大塚提督、誕生秘話
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西暦2017年某日、花江提督が調べていたアカシックレコードのサーバー、そこにはガジェット襲撃事件に関する記述が存在していた。
「大塚提督に――このような過去があったのか」
ARサバイバルゲームでの有名プレイヤーであるオロチ、その正体が大塚提督だったと言う。
提督勢の中には裏事情持ちが多い。花澤提督や中村提督のような典型例もあれば、中には遠藤提督の様にブラックボックスが存在する提督もいる。
「どう考えても、この断片が一連の事件につながるか――」
花江提督が何かを調べようとした矢先、アカシックレコードに新たな記述が追加された。それも大塚提督に関する部分である。
《警告。このデータには、本来のピースとは異なる記述が存在。これを全て信じるかどうかは、閲覧している読者へゆだねる――》
西暦2017年3月某日、通常のARガジェット装備で北千住にあるパルクール・サバイバー運営へ姿を見せた大塚――。
彼の目的、それは2月の襲撃事件の真相を聞きだす為だった。
特に厳重警備が敷かれている訳ではないのだが、得意のスニーキングで指定された場所へと潜入していく。
指定された場所までは大きな障害はなく、ARサバイバルゲーム等の技術が役に立ったと言うべきか。
そして、扉の先にいた人物、それは……驚くべき人物だった。
「待っていた……と言うべきか」
社長室にあるような椅子に腕と足を組んでいる状態で彼女は座っている。
そして、彼女の眼光は非常に鋭く、既にここへ来る事を予言していたようでもあった。
「お前がサバイバー運営の総責任者か?」
大塚は有名所のアサルトライフルに酷似したARウェポンを構え、目の前の人物に銃口を向ける。
しかし、目の前の人物は睨みを緩める事はなく、銃口を向けられても恐怖する事もない。それだけの覚悟を持っている事か?
「その通りだ。私の名はガレス……パルクール・サバイバルトーナメントの最高責任者でもある」
目の前の女性こそ、パルクール・サバイバーの運営責任者ガレスだった。
彼女の着ている衣装は他の提督と同じなのだが、カラーリングは白銀という特注タイプと言うのも特徴だろう。
「君を呼んだのには理由がある。しかし、その前に……」
ガレスが指をパチンと鳴らすと、大塚の周囲というか部屋一面に映像が表示されたのである。
それらの映像の中には、無人ガジェット暴走事件や一部ARゲームで発生した一部のブラックファンの暴走事件も混ざっていた。
それに加え、ランニングガジェットとは違うガジェットを使っているパルクールらしきARゲームも映し出されている。これは一体……?
「やはり、ガジェットの暴走事件にはお前達が絡んでいたのか?」
大塚はアサルトライフルの引き金を引くのだが、弾丸が発射される事はなかった。
そして、次の瞬間にはARガジェットに弾切れと表示される。弾丸の数は把握していたはずなのだが……。
一体、この部屋では何が起きているのか。しかし、考えてみれば答えは単純な物だった。
「弾切れだと?」
「弾丸の方は抜かせてもらったよ。この場では、戦闘行為は禁止されている」
「他の提督を配置したのは?」
「それは君の力を試す為だ。他意はない」
「この映像の真意は何だ?」
2人の会話は続くが、大塚が映像の真意を聞いた所、思わぬ回答が返ってきた。
「私は、元々アイドル候補生だった。しかし、ある人物によって夢を断たれ、何度も実験に利用された事もあった……その中で、ある物をネット上で見つけた」
途中からガレスの表情も変化し、いかにも復讐心をむき出しにしているようでもあった。
元女性アイドルが見せるような表情とは違う、まるでカードゲームアニメの顔芸と言えるような程のクラスだ。それ程に、彼女は過去の出来事に憎悪していたのか?
「それがARゲームと言う事か。そして、復讐の道具として――」
「復讐とは違うな。超有名アイドルコンテンツを完全駆逐し、新たなコンテンツの可能性を示す事。それが最終目的と言える」
大塚の復讐と言う言葉にガレスは反応し、即答で否定する。
そして、サバイバー設立の理由を新たなコンテンツの可能性を示すと断言した。
「超有名アイドルコンテンツを駆逐し、新コンテンツで埋め尽くすのは同じではないのか? お前が否定している超有名アイドルと」
「それは違う。芸能事務所は無尽蔵とも言える賢者の石を持っている。その力を振りかざす限り、超有名アイドルによる絶対支配は続く。彼らの最終目標は唯一神になる事だ」
「超有名アイドルが神になるだと? 話にならないな……」
「お前もネット上で聞いた事はあるだろう。賢者の石――芸能事務所が確立した『超有名アイドル商法』と言えば」
ガレスの目的を聞いた大塚は彼女の言う真実を聞いてあきれていた。
そんな理由で――彼女はARゲームに風評被害が出ても構わないと言うのか?
「しかし、君が全力で否定した『神になる』発言は、戯言などではない。そう言った世界が我々の世界とは別の場所で発生しようとしているのだ」
「別世界? それこそ戯言だ。まさか、二次元の世界で起きた出来事が三次元の『この世界』で起きるとでも言いたいのか?」
「その通りだ。二次元世界で起きた超有名アイドルグループの選挙券付きのCDが300万枚を出荷したという話がある。それも、元々はアカシックレコードに記載されていた懸念が別世界で現実化し、こちらの世界でも影響を及ぼしている――」
「それに、一連の無人ガジェット暴走事件も、ドローンを利用した事件を模倣して起こしたという警察発表がされていた。アカシックレコードに書かれている懸念は、この世界でも現実を帯びようとしているのだ」
ガレスの言う事は全て次元が違い過ぎていた、まるで、第四の壁を認識し、そこで起こった事件を踏まえ、自分達の世界でも起こらないと断言出来ない――と。
「だからこそ、こうした悲劇の繰り返しでコンテンツ業界を潰そうとしている超有名アイドル……それを操る投資家連中や政治家を完全駆逐する事、それがパルクール・サバイバルトーナメントを生み出したきっかけだ」
ここまでくると、ガレスの発言はライトノベルの世界とも言うべき発言だった。
異世界転生とチート無双、ハーレム展開――そう言った作品がランキングに展開されるWeb小説サイトを連想させる。
それ程の考えを持ち、今までの事件を踏まえて――事件の再発防止にパルクール・サバイバルトーナメントを生み出したのか?
「お前の考えは間違っている。何故、超有名アイドルを潰すのに他のコンテンツを引き合いに出す必要がある?」
大塚はアサルトライフルを投げ捨て、今度はハンドガンを構え、それを発射しようとするが、またしても弾切れで撃てない。
やはり、この部屋では銃火器は使用できないのか?
「他のコンテンツを引き合いに出す事は、過去にも行われて来た。フジョシ、ゲーム未プレイ勢による二次創作、超有名アイドルの夢小説……そうした勢力を引き合いにし、超有名アイドルファンの方が正常であると――」
ガレスが何かの続きを発言しようとしたが、それは大塚の投げたチャフグレネードで全て消滅する。
どうやら、この部屋自体がARで生み出された幻だったのである。一体、誰がこのような茶番を――。
チャフの物質が消滅したタイミング、そこである人物の声が聞こえた。通信が回復したのだろうか?
「……やはり、貴方を呼んだのは正解でした」
全てが消滅した部屋には、真っ白な壁しか存在しない。
どうやら、ここは実験施設だったようだ。唯一の入り口から姿を見せたのは、金髪碧眼の提督とも言えるべき人物だった。
「貴様は何者だ? 何故、このような茶番を仕掛けた!?」
大塚の方は、先ほどの映像に対しても不満を抱き、更には今回の茶番に対しても怒りを抱いている。
彼女に危害を加える気はないが、今の状況だと誤射をしてもおかしくは……。
「自己紹介がまだでした。私の名前は遠藤……提督。総責任者であるガレス提督の留守番を任されています」
「遠藤提督、ここで呼んだのは……」
「私です。ガレス提督へは既に許可をもらった上とはいえ、このような茶番を仕掛けたのは……貴方の適性を図る為でもあります」
「適正?」
「貴方にやってもらう事、それはサバイバルトーナメントの総責任者です。簡単に説明すれば、ガレス提督が不在中の代理です」
そして、大塚は大塚提督と名乗り、サバイバルトーナメントの総責任者を代行する事になったと言う。
この時に姿を見せた遠藤提督、それは別のアカシックレコードではある戦艦名を――。




