第7話:アンテナショップ
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2015年5月10日午前1時35分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
4月6日午前12時30分、昼食を取り終えた蒼空かなでが向かった場所は、ショッピングモールに併設されたアンテナショップである。
ここではガジェットのレンタルだけではなくカスタマイズしたガジェットの販売も行っているのだが、その隣に併設されているお店はカジュアルショップと言うのも一見してシュールな光景を思わせる。
「いらっしゃいませ」
若干不愛想にも見える女性メイド、彼女がこのアンテナショップの店長である。どうやら、アンテナショップによって色々な特色を出そうと考えた結果が、ギャップ萌えの店長という結論に至ったらしい。
当然だが、他のアンテナショップでは「ガジェットの品ぞろえ」や「アフターサービスの充実」、「消耗品パーツの2割引」と言うようなコンセプトを出している実用的なショップも存在し、好評を得ている。
こうしたショップごとの特徴は、パルクール・サバイバルトーナメントにおけるマンネリの打破に貢献をしている。一方で、サービスの統一を要望する声が存在するのも確かだ。地域ごとに商法が変化するのは百も承知しているのだが…。
今回のショップのような「店長のギャップ萌え」は、本当にレアケース。「きぐるみのご当地キャラが店長」や「何故か音楽ゲームが充実している」というパルクールとは関係ないような特色を出している個所も存在するのは事実だ。
このようなショップはネット上でも評判を呼び、聖地巡礼をする観光客が出てきている位だ。
数分後、店長の応対に戸惑いながらも蒼空は実技に合格したという証明書を提出、ライセンス発行を申請する。その後に持ってきた書類には必要事項欄が存在し、運転免許等でも記入する事のある住所や氏名と言った常識的な物も記入する必要性があるらしい。
その一方で、パルクール・サバイバルトーナメントならではの項目も存在し、その中でも他のユーザーが一番困惑した項目と言うのが―。
「この、運動歴と言うのは?」
蒼空も困惑しているのは、運動歴と言う物である。一種のランク分けに使用される項目であり、特に意識する必要はないという答えを聞く。
「運動歴は『陸上をしていた』や『県大会に出た事がある』のような簡単な物で問題ありません。プロ野球選手や元プロと言う場合はこちらで履歴を調べますので……」
店長の方も、このように言っているので、蒼空は気楽に履歴を書くことにした。特に肩の力を入れずに彼が書いたのは、周囲も驚くような事である。
【学校の体育程度】
蒼空が書いた運動歴を見て、店長は思わず言葉を失った。おそらく、自分が見た運動歴では一番少ない物だろう。
「本当に、この運動歴で実技に合格を?」
顔が若干ひきつった状態で店長が尋ねる。普通であれば、陸上に所属、駅伝で箱根を走った事がある、プロ野球のテストに受けたという経歴がほとんどである。中にはプロの水泳選手でも実技に不合格になったケースも存在し、それだけ狭き門である事を証明していた。
ランカーの中にはFPSやTPSゲームにおける経歴、サバイバルゲームの経験ありと言う人物もいるのだが……店員がドン引きするような経歴は初めてである。
「何か、おかしなことでも?」
蒼空も疑問に思う。店長が驚いている事もあって、間違った事を書いたのでは―と考えたりもした。しかし、最近になって論文で不正やゴーストライター等も注目を浴びた事もあって、パルクールのライセンスも本人が書いたもの以外の受理が出来ないようになっている。
「いいえ、偽装のプロフィールでなければ特に問題はありません。運動歴がないという人も合格しているケースが数件存在しますので……」
店長の発言には何かの含みがあったようにも思えたが、何とか出来あがったので書類を提出する。
書類提出後、ライセンス発行には時間がかかる為、蒼空はショップ内を探索する事にした。ショップ内は、以前にガジェットのレンタルをした場所とは比べ物にならない位に広い印象がある。簡単に例えれば、コンビニと大手スーパー位の差があるだろうか。
「パルクールを始めるのか?」
品定めをしている蒼空の前に姿を見せたのはノブナガだった。考えてみればショップ内は特にアーマーを脱がなくても問題はないらしく、ノブナガもアーマーを脱ぐことなくそのまま来店している。
彼は特に有名人の為、ギャラリーが早速集まりだしているのだが―そんな事はお構いなしで話を続ける。
「貴方がノブナガ……」
「その通りだ」
「偽者ではないですよね―」
蒼空もネットで調べて顔は知っていた。直接認識がある訳ではないので偽者と疑おうとも考えたが、アンテナショップ入店前に特殊なスキャニングが行われており、彼が偽者ではないという事は判明している。
「今のパルクールは経済特区としての側面も持っている」
「経済特区―ソーシャルゲーム特区や萌えキャラ特区でも有名なアレですね」
「その認識で間違いはない。現状の運営では、パルクールという玩具を使わせるには危険すぎる」
「そこまで危険視するという事は…自分にパルクールから手を引けと?」
「手を引けとは違うな。超有名アイドルを魔女狩りしている現状の運営では、パルクールを成長分野にする事は難しいという事だ」
「それは、BL勢による某漫画の脅迫事件等を踏まえてですか」
「BL勢や超有名アイドルとは比較は出来ないだろう」
「じゃあ、危険視とは?」
蒼空とノブナガの会話は続き、最後に蒼空はノブナガがパルクールを危険視する理由を尋ねる。すると、数秒程の間隔を開けて答えた。
「今のパルクールは、ビジネスモデルと言う側面も持っている。日本政府はパルクールに使用されているガジェットの技術を含め、独占的に運用するつもりでいるだろう」
他にも言いたい事があった気配だが、時間が時間なので別の場所へと向かう事にした。一体、彼は何を伝えようとしたのか。
「それにしても、ここまで装備が充実していたなんて」
蒼空が驚いたのは、前に訪れたアンテナショップよりも販売されている種類が多い事、それに加えて複数のカラーリングバリエーションを変えたガジェットも販売されている事だろうか。
「どのアイテムを買うべきか―」
その後、10分ほど考えた末、店員のお勧めセットを勧められる蒼空の姿がそこにはあった。
午後1時、北千住某所にある高層ビルの前にノブナガは姿を見せていた。
「パルクールビジネスとはよく言った物だ。超有名アイドル商法を否定するような姿勢を取っていながら、似たような商法を展開している。これは、あまりにも皮肉だ―」
彼は苦笑いを浮かべていた。その笑いはパルクールビジネスが成功しつつある現状に対しての物か、あるいは超有名アイドルを駆逐する事で新たなビジネスチャンスが生まれるという事に対しての物か―それは定かではない。
その後、ノブナガはビルの中へと入って行く。このビルは主にパルクール・サバイバルトーナメント向けのアイテムではなく、別のARゲームに使用するガジェットが売られている。
同時刻、ノブナガが入ったビルとは正反対にあるアンテナショップではちょっとした確認を行っている人物がいた。
「そのガジェットは非公認ガジェットと言う事で、パルクール・サバイバルトーナメントには使用できません」
男性スタッフの目の前にいるのは、別のARゲームから参戦したと思われる男性プレイヤーである。自分が使用しているガジェットでパルクール・サバイバルトーナメントへ出場できないか、と言う単純な用件を尋ねるはずが―。
「他のARゲームでは相互利用可能なガジェットが、パルクール・サバイバーでは使用できない。これは明らかに矛盾しているような気がするのだが」
男性プレイヤーの方も後には引かない気配だ。その後、別の人物が姿を見せて2人の仲裁を図る。この人物は過去に色々なARゲームでランカーと呼ばれていた上条静菜だった。
「パルクール・サバイバーではARゲームの汎用ガジェットは使用できないのは事実だが、ここはスタッフに従った方がいいと思う。他のARゲームプレイヤーが同じような人物と思われたくなければ、ここは―」
上条が忠告をするのだが、男性プレイヤーは忠告を途中で無視する形でアンテナショップを出て行った。強行出場でも考えているようであれば運営に密告する事も可能だが、そこまでして彼のプライドをズタズタにするのも違うので、それはさすがに止める。
「あなたも参加者でしょうか?」
スタッフが上条にエントリーに関して尋ねるのだが、彼女は単純に通りすがりであり、レースに参加する意思もない。結局は彼女も数分後にはアンテナショップを出て行った。
「珍しい客が来る事もあるな」
イケメンと言うには微妙な身長170辺りのインナースーツを着た男性が、スマートフォンで何かの書類をまとめている。それを受付へ見せて確認しようと思ったが、最初に今回の一件に関する事情を聞く事にした。そして、説明を求められたのでスタッフも事の顛末を彼に説明する。
「なるほど。別のARゲームAで使用しているガジェットを、パルクールで使用できないか尋ねたのか。確かに、違法ガジェットではなく一般で流通しているガジェットだから、ARゲームをベースにしたパルクール・サバイバルトーナメントでも使えなくもないか」
彼は同じ事を自分もやるかと尋ねられたら、それにはNOと答える―とスタッフに言う。自分はあくまでもパルクール・サバイバルトーナメントの参加者であり、他社製の他ゲーム用ガジェットを使ってでもクリアしようという考えはない。
一応、パルクール・サバイバルトーナメントのルールで勝ってこそ価値があるとだけ答えた。他にも色々と語りたいような気配だったが、正体バレが怖い為にその辺りは語らない。
「我々としても、不十分なデータだけでGOサインを出す訳には行きません。大事故になってからでは遅いのは、ロケテスト等の時に自覚しているはずですので」
スタッフも他社のガジェットを持ち出してロケテに参加しようとしたプレイヤーが、権利はく奪された事件があった事を彼に話し、今回の事に関して理解を求めた。しかし、彼は楽観的すぎる。本当に信用出来るのか、スタッフは不安だった。
「残念だが、俺はあくまでもランカーとは敵対勢力。しかし、他のARゲーム勢が資金節約の為に何が起こるか分からないガジェットを持ち込むのは、関心はしないが」
何か意味がありそうな一言を残し、彼はアンテナショップから姿を消した。後に男性スタッフが顔に見覚えがあったのでデータを確認した所、他のレースへ参加予定だったヒデヨシという人物である事が判明する。
午後1時20分、南千住近辺でレースが行われようとしている。プレイヤー数は16人のフルゲート。しかし、見慣れないガジェットを装着しているメンバーが数人いた為、レース開始は遅れていたのだ。
「申し訳ありませんが、再確認をしますので―」
メカニックスタッフが男性プレイヤーのガジェットを確認する。違法ガジェットであれば最初のチェックは通過できない。次に異常を示す表示をするとすれば、違法なチェック外しがされている事を証明する事になる。
【ガジェットに異常数値は検出されませんでした】
スタッフのタブレットに表示されたのは、正常な数値である事を示すメッセージである。結局、彼は特に違法なガジェットを持っていないという事でスタート前チェックは通過した。
「当たり前だ。ガジェットが異常を示すのは、超有名アイドルファンによる違法改造やチートプログラムが組み込まれている物に限定される。このガジェットには、そのようなプログラムは組み込まれていない」
5番のナンバープレートを付けたガジェットを装備しているプレイヤー、彼はアンテナショップで上条と話をしていた人物でもあった。
午後1時25分、レースの方はスタートした。結局、3名が違法ガジェット所持と言う事で失格となり、13人でのスタートとなった。当然だが、チェックを通過した5番のプレイヤーは失格対象ではない。
「このハンドガンの威力、甘く見るなよ!」
先頭を走るプレイヤーに対し、彼はハンドガンを向け、その銃口からは高出力のメガ粒子が放たれた。メガ粒子を使う武器はパルクール・サバイバルトーナメントでは認められていないはずなのだが―。
「馬鹿な、メガ粒子だと!?」
「あれだけの武装、どう考えてもFPSゲームから持ち出されたガジェットじゃ―」
先頭の2名はメガ粒子を回避できず、ガジェット損傷でリタイヤとなった、この光景を見た観客も悲鳴を上げ、更にはレース中断の為のセーフティーカーを呼び出す手配もされていたのだが、決定的な証拠もないので呼び出せない状態である。
「パルクール・サバイバーでも過度でなければ、戦闘行為は認められる。つまり、その範囲内だ…」
その後、5番のプレイヤーがトップとなり、1キロと言う短距離レースは彼の独走が光るという結果になった。
午後1時30分、今回のレースに関して審議を行っている所だった。原因はチートの使用ではなく、更に違う部分なのが周囲を驚かせる。一体、どういう事なのか、これから説明が行われる所だった。
『1着になった5番のプレイヤーに対し、違法ガジェット使用の審議を行った結果、違法ガジェットは確認できませんでした。しかし、レギュレーションでは設定されていない未知のガジェットを使用したとして失格処分となりました』
失格理由は違法ガジェットではなく、パルクール・サバイバーと互換性を持たないガジェット、つまり未知のガジェットの使用。これには異論を持つプレイヤーが多かった。当然、5番のプレイヤーも抗議をする。
「超有名アイドルファン等が使う違法ガジェット、それが失格対象になるのは分かっている。だからこそ、このガジェットを使用した。それでは失格対象になるのか?」
単純に言えば、ランニングガジェットのレンタル料金等を節約する為に別のガジェットを使用した。しかし、それを堂々と言う訳にはいかない事情もある為、色々とごまかしつつ抗議をする。
「しかし、運営の決定は覆らない。違法ガジェットではないが、公式で認められたもの以外を使う事の意味する物、それはチートと変わりない可能性がある」
周囲が納得する理由を求める中、オーディンがマイクを片手に一連のガジェットに関して説明を行う。
今回使用されたガジェット、それはARゲームでは正規の物であり、違法流通しているガジェット類とは全く違う。しかし、このガジェットには決定的に違う個所があった。
それは、パルクール・サバイバーでは正式に認められていない物、未知のガジェットだからだ。発見が遅れたのは、このガジェットが武器としての機能を持っていなかった事である。ガジェットにダメージを与えられるような物であれば、スタート前のチェックで異常を感知して報告が来るはずだ。
その報告がなかった為に今回のガジェットが発覚するのが遅れた。違法ガジェットでのランキング荒らしに該当する行為ではなかった為、今回は失格処分のみでスコアは有効と言う結果になったのだが、それでも不服なのは変わりがない。
「メガ粒子の発射に関しては、別ガジェットと併用された物であり―今回のチェックとは別問題となりますが、これも放置する訳には行きません―」
その後もオーディンの説明は続くと思われたが、他のレースもあるので簡単にまとめる事にした。
『今回使用されたガジェット、これにはチート能力が一切なかった事がチェックに引っ掛からなかった原因です。今後としては、違法ガジェット以外に関しての緩和も検討するような流れになるかもしれません』
この発言に関してはネット上で早速拡散され、それに関して議論が白熱する。チートでなければ他作品のガジェットの持ち込みも可能なのか、と。
午後2時、北千住で行われていたフリーレースで衝撃的な展開が起きた。何と、周囲がノーマークだったプレイヤーが1位となったからである。
「俺、ヒデヨシが勝つと思っていた」
「自分もヒデヨシではないが、中堅所のランカーが勝つと。これがジャイアントキリングか?」
「どう考えても、あのプレイスタイルはアクションやスタントをやっていたような動きだ。ヒデヨシでもプロには勝てなかった、と」
「プロフィールを見たのだが、あいつは本物から来ている」
「本物って、パルクールか?」
周囲のギャラリーは本命と言われていたヒデヨシというプレイヤーが敗退した事に落胆、大番狂わせがあった事には唖然とするしかなかった。
このレースを見ていた人物は、口を揃えてヒデヨシの敗北を『大番狂わせ』や『ジャイアントキリング』と言う。しかし、本当にそれだけで片づけてよいのだろうか。
「ヒデヨシが敗れたか。しかし、それとは別に警戒するべき人物が出てきたのは収穫と言うべきか」
先ほどまで別のレースに参戦していたノブナガ、生でレースを見る事は出来なかったがデータベース内の動画をセンターモニターで確認する。同じモニターを見ていた人物からは、『大番狂わせ』等というつぶやきも聞かれた。
「それにしても、あの女……レギュレーションギリギリの軽装備で、あの動きか。他のランカーやプレイヤーでは真似が出来ないだろうな」
それ以上にノブナガが気にしていたのは、1位となった女性選手の装備だ。周囲が重装備や通常装備に対し、彼女はインナースーツにボディ用アーマー、アームガードとガントレット型ガジェット。アーマーの方はカスタマイズで極限まで軽量化、レギュレーションギリギリまで軽くする事に何の意味があるのか。
「申し訳ありません。不覚をとりました―」
センターモニターを離れたノブナガの前に姿を見せたのは、先ほどのレースで2位となったヒデヨシ。彼もランカーの腕としては上位クラスに位置しており、超有名アイドル勢やBL勢の様な違法パーツ使用疑惑のかけられているメンバーよりは強い。
それなのに2位と言う順位に沈んだのは自分の責任、とヒデヨシは考えていた。そして、それをノブナガへと報告する為に姿を見せたのだが、次にヒデヨシが謝罪をしようとした時には速足でレース場を後にする。
レース場の外、そこにはノブナガの姿があった。それを見つけたヒデヨシは、改めてノブナガへ結果報告をした。しかし、表情が一変する事は一切なかったのが逆に不気味である。そして、ヒデヨシは例の選手に関して気付いた事を報告し始めた。
「1位となった選手ですが、違法パーツ類は一切確認されていない事がレース前のチェックで判明しています。それに、あの選手は別の競技で見覚えが……」
「別の競技、パルクールの事か?」
ノブナガもある程度は気付いていた。あの選手の動きは実際のパルクールでも目撃例のある物であり、上位ランカーでも即座に真似出来る物ではない、と。
「違います。あの人物、秋月彩は過去に陸上競技で優勝請負人と言われていたようで、周囲はそれをプロのパルクールプレイヤーと勘違いしている可能性が―」
「そこまでだ。この話は我々だけの話、他言無用だぞ。万が一、ネットにでも拡散されたら楽しみが減ってしまう」
ヒデヨシの報告を聞いたノブナガは、何か思うような所があったらしく、途中で話を止めるように指示した。これを下手に他のプレイヤーに聞かれてネット上にでも拡散されたら一大事である。
「奴の素性が明らかになるのは時間の問題だが、それを公表する場はここではない。違う舞台に上げて、そこで公表すれば他のランカーへのダメージも計り知れないだろう」
ノブナガは、優勝した人物である秋月彩を現状では泳がせる事にした。別の舞台を利用し、そこで素性を公表すればランカーへの精神ダメージを見込めると考えたからだ。
午後2時15分、該当レースの動画が配信され、これを見たユーザーもあまりの凄さに衝撃を隠せないでいた。
【まさに蜘蛛女―】
【あの装備で、ここまでの事が出来るなんて。リアルチートの類なのか?】
【パルクール・サバイバーで軽装備が認められていたのか?】
【重装備やロボットの類も認められている以上、こうしたガジェットも問題ないと思うが】
【軽装備はNGだった気配がする】
【装備の軽量化自体は禁止されてはいない。ただし、安全装置を含めた装備を意図的に外す等の極限軽量化は禁止されている】
【しかし、あのシステムがあってこそのパルクール・サバイバー。アレを外したら単なるパルクールだ】
【せっかくサバイバーとパルクールを差別化できる所まで到達したのを、今回のレースで振り出しに戻す気なのか?】
動画のコメントでも秋月の軽装備に関して疑問を持つコメントが多数を占めた。重装備やパワードスーツ、ロボットに近い物は認められているのに、軽装備は不可能なのか…と。
「これは、一体どういう事なのか?」
この動画をチェックしていたランスロットは疑問に思う。自分が使用しているARゲームのガジェットを使っている訳ではないのだが、彼女の軽装備には色々と疑問が残る箇所が多い。
「何だ、これは―」
あるテレビ番組のロケでお台場のテレビ局へ来ていたイリーガルは、一連の映像を見て衝撃を受けていた。自分達が流通させているガジェットが役に立たない程のプレイヤーが出現した事、それが彼にとってもショックだったに違いない。
それに加えて、最近はランカーの出現が超有名アイドルファンの行動を大幅に制限させ、更には超有名アイドルグループに風評被害を与えている事もネックになっていた。
午後2時20分、別のフリーレースで勝利した阿賀野菜月は秋月のレースを見て疑問を抱いた。
「あの軽装備、下手をしたら大事故につながりかねないのに―」
他のプレイヤーが『軽装備使用は動きを俊敏にする為のカスタマイズ』と考える中で、阿賀野は秋月に重大な事故が起きてからでは遅い―と言わんばかりに運営へ問い合わせを行う。
「すみません。運営の方で、一つ確認しておきたい事があるのですが」
『確認ですか、どのような部分でしょうか?』
「装備に関する部分ですが、安全装置を排除した装備の使用が禁止されているのは解除、されていませんよね?」
『安全装置を排除した違法改造、殺傷能力を追加した装備は禁止されています。それで、確認とは?』
「実は、あるプレイヤーの装備に関して確認して欲しい事があるのですが―」
『申し訳ありませんが、個人情報保護の観点からお答えする事は出来ません……』
しかし、運営へ問い合わせても個人情報保護の理由で個別案件には答えられないという回答だった。仕方がないので、今回の一件をメールで報告する形をとる事にする。
「事故が起こってからでは遅い、何としても重大事故に発展する前に対策を打ってもらわないと」
阿賀野はパルクール・サバイバーが危険な競技であるという認識を何としても取り除かなくてはいけない、そう考えていた。
スポーツ競技に怪我や事故は付いて回る問題であるのは百も承知。その上で、パルクール・サバイバーはスポーツではなく新たなARゲームであると認識して欲しいと思っていた。
秋月の運動能力が非常に高いのは、動画を見れば火を見るよりも明らかである。提示された資料では陸上経験ありと書かれており、インターハイを含めた競技でも見かける人物と言う事を運営は把握していた。
しかし、実際の能力は運営が想像していた以上の物で、ランニングガジェットも最小限と言う装備なのにガジェット使用時と変わりない能力を持っていたのだ。
これに対して『レギュレーションギリギリの装備で怪我でもされたら、面目丸つぶれだ』という意見もある。ランニングガジェットの装備は強制の為、軽量化自体に違法行為はない。逆に言えば、違法ガジェットを使用しなければ問題ないという事である。
秋月の披露したアクションは、3段ジャンプ、壁の駆け上り、低姿勢でのトンネル突破などのような中程度のアクションもあるが、それ以上にホバリングや空中走りと言うようなランニングガジェットを使用しなければ不可能なものも『最低限の』装備だけで披露していた。
「あれだけの能力者、パルクール側は知っていたのか?」
運営に電話をかけていたのは白い服を着た提督である。白の提督は一般職員のクラスで、力関係としては一番低い。その提督が秋月に関して要望を出していたのだ。
『サバイバーの運営は関知していないでしょう。おそらく、今回の動画で初めて知ったのが多いかと』
電話に出たのはオーディンだった。本来は別のスタッフが電話に出たのだが、オーディンに変わって欲しいと指名があった為にオーディンが受話器を受け取っている。
「陸上のアスリートや元野球選手、元水泳、元プロレスラーと言う経歴の人物は知っているが、それを超越した運動神経を持っている。ドーピングの疑惑があるのでは?」
『それは行きすぎでしょう。ドーピング疑惑があれば、レポートは必ずこちらに送られてきます。それに、警察だけではなくスポーツ団体等からのクレームも来る。ドーピングやドラッグという説が出る事自体が異常でしょう』
「しかし、軽量ガジェットであれだけの性能はあり得ない。それこそ、チートが疑われる」
『チートであれば、それこそ運営が黙ってはいない。超有名アイドルファンから買収されたスタッフがいれば話は別だが、そう言う話も本部には伝わっていない』
「レースを観戦したスタッフからの情報だと、彼女にパルクールの経験はないらしい。そして、その知識もネット上で知った物が大半だ。それで、あのアクションが出来るのか?」
『最近のケースでは、歌ってみたにおける歌い手が超有名アイドル以上の歌唱力を披露、音楽ゲームでも有名プレイヤーのプレイ動画を数本見ただけで譜面をインプットと言う超越した人物もいるでしょう。ネットの知識だけで超人プレイが出来る人物がいても矛盾はしない』
「それでも、あれだけの人物であれば超有名アイドル側が物理的に抹殺しようとするのでは?」
2人の会話は続いていたが、白提督のとある一言を聞き、オーディンは何かを思い出していた。そして、唐突に電話を切る。話の方は続いていたはずなのだが、激怒して電話を切った訳でもなく、オーディンは周囲を見回した。
「秋月と言ったか、調べてみる必要性がありそうだ」
そして、オーディンはネット上で秋月が過去に出場したトラックレースの動画を発見して、それを確認し始めた。
映像に関しては1年前の物であり、アップされたのもごく最近だ。どうやら、プロアスリートのスカウトマンが撮影した物らしい。彼がどのような経緯で動画をアップした理由は不明だが、一部で需要があった事は容易に想像が出来る。
「400メートル走か。これ位であれば、ガジェットを使えば10秒は切れ―」
オーディンが動画を再生しているタイミングで再び電話がきた。今はそれ所ではないのだが、電話が鳴りやむ事はない。仕方がないので電話主だけを確認してかけ直す方向にしようとしたが、その電話主を見て慌てて電話に出た。
「こちらパルクール・サバイバル―」
『阿賀野菜月だ。メールの方は届いているか?』
電話の主は阿賀野菜月であり、メールと言われてもオーディンは当時の電話に出ていないので対応出来ないと答えたが―。
「メールと言うと、どのメールですか?」
『既に送信済みだ。名前も書いてある』
そして、メールボックスを確認したオーディンは秋月の件と書かれたメールを発見し、阿賀野もこれだと答える。
「秋月―まさか!?」
オーディンが映像を再確認すると、既に動画の秋月はゴールをした後だった。そのタイムは30秒を切っている。単純計算で100メートルを約8秒と言うあり得ないスピードだ。
「メールが届いているのは確認したが、アレは普通に人間の運動能力か?」
『運動能力? 何のことだ』
「今、400メートル走の映像を確認した。400メートルを20秒台と言うのはありえないぞ」
『400メートルを20秒? それは単純計算でもあり得ないだろう。時計が故障しているのではないか』
「再確認をしたが、この当時のタイムは29秒台―ドーピング疑惑があった訳ではないアスリートで、ここまでの記録は出る物か?」
『別の部署にも、この事を伝えよう。下手をすれば超有名アイドルが全てを掌握する為のネタに使用されるだろう』
そして、オーディンは別の部署へと連絡を取る。それ以外にも、彼は別の人物にもメッセージを送っていた。
【超有名アイドルの動きが目立ち始めているように思える。もしかすると、日本の全人口超有名アイドルファン化でも考えている可能性があるような気配も―】