくる。

「悪いねぇ、私まで誘ってくれて」

千夏が来た。何でおまえがここに来たんだ。

「すいません。また誘ってくれてありがとうございます」

沙織も来た。誘ってなんかいないぞ。

「ごめんね、私が誘ったの」

真奈美が謝る。

「大丈夫だよ、交通費ぐらいは自分たちで払うから」

千夏が言う。そういう問題じゃないだろうが。

「金沢先輩ですよね、私は柳沢沙織です。よろしくお願いします」

エリカに対して深々とお辞儀をする沙織。

「よっ、よろしく」

とまどいながら会釈をするエリカ。

「ところで、何処に行くの?」

千夏が聞いてきた。俺は今日行こうとしている海の近くにある遊園地名を告げた。

「あそこに行くの?」

千夏は何か文句を言いたいようだ。

「えーっ!水着持ってきてないです」

沙織が言う。海水浴には早すぎるし遊園地のプールもまだやっていません。

「晴れるといいよね」

真奈美が天気を心配する。降水確率は五十パーセントだ。

「他の場所でもいいよ」

エリカが寂しそうに言う。

「ダメだ、決めたんだから出発する」

エリカと二人で決めた場所だ、他のところには行きたくない。

 結局、予定より多い人数で出かけることになった。


 駅に来ると篠原が改札口に立っていた。大きな鞄を持っている、左手には包帯がしてあり、顔には殴られたような後があった。

「オッス!」

俺達を見つけると近づいてきた。

「ボクが誘ったんだ」

千夏が言った。

「昨日、カツアゲされたって落ち込んでいたから元気づけようとして呼んだんだ」

カツアゲ?昨日のことを思い出す。エリカが記憶を書き換えたあの事件。財布からお金を抜いて帰りのタクシー代にしたんだ。

「篠原先輩、そのケガどうしたんですか?」

沙織が篠原に聞いた。

「ちょっと転んじゃったんだ」

顔を赤くして、ばつの悪そうに答える。

俺はエリカを見た。知らん顔をするエリカ。

「荷物持ちで呼ばれたんだが何処に行くんだ」

篠原が俺に聞いてきた。


 電車を乗り継ぎ三時間ほどで目的地の海岸に着いた。

「うわぁ!」

駅から海岸方向へ歩いていく道は上り坂で登り切ったところで海が見えた。海岸の近くにキャンプ場がありそばに公園とかもある。インターネットで調べたとおりだった。

「あそこの公園でお昼にしよう」

俺は先頭に立ち歩き出す。みんなも付いてくる。

「立花、夏休みにも、もう一度ここに来ようぜ!」

篠原が女子達に聞こえないように言う。

「おまえも女子達の水着、見たいだろう。このメンバーでいいから予定を考えておけよ」

海と言えば女子の水着としか発想が出来ないのかこいつは、まあ俺もその発想には同意するけれど。

 まだ海のシーズンには早く天気も良くない。雨こそは降っていないが曇天の空だ。こんな天気のおかげで公園はほとんど人がいなかった。

 海がよく見える小高い丘の上に来た。晴れていれば展望の良い場所に違いない。あいにくの曇り空だが、それでも眺めの良い場所だった。

「ここでお昼にしよう」

俺達は、持ってきたビニールシートを広げた。真奈美が中心になって弁当を広げる。ここに来るまで三時間以上かかっている。来るときの電車の中でもかなりはしゃいでいた。みんなもうお腹が空いているだろう。

「いい眺めのところね」

エリカが俺のところに来た。ここからだと海がよく見え、風に乗って磯の香りもする。

「友達っていいよね」

エリカが千夏と篠原の方を見ながら言う。千夏がしきりに篠原に話しかけている。

「エリカのいた世界でも友達と遊びに行ったりしたんだろう」

「戦争しているからね、こんなにのんびりは出来ない」

エリカと初めて会ったときのことを思い出した。

「問題が解決するまでここにいるって言っていたけど・・・」

「もうすぐ解決しそう」

風がエリカの髪を揺らす。

「お昼にしようよ」

真奈美が呼んだ。

 外で食べるお昼は最高においしい。真奈美が作ったお弁当だ、もとがいいからなおさらそう感じる。真奈美と沙織が卵焼きを巡って争っている。そんな二人をエリカが笑って見ている。千夏は相変わらず篠原と話し込んでいる。

「金沢先輩ってバスケやっていたんですか?」

沙織がエリカに聞いてきた。

「やってなかったよ」

「真奈美先輩がとてもうまかったって言っていましたよ」

「ありがとう」

「今度、テニスしませんか?」

「テニス?」

「千夏先輩と四人で行きましょうよ」

エリカはチラリと俺の方を見た。

「あっ、その他の人達の一緒でもいいですよ」

俺はその他か。

「そうね、みんなで行こうか」

「はい、行きましょう」

二人は楽しそうに笑っていたが、俺にはエリカが一瞬だけ悲しそうな表情をしたように見えた。

 ちょっと作りすぎたと思っていたお弁当も六人で食べたらあっという間になくなってしまった。女子達が後片付けを始める。俺は少し離れたところにいた篠原のところに行った。

「沙織、いや、柳沢さんと話をしたの?」

篠原は千夏とばかり話し込んでいた。

「何で?」

海がよく見える場所にベンチがある。紙コップでウーロン茶を飲んでいた篠原はそこに座った。

「だって、柳沢さんのこと好きなんだろう」

急に動揺し始める篠原。紙コップのウーロン茶がこぼれる。

「なんだよ急に、誰がそんなこと言ったんだ?」

「昨日、おまえが言ったじゃないか」

「言っていないぞ、そんなこと」

「言ったよ、帰り道で」

「帰り道?」

しまった、エリカが記憶を書き換えたんだ。篠原と俺が一緒に帰ったことは記憶から削除されていたんだ。

「悪い、勘違いをした」

女子達の方へ戻ろうとした。

「待てよ、おまえはどう思う?」

篠原が俺を引き留めた。

「どうって?」

沙織と篠原とじゃあまり釣り合いが取れない気がする。

「俺と沙織ちゃん、お似合いだと思わないか?」

「うーん」

まずい、考えてしまった。

「三枝がさあ、似合わないって言うんだよ」

千夏が?やはりそうか、俺も同じで似合わないと思う。

「そろそろ遊園地の方へいこうよ」

真奈美が言ってきた。


 海辺にある遊園地は、そんなに混んではいなかった。特別絶叫マシーンがあるわけでもなく、ごく普通の遊園地、どちらかというと寂れてしまったと言った方が似合っている遊園地だ。

 入口でフリーパスを買う。篠原はお金がないのか千夏が出してあげている。

「ジェットコースターに乗ろう!」

千夏が篠原のことを引っ張りながら先に進んでいく。

 気のあった男女のカップル三組六人のグループなら時間を決めて解散してもいいが、男二人と女四人だ、解散するわけもいかない。二人の後に付いていった。

 千夏と篠原、エリカと沙織、真奈美と俺の順でジェットコースターに乗る。

「怖いの?」

シートに座ると下がってきた安全バーをしっかりつかみ目を閉じる真奈美を見て俺は聞いた。

「平気、多分」

目をつぶったまま、弱々しく答える真奈美。全然平気そうではない。俺は真奈美が握っている安全バーの方へ手を差し伸べた。

「ありがとう」

俺の手の甲を上からギュッと握ってきた。かすかに震えているような感触が伝わってきて、かなり怖がっているのが分かる。

 ブザー音と同時にスタートする。カタカタとコースターは坂を上りだした。

「海がきれいに見えるよ」

進行方向右側に海が見える。少しだけ晴れ間が覗いて水面がきらきらと輝いている。左側の真奈美を見ると目を閉じて開こうとしない。

 坂の頂上まできた。ゆっくりとコースターは下り始める。前を見ると千夏と篠原が両手を挙げてバンザイの格好をしていた。

 コースターは加速を始めてほとんど垂直に落ち始めた。

「きゃあー!」

真奈美が絶叫する。コースターはそのままループを二回転して何回か上下運動を繰り返しスタート地点に戻ってきた。

「大丈夫か?」

真っ青になった真奈美を助け起こすようにしてコースターから下りた。

 ジェットコースター乗り場の近くのベンチに真奈美を連れて行った。

「真奈美先輩、大丈夫ですか?」

「ごめんね、しらけちゃったよね」

「そんなことないですよ」

気分が悪くなったという真奈美をベンチに座らせる。真奈美はここで少し休んでいるという。

「真奈美が休んでいる間にもう一回乗らない?」

千夏が提案してきた。

「私、ここで先輩と待っています」

沙織が真奈美と待っているというのでもう一度乗ることにした。

 千夏と篠原、エリカと俺でジェットコースター乗り場に行く。

「真奈美、大丈夫なの?」

エリカが聞いてきた。

「真奈美がジェットコースター苦手だったの初めて知ったよ」

「今まで一緒に遊園地とか来たことなかったの?」

「初めてかな」

考えてみると、幼なじみだからといってこういうところに一緒に出かけたことは今までなかった。

 順番待ちで並んでいた人数の関係で千夏と篠原が先に乗ることになった。エリカと俺は次の順番まで待つことになる。

 千夏達が無邪気に手を振っている。エリカと俺も手を振り返す。

「千夏、楽しそうだね」

ブザーが鳴りコースターがゆっくりと坂を上り出す。

「千夏、篠原君のことが好きなんだよ」

千夏が篠原のこと好きだったなんて初めて聞いた。

「篠原君は千夏のことどう思っているか知っている?」

「多分、どうとも思っていないよ」

篠原は沙織のことが好きだと言っていた。

「篠原、沙織のことが好きみたいだ。そのことを千夏に相談したみたい」

「千夏、何ていったのかしら?」

「似合わないって。俺もそう思うけど」

コースターが戻ってきた。楽しそうな千夏と篠原が下りてきた。

「真奈美のところで待ってるね」

意外だ、千夏と篠原が手をつないで出口に向かっていく。

「千夏って強引なんだね」

エリカと俺はコースターに乗り込んだ。

 ゆっくりとコースターは坂を上っていく。

「平和っていいよね」

エリカが俺の方を見て言う。さっきキラキラと輝いていた海は太陽が隠れたせいで暗く感じる。

 坂の頂上までコースターは来た。

「真奈美のことを大切にしないとダメだぞ」

前にも誰かに言われた気がした。

「何でそんなこと言うんだ?」

コースターはゆっくりとそしてだんだんと加速しながら坂を下りていく。

「今日一日だけでいいから思い出をちょうだい」

ループを二回転しているときエリカが言った言葉は俺には聞こえていなかった。

 真奈美のところに戻ると真奈美は元気を取り戻していた。

「ごめんねみんな」

「真奈美がジェットコースター苦手なのは分かったから、今度は真奈美が乗りたい物に乗ろうよ」

千夏が提案してきた。

「何がいいの?」

「お化け屋敷に入りたい」

「えっ?」

千夏の顔色が悪くなる。

「少し蒸し暑くなってきたから涼しそうなお化け屋敷がいい」

「いいですねぇ、私もお化け屋敷大好きです」

沙織も賛成する。

「絶叫コースターの後は恐怖のお化け屋敷か、面白そうじゃん。そこに行こう」

篠原が千夏の方を見て賛成する。千夏は下を向いている。

「千夏、あまり乗り気じゃないの?」

エリカが聞いた。

「そんなことはない。みんなで行こう!」

千夏を先頭にみんなでお化け屋敷に向かった。

 ここの遊園地にはお化け屋敷が二種類あった。歩いて回る日本お化け屋敷と乗り物で回る西洋モンスター館だ。

「こっちに行こう」

千夏が日本お化け屋敷に入ろうという。

「みんなで入れば怖くないよ」

自分に納得させるように入っていく。俺達は千夏の後に続いた。

 中は薄暗く、外が蒸し暑くなってきていたのでかなり涼しく感じる。当然冷房の関係もあると思うが寒いくらいだ。

 千夏、真奈美、俺、エリカ、沙織、篠原の順に中を進む。狭く曲がった道を進むと墓場に着いた。古そうな井戸がある。何かが出てきそうな感じがする。

「きゃっ!」

可愛い悲鳴が後ろから聞こえた。沙織の前に上から何かが落ちてきた。

「ビックリしました」

井戸から何かがエリカの前に飛び出してきた。白三角巾をかぶった白い着物姿のアルバイトのお兄さんだ。しかしエリカは動じなかった。お兄さんはしぶしぶ井戸の中に戻っていく。

「ぎゃあー!」

先頭から大きな悲鳴が聞こえた。千夏が地べたに座り込んでいる。

「大丈夫、千夏?」

真奈美が声を掛ける。

「ちょ、ちょっと驚いただけだよ!」

俺が手を貸して千夏は立ち上がった。破れた提灯が倒れそうになるだけの仕掛けに驚いたようだった。

「ぎゃあー!」

千夏が俺に抱きついてきた。上からカツラが落ちてきたようだ。さっき沙織が驚いた物と同じ仕掛けだろう。

 千夏は顔面蒼白でガタガタと震えている。ダメだ、これ以上前に進めない。

「大丈夫かよ」

俺にしがみついたままで、千夏は動こうとはしない。千夏ってこんなにお化けに弱かったのか?

「大丈夫ですか」

さっき井戸から出てきたアルバイトのお兄さんが話しかけてきた。

「あちらのドアが避難口になっていますので、ギブアップの方はあちらから外に出られます」

「千夏、大丈夫?」

真奈美が聞く。千夏は真奈美の方を振り向く。その後ろにアルバイトのお兄さんがいた。

「ぎゃあー!」

俺にしがみついていた力が抜けていく。倒れる寸前だ。俺は何とか千夏を支える。

「しっかりしなさいよ!」

エリカが来て千夏に肩を貸した。エリカと俺が両側から千夏を支えて避難口から出ることになった。

「先に外で待っているから二人で見てきていいよ」

真奈美は沙織達にそういうと避難口から外に出た。

「大丈夫か?」

千夏は放心状態だった。

 俺達が外のベンチで休んでいたら、沙織と篠原がお化け屋敷から出てきた。

「千夏先輩大丈夫でしたか?」

沙織が心配そうに覗き込んできた。

「ごめん、平気、多分」

普段強気な千夏の意外な一面を見た気がする。何かと強がっていてもやはり女の子だ、こういう可愛いところもあるんだなぁと感心してしまった。

「これ、買ってきたから飲みなよ」

エリカがペットボトルの飲み物を千夏に渡した。

「ありがとう」

「ごめんね、私がお化け屋敷に行こうって言ったからこんな事になって」

「真奈美は悪くない。ボクが悪いんだ」

「しかし、意外だなぁ、お化けが怖いなんて」

篠原に言われて千夏は下を向く。

「可愛いところがあっていいじゃないの」

エリカがフォローする。

「私、ここで少し休んでいる」

両手でペットボトルを握りしめ千夏が言う。

「私も、ジェットコースターのときの気分がまだ悪いからここに一緒にいるね」

「じゃあ、残りのメンバーはもう一つの怖いところにいこうぜ」

篠原が西洋モンスター館へ向かう。沙織がその後に続く。

「私達も行こう」

エリカに言われ俺達も後に続いた。

 西洋モンスター館は二人乗りのカートで回るタイプのお化け屋敷だ。沙織と篠原が先に乗り込む。

「いってきまーす」

沙織が小さく手を振りカートが進んでいく。エリカと俺も次のカートに乗り込んだ。

「意外にあの二人も似合っているね」

「そうかしら、篠原君は千夏の方がお似合いじゃないの」

「篠原は沙織が好きだって言っていてからチャンスじゃないのか」

「二人で決めることだから知らないわ」

俺達の乗ったカートも暗闇に進んでいった。


 その後、元気を取り戻した千夏達を加えて六人でいろんな乗り物に乗った。夕方近くになり最後に沙織が観覧車に乗りたいと言い出した。この遊園地にもお決まりの観覧車があるのは知っていたが、あえて俺は乗ろうと言い出さなかった。沙織以外の他のメンバーも言い出さなかったのだと思う。男子二人と女子四人じゃやはり釣り合いが取れない。

「行きましょうよ、二人ずつ乗ればいいじゃないですか」

沙織は駆け出すように観覧車乗り場に向かっていった。

「私達も行こうよ」

真奈美が言い、みんなが後に続く。

 観覧車乗り場で沙織がエリカを呼んだ。

「エリカ先輩、一緒に乗ってもらえますか?」

「いいわよ。乗ろう」

エリカと沙織がゴンドラに乗り込んだ。一つのゴンドラは四人乗りだから、三人ずつに分かれても良かったのだが、もしかすると沙織は沙織なりに気を遣ってくれたのかもしれない。

「篠原君一緒に乗ってくれる?」

改まって千夏が聞く。

「いいよ」

千夏と篠原が一緒のゴンドラに乗り込んだ。

「俺達も行こう」

「うん」

俺と真奈美が最後に乗り込んだ。

 ゴンドラはゆっくりと上昇していく。

「今日はありがとうね。こんな楽しいところ選んでくれて」

本当のことを言うとエリカが海が見たいって言ったからここを選んだとは言えない。

「ネットにたまたま載っていたから」

「ごめんね、本当は三人で来たかったんだよ」

「いいよ、大勢の方が騒げて楽しかったから」

千夏の意外な弱点も発見できたし。

「エリカちゃんって、ずうっととも子さんのところに居てくれるのかなぁ」

考えてもいなかった。エリカは最初、問題が解決するまで俺のところに居ると言った。ともちゃんには両親が事故でケガをしたからその間だけ預かることになったと竜の瞳の力でそう暗示をかけていた。今日の昼にエリカはもう少しで問題は解決すると言っていた。解決したらどうなるんだ?

「エリカちゃんって、前はどんなところに住んでいたの?」

「よく知らないんだ」

そう、エリカが住んでいたところはこの世界の科学力じゃ行けないところ、違う次元の世界に住んでいたんだ。エリカが帰ると言ったらもう会うことも出来なくなるのだろうか?

「このままずっと一緒にいたいよね」

 間もなくゴンドラが頂上に近づく。二つ前のゴンドラと同じ高さになった。エリカが乗っているゴンドラの中がよく見える。沙織と何か楽しげに話している。

「手を振ったら気が付くかなぁ」

俺がエリカの乗ったゴンドラを見ているのに気が付いた真奈美がエリカ達に手を振る。エリカ達は気が付かなくてすぐにゴンドラが見えなくなった。

「何か二人で盛り上がっているみたいだね」

何となく真奈美が寂しそうに話している。

 ゴンドラが頂上近くに来ると、一つ前のゴンドラの中が見えてきた。

「千夏、やるじゃないの」

ゴンドラの中、真奈美と俺は向き合って座っていた。しかし千夏と篠原は並んで座り同じ方向を見ている。俺達を背中にして座っているのでこっちが見ているのに気が付いていない。

「二人で何の話をしているのかなぁ」

真奈美は千夏達が乗っているゴンドラをじっと見ている。

「真奈美」

「何?」

「横に座っていい?」

「えっ、いいけど」

俺は真奈美の横の席に移った。ゴンドラが一番高いところに来た。

「海がきれいに見えるよ」

俺は海の方を指さした。天気が回復してきて、さっきジェットコースターに乗っているときに見た海よりキラキラと輝いて見える。もうすぐ夕方になる。ここからだと夕日もきれいに見えるだろう。

「きれいねぇ」

「また来よう、今度はもう少し遅い時間に観覧車に乗ろう」

「夕日が沈むところ見られるかもね」

 俺は今度来るときには観覧車に誰と乗るのだろうと考えていた。また真奈美と乗るのだろうか、それともエリカと乗るのだろうか。全然違う人だったりして、それはないな。真奈美も何かを考えているのだろう。二人とも黙ったままゴンドラは下に下りていく。

 真奈美と観覧車を降りると四人が待っていた。

「そろそろ帰ろうか」

自宅からここまで来るのに三時間くらいかかっている。帰りも同じくらいかかるとするとそろそろ帰った方がいい。

「えーっ、もう帰るの?」

千夏がだだをこねる。

「もう一度、お昼食べたところに行かない?」

珍しくエリカが提案してきた。

「エリカ先輩とさっき話していたんですけれど、あそこでしたら夕日が沈むところがよく見えますよ」

沙織が言った。

「行こうよ、夕日が沈んでから帰ればいいじゃないか」

篠原が言う。

「じゃあ、行ってみよう」

遊園地を出て、お弁当を食べたところに戻ることにした。


 公園内の展望のいい場所に戻ってきた。ここからの眺めだと夕日が沈んでいくのがよく見える。沙織の言う通りいい場所だと思った。

「さっき、曇っていたからよく分からなかったけどいい眺めじゃない」

千夏は感心している。

 俺はベンチに腰掛けた。少し疲れたようだ。足が痛くなっている。完全な運動不足だろう。

真奈美が俺の座っているベンチに来て隣に座った。

「気が付いていた?沙織がエリカちゃんのことエリカ先輩って呼んでいたの」

「そういえば、朝は金沢先輩って言っていたな」

「あの子、よほど親しくならないと名前じゃ呼ばないんだよ」

「仲良くなった証拠じゃないか」

沙織は人見知りするのであまり友達は多い方ではない。同じ学年にも友達が少なく部活で知り合った真奈美のことを信頼しきっている。だから真奈美の親友の千夏や俺なんかと一緒にいることが多いのだ。沙織にまた一人信頼できる友達が出来たな。

「あれーっ!何でだろう?」

沙織が大きな声を上げ、柵から身を乗り出して空を見ている。

「危ないよ沙織」

エリカが注意する。

「何であんなのが飛んでいるんだろう?」

沙織が見ている方向に、一台のヘリコプターがこちらに向かって飛んでいる。

「カモフ、アリゲーターだ!」

何処かで聞いたことのある名前だった。

 急に空が薄暗くなってきた。太陽が沈むにはまだ早い。

「なんか、曇ってきちゃったね」

俺が真奈美に言ったが、真奈美は聞いていないようで顔がだんだんとこわばっていく。

「どうした?」

俺が聞いたら、真奈美が俺の手を取りギュッと握りしめてきた。

 ヘリの音がどんどん近づいてくる。

「和也、真奈美、ここにいたら危険だわ。逃げるよ」

エリカの方を見るとエリカ以外の沙織、千夏、篠原が止っていた。言葉通り動かないで止っている。

「時空間結界」

真奈美が言った。

時空間結界?これがそうなのか?俺がしているリストバンドが緑色に輝いている。真奈美の胸元も緑色に光っている。エリカを見るとエリカも同じように胸元が光っている。

「二人とも立って!早く逃げるよ!」

エリカが走り出す。訳が分からずに俺は真奈美の手を引いてエリカの後を追った。

 公園を抜け駅の方へ走って行こうとしたらヘリはもう上空まできていた。俺達を見つけたのか、急に旋回して駅の方から俺達がいる方に向かって飛んできた。

「こっちよ!」

横道にそれる。建物の死角になってヘリからは見えない。バリバリと大きな音がしたと思ったら道路のアスファルトが飛び散っていく。

「撃ってきたわ」

撃ってきたって?どうなっているんだ?

「あいつら私達のことを狙っているのよ」

「あいつらって?」

「帝国陸軍!」

「いやーっ!」

真奈美がその場に座り込んでしまった。

「真奈美しっかりして、真奈美のことも狙っているの。ここは逃げないと殺されるわ」

ヘリが上空を旋回しながら俺達を捜している。このままだとやられてしまう。

「こっちから攻撃する方法はないの?」

俺はエリカに聞いてみた。

「ない!」

即答された。

 建物の陰に隠れているがこのままだと逃げることも出来ない。まずい状況が続く。

「和也、良く聞いて」

エリカがポケットからペン型のレーザー銃を取り出すと俺に渡した。

「あそこの駅ビルまで行って屋上からこれでヘリの操縦室を撃って」

「俺が?」

俺にはそんなことは出来ない。エリカもさっき、こちらから攻撃する方法はないって言ったじゃないか。

「あなたしかいない。私が囮になるから」

「囮に?」

「真奈美のことを守ってあげて」

 エリカが通りに飛び出した。そのまま駅と反対の海に向かって走っていく。エリカのことを見つけたヘリは急旋回してエリカのことを追いかける。

「真奈美、走れる?」

「うん」

泣きながら返事をした。もし走れなかったら真奈美をここにおいて一人で駅ビルに行こうと思った。

 俺は真奈美の手を取ると一緒に駅ビルへ向かって走った。海の方向から機銃掃射の音が断続的に聞こえている。早くしないと取り返しの付かないことになる。

 駅ビルの中は意外と混雑していた。混雑と言っても誰も動く人はいない。真奈美を引っ張るように連れて俺はエスカレーターの方へ駆けていった。

 何人かの止っている人にぶつかりながら俺は停止しているエスカレーターを駆け上って行く。止っている人が何人か倒れてしまった。時空間結界が解かれたときこの人達はどうなってしまうのか、そんなことを考えている余裕はなかった。

 何とか屋上に出た。休憩用のベンチがいくつか置いてあり、その一つにカップルがいちゃついた状態で停止していた。

 俺は屋上の柵を半分よじ登り海の方角を見た。ヘリはまだ飛んでいた。エリカはどうなったのだろう。

 ヘリより小さな物が建物の陰を飛びながらこっちに向かってくる。エリカだ、エリカが飛びながら駅ビルに向かってきているんだ。

 ヘリはエリカのことを追いかけている。ときどきエリカに向かって機銃掃射を加えている。エリカが危ない。俺はペン型のレーザー銃をヘリに向けるがまだ遠い。ここからじゃ操縦席は狙えない。早く何とかしないとエリカがやられてしまう。このまま時空間結界が解かれれば何とかなるんじゃないかと一瞬思った。

 急に空が明るくなってきた。

「いやっ!」

真奈美が小さく悲鳴を上げた。真奈美の方を見ると真奈美の胸元がだんだんと赤く光り出した。

 エリカを追っていたヘリが俺達を見つけたのか急接近してきた。激しいツインローターの音がする。俺は二人乗りの操縦席めがけてレーザー銃を撃った。光が操縦席をそれる。胴体横に帝国陸軍航空隊と書いてある文字がはっきりと読めた。ヘリが反転急上昇をしていく。

 強い真っ赤な光が真奈美と俺を包み込む。真奈美を中心に半ドーム状で広がった真っ赤な光が、急にはじけ飛んだ。

 ざわめき音が聞こえる。ヘリは遠ざかっていく。ベンチに座っていたカップルが驚いた様子で俺達を見ていた。時空間結界が解かれていた。

「エリカは?」

俺はもう一度柵をよじ登り外を見た。町はいつものように動いている。ここからだとエリカが何処にいるのか分からない。

「真奈美、大丈夫か?」

柵から下りて真奈美のところに行く。真奈美の顔色が真っ青だ。

「大丈夫」

俺を安心させようと無理に笑い顔を作っている。

「みんなのところに戻ろう。エリカもそこにいるよ」

俺は真奈美の手を取った。


 駅ビルから外に出る。町はいつもと変わらない様子だったが、アスファルトが剥がれ飛んだところが何カ所かある。ヘリが銃撃を加えたところだ。誰も気にしないでその上を歩いていく。

「どうしてだと思う?」

駅ビルの屋上にいたときよりも随分落ち着いてきた真奈美が俺に聞いてきた。

「何が?」

「エリカちゃんが前に言っていたの、時空間結界が解かれるとき、結界内で移動した人間はもといた場所に瞬間移動するって」

俺も前にそんな話を聞いていた。

「私達、本来なら公園に瞬間移動してるはずなのに」

「真奈美のペンダント、赤く光っていたよな」

俺は、真っ赤な光の中に包まれたときのことを思い出す。

「それが何か関係していたんじゃないのかなあ」

エリカにあったらそのことも聞いてみようと思う。

 公園に戻るとみんなのところにエリカも居た。

「エリカ、大丈夫だったか?」

真奈美と一緒にエリカのところに駆け寄る。エリカは左腕を押さえていた。

「良かった、二人とも無事だったのね」

エリカの腕から血が出ていた。

「エリカちゃん、血、出ている」

「私は平気、それより・・・」

「真奈美先輩、説明してください!」

怒った顔の沙織が真奈美を問い詰める。

「エリカ先輩や千夏先輩の説明じゃよく分かりません!」

エリカのそばで千夏が出血しているエリカの腕をタオルで拭き取っていた。沙織が怒った顔からだんだん泣き顔になっていく。

「変なのが飛んできたと思ったら、真奈美先輩と立花先輩が消えてしまって、エリカ先輩が血を出して倒れていて・・・」

沙織がエリカを見る。

「エリカ先輩、急に大ケガしたから、救急車を呼ぼうって言っても平気だって言うし、千夏先輩の説明、意味が分からないし・・・」

何処に行っていたのか、篠原が戻ってきた。濡れたタオルを持っている。

「金沢さん、これ使いなよ」

篠原はタオルをエリカに渡した。ケガをしたエリカのためにタオルを何処かで濡らして持ってきてくれたようだ。

「何が起きたか私だけ分からないみたいで、みんな理由を知っているみたいで・・・」

沙織が両手で顔を覆い泣き出してしまった。よほどショックだったようだ。

「俺にも、説明してくれないか?」

篠原も聞いてきた。

「二人とも何処に行っていたんだ?」

俺はエリカを見た。エリカがうなずいたように見えた。

「説明するよ」

俺は学校であったことから順に説明をした。


 俺の説明で、沙織と篠原がどれだけ理解してくれたか分からない。不足しているところは真奈美と千夏が説明してくれた。

「じゃあ、金沢さんはこの世界の人間じゃないっていうのか?」

篠原の質問に俺はうなずいた。

「金沢先輩って、人間じゃないの?」

「それは違うよ、沙織」

真奈美が否定した。

「じゃあ、何なんですか?あんなに大ケガしていたのに、もう平気な顔しているじゃないですか!」

エリカの出血は止ったようだ。

「ごめんね、私、化け物みたいだよね」

エリカは、前にも同じ事を言っていたがそんなことはないと思う。全部竜の瞳の力だ。そこのところはきちんと説明したつもりだった。

「私は嫌です。金沢先輩みたいな人と一緒にはいられません」

「沙織、言い過ぎだよ」

千夏が止めに入る。

「いいえ、言わせてもらいます。一緒にいると私達まで巻き添えでケガをするかもしれません」

「俺も、正直言って薄気味悪いぜ」

篠原の言葉に俺はカチンときた。

「篠原、おまえ・・・」

「だってそうだろう!立花だって俺達の前から突然消えたんだぜ!おまえ達だって何者なんだよ!」

「真奈美先輩達だって、金沢先輩のせいでこんな事になったんじゃないんですか?」

「ごめんね、全部私が悪いの」

エリカが謝る。

「もうやめようよ、ボク達友達じゃないの」

千夏がまた止めに入る。

「私、先に帰ります」

「俺も帰るわ」

沙織と篠原が帰ろうとする。

「待って、私がここから消えるから・・・」

そういってエリカの姿が薄くなり、消えていった。

「マジかよ!」

篠原が驚いている。

「私、付いて行けません」

驚いた顔をしていた沙織もそう言った。二人とも初めて幽体化したエリカを見たのがショックだったようだ。

二人はそのまま帰ろうとする。

「二人とも待って!」

千夏が止めにはいるのかと思った。

「ボクも一緒に帰る。やっぱ突然人が消えるのは怖いよ」

俺と真奈美を残して三人は帰り支度をして先に帰ってしまった。

 お弁当を入れてきたバックと真奈美と俺が残されていた。


 俺は荷物をまとめた。真奈美は無言でいた。

「沙織があんな事言うとは思っていなかったよ」

寂しそうに真奈美が言う。

「エリカちゃん、可哀相だよ」

今にも泣き出しそうな顔をしている。

「俺達も帰ろう」

俺も元気がない。

 何がいけなかったのだろう。俺は沙織や篠原もエリカのことを理解してくれると思っていた。エリカが何故この世界に来たかの詳しい説明はしなかった。それが原因だろうか?まさか千夏まで一緒に帰ってしまうとは思ってもいなかった。

「でも、突然人が消えてしまうのはショックだったかな」

真奈美は初めてエリカが幽体化したのを見たときのことを思い出しているのだろうか?

「エリカちゃん、何処に行っちゃったのかしら」

エリカもあそこで突然幽体化しなくても良かったんじゃなかったか?

「沙織、エリカちゃんのこと、金沢先輩って呼んでいたね」

そう言えば、エリカ先輩から金沢先輩に戻っていた。

「わかりやすい性格の子だよね」

エリカは何処に行ってしまったのか?先に家に帰っていればいいのだが。

「沙織って、小学校のとき陰湿ないじめにあっていたそうよ」

「沙織が?」

ちょっと天然が入っているがそんな風には見えない。

「だから、自分に危害を加えられるのが嫌なのよ」

そんなことがあったのか。

「だけど、あそこまで言うとは思わなかったよ」

 辺りはもう薄暗くなっていて、夕日が沈むのは見ることが出来なかった。


 真奈美と一緒に公園を出て駅に向かおうとしたときだった。後ろの海の方からヘリコプターのローター音が聞こえてきた。

「まさか?」

後ろを振り向いた。かなり低いところをこっちに向かってさっきのヘリが近づいてくる。

「和也?」

「逃げよう!」

今は時空間結界の中ではない。それなのにヘリは確実に近づいてくる。そしてここにはエリカはいない。俺が真奈美を守らなければならない。

 俺は真奈美の手を取り駆け出していた。ヘリは一端俺達のことをを飛び越えて駅方向へ向かい飛んでいったが、すぐに旋回してこちらに向かってきた。

「まずい!」

俺達は公園の方向へ戻り、駆け出した。ヘリがどんどん近づいて来る。

「どうしよう?」

俺に引きずられるように付いてきている真奈美が言ってきた。このまま海の方へ逃げては隠れるところがない。何処かに隠れなければ、殺されてしまう。

 ローター音がうるさいくらいに近づいてきた。バリバリバリと音がした後にピユッピュッピュッという音がした。俺達の足下近く、公園に続く道のアスファルトがはじけ飛んだ。奴らが撃ってきた。俺と真奈美に機銃照射を加えてきた。

「いゃーっ!」

真奈美が悲鳴を上げその場に座り込む。俺はどうすればいい?

 不意にさっきエリカからペン型のレーザー銃を預かっていたことを思い出した。こっちの武器はこれだけだ。戦闘に素人の俺がこれで真奈美を守りながら戦えるだろうか?

 ヘリは俺達のことを飛び越えて海の上まで飛んでいった。今のうちに何処か隠れるところを探さなければならない。海上は暗く何処までヘリが飛んでいったか分からない。

 海上で大きな爆発音が聞こえた。ヘリが海上に墜落したのか?海の方向が一瞬明るくなる。エリカか?エリカが戻ってきて俺達のことを助けてくれたのか?

 海の方を見ると確かに何かが燃えているように見える。沖の方で何かが燃えている。しかしまたローター音が近づいてきた。ヘリが戻ってきた。

「立て、真奈美!」

俺は真奈美を立ち上がらせて、引っ張った。このままここにいたら殺される。公園のキャンプ場が少し離れたところにあったことを思い出した。あそこまで逃げれば人がいる。助けてもらえるかもしれない。

「こっちだ!」

俺は真奈美を引きずり裏道へ入る。

 ヘリはどんどん近づいてきた。サーチライトのような物で俺達の方を照らし出した。まぶしい光が俺の目に飛び込んできた。真奈美が手を目の上にやり光から顔を隠す。

「しまった。見つかった」

俺は真奈美を抱き寄せた。すこしでも真奈美のことを守ろうとした。

「おーい!大丈夫か?」

何処かで聞いたことのある声が拡声器から聞こえてきた。

「?」

ヘリがサーチライトで自機の後部を照らした。

「海上自衛隊!」

俺はヘリ後部にかかれていた文字を読んだ。

ヘリからロープを伝って一人の男が下りてきた。

「国分さん!」

俺は真奈美と一緒にその場に座り込んだ。

 国分が下りてきたヘリは海上自衛隊所属の物だった。遠くでジェット機が飛んでいく音がする。ヘリは国分を下ろすと海の方へ飛んでいった。

「国分より各局へ、作戦終了、以上」

小型の無線機のような物で国分が言った。

「最初、時空間結界が発生したのが分かったんだ」

国分が胸元にあるペンダントを指さした。

「俺、プライベートでこの辺にきていたから、近くの海上自衛隊基地に行って事情を話して乗せてもらったんだ」

国分は確か防衛庁の情報局に所属している。

「もともと、海自出身なんだ、だから顔も利くしな」

 海上自衛隊基地から国分の連絡で、航空自衛隊の戦闘機もスクランブル発進したそうだ。敵の帝国陸軍のヘリを自衛隊機が撃墜してくれたそうだった。

 国分は携帯を取り出すと、何処かに電話をしてここの場所を教えている。

「いま、迎えが来るから、送っていくよ」

携帯をポケットに押し込みながら言う。

「ありがとうございます」

俺は国分にお礼を言った。

「さぁて、どうするかなぁ。空自が撃ち落としちゃったからなぁ。でも先に撃ってきたのは向こうだし・・・」

国分は頭をかいている。

 公園の出口で待っていると一台の車がやって来た。前に国分に送ってもらったときに乗せてもらった車だ。運転席から女性が下りてきた。

「あんた達!何しているの?」

「ともちゃん?」

「とも子さん!」

俺と真奈美が同時に叫んだ。

「なんだ?知り合いか?」

国分が聞く。

「さっき話した甥っ子とお弁当を手伝ってくれたその彼女」

ともちゃんが言った。


 帰り道、俺と真奈美は一言もしゃべらなかった。ともちゃんもエリカが居ないことについて何も聞き出さないでいてくれた。国分も特に何も言わない。終始無言のまま車は俺の家の前にきた。

「今日はありがとう、楽しかったわ」

ともちゃんは国分に言う。

「後半、ちょっとハプニングもあったけれどね」

俺と真奈美のことを見ながらともちゃんは国分にウインクをした。

「僕の方こそ、急に仕事が入ったりして悪かった」

国分は真奈美の方を見ながら、

「それとお弁当、おいしかった。今度、何処か一緒に行こう」

軽く親指を立て俺達にも挨拶をすると国分は車を発進させた。きざな奴だと思った。

 俺はともちゃんと一緒に家へ入ろうとする。

「ダメだよあんたは、ちゃんと真奈美ちゃんを送ってから家に入りなさい」

自分だけさっさと家に入っていく。

「行こう」

俺は真奈美を連れて真奈美の家に向かった。

 真奈美の家は近い、すぐに付いた。

「エリカちゃん、家に帰っているかしら?」

真奈美が心配している。

「家に戻っていると思うよ、帰ってたらメールするよ」

俺は真奈美が家の中に入るのを確認してから自分の家へ戻った。


 家に戻ると、ともちゃんがリビングでくつろいでいた。

「ただいま」

ともちゃんは俺のことをジッと見ている。

「何?」

「三人の間で何があった知らない。中学生だからって、もう大人なんだから自分たちのことは自分たちで解決しなさい」

エリカと真奈美とのことを言っているらしい。

「分かっている」

エリカに謝ろうと考えていた。

「今日はいろんな事があったから、お腹空いちゃったわ」

俺も同感だ。

「何処かでご飯食べてくれば良かったね」

作るのが面倒くさいと、ともちゃんは言った。

「エリカちゃん、部屋に居るはずだから呼んできてよ」

エリカも一緒に外に食べに行こうとともちゃんは言った。

 俺は、隣のともちゃんの家に行く。エリカの部屋は二階だ。二階に上がりエリカの部屋の前にきた。ドアをノックする。

 返事がない。先に帰っていると思っていたが、まだみたいだ。

「おじゃまします」

そーっとドアを開ける。誰も居ないエリカの部屋の中に俺は入っていった。

 窓が閉まっていて、カーテンも閉じている。部屋の中は暗い。エリカの勉強机のところにきた。机の引き出しを開けようとした。

「俺は、何やっているんだ!」

ここはエリカの部屋だ、やって良いことと悪いことがある。俺はもう少しで、間違いを犯してしまうところだった。

 あわてて外に出て、部屋のドアを閉じる。逃げるように自分の家に戻った。

「まだ帰っていなかった」

ともちゃんにそう報告する。

「もう少しで帰ってくるんじゃないの?待ってよう」

ともちゃんはテレビを付け見ている。俺は自分の部屋に戻った。

 疲れていたので暗い部屋に入り、明かりも付けずにそのままベットに倒れ込んだ。

「きゃあっ!」

柔らかいベットの上にさらに柔らかい感触があった。

 すぐに起き上がり、部屋の明かりを付ける。ベットの上にエリカが寝ていて胸元を両手で隠すようにして横たわっていた。

「何でここにいるんだ!」

いつもなら、強気な言葉が返ってくるのだが、今日のエリカは何も言い返してこない。悲しそうな顔でジッと俺のことを見ている。

 俺は仕方なく、勉強机の椅子に座る。エリカがベットの上で起き上がった。まだ俺のことを見ている。

「真奈美が心配していたぞ」

「真奈美が?」

「なんであそこで幽体化しちゃったんだ?」

「私がいない方がいいと思ったから・・・」

「あの後、大変だったんだから」

俺は、エリカが消えた後、起きたことを簡単に説明した。

「私って薄気味悪いよね」

「そんな風に思っちゃいないよ」

「だって、大ケガしても勝手に直っちゃうんだよ!」

それは竜の瞳の力だろう。俺だって昨日のケガすぐに直ったじゃないか。

「私って化け物だよ!」

「違う!」

「私はこの世界の人間じゃない!だから・・・」

俺はエリカの頬をはたいた。

 泣き伏してしまうエリカ。俺は何て言ったらいいのか分らなくなっていた。

「ごめんなさい」

エリカが謝ってきた。

 俺はともちゃんがリビングでエリカが帰ってくるのを待っていることを告げた。

「夕飯、何処かに食べに行くって言っていたよ」

俺はエリカに告げた。

「エリカが帰ってくるまで、ずっと待っているって」

「分かった」

ベットから立ち上がりエリカが言った。

「下で待ってて、すぐに行くから」

姿が薄くなり、消えていった。

 リビングに下りていくと真奈美が着替えて来ていた。

「ごめんね、心配だったから」

「真奈美ちゃん、夕ご飯食べていないんだって、エリカちゃんが帰ってきたら一緒に食べに行こう」

ともちゃんが言う。

「もうすぐ帰ってくるよ」

俺はリビングのソファーに座った。

「さっき携帯で連絡とったから」

すぐにエリカが帰ってきた。


 夕飯は近くのファミリーレストランで済ますことになった。

 ともちゃんが席を外したときに俺はエリカに聞いた。

「みんなの記憶を消すことは出来ないのか?」

記憶の上書き。篠原で実証済みだ。

「簡単にできるけど、今はやりたくないわ」

ドリンクバーのアイスミルクティーを飲みながらエリカが答える。

「今日の記憶を無くした方が学校でみんなに会いやすいんじゃないの?」

「消さなくていい」

「エリカちゃん、明後日、学校に行くとき辛いよ。消せるんなら消した方がいいよ」

真奈美も俺の意見に賛成している。

「今日の思いでは大切にしたいの」

「思い出?」

真奈美が聞いた。

「今日、みんなで行った公園や遊園地のこと。嫌なことでもみんなに覚えていて欲しい」

そうか、エリカは自分がいた世界じゃ友達と遊びに行ったりしたことは無かったんだ。

「分かった、俺が沙織と篠原は何とかしよう」

「私、沙織によく話してみる。沙織のことだから分かってくれると思うよ」

「ありがとう」

ともちゃんが戻ってきた。すぐに料理も運ばれてきて夕食を食べる。ともちゃんは、俺達が何処に行き何をしていたか聞かないでくれた。三人で何処かに行きケンカをしたと思っているのか、あえて聞いてこないんだろう。ともちゃんなりに気を遣ってくれている。ありがたかった。

 夕食後、真奈美をみんなで家まで送った。

「ごめんね、ファミレスでご飯なんて、今度もっとおいしいところに行こうね」

今日の夕飯はともちゃんのおごりだった。

「いいえ、みんなで食事が出来て楽しかったです。今日はありがとうございました」

真奈美と別れ家に帰る。

 家に戻るとともちゃんが聞いてきた。

「明日の日曜日、三人で出かけない?」

「三人で?」

俺とエリカが顔を見合わす。今まで三人で出かけたことなど無かった。

「和也、何か用事でもあるの?」

「無いけれど」

「じゃあ、決定。たまには家族で出かけてもいいんじゃない」

「家族・・・」

エリカがつぶやいた。


 五


 昨日の疲れをはねのけるように起き上がった。今日も目覚めがいい。カーテンの隙間から入ってくる優しい朝日が、今日も気持ちのいい朝だといっている。ともちゃんは今日、何処に連れてってくれるのだろう。ベットから下りようとした。

「おっと!」

危うく踏みつけるところだった。ベットの下にピンクのパジャマ姿のエリカが寝ていた。

「何で?」

昨日、ともちゃんと一緒に自分の家に戻ったはずだ。何でまたここにいるんだ?

「あれ?」

エリカが目を覚まし起き上がる。

「何で私が床で寝ているの?」

そんなこと俺に聞かれても分からない。もしかしてまた俺のベットに忍び込んで勝手に下に落ちたのか?

 俺は訳が分らずに無言でエリカのことを見つめていた。

「知らない!」

幽体化して消えていった。

 エリカのヤツ、毎朝俺のところに来ていないか?どうしてだろう。

 リビングに行くとテーブルに置き手紙があった。「私の家に来ること」ともちゃんの字でそう書いてあった。

 休みの日、ごくまれにともちゃんの家で朝食を取ることがある。俺はともちゃんの家に向かった。

 ともちゃんの家のリビングはうちより小さい。キッチンで何かを焼いている匂いがしてきた。

「あれっ?おはよう」

エリカが二階から下りて来た。朝のことは何もなかったという顔で俺に挨拶をする。

「今日はこっちなの?」

エリカが俺に聞いてきた。

「エリカちゃーん、ちょっと手伝って!」

ともちゃんが呼んでいる。エリカはキッチンに行った。

「きゃー、燃えてる!」

エリカの叫び声、キッチンが騒がしい。

「消して消して、吹き消して!」

ともちゃんが騒いでいる。何が起きたんだ?俺もキッチンへ行く。

 キッチンではエリカ達がお餅をオーブントースターで焼いていた。

「何で今頃餅なの?」

「お正月用に買い込んでいた物がまだ残っていたんだ」

少し焦げている餅をお皿に移しながらともちゃんが言った。

「もうすぐ夏なんですけど」

「賞味期限は切れていないし、真空パックされていたから平気よ」

正月の残り物、何で夏に食べなきゃならないのだ?

 チーズやハムと一緒に海苔で巻いて食べる。意外においしかった。エリカは感心していた。エリカのいた世界じゃ磯辺焼きとか無かったのだろうか?そう言えば、食生活とかライフスタイルとかこっちの世界と違うんだろうか?今度ゆっくり聞いてみよう。


 今日は何処に行くのだろう?少し期待していたが何の事はない、近所へ買い出しに行くそうだ。

「こことここのスーパーとホームセンター、あとデパートにも行かなきゃね」

車で買い出しに出かけるそうだ。新聞の折り込み広告を見ながらともちゃんが言っている。

「買い物なら近くのスーパーでいいじゃないか?」

俺は聞いてみた。

「何バカ言っているの?違うところに買いに行くから楽しいんじゃない」

ともちゃんは真剣に広告を見ている。

「楽しそうだね」

エリカも新聞の広告を見ている。

「エリカちゃんの新しいパジャマも買おう。たまにTシャツで寝ているでしょう?和也が見たら鼻血出すよ」

もう何度も見ています。

「うん」

何だかエリカも楽しそうだ。

「エリカちゃん、水着持ってる?」

「水着?」

「すぐに夏が来るよ、持ってないなら買ってあげるね」

ともちゃんが俺を見た。俺のも買ってくれるのか?

「和也が鼻血出すくらいすごいの買っちゃおうよ。エリカちゃんスタイルいいから和也、鼻血ブーだね」

「うん」

どことなく寂しそうにエリカが答えた。そんなエリカに俺は気が付かなかった。

「よし、買う物が決まった。出発しよう」

ともちゃんは張り切っていた。


 最初にホームセンターに来た。

 今まで俺は気が付かなかったけれど、買う物っていろんな物があるんだとつくづく思った。日用品、シャンプーや石けんから洗剤、トイレットペーパーに掃除機のゴミパックまで、今までともちゃん任せで買いに来たことがなかった物、普段普通に使っていた物はこうやってともちゃんがいつも買ってきていたんだ。

 俺はいつも何もしていなかったが、ともちゃんはこういう物まで買っていたんだ。

「よし、ここはこんな物かな」

俺はともちゃんが買った物を両手いっぱいに持っていた。エリカとともちゃんが楽しそうに話している。

 荷物をともちゃんの車に載せる。

「次、行ってみよう!」

 郊外のショッピングモールに来た。ここは前に篠原と自転車で来たことがあった。ゲームセンターや本屋、いろんな店がそろっている。

「和也、一時間くらい時間つぶして来て」

ともちゃんに言われた。

「何で?」

ともちゃんは水着フェアとかかれている店を指さす。

「エリカちゃんと水着買ってくるから、あんたは本屋かゲーセンにでも行ってなさい」

俺もエリカの水着が見たかった。

エリカが寂しそうに笑っている。俺と別行動が寂しいのかなと思った。

「女の子の水着は海やプールで見た方が楽しいだろう。夏までおあずけだよ」

ともちゃんが笑っている。昨日、篠原がみんなでもう一度海に行こうって言ったことを思いだした。「おまえも女子の水着みたいだろう」そんなことを言っていたっけ。明日、何とかしてでも仲直りして夏休みは絶対に海に行こうと思った。

 本屋に三十分、そのあとゲームセンターに一時間くらい暇を潰していた。そろそろ疲れてきた頃に俺の携帯が鳴った。

「さっき別れたところに来て」

ともちゃんからだった。

 ともちゃんが指定したところで待っているとエリカが一人でやって来た。

「ともちゃんは?」

「ちょっと買う物があるって」

「水着買ったの?」

非常に興味があった。

「うん、ちょっと布が少なかったかな」

恥ずかしそうに言う。想像してしまった。布が少ないって事はビキニタイプかな?エリカはスタイルがいいからどんなタイプの水着でも似合うだろう。

「何、ニヤニヤしているの?」

「いや、別に」

「バカ!」

蹴飛ばされた。

 しばらくしてともちゃんが戻ってきた。

「ごめん、ごめん」

男性物のブランドの小さな紙袋を持っている。国分さんへのプレゼントに違いない。

 エリカと俺が紙袋を気にしているのに気が付いたのかともちゃんが言い訳を始めた。

「あっ、これ?これは何でもないんだ。ちょっとした買い物なんだ」

「国分さんに買ったんですか?」

エリカが聞いた。

「ばれたか。ちょっと訳ありでな」

 ともちゃんはデパートに行くのをやめると言った。ここのショッピングモールに買いたい物があったから、デパートまで行かなくても良くなったと言う。

「何か買いたい物でもあったか?」

エリカと俺は特にないと言った。

「ご飯でも食べて帰ろうか?」

昼の時間はだいぶ過ぎていた。水着買うのに時間がかかったせいだ。

 ショッピングモール内のレストラン街に来た。お昼の時間はだいぶ過ぎていたが、まだ混み合っていた。

「ラーメン食べない?ここのラーメン美味しいよ」

ともちゃんがずかずかとラーメン屋に入っていく。エリカと俺は仕方なしに付いていく。

「いらっしゃいませ!」

聞いたことのある声がした。篠原だった。

 ともちゃんは奥のテーブル席に座った。エリカと俺も付いていく。エリカは篠原に気が付いていない。篠原も忙しそうで俺達が来たのに気が付いて居ないようだ。

 注文を取りに来たウェイターにチャーシュー麺三人前とともちゃんが言う。エリカと俺の注文なんか聞いてくれない。

「ここは、私がおごってあげるからね」

ともちゃんはいつになく上機嫌だ。エリカがともちゃんにさっき買った男性ブランド品の中身を聞いている。俺も中身が気になったが、それよりいつ篠原に気付かれるかが心配だった。

「お待たせしました」

篠原が、チャーシュー麺を持ってきてしまった。まずい。

 エリカが篠原のことを驚いてみている。篠原も気まずそうな顔をしている。

「俺がここでバイトしていること内緒にしておいてくれ」

中学生はバイトが禁止されている。

 篠原は、そう言うとチャーシュー麺を三人前テーブルに置いていった。

「知り合い?」

篠原のことを目で追いながらともちゃんが聞いてきた。

「昨日、一緒に出かけた俺の悪友」

「この店、中学生はバイトできないと思ったけれど」

「俺もよく知らない」

俺達はラーメンを食べ出した。

 俺が、とっくに食べ終わり、エリカとともちゃんがあと少しで食べ終わりそうになっていた頃に、篠原が俺達のいるテーブルにやって来た。

「これ、昨日のお詫びに印に」

三人前の杏仁豆腐をテーブルに置いた。篠原からのおごりだった。

「金沢さん、昨日はごめん。俺、ひどいこと言い過ぎていた」

「私こそごめんなさい、みんなの前で変なことしちゃって」

 篠原は、エリカに謝ると仕事に戻っていった。エリカはそれから家に帰るまで何も話さなくなっていた。


 家に帰ると、ともちゃんは買ってきた物を整理するといい、自分の家に戻っていった。

「エリカ、午後は何か予定あるの?」

「出かける」

「何処に?」

何処に行くかは知らないが、俺も連れて行って欲しい。

「和也は、知らない方がいい」

「何で?」

「しつこいよ」

何を怒っているのだろう?

「そんな言い方しなくてもいいじゃないか」

「うるさい!」

買い物から帰ってきてから、エリカの態度が急変している。俺を置いて一人で出かけようとしている。

「待って、俺も行くよ」

後を追おうとした。

「付いてくるな!」

 ドアをバタンと閉めエリカが出かけていってしまった。俺が何か言ったのだろうか?


 夕方までエリカは帰って来なかった。

「何かケンカでもしたの?」

夕飯の支度のために来たともちゃんが聞いた。

「ケンカした記憶がないんだ」

「エリカちゃんの気にしていることでも言ったんじゃないの?」

俺には記憶がない。

「前にも言ったけど、和也の方から謝りなさい。そうすれば、また仲良くできるから」

ともちゃんはそう言うとキッチンで夕食の支度を始めた。

 夕食の時間になってエリカが帰ってきた。

「すいません、遅くなっちゃいまして」

エリカがダイニングのテーブルに着く。

「エリカちゃん、遅くなるときは連絡ちょうだいね。心配だから」

ともちゃんがエリカに言う。

「すいません」

エリカが謝り下を向く。

「今度からお願いね。さあいただきましょう」

「いただきます」

俺とともちゃんが食事を始めるがエリカは黙って下を向いたままだった。

「どうしたの?」

何かを感じ優しくエリカにともちゃんが聞いた。

「ごめんなさい」

俺は驚いた。エリカが下を向いたまま涙を流し始めた。

 しばらく、三人は無言のままだった。

「ごめんなさい。急に悲しくなっちゃって」

エリカが顔を上げ泣きながら無理に笑った。

「話したくなければ話さなくても良いけど、話した方が楽になる場合もあるわよ」

ともちゃんが優しくエリカを見ている。

「すいません、今は話すことが出来ません」

「そう、エリカちゃんが話したくなったら聞いてあげるからね、さあ、食べちゃいましょう」

「はい」

 いつもと少し違う感じで夕食を食べた。


 夕食後、エリカ達はともちゃんの家に戻っていった。

 俺は、風呂から出た後、自分の部屋でくつろいでいた。

 エリカがともちゃんの家に住むようになって俺の生活が変わっていた。

 その中の一つ、夕食後毎日のようにやっていたテレビゲームもやらなくなっていた。

「何でだろう?」

テレビゲームはやっていて楽しく、充実していたのに何でやらなくなったのだろうか?

 ベットに寝ころんだまま考えていた。

 エリカだ。エリカが来てから平凡だった毎日が変わったのだ。

 あの日、土手の上で空を飛んでいるエリカと出会ってから、俺の生活が変わってきていた。

 毎日、エリカと一緒にいると気が付かなかったが、今日の午後、エリカと別行動をして気が付いた。

「俺って、エリカのことが好きなんだろうか?」

前に、篠原に聞かれたことがあった、村上と金沢、どっちが好きなんだって。

 真奈美は幼なじみで俺は真奈美のことが好きだ。

 じゃあ、エリカは?俺はエリカのことも好きだ。

「まだ、選べないな」

二人とも好きだっていいじゃないか。どちらか一人だけ選ばなければならないなんて誰が決めたんだ。

 このままでいいと思った。今のままが一番いいと思う。

「今のままでいいや」

「ダメだよ」

「えっ?」

起き上がると、机の椅子にエリカが座っていた。いつからいたんだろう?

「いつからそこにいた?」

「今来たばかりよ」

俺の独り言を聞いたのだろうか?

「何しに来た?」

冷たく聞いてしまった。

「別に」

素っ気なく答えられた。

 俺は今日の午後、エリカが何処に行っていたのかが気になった。

「午後、何処に行っていたんだ?」

「教えられない」

「何で?」

「秘密だから」

エリカは立ち上がり俺の方を見た。俺はベットの上であぐらをかいて座っている。

「お兄ちゃんが・・・」

「お兄ちゃん?」

エリカのお兄さんは確か三十年前にこっちの世界に来て行方不明になった人だったよな。

「見つけたの」

「お兄さんが見つかったのか?」

「違うよ」

エリカは悲しそうな顔で俺のことを見ている。

「お兄ちゃんがやろうとしていたことが見つかったの」

「それって、もしかして・・・」

「違う世界を結ぶ通路をふさぐ方法」

「じゃあ、もう帝国陸軍がこっちに来ることはなくなるのか?」

「うん」

すごいじゃないか。明日、真奈美達にも教えてあげないと。これで安心して生活できる。

「それだけ伝えたかったんだ」

そう言うと、エリカは姿が薄くなり消えていった。

 やったぁ、もう襲われることもなくなるんだと俺は思った。


 翌朝、目が覚めた俺はまず最初にベットの中を確認した。

「居ないな」

ベットの下を確認する。

「居た」

エリカが昨日買ったブルーのパジャマを着て俺のベットの下で布団を抱え丸くなって寝ている。

 どうしてだ?毎日のようにエリカが俺の部屋に来て寝ている。

 俺は起き上がると、床の上に丸くなって寝ているエリカを見た。

 エリカの頬に涙の後を見つけた。

 時計を見るともう起きなければならない時間だ。

「エリカ」

肩を軽く揺すってみた。

「あれぇ」

エリカが起き上がりきょろきょろしている。相変わらず寝起きはぼけている。

「おはよう、時間だよ」

俺は早くしないと遅刻するぞと言わんばかりに時計を指さした。

「うん」

エリカは立ち上がると俺の方をジッと見ている。

「どうしたんだ?遅刻するぞ」

「分っているわよ!」

姿が薄くなり消えていった。

 制服に着替えて階段を駆け下りる。

「おはよう、真奈美ちゃん来ているよ」

キッチンからともちゃんが声をかけてきた。ダイニングには真奈美がいた。

「おはよう、ごめんね急に来ちゃって」

「真奈美ちゃんのご両親、急に出かけることになったんだって」

ともちゃんがトーストを持ってダイニングに来る。

「朝ご飯食べていないっていうから一緒にどうぞって言ったの」

テーブルの上には四人分の朝食が準備されている。

「パパ達急に出かけて言っちゃったのよ」

真奈美が俺に向かった言った。

「おはようございます」

エリカが来た。

「おはようエリカちゃん」

「あれぇ?真奈美どうしたの?」

真奈美はエリカに両親が出かけてしまったことを説明した。

「ふぅん、出かけたんだぁ」

何か意味ありげな感じでエリカが言い席に着いた。

「さあ、食べましょう」

四人で朝食を取った。

 いつもと同じ登校風景。真奈美とエリカが並んで話をしている。その後ろから俺がついていく。

 エリカが居なかったときは、俺の後ろから真奈美が付いてきていた。エリカと三人で登校するようになってから俺が後ろから付いて歩くようになっていた。

「和也もそう思うでしょう?」

「ああ」

エリカが振り返り俺に聞いてきたが俺は何の話だか聞いていなかったので適当に返事をした。

「それでいいの?」

真奈美が聞く。

「何のこと?」

「土曜日の事だよ」

真奈美が立ち止まり俺の方を見た。

「ちゃんと聞いていたの?」

「聞いていませんでした」

俺は素直に謝り、何の話をしていたのかを聞いた。

「みんなの記憶を消すことだよ」

真奈美が怒った顔で俺を見ている。

「エリカちゃんはそのままにしておいて欲しいって言っているけれど・・・」

真奈美はエリカの方を見た。エリカは黙っている。

「沙織に昨日会ったんだけど、沙織、エリカちゃんのこと・・・」

「いいよ真奈美、人それぞれ考えがあるんだから」

どうやら沙織はまだエリカのことを嫌っているようだ。

「ごめんね、私が上手く納得させられなくて」

「いいよ、それより急がないと遅刻しちゃうよ」

エリカに言われ、急ぎ足で学校へ向かった。


 時間ぎりぎりで教室にはいるとすぐに担任が来てホームルームが始まった。

 いつもと同じ朝の挨拶、いつもと同じホームルームの時間が過ぎていく。

 いつものように何げなく窓から外を眺める。

 俺は飛び上がる勢いで立ち上がった。

「エリカ!」

振り返るとエリカが俺を見てうなずく。校庭には帝国陸軍の時空間戦闘艇が三隻泊まっている。

いつの間にか時空間結界が張られていて、クラスのみんなが停止している。

 真奈美が不安そうに俺を見ている。真奈美の胸元が緑色に光っている。

「二人は屋上に逃げて!」

エリカが教室を出ようとした。

「いやっ!何で?」

窓際に来て校庭を見た真奈美が叫んだ。時空間戦闘艇から帝国陸軍兵士に混じって一般の人が降ろされている。

「パパ達が、何で?」

そこには真奈美の両親がいた。

「どういう事?」

エリカが窓際に来て俺に聞く。俺に聞かれても分らない。

「とにかく二人は屋上に逃げて、私が何とかするから」

真奈美が教室を出て行った。

「行こうここにいたら危険だ」

俺は真奈美の手を強引に引っ張りながら屋上へ連れて行った。

 屋上の鉄製の扉を開けると外は薄暗くここが時空間結界の中だということを改めて感じさせられた。

「大丈夫か真奈美?」

真奈美は放心状態だった。俺は扉を閉めると真奈美を階段室の後ろに座らせようとした。

「ごめんなさい。大丈夫よ」

真奈美は何とか立ち上がる。二人で屋上のフェンス越しに目立たないように校庭を見た。

「パパ」

真奈美の両親が兵士達に銃で脅され連れられていく。校庭から校舎の西側の土手に向かって歩いていく。

「何処に連れて行く気だ」

兵士達と真奈美の両親は学校の敷地を囲むフェンスの非常用の扉から外に出て土手を上っていく。

 土手の向こう側、広い河川敷は俺とエリカが始めて出会った場所だ。昔から「ホーム島」と呼ばれているところ。兵士達は真奈美の両親を連れて河川敷に下りていった。

「こっちだ」

俺は真奈美の手を取り、屋上の西側に行く。こちら側の方がよく見える。

 屋上の西側のフェンスから河川敷を見た。始めてエリカを見かけたときにエリカが何かを探していた場所に兵士達は来ていた。

 真奈美の父親が地面を指している。真奈美の母親もうなずいているのが屋上からでも分る。兵士の何人かがスコップのようなもので指された地面を掘り起こし始めた。

「何をしているんだ?」

「ホーム島」の中心あたりで地面を掘り起こしている。

 何かを掘り起こしているのは分るが何で真奈美の両親が一緒にいるんだろう。

 気が付くと真奈美が俺の後ろに立ち俺の左腕に両手でしがみついていた。

「大丈夫、エリカが助けてくれるよ」

俺は真奈美を安心させるためにそう言った。

 兵士の数はここから見ているだけでも六人はいる。エリカが前に作戦時には三人ずつで行動するって言っていた。時空間戦闘艇のところにも数人兵士が残っている。エリカ一人じゃかなうことは出来ない。

「エリカちゃん一人じゃどうすることも出来ないよ」

真奈美が今にも泣き出しそうな顔で言う。確かにそうだと俺も思う。エリカ一人じゃ逆にやられてしまう。しかし真奈美を安心させるにはそう言うしかなかった。

「大丈夫、エリカなら助けてくれる」

 俺は屋上から校舎の直ぐ下にある部室部屋を見ていた。プレハブで作られている運動部の部室が集まっているところ。真奈美のテニス部や千夏の剣道部の部室もそこにある。

「真奈美、ここで待っていろ」

俺はそう言うと校舎内へ戻ろうとした。

「何処に行くの?」

「エリカを援護しておまえの両親を助ける」

「そんなこと出来るわけないよ」

「やってみないと分らない」

俺は真奈美を置いて行こうとした。

「待って、私も行く」

真奈美が付いてくる。

「危険だからダメだ」

「私の両親だもの」

二人は足音を立てないようにゆっくりと階段を下りた。

 部室部屋まで何事もなく行くことが出来た。途中の教室の中は生徒達が動かないで停止状態でいた。

 俺は野球部の部室からバットを取り出した。これで殴るつもりだった。

「こっちの方がいいんじゃない?」

真奈美が弓道部の部室から弓と矢を持ってきた。

「ごめん、使い方が分らないよ」

 俺達はバットを持って部室部屋を出て土手に向かう。当然、兵士達に見つからないように校舎の陰から土手を上った。

 土手の上まで来たときに、銃声がした。俺は反射的に真奈美をかばうようにしてしゃがみ込んだ。

 何人かの男達の怒声がする。土手の上から見るとエリカが空中からペン型銃で兵士達を撃っている。まずい、一人対多人数だ。エリカが危ない。

 俺はバットを持って土手を駆け下りようとした。

「子供は下がっていろ!」

怒鳴りつけられて振り向くと四、五人の迷彩服を着た男達が自動小銃を構えて土手を駆け下りていく。背中には不似合いなランドセルみたいなものを背負っている。

「よかった、間に合って」

いつの間にか国分が横に来ていた。国分の胸元が真奈美のそれと同じように緑色に光っている。

「こっちの世界の科学力じゃ君のリストバンドみたいに小さく出来ないんだよ」

国分は迷彩服を着た自衛隊員を指さした。

「小学生のランドセルみたいだろう」

十人ほどの帝国陸軍兵士は三十人ほどの陸上自衛隊の部隊に取り囲まれて降伏した。

「パパ、ママ」

「真奈美!」

真奈美が両親のところに駆け寄る。俺もその後に続いた。

 上空にいたエリカも下りてきて俺達のところに来た。

 空がじょじょに明るくなってきた。

「まずいな、時空間結界が消えていく」

国分はそう言うと、陸上自衛隊の一人に何かを言った。

「撤収する!」

陸上自衛隊の隊員達が来た道を戻りだした。降伏した帝国陸軍の兵隊達も武器を取り上げられたまま、時空間戦闘艇へ戻るために走り出した。

「急ごう!」

俺も真奈美にそう言った。

「えっ?」

真奈美のペンダントが赤く光り出した。赤い光が俺達や、真奈美の両親を包み込んだ。

「貴様達のせいだ!」

遠くで誰かが叫び銃声が聞こえた。青い光の矢が何本か土手からこっちに飛んで来た。

 逃げる途中に隠し持っていた何かの武器で、帝国陸軍兵士が俺達の方に撃ってきたのだった。

「危ない!」

エリカが叫び、赤い光の中から飛び出俺達の前に出た。青い光の矢がエリカの体を突き抜ける。

「エリカ!」

俺が叫ぶと同時に時空間結界が解け、エリカが消えた。


 真奈美の両親のことを真奈美に任せて俺は走って教室へ向かった。

 エリカは教室にいるに違いない。何かの銃で撃たれて消えていった。俺や真奈美を守るようにかばいエリカが撃たれた。時空間結界が解けたから教室に戻っているに違いないと思っていた。

 心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うほど走り教室に戻ってきた。

「エリカ!」

ドアを開け教室に飛び込んだ。

「立花!どういう事だ!」

事情を何となく知っている篠原が叫んだ。

「早く、早く、救急車を!」

千夏が叫んでいる。担任教師が救急車を呼ぶために教室を飛び出して職員室へ駆けていく。

 俺はエリカを見た。自分の席の側、千夏の腕の中で虫の息のエリカがいた。

 制服はボロボロになり、所々黒く焦げている。全身血だらけでドクドクと血が何処からか出てきて千夏の制服や床が真っ赤になっていく。

「エリカ!しっかりしろ!」

俺はエリカのそばに来た。クラスのみんなが訳が分らず遠巻きにして見ている。

 エリカは何も答えてはくれなかった。

「こっちだ!」

国分が教室に入ってきた。後から自衛隊員が、担架を持って駆け込んでくる。

「外に陸自の衛生科がいる。その車で病院へ運ぼう」

人工呼吸器を付けられ自衛隊員が担架でエリカを運び出す。

「エリカちゃん!」

真奈美が後から来た。

「君達も一緒に来い」

国分に言われ俺と真奈美がエリカと一緒に行くことになった。

 外にあった陸上自衛隊の救急車で近くの病院へ運ぶことになった。

 学校の直ぐ近くにある民間の総合病院へ付いた。

 直ぐに手術が始まった。俺と真奈美は待合室で待っている。国分は報告することがあると言い病院を出て行った。

「エリカちゃん」

真奈美が両手を組んで祈るように言う。

 手術室から看護師が何度も出たり入ったりしている。それを見ているとだんだん不安になる。

「立花」

篠原が待合室に来た。千夏も一緒だった。

 千夏は体育着に着替えていた。エリカの血を浴びていたので制服から着替えてきたようだ。

「エリカちゃん、どうなの?」

「まだ分らない」

千夏の質問に真奈美が泣き出しそうな声で答える。

 手術室の中から出てきた一人の看護師が俺達に気が付いてやって来た。

「手術は順調です。心配しなくても大丈夫よ」

その優しい一言で安心したのか真奈美が泣き出した。

「よかった」

真奈美のことを慰める千夏。篠原は何があったのかしきりに聞いてきた。

 俺は篠原にさっきまであったことを簡単に説明した。

「そうだったのか」

篠原が何処まで理解したか分らないが、納得してくれたようだ。

 手術中の赤いランプが消え、ストレッチャーに寝かされたエリカが手術室から運び出されてきた。

「エリカ!」

酸素マスクを付け痛々しい状態で集中治療室へ運ばれていく。

「ご家族の方はいらっしゃいますか?」

四十代後半くらいの医師が手術室から出てきた。

 ともちゃんはまだ来ていない。俺が代りに手を挙げた。

 医師に言われ院長室に連れて行かれた。

「院長の柳沢です。自衛隊から口外するなと言われたんですが、患者さんは何者ですか」

静かに、しかし俺をにらみ付けるような目で聞いてきた。

「親戚です」

うそだったが、そう答えた。

「彼女の治癒力は異常だ。とても人間とは思えない」

院長の柳沢は、カルテを見ながらそう言った。

「オペ中に患部がどんどん直っていくんだ。信じられない現象だよ」

柳沢の話だと、手術するスピードより速くケガをしたところが直っていったそうだ。多分竜の瞳の力だろうと俺は思った。

「気味が悪いくらいだ。このままだと明日か明後日には退院出来るね」

退院できるという言葉に俺は安心した。

「普通の人間だったら、手遅れで亡くなっていたよ」

俺は院長室を出た来た。院長の話はあまり気分のいいものじゃなかった。

「どうだったの?」

目を真っ赤にした真奈美が聞いてきた。

「明日か明後日には退院できるって」

気味悪がれたことは言わなかった。

「よかった」

真奈美が安心したようにため息をついた。

 ともちゃんがあと二時間くらいで病院に来るという連絡があった。

「ごめんね、家のこともあるし」

真奈美はそういうと千夏や篠原と先に帰って行った。

 真奈美の両親も変なことに巻き込まれて大変だったんだ。それなのに真奈美はエリカのことを心配して俺達に付いていてくれたことが嬉しかった。

 俺は集中治療室でエリカの側に付いていてあげた。エリカの右手を握ったまま考え事をしていた。

「痛いよ」

声がしたので見ると酸素マスクを自分で外したエリカが俺のことを見ていた。いつの間にか強くエリカの手を握っていたようだった。

「よかった、ケガしなかったんだね」

エリカは俺のことを見る。

「ありがとう、エリカが俺達のことを助けてくれたんだよね」

「私が迷惑をかけたんだから当たり前のことだよ」

エリカが優しく微笑む。俺も微笑み返した。

「真奈美は?」

「家のことがあるから帰ったよ」

「真奈美や真奈美のご両親まで巻き込んじゃったね」

「何で真奈美の両親があそこにいたんだ?」

「お兄ちゃんが三十年前にこっちに来たときに会ったのが真奈美の両親だったの」

「真奈美の?」

「そう、まだ中学生だったんだって。その時預けたものを奴らが取ろうとして襲ったんだ」

「預けたものって」

「竜の瞳とそれを入れていた缶ケース」

前にエリカが俺に持っていないかと聞いた缶ケースのことだろうか?

「缶ケースを使えば、違う世界をつなぐ通路をふさぐことが出来るの」


 俺が生まれるずっと前、真奈美の両親がまだ中学生のときに、エリカのお兄さんがこの世界に現れたそうだ。

 エリカのお兄さんはこの世界に来るときにトラブルに巻き込まれ、時間をさかのぼってしまい、三十年前に来てしまった。

 三十年前の世界はまだ違う世界をつなぐ通路が出来てなく、通路をふさぐどころかもとの世界に帰ることも出来なくなっていた。

 この世界で活動するための資金を持っていたが現金は使えなかった。三十年前は今と紙幣のデザインが違って使うことが出来なかったのだ。

 使えるお金もなく、自分の身分を証明する物もないエリカのお兄さんは、ホームレス状態で河川敷に小屋を建てそこで生活をしていたそうだ。

 ホームレスが住んでいた所、「ホーム島」はそれからそう呼ばれるようになったらしい。

 その時、中学校に通っていた真奈美の両親と知り合い、竜の瞳と缶ケースを真奈美の両親に預けたようだ。

 その後、エリカのお兄さんは警察に保護され、何処かに連れて行かれたそうだ。


「缶ケースは私が持っているの」

いつの間にか、エリカが缶ケースを持っているらしい。真奈美の両親が捕まり、自衛隊が助けに来たときにエリカが手に入れたようだ。

 アルミニウム見たいな金属で、携帯電話くらいの大きさの物を見せてくれた。

「竜の瞳の力を使って、大きさを変えることが出来るの」

エリカの手から渡された金属、持ってみると意外に軽い。

「これが、エリカに言っていた缶ケース?」

「うん、一種のカギみたいな物なの。これで違う世界をつないでいる通路をふさぐことが出来る」

 俺は、エリカに元缶ケースだった金属を渡した。

「これを使えば、もう二度と襲われる事もなくなるんだ」

「そうだね」

エリカが何となく寂しく答えた。

「明日にも通路をふさごうって思っているの」

 しばらくするとエリカのところに看護師がやって来て、検温とかをしていった。看護師は信じられないという顔をしていた。さっきまで瀕死の状態だったエリカが元気に話をしているのだから驚くのも無理はない。

 エリカは直ぐに集中治療室から一般病室へ移された。体の性質から個室を与えられた。

「エリカちゃん、大丈夫だった?」

ともちゃんが血相を変えてやって来た。

「すいません、心配かけちゃって」

「よかった、意外と元気そうで」

ともちゃんには、さっきまで死ぬか生きるかという状態だったことは言わなかった。どういう風にともちゃんへ連絡が行ったか知らないが、ともちゃんはエリカがそんな状態だったということを知らないようだ。

「明後日には退院できるって先生が言ってたみたいね」

 エリカとともちゃんはしばらく話をしていたが、時間も遅くなってきたので帰ることにした。

「明日、一番で来るからね」

ともちゃんは、エリカにそう言うと俺達は病室を出た。

 病院の外に国分がいた。

 国分は、ともちゃんがいたので簡単に挨拶だけをした。ともちゃんにはまだ仕事があるのでまた後日と話していた。

 別れ際に国分は俺に一言だけ言った。

「病院の周りは自衛隊が警護している」

国分の一言で俺は安心して家に帰る事にした。


 帰りにともちゃんと食事をしてから帰った。

 いろんな事があったので気が付かなかったが、昼食をとっていなかった。

「お腹空いていたんだ」

ともちゃんが感心するほど俺は沢山食べた。エリカのケガも快復に向かっているし、国分達が警護してくれている。安心することが出来たから急にお腹が空いてきたのだった。

 家に帰ると直ぐに自分の部屋に戻り寝ることにした。

 今日は一日いろんな事があり疲れている。着替えて直ぐにベットに横になるとそのまま寝てしまった。

 何時間くらい寝ていたのだろう。ドサッという床に物が落ちる音で目が覚めた。俺は部屋の明かりを付けた。

「エリカ?」

病院のパジャマを着たエリカが床に倒れていた。

「どうしたんだ?」

「何でもない!」

何でもないと言っているが右足から出血している。

「血が出ているぞ!」

ベットから起き上がりエリカのところに行く。そこで信じられないものを見た。

 エリカも右の太股に手術用のメスが三本刺さっていた。

「エリカ!」

俺はエリカの事を抱き起こした。エリカの体に何カ所も切り刻まれた後があり血がにじみ出していた。

「何があったんだ?」

俺が、病院を出たときには傷は治っていたはずだ。

 エリカは今始めてメスが刺さっていたことに気が付いたらしく自分でメスを引き抜いた。

「うっ!」

かなりの痛みがあるようだ。どうしてこんな事になったんだ?

 病院を出るときに国分が警護をしてくれると言ってたはずじゃなかったのか?

 痛みのためかエリカはその場所でうずくまるようにして動くことが出来ないでいる。

「病院へ戻ろう」

病院へ連れて行き治療してもらった方がいいと俺は思った。

「嫌だ!」

エリカが叫ぶように言う。

 俺は驚いてエリカを見た。

「和也の側がいい」

エリカが震えながら涙を流して俺を見ている。こんなエリカを始めて見た。

「あいつら」

エリカは俺の手を取り握りしめる。

「あいつら、私の体で人体実験をしようとしたんだ!」

腕が痛くなるほどエリカがしがみついてきた。エリカが震えているのが分る。エリカの足の傷から血が流れて床が赤く染まっていく。

「私のことをベットに縛り付けてメスで切り刻んだんだ」

何てひどいことを、俺は病院の奴らのことを許せなかった。いくら傷が早く治るからってケガをしたときの痛みは普通の人と同じなのに。

 エリカの手術後に説明をした院長の事を思い出した。あいつがやったのか?

 俺はエリカのことを抱きしめた。少しでもエリカの恐怖が収まればいいと思い強く抱きしめた。

「怖かった・・・」

震える声でエリカが言った。

 いくらエリカが強いからと言っても中学生の女の子だ。大人数人にベットに縛られた状態でメスで体を切られたんだ、その痛みと恐怖といったら普通じゃ分らない。

 どのくらいエリカのことを抱きしめていたのだろう。携帯が鳴ったので俺はエリカから離れて電話に出た。エリカに出血はもう止っているようだ。

「はい」

登録されていない番号で着信している。

「立花君か?エリカちゃんがいなくなった」

国分だった。かなりあわてている様子だ。

「エリカならここにいます」

 国分は夜中にエリカの様子を見るために病院内に入ったそうだ。エリカの病室で医師や看護師が数人倒れていて、院長が右腕を骨折していたそうだ。

 俺はエリカから聞いた話を国分にした。

「やはりそうか」

国分は院長に話を聞いたが何も話してくれなかったそうだ。

 俺は頭に来た。国分に早くそいつらを捕まえてくれと頼んだ。

「悪い。それは出来ないだろう」

自衛隊に警察の権限はない。それに傷害事件として告訴するとなるとエリカの特殊能力を世間に知らせることになる。そんなことを国分が言った。

「現場から被害者が文字通りに消えたのだから。警察に何て説明するんだ?」

 俺は電話を切った。エリカが俺のことを見上げている。

「今日、ここに泊まってもいい?」

エリカが聞いてきた。

「いいよ」

 エリカが俺のベットに入るのを見てから俺は床に座った。

「和也も来て」

それは世間的にまずいだろう。

「一緒に寝て欲しいの。何もしないで手だけ繋いでいて欲しいの」

「まずいよそれは」

エリカは今、普通の精神状態ではない。そんなときにベットを共にするなんてフェアじゃないと思う。大ケガをして怖い思いをしてやっとここに逃げてきたんだ。そんな精神状態のときに何か間違いがあったらまずい。

 俺は手だけなら握ってやろうと思い、ベットの側に来てエリカの手を握った。柔らかい小さな手が俺の手をギュッと握ってくる。

「来て」

エリカが強引に俺のことをベットに引きずり込んだ。

「今日が最後だから」

エリカはそういうと俺を隣に寝かせた。

「私が寝ているときにキスくらいはしてもいいよ」

そう言うと直ぐに寝息を立て始めた。

「キス?」

朝まで俺は寝られなかった。


 朝までエリカは俺の手をはなす事なく眠っていた。

 いつもの起きる時間になり、今日は学校を休もうと思っているとエリカが目を覚ました。

「おはよう」

俺はともちゃんに何て言おうと考えていた。どうしてエリカが帰って来ているのか、今日は学校を何で休むのか、どう説明しようか真剣に考えていた。

 俺の携帯が鳴った。

 着信はともちゃんからだった。

「ごめんね、国分さんから至急って呼ばれちゃって、朝ご飯、真奈美ちゃんに頼んじゃった」

国分が気を利かしてともちゃんを電話で呼び出してくれていた。

 俺は起き上がり、一階へ下りていく。エリカは着替えるために自分の部屋に消えていった。

 キッチンに真奈美がいた。朝食の準備をしてくれている。

「おはよう」

俺が声をかけると、制服にエプロン姿の真奈美が振り向く。

「おはよう、昨日は大変だったよね」

真奈美は、両親からエリカのお兄さんのことを聞いたそうだ。今日の夜にでもエリカを家に連れてきなさいと言われていた。

「エリカちゃんのことパパ達に紹介しようと思って。もちろん和也も一緒に来てね」

「そうだね」

今日、エリカが他の世界を繋ぐ通路をふさぐと言っていた。それが終わったら真奈美の家に行こうと思う。

 真奈美の両親にエリカのお兄さんのことを聞こう。そしてお兄さんが何処に行ったのかエリカと一緒に探そうと思った。

「おはよう」

エリカがやって来た。真奈美が驚いてみている。

「エリカちゃん、病院じゃなかったの?」

「もう退院していいって」

「昨夜、沙織から電話があってしばらく入院するって言っていたけど」

「沙織が?何で?」

俺が真奈美に聞いた。

「あそこの病院、柳沢総合病院って沙織の家だよ」

知らなかった。俺は真奈美に聞いてみた。

「院長の柳沢って沙織の・・・」

「お父さんだよ」

驚いた。エリカも驚きのあまり硬直している。

「どうかしたの?」

事情を知らない真奈美が不思議な顔をして聞いてきた。

「どうしよう私・・・」

「エリカは何も悪くはない。悪いのは向こうじゃないか!」

俺は昨夜のことを思い出して腹が立った。沙織の父親だとしても許せない。

「真奈美、沙織に電話して、お父さんどうしているかって」

「そんなこと、する必要はない!」

俺は真奈美に言った。驚いて真奈美は俺を見ている。

 エリカもエリカだ。あんな事をされて何で心配までしなければいけないんだ?

 三人とも何も話さないまま時間だけ過ぎていった。

「事情がよく分らないけど、朝ご飯食べようよ」

暗くなっていた空気を打ち消すように真奈美が言った。

「そうだよ、せっかく真奈美が来て作ってくれたんじゃない。食べよう」

エリカも俺に言い聞かせるように言う。

「そうだな、食べてから考えよう」

三人は席に着き、朝食を食べた。


 俺とエリカは今日、学校を休むことにした。

「私も休んじゃおう」

真奈美もそう言った。真奈美は一年生から皆勤賞じゃなかったのか?

「いいの、友達の方が大事だもん」

「友達・・・」

エリカが真奈美を見ている。

 これからエリカが違う世界を結ぶ通路をふさぎに行くという。

 この通路をふさぐことが出来れば、もう二度と帝国陸軍は現れることはない。こっちの世界も安心して生活が出来る。

「帰ってきたら、美味しい物を食べに行こうよ」

真奈美が提案してきた。そうだな、何か美味しい物を食べたいな。

「ごめん」

エリカが謝る。

「ごめんね、二人とも」

エリカが泣き出した。

 俺と真奈美はエリカのことを見た。

「通路をふさいだら、帰ってくることは出来ないの」

「えっ?」

「私はもともとこっちの世界の人間じゃない。だから帰ってくることは出来ない」

「ちょっと待ってよ」

俺はエリカに聞いた。

「何で戻れないんだ?」

エリカは黙っている。

「エリカちゃん?」

真奈美も聞いた。

 エリカはうつむいたまま涙を流しながら黙り込んでいる。

 玄関の呼び鈴が鳴った。俺達三人とも動こうとはしなかった。

「勝手に入っちゃまずいんじゃないの?」

「平気だよ、カギもかかっていないし、電気だって付いているじゃん」

千夏と篠原が俺の家に入り込んできた。

「いるじゃないか」

「三人とも学校に来ないから心配して来たんだぞ」

篠原と千夏はただならぬ雰囲気を感じて黙り込んだ。

しばらく沈黙が続いた後、千夏が誰ともなく小さな声で言った。

「沙織がエリカが居なくなったって言ってたから心配して来てみたんだ」

俺は千夏を見た。千夏はエリカを見ている。

「私、行くね」

さっきまで泣いていたエリカが笑って俺に言った。

「待てよ!」

俺はエリカの腕をつかんだ。

「どうしても、戻ってこれないのか?」

「うん」

「じゃあ、行くな!」

俺はエリカの腕を引き寄せるようにした。エリカは何の抵抗もしないで俺の腕の中に来た。

 エリカは腕の中で俺のことを見上げている。

「戻れないなら、行かせない!」

もう一度、エリカを見つめながら俺は言った。

「私も、出来るのならここにいたい。でもダメなんだよ」

俺の腕の中で、俺を見ながらエリカは言った。

「私がいたらみんなの生活のバランスが崩れていく」

エリカが自分の胸に手をやる。竜の瞳が緑色に輝きだした。

「私がここに居た記憶をみんなから削除します」

「待てよ、俺達の記憶を消すのか?」

「うん」

「遊園地に行った思い出も消すのか?」

エリカは答えない。

「俺のおまえに対する気持ちはどうなるんだよ!」

「気持ち?」

エリカが聞いた。

「エリカが好きだって気持ちはどうなるんだ!」

俺は叫んだ。

 エリカが一瞬ビクッと動いたのが分った。俺は真奈美が見ているのも気にしないでエリカを抱きしめた。抱きしめることでエリカが俺達の記憶を消すのをやめてくれると思っていた。

 エリカを見ると目があった。ゆっくりと目を閉じていく。俺はエリカと唇を重ねた。

 それは甘い感触。エリカの柔らかい唇が俺の唇と重なり合う。

 体が震える。俺の体が震えている。エリカの小さな肩も震えているのが分った。

 ゆっくりと唇をはなす。その小さな唇がこう言った。

「ごめんね。さようなら」

泣いてる時間はなかった。

「私も和也のこと大好きだよ」

エリカは消えていった。


エピローグ


 いつものように真奈美が俺の家に迎えに来た。

「おはよう」

 いつものように挨拶を交わす。

 いつものように俺の後を付いてくる真奈美。

 けれど、いつもと違う事があった。

 昨日、みんなの前で真奈美とキスをしてしまったのだ。どうしてだろう。俺の家に千夏と篠原が居た。後から沙織も来ていた。その前で真奈美とキスをしてしまった。

「何か、大切な物を無くした気がするよ」

後ろから真奈美が声をかけてきた。

「大切な物?」

俺は振り返り真奈美に聞いた。

「うん、かけがえのない大切な物。昨夜から思い出そうとして思い出せないんだよ」

俺は、無意識に胸に手をやった。

 昨日、真奈美からもらったペンダントがそこにある。竜の瞳という名前のペンダント。同じ材質の石で出来ている指輪を真奈美が持っている。

 ペンダントを触ったら、何だか急に悲しくなってきた。何でだろう。俺も何か大切な物を無くした気がした。

 失恋?一瞬そんなことも頭を横切った。真奈美とキスをしたばかりなのに何で失恋したと感じたんだろうか?

「夏休みにさぁ、何処かに行かないか?」

真奈美に聞いてみた。

「何処に?」

「みんなで海にでも行こうよ」

「そうねぇ、考えておくよ」

 海の見える遊園地、そこに大切な物を探す手がかりがある気がする。

 もうすぐ夏休みだ。中学最後の夏休み。大切な物を見つけ出して、思い出をたくさん作ろうと俺は思った。


 終わり


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