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エリカ もう一つの世界から   作者: まんだ りん
1/2

出会いと始まり編

 プロローグ


 エスケープしよう、そう思ったのは俺が世間でいう五月病になっていたせいかもしれない。

 河川敷が見える土手の芝生の上に寝ころんで空を見上げる、まだ梅雨入りしていない空は青く何処までも続いていく気がした。

 俺の名前は、立花和也。中学三年生。退屈な午後の授業をサボって学校隣にある土手の反対側に来てボケッと空を眺めていた。遙か成層圏近くを飛ぶ飛行機が長い飛行機雲を引きながら飛んでいく。あの飛行機は何処に行くのだろうか、俺も何処か遠くに行きたい。今というつまらない現実から逃げ出したいと思っていた。

 何げなく空から河川敷へ視線を落としたら、草むらに一人の少女がいるのに気が付いた。長い髪をツインテールに結んでいて、俺の通っている中学と違う女子の制服を着ている。高校生だろうか、距離にして数百メートルは離れているところにいるので顔もよく分からない。

 何をしているのだろう。草むらをかき分けるようにしてゆっくりと歩いている。川のある方からこちらに向かって来ているのだが、下を向いて何かを探している様子がよく分かる。足で草をかき分けるように歩き、ときどき立ち止まっては何かを拾い上げ、眺めては首をかしげてそれを捨てる。そんなことを繰り返しながらゆっくりと俺のいる土手に向かって進んでくる。

 何かを落としたのかなと最初は思った。首をかしげながら拾った物を捨てている様子は何か落とした物を探している感じではない。分からない何かを探している感じだ。少し進んでは立ち止まり何かを拾い上げまた捨てる、そんなことを繰り返している。

 近づくにつれて、彼女の容姿が分かるようになってきた。俺より年下か俺と同じ歳だろう。彼女の着ている制服はやはりこの辺じゃ見かけないデザインの物だ。ツインテールの髪を揺らしその場所にしゃがみ込む。地面に何かを見つけたのだろうか、しばらくそこを動かない。緩やかな風が彼女の髪をなでる。片手で何かを拾い上げては捨て、もう片手で自分の髪を押さえつける。風は強くはないが、河川敷の草むらをなびかすには十分な風だった。

 不意に彼女が立ち上がる。片手で髪を押さえたままこちらを見ている。俺が見ていたことに気が付いたのだろうか、俺の方をじっと見ている。手でも振ってみたら、答えてくれるだろうかと考えていると、彼女は、軽く屈伸をするかのように足を曲げ伸ばすと同時に飛び上がった。

「えーっ?」

思わず声を上げてしまった。彼女は飛び上がったまま空中を俺のいる土手の方に飛んで来て、そのまま空中で停止する。

「何を見ているの?」

強い口調で聞いてきた。十メートルは離れていない高い空中から俺のことをにらみ付けている。

「何って言われても・・・」

現実にはあり得ない状況が目の前にあった。彼女が空中に浮いた状態でいる。俺は彼女を凝視した。ツインテールの髪を片手で押さえている。整った目鼻立ち、美少女コンテストがあったら優勝してもおかしくないくらいの可愛い少女だ。意志の強そうな目で俺のことをにらんでいる。もう少し高い位置に移動したらセーラー服のスカートの中身が見えてしまう。俺はどうしていいのか分からないでいた。

「もう一度聞く、何を見ていた?」

俺を見下ろす彼女、つり上がった眉が彼女が怒っていることを物語っている。俺は彼女の目から視線をそらした。必然と目がスカートの方へいってしまいスラッとした長い足を目で追っていた。

 彼女は右腕を伸ばし人差し指を真っ直ぐ俺に向ける。俺は何が起こるのか分からないまま彼女のすることを見ていた。

「あなたがそうなの?」

急に困惑の表情に変わる彼女。怒っていた顔が、驚きの顔へ、そしてとまどいの顔に変化していくのを見ながら俺の意識はもうろうとしてきた。


 一


 誰かが俺を呼んでいる。真っ白な霧の中で、さまよい歩いていた俺は呼ばれた方に進んでみた。ここは何処で俺は一体何をしていたのだろう。

「起きろ、立花!」

俺の右肩に何かがぶつかる感触で俺は目を開けた。

「風邪ひいても知らないぞ!」

河川敷が見える、そうか、俺は土手の芝生の上で寝ていたんだ。俺の右横に悪友の篠原が立っていて俺のことを軽く足蹴りしていた。俺の肩に当たっていたのは篠原の右足だった。

「六時限目も終わったぞ、そろそろ帰ろうぜ」

篠原は土手を上り反対側の学校のある方へ歩き出した。俺も急いで起き上がると彼の後を追いかけた。頭がボウッとしている。まだ白い霧の中にいるようだ。

「まだ夢でも見ているのか?」

先に土手を下りて学校の敷地を囲むフェンスをよじ登ろうとしている篠原が俺に聞いてきた、俺がふらふらと歩いてきていたからだろう。

「そうだ!」

不意に思い出し、俺は土手を駆け上がり空を見たが誰も居ない。河川敷の草むらも見てみたがそこにも誰も居なかった。

「飛んでいたんだ!」

フェンスをよじ登り校庭に飛び降りた篠原に向かって俺は土手の上から叫んだ。

「何が?」

土手を駆け下りフェンスのところまで来た。

「女の子」

「そりゃ、楽しそうな夢だな」

夢?夢なんかじゃない現実だ。俺もフェンスを登り校庭に飛び降りた。

「確かに飛んでいたんだ」

「昼休みからずっと寝ていたんじゃそんな夢でも見るだろう」

信じてもらえていない。

「確かに見たんだ」

「ほうきにでもまたがっていたのか?」

校庭を歩きながら教室に向かう。グランドには部活動を始めようと何人かの生徒が体育着で昇降口から出てきた。

「いや、ほうきはなかった」

「じゃあ、魔女じゃないな」

 教室に戻ると生徒達は半分くらいしか残っていなかった。三年生は受験が近いので夏までしか部活動に参加することが許されていない。部活に参加する者達は部室へ向かう。受験のため、予備校へ行くので早く帰ってしまった者もいる。教室に残っているのは特に何もすることがない者達だ。いつもと変わらない風景がそこにあった。

「夢だったのかな?」

「夢だよ!それより早く帰ろうぜ」

篠原に急かされ鞄を取る。

「駅前の本屋、寄って帰ろうぜ」

篠原が毎週買っている雑誌の発売日が今日だ。俺も前から欲しかったゲームの攻略本を買おうと思った。

 土手で見たのはやはり夢だったのだろう。考えてみたら現実にはあり得ないことだ、だから忘れよう、悪い夢に決まっている。

 俺は飛び出すように教室を出た篠原を追う。二人で駅前の本屋に向かった。


 昨夜はよく眠れなかった。

 昨日の土手で見たことはどうもリアルすぎて夢のような感じがしない。やはり現実だったのだろうかと考えていたら朝になっていた。

 眠い目をこすりながら玄関を出ると、門のところにいつものように真奈美が待っていた。

「おはよう」

俺は半分あくびをしながら挨拶をした。村上真奈美は俺の幼なじみで、背中まであるストレートの髪がよく似合い大きめの目がとても可愛いい女の子だ。中学一年の時から何故か同じクラスで、毎日のように俺を迎えに来ては一緒に登校している。

「和也、昨日はどこに行っていたの?」

俺の一歩後ろをいつも付いて歩いてくる真奈美。昨日?学校の帰りかな?

「本屋だよ」

「違うよ。午後の授業中だよ」

「ちょっとエスケープ」

「先生、心配していたよ」

真奈美はいつも俺のことを気に掛けてくれている。面倒見がいいのだろう、クラスでも頼りになる奴の一人だ。

「いいよ、先生なんか放っておけば」

「内申書にひびくよ」

別に内申書なんかどうでもいい、実力で高校に受かってやる。と、言いたいところだが、そんな実力は俺にはない。

「いい高校に行けなくなるよ」

真奈美がいつものように、心配そうに俺の横に並び見上げるように顔をのぞき込んできた。

「別に高校なんて受かればどこでも同じだ」

「ダメだよ。一緒の高校に行こうって約束したじゃない」

俺にはそんな約束をした記憶がない。

 真奈美は俺より頭が良く成績はいつも学年のトップクラスだ。俺が真奈美と同じ高校に行くには並大抵の努力じゃダメだ、無理だな同じ高校は。

「受験勉強、一緒にやろうよ」

受験か。

 俺が昨日授業をサボったのは中学三年になり受験受験と騒がれてきたことで勉強するのが嫌になったからだ。真奈美といつも一緒にいるせいかどうも真奈美と較べられることが多くなっている。そのことが嫌なことの原因でもあった。

 俺は歩くスピードがだんだんと遅くなりだした。何も知らない真奈美は俺のことを追い越すとくるりとスカートをひるがえして回り正面から俺のことを見た。

「一緒の高校に行こうね」

上半身を斜めにして、広がった長い髪を片手で直しながら真奈美が笑顔を俺に向けた。

「しつこいよ、おまえ」

真奈美の顔から笑顔が消えた。

「ごめんなさい」

しまった。言い過ぎた。

「先に行くね」

うつむいて悲しそうな表情をした真奈美は、俺を残して小走りに学校へと向かっていく。

「あんな可愛い子を泣かすんじゃないよ!」

何処からかそう聞こえた。辺りを見回すが、登校するために学校に向かって歩いている生徒達しか居なく誰も俺に話しかけた感じはなかった。

「空耳かな」

 最近、真奈美に冷たくしている気がする。真奈美が悪い訳じゃないが、真奈美につらく当たってしまうことが多い。どうしてだろうか、自分でもよく分からない。

「後で謝ろう」

また帰りに何かおごってやれば機嫌を直してくれるだろう。

 俺も急いで学校へ向かった。


 三枝千夏は、俺が教室に入るとそれを見計らっていたかのように俺のところに来て問い詰めてきた。

「立花、また真奈美のこと泣かしたでしょう」

勝ち気な性格の千夏は何かというとすぐに首を突っ込みたがる。特に真奈美とは大の親友で内気な真奈美の言えないことを代弁して俺に言うことが多い。

「泣かしていないよ」

自分の席に着き鞄を机に置く。確かに言い過ぎたかもしれないが泣かしてはいない。

「うそ付かないでよ。真奈美、泣いて学校まで来たんだからね」

千夏に言われ、すぐ右後ろの真奈美の席を見る。真奈美は椅子に座り俺と千夏の会話を聞いていないという感じで動かずじっと前を見ている。別に泣いているようには見えない。

「泣いていないよ」

俺は千夏にそう言うと鞄から一時限目の教科書を取り出す。

「あなた達、いつもそうね」

「何が?」

「もっと自分に素直になりなさい」

千夏は、ショートカットの髪をかきむしるようにして自分の席に戻っていく。素直?どういう意味だ?

「意外、結構もてるのね?」

俺のすぐ後ろから誰かの声が聞こえたので振り向くが誰も居ない。俺の席は窓際一番後ろだ、俺の後ろは誰も居ないはず。

 担任教師が教室に入って来て朝のホームルームが始まる。俺は前を見た。

「私もさっきの子と同じ意見ね。素直になった方がいいわ」

今度は耳元で聞こえたが誰も居ない。何なんだ?

 俺は立ち上がって周りを見回す。俺に話しかけてきた声は女子の声だ、けれどすぐ近くには女子は居ない。

「立花、どうかしたのか?」

急に立ち上がった俺に、担任教師が聞いてきた。

「何でもありません」

俺は急いで席に座る。何人かの女子のくすくす笑いが聞こえる。

「寝ぼけているって思われてるよ」

後ろからまた声が聞こえた。

 椅子が倒れる大きな音を立てながら急いで席を立ち後ろを振り向くが誰も居ない。空耳?いや違う、はっきりと聞こえた。きょろきょろと周りを見るが、俺に話しかけてきた奴は誰も居ない。俺の頭がおかしくなったのか?

「忙しい奴だな。落ち着けよ」

担任教師の一言でクラスに笑いが起きる。俺は仕方なく椅子を起こして座り前を見る。

「おもしろい人なのね」

俺の後ろから今度もはっきりと聞こえた。

「誰だ!」

大きな声を出したつもりはなかったが、クラスの視線が俺に集まっている。

「受験勉強のやり過ぎか?」

担任教師がそう言うとさっき以上の笑いがクラス中に起きた。

「また来るね」

耳元ではっきりと聞こえる。しかし、姿は見えない。俺の頭はおかしくなってしまったのだろうか。

 真奈美が心配そうに俺を見ていたが、その視線に俺はまったく気が付かなかった。


 昼休みになり、弁当を食べ終わってから何となく一人で屋上に来た。

 屋上は、昼休みの間も解放されていて、何人かの生徒達が勉強したり読書したり思い思いの時間を過ごしている。

 俺は何となく屋上の土手が見える方に来て河川敷を見た。昨日見知らぬ少女が空を飛んでいたところ、河川敷の草むらの中にこんもりと盛り上がって見える場所がある。その場所は昔から「ホーム島」と呼ばれていて彼女が最初に何かを探していたところだ。いつからそこが「ホーム島」と呼ばれるようになったのかは知らない。誰も居ない「ホーム島」周辺の草むらを風が揺らしていた。

「何か見えるの?」

声のした後ろを振り返った俺は、驚いて腰を抜かしそうになりそのままその場所に座り込んだ。

「こんにちは」

昨日、「ホーム島」から俺のところに飛んできたツインテールの美少女がにこにこしながら立っていた。

「あっ、えっ」

言葉になっていない。頭が混乱している。何を言っていいのか。何を聞けばいいのか。

「緊張しているの?」

俺を見下ろしている彼女は、昨日と違い桜田中学の制服を着ている。転校生だろうか。いや違う、普通の人間は空を飛ばないだろう、幽霊か?

「何者だ?」

やっとそれだけ聞けた。

「立花和也君だよね。私は金沢エリカ」

エリカと名乗った少女が俺に向かい右手を差し出した。しばらく俺はどうして良いのか分からずにいた。

「女の子が握手を求めているんだから、手ぐらい握ったら?」

エリカに言われ、仕方なく俺は彼女の手を取った。俺の手より小さな手で柔らかい。少し冷たい手だなと思いながら軽く握る。

「スケベ!」

俺の手を激しくふりほどくエリカ。自分から手を差し出しておいて何なんだ。

 エリカは首をかしげるように上から座り込んでいる俺のことを悪戯っぽくのぞき込む。

「協力して欲しいの」

「何を?」

俺の前にしゃがみ込んできた。

「あなたのことやっと見つけたわ。協力しなさい!」

命令するように言われたが、何を協力すればいいのだ?

「後で大切な話があるから放課後にまたここに来てね」

俺の前から立ち上がり駆け出すと、屋上から校舎内へ下りる階段室の前まで行き一端立ち止まる。その場所で振り向くとバイバイと手を振りながら姿が薄くなり消えていった。

「えーっ!」

思わず大声を上げてしまった。屋上にいた何人かの生徒が俺のことを見ているがそんなことはどうでもいい。エリカが消えた?俺は辺りを見回すが誰か他に彼女が消えたところを見ていた人はいなかったのか?彼女はやはり幽霊だったのだろうか?

 教室に戻って午後の授業を受けるが、五時限目も六時限目も内容はまったく聞いていなかった。さっき見たエリカという少女はやはり幽霊なのか、今度は俺の見ている前で消えたんだ。普通じゃ考えられない、昨日は空を飛んで今日は消えた。幽霊じゃなければ篠原の言うとおり魔女だろうか。俺は得体の知れない変な奴に取り憑かれてしまったのだろうか?そのことばかりが頭をよぎる。

「立花、聞いているのか」

六時限目の数学の授業。担当教師が俺を指名したようだ。

「すいません。聞いていませんでした」

素直に謝った。聞いていなかった物はしょうがない。

 数学担当教師は手のひらを上に両手を大きく広げ肩をつぼめたジェスチャーをした後、次の生徒を指名した。良かった。見逃してくれた。

 真奈美が俺のことを見ているのに気が付き振り返り笑い顔を作る。真奈美が首をかしげた後、軽くうなずいてくれた。朝のケンカで俺が言いすぎた件はこれで許してもらえるだろう。いつものように帰りに何かをおごってやろう、それでまた仲直りが出来ると思った。

 授業が終わるとき、数学担当教師が俺だけ特別に宿題のプリントを出してくれた。俺だけ特別扱い?授業をまともに聞いていなかったせいだろう。特別扱いをしてくれるのはうれしいが、もっと違う風に扱って欲しい。俺だけ宿題なしとか、俺だけ答え付きのテスト問題とか、そんな物はあり得ないか。


 放課後、真奈美が俺の所に来た。

「今日は部活休みだから一緒に帰ろうよ」

朝の件は、やはり怒っていないようだった。

 真奈美はテニス部に所属しており、夏の大会で三年生は引退する。それまで毎日部活に参加していたが、今日は部活が休みのようだ。真奈美と一緒に帰るのは久しぶりだ。

 俺は、帰り支度をして真奈美と教室を出た。二人の後をなぜか不思議に千夏も付いてくる。

 三枝千夏は剣道部で主将をしている。剣道部は近いうちに対校試合があるために練習に忙しく今日は休みじゃ無いはずだ。いいのか、サボって。

「一日くらい練習しなくても平気平気。勝てばいいんだよ試合なんて」

竹刀を担ぎ俺と真奈美の後を付いてくる。市の大会で何回も優勝したことがあるだけに自信満々だ。

 俺は、今朝のお詫びに真奈美をファストフードにでも連れて行って、何かおごってやろうと思っていた。勘のいい千夏はおこぼれでももらおうと付いてくる気だ。

二人とおまけ一人で歩いていると、校門の所にテニスウェアを着た二年生がラケットを持って立っていた。

「先輩、帰っちゃうんですか?」

真奈美の後輩の柳沢沙織がラケットを抱えてどうして帰っちゃうのって顔をして立っている。確か今度の夏の大会で真奈美とダブルスを組んで出場する予定で、真奈美のことを信頼しきっている女の子だ。

「今日は、部活休みだって部長が言っていたよ」

真奈美に言われ、あっ、そうだと思い出した顔をする。

「昼休みに部長が来て言っていました。いけない、忘れてました」

私も帰りますと、沙織は部室がある方向へ軽く駆け出そうとして立ち止まり、真奈美、俺、千夏と順に顔を見た。

「もしかして、何処かに行きますか?」

千夏がおまえも付いてこいって感じで大きくうなずく。

「すぐに着替えて、後から行きます。先に行っててください」

部室に向かいポニーテールをくるくるとさせ猛然と駆け出していった。

「お小遣い、足りるの?貸してあげてもいいよ」

千夏が笑って聞いてきた。おまえの分を除けば何とかなる。

「行こう。沙織は後から来ると思うよ」

真奈美に言われ、俺達は帰り道に通る駅方向へと向かい歩き出した。

 駅前の小さな商店街の中に有名ファストフードがある。俺はそこの自動ドアの前に立ち止まった。

「えーっ、ここなの?」

自動ドアが開くと同時に千夏がだだをこねる。

「ここ、この前も来たじゃない。部活の帰りもよく来るからボク嫌だ!」

「おまえにおごってやるんじゃないぞ」

開いた自動ドアの前で俺と千夏のやりとりを不思議そうに店の中から店員達が見ている。

「ねえねえ真奈美、この前雑誌に載ったケーキのおいしい店ってどこだっけ?」

「新しくできた喫茶店なら向こうだよ」

真奈美が指さす方向に千夏が真奈美の手を取り、引っ張るように連れて行く。俺も二人のあとを追いかける。出入りの無かった自動ドアが悲しく閉まっていく。

 俺は二人の後をついて行きながら財布の中を見た。

「何とかなるかな」

明日、買う予定の雑誌があった。場合によっては明日買うことができなくなるな。昨日もゲームの攻略本を買っていたので今月はもうピンチになっていた。

 ケーキのおいしい新しくできた店は、見た感じに高そうな店だった。高そうなケーキを販売する店におしゃれな喫茶店が併設されている。間もなく夕方の時間なのに、まだドレスアップした主婦達が奥のテーブルに座って話をしていた。中学生にはかなり場違いな感じがするが、千夏はお構いなしに真奈美の手を取りずかずかと店に入っていく。

「いらっしゃいませ」

高校生のバイトと思われるウエイトレスに案内され窓際のテーブルに着く。真奈美と千夏が並んで座り、その向かいに俺が座る。

 メニューを受け取るとすぐに千夏はこれとこれを注文しようと言っている。真奈美がダメだよこっちにしようと言う。おおかた、千夏が高い物を注文しようとして真奈美に訂正されているのだろう。

 俺も、もう一冊のメニューを見る。「午後のおすすめセット」、店長のおすすめケーキとコーヒー又は紅茶付き、これの値段なら三人分何とかなるだろう。

「決めたよ。注文していい?」

真奈美はそう言うとウエイトレスを呼ぶ。何を注文するんだ。頼む、安い物にしてくれ。

 真奈美は、「午後のおすすめセット」のアイスミルクティー付きを二人分注文した。千夏がかなり不満そうにしている。

 俺も同じ物のホットコーヒー付きを注文した。明日、購入予定の雑誌はこれで買うことが出来なくなった。

「そうだ、忘れるところだった」

千夏は、鞄から携帯を取り出すと誰かに連絡を取り今いる店の場所を教えた。

「沙織ちゃんすぐ来るって」

マジかよ。お金がない。

 ウエイトレスがケーキセットを持ってきたのと同時に沙織もやって来た。

「同じ物をホットミルクティー付きでもう一つお願いします」

ケーキとホットコーヒー、アイスミルクティー二つをテーブルに置いたウエイトレスが一礼して席を離れるが、沙織はそのままテーブルの横に立っている。

「気が利かないですよ。千夏先輩」

沙織に言われ、千夏は沙織を見てから俺と真奈美を見た。

「あっ、そうか、ごめんごめん」

千夏が立ち上がり、奥に座っている真奈美に席を立つように言う。訳が分からなく見ていると、真奈美を俺の隣に座らせ、反対側の席の奥に千夏が座る、その隣に沙織が座った。

「恋人同士は、隣に座らないといけません」

沙織が平然と言い千夏もそうだと笑う。俺は真奈美を見たが真奈美の顔が赤くなっている。

「そんなんじゃない」

俺は訂正した。俺と真奈美は幼なじみだが、恋人ではない。俺はかなりそうなりたいとは思っているが、真奈美の気持ちもあるだろう。

「何も恥ずかしがることない」

千夏は、俺と真奈美を交互に見て冷やかす。俺は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

「真奈美先輩と立花先輩、お似合いだと思うんですけどなぁ」

沙織が言うのと同時にウエイトレスが追加分のケーキとホットミルクティーを持ってきた。

 女子も三人いれば、いろんな話で盛り上がっていく。最初は授業のことや部活のこと三人の話に付いていくことが出来ていたが、テレビドラマやファッションの話になるとだんだん付いていくことが出来なくなり、俺は一人窓から外を見た。梅雨入りが近いからか、雲行きが怪しくなってきている。もうすぐ雨でも降るかもしれない。

 俺は一人考えていた。俺の通う中学校で十番以内に入るだろう美少女を三人も連れて高そうな喫茶店に入っている。他の男子から見ればかなりうらやましいことに違いない。こんな経験は普通の男子にはめったに出来ることではないと思う。たまたま仲良し三人組の一人が幼なじみだったと言うだけかもしれない。なのに三人の話に付いていけずに一人ぽつんと外を見ているだけだなんて情けない。他の男子から見れば、もったいないお化けが出て来てしまっても不思議ではない状態だろう。

 駅前の小さな商店街、道行く人達を何となく見ていると、こちらを睨みながら歩いてくるうちの学校の制服を着た少女に気が付いた。昼休みにエリカと名乗った少女だった。俺と目があった瞬間、プイと横を向きそのまま駅の方へ歩いて行く。しまった、放課後屋上に来てって言っていたんだ。忘れていた。

「ごめん。急用を思い出した」

俺は立ち上がり、エリカを追いかけるために店を出ようとする。

「何?違う女の子との待ち合わせでも思い出したの?」

千夏の軽い冗談に一瞬マジに動揺してしまった。

「立花先輩はそんなことしませんよ」

沙織が真奈美のことを見ながら言う。

「分かった。食い逃げか!」

そうか、その手もあったか。いやいやそれよりエリカを追いかけないと。

「時間も遅いしそろそろ帰ろうよ」

真奈美は俺が焦っているのを見て何かを感じたのだろう、そう言った。テーブルの上には飲み終わったカップとグラスが四つ、ケーキの皿はだいぶ前にウエイトレスが下げていた。

「じゃあ、みんなで帰ろう」

仕方ない、これじゃエリカを追いかけることは出来なくなるな。それに支払いはどうしよう。真奈美にはおごると決めていたが千夏と沙織にはおごる気はない。三人分くらいは何とかなるが四人分のお金は持ち合わせていない。

「ごちそうさまです。立花先輩」

沙織が満面の笑みを見せ最敬礼のお辞儀をする。

「立花、ごちそうさま」

軽く言うと竹刀を担ぎさっさと店の外に出る千夏。どうしよう。

「これ」

みんなに気づかれないように、自分の財布からそっと俺にお金を渡す真奈美。

「いいの?」

「うん。今日はありがとう」

「明日、絶対返すよ」

「いいよ今度で、昨日本屋に行ってお小遣いないんでしょう」

俺は真奈美から預かったお金で会計を済ませ、店の外に出た。

「和也、ごちそうさま」

真奈美がみんなに聞こえるように俺に言った。

「今度はボクがおごってあげるね」

千夏の言う今度は永久に来ないだろう。

「私の家、こちらなのでここで失礼します。先輩、また誘ってください」

沙織が足早に駅と反対側に帰っていく。俺は、真奈美と千夏を連れて駅方向へ向かい歩き出した。

「立花、真奈美のことを大切にしろよ。男を立てるこんないい子めったにいないぞ」

駅で別れるときに千夏はそっと俺に言った。見られたのかな、お金借りたところ。

 俺は真奈美と歩き出した。俺の一歩後を真奈美が付いてくる。

「今日はありがとう、助かったよ。お小遣いもらったら必ず返すから」

振り返りながら俺はお金のことの礼を言った。真奈美がみんなに気が付かれないようにお金を貸してくれたことがうれしかった。勘のいい千夏には気が付かれていたような感じがするが。

「返すのいつでもいいよ」

真奈美は足下を見てから改めて俺のことを見た。何か言いたそうなそぶりを見せるが、俺は気が付かなかった。

 毎朝一緒に登校しているが、帰りが一緒なのは久しぶりだ。俺は真奈美のことが好きだと思っている。希望としては手をつないで歩きたい。朝は、同じ中学の生徒がたくさんいるから手などつないで歩けないけれど、夕方の今ならほとんどいない。手をつなげるチャンスかな。

 俺は、それとなく真奈美の横に来て手が触れるくらいに近づいてみた。真奈美の手は温かいだろうなと考えていた。軽く手が触れると真奈美が意識をしたのか離れた気がした。

 屋上でエリカと握手したときのことを思い出した。あのときスケベと言われたこと、別に下心があったわけではなかったが、ショックだったのは事実だ。

「今日の数学のプリント明日までだよね」

不意に真奈美が話しかけてきた。数学の時間に俺だけ特別にもらったプリントがあったことを忘れていた。

「夜、一緒にやろうよ」

真奈美の家は、俺の家のすぐ近くだ。前はよく俺の家に来て一緒に勉強した。朝、言い過ぎた事を思い出した。

「プリントの解らないところ教えてくれよ」

俺は真奈美が一緒に受験勉強しようって言ったことを思いだしていた。真奈美は真剣に俺のことを考えてくれている。朝は本当に言い過ぎていた。少しは真奈美に答えてやらないといけない。

「夕ご飯、食べたら和也の家に行くね。後でメールするよ」

満面の笑みを浮かべ答える真奈美。俺の家の前で、真奈美と別れた。


 俺は自分の家で独り暮らしをしている。親父は仕事の関係で、今はロンドンに住んでいる。母親は俺が小さい頃に病気で亡くなったと聞かされている。だから俺には母親の記憶がない。親父は月に一度は家に帰ってくるがほとんどが海外での生活だ。

 中学生なのに独りぼっちの俺は、隣に住む亡くなった母親の妹、加賀とも子に面倒を見てもらっている。最初は叔母さんと呼んでいたがまだ独身なのにオバサンはないだろうと言われ、その後はともちゃんと呼ばせてもらっている。

「ただいま」

家に入るが、誰も居ない。ともちゃんは自分の家に帰ったのかな。

 ダイニングに行くとテーブルにカレーライスがラップして置いてあった。チンして食べろということらしい。

 俺は制服から楽な格好に着替えるために二階の自分に部屋に行った。階段を上がり自分の部屋のドアを開けた。

「遅かったじゃないの!」

驚いてその場所に座り込んでしまった。俺の部屋の中、勉強机の椅子にエリカが制服姿で座ってこっちをにらみつけている。

「何しているの。自分の部屋でしょう。さっさと入りなさいよ」

返す言葉が思いつかない。どこから入ってきた?どうしてここにいるんだ?

 座り込んでしまった俺の目線の高さがちょうど足を組んで座っているエリカの椅子の高さと同じになる。目のやり場に困ってしまう。

「何で放課後、屋上に来なかったの?」

エリカが足を組み替えながら俺をにらんでいる。俺の目線がエリカのその一点に集中する。

「ちょっと用事があったから」

喫茶店で目があったときのことを思い出した。

 エリカに今言われたことと、今見ている俺の目線の先にある物のことが気になり自分がかなり動揺しているのが分かる。

「ふーん」

エリカはそう言うと右手を伸ばし俺を指さした。

 廊下に座り込んでいた俺の体が突然宙に浮いた。じたばたもがくがどうにもならない。引力に逆らっている俺の体は背中を下にして横になったまま廊下から部屋の中に空中をゆっくり移動して、エリカの前に背中から下ろされた。

「何だ、今のは」

目を白黒して起き上がり座り直す。俺の体が空中に浮いた。どうなっているんだ。エリカは俺のことを指さすのをやめた。

「早く部屋に入らないからよ」

「何者なんだおまえは!」

今のはエリカの仕業か?だとしたらこいつは人間じゃない。幽霊か?魔女か?宇宙人か?

「言わなかったっけ、金沢エリカって」

それは、名前だろう。

「大事な話があるの、聞いてくれる?」

眉をつり上げ真剣な表情で聞いてくる。ここで逆らうと何をされるか分からない。空中に浮かぶくらいじゃなくて最後には殺されるかもしれないと、本気で思った。怖かった。

「ぐぅ」

お腹がなった。エリカのお腹だ。俺は怖さを忘れ思わず吹き出してしまった。

「何笑っているのよ!」

「ごめん、おかしかったから」

エリカの顔が真っ赤になっている。怒っているのか、恥ずかしがっているのか。

「カレー、もらうわよ!」

そう言うと立ち上がり部屋を出て一階へ下りていった。

 俺はどうしたら良いのか分らなくなっていた。とりあえず、制服から室内着へ着替えた。そっと一階へ下りていくとエリカがテレビを見ながらカレーライスを食べていた。

「朝から何も食べていなかったから、おいしい」

俺は、冷蔵庫からピッチャーに入った冷えたウーロン茶を取り出すとグラスに注ぎエリカに差し出した。

「ありがとう、優しいのね」

ウーロン茶を飲み、カレーライスを食べる。それは俺の食事だぞと言いたかったが、後が怖いので何も言えなかった。

「さっき言っていた、大切な話って何?」

カレーライスを食べているエリカを見ていると普通の可愛い少女に見える。幽霊とか魔女とか宇宙人じゃないな。多分。

 エリカは、セーラー服の胸元に手を入れ何かを取り出した。ペンダントだ。

「これと同じ物持ってない?」

緑色の宝石のような石を銀色の金属で囲ってあるペンダントヘッドが、チタン色のチェーンの先についていた。

「竜の瞳って言うの」

カレーライスのスプーンを口にくわえたままで、両手を首の後ろに回しチェーンをはずし俺に渡した。

 竜の瞳?

 俺はそのペンダントをエリカから受け取った。エリカのぬくもりがまだ残っている初めて見るペンダント。緑というよりエメラルドグリーンといった方がよい色だ。エメラルドグリーン、この色を見ていると何だか懐かしい感じがする。

「そのペンダントを持っていると不思議な力が使えるの」

カレーライスをきれいに食べ終わり、エリカは食器をシンクに運ぶ。

「不思議な力?」

「そう、さっきあなたを移動させた力とか、自分を消して他人から見えなくする力とか」

もしかして、昼間、誰も居ないのに声が聞こえたのはエリカなのか?

「昼間、俺のそばに居た?」

「幽体化していた時ね」

「幽体化?」

「他人から自分を見えなくすること。その逆、今みたいに見えるようにするのを実体化っていうの」

 エリカは、ウーロン茶を飲み終え、空になったグラスを俺に突き出す。無言でお代わりを要求している。俺は、ウーロン茶の入ったピッチャーを冷蔵庫から取り出しグラスに注いであげる。

「ありがとう」

俺はエリカにペンダントを返した。

「俺はこのペンダント、初めて見る」

「そう」

ウーロン茶を飲み終えたエリカがペンダントを付けた。

「ピンポーン」

玄関の呼び鈴が鳴る。誰かが来たんだ。

「消えるね」

エリカの姿が薄くなり消えた。

 ちょうど、ともちゃんが戻ってきた。

「ごめん、帰ってきてたんだ」

ともちゃんが何もないダイニングのテーブルを見る。

「カレー、おいしかった?」

「うん、でもちょっと辛すぎたかな」

今日は、夕飯抜きか。俺はシンクにあるエリカの食べ終わったカレー皿を見た。


 ともちゃんがキッチンで洗い物をしている間、俺は二階の自分の部屋に戻った。今日はついていない、このままだと夕飯は抜きになってしまう。

 数学の宿題のプリントを鞄から取り出す。数学の教師がこのプリントを特別扱いして俺にだけ出した原因はエリカにある。俺の夕飯を横取りしたのもエリカだ。

「ちくしょう!」

エリカが何者かは知らないし不思議な力があるのは認める。けれど俺の夕飯を食べてしまったことは許せない。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

 俺の部屋を小さくノックする音がした。エリカがまた出たのか?一瞬そう思ったが、違うだろう。エリカならノックなどという常識的なことをしないでいきなり部屋の中に出現、実体化するはずだ。

「はい」

返事をした。ともちゃんもノックなんかしない。「和也いるか」と、いきなり入ってくるはずだ。誰だろう?

「こんばんは」

そーっとドアが開いて白いワンピースを着た真奈美が顔を覗かす。

「とも子さんが二階に居るって言ったから」

真奈美が、びくつくように俺の部屋を覗き込む。

「入ってもいい?」

「いいよ」

俺は真奈美を部屋に招き入れた。

 真奈美が俺の部屋に来るのは何年ぶりだろうか。最近はよく俺の家で一緒に勉強をしているが俺の部屋がある二階には上がってこない。いつもリビングで、ともちゃんという監視の下、勉強をしていた。

「小学校以来ね、おじゃまするの」

真奈美は俺の部屋を見渡す。少し緊張しているのがよく分かる。

「変わっていないね」

真奈美はかがんでドアのそばの柱を見る。

「まだ残っているんだ」

柱には小さな傷が何カ所かある。

「覚えているよ、この傷跡」

真奈美は懐かしそうに柱を触る。

「二人で背の高さを較べたときの傷。私の方が大きくて、和也が怒って私のことを泣かしたんだよね」

そんなこと、覚えていないぞ。

「その時、お詫びにって私にくれた物、今でも大切に持っているよ」

俺は、そんなことがあったなんて、まったく覚えていなかった。

「何あげたんだ、その時の俺は」

「覚えていないの?」

「忘れた」

「そうなんだ、忘れちゃったんだ」

寂しそうに言う。真奈美が俺の部屋に来たのは確か小学校四年生くらいまでだ。そんな昔のことよく覚えているなあ。

「下で、とも子さんがお茶を入れてくれるって」

俺は、数学のプリントを持って、真奈美と一階のリビングに下りて行った。


 リビングではともちゃんがテレビを見て笑い転げていた。

「面白いんだよ。こいつら」

お腹を抱えて笑うともちゃんが見ているテレビは、売れないコメディアンがくだらないギャグを連発しているつまらないテレビ番組で、俺や真奈美と違い、ともちゃんはこういう番組が大好きだ。

「勉強したいんですけど」

俺は、ともちゃんがテレビを消してくれるように願いつつ言ってみた。

「真奈美ちゃんが夜食作ってくれたんだ」

ともちゃんはキッチンへ行く。いまだ、チャンス。俺はテレビを消す。今消しておかないと永久に消す機会は来ない。

 ともちゃんがサンドイッチと紅茶を持ってきた。

「また何か、やらかしたのか?」

ともちゃんはよく分かっている。さすが俺の母親代わりだ。真奈美が俺と一緒に勉強をするときは、決まって俺が問題を起こし変な宿題を出されたときだ。

「ちょっと、授業中にボケてみたんだ」

「誰も突っ込みを入れなかったんだろう」

ともちゃんは、笑いながら紅茶をカップに注いでくれた。

 夕飯にありつけないと思っていた俺にとって、真奈美が神様に見えた。真奈美が作る料理は何でもおいしいし、このサンドイッチも格別においしい。

 サンドイッチをほとんど一人で食べてしまった。

「よかった、喜んでくれて」

真奈美は満足そうな笑顔で俺をみている。ともちゃんは俺の宿題のプリントをしかめっ面で見ていた。

「今の中学生は難しいことやってるんだ」

まったく分かりませんという顔をしてプリントを投げ出した。真奈美がそのプリントを受け取る。

「始めよう」

真奈美はわかりやすく俺に説明してくれた。俺は真奈美の説明通りにプリントの問題を進める。真奈美のおかげで意外に早くプリントが進んでいく。

「ちゃんと理解して問題を解いたのか?」

紅茶を入れ直してくれたともちゃんが聞いてきた。

「先生がいいからね」

真奈美の方を見ながら俺が答える。

「でもこことここ、間違っているよ」

真奈美が指さすところ、何問か間違いがあった。

「少しくらい間違いがないと誰かに教えてもらったことばれちゃうぞ」

笑いながらともちゃんが言った。

 その後も一時間くらい真奈美は俺の宿題に付き合ってくれた。真奈美の説明はわかりやすく、こいつが学校の先生だったら俺はもっと頭がよくなっていたんだろうと真剣に思っていた。真奈美は将来学校の先生になればいいと思う。

 プリントも終わり俺は真奈美を家まで送っていくことにした。送ると言っても近所だ。すぐに真奈美の家に着く。

「今日は本当にありがとう。助かったよ」

「私も久しぶりに和也の部屋に入ったから懐かしかったよ」

「じゃあ、また明日な」

俺は、自分の家に戻ろうとした。

「和也!」

真奈美が呼ぶ。俺は、真奈美の方に振り向く。

「何でもない。また明日、迎えに行くね」

バイバイと手を振り、家に入っていく真奈美を見届けてから俺は家路についた。


 俺が家に着くと、ともちゃんはすぐに自分の家に戻っていた。見たいテレビ番組があるらしい。俺は自分の部屋に戻ることにした。

 念のために、自分の部屋に入る前にノックをしてみた。

「どうぞ」

声がした。俺はそっと部屋のドアを開ける。

「やっぱり居た」

エリカが俺の勉強机の椅子に座ってこっちを見ている。

「居ちゃ悪いの?」

当然だろう、幽霊だか魔女だか宇宙人だか分からないが、女の子が夜遅くに独り暮らしの男の家に居るのは世間的にもまずいだろう。

「帰らないのか?」

希望としてはさっさと帰ってもらいたい。

「何処に?」

「何処にって、自分の家に」

霊界でも、魔界でも、宇宙船でもいいから早く帰ってくれ。

「問題が解決していないから帰れない。しばらくは泊めてもらうわ」

マジですか?

「空いている部屋とかあるでしょう?あなたはそこで寝て。私はここで寝るから」

「ちょっと待てよ」

いくら何でも勝手すぎる。

「何よ。着替えるから部屋から出て行って」

エリカは俺の方へ右腕を伸ばし人差し指で俺を指す。

「分かったよ!」

また、空中に浮かばされたくない。俺は仕方なく自分の部屋から出て行くことにした。

「覗かないでよ!」

はいはい、覗きませんよ。俺は自分の部屋のドアを閉めた。

 何処で寝ようかと考えながら一階にある親父の部屋に行く。そこで俺は、着替えを持って来ていないことに気が付いた。自分の部屋に戻っても何されるか分からない。今日は親父のパジャマで寝るか。

 しょうがない、俺はオヤジのパジャマに着替えベットに潜り込む。

 エリカは幽霊なのだろうか、でもまだ死んではいないようだ。宇宙人なのか、消えたり現れたり現実にはあり得ないことをする。それとも魔女?初めて会ったときは空を飛んでいたっけ。でもほうきにはまたがっていなかったからやはり宇宙人か?それとも幽霊?何しに来たんだ。地球侵略なら俺の所じゃなくって、首相官邸の方にでも行って欲しい。それに着替えるって言っていたけど、着替えなんか持ってきているのか?鞄らしい物もなかったぞ。まさか俺の服を着るのでは、俺の下着なんか見ないで欲しいな。

 そんなことを考えていて今日は眠れないかと思ったが、いつの間にか寝てしまった。


 二


 朝、いつもより早く目が覚めた。目覚めがいつもよりいい、気分がさわやかな感じがする。一瞬何処で寝ているのかが分からなかった。天井の模様が自分の部屋と違っていた。そうだ、昨夜は親父の部屋で寝たんだ。昨日はいろんなことがあった。俺は軽く伸びをする。俺のベットより広いベットで起き上がろうとして横を見た。

「うわぁ!」

逃げようとして、そのままベットの反対側に後込みしドスンと背中から床に落ちてしまった。

「痛いっ!」

どういうことだ?俺の横にエリカが居る。二人が掛けていた布団ごとベットから下に落ちたので、エリカが掛けていた布団をはぎ取る形になった。

 ベットの上で、下着の上にTシャツだけのエリカが横になり体を丸めるようにして寝ている。

「朝からうるさいなぁ」

物音で目が覚めたエリカと目があった。ベットに寝ているエリカとそのベットの横で床に座り込んでいる俺、二人の視線が交わる。

「えっ?」

エリカはあわてて飛び起きベットに正座してTシャツを下に引っ張り下着を隠す。

 俺は呆然としてエリカを見ている。

「エッチ、バカ、変態!」

そのまま姿が薄くなり消えていった。

 朝からラッキー、いや最悪だ。自分の部屋に戻り、エリカが居ないのを確認してから制服と鞄を取り、一階に戻るとともちゃんが朝ご飯の支度をするためにやって来た。

「おはようございます」

「あれぇ?今日は早いのねえ」

ともちゃんはキッチンへ行く。俺は親父の部屋で着替えダイニングへ行く。

 いつものようにともちゃんと朝食を食べ、学校へ向かうために家を出た。

「おはよう」

真奈美がいつものように迎えに来ていて一緒に学校へ向かう。

「どうかしたの?何だかそわそわしているよ」

エリカが近くにいないか気にしているのが真奈美に分かったようだ。

「別に、なんでもない」

俺はなるべく普通にしていたつもりだったが真奈美には分かってしまったようだ。まさかエリカのことまでは知らないだろう。

「ねえ、これ見て」

真奈美は制服の胸元に手を入れ何かを取り出す。ペンダントだ。

「昨日、忘れたって言ったから」

よく見ると指輪がチェーンに通してある。指輪には何かの動物のような物の顔が形取られていて、目のところに宝石が仕込まれている

「和也がくれた指輪だよ」

覚えていない。まったく記憶になかった。

「じゃあ、あのときの約束もわすれちゃったの?」

「約束?」

何だろう?

「私は覚えている。一生忘れないよ」


 朝のホームルームが始まる。俺はそんなことより真奈美の言った。「一生忘れないよ」の言葉が気になった。何の約束をしたんだろう、まったく記憶がない。真奈美はその約束を大切にしているようだ。指輪は俺がプレゼントした物か?それも記憶がない。指輪をプレゼントして約束することって何だろう?

「転校生だ」

担任教師の言葉で俺は教室の前を見た。

「金沢エリカです。よろしくお願いします」

椅子から転げ落ちるような心境だ。何故だろうエリカが教壇に立っていた。

「金沢さんは、ご両親の仕事の都合で最近こっちの方に引っ越してきたそうだ」

何であいつがここに居るんだ。

「失礼します」

教室に知らない男が入ってきた。机と椅子を持っている。

「すいません、国分さん。机はここでいいです」

担任教師に国分と呼ばれた男は机を教室の前に置く。教室内をぐるりと見渡してからチラリとエリカのことを見た。何か言いたそうな顔をしている。教室をでる前にもう一度教室内を見渡して俺と目があった。俺には笑ったように見えた。俺は国分のその顔を忘れないだろう。

 担任教師は国分の持ってきた机を俺の席の後ろに持って来る。

「村上、分からないことがあったら教えてやれよ」

エリカの席は俺の後ろ、真奈美の隣に決まった。

「よろしくね」

わざとらしくエリカが俺に言う。

「私は村上真奈美。分からないことがあったら何でも聞いてね」

真奈美がエリカに挨拶する。

「ありがとう。よろしくね」

エリカが答えた。

 一時限目が終わった休み時間。エリカの席にはクラスの女子達が集まって来ていた。しきりにいろんなことを聞いている。前はどんなところに住んでいたのか、何処に引っ越してきたのか、彼氏はいるのか、質問攻めになっている。

「質問は一人一回までにしてね」

千夏がいつの間にか仕切っていた。

 その周りを囲む男子どもは、可愛い子だなぁ、彼氏いるのかなぁ、と言いながら遠巻きに見ている。確かにエリカは見ているだけならかなり可愛い方だと俺も思う。何だか男共の考えていることが俺と同じで情けない。

 エリカは女子達の質問には普通に答えている。誰が見ても普通の女子中学生だ。そりゃそうだろう。こんな所で、飛んだり消えたりしたら、クラス中が大パニックだ。その辺はエリカも考えているのだろう。

「金沢さん、彼氏いるの?」

大きな声で質問したバカ男子がいる。声のした方に目をやると篠原が何人かの男子の中心に立っていた。

「教えくれよ。男としてはそこが聞きたい」

「いるよ」

意外という声が女子から、やっぱりという声が男子から聞こえる。

「どんな奴?前の学校の人?」

しつこいぞ篠原。エリカが怒ったらおまえなんか校庭の隅っこにまですっ飛ばされるぞ。

「立花和也」

えっ?俺?みんなの視線が俺に集中する。何で俺なの?

「和也とは遠い親戚なの」

ちょっと待て、俺は知らないぞ、そんなこと。

「おまえにこんな可愛い親戚がいたのか?」

篠原が聞いてきた。俺には幽霊や魔女や宇宙人の親戚はいない。俺はエリカを見た。悪戯っぽく笑っている。何を考えているんだこいつは。

 突き刺さるような視線を感じその方向を見たら真奈美が怖い顔をして俺を見ている。そんな顔で見るなよ、こんな親戚がいないってことは幼なじみだからおまえもよく知っているだろう。

 俺は篠原の質問に何て答えたらいいか分からずにいた。

「小さい頃に会っただけだから、和也は覚えていないのよ。私もずっと遠くに住んでいたし」

エリカは嘘を言っている。

「何を騒いでいるんだ。授業を始めるぞ!」

二時限目の担当教師が教室に来た。みんなが一斉に自分の席に戻る。いつの間にかチャイムが鳴ったようだが俺はまったく気が付かなかった。


放課後になり、俺は帰り支度を始めた。真奈美は何故か怒ってしまい二時限目から口をきいてくれなかった。何で真奈美が怒っているんだ。俺のせいじゃないだろう。

「帰るわよ」

エリカが俺の所に来たが俺は無視をした。真奈美はテニス部の部活があるのだろう、沙織が迎えに着て教室を出て行った。俺は一人で帰ることにした。

「待ちなさいよ」

俺の後を追いかけるように、エリカがついてくる。

 俺は、無視を続け早歩きで家路につく。半分走るようにエリカはついてくる。

 駅前の小さな商店街を抜け住宅地に入る。早歩きにも疲れてきて、歩くスピードが落ちていく。

「もう疲れたの?だらしないわね」

すぐ後ろから声がする。エリカはまだ後ろにいるようだ。

「何処までついてくる気だ」

振り返るとエリカは居ない。

「私達の家までだよ」

声だけがする。

「私達の家?」

「今日から正式に一緒に住むから」

風が俺の横を通り抜ける。エリカだ。幽体化しているのだろう。

「先に帰っているね」

声だけが遠ざかっていく。


「お帰りなさい」

 家に着くと、ともちゃんが居てキッチンから声がした。

「今日から家族が一人増えるからね」

ともちゃんの言った言葉は俺には聞こえていなかった。俺は急いで自分の部屋に行きノックをしないで勢いよくドアを開けた。

「よかった」

ホッとした。エリカは居なかった。

 一階から俺を呼ぶともちゃんの声がする。俺は一階へ下りてリビングに行きその場で愕然としてしまった。

「紹介するね、一緒に住むことになった金沢エリカちゃん」

笑顔のエリカがそこにいる。俺は何て答えていいのか分からない。

 ともちゃんの説明によると、エリカはお袋の遠い親戚だそうだ。何でもエリカの両親が事故に遭い入院してしまったので、その間ともちゃんが預かることになったらしい。

「可愛い子だからって、変なことするなよ」

ともちゃんは笑っているが、俺はまったく笑う気にはなれない。

 ともちゃんがキッチンで夕食の支度をしている間、俺とエリカはリビングにいた。

「どう言うつもりなんだ」

「いいじゃないの」

クッキーを食べながらエリカが言う。

「竜の瞳。この力を使ったの」

胸元からペンダントを取り出す。

「協力してって言ったでしょう」

そんなこと忘れていた。

「どうしてもここで調べないとならない事があるから、居候させてもらうよ」

ペンダントをしまい、俺の方をじっと見る。

「三十年くらい前に私のお兄ちゃんがここに来たの。その時置いていった物をあなたが持っているはずよ」

三十年前?俺は生まれていないぞ。

「竜の瞳と同じ力を持つ物とそれが入っていた入れ物。何処かにあるはず」

そんな物は知らない。

「ちょうどこのクッキーの缶と同じくらいの大きさの物」

テーブルの上にはエリカが食べているクッキーが入っていた四角い缶ケースが置いてある。

「知らないな」

クッキーはともちゃんが持ってきた物だ。何処かのテーマパークのお土産で、缶にはテーマパークのマスコットが描かれている。

「ご飯、出来たよ」

ともちゃんがキッチンから呼んできた。


 夜、エリカは隣にあるともちゃんの家に行った。今日も俺の部屋で寝るのかと思っていたが、これで安心して寝ることが出来る。

 俺は、自分の部屋に行って、クローゼットの中を確認してみた。

「缶なんか、無いよな」

エリカがどこから来たのかは俺には分からない。エリカ本人がきちんと教えてくれないからだ。知らない人の家に転がり込んでまで探さなきゃいけない物なら、よほど大切な物に違いない。竜の瞳って言ったっけ、エリカの持っているよく分からないペンダント。不思議な魔力のような力がある。あの力を使って探すことは出来ないのだろうか。

 俺は、パジャマに着替えるとベットに横になった。

「三十年前か」

エリカのお兄さんがここに来たと言っていたな。三十年、長いな。十四歳の俺にとってはまだ半分も生きていない長い年月だ。

「ちょっと待て」

俺は飛び起きた。エリカのお兄さんって歳はいくつだ。エリカは俺と同じ中学三年生だから、俺と同じ年齢だろう。お兄さんとはずいぶん歳が離れているんだなあ。

「お父さんって感じかな?」

「誰が、お父さんなの?」

ベットの横に勉強机がある。その前に白いモヤのような物が現れ、だんだんと実体化していく。ピンクのパジャマ姿のエリカが現れた。

 実体化していくところを初めて見た。消えていくところ、幽体化は、何度か見たことがあるが、何だか幽霊が現れたようで気持ち悪い。

「何しに来たんだよ」

「別に」

別に何だ?用がないなら自分の部屋、ともちゃんの家に帰れ。

 エリカは俺の勉強机の椅子に座る。

「ねえ、教えて」

何を?缶のことなら知らないぞ。

「あなたの知っていることすべてを」

エリカが右手を伸ばし俺のことを指さす。ベットに座ったまま動くことが出来なくなった。体が硬くなったようで身動きがまったく出来ない。何だかエリカが不気味に笑ったように見えた。

 エリカの姿がぼやけ揺らぎ出す。少しだけ怖い。脂汗が出てきた。恐怖という感じはこのことを言うのだろうか。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。部屋の明かりが少しずつ暗くなる。いや違う、俺の視界が暗くなっていくんだ。心拍音がだんだんと大きくなっていく。意識がもうろうとしてきた。このまま死んでしまうんじゃないのだろうか。怖い。部屋の中の音が何も聞こえない。聞こえてくるのは自分の心臓の鼓動だけだ。助けてくれ。

「おやすみなさい」

優しくエリカが言った。


 翌朝、目が覚めた。すがすがしい朝。よく寝たせいだろうか気持ちがいい。

 がばっと起き上がる。布団が半分めくれ上がる。

「えっ?」

俺の左横にパジャマ姿の足があった。

「うーん」

おそらく布団の中辺りから、エリカの声がした。

「もっと優しく起こしてよ!」

俺と逆さまの状態で寝ていたエリカが布団から出てきた。

「何でおまえがまたここにいるんだ」

「昨夜のこと覚えていないの?」

昨夜の恐怖がよみがえった。

「おまえ、俺に何をした?」

「寝かし付けただけだよ」

嘘だ。俺はあんなに怖い思いをしたことは無いぞ。

「あなたって、何も知らなかったのね」

「何を!」

「また後でね」

姿が薄くなりエリカが消えた。

 しばらく、ぼうっとしていたが、気を取り直して起きることにした。

「昨日、何かされたんだろうか」

体の周りをよく見てみるが異常はない。

「平気だな」

俺は着替えて一階へ下りていった。


 いつもより早く起きた俺は、リビングでテレビを見ていた。

「おはよう、早いじゃん」

ともちゃんがやって来て、朝食の準備をしてくれる。少し遅れてエリカも来た。

「おはようございます」

何が、おはようございますだ。昨日の恐怖はまだ残っているぞ。

「今日、これを付けていて」

エリカが俺にリストバンドを手渡した。

「何、これ」

「リストバンドだよ」

そのままじゃないか。

「お守りだと思って付けていて」

シリコン制だろうか、幅一センチくらいの緑色のリストバンド。何のお守りなんだろう。

「何に効くの?」

受験勉強に効くのならありがたい。

「和也を守ってくれるお守りだよ」

俺はリストバンドを右腕にしてみた。

「似合っているよ」

「そうか?」

「絶対に忘れないように付けていてね」

お願いするようにエリカが言った。

 俺はエリカが昨夜何をしたのか詳しく聞きたかった。ともちゃんがいるのでエリカに聞きたいことも聞くことが出来ない。まあいいか、今日の夜にでもじっくり聞き出そう。エリカが俺に何をしたのか、エリカが何の目的でここにいて、何を協力して欲しいのか、分からなければ協力も何も出来ないじゃないか。

「よし」

朝食を食べながら俺は思っていた。エリカが不思議そうに俺のことを見ていた。


 学校に行くためにエリカと家を出た。

 門のところで待っていた真奈美が俺達のことを見て愕然としている。

「おはよう」

一瞬、どうしようと考えたが、普通にするのがいいと思い挨拶をした。そうだ普通が一番いい。

「おはよう」

ぎこちなく真奈美が挨拶を返してきた。目が泳いでいる。かなり動揺しているのが分る。何とか言い訳を考えないと・・・。

「おはようございます」

エリカが元気に挨拶をした。

「昨夜からとも子さんのところでお世話になっているんだ」

エリカが真奈美に話しかける。

「和也といつも一緒に学校行っているんだよね」

「うん」

小さく真奈美がうなずく。

「ごめんね。今日から私も一緒に学校に行ってもいい?」

真奈美がエリカのことを見た。

「迷惑だったら、私、別に行くから」

「迷惑なんかじゃありません!」

「ほんと!じゃあ一緒に行こうね」

エリカが真奈美の手を取り駆け出す。

「和也も早く!」

エリカに言われ俺もあとに続いた。

 学校までの道のりでエリカがしきりに真奈美に話しかけている。ぎこちなく答えていた真奈美だったが、だんだんとエリカのペースに飲み込まれていき、次第に普通に話が出来るようになっていた。

「ほんと和也って面白いよね」

エリカが何か言っている。俺の話か?

「ちょっとスケベなところがあるじゃない?」

「そうみたいね」

おいおい真奈美、納得するなよ。

 とにかく二人が仲良くなれたことは良いことだと俺は思った。


 五時限目の体育はつらかった。体育館でのバスケットボール。クラス対抗で試合が行われた。

 体育の授業は隣のクラスと一緒に行う。男女別々の教室で着替え、男女別で授業が行われるが、今日は違った。体育館で男女ともバスケットボールの試合が行われたのだ。

 同じクラスの男女を二チームずつに分け隣のクラスとの対抗戦を行ったのだ。俺のいたチームはボロ負けをしたが、もう一つの男子チームは勝つことが出来た。

 少し遅れて始まった女子の試合、俺のクラスの両チームとも勝っている。このまま行けば三勝一敗で俺のクラスが勝つことになる。

「頑張れよ!」

男子達は、女子の試合を応援した。

 エリカのシュートがすごかった。真奈美がドリブルをしていたボールを相手チームの女子が取りパスを回す。危うくランニングシュートされそうになったボールを千夏が上手く奪い取りドリブルしてエリカにバウンドパス。エリカはコート中央からそのままロングシュートを決める。

 真奈美や他の女子にボールが回るとすぐに取られてしまうが、千夏やエリカがすぐに取り返してシュートする。相手のチームの五人はバスケットボール部に所属しており何人かはレギュラー選手だ。それなのにエリカ達の方が優勢だ。

 ファウルで相手に与えたフリースロー。ボールはゴールすることなくそのままエリカが取りドリブルして千夏にパス。千夏がドリブルしている間にエリカがゴール方向へ走る。千夏がバウンドパスしたボールをエリカが取りドリブルしながら走り見事ダンクシュート。

「すっげー」

俺達男子はあっけにとられてそれを見ていた。

 試合はエリカ達の圧勝で終わった。

「あなた達がいれば、今年の女子バスケ部は市の大会で優勝出来たかもしれないわ」

相手のチームの女子が称賛する。

「千夏のパスがよかったからね」

エリカが千夏をほめる。

「エリカちゃんって前の学校でバスケやっていたの?」

真奈美がエリカにタオルを渡しながら聞く。

「部活は何もやっていなかったんだ」

ありがとうとタオルで汗を拭きながらエリカが答えた。

 女子はその後もチーム換えをしてバスケットボールを行っていたが、男子はなぜか校庭に出てトラックをぐるぐると走らされた。


 六時限目は、国語の授業だ。体育の後だと眠くなる。いつの間にか篠原は居なくなっていた。また土手の向こう側でエスケープだな。

 眠い自分と格闘しながらぼんやりと窓の下を見る。校庭には誰も居ない。今日の体育の授業は体育館が多いんだなと自分なりに訳の分からない納得をしていた。眠いので思考能力がかなり落ちている。このままだと寝てしまうな。教室内を見回すともう何人かの生徒が眠りに付いているのが分かる。国語の教師は事なかれ主義なのか何も言わない。

 それは、突然現れた。最初は何だか分からなかった。

「船かな?」

何で校庭に船が現れるんだ?俺の住むこの町には海はないぞ。

 寝ぼけていると思っていた。俺の前の席の女子は寝ている。体育の時間のバスケットボールがつらかったのだろう。ぐっすりお休み状態だ。

 もう一度校庭を見た。船はいなかった。当たり前だ。どうして校庭に船がいる。やはり寝ぼけていたのだろう。

「いやーっ!」

悲鳴に近い叫び声で、完全に眠気が吹っ飛んだ。前の席の女子も顔を上げる。

 声のした方、斜め後ろの席を見た。真奈美が立ち上がっている。顔面蒼白だ。手に何かを持っている。

「サバイバルナイフ?」

持っているだけで銃刀法違反で捕まってしまうほどの物騒な物を真奈美が持っていた。ナイフの先にはべっとりと血がついている。何が起きたんだ?

「先生!」

エリカが手を挙げ立ち上がる。

「村上さん具合が悪いので保健室に連れて行きます」

エリカは真奈美の手を取りそのまま教室を出て行った。

 年齢五十代の国語の男性教師は一連の事を見ていたが、何もなかったように授業を再開した。

「何が起きたんだ」

俺には訳が分からなかった。


 授業が終わると俺は教室を飛び出して保健室へ駆け出していた。

「待って、ボクも一緒に行く」

千夏が後からついてくる。二人で保健室に向かった。

 保健室には真奈美がベットに寝かされていて、そばの椅子にエリカが座っていた。

「保健の先生は?」

千夏がエリカに聞く。保健室には保健の先生はいなかった。

「何でリストバンドをしていなかったの?」

エリカが俺に聞いてきた。俺は右手首を触った。リストバンドは体育の授業の後、汗をかいたので外していた。鞄の中に入れてあるはずだ。

「そんなことは関係ないだろう」

リストバンドなんかより真奈美のことが心配だった。それに何故、サバイバルナイフなんか持っていたんだ。

「あなたが、約束を守らなかった。だから真奈美が巻き込まれた」

エリカの言う意味が分からない。

「エリカちゃん、足ケガしたの?」

千夏の目線の先、エリカの右足に包帯が巻かれていた。いつケガをしたんだろう。

 保健室のドアがノックされた。俺達はドアの方を見る。

「失礼します」

男が入ってきた。誰だろう。

「ナイフの件はうまくごまかしてきた」

男はエリカにそう言うと俺と千夏を見た。

「君たちは?」

「二人とも関係者です」

エリカが答える。

「そうか。じゃあ、後でまた」

男は出て行った。

「今の新しく来た用務員さんでしょう」

千夏が言う。そうだ、エリカが転校してきたときに机を運んできた国分という男だ。

 エリカは何が起きたのか知っている。俺はそう思った。

「説明してくれよ」

エリカは千夏の方を見た。

「ボクにも説明して。ボク達、友達じゃない」

「千夏まで巻き込むことになる」

「もう十分巻き込まれている感じだよ」

「分かった。説明する」

エリカが話し出した。


 五時限目の授業の後、私は教室に戻った。

 久しぶりにかいた汗は爽快だった。こっちの世界に来て、「竜の瞳」の力を借りずに体を思いっきり動かすことが出来た。バスケットボール、同じスポーツがこっちの世界にもあったなんて意外だったと思う。仲間と一緒に勝利という同じ目的のために連携してプレイする。今日まで目的のために一人で行動することが当たり前だった私にとって、仲間の大切さを改めて教えられた。この世界での仲間はイコール友達。私にとって友達は大切な仲間だと感じた。

 そんなことを考えていたら、突然、教室の中が暗くなってきた。

「時空間結界!」

私以外のすべての物が動かなくなる。胸のペンダントが緑に輝く。

「和也!」

和也の方を見る。動かない。どうして?リストバンドは?

「えーっ?」

声のした方を見る。真奈美が動いている。何故?

 時空間結界の中と外では、時間が止まっている。私が持っている「竜の瞳」のような特殊な力を発揮できる物を持っている人間だけがこの結界の中側だけで動ける。何で真奈美が動けるの?

 真奈美の胸元が緑色に光っている。持っているの真奈美も?「竜の瞳」と同じ力のある物を?

「真奈美!」

「エリカちゃん、どうしちゃったのこれは?」

初めて見る人は驚くだろう。自分たち以外が停止しているのを見るのは。

 校庭で音がする。何だろうか?敵?

「エリカちゃん、どうなっているの?」

真奈美が私のところに来た。私は真奈美の手を取る。

「ここにいたらまずいわ、こっちに来て」

もしこの結界を張った人間が敵ならば、殺されるかもしれない。動ける人間は向こうでも探知出来ているはずだわ。

 教室を出て廊下を屋上へ向かう。左手で真奈美の右手を握りながら走る。

「何で走るの?どうしてみんな動かないの?」

「説明は後でするわ、とにかく走って!」

もし、敵と教室内で戦闘になったら、敵が何かの武器を使用したら、動かないみんなを巻き込んでしまう。私のいた世界でそんな惨劇を何度も見ている。時空間結界の中で何人もの仲間や一般の人を巻き添えにした悲劇を知っている。結界の中だ、苦しまないで死ねることだろうが、ここでそんなことはさせない!

 階段を駆け上がり屋上へ出た。重い鉄製の扉を閉める。外も薄暗い。かなり大きな時空間結界だわ。

「なんで、こんなところに来るの?」

真奈美の質問に答えている場合ではない。屋上から下を見ると、敵の時空間戦闘艇が校庭に止まっている。

「何あれ?何で校庭に船がいるの?」

真奈美が横に来て校庭を見下ろす。真奈美にとっては全てが疑問に感じるのだろう。当たり前か、初めての経験だろうから。

「こっちに来て」

真奈美と階段室の陰に隠れた。すぐには見つからないだろう。

「いい、何があってもここを動いちゃダメよ」

子供に言い聞かすように諭す。

「うん」

私が思いっきり真剣に話したからだろうか、素直に応じてくれた。

 階段室の扉を開け校舎内へ下りる。

「必ず戻ってくるから」

真奈美にそう言い聞かせ、私は階段を下りた。

 一階の昇降口の方から人が駆けてくる足音が聞こえる。私がこっちの世界にいるのがどうして分かったのだろう。敵の方が科学のレベルが進んでいるのか?

「ここで、戦うしか無いのかな」

持っている武器はペン型のレーザー銃だけ、後は「竜の瞳」の力を借りるだけか。

 昇降口に一番遠い階段をゆっくりと下りていく。一階まで下りてきた。

 いた。昇降口には迷彩服を着た帝国陸軍の兵士が一人自動小銃を持って立っている。

「上に上がったのは二人かな」

帝国陸軍の兵士は通常三人で行動する。まずこいつを何とかしないと。

「いやーっ!」

真奈美の悲鳴。見つかったのか?

 昇降口にいた兵士は階段へと向かう。真奈美の悲鳴とともに二人の兵士が階段を下りてきた。

「こいつが屋上から下りてきたところを捕まえました」

両手を後ろにまわされた真奈美がそこにいた。

「空間人じゃ無いな。この世界の人間か」

昇降口にいた上官らしい兵士が言う。

「どうして時空間結界の中で動けるんだ」

「こいつの胸元が光っています」

一人の兵士が真奈美の制服の胸元から手を入れようとしている。

「いやあ!」

真奈美が悲鳴を上げ、身をよじって抵抗する。何とかしなくちゃ。

「待って!」

階段前の廊下に飛び出した。

「その子は関係ないわ。放して!」

「空間人だ!」

兵士達が銃を私に向ける。最初の昇降口にいた上官らしい兵士に向かって駆け出しそのまま跳び蹴りを食らわした。

「うわあ!」

不意打ちを食らった上官は仰向けに倒れ、後頭部を廊下に打ち付けた。持っていた自動小銃が廊下に吹っ飛んでいく。そのまま振り返り、持っていたレーザー銃で二人目の兵士の自動小銃を撃つ。撃たれた兵士の自動小銃も廊下の反対側にはじき飛ばされていく。あと一人、真奈美を捕まえている三人目の兵士に向かってレーザー銃を向ける。

 三人目の兵士が真奈美を盾にして私に銃を向ける。卑怯だ。人質を盾にするなんて。泣きじゃくっている真奈美と目があった。早く何とかしなければ。

 銃をはじき飛ばされた二人目の兵士がサバイバルナイフを取り出して身構えている。銃とナイフと真奈美、まずい状態だわ。

 ナイフを構え私に向かい駆け出してきた二人目の兵士。兵士に向かい跳び蹴りを食らわす。その一瞬、三人目の兵士が真奈美を廊下に突き飛ばして銃を構え直したのを見逃さなかった。

 レーザー銃で三人目の兵士の持っていた銃を撃つ。銃がはじけ飛んだのと同時に右足に激痛が走る。蹴りを入れた右太ももを二人目の兵士の持つナイフが斬りつけていた。そのまま二人目の兵士と重なるように倒れ込んだ。

「真奈美、逃げて!」

時空間結界を維持出来る時間は十五分から三十分、あれから時間はだいぶ過ぎている。結界が消えるまで何とか逃げ延びて欲しい。

「いやあ!」

真奈美が床に座り込んでしまう。無理かこんな状況じゃ、近接戦闘なんて初めての体験だろうし、訓練を受けていないこっちの世界の人間なのだから普通ならパニックになるのが当たり前だ。

 三人目の兵士が私の上から覆い被さるようにのしかかってきた。両手を押さえつけられる。二人目の兵士が私の持っていたレーザー銃を強引に奪い取る。右足のそばにさっきのサバイバルナイフが落ちている。激痛の走る右足でそのナイフを真奈美の方へ蹴った。

「真奈美、それを持って逃げて!」

「黙れ、このガキが!」

二人目の兵士が私の口を押さえた。もがく私を覆い被さっている三人目の兵士が強く押さえる。絶体絶命。

 真奈美のいる方向からこちらに向かった走ってくる足音。四人目がいたのか。このままじゃ真奈美も捕まってしまう。

「パーン!」

乾いた銃声がした。私の上に覆い被さっていた三人目の兵士の力がゆるみ横に倒れた。

「婦女暴行の現行犯だ!」

もう一度銃声がして私の口を押さえていた二人目の兵士が私から離れる。

「貴様、何者だ!」

二人目の兵士が左腕を押さえながら叫ぶ。三人目は右足を押さえている。二人とも押さえているところに血がにじんでいる。

 私は起き上がる。真奈美の前に男が一人、真奈美をかばうようにして拳銃を構えて立っていた。

「こっちの世界の、あんたらと同じような組織の人間だよ」

紺のトレーニングウェアの上下を着た男。確か私が転校してきた時に机を運んできてくれた用務員の国分だ。

「軍人、いや自衛隊員か」

「これ以上、ここで大騒ぎを起こすなら、こっちの組織も黙っちゃいないぜ」

銃の構え方を見ているとプロだとよく分かる。自衛隊員だったんだ、国分さんって。

「分かった。お互いここは退いた方が得策のようだな」

二人目の兵士は、倒れている最初の兵士のところに行きゆさぶり起こす。失神していた最初の兵士が目を覚ました。なにやら話し込んでいる。

「撤収するぞ!」

頭を押さえた最初の兵士が私をにらみ付けながらそう言う。二人目の兵士が私のペン型銃を私めがけて投げつける。危うく顔に当たりそうになった。

 三人の兵士達は校庭へと校舎を出て行った。

「大丈夫だったか?」

国分が私に聞いてきた。

「はい」

「嫌らしいことされなかったか?」

ひっぱたいてやろうかと思った。

「それより真奈美は?」

振り返ると真奈美が両手でサバイバルナイフを持って床に座り込んでいる。

「真奈美、大丈夫?」

空がだんだんと明るくなってきた。まずい、時空間結界が解かれていく。

「これが、時空間結界の消えていくところか」

国分は初めてなのだろうか、辺りを見回している。

「まずいわ、国分さん。元いた場所に戻らないと」

「ここにいたら、どうなってしまうんだ」

「強制的に元の場所に瞬間移動させられます」

 このままだと時空間結界の発生した時にいた場所に強制的に戻らされてしまう。その時に何処かに体をぶつけて大けがをした人を何人も見た。必ずケガをする訳じゃないが、打ち所が悪く死亡した人も知っている。

「早く、教室に戻らないと」

私は、真奈美のところに来た。

「真奈美、立てる?」

「いやあ!」

まずいわ、錯乱している。

 空が完全に明るくなってきた。結界が解かれる。私の意識も薄くなってきた。

「いやあ!」

真奈美の悲鳴だけ聞こえた。


 それで、時空間結界が解かれてあの騒ぎになったのかと俺は思った。

「敵の帝国陸軍って何者なんだ」

俺はエリカに聞いた。エリカのいう敵、ここ日本には帝国陸軍って言う組織は無い。あったとしても第二次世界大戦までだ。

「パラレルワールド」

エリカが答える。

「私のいた世界が作ってしまった平行世界なの」

千夏が分からないという顔を俺に向けた。

「私の父が全ての原因を作ってしまったの」

エリカが説明してくれた。

「あなた達が住む、今いるこの世界も私の世界が作ってしまった平行世界なの」


 私のいた世界で、父はある研究を行っていたの。時間と空間の研究。難しいことなので私にはよく分からなかった。父はその研究過程でとんでもない物を発明してしまった。

 それは、タイムマシン。時間移動が出来る機械。初めは小さな物をごく近い未来、翌日とかに送ることまでしか出来なかった。指輪、腕時計、身近にあるいろんな物を翌日の未来に送る実験が繰り返された。父は、研究を重ねた。理論的には何十年後の未来に人間を送り込むことが出来るようにまでなっていた。

 そんな父の研究の成果を聞きつけた、ある福祉団体を名乗る人物が父を訪ねてきたわ。現代科学では直せない病気の人がいる。冷凍保存して未来に送り未来の科学力で病気を治すという活動をしているという。父の作ったタイムマシンを使い病気の人を未来に送れないかという。父は悩んだの。こちらから未来に送るのは簡単だけど、先方の未来にはどうやって連絡を取るのかって。冷凍保存と訳が違う。突然病人が現れて、もしまだ病気を治す科学レベルに達していなかったらどうするのだって。冷凍保存のように先送りが出来なかったらその人はどうなると思う?過去に戻ることも出来ず、誰も知り合いのいない未来で死んでいくしかないの?

 父の作ったタイムマシンは一方通行、未来にしかいけない。過去に戻ることは出来なかったの。

 それなら、過去にいけるタイムマシンを作ればいい。福祉団体の人物はスポンサーになってくれると言って、莫大な研究費が父のところに届けられたの。


「それで、タイムマシンは出来たの?」

千夏が聞いた。

「出来たわ」

エリカが答える。すごいと俺は思った。タイムマシン、まさに夢の乗り物だ。


 過去にもいけるタイムマシンは完成したわ。しかし、ここで問題が発生したの。研究所の人達は誰も未来から戻ってきたタイムマシンを見ていない。もしここで、昨日に向けてタイムマシンを動かしたらどうなるのかって。


「そこで平行世界か」

過去に戻ったタイムマシンを見ていない世界と見た世界に分かれて二つの未来が出来るんだと俺は思った。

「ちょっと違うんだ」

エリカが訂正した。


 父と研究所の人達は普段使われていない倉庫に行ったの。倉庫を開けるとそこにタイムマシンはあったの。父達は確信したそうよ。明日、ここの倉庫からタイムマシンを今日に送ろうって、そうすれば過去への実験も成功するって。

 けれど、実験は失敗した。翌日、タイムマシンを倉庫に移動するときに不具合が起きて移動出来なくなったの。


「じゃあ、昨日、倉庫に現れたタイムマシンはどこから来たの?」

千夏が聞いた。

「未来からっていうところしか分からなかったそうよ」

エリカは続けた。


 父達の作ったタイムマシンは時間移動しか出来ない。タイムマシンは重く、移動させる装置とかもついていなかった。それを無理に倉庫に移動させようとしたから壊れてしまった。倉庫に現れたタイムマシンは移動用の立派なタイヤが着いていたそうよ。


「何でタイヤに気が付かなかったんだ」

俺は思った。よく見ていれば違いが分かるだろうに。

「研究者っていう人種はこういうところに無頓着なのかもね」

エリカが笑ったように見えた。

「それに、移動できたとしても、同じ場所、完全に同じ位置に二台のタイムマシンは置くことは出来ないわ」


 改めて倉庫に現れたタイムマシンを調べると、中に宝石の原石が乗っていたの。それを加工した物の一つが私の持っている「竜の瞳」なの。

 このタイムマシンはどこから来たのか?父達は調べ尽くしたが分からなかったそうよ。父達が作ったタイムマシンにそっくりだけど、細かいところが改良されていたそうなの。

 父は、これと同じ物をもう一台作ってタイムマシンを三台にしようと考えたの。スポンサーの福祉団体にすぐ連絡をしたそうよ。


「けれど・・・」

エリカがうつむく。

「来たのはアメリカの平和団体。倉庫にあったタイムマシンを持って行ってしまった」

「平和団体が?」

俺は聞いた。何故だ。

「彼らは、タイムマシンで過去に行き、過去の戦争を阻止しようとしたの」


 父はその時、タイムマシンを奪われまいとして大ケガをしてしまった。あの人達が奪ったのは倉庫に現れたタイムマシン。父が作った物は壊れていたので持って行かれなかったの。タイムマシンはアメリカに運ばれて、コピーを何台か作られたようなの。

 彼らは、組織的に活動をしていた。私達が調べただけで、過去の何人もの歴史的指導者が暗殺された。全て、第二次世界大戦以降の戦争が起きないようにって。それで戦争の起きない平和な世界を作ろうって考えたようだわ。


「平和な世界?」

千夏が聞いた。

「うん、でもそんなこと、出来るはずがないわ」

椅子に座っていたエリカの右手が強く握られた。


 何人もの歴史的指導者が暗殺されたのに、私のいた世界は変わらなかった。いや、変わるはずが無かった。それはすでに起きてしまった歴史だから。

 別の世界、平行世界で違う歴史が進んでいた。第二次世界大戦の起きなかった世界。ファシズムや帝国主義が表面上は消えたのに、軍事優先の考えが残っている世界。お互いの国が、相手の国を信用していない、いつ世界大戦が起きても不思議じゃない世界。全ての生活が軍事優先になってしまった。


「帝国陸軍ってそこの世界から来たの?」

俺の問いにエリカは黙ってうなずく。


 軍国主義の国々は資源や生活物資を調達する植民地を持っていたわ。けれどその植民地の生活も軍事優先。資源や生活物資の調達が難しくなってきたの。

 軍国主義者達は、自分たちの世界が未来からの介入で出来たことを知っている。そして平行世界があることも知ってしまったの。資源や物資はそこから調達すればいい。一つの国が考えたのを他の国々もまねをした。軍国主義の世界が周りの世界に軍事介入を始めたの。


「攻めてくるの、違う世界から?」

千夏が聞いた。俺もぞっとした。戦争が始まるのか?

「すぐには始まらないと思う。けれど、私のいた世界はあいつらにメチャメチャにされた」

これが事実なら、大変なことだ。

「防ぐ方法は無いのか?」

「ある」

「どうするんだ」

「平行世界同士を結んでいる通路を取り除くの。そのためにお兄ちゃんが派遣されたの」

エリカのお兄さんって、三十年前に行方不明になった人だ。

 いつの間にか、下校時間になっていた。エリカからいろんな話を聞かされた。俺はエリカのために何をしてやればいいのだろう。分からない。

 保健の先生が戻ってきた。

「まだいたの?早く帰りなさい」

真奈美は母親が迎えに来るという。エリカも傷は大したことはないという。俺と千夏はエリカと一緒に帰ろうとした。

「待って」

エリカが、真奈美の寝ているベットに近づく。

「今日の記憶を削除するわ」

そんなことが出来るのか?でも、出来るのならその方がいいと俺も思う。真奈美には、今日の事件はかなりのショックだっただろう。

「平気よ私なら」

真奈美がベットから起き上がった。

「起きていたの?」

エリカが驚く。

「エリカちゃんの話、聞いていたよ」

真奈美が胸元から指輪を取り出す。

「これも竜の瞳なの?」

チェーンが通された指輪、何かの動物の顔が形取られている。目のところに緑色のエメラルドのような宝石が二つある。

「お兄ちゃんのだ」

エリカが真奈美の指輪を手に取る。

「何で真奈美が持っているの?」

「小さい頃に和也からもらったの」

エリカが俺を見た。俺には記憶がない。

「俺は知らないんだ」

「あのときの約束、忘れたの?」

真奈美も俺を見る。俺にはまったく記憶がない。

「これは真奈美が持っていてね」

エリカが真奈美に優しく言う。

「ありがとう」

真奈美が答える。

「じゃあ、帰ろうか」

エリカが俺と千夏を誘う。

「待って、私も一緒に帰るよ」

「真奈美はお母さんと帰った方がいいよ」

エリカが微笑みながら言った。


 校門のところに一台の車が止っていた。

「送っていこうか?」

運転席から声を掛けてきたのは国分だった。俺はエリカのことを見た。エリカはうなずいて、車の助手席に乗り込む。

「そっちの二人も関係者だろう」

国分に言われ、俺と千夏も後部座席に乗り込むと車は静かに走り出した。

 国分の運転する車は、駅に向かう道を進んでいく。

「防衛庁情報局特務機関所属の国分信彦だ、よろしくな」

国分は運転しながら胸のポケットからタバコを取り出し口にくわえ、火を付けようとしてライターを取り出したがその手を止めた。

「中学生の前ではすわない方がいいな」

ライターと吸いかけたタバコをポケットに戻した。

「聞きたいことがあります」

エリカが助手席から国分の方を見ながら聞いてきた。

「どうして時空間結界の中で動けることが出来たのですか?」

「こいつが緑色に光ったんだ」

国分は胸元からペンダントを取り出し、エリカに渡した。後部座席から俺と千夏がのぞき見る。エリカが持っている竜の瞳と似ているペンダントだ。

「何処でこれを手に入れたんですか?」

「詳しくは教えることは出来ないが、自衛隊の倉庫の中だ」

倉庫の中?そんなところに転がっていたのだろうか?

「倉庫って言っても特務機関の資料室の中だぜ」

 国分の話によると、ペンダントはかなり前から倉庫の中にあったという。最近になり国分の所属している上司からペンダントを付けて行動しろと命令があり付けていたという。「時空間結界のことも勉強させられたんだぜ」

「何処まで知っているのですか?」

エリカは、ペンダントを国分に返しながら不審そうに聞く。車は駅のロータリーに着いた。

「何処までだろう、俺もよく分からないが協力しろと命令を受けている」

駅前で千夏を下ろして車は俺の家に向かう。

「平行世界があることを知っているのは自衛隊でも一部だけだ」

車は俺の家の前に着いた。

「何かあったら連絡路くれ、必ず力になる」

エリカと俺が車から降りる時に国分は携帯の電話番号の書かれたメモをエリカに手渡した。


 家に帰ると、ともちゃんが心配そうにして待っていた。

「真奈美ちゃんがケガしたんだって?」

俺は適当な嘘を言ってごまかしておいた。ともちゃんにまで本当のことを言って心配させるわけにはいかない。

 二階の自分の部屋に着替えに行く。エリカもついてくる。

「着替えたいんだけど」

エリカが部屋から出て行くと思った。

「どうぞ勝手に着替えれば」

勉強机の椅子に座り腕組みをして俺のことをにらみ付けている。かなり怒っている様子だ。

「あのさぁ」

俺は着替えるのでエリカに下で待っててもらおうと思った。

「何で、リストバンドをしていなかったの?」

またそれか、そんなこと関係ないだろう。

「あなたのせいで真奈美まで巻き込んでしまったのよ!」

「リストバンドと真奈美とどういう関係があるんだ!」

俺は頭にきてエリカのことを怒鳴りつけてしまった。

 一瞬驚いた顔をしたエリカは、そのまま悲しそうな目で俺のことを見ながらだんだんと姿が薄くなり消えていった。

「何怒っているんだよ、あいつは!」

俺は乱暴に制服を脱ぐと室内着に着替え直した。


 夕食時にエリカは来なかった。ともちゃんから具合が悪いから先に寝ると言って部屋に戻っているよと言われた。

「ケンカしたの?」

ともちゃんが聞いてくる。

「別にケンカなんかしていないよ」

ケンカなんかじゃない。悪いのはエリカだ。あいつが訳も分からずに怒っているのが悪い!

「エリカちゃんは意味もなく怒ったりする子じゃないと思うわよ」

つまらないお笑い番組を見ながらともちゃんは言う。そんなこと俺だって分かっているつもりだ。

「和也の方から歩み寄ってみたら?エリカちゃんは女の子なんだからね」

ともちゃんは、俺が小さい頃から女の子には優しくしないといけないよって言っている。小さい頃から俺はそう言われて育ってきた。

「分かったよ」

明日、きちんとエリカと話し合おうと俺は思った。


 三


 朝、家を出ると門のところに真奈美がいた。

「もう大丈夫なのか?」

昨日、あれだけのショッキングなことがあった次の日だ。大丈夫だろうか?

「うん、ごめんね心配かけて。もう平気だから」

真奈美と一緒に学校へ向かう。

「エリカちゃんは?」

「今日、日直だから先に行くって出て行った」

俺がまだ寝ているうちに先に学校へ行ったことを伝える。

「昨日のケガ大丈夫だったのかなぁ」

俺は昨日エリカが足にケガをしていたことを忘れていた。そう言えば、昨夜はもう包帯をしていなかったようだが。

「かなり血が出ていたんだよ」

真奈美は心配している。

「急ごう!」

俺もエリカのことが心配になり、無性に早く会いたくなった。真奈美を急かせて学校に向かった。

 教室に着いたとき、廊下で職員室から日誌を取ってきたエリカと出くわした。

「真奈美、もう平気なの?」

「昨日はごめんね。私、取り乱しちゃったから」

「あんな状況じゃ普通は取り乱すよ」

笑いながらエリカが言う。

「エリカ、足のケガはもういいのか?」

昨日、エリカが包帯をしていた右足を見る。

「平気よ!あんな傷くらい」

俺にはエリカがまだ怒っているように感じた。俺は黙ってエリカに右手を見せた。手首にはエリカからもらったリストバンドをしている。

 エリカはプイと横を向き真奈美と先に教室へ入っていった。やはりまだ怒っている。

「何だよあいつ!」

俺も後から教室へ入っていった。


 昼休みに弁当を食べ終わってから屋上に来ると後から篠原が来た。

「面白い物を見せてやるよ」

篠原は俺にプリントアウトしたデジカメの写真を何枚か見せてくれた。その中には昨日校庭に出現した帝国陸軍の時空間戦闘艇も移っていた。

「二年の女子にさぁ、テニス部でポニーテールのくるくるした子がいるじゃん。名前なんていったっけ?」

沙織のことだなと俺は思った。

「村上と今度一緒にテニスの試合に出るっていってた子」

「柳沢沙織のことか?」

「沙織ちゃんかぁ、可愛い子だよな」

この写真とどういう関係があるんだ?

「結構なミリタリーマニアらしいぜ、その子からもらったんだ」

写真には時空間戦闘艇以外にヘリコプターも写っていた。

「これなんか超レアな物らしいぜ」

篠原が見せてくれた写真には対戦車ヘリコプターが写っていた。

「自衛隊の対戦車ヘリだろう」

そのくらいは軍事オタクじゃなくても分かる。

「カモフ、アリゲーターじゃないかって言っていたぜ。日本じゃ見られない機体だって」

写真はどう見ても校舎のそばの河川敷を飛んでいるように写っている。

「あの子と友達になるにはこういうことも勉強しないといけないのかなぁ」

篠原は沙織のことが好きなのか?

「うちのクラスにミリタリーマニアは居たっけ?」

真面目な顔で篠原が聞いてきた。

「知らない」

俺の手からプリントアウトされた写真をひったくるように取る。

「沙織ちゃんのことで知っていることがあったら教えてくれ」

「どんなこと?」

「たとえばスリーサイズとか」

知るかバカ。

「ちょっと胸が小さいかな」

篠原はそう言うと屋上から校舎内へ下りていった。


 放課後、帰ろうとしているところに篠原が来た。

「駅前の本屋に付き合えよ」

「何で?」

今日は篠原の毎週買っている週刊誌の発売日ではないだろう。

「軍事関係の本が欲しいんだ」

昼休みに言っていた沙織の件だな。篠原は沙織のことが好きなのだろうか?俺もどうせ暇だし付き合ってやってもいいと思った。真奈美は部活で居ないし、エリカはもう帰ってしまっている。

「何かおごってくれる?」

「缶ジュースくらいならいいぜ」

俺は篠原に付き合って本屋に行くことにした。

 帰り道、駅前に行くにはいつもの通学路の他に人通りの少ない倉庫街を抜ける近道がある。この道の方が駅前に行くには早いが、人通りが少ないので学校では通学時に通ることは禁止されていた。

「近道していこうぜ」

篠原が言う。二人で本屋によって帰るときはいつもこの近道を通っていた。

「おまえ、村上と金沢、どっちが本命なんだ?」

人通りが少なくなったところで篠原が聞いてきた。

「本命って・・・」

真奈美とエリカのことそういう風に比べて見たことはなかった。真奈美はただの幼なじみだ。そりゃ自分の彼女にしたいと考えたこともある。いつも一緒に登校したり真奈美が部活がないと一緒に帰ったりする。夜俺の家に来て一緒に勉強をすることもある。そういうのを彼女って言うのだろうか?

「俺だったらどっちにしようかなぁ?」

篠原も考え出す。どうせおまえはスケベなことしか考えないだろう。

「どっちも違うタイプだから難しいなぁ」

腕組みまでして考えている。

 真奈美は幼なじみだ。じゃあエリカは?異次元から来て俺のところに居候している。そういえば、一緒にベットを共にしたこともあった。むろん何もなかったが。

「村上の方が性格はいいよな。でもスタイルは金沢の方が断然いい」

出たなスケベ野郎。俺は話題を変えることにした。

「篠原は沙織の何処が気に入ったの?」

「人の女の名前を呼び捨てにするな!」

しょうがないだろう、昔から沙織って呼んでるし、それにまだおまえの彼女じゃないだろう。

「柳沢さんの何処が気に入ったの?」

言い直してあげた。

「可愛いところかな、何かくるくるしていて可愛いじゃないか」

危ないオヤジみたいだ。


 倉庫街の中間くらいに来たとき、それは現れた。

「うぎゃあ!」

初めて見た篠原はかなり驚いたに違いない。意味不明の悲鳴を上げ二、三歩逃げるように後ろに下がる。エリカで見慣れている俺もかなり驚いた。

 白いモヤのような物が俺と篠原の前に現れ実体化していく。最初はエリカが実体化してきたと思った。けど違う。エリカじゃなかった。

 実体化してきた男は、拳銃のようなものを俺達に向けた。

「持っている写真を渡してもらおう」

深緑色の軍服のようなつなぎを着ている。エリカの言っていた帝国陸軍の兵士だろうか?

「テメエ!誰だ!」

篠原がすごんでいる。この男がもしエリカの言うとおりの帝国陸軍の兵士ならば俺達がかなう相手ではない。

 男は篠原に向け拳銃のような物を発射した。篠原がもっていた鞄が吹っ飛ぶ。

「言うことを聞かないとおまえ達の頭が吹っ飛ぶぞ」

いつの間にか三人の男に囲まれていた。三人とも拳銃のようなものを持って俺達に向けている。

「やばいな」

俺は篠原を見た。顔はすごんでいるが顔面蒼白だ。

「早く写真を渡せ!そうしたら命は保証してやる」

写真?沙織が撮ったって言っていた物のことか?

「あの鞄の中にあります」

俺は篠原が持っていた鞄を指さした。鞄は篠原から五メートルほど離れたところに転がっていた。

 男の一人が篠原の鞄を拾い中身を路上にぶちまけた。

「これだ」

教科書やノートと一緒に路上に散乱した用紙を男が拾い上げる。

「写真のネガは何処にある?」

ネガ?一瞬何のことだか分からなかった。

 別の男が小型のモニターのような物を持っていて覗き込んでいる。

「写真を撮ったのはこいつらではありません。女です」

モニター男が最初に実体化したリーダー格の男に報告する。

「女?よし、そいつのところに行ってネガも取り返すぞ」

男達が消えようとしたその時だった。

「させるか!」

篠原がリーダー格の男にタックルを食らわせた。このまま男達が幽体化して消えてしまったら、沙織や真奈美が危なくなる。ここで何とか食い止めなければ。

 俺もモニターを持っている男に体当たりをした。モニターが落ちて壊れる音がした。

「動くなガキ共!」

残った男が拳銃のようなものを俺に向けている。俺は動くことが出来なくなった。

 俺のことを見た篠原も抵抗するのをやめた。リーダー格の男が篠原の胸ぐらをつかむ。

「このくそガキがぁ!」

篠原は男に殴られ吹っ飛び路上に倒れた。

「篠原!」

俺は篠原のところに駆け寄ろうとしたが、モニターを持っていた男に制服の襟首のところをつかまれその場に引きずり倒された。

「次元監視装置、いくらすると思っているんだ!」

腹を思いっきり蹴られた。意識が遠くなる。

「隊長、殺してもいいですか?」

モニターを持っていた男が俺に拳銃を向けていた。

「不要な殺戮は禁止されている。やめておけ」

隊長と呼ばれたリーダー格の男はそう言って篠原のところに行くと篠原の腹をおもいきり蹴り上げた。

「ぐへっ!」

篠原が悲鳴を上げた。

 倒れ込んでいた俺のすぐ前のアスファルトに穴が開いた。モニター男が銃を発射したようだ。不思議と男達が使っている銃の発射音はしない。

「目が覚めたかガキ、今度は腕にでもぶち込むぞ」

俺の右手の上にモニター男の右足がある。手を踏まれた状態で身動きが出来ない。このままだと殺される。マジでそう思った。

「うぎゃあ!」

突然右手が軽くなった。モニター男がゆっくりと倒れていく。

「空間人!」

隊長がそう叫ぶと同時にもう一人の男が銃を乱射する。黒い影が倒れている俺達の上空を飛び越えていくのが見えた。

「エリカ!」

エリカが助けに来てくれたんだ。

 上空から俺達を飛び越えながらレーザー銃を撃っている。エリカが前に言っていたペン型銃だろう。

 離れたところに着地したエリカは素早くもう一度ジャンプして銃を連射する。隊長はすでに倒れていて、間もなく残りの男も道路に倒れ込んだ。

 着地したエリカもそのままふらりと倒れ込んだ。

「エリカ!」

俺は起き上がった。腹が痛い、腕も痛い。口から血が出ている。右腕の手首が紫色に腫れている。でもそんなことはどうでもよかった。

「エリカ!」

エリカのところに駆け寄った。

「大丈夫か?」

エリカのことを抱き起こす。制服のあちこちが血で真っ赤になっている。銃で撃たれてケガをしているんだ。

「ごめん、和也のこと守れなかったね」

「病院へ行こう」

「平気よ、それより」

エリカは、何とか起き上がると右手を真上に上げ人差し指を立てた。

「後片付けしなくちゃ」

エリカの胸元が緑色に光り出す。竜の瞳が輝いているんだ。倒れていた男達が次々と消えていった。

「時空間の狭間に放り出したわ」

エリカはそう言った。

 篠原のところに行ったエリカは人差し指を篠原のおでこに近づける。

「記憶を上書きするわ」

エリカの説明によると篠原は一人での帰り道に他校の生徒に襲われ、ケガをしたことにしたそうだ。

「お金も抜いておくわ」

篠原の財布から何枚かの現金を抜き出した。

「やり過ぎじゃないのか?」

俺はそう思った。気絶して倒れている篠原がそれじゃ可哀相だ。

「遊び金欲しさの犯罪ってことにしておけばいいんじゃないの?」

平然とエリカは言う。いくら何でもやりすぎだ!

 エリカは携帯でタクシーを呼んだ。

 呼び出されたタクシーの運転手は俺とエリカを見て愕然としていた。どう見ても血だらけで大ケガをしているエリカとボコボコになっている俺。こんな二人を乗せるのは嫌だろう。

 エリカは指を立て運転手の記憶を操作した。何事もなかったようにタクシーは走り出した。

「篠原はどうするの?」

「彼なら平気よ。二、三十分で意識が戻るから」

 俺の家の前でタクシーを降りた。代金は篠原の財布から抜き出した現金で支払った。

 家に入ってからおれはエリカを怒鳴りつけた。

「いくら、助けてあげたからって、お金を盗むのはやり過ぎだ!」

玄関でエリカが倒れた。

「エリカ?」

返事がない。玄関の床が血で染まっていく。

「エリカ、しっかりしろ!」

俺はエリカを抱き上げていた。


 何とかエリカを二階の俺の部屋に担ぎ上げ、ベットに寝かせた。リビングから救急箱を持ってきて手当をしようとした。

「エリカ?」

意識はない。やはり病院へ連れて行くべきだろうか。エリカの顔を覗き込む。

「えっ?」

エリカが目を開け俺のことを見ていた。

「制服脱がしていやらしいことしようとしたでしょう」

「ふざけるな!ケガ人にそんなことするわけないだろう!」

「ごめん、冗談だよ」

エリカはベットから起き上がった。

「ここまで運んでくれたんだ。ありがとう」

「もう平気なのか?」

そんなわけはないと思った。あれだけの大ケガだすぐには回復しないだろう。

「平気よ」

ベットの脇に立ち上がるとパラパラと何かがエリカの足下に落ちてきた。俺はそれを拾い上げた。

「和也から見ると私って化け物だよね」

落ちてきたのは銃弾だった。

「こっちの世界で実体化しているときに受けた傷は竜の瞳の力で簡単に治すことが出来るんだ」

俺はなんて答えたらいいのか分からなかった。

「出て行って、着替えるから」

俺はリビングから持ってきた救急箱を持って一階に下りようとした。自分のケガの手当でもしよう。

「リストバンドしてくれてたんだね。ありがとう」

ドアを閉めるときエリカがそう言った。


 リビングに下りてケガの手当をしようとしたら玄関の呼び鈴が鳴った。

「はい」

居留守を使い無視しようかと思ったが、知り合いだと悪いので出てみた。

「エリカちゃんから帰りに寄るように言われたから」

真奈美がいた。

「その傷どうしたの?嫌だぁ制服泥だらけじゃないの」

真奈美は俺に家に上がり込んできた。

「右手見せて」

俺は右手を差しでした。真奈美はリビングで手際よく救急箱から包帯と消毒液を取り出すと手当を始めた。

「何でこんな大ケガをしたの?」

俺は答えなかった。帝国陸軍が出てきたって言ったら真奈美に余計な不安を与えてしまう。ここは、何て言ってごまかそうか。

「私が痴漢に襲われたところを和也が助けてくれたんだ」

エリカが二階から下りてきた。ピンクのスウェットに着替えていた。

「エリカちゃん、来てたんだ」

真奈美は驚いた様子でエリカを見ている。

「和也って強いんだ。私を守って相手を投げ飛ばしてくれたんだから」

「うそ!」

真奈美がエリカを見ながら言う。

「エリカちゃんが和也より強いことくらい私だってしてるよ。もしかしてまたあいつらが出てきたの?」

「真奈美は心配しなくていい。私と和也の問題だから」

「いや!」

真奈美は立ち上がりエリカのことを見る。

「私だって何かの役に立ちたい。これは二人だけの問題じゃないでしょう」

「真奈美のことを巻き込みたくない」

「じゃあ何で和也を巻き込むの」

エリカは返す言葉がないのかそれから黙り込んでいた。

「エリカちゃん、私達友達だよね。だから隠し事はしないで」

「分かった」

エリカはその場で姿が薄くなり消えていった。初めてエリカの幽体化を見た真奈美は驚いてその場に倒れそうになる。

「エリカ!」

俺は、なんでこの場でエリカが幽体化するのを真奈美に見せなければいけないのかが理解できなかった。


 リビングのソファに横たわっていた真奈美が起き上がった。

「もう大丈夫なのか?」

「うん、ごめんね迷惑掛けて」

「迷惑なんかじゃないよ。悪いのはエリカだ」

「エリカちゃんは悪くないよ。私が意地っ張りだから」

意味がよく分からなかった。

「傷、もういいの?」

真奈美が俺のことを見回しながら聞いてきた。

「これの力のせいかもしれない」

真奈美にエリカからもらったリストバンドを見せる。殴られた後もきれいに消えていた。

「よかった」

安心したように真奈美が言った。エリカだけじゃなく、俺みたいなこっちの人間にもケガを治す効果があるようだ。

 ともちゃんがやって来て夕食の支度を始めた。真奈美にも一緒に食べていくように進める。真奈美は自宅に電話をして許可をもらってからともちゃんの手伝いを始めた。

 今日はごちそうにありつける。ともちゃんの料理の腕は決して悪くはない。どちらかというといい方だ。しかし、真奈美はそれ以上に料理の腕がいい。真奈美が作る料理は何でもうまい。味付けがいいのかよくは分からないがとにかく何でもうまかった。

「エリカちゃん、呼んできてくれない?」

ともちゃんに言われ、俺はエリカを呼びに行くことにした。

 エリカの部屋は、ともちゃんの家の二階にある。勝手知ったる親戚の家、俺はともちゃんの家に上がり二階へ行った。

 エリカの部屋の前に来た。ドアをノックする。

「はい」

返事がしてすぐにドアが開き、驚いた顔のエリカがそこにいた。俺が来たのが意外だったのか、小さく開いたままのエリカの口は声を出せないでいる。

「ご飯、もうすぐ出来るからともちゃんが呼んでこいって」

事務的に言われたことを言ってしまった。

「そう」

短い返事。俺は自分の家に帰ろうとした。

「せっかく来たんだから寄っていけば?」

エリカが大きくドアを開いて俺を呼び寄せた。しばらく考えたが俺はエリカの部屋におじゃますることにした。

「意外、女の子の部屋だ」

俺は、あまり女の子の部屋に入ったことはない。もしかしたら中学に入ってから女の子の部屋に入るのは初めてかもしれない。

「どういう意味よ!」

エリカが怒って聞いてきた。しかし、本気で怒っているのではないことがよく分かる。

 淡いピンク色で統一された部屋。カーテンやベットカバー、枕まで同じ色で統一されている。ベットの横には俺が使っているのと同じような勉強机が一つ置いてある。窓がない方の壁には白いクローゼットが並んでいて一番横にドレッサーがある。

 俺は、今日エリカに助けられたことのお礼を言っていないことに気が付いた。

「今日はありがとう、助けてくれて」

「いいよ、別に礼なんか」

エリカは自分のベットの上に座る。

「いつまでも立っていないで椅子にでも座ったら」

エリカは勉強机の椅子に座るように進めてくれた。俺は遠慮がちに座った。

「何をかしこまっているの?」

「ちょっと緊張しているんだ」

「何で?いつもと同じじゃないの?」

「だってここエリカに部屋だろう。俺、女の子の部屋に入るの初めてなんだ」

「真奈美のところには行ったことはないの?」

「小学校の低学年の時に行ったことがあったかなぁ」

「意外だわね」

「俺もそう思うよ」

 真奈美の部屋に入ったことはない。やはり真奈美はただの幼なじみで俺の彼女じゃないんだ。じゃあ、エリカはどうなんだ?こいつに彼氏はいるのか?

「エリカって彼氏いるの?」

しまった、いきなり何聞いているんだ俺は。

「いるって前に言わなかった?」

エリカが転校してきたときに聞いたことがある。こいつは確か俺の名前を言っていたな。

「あれは冗談だろう」

「そう、冗談だよ」

何だ、やっぱり冗談か。少し期待していた俺はバカだった。

「でも・・・」

エリカがうつむきそして俺のことを正面から見た。

「片思いかもね」

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