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パルクール・サバイバー  作者: 桜崎あかり
第1部
9/57

第9話:アクシデント

>更新履歴

2015年5月10日午後2時22分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。


バージョンとしては1.5扱いでお願いします。

 レース途中でのリタイヤが出るのはパルクール・サバイバーでは日常茶飯事。しかし、これが意図的なもの、投資競馬に代表されるような物、闇ギャンブル等に利用されていると判断されれば、レースその物が没収試合になる可能性もある。


 超有名アイドル勢によるランキング荒らしが表面化する前は、こういった闇ギャンブル関係での八百長試合の方が警戒されていた。実際は、報道されていないだけでも2件が確認された。


 これらの事件が報道されていない背景に、大手有名アイドル事務所が関与している疑惑があるのだが、これらの情報は誤報の可能性が高くて報道できない事情がある。


 下手に報道をしてマスコミの信用を損なう事だけは避けたいと考えているらしいが、反対に『超有名アイドル事務所に買収されている』という事がネット上で広まっている関係もあって、板挟みになっている事情もあった。


「いつの頃からギャンブル関係以外が目立ち始めたのか。闇ギャンブルはパルクールに限った話じゃない。しかし、競馬や競輪などで不正行為があったとしても注目される割合はパルクールよりも下だ」


 先ほどラーメンを食べていた記者がレースの様子をスマートフォンでチェックし、ふと考えていた。彼は過去に投資競馬等の取材記事を書いた事があり、その経験が今回の特集記事担当にされたと―。


「結局、有名アイドル事務所1社が日本を全て掌握しているという勘違いがネットを通じて広まっているのが原因なのか、それとも誰かの言っていた『超有名アイドルによるディストピア』が正しいのか…」


 彼の言う誰かとは、特定人物ではなくネット上における噂である。この話題に関しては、マスコミ各社にとってはタブーとされており、この話題を切り出すことすら出来ないのが現状である。これで、報道の自由と言えるのか、疑問の残る個所は多い。


 午後3時18分、何処かから発信された電波によって複数の選手がクラッシュ事故を起こすという事態となった。コース上にはセーフティーカーは出ておらず、臨時の作業員が負傷した選手の搬送等を行っている状態である。

拡散された電波の影響でマシンに不調をきたすガジェットがある中、蒼空かなでのガジェットは少しレスポンスが遅いという個所以外の不調はなかった。


「信じられない。あの環境下で動けるガジェットが存在するなんて―」


 機能を停止していた22番の補欠メンバーは、残念ながらガジェットの機能停止でリタイヤ。蒼空と最下位争いをしていたメンバーはガジェットの不調、負傷等でリタイヤする。気が付くと、残りメンバーは20人、蒼空は19位争いのグループへ合流する事になる。


 午後3時23分、ゴール地点となっている西新井のショッピングモール前、レスポンスの遅いガジェットで先頭へ追い付こうと考えたのだが、それを実行に移すのは至難の技だった。


 結局は20位で完走と言う結果となる。しかし、スコア的には失格組よりは上だが、レースの順位としては最下位の位置に。これに関して蒼空は悔しい表情を浮かべる。


「これが、パルクール・サバイバーなのか―」


 自分にも油断があった。どのような部分で油断をしていたのかは、これから考えるべき話だが苦しいスタートであるのは間違いない。しかし、これでもマシな方と慰めるのは先ほどの店員だった。


「他のARゲームとパルクール・サバイバルトーナメントには決定的な違いが存在する。それは、ランニングガジェットの性能だ。あれは人類が扱うには無理があり過ぎる―」


 店長の言う『人類が扱うには無理がある』と言う部分は膨張発言ではなく、真実なのは間違いない。そうでなければ他のガジェットでは行わないようなライセンス制度、厳重なルール、一部のコース限定である事も納得できる。


 コースに関しては工事中のエリアも存在し、5月には埼玉県一部や神奈川県、千葉県にまで広まり、6月には関東地方全域まで対応予定だ。それほどまでコースを拡張したとしても、ライセンスを発行できる場所が限られる為に人が集まるかは不明な部分が多い。


「そのガジェットを上手く扱えるかどうか、それがランカーとの差を縮める為の手段となる」


 その後、店長は店の方も気になる為に離脱をする。蒼空の方は、ガジェット着脱スペースでガジェットをパージ、外したガジェットは返却コーナーへと戻した。


「代金は不要です。初回プレイに関しては無料になります」


 返却スタッフに言われたので、特に財布を出すような事はせず、足早に返却コーナーを後にする。講習の方で聞いてはいたが、本当に無料とは驚きである。


「2000円になります。次のレースへエントリーするのでしたら、延長料金も必要になりますが―」


 その後もスタッフは対応に追われ、こちらの質問に応えてくれるような気配ではなかった。本来であれば、あの場で質問をしたかったのだが…。


 午後3時25分、別のレース結果で再び観客が沸き上がっているのを蒼空は目撃する。その選手とは、自分には若干聞き覚えのある名前。それも、別のARゲームにおけるHNと全く同じ物を―。


「ナイトメア……これは、どういう事だ?」


 ナイトメア、かつて別のARゲームで凍結処分を受けたチート勢が使用していたHNである。現在、このネームを使用しているプレイヤーはチート勢ではないのだが、彼らの環境荒らしによってARゲームが黒歴史になるという展開となった。


『この放送を聞いているランカー勢に警告する! 我々チート勢は―』


 突如、ナイトメアは勝利者インタビューではなく、何かの宣言を始めた。その宣言の内容は音声が入っていないらしく、周囲にいる観客からはブーイングの様な声も聞こえた。


「そう言う事か。これが、パルクール・サバイバー運営のやる事なのか」


 ナイトメアの口元はフルバイザーの為に見えないのだが、彼の発言を意図的にカットしているのは運営であるのは間違いない。これは明らかにフェアではない事を意味する。


 その後、ネット上にはナイトメアの発言まとめがアップされた。音声入りは運営に削除される可能性を考え、つぶやきまとめと言う形になっている。

その内容は一般人が見れば意味不明、超有名アイドルファンから見れば『超有名アイドル商法を馬鹿にしている』と言う物、反超有名アイドル勢力は『同調できるような発言ではない』と言う事で、チート勢力は完全に孤立している。


『確かに超有名アイドル商法が悪だと言われる風潮が存在するのは事実であり、それを排除しようという動きがあるのも事実だろう』


『しかし、我々は超有名アイドルを愛しているのであれば、商法が悪であろうと続けるべきと考えている。これらは全て合法として認められている以上、特に問題はない。FX投資と同じと考えている勢力は、自分達の応援しているコンテンツが売れていないが故の―』


『我々はナイトメアの名のもとに宣言する! 過剰な規制で自由を奪っているパルクール・サバイバーの運営に対して宣戦布告をすると!』


 ネットで音源が残っている物は、この3つだけで残りは全て運営削除済み、あるいは投稿者とは別の勢力が削除を要請した物と思われる。しかし、この音源だけでは色々な個所で矛盾が残る。意図的に矛盾を生み出そうとしているのか、それとも―?


「運営は彼の発言をシャットアウトして、何を行おうとしているのか」


 蒼空の疑問は正論なのだが、これに回答を出せるような人物は存在しないのが事実である。しかし、それらの発言には裏がある事を理解している人物は何人か存在していた。


「発言をシャットアウトしたとしても、いずれは別の場所で発覚すれば、被害は拡大するのは避けられない」


 都内某所、スマートフォン端末でナイトメアのインタビューを見ていた阿賀野菜月は、今回の運営が取った行動を非難していた。結局、彼らのやった事は超有名アイドルを抱える芸能事務所等と変わらない。まるで、秘密主義を作っているかのような流れでもある。


「世界線は……超有名アイドルに何をさせようとしているのか?」


 阿賀野が見ている物、それはパルクール。・サバイバーの先にある世界、あるいは未来その物である可能性も否定できない。それを踏まえたうえで、阿賀野はナイトメアの発言を意図的に隠すような事はフェアではないと思ったのだろうか。


 4月9日、さまざまな所でナイトメアに関するニュースが報道されているのだが、その半数が超有名アイドルファンと認識している物だった。


「若干の想定外と言える個所もあったが、こちらのスケジュール通りか」


 一連の報道を見て想定内と考えているのはノブナガだ。そして、彼はスケジュールもあるのでニュースを一通りチェックしてからは別の場所へと向かう。


 その一方でナイトメアの行動を邪魔と考える勢力もいた。


『ナイトメアの存在、おそらくは潜入スパイの類と考えるが』


 ロケバスでテレビを視聴していたのはソロモンである。マスコミのやり方は熟知している訳ではないが、今回の報道は何かと似ているように思えてきた。


『この報道方法は、もしかすると―』


 これ以上の発言はイリーガルに探られる可能性を踏まえ、しばらくは沈黙する事にした。


 ソロモンが懸念した案件、それは過去に一部のハンター勢力によって解決したと言われているAI事件である。


 事件の詳細は不明だが、サバイバルゲームスペースで起きた超有名アイドルグループの自作自演事件という見解が出ている一方、その真相はハンターたちによって黙殺されているとも。


【事件を起こしたのがサマーなんとかに嫉妬していたグループ】


【結局、一部の株式投資的な芸能事務所が生き残り、小規模事務所が事件に関わったとされて潰されていく】


【芸能事務所関係者の大半は、国会議員と言う噂が絶えない】


【超有名アイドルファン=国会議員?】


【そうなると、国会議員の暴走が超有名アイドルコンテンツの唯一神信仰を生み出した事になる】


【それならば投票率の現象にも歯止めがかけられない、若者の選挙離れが加速するのも納得できる】


【これが芸能事務所のする事か!?】


【超有名アイドルは、もはや銀河系だけではなく世界その物に干渉しているのかもしれない】


 AI事件に関するつぶやきまとめには、超有名アイドルが政治だけではなく地球征服とも取れるつぶやきも存在する。


 これらの発言が検閲削除されずに残っている事には、別の意味でも衝撃を受けるだろう。しかし、これは超有名アイドルが今まで起こしてきた行動の全てである。


 一方で、超有名アイドルと共につぶやきのキーワードとして浮上する単語がある。それは、アカシックレコードだ。


 この単語自体は以前から存在はしていた。しかし、AI事件の起こる数年前にも言及されていたのである。この時はどのような意味で言及されたのかは不明だが、超有名アイドル絡みで言及されていたのには言うまでもない。


【アカシックレコード、サイトには色々な意味で言及されているが、この世界における真理を示した物という意味は何処から出てきたのか?】


【自分は世界線を記したサーバーと言う意味で聞いた事がある】


【アカシックレコードの記述、それは非常に危険な物と言われているのだが―】


 残念ながら、アカシックレコードに関しては情報が乏しい為か具体的な情報は存在しない。しかし、ソロモンはアカシックレコードには超有名アイドル勢力の末路も予言されていると考えていた。


『アカシックレコード、それが意味する物は未だに分からない。しかし、これが存在する以上は、世界に対して警告を示しているのは―』


 ソロモンが何かの真実に辿り着いたのだが、キーワードが解析できずにブラウザを閉じる。ソロモンのタブレット端末を覗き見しようとした何かを見つけたからだ。


『監視カメラではないか―』


 警戒するべき人物はイリーガルだけではないという事実を知った瞬間でもあった。ロケバスの外には監視カメラの様な物が設置されている。どうやら、目的地に付いたようだ。その場所とは、梅島のラーメン店であるのだが―。


「お前がソロモンか―」


 そこにいたのは、汎用ガジェットを装備して顔を隠したガーディアンの人物だ。


『お前がオーディンである証拠が欲しい』


 ソロモンの一言を聞き、オーディンと思われる人物は少し驚いて見せた。



 4月10日午前11時、蒼空は別のARゲームガジェットを手にしてあるゲームセンターに姿を見せていた。そして、次々と乱入してくるプレイヤーを撃破していく。


「さすがに勝てるわけがない」


「あそこまで連勝をしているという事は、かなりの腕前と言う事か」


「既に10連勝、前日でも15勝はしている。別のARゲーム経験者だとすれば、この能力にも納得がいく」


 周囲のギャラリーも蒼空の連勝記録には驚いている様子だ。そして、次の人物が乱入してきた。その人物とは、上条静菜だったのである。


「あんたと戦っても、ポイントは対して上昇しない。それに、これがパルクール・サバイバーと何の関係がある?」


 蒼空は上条の呼び出しに応じたわけだが、唐突にARゲームにパルクール・サバイバーのヒントがあると言われてもピンとこない。


「数日前のARガジェットを使用した反則に関して知っている?」


「それがパルクール・サバイバーと何の関係がある?」


 上条の質問を聞き、蒼空は質問返しをする。そう言った反応になるのは上条には分かっていた。


「言葉で説明するより、実際にプレイして説明を―!?」


 プレイして説明をするはずが、上条は予想外のインフォメーションが出てきた事に驚いていた。上条のバイザーに表示されているメッセージ、それは想定外のメッセージとも言える物である。


【マッチング差に大幅な開きがあります。大幅昇格のチャンスが増加するジャイアントキリングマッチを行いますか?】


【ジャイアントキリングマッチを拒否した場合、このプレイではあなたの装備は相手プレイヤーの装備よりも5段階上の物が支給されます】


 上条のランクは、蒼空のランクよりも5段階と言う開きが存在していた。その為、ジャイアントキリングマッチが提示されたのである。マッチを設定すると、自分の装備はそのままで相手に挑む。そして、勝利した場合には大幅なポイントが入るという仕組みだ。


 このマッチングを利用して大幅昇格をしたプレイヤーも存在する。一方で、このシステムを悪用してランキング荒らしを行ったプレイヤーがいるのも事実である。このような一発逆転のシステムはバランスブレイカーになる可能性が多く、ARゲームでも導入している作品は少ない。


【ジャイアントキリングマッチが承認されました。このマッチングはレベルハンデなしで行われます】


 この表示を見た蒼空は少しため息が混ざっているような…そんな呆れ方をしていた。ハンデなしで挑むなんて無謀すぎる。


 バトルが開始され、上条の遠距離ライフルメインに対し、蒼空はチェーンソーブレードとも言えるような装備を両腕で構えている。二刀流ではなく大型の物であり、人間の体力で振り回せるか疑問のある大きさだ。


「3メートル以上のチェーンソーブレード? あれを市街地で振り回すなんて―」


 上条がライフルで青空に狙いを定めようと動いていたのだが、それを見きっていたかのように蒼空はブレードを構えた状態で突撃する。


「マジかよ」


「30秒経過していないと言うのに」


「これが、ランカーの力なのか?」


 周囲も驚くのは無理がない。上条は他のARゲームでもランカーと言われており、実力は申し分がない。しかし、それ以上に蒼空の方が強すぎたのだ。圧倒的なレベル差、それが上条の敗因である。


 決着はブレードの振り下ろしによる斬撃である。しかし、上条には斬られたという実感がない。ARゲームだから実感がないという訳ではなく、そのままの意味である。


「気が済んだか?」


 蒼空は若干呆れている。上条が違いを教えるはずが、まさかの展開に発展したからだ。そして、しばらくして上条は口を開く。


「そう言う事ね。あなたがパルクール・サバイバーで即座に適応出来た理由が…」


 上条の言う『即座に適応』とは、ライセンスを発行していない時の非公式記録の事だ。現在は諸事情があっての非公式記録と言う事で、無免許起動という扱いではなくなっている。


 しかし、一部のネット住民等からは運営が情報操作をしていると指摘される等、未だに火種が消える事はない。一歩間違えれば、再び炎上してもおかしくはない。


「その感覚で動かす事は、パルクール・サバイバーでは予想外の落とし穴に落ちる事になる!」


 次に口を開いた上条からは、予想外の言葉が飛び出した。落とし穴とはどういう事なのか? 蒼空が考える時間もないまま、上条は自分の思いを彼にぶつける。


「他のARゲームとシステムが酷似している事を理由にして、パルクール・サバイバーへ他ARゲームのガジェットを持ち込むプレイヤーがいる。しかし、その行為は一歩間違えれば自分が……」


 上条は話が若干長くなる為、一度離脱をする事にした。そして、蒼空がプレイを終えるまで待つ事にするのだが、次々と相手を倒していく内に昼の時間になっていたのである。


 午前12時15分、2人はゲーセンを一時離脱してファストフード店へと足を運ぶ。その後、ドリンクとハンバーガーを購入して適当な席へと付く。適当と言っても、パルクール・サバイバー用のモニターがある所を選んだのだが。


「あなた、格闘ゲームはやった事ある?」


 上条の唐突な質問に対し、蒼空は少しと答えた。そして、上条は自分のタブレット端末を取り出して、それを蒼空に見せる。


「格闘ゲームの場合、一部の例外を除いてシステムが似通った物を使用している。実際、Aというタイトルの格闘ゲームをプレイした人間が、今度はシステムが酷似したBというタイトルのゲームをプレイすれば……どうなると思う?」


 上条は話を続け、格闘ゲームの例えをベースにして説明を行った。簡単に言えば、Aという格闘ゲームをプレイした人間が、Bという格闘ゲームをプレイすれば、若干のアドバンテージがあると言う。2Dと3Dではシステムの違いはあるのだが、ある程度慣れてくれば差異は減ってくるのだと言う。


「一方で音楽ゲーム、こちらは格闘ゲームとは話が違ってくる。大型筺体の形状も違うから、格闘ゲームの様にデバイスが似たり寄ったりと言う話ではなくなる。しかし、システムは同じ…」


 続いて、音楽ゲームの例えで説明を続けた。その中で、大型筺体の形状とシステムが似ているという部分から、ある結論に辿り着いた。


「もしかして、ARゲームのシステムは音楽ゲームから来ている?」


「厳密には違うけど、大体あっている。音楽ゲームの入力デバイスとARゲームのガジェットは関係が似ている。太鼓を使うゲームでドラムの入力装置を持ちだすのは不可能。それと同じ事が、パルクール・サバイバーでも起きている」


「つまり、違法ガジェット以外にも非対応のガジェットを持ちこむ案件が起きている、と」


「そう言う事よ。確かに一部のARゲームでは対応している物もあるのは事実。しかし、パルクール・サバイバーのシステムはアカシックレコードの―」


 話を続けていく途中で、上条は何かの単語を口に出した。彼女も口が滑ったような表情で、今の話を忘れて欲しいと謝っていた。


「本来話そうとしていたのは、もうひとつあるの。超有名アイドルの芸能事務所が、違法ガジェットを横流ししてARゲーム業界を混乱させようとしている。これが実現すれば、コンテンツ業界は超有名アイドル一強時代に突入するのは避けられない」


 聞かれていないと上条は思いつつ、本来の話題を切り出した。それは、一部週刊誌でも報道している違法ガジェットバイヤーの一件でもある。数日前には、スナイパーが狙撃をしていた事でも有名だが、その話をしても彼女は何も答えないだろう。


「超有名アイドルの目的って、やはり一強時代を作り上げる事……ですか?」


 蒼空は覚悟を決めて質問をした。そして、上条から返って来た答えは予想外の物だった。


「一強時代は……少し前だったら正解だったかもしれないけど、今は違うかもしれない。全ては時代と共に変わっていく物。唯一神思想は過去の物になって行くと思う」


 唯一神思想、それは一昔前の超有名アイドルグループが掲げた思想であり、他のコンテンツは超有名アイドル勢が一番人気である事を引き立てるだけに存在するとネット上で炎上した思想でもある。しかし、そうした事はネット上に置かれている考察記事等のみで、テレビで取り上げられた事は一度もない。


 おそらくは芸能事務所側が、唯一神思想の様な事を発信したくないという意向があったのかもしれない。しかし、こうした思想はマスコミの想定外とも言える流れで拡散していく事になった。


 その中心に存在している人物、それが阿賀野菜月なのである。彼女は超有名アイドルの唯一神思想だけではなく、更には利益至上主義、拝金主義を超有名アイドルが続けた結果、日本のコンテンツ力は海外勢よりも弱体化しているとまで言い出した。


「阿賀野がそう言った思考に至った理由、それが―」


「アカシックレコードですか」


「さっきは口を滑らせてしまったけど、この単語自体がパルクール・サバイバーの運営からも非常に警戒されているから」


「そこまで警戒する理由はあるのですか?」


「警戒するのは当たり前よ。ランニングガジェットのベースは、アカシックレコード内にあったとされる設計図。それもARゲームとは違う物をベースにしていると言われている」


「ARゲームとは違う物って、もしかして軍事用ですか?」


 話を続けていく内に、とんでもない単語を蒼空が口にした事について、上条はさらりと流していた。ここは流しておかないと、運営に聞かれた際に大変な事になる。


「どうやったら、ゲームで使う物を軍事兵器に転用するの? ロボットアニメに出てくるような機体、美少女ミリタリー物で出てくるユニットも実物が出ていないような、この世界で―」


 上条も若干白熱してしまい、色々と爆弾発言に近い事を口に出す。蒼空もこれには若干ドン引きしているようだ。


 そんな話をしていたら、時計は既に午前12時45分である。追加注文で春雨サンドイッチ、フライドポテト、おにぎりセット等も注文したが、さすがに雑談するにも限界が近いだろう。


「私は、そろそろゲーセンに戻らないと。音楽ゲームの方もプレイしないといけないし」


 そう言い残して、上条は店を出て行った。お昼に関しては彼女のおごりと言う事で何とかなったが、これからどうするか蒼空は悩んでいた。


「あの店舗へ行ってみるか」


 その一言と共に蒼空が向かった場所、それは梅島駅近くのアンテナショップである。ここはラーメン店とのコラボを行っており、優秀プレイヤーにはラーメンの無料券がプレゼントされる。数には限りがあり、1名に付き1日1回という限定プレゼントだが。


 蒼空が到着したのは午前12時55分、徒歩でも5分弱で行ける距離なのだが今回はランニングガジェットを装備して、目的地へと向かった為に若干の時間がかかった。


「噂のプレイヤー様が、わざわざここまで―」


 店員の男性は蒼空の顔を見るなり、珍しい客がやってきたというような表情を浮かべる。周囲のギャラリーの中には、蒼空を知っている人物もいた。


「こいつは確か、デビュー戦20位だった奴か。あのアクシデントでリタイヤしなかったのは褒めてやるが、お前にはパルクールは―」


 口の悪い男性が蒼空の方へ近寄ってきたが、話の途中に割り込んできたのは黄色のランニングガジェットを装着した女性だった。


「そこまでよ。初心者プレイヤーに対しての精神攻撃、放置できるような物じゃないわ」


 彼女は軽装のインナースーツとカスタム化されたランニングガジェットを既に装着している。バイザーも装着しており、素顔を確認する事は出来ない。しかし、彼女の身長や体格を見て蒼空は誰かが即座に判断出来た。


「もしかして、あなたは―」


 蒼空の一言を聞き、彼女がメットを外すと、衝撃的な人物だった事に周囲は動揺をしていた。


「そんな馬鹿な―」


「奴が本格的にパルクール・サバイバーをはじめたのか?」


「あの時は確か、更に軽装な装備だったのに」


 ある意味でもハプニング、アクシデント、サプライズと判断する者もいる。その人物の正体、それは秋月彩だった。これには、蒼空も改めて驚く。


「ここはあくまでもパルクール・サバイバー。陸上競技やパルクールとは違ったフィールド……ランニングガジェット装備のどこがいけないの?」


 秋月の言う事も正論だが、周囲の選手やギャラリーには納得していない人物もいる。これでは反則負けにならないという風に思っている人物も少数いた。


「そうだ……ここは、あくまでもパルクール・サバイバー。パルクールでもなければ、他のARゲームとも違うフィールドだ」


 蒼空の方も何かの決意を持ってレースへと挑む。ガジェットの調整はアンテナショップで事前に済ませており、今度は自分にフィットしたチューニングなのは間違いない。


「このレースが、新たなスタートになる―」


 蒼空はレースにエントリー後、パチンコ店の前に用意されたスタートラインに立つ。

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