第8話:トーナメント
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2015年5月10日午後2時14分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。それ以外に、シーン途切れを思わせる箇所があったので、そこも訂正を行っています。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
オーディンが発見した映像、これは過去に秋月彩が400メートルのトラック競技で走った時の物である。ランニングガジェットを使えば、フルパワーで200メートルを10秒台と言う事も可能と言う中、この動画は常識を打ち破るような展開を生み出す。
余談だが、ランニングガジェットには装着者に過度な負担がかからないようにセーフティー機能が搭載されている。
これに関して知っている人物はごく一部であり、アンテナショップの従業員を含め、運営の上層部も知らない事実だ。従業員の場合、一部ではアクロバットプレイ防止の為という話も伝わっているようだが、これがどのように伝達されているのかは不明だ。
仮に事実を公表した場合、海外で軍事転用される可能性があったというのも理由のひとつだが、真相は色々な所で錯綜している為に不明というのが現状。真相に関しては、ネット上でも調査中としていて全容解明に至っていないようだ。
「なるほど。あの彼女がパルクール・サバイバルトーナメントに参加していたのか―」
オーディンが確認していたメール、それは阿賀野菜月が送信した物で、そこには秋月が軽量ガジェットで異常なアクションを披露する姿がキャプションとして添付されていた。
ランニングガジェットが実装される前、パルクール・サバイバルトーナメントでも常識を超えるようなアクションを披露する集団がいた。それこそ、BMX等に代表されるアクロバットをパルクールで披露するような事もある。
しかし、実際にパルクールの団体も『危険が伴うような物はパルクールとは認めていない』と言う事で、一連のアクションをアクロバットと定義しているのだ。パルクール・サバイバルトーナメントでは、この辺りの動きに関しては定義付けが難しいという事で後回しにしていた。
それの反動が、一連のアクロバットを展開する団体が蹂躙するような展開を生み出した。大事故には発展しなかったが、一時期にはビルの壁にパルクールと思われる傷が付いていたという報告等も1日に100回位はあったと言う。
結果として、アクロバットを行う団体のリストアップを行い、警告と共に危険行為を行わないとする契約を数団体と結んだというネットの記事もあるが、これらはニュースで大きく報道されていない為に真相は闇の中だ。
その後、運営が密かに開発していたランニングガジェットが時期を前倒しで実装される事になった―と言う風にネットでは書かれている。実際に実装される事は確定していたのだが、前倒しと言うのは間違いとする声もあり、ここも不確定要素が多い。
午後2時40分、別のレースを終えた秋月彩に対して、運営スタッフの男性が声をかけた。
「秋月選手、お手数ですがレース運営本部まで同行いただけますか?」
この話を聞き、秋月は驚いたような表情をする。違反ガジェットを使っていたのであれば警察沙汰になるのは本人も自覚しているのだが―何があったのだろうか。
約2分後、運営本部の一室では連れてきた男性スタッフが部屋を出ていく。どうやら、彼は案内するだけの役割らしい。他にも仕事がある為、あまり拘束しておくのも問題があるという判断だろうか。
運営本部の部屋は、パイプテーブルにパイプ椅子、運動会の設営と言えるような場所であり、どう考えてもハイテクが使われているパルクール・サバイバーのレースを監視できるような施設には見えない。確かに、パイプテーブルにはノートパソコンが置かれており、そこから各種データを収集しているようだが―。
パイプ椅子に座っているのは背広を着た男性1名、どう考えても提督のコスプレにも見えるような男性1名。他に人影があるようには思えない。窓には様子を見ようと言う野次馬もいるようだが、しばらくして去ってしまう事も気になる。もしかすると、向こう側の様子を確認する事は物理的に不可能と言う可能性もある。
実際、この窓は偽装窓であり、外からはPRポスターの画像が見えるという仕組みになっている。これも未知の技術による物だろうか?
「単刀直入に言おう。このガジェットはレギュレーション違反と判定はしないが、生命の保証は出来かねる」
「言っている事の意味が理解できません。違法ガジェットが身体に負担を与えると言う事で禁止されている事は知っていますが、このガジェットには該当パーツは装着されていない。それで、違反だと言うのですか?」
提督のコスプレをした人物が口を開く。命の保証は出来ないという言葉に過剰反応した秋月も感情を表に出して反論をする。
「確かに、基本的なレギュレーションと言う観点から見ると違反には該当しない。レース前のガジェットチェックでも異常なしの判定は出ている」
背広の男性が秋月のレース前チェックのデータを確認し、問題なしと宣言する。ただし、あくまでも違反ガジェットを使っていない部分だけの話だ。
「しかし、この装備は極限にまで軽量化されている。規定重量ギリギリまで削られているのは……こちらでも放置は出来ない」
提督は規定重量ギリギリまで削られた軽量アーマーの方を気にしていた。本来であれば、あの重量になっている理由には非常用に使われる各種ギミックがあるからであり、これによって安全にプレイできる環境が生み出されていると言って過言ではない。
これに対し、秋月はパルクールにはパルクールのルールがあると反論しようとした。しかし、そんな事をしても水掛け論になるのは目に見えている。それに加えて、下手に刺激をすれば運営からブラックリストに入れられてしまう事も否定できないだろう。
「こちらでもアクロバットが影響し、初心者プレイヤーが危険プレイを展開するような事は認めたくありません。貴女のアクションは、チート勢とは違って規格外と言わざるを得ない」
背広の男性は水掛け論も百も承知で秋月に忠告をする。危険プレイを真似するプレイヤーが増えて、そこから事故が起こってしまったら、運営の責任問題は避けられない。そして、パルクール・サバイバルトーナメントの終了を宣言する事も―。
「今回は君が初参戦と言う事もあって不問にするが、次に同じ例があった場合は警告としてポイントの減点、出場停止処分も検討する事になるだろう」
提督は秋月に対してパルクール・サバイバーの流儀に従うように命令するはずだったが、こちらも秋月と同様に水掛け論を配慮して言及を避けた。
「パルクールが度重なるアクロバットによって怪我人が続出した例、それと同じ事を起こさせない為のパワードアーマーである事を忘れないように」
背広の人物も強く言及する事はなかった。逆に言及してもよかったのだが、委縮する事を避けたと思われる。
「我々からの話は以上。君の活躍を見てパルクール・サバイバーのファンになったという人間もいる。彼らを失望させないようにしてほしい」
提督の話が終わると、秋月は部屋を出て行った。その一方で、隣の部屋へつながるドアが開き、そこから姿を見せたのは阿賀野だった。
「これでよかったのでしょうか。我々としては違法ガジェット以外には関わりたくないのが現状。それ以上にリソースを割けない事情があるのは、あなたも知っているでしょう?」
背広の人物は運営のスタッフであり、阿賀野の話に関しても半信半疑だった。違法ガジェットはガーディアン等も捜索しているが、それ以外には関わりたくないのが運営の現状である。
それ以上に、超有名アイドルやBL勢力、その他のテロを起こすと思われる団体は多数いる。そちらは警察に一任したいのが彼らの言い分である。
「あの軽装ガジェットは違法ではないにしても、事故を起こしてからでは遅い。それを超有名アイドル勢や炎上系まとめサイト、ましてや超有名アイドルの手駒同然となった国会にはスクープされたくない」
言いたい事だけ言い残して阿賀野は姿を消す。彼女自体は過去にガーディアンへスカウトされた事のある経緯はあるのだが、裏ニュースや週刊誌報道、更にはデマつぶやき等の事もあって不信感が払しょく出来ない事もあって断っている。
部屋を出て行った阿賀野を見送る事はせず、そのまま他のレース映像を2人は確認し始めた。そこにはチート勢と思われる選手も混ざっており、彼らを根絶する事が正常な運営を可能にすると信じている。
「阿賀野菜月、彼女を放置する事は危険と思います。彼女の考え方は、日本経済を超有名アイドルから二次元アイドルへ入れ替えるだけの理論に近い物がある。ネット右翼の概念とは違いますが―」
背広の人物が阿賀野を危険人物と考えるのだが、提督の方は逆に放置しても大きな障害にはならないと考えている。それを証拠に、提督の手には阿賀野から提供された違法ガジェットの密輸ルートが記されたフラッシュメモリが手渡されていた。
「この情報に釣られた訳ではないが、あの人物を警察や他の勢力には手渡したくはない。彼女がガーディアンを疑問視しているのは、ちゃんとした理由があってのことだろう。単純にネットのデマ等を鵜呑みにしている訳ではない」
提督が阿賀野を泳がせるのには違法ガジェットのデータを提供してくれるだけではなく、さまざまな欠陥や仕様変更を定期的に送ってくれる事にあった。これによって、危険なアクロバットをするプレイヤーも減り、ルールを守ったプレイヤーが増えてくると言う状況が生まれている。
「ああいう人物に限って、自分の言い分が通らなかった場合に何を起こすか分からない。あなたは後悔するでしょう」
そして、背広の人物は部屋を出る。彼の言う後悔がどのようなものかは不明だが、提督には大体の事は理解している。そして、彼はポケットからスマートフォンを取り出して何かのモードをオフにした。その直後に誰かへと電話をする。
「私だ。泳がせている例のバイヤーに関しての情報が入った。後ほど送る」
『分かったわ。正体に関してもおおよその見当が付いているけど―』
「検討が付いているのか。ならば、このデータで確信になるか確かめて欲しい」
提督はフラッシュメモリのデータを電話で転送、そのデータは1分も立たないうちに全て転送された。
『100ギガのデータを一気に送られても、すぐにはデータを閲覧は出来ない……って、ちょっと待って?』
一気に送られてきたデータを電話主はスマートフォンで慌てて解凍していくのだが、その中に見覚えのある人物の顔を見つけた。
「どうした? この莫大なデータは阿賀野から提供された物―」
何かを伝えようとした提督だったが、電話は何かのノイズが入った後に切れてしまった。電波妨害や圏外と言う訳ではないようだが、提督は心配をする。
一方、竹ノ塚のパチンコ店にいたのは青髪のツインテールに若干貧乳、店内にいたら即座に目立つような女性だった。彼女はデータが送られた後にいくつかの画像をチェックしていたのだが、その途中で提督との通話が切れてしまったのだ。
「このスマートフォンは特殊回線を使っているのに、こうもあっさりと電波障害を受けるの?」
スマートフォンを振っても事態が変わる訳ではないが、一応振ってみる。すると、電波のアンテナが3本立った。しかし、提督との通話が回復する事はない。
「仕方がないわね。別のエリアにある施設へ移動する……」
彼女が別の場所へ移動しようとした直前、何者かが接近しているような気配を感じた。メット型のガジェットにも赤い点として敵を感知している。しかし、接近してくるのは超有名アイドルやBL等の勢力とは全く違う人物に彼女は驚いた。
「その特殊回線、お前は運営サイドだな?」
ガジェットに反応した人物、それは黒髪のロングヘア、カジュアル系の服装をした男性である。腕にガジェットを付けている様子は全くなく、最初は誤作動と彼女は考えていた。
しかし、次に彼女がロングソード型のガジェットを展開しようとした時、彼女の反応速度よりも1秒以上の速さで別システムのソード型ガジェットを取り出した。そして、それらが分離したと思ったらソードビットとして彼女の周囲を包囲する。
「仮に運営だとしても、レース外のガジェット使用、ARゲーム以外での戦闘行為は禁止されているはず。こんな事をすれば、ブラックリスト入りするのは分かっているでしょ?」
彼女の警告に彼は耳を貸そうともしなかった。パルクール・サバイバーではレース外のガジェット使用は禁止、ARゲーム以外における戦闘行為も禁止、更にはガジェットによる犯罪使用もご法度。
そうした厳しいルールが存在してこそのARガジェットと言うのがネットでは常識となっている。当然、彼も使用上のルールは把握しており、ソードビットにはビームエッジは展開されていない。
「忘れたのか? ここはARサバイバルゲームのフィールドだ」
彼女は彼に言われて、ようやく気付いた。彼は周囲にいる敵に対して攻撃を行っていただけ。本来であれば、彼女が回線を使う為に別ゲームのエリアに入った事の方が越権行為とネット上では炎上の的になってもおかしくない。
ARゲームに関して言えば、いくつかの作品で提携話は浮上しているが、サバイバルゲームやデュエル、ファイティング系と言ったジャンルではシステムの都合上で提携は実現していない。
「それは失礼しました。しかし、無予告の威嚇はどう考えても挑発行為であり、褒められるものではありません。それは他のARゲームでも一緒。違いますか?」
彼女の言う事も一理ある。そして、彼はお詫びの言葉を言おうと考えたが、即座に言葉を思い浮かばなかったので、彼女へデータを転送する。その後、彼は別の相手を探して何処かへと消える。
「なるほど。彼が、あの人物だったのか」
送られてきたデータはデジタル名刺と呼ばれるもので、そこにはランスロットと言う名前と複数のARゲームにおけるフレンドID番号が書かれていた。
午後3時、西新井近辺のショッピングモール。そこには店長のお勧めカスタマイズのランニングガジェットを装着した蒼空かなでの姿があった。
蒼空のガジェットは、以前の阿賀野菜月向けに作られたピーキーカスタマイズとは違い、万人向けのオールラウンダー向けに加えて自身による調整がされている。
脚部装甲、バーニアユニット、オールレンジメット、ガントレット型ガジェットは店長が選び、蒼空が自分向けにカラーカスタマイズを施した結果、スカイカラーをベースとしたガジェットに生まれ変わっている。
「カスタマイズ初心者の割には、ノウハウが生かされている。もしかして、別のARゲームに参加していたのか?」
店長の疑問も一理あるが、蒼空は若干ぼやかすように単語を選んで話す。全ては別のARゲームに飽きてしまった事が理由だった。
「あの当時はARゲームも純粋にゲームがメインで、ガジェットにスポンサーロゴが付くようなタイプが実装、賞金ありトーナメントの開催がなかった時代だ―」
今から3年前、ARゲームが浸透していなかった頃にリアルチックなガンシューティングゲームをプレイしていた。このゲームは、今の様なARガジェットは使用されておらず、純粋に進化しただけのゲーム筺体である。
しかし、あの時に初心者狩りを繰り返し、賞金を荒稼ぎしていた勢力と遭遇したのが運の尽きだった。この人物は後にネットで調べた結果、超有名アイドルのCDを複数枚以上購入してCDチャートを水増ししている勢力の筆頭だった事が判明した。
それ以上に信じられなかったのは、彼らが公式ファンクラブのメンバーであり、事件の真相等を全てもみ消した事にある。つまり、ネット上で言われる【超有名アイドル勢力は絶対正義】という事を痛感した瞬間である。
超有名アイドルが絶対正義と言うのは架空の出来事であり、小説サイトであるようなアカシックレコードを題材にした作品の中だけだと思っていた。それが、本当に存在していた事には未だに驚きを隠せない。
「あれがきっかけで、自分はARゲームから手を引いた。あくまでもチートが広まっている作品だけで、音楽ゲーム等はプレイを続けている」
それでも、彼らのやっている事は超有名アイドルの名を騙っているだけの犯罪行為と認識している。だからこそ、彼らには相応の罰を与えなくてはいけない。このARゲームで―。
蒼空の話を聞いていた店長は呆れている。何に対して呆れているのかは大体の予想が付く。そう言った人物を何人も見てきたかのような表情で、蒼空に対して反論を始めようとしていた。
「それでは、超有名アイドル勢力とやっている事は一緒よ。パルクール・サバイバーは超有名アイドルの宣伝塔でもなければ、超有名アイドルファンに復讐する為のステージでもない!」
その声は他のギャラリーも振り向く位に声が大きい。それ程に店長は悲しいという思いが強いのかもしれないだろう。
「ランニングガジェットをどう使おうが運営は特に文句を言う事はない。ただし、たった一つだけ禁止されている行為が存在する……それは、ランニングガジェットを戦争の道具にする事よ」
店長は超有名アイドルへの復讐も戦争と大きく変わらないと断言した。これに対して蒼空は反論できない。講習でも、この辺りの運用方法に関しては何度も念を押されていたからだ。
「ガジェットの力、それは地球消滅の可能性を持った想像を絶するテクノロジーの塊と言っても過言ではない。だからこそ、パルクール・サバイバルトーナメントで使用するランニングガジェットには免許制を導入した……」
店長の話は続く。彼女は同じような目的を持った人物がどのような末路をたどったのか、それを知っている。野望を持った何人かはチート勢や超有名アイドル勢に雇われた選手もいれば、ランニングガジェットの力を利用して世界征服を考えようと言う人物もいた。
「特定のジャンルに対し、個人的な復讐心でランニングガジェットを使えば、その反動は必ず自分に跳ね返ってくる。それがどのような形で跳ね返るのかは分からないけど」
ここで店長は話を終え、蒼空のランニングガジェットも起動準備に入っていた。
他の選手もガジェットの準備が整い、蒼空はスタートラインへと立つ。
「フルゲート16人に加えて、特別枠込みの20人か。スタートの地点で何か起こらなければいいが―」
スタッフの一人がアクシデントの発生を懸念していた所、まさかのレッドフラッグ表示でレースの開始が一時ストップする。それだけではなく、ガジェットの方にも何かのノイズと思われる異変が起こる。
『ただいま、レッドフラッグが表示された関係でレースを一時停止しております。表示が変更されるまで、選手の方はその場を離れないようにお願いいたします』
その場を離れるなと言うアナウンスが流れているのだが、動けない以上は離れる事も不可能である。しかも、このノイズは何者かによって準備されていた物と言うのが有力だ。
アナウンス後、会場もざわつき始める。しかし、選手の方はいたって冷静だ。慌てた所で状況が変わる訳でもなく、それに加えて不審な動きをすればガーディアンに狙われるのは決定的だろう。
午後3時15分、5分前にはスタンバイ完了してレースが始まる予定が、レッドフラッグの関係で中断、それに加えて運営が何かを再確認しているようにも思える。
『4番、9番、11番の選手に関して違法ガジェットの使用疑いがありチェックをいたしましたが、該当するガジェットが見当たらなかった為、間もなくカウントを開始します―』
アナウンスではカウントを開始するとの事だったが、レースを開始して異変があった場合はセーフティーカーを出す可能性があると言うアナウンスも同時に流れる。これは、レース中に違法ガジェットが検出された場合、レースを没収する可能性がある事も意味していた。
「こちらには特に関係ない。全力を出すまでだ」
北欧神話を思わせる2番のプレイヤーは自信ありげだ。彼は上位ランカーではないが、最近のレースではうなぎ昇りで順位を上げている。
「さて、レースの方も間もなくか」
一方でF1をモチーフとして連想するようなランニングガジェットで参戦しているのは、5番の選手である。彼もランカー勢力ではないのだが、モータースポーツでは名の知れている選手だ。
【レーススタート】
正常にレースが開始した事を示すメッセージが各選手のバイザーに表示され、20人の選手が一斉にスタート……したかに思われたが、1台だけマシントラブルでスタートできずにいた。
「先ほどはシステムも正常に動いていたのに―」
停止していたのは16番の選手で、超有名アイドルのファンクラブ宣伝と判断されるようなステッカーが貼られているのも特徴だ。これを見たスタッフが運営に報告、出走を遅らせて調査していたと思われる。
「申し訳ありませんが、あなたはレースに出場する資格はない。ガジェットは正常でも、認証に使用しているライセンスは偽物。それではコースを走らせる訳にはいかないからな」
選手の目の前に現れた人物、それは提督だったのである。白のカラーリングと言う提督は他にも多数存在し、ポジションとしてはレース運営等の担当のようだ。
「お前、本物の提督ではないな―」
選手の方も目の前の提督が偽者である事に気付く。では、この提督の正体とは何者なのか?
「こういう事だ!」
彼が提督の変装を自分から外し、その姿を周囲にさらす。その正体とは、ソード型ガジェットを装備したランスロットだったのだ。そして、彼は即座に選手を拘束して駆けつけてきたガーディアンへ引き渡す。
「貴様は……?」
選手の方は彼の顔に見覚えがあり、その時は違う組織にいたはずである。それが何故にガーディアン所属になったのか。それを尋ねようとしたタイミングにはランスロットの姿はなく、選手の方も護送車へ乗せられて、何処かへと連れて行かれた。
午後3時17分、ビルの近くで先頭集団を確認したのは超有名アイドル勢のガジェット使い。彼らは他の勢力を攻撃してレースを潰そうと考えていたのだが、予定の時間になっても合図を送る予定の選手が来ない事につぶやきサイトで状況を確認する。
【作戦は失敗した。ガーディアンに全て見破られている】
【他の場所でも次々とファンが逮捕されている。彼らは、我々の事をブラックファンとして区別して、魔女狩りの如く取り締まりを強化しているようだ】
【作戦を継続すれば、組織の上層部に関しても正体を見破られる恐れがある。現状の作戦は全て中止し、撤退せよ】
この他にも状況を示すメッセージが投稿されており、現状の作戦を全て破棄して撤退をするように指示が出ている。下手をすれば出資している勢力を含めて顔が割れてしまう恐れもあるらしい。
「この作戦が見破れていたのか?」
「仕方がない、あれだけでも実行するぞ!」
「それは一歩間違えると、ガーディアンに情報を与える事になる。ここで行うのは得策ではない」
「それでも! 超有名アイドルの栄光を踏みにじるような他コンテンツ勢力に対し、自分達が行っている事が愚かであると証明させなければいけない!」
「駄目だ、奴は完全に本来の目的を無視している。他のメンバーは即時撤退準備、残りたいと考える者だけ残れ!」
周囲が慌てる中、一部メンバーは撤退を始める。そして、気が付くとわずか数名が残るという結果となった。この間、わずか3分程の出来事である。
午後3時18分、最後尾のグループが出現したと同時にシステムを起動、周囲に謎の電磁波を拡散したのである。この電磁波はARガジェットにのみ反応し、電磁波を浴びたガジェットは機能を停止するという物だ。
「これで我々の勝利だ。超有名アイドル以外のコンテンツは地球上から―」
その後、この人物はビルで何者かによって狙撃され、ガーディアンが発見した時には既にシステム等のプログラムは狙撃した人物が破壊したという見解を発表する。
レース中に拡散された電磁波は蒼空のガジェットにも悪影響を及ぼすかと思われていた。しかし、悪影響どころか普通に走る事が出来る事に彼は驚いていた。
「信じられない。あの環境下で動けるガジェットが存在するなんて―」
機能を停止していた22番の補欠メンバーは、残念ながらガジェットの機能停止でリタイヤとなった。その後も、蒼空と最下位争いをしていたメンバーは次々とリタイヤし、気が付くと残りメンバーは20人となっていた。合計で4人がリタイヤという展開である。
レースの模様はセンターモニターやインターネットの生放送専門サイトでも中継され、日本全国だけではなく世界中からでも視聴が可能である。
「セーフティーカーを出さないのか? 一体、運営は何を考えている―」
この様子を動画サイトでリアル観戦していたのは阿賀野である。別の場所へ向かう途中、気になるレースがあったので焼きそばを食べながら観戦をしている。
「あの場合でセーフティーカーを出したとしても、せっかくのレースに水を差す事になるだろう」
阿賀野の隣でラーメンを食べていたスポーツ新聞記者の男性が、唐突に阿賀野へ話しかけてきた。何かの情報を聞き出そうと考えているのか?
「レース? あの状況でレースが成立すると考えているのですか?」
焼きそばを食べるのを中断し、記者の話を聞く。その話を聞くと、彼は今回のレースで有名なプロスポーツ選手が初参戦しているのだと言う。その初試合を中断してもよいのか、と言う物らしい。
「野球やサッカー、団体スポーツには乱闘がある。F1等のレースでもクラッシュに代表されるアクシデントは付き物だ。まさか、そう言った物はパルクール・サバイバーでは絶対起きないとでも伝説化するつもりだったのか?」
記者の話も一理ある。しかし、パルクール・サバイバーはカテゴリー的にはスポーツではない。ARゲームである。ゲームにはゲームなりのルールが存在し、それが存在するからこそパルクール・サバイバーは成立する。そう、阿賀野は解釈していた。
「確かに、マラソンでも選手がトラブルでリタイヤになるケースがあるのは知っています。しかし、それは生身の人間での話。彼らの場合は……」
「ARガジェットを使用しているから問題ない? そう言いたいのかな。確かにガジェットの登場によりアクロバットプレイで重傷になるような事故は減った。しかし、それはガジェットを使ったケースだけにすぎない。そして、違法ガジェットは―」
阿賀野の言いたい事が新聞記者に遮られる。そして、彼は更に何かを言いたそうな表情で、阿賀野に迫っていた。しかし、彼が阿賀野に何かを聞きだそうとした場面で新聞記者は…。
「分かった。ラーメンを食べ終えたら、すぐに行く」
その言葉の後、残り少しだったラーメンを完食して記者は店を出て行った。代金は食券制度だったので食べ終わった後に精算をする必要はない。
記者の出て行った後、阿賀野はレースの続きを見ながら焼きそばを食べる。手元にはコーラの入ったタンブラーを握っており、それを飲みながら何かを考えていた。
「パルクール・サバイバーはスポーツではない。アレをスポーツにするのであれば、国際スポーツの祭典に……?」
そして、阿賀野は何かを思いついたかのようにレースの動画を視聴中断し、ネット上で情報を探し始めていた。仮に予想が当たっていたとすると、超有名アイドルの狙いは大変な事になる。
「やっぱり、そう言う事なのね」
阿賀野は驚きのあまり、焼きそばをのどに詰まらせてしまう所だった。それ位に自分の予感は的中したのである。それは、アカシックレコードを読み解くような―。
「仮に、この仮説が正しいとして超有名アイドルファンには何の得があるのか」
しかし、このような事をしてアイドルファンが何を得ると言うのか。阿賀野には、そこだけが理解できないでいた。コンテンツ支配をするのであれば、このような回りくどい作戦をとるのか?
「もしかして、バイヤーの正体って―」
阿賀野が懸念していた事は、この数分後に現実となった。