第5話:ライセンス
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2015年5月10日午前0時20分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
4月6日午前9時30分、蒼空かなでが姿を見せていたのは西新井にあるショッピングモール内の施設だった。今回の目的は、パルクール・サバイバーのライセンスを取る事である。
ショッピングモールは準備中のエリアが多く、コンビニや朝市と言ったエリアのみがオープンしている状態である。そこで長い行列を作っていたのが、パルクール・サバイバルトーナメントのライセンスを取る為の施設だった。
「書類が完成した方から番号札に書かれたエリアへ向かって下さい」
男性スタッフが拡声器を片手に列の誘導を行う。その中で蒼空は別の入り口から普通に施設へ入った。ちなみに、彼の入った入り口には『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙がしてある。
蒼空が入口からまっすぐ進むと、そこには何処かの提督の様な恰好をした人物が受付窓口にいた。窓口の上には『資格停止者、再交付専用』と書かれていた。
「こうしたケースは非常に珍しいのだが……スタッフの手違いがあったとはいえ、こちらもルールブックを破って特例を出す訳にはいかない事情がある。そこは理解して欲しい」
ライセンスの確認をしていなかったのはアンテナショップのスタッフであり、蒼空は完全に不可抗力でいきなり免許発行停止を受けたのである。とばっちりもいい所だ。
「君は既に別のARゲームで使用するIDカードを持っている。別の条件でパルクール・サバイバルトーナメントのライセンスを発行する事は可能だ―」
提督もパルクール・サバイバルトーナメントと略す事なく、各種説明を丁寧に行う。実際のパルクールと混同すると言う事での名称だが、こうも長いと略称を浸透させた方が早いのでは…と考える。
「あの、パルクール・サバイバーの略称は使わないのですか?」
蒼空の一言を聞いた提督は『それはできない』と一言述べる。あくまでもファンの間で広まっている名前であり、こちらが使う訳にはいかないという事らしい。
「こちらも色々と手探りの部分があって、ユーザーの要望を柔軟に取り入れる基盤が出来ていない」
提督は理由の一つに、運営がユーザーの要望を取り入れるような環境が出来上がっていない事を説明する。ランニングガジェットに関しては、実際のパルクールと混同される可能性で採用したとも説明したが…真相は諸説あって把握できていないのが正解なのかもしれない。
最後に、蒼空はアンテナショップで受け取ったタブレット端末をどうやって使うのか説明を聞こうとしたが、提督は本来の受付へ向かうように指示をした。
ここはあくまでも違反切符専門の受付であり、免許の交付等を行う受付ではない。蒼空に関しては特例が重なったという事情があって、一般受付ではなくこちらの受付を通る必要性があっただけである。
「君の場合はアンテナショップへの問い合わせが必要だったのだが、普通であれば一般受付で書類を作成するようになっている。書類に関しては、こちらで作って向こうへ回すように手配するから、一般の受付側にある機械で受付するといい」
提督が指を指す方向には券売機位の大きさの端末が5台置かれている。そこに行列が出来ているようにも見えるが、何かを待っているのだろうか?
午前9時35分、蒼空が端末の前に立つと、そこにはタブレット端末を所定の場所へタッチするように指示が出る。その後、端末をタッチすると端末の画面に番号札が転送され、7番と表示された。どうやら、7番の部屋へ行くようにと言う指示らしい。
「7番の部屋は、ここか……」
蒼空が部屋の中へ入ると、既に数人の免許を取ろうと考えている人達が椅子に座っていた。タブレット端末のチェック、スマートフォンでサイトを見ている人物もいる。しかし、スマートフォンは持ち込めるが通話に関してはできないようになっているようだ。
その後も生徒達が指定された部屋に入って行き、しばらくした所で教官と思われる男性が部屋に入ってきた。服装に関しては、受付にいた提督と同じようにも見える。おそらく、あの服装が施設の制服と言う感じだろうか。
「これで全員か―」
教官が持ってきたタブレットで生徒の確認をする。どうやら、彼のタブレットにはこの部屋にいる生徒の名前が全て登録されているようだ。
午前9時40分、基本知識講習がスタートした。真剣な表情で話を聞く者もいれば、そうでない者もいる。それらの生徒を個別で注意することなく、教官は授業を続けていた。
「パルクール・サバイバルトーナメントでは、さまざまなコースを走ります。その一方で注意しなくてはいけない事があります。それは、決められたコース以外の箇所を走る事です。レースによってはショートカットも認められていますが、初心者向けのレースでは規定コースのみとなっており―」
この訓練を受けていない者は基本的にランニングガジェットの使用は認められていない。一部の例外は存在するのだが、その例外に当てはまらない人物が免許なしでガジェットを運用すると警察に逮捕という事態に発展する。
自動車で無免許運転をすると逮捕されるケースと同じと教官も説明していた。今回の講習では簡単な基礎知識のみで、メインは実技である事も言及された。自動車免許に関しては講習だけでもかなりの時間を使うのだが、パルクール・サバイバーは特別なのか―と蒼空は思う。
「―従来のパルクールでは、危険を伴うようなアクロバットを行うグループも存在していました。しかし、サバイバルトーナメントではそうしたアクロバットプレイを防ぐ為、ある物を開発いたしました。それが、ランニングガジェットです」
教師の背後にあるホワイトボードに表示されたのは、パルクール・サバイバルトーナメントで使用されるランニングガジェット。しかし、そのデザインはSFアニメ等で見られるようなパワードスーツにも似ている。これには、どのような狙いがあるのか?
「どうして、スーツのデザインがそのようになったのですか?」
蒼空とは別の席に座った人物が質問をする。確かにそれも一理あると考えた教官は、質問に答える事にした。
「デザインに関しては運営側にデザイナーが数名いたので、そこから実用的な物をいくつか採用しております。この辺りは公式ホームページにも記載されておりますが、その経緯に関しては我々も把握しておりません」
他にも色々と質問が来たのだが、こちらでは回答できない物が多いという事で省略されたようだ。
「次は、こちらに関して説明する―」
次にボードへ表示されたのは、一見するとモデルガンにも見える。その一方でなりきり系の玩具にも似ており、一部では銃刀法違反とみられるケースが多い。これに関しては、ガジェットに組み込んでいるシステムで銃刀法違反と認識されないようになっていらしいのだが、詳細に関しては説明されなかった。
「そうした事情もあって、最初の頃にはロケテスト反対運動も起きたのはご存知の方もいるだろう。ランニングガジェットは安全であると保証されているのに、こうした事が起こるのは説明不足から発生する。それは、どの業界でも一緒だ」
その後、譲歩案としてランニングガジェットは免許制という事で許可を得たという事、パルクールでも稀に目撃されるアクロバットを認めない事、超有名アイドルによるありとあらゆる物の私物化が進んでいる事等が話され、前半の30分は終了した。
午前10時5分、蒼空はトイレへ向かった後に指定された別の部屋へと入る。そこには既に教官がスタンバイしており、生徒の数も50人近くが座っている。蒼空の席は一番後ろの方だ。
「次に覚えてもらう事、それはパルクール・サバイバルトーナメントの運営が行っている事についてです。最初に、こちらをご覧ください」
先ほどの部屋と同様にホワイトボードが設置されており、そこにはコンクリートに亀裂の入った道路、破損した電柱、折れ曲がったガードレールの写真等が表示されている。
「これらの写真は、ランニングガジェットによって発生した事故による物です。自動車同士の事故よりも事態は深刻化しており、保険会社もパルクール専用の保険を売り出している位です。CMも流れているのでご存知の方もいるかもしれません」
教官から語られた衝撃の真実、それはパルクール専用の保険が存在する事だった。マニュアルには、商業化に関しては運営の許可が必要と書かれていたような気配がする。
「それに加え、運営が整備していないコースを走る事は、住民にとっても迷惑になるケースが発生します。ガジェットの重量等もあって、運営が整備していない場所を走るとコンクリートが破損、家の屋根が壊れるケースもあります」
道路のコンクリートは年に何回か整備が必要になるのだが、パルクール用の道路には特殊なコーティングがされており、かなりの重量負荷がかかっても破損しないように調整がされている。
しかし、コンビニ等の施設にはコーティング対応が出来たとしても、個人の自宅にまでは対応出来るかと言うと難しい。そして、ガジェットに重量が存在する事も初耳だ。
「これらの整備をする費用は、テレビのCM、関連グッズの販売、スポンサー収入等で得た利益で運用されています。いわゆるアイテム課金に代表されるソーシャルゲーム方式や超有名アイドルの展開しているような商法では、パルクールを正常運営する事は不可能なのです」
この他にも色々な話があり、30分の講習×2回、実技1時間の合計2時間でライセンスが発行される。2時間通しで即日にライセンスを発行してもらう人もいるのだが、講習を2日間、実技を3日目に受けるというようなケースでも可能である。この辺りは現在のニーズに応えているような気配を感じる。
ただし、実習に関しては合格しなければライセンス習得は出来ない仕組みであり、単純にゲームにおけるチュートリアルとは違う。
講習に関しては、3000円で受ける事が出来る。実技不合格の場合の再受験に関しては2000円の別料金が発生するのだが、これさえ受ければアンテナショップでガジェットを購入する事も可能となる。
ライセンスを持っていない場合はアンテナショップでレンタルガジェットしか運用できない。初回のみ体験プレイでレンタルガジェットを使うのであれば、費用的にはレンタルの方が安上がりになるだろう。
しかし、実際にプレイヤーとして参加する場合は何度もレンタルガジェットを使うより、ライセンスを発行して自前のガジェットを用意した方が安上がりとなる。
レンタルガジェットと言ってもピンキリであり、ライセンス不要とライセンスが必要になる物も存在する。それは、いわゆるランカー専用と呼ばれる特殊ケースであって一般には関係ない。
「最近になって、ガジェットを悪用した犯罪、チートの運用等も目立っています。これらに共通するのは背後に巨大な組織がある事です」
この話を切り出した教官に対し、挙手をして質問をしたのは蒼空だった。
「その巨大組織とは、超有名アイドルですか?」
教官が答えを言うような事はなく、そのままチャイムが鳴って講習が終了。チャイムに助けられたのか、それとも別の理由があったのか、真相を語るような事はなかった。
そして、蒼空には教官が理由を語れない理由の予想が出来ていた。それを踏まえて、あえて質問をぶつけていたのだ。どのような意図で質問をしたのかは彼にしか分からない。
午前10時30分、ゲームセンターに姿を見せていたのは上条静菜だった。彼女がゲーセンに姿を見せた理由は、音楽ゲームをプレイする為である。今回は特に依頼もなかったので、久々のオフと言う可能性も否定できない。
「センターモニターか―?」
上条がセンターモニターの前を通り過ぎようとした時、そこに表示されたのはあるパルクール選手の映像だった。それを見た上条は通り過ぎるのを止める。その人物に見覚えがあった訳ではないのだが、気になる動きを見せていた事も理由の一つだ。
モニターに表示されていた選手はランスロットと言うコードネームの選手、この名前自体は色々なゲームでも使われているので、単純な名前被りという可能性もある。しかし、上条は彼の動きに関して何か見覚えのある物を感じていたのだ。
「あれは別のARゲームでも見た事のある動き。もしかすると、あのランスロットの正体は……」
上条は何かの確信をしていたようだが、今は別の用事が先である。その為、レースの結果を見ることなく音楽ゲームコーナーへと向かった。
その後、ランスロットはネームドプレイヤーで1位を獲得、このレースでは2位以下に30秒近く突き放すような記録を叩きだしたのである。
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午前11時、西新井駅の近くにある特別なコース、ダミーの高層ビルを含めて本格的な物がコースとして設置されており、実戦向きとも言える仕様となっている。
「君たちには、ガジェットに設定されたコースに従ってゴールまでのタイムを競ってもらう。コースに関しては隠しコースも存在するが、どのコースを走るかは君たちにゆだねられる―」
目の前にいる軍人を思わせるような外見の人物が説明をするが、コースの具体的な説明に関しては一切触れられていない。もしかすると、コースを説明する気がないのではないか、と考える人物もいる位である。
「コースに関してはガジェットの方にデータが入っているので、そちらの方を参考にして欲しい」
コースを詳細に説明するよりは、自分達の判断でどのようなコースを利用して最短距離をはじき出せるか、と言った事を考えさせるためにコースを意図的に教えていないような話し方だった。そして、そこから何かを読み取ったのは蒼空だった。
「おそらくは、タイムを競うという部分はブラフ。実技の目的は、パルクールの基本技術を習得出来たかを確認する為のテスト……」
蒼空のように実技の意図を読み取る人物もいれば、単純に最短距離を走ればよいと考える人物もいる。実技では実際のレース同様に最大16人で行われ、順位によって合格の是非が決まるとも言っていた。
しかし、この発言に関してはブラフである。おそらくは、チートを使ってでも1位を取れれば良いと考えている人物を釣る為のトラップだろう。
それぞれのメンバーはレンタルガジェットを装着しているのだが、このガジェットはアンテナショップで使用されている物とは異なる。使用するユニットに関しては選択が可能であり、スピード、パワー、バランスの3種類から選ぶという物だった。武装に関しては銃か剣のどれかしか選べない。
「ガジェットは教習専用で、実際のレンタルガジェットやワンオフとは異なる。それでも、通常のパルクールを行う上ではチートと言われる可能性は高いが…」
教官の言う事に関しては何かの含みがあるように思えたが、そんな事は関係ないという事で半数以上のプレイヤーは含みも気にせずにガジェットを装着、実技開始を待つ。
午前11時5分、スタンバイしていたメンバーが一斉にスタートする中、蒼空はスタートせずに出遅れた。しかし、単純にシステムエラーと言う訳ではなく、集団の様子を見ているようにも見えた。
スタートをしなかったのは蒼空だけではなく、もう一人いた。蒼空を見つめるのは、実技用バイザーとアーマーを装備した人物、体格からすると女性にも見える。
「君は実技の目的が―」
蒼空が彼女に質問しようとした時には、既に姿がなかった。一体、彼女は何を伝えようと考えていたのか?
既に集団はコースの4分の1は通過していると言う。いつまでもスタートせずに情報収集をしても不合格になる訳ではないが、限度は設定されている可能性がある。それは、実技コースが少ない為に他の生徒を捌けないという事にも関係しているのだが、こちらが遠慮すべきなのかは分からない。
「この先へたどり着く事が出来れば、全てが分かるかもしれない」
蒼空は真相を掴もうと考えていた。超有名アイドルに対抗できるコンテンツとしてのパルクール・サバイバルトーナメント。
しかし、物事には完全無欠と言う物は存在しない。下手をすれば完全無欠がチートとして判断されてしまうからだ。超有名アイドルがチート認定されている現状、それが意味している物も同じかもしれない。
あまりにもライバル不在の状況が続く状態、それをやらせと判断するのか、あるいはマッチポンプとして判定するのか…それは誰にも分からない。
しかし、超有名アイドルが無双を続けている現状を良く思わない勢力が存在し、徹底抗戦をしている事は想像に難くない。
5分後には蒼空も走りだし、ルート検索後に最短ルートを進む。そのルートは他の参加者や先ほどの女性が取ったルートとも大幅に異なる。運営側の狙いを蒼空が先読みしたと思われるのだが、実はこれが裏目に出てしまう。
【コースを外れています。直ちに所定コースへ戻ってください】
バイザーに表示される警告メッセージ、それは初心者向けの場合に表示されるコースアウト警告。初心者用ルールの場合、この警告を無視すると別のインフォメーションメッセージ表示後にカウントが始まる。10カウント以内にコースへ戻るか、コースへ戻る意思を見せないと失格となるのだ。
「やはり、実技では初心者ルールに設定されているのか?」
しかし、蒼空は警告を無視してビルとビルの間を飛び越え、更にはホバリングを駆使して壁けりを繰り返したショートカットを披露する。ガジェットがなければ、おそらくはアクロバット判定で失格になっているだろう。そして、パルクールでは推奨されないアクションである事も事実。
「なかなか面白い事をするプレイヤーだ。こちらの意図を先読みしての行動だろう」
教官室では教官や実技担当の審査員等が中継ポイントに設置されたカメラ、ステルス迷彩を搭載した特殊なカメラ搭載ラジコン、更にはパルクール・サバイバーの中継用カメラを駆使して撮影されている映像を確認していた。これだけのカメラが設置されている事にはプレイヤーも気づいていないだろう。
「他のプレイヤーは中継ポイントのカメラやピンポイントで配置されたカメラマンを発見できても、ステルス迷彩仕様までは見つけられない。しかし、あの人物は他にもカメラがある事を分かっていて行動している」
教官は蒼空がそうした情報を仕入れ、それからスタートした事には高く評価をしている。しかし、その一方で受付をしていた提督は、蒼空の行動に関して疑問を持つ箇所があると教官に指摘する。
「彼の行動は、まるでパルクール・ガーディアン等を意識しているかのように見えます。書類を見る限りではARゲーム経験者の様ですが、いわゆるチートと言われる人間でもなければ、ランカーに代表されるような常識外れの能力を持っている訳ではない。単純にオールラウンダーと言う事ですよ」
提督は蒼空の経歴等を見たうえで客観的な話をする。しかし、客観的とはいえど蒼空の能力を過大評価している訳ではない。
ほぼ同時刻、先ほど蒼空に姿を見せた女性が別回線でメッセージを送っていた。その場所は監視カメラ等が撮影できない電波障害エリアであり、このエリアではランニングガジェットのナビも使用できないエリアでもある。
【例の勢力が紛れているのは決定的の模様】
メッセージはショートメッセージで書かれており、この他にもいくつかの暗号化されたデータも送られていた。そのデータを見たガーディアンは別の意味でも驚いた。
「これが、パルクール・サバイバーの真実なのでしょうか?」
男性スタッフは隣にいたオーディンに質問をしようとしたが、彼は全く答えるような気配ではない。おそらく、想定外の事が向こうで起こったと言うべきなのか。その情報を確認したオーディンは指令室を出て行き、別の場所へ向かおうと考えていた。
2017年1月、突如として公式ホームページを含めて電撃発表された『パルクール・サバイバルトーナメント』だが、順風満帆と言えるようなスタートではなく、最初は手探り状態が続いたのだと言う。
以前から何回か行われたロケテスト、ガジェットのコンパクト化、フィールドを提供してくれる市町村を探す等の苦労が連続した。「より安全に、よりスタイリッシュに」のキャッチコピーが考えられたのも、この辺りと言われている。
しかし、1月中旬から2月上旬辺りにかけて『ある事件』が発生した事で全ては変わったと言っても過言ではない。
それは、パフォーマンスを目的として危険なアクションを披露する集団が出現した事だ。命綱なしで高層ビルに上るような分かりやすい物ではなく、空中浮遊に近い物、ビルとビルの間を飛び乗る、更にはビル内におけるランニングなど。
別件ではあるが「道路の追加舗装が必要になった」や「家の瓦が何枚か割れてしまい、何処に請求すればいいのか…」と言う声も寄せられたと言う。認めた足立区に関してもクレームが相次いだ。
極めつけとして【パルクール・サバイバルトーナメントを廃止して、超有名アイドルの博物館を作る署名を集めよう!】というつぶやきが一時期に広まり、これに対して鎮静化を求めるファンもいた位だ。
このままでは社会問題になる事も避けられないと判断した運営は、遂に奥の手とも言うべき物を発表する事にしたのである。
2017年2月、当初の計画を前倒しにする形でランニングガジェットの正式版を発表し、今後はランニングガジェットを必須にするという発表を行った。
「これによって、危険なアクロバットパフォーマンスが減る事を祈る」
これが根本的な解決策になるかどうかは疑問の声が上がった。ランニングガジェットの安全性は非常に高く、大事故が起こる可能性は減るだろう。それでも事故は起こる可能性は否定できない。データだけでは分からない事も多いと断言するネット住民も多いのは事実。
【どう考えてもSFで見かけるようなパワードスーツじゃないのか?】
【それに加えてブースターユニットも必須となると、パルクールには不向きになりそうだ】
【スポーツ番組でもパルクールに近いようなアクションが求められるような競技もある。それを踏まえても、これはおかしい】
パワードスーツに関しては賛否両論があった。アクションには足かせになると言う意見が大半で、賛成派は非常に少ない。
「これではパルクールではなく、特撮物アトラクションだ」
パルクールを日本に広めようと考えている人物も、こうした意見を残す位である。しかし、実際のニュースでは反対派よりも『住民の意見を取り入れてくれた』や『スーツのデザインがかっこいい』といった意見を拾っており、反対派の意見は意図的に消されたとまで言われる位だった。
そんな中で、ランニングガジェットのトライアルを撮影した動画が流出と言う事件発覚した。2月上旬の事である。
【これが、ランニングガジェットなのか?】
【あれだけの動きが出来る物とは思わなかった】
【反対派の意見が嘘みたいに動く。それに加えて、環境にも配慮された太陽光システムの装備も大きい】
動画に対する意見は反対していた勢力が、賛成派に寝返るような手のひら返しが行われ、それが逆に注目度を上げる結果となった。
こうした意見が圧倒的となり、ランニングガジェットも最終的には受け入れられる流れとなる。アンテナショップでの予約開始のニュースでは長蛇の列が報道番組に取り上げられ、それも予約数増加に貢献した。
その一方で一連の動きをマッチポンプだと考える勢力も出始め、それに加えて炎上狙いの超有名アイドルのファンも騒動に参戦、パルクール・サバイバルトーナメントを巡る争いは激化していく流れとなった。
2017年3月、プレイヤーに混ざって超有名アイドルファンが炎上目的で違法ガジェットを使用、ランキングを荒らしていくようになった。こうした動きを未然に防げたはずなのでは―と運営に批判も集まる一方で、こうした動きを察知している組織もあった。
「これを運営が察知するのは不可能だろう」
「超有名アイドル勢は、自分達のコンテンツが生き残れば他のコンテンツは見向きもしない。日本を完全に私物化し、最終的には地球も支配するのは時間の問題」
「我々が誰もやらないような事をすればいい」
一部のパルクール・サバイバルトーナメント参加者が運営へ相談を持ちかけ、そこからパルクール・ガーディアンが誕生したとも言われている。しかし、この真相に関しては運営からの報告もない以上、ネット上の噂レベルで片づけられてしまう。
その為、ネット上では最有力説を組み合わせた結果、『チートを塗り替えるような力を持った上級者プレイヤー、通称ランカーによるランキング制圧』という説が浮上する。
それが独り歩きをした結果が今日のパルクール・ガーディアン、夕立やランスロットを初めとしたネームドランカーが生まれる土台となったのだ。
しかし、全てのプレイヤーがランカーの存在を認めている訳ではない。純粋にゲームを楽しみたいエンジョイ勢等にはランカーの存在は敵同然であり、同じARゲーム内に派閥が出来ているような状態だった。
「自分でも分かっているつもりだ。パルクール・サバイバルトーナメントも、他のARゲームも派閥が存在するのは宿命だと」
先頭集団に追い付こうとしている蒼空は考えていた。結局、一つのゲームで全員が同じ考えを持ってプレイしている訳ではなく、それこそ十人十色の思考や楽しみ方を持っていると言う事を。
そして、彼が第1チェックポイントへ辿りついた時、その光景を目撃する事になる。