第4話:パルクール・サバイバルトーナメント
2015年1月3日午後4時16分付:誤植修正。は喰い→白衣
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2015年5月9日午後10時27分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
4月5日午前10時、事務所内にて偽メダル事件を受けての記者会見が開かれていた。そこで事務所の社長が自分達は無実であると公表。その上で会見の場を利用し、予想外の事に関して言及する。
『今回の一件は超有名アイドルを抱える大手芸能事務所1社による陰謀であり、所属アイドルを引き抜こうという動きが見て取れる』
『その為、今回の偽メダル転売事件は本物のメダルを販売するコンテンツ会社と我々を同時に潰そうと考える―』
その後に何かを続けようとした社長は動きが止まったかのように倒れたのである。そして、数十秒後に再び置き上がるのだが、その様子は先ほどとは大きく異なっていた。
その原因はカメラのフラッシュが原因と言う事で倒れただけと説明され、救急車を呼ぼうとしたマスコミも早とちりと言う事で連絡を取りやめた。
しかし、単純にフラッシュが原因で倒れたとは思えないような発言がこの後に飛び出すとは予想にもしてなかった。
『話を続けます。偽メダル転売事件に関しては、本物のメダルを販売するコンテンツ会社が我々を潰そうとした陰謀です!』
この話を聞いたマスコミは動揺をし始めた。先ほどと言っている事が全く違う。それに加えて、一部のマスコミは今回の事態を想定していたかのように冷静な反応で取材を続ける。一体、これはどういう事なのか?
それに関して別の新聞社が質問をした所、想定外とも言える発言を行ったのである。
『この陰謀に関しては、もうひとつの首謀者がいます。それは、男性超有名アイドルのBL作品を書いている勢力―。彼らは様々な事情で超有名アイドルではなく、違う漫画作品の非BL作品を利用してBLの夢小説を書き、更にコンテンツ業界を混乱させています』
『その動きを察知し、正しい方向に導いているのが超有名アイドルグループのサマーフェスティバルです! 彼女達は音楽業界に現れたジャンヌ・ダルク……間違いなく、コンテンツ業界における英雄なのです!』
この後も質疑応答が行われたが、宣伝と言う事に関しては『全く違う』と否定している。
午前12時、この記者会見に関してのニュースは全く取り上げなくなっていた。それだけではなく、社長を含めた関係者が一斉に逮捕され、事務所も無期限活動停止という趣旨のニュースも一緒に報道されている。
『今回の一件を受けて、サマーフェスティバルの芸能事務所は関与を否定、事務所側の独断で行われたパフォーマンスであると―』
ニュースの報道をチェックして、ため息をしていたのは竹ノ塚の自宅でお昼を食べていたのは、身長170センチ、黒髪ロングの女性である。自宅は一軒家なのだが、一人暮らしと言う訳ではなくシェアハウスに近い雰囲気でもある。
一軒家には違いないが、実際は廃業したゲームセンターをリフォームした物である。そこには、一部の音楽ゲームも置かれており、それらは実際にプレイ可能と言う状態だ。彼女のいる部屋は防音設備が完璧であり、隣のゲーム部屋からの大音量が漏れてこないのは非常に大きい。
テレビの置かれた部屋は食事部屋でもあり、キッチンも冷蔵庫を含めて完備、自炊も可能だ。その一室には別の女性がお昼を食べており、彼女はきつねうどんをすすっている。
「まさか、違法ガジェットを売りさばくバイヤーだけを狙うはずが……こんな事になるなんて」
彼女は、ある行動を終えてからは別のゲームセンターへ向かった。その後は自宅へ戻り、現在に至る。今回の件に関しては報酬を出すという事だが、彼女は納得がいかないようだ。
【報酬は何時もの所に入れておく。引き続き違法バイヤーの駆逐を頼む】
依頼人からのメールは来たのだが、今回の大事件に関してはコメントがない。あえて黙っているつもりなのか、首を突っ込むなと言う警告なのかは定かではない。
「しかし、違法バイヤーが他のARゲームにも進出している事実は変わりない以上、今はバイヤー駆逐と違法ガジェットの摘発が急務か」
テーブルに置かれた焼きそばを食べ始め、彼女はテレビのチャンネルを別のニュースが放送されているテレビ局へ合わせる。
『臨時ニュースをお伝えします。先ほどサマーフェスティバルが中堅のARゲーム専門メーカーと提携する事が発表されました』
ニュースを合わせたタイミングで臨時ニュースが報じられ、そこには芸能事務所社長が中堅のARゲーム専門メーカーと提携する事を発表していたのである。これには、彼女も衝撃を受けた。
このニュースによると資本提携だけではなく、サマーフェスティバルを題材としたゲームを開発する事も同時に発表、更なる業界の発展が期待できると言う事らしい。社長以外には誰も姿を見せていない為、おそらくは何かの陰謀ではないかと考える人物がいる可能性もある。
ここまで来ると、超有名アイドルが日本の経済にはなくてはならない要素―とまで言える状態なのは間違いない。しかし、それは幻想でしか過ぎないのは彼女には分かっている。
「阿賀野菜月か。彼女を放置するのは危険だが、依頼人からは放置しておけと指示されている以上は手が出せない」
上条静菜、彼女は依頼人からの依頼で動く本格的なハンターなのだが、殺人依頼は一切受けないARゲーム専門の凄腕スナイパーなのである。
過去には複数の事件を解決していくのだが、その背後にあったのは超有名アイドルの芸能事務所だった。彼女と超有名アイドルには切っても切れない縁があるのだろうか。それを上条自身が語る事はない。
上条も阿賀野菜月に関しては危険視をしている。彼女の思考には超有名アイドルを全て排除し、別のコンテンツを立てれば解決するという単純な野望が見え隠れするからだ。その為、今回の違法バイヤーに関する一件に関しては納得がいかないのである。
違法バイヤーを駆逐したはずが、その正体は芸能事務所のプロデューサーだったという事実。芸能事務所が行った違法行為を間接的にだが表面化させてしまった事に、悔しさがあふれていた。依頼人が阿賀野と言う訳ではないが、彼女によって踊らされている事は否定できないだろう。
「どちらにしても、超有名アイドルの放置はリスクがあり過ぎる。このままでは、日本のコンテンツ業界は崩壊のシナリオを選択する事になるかもしれない」
食事を終えた上条は、後片付け後はゲーム部屋の方へと移動していき、そこでいくつかの音楽ゲームを食後にプレイする。
午後1時、パルクール・ガーディアンはあるレースへと電撃参戦していた。これに関して、ネット上では予想通りの祭り状態となっている。
【ガーディアンが出るのか?】
【覆面参戦で違法ガジェットを取り締まるのは過去にあったが、名前を出して参戦するのは初だな】
【しかし、夕立ではないのが気になる。彼女は姿を見せないのか?】
【彼女が姿を見せるケースは滅多にないだろうな】
【夕立ではないにしても、その実力はかなりの物。警戒する必要性はあるだろう】
エントリーが確認されただけでも、この盛り上がりになっている。会場の熱気も通常の3倍と言っていいほどの盛り上がりだ。
5分後、レース会場に姿を見せたのは白をメインカラーとしたアーマーを装着した青年だった。彼は銃型のガジェットを持っており、それ以外にも背中にレールガンをマウントしている。
「周囲は夕立を期待していたようだが―」
彼はメットを外すことなく、観客のいる方角を見渡す。そして、指定のライン上に待機する。別ラインには他のランナー等が待機をしており、パーツのチェックを行っている。
このパーツチェックはレース前とスタート直前に行われ、以上反応を示した場合は該当するランナーを除外した上でレースを開始する。一種のフライングよりもペナルティとしては重く、違法ガジェットでも使用しているのであれば失格も避けられない。
しかし、こうしたチェックを逃れる為の違法パーツも既に流通している為、精度を向上させて違法プレイヤーやランナーを減らしていくという事である。
この違法パーツのチェックには運営スタッフが立ち会い、正常にチェックが行われているかを確認している。これはチェック担当者が賄賂をもらって違反を見逃してもらうというケースを防ぐ為であるのだが、そこまで行う必要性がないという意見も存在していた。
『皆様にお知らせします。先ほど、4番、8番の選手に違法ガジェット使用の疑いがありチェックした結果、失格処分となりました。繰り返し―』
この放送を聞いた観客は「予想通り」や「知っていた」のような表情を見せている。競馬等の様にギャンブル化している訳ではないのだが、超有名アイドルがランキング独占をする為に違法ガジェットやチートを使うと言うのが常識と言う認識が広まっているのかもしれない。
午後1時15分、レースはリザーバーの選手を入れる事で定員の16名でスタートし、ガーディアンの選手が圧勝と言う結果になった。彼の実力がチートによる物ではないのは観客も認めているが、納得していない選手もいる。
「ガーディアンが強力なガジェットを使用している疑惑がある」
ある選手が1位となったランナーに対して意見する。それに対し、割り込みをかけてきたのは2位の選手だった。彼はリザーバーからの出場組なのだが、今回が初めての参戦となる。
「彼がチート能力を持っていれば、レース前のチェックで止められる。仮にレース中でガジェットをすりかえるとすれば、不審人物を運営が見逃すはずがない。違うか?」
彼の言う事も一理ある。不審人物がいればセーフティーカー的な意味でレースが中断するはずなので、それがないという事は正常に進んだ事と同じ。その彼を信じ、他のランナーも今回は引き下がる事にした。
「ありがとう」
ガーディアンの彼は、この一言だけを残して別のレース場へと向かう。もう一方の人物も、何かを確認したかのようにレース場を後にした。
午後1時20分頃には今回のレース動画が公式でアップされ、その再生数は瞬間で10万再生を突破する程の展開になった。
【ガーディアンにチート疑惑が浮上する事自体がおかしい。超有名アイドル勢の陰謀説と言わざるを得ない】
【彼らの装備は初期装備をカスタマイズした物と言う話があるのだが、本当なのか?】
【ワンオフ機体に関しては存在が確認されているが、試作段階や使用者に危険が伴うと言う事で凍結された物もあるらしい】
【そう言えば、夕立を追いかけていたらしいガジェットがプロトタイプの1体と聞いたが】
【あれだけの能力を発揮していたら、要人暗殺用に使用される可能性を考えないのか?】
動画の下にあるコメント欄には無数のコメントが書き込まれ、そこにはガーディアンの使用するガジェットが要人暗殺や戦争に使用される可能性を懸念する物もあった。
午後1時30分、西新井で行われるレースでもガーディアンが姿を見せており、別の複数会場同様に盛り上がりを見せる。
【こちらには夕立が出ているらしいぞ】
【そっちを生で見たかった】
【ガーディアンはどのメンバーも強豪と言うべき実力を持っている。油断は出来ないだろう】
つぶやきサイトのやりとりを会場から若干離れたゲームセンターで確認していたのは、阿賀野菜月である。この場所に来た理由は不明だが、分かるとすればレースへの参加ではない事だけだろう。
「夕立が参加するのか。他のガーディアンは別任務を行う間、夕立を初めとした有名ランカー勢はレースへ参戦。おそらく、目的があるとすれば超有名アイドルの関係する施設の強制立ち入りか、あるいは―」
麻雀ゲームをプレイしつつ、つぶやきをリアルで監視しようとも考えたが、そこまで器用ではない為、待機用のベンチに座ってスマートフォンをチェックしている。
「どちらにしても、本格的にガーディアンが動くとすれば別の勢力待ちの可能性は否定できない」
若干ため息交じりにスマートフォンを眺める阿賀野だが、しばらくすると別の客が姿を見せた。このベンチはオンラインカードゲーム専用の待機列の為、実際にはプレイする人が座る仕様になっている。その為、急用が出来たような表情で阿賀野は席を立って別の筺体へと移動し始めた。
午後1時32分、レースはリザーバーなしの16名でスタートすると思われたが、その内の2選手がスタート直前にシステムトラブルを訴える。
『ただいま、システムトラブルを訴える非常警報が作動した為、レーススタートを見あわせしております』
放送が流れると、会場に動揺が広まっていく。トラブルの起きたガジェットを確認しようとした夕立だったが、既に2選手の姿はなく、リザーバーなしの14名でスタートする事になった。
「伝達が遅れましたが、あの2選手は巧妙なチート隠しが発見されたので失格処分にしたとの事です」
夕立の目の前に現れたのは、運営スタッフの男性である。彼は夕立に別の何かを渡そうと考えていたが、それすらもチートと言われる可能性がある為に後ほどメールをする事になった。
午後1時33分、公式発表でスタートは35分になると言う放送が流れた。一部の観客は売店で飲み物を買いに行く、別レースの速報をチェックする等の行動を取っている。
【システムトラブルの件は、こちらでも調べている。詳細が分かればレース後にでも連絡をする】
夕立はショートメッセージでガーディアン本部へメッセージを送り、その返事が先ほど届いた。向こうでも気になる事があって調べていたらしい。
午後1時35分、レース開始、スタートダッシュは夕立ではなく超有名アイドルファンと思われるカラーリングをしたランナーがトップとなった。夕立の方は様子見と言う訳ではなく、何かのトラブルを抱えているような不安定な走りである。
「一体、何が起こったと言うのか?」
他の選手2名と同じ症状が自分にも起きたのか、それとも別の電波障害などなのか…夕立は悩みつつも走り続ける。序盤のコースは直線距離に加えて障害物としてコンビニ等が設定されており、このタイミングならば…と考えた。
「!?」
コンビニから出てきた通行人が屋根の上を通過していくランナーを見て驚く。重装備のランナーも通過していくので屋根が崩落しないかという心配もあったようだが、実はちょっとしたトリックがあって崩壊しないようになっている。
「何時まで経っても距離が縮まらないって、一体どうなっているの?」
夕立が2名の先頭グループを追跡するのだが、差が広がって行くばかりで縮まるような気配はない。こうなってくると、先頭集団にチート疑惑が浮上するのだが―。
《エリアオーバー! コースを大幅に外れています》
夕立のバイザーに表示されたのは、エリア外を示すメッセージだった。このメッセージは運営側で設定したコースから大幅にずれた場合に表示される物であり、コース設定されていないフリーレース等では表示される事はない。
「なるほど。そう言うトリックだったのか―」
彼女は何かに気付き、急いでナビに最短ルートを計算させるのだが、今度はナビのGPSが反応しないというトラブルに見舞われる。下手にトラブルが連続すれば、セーフティーカーを出す事態になってレースどころではなくなる。
「ならば、これでどうだ!」
夕立が展開したのはオプションのフライングユニットである。本来であれば飛行ユニットの使用が可能な特殊ケースでのみ使用が許可される物で、滅多には目撃できないレア装備だ。
一方で、ホバリングに近い高速飛行で移動する夕立を目撃した工作員らしき人物が何処かへと連絡を入れた。直接通信ではガーディアンに気付かれる為、SNS経由でメッセージを送る。
【夕立がフライングユニットを使用して、そちらへ向かっている。下手をすればトップが入れ替わる】
しかし、このメッセージがトップを走っていた2人に届いている頃には―何と2人は同じくショートカットを仕掛けていた別プレイヤーに襲撃されてリタイヤになっていたのだ。
それから10分が経過した頃には夕立が逆転1位になったという動画がネット上でアップされ、そこでチートを使用した超有名アイドル勢が逆に晒された。これには衝撃を受けるファンも多かった一方で、冷静なリアクションを取る人物もいる。
「チートが広がりを見せる事で衰退したオンラインゲームは数知れない。そう言った勢力は、大抵が超有名アイドル以外のコンテンツを排除しようと動く勢力である事が分かっている―?」
襲撃した別プレイヤーの情報を探していた阿賀野だったが、結局は発見できずじまい。そして、晒しにあった超有名アイドルファンの裏付けをした所で、驚くべき情報を発見した。
「今回の超有名アイドルのあぶり出しは他の勢力が夕立を誘い出す為の技が、逆に利用されたという事か」
どうやら、夕立の出場したレース自体が別勢力による罠がコース上に仕掛けられており、超有名アイドルファンが夕立を捕まえる為の罠に引っ掛かったという事である。
「この真相もわずか30分弱で消された事を考えると、アカシックレコードを手中に収めようと言う勢力が情報操作に動いているという事か」
この後、周囲にも分からないような話を阿賀野がつぶやく。そして、彼女はゲーセン巡りを再開した。
午後2時、他のガーディアンが活躍をしている頃、センターモニターでは臨時ニュースと思われるテロップが流れていた。
【パルクール・サバイバルトーナメント運営と提携を検討していた芸能事務所が、直前で提携案の撤回を発表。株価に影響するという株主の意見を反映した模様】
このニュースを見た野次馬達は急にどよめきだした。どうやら、ニュースをあらかじめ知っていたという可能性もあるが、それ以外にも何かあるような様子だった。
【あのニュース見たか?】
【提携案の撤回だろ? あれは超有名アイドルの芸能事務所からの圧力らしい】
【某年末の歌合戦も似たような傾向で当確と思われたアイドルが落選したという話がある。もしかすると、それの絡みか?】
【そう言った恨みで動くような案件ではない。パルクールにも超有名アイドルサイドが投資すると言う話が出ている以上、競争が激しくなると考えて撤回したのだろう】
【それだったら、尚更矛盾する。パルクール・サバイバーとパルクールは競技こそ似ているが、ジャンルが全く違う。パルクールはスポーツに対し、サバイバーの方はゲームだろう?】
【それは一理ある。2D格闘ゲームと3D格闘ゲームの様な差別化ではないが、パルクールとサバイバーは扱う題材が同じでも、ルールは大きく異なっているからな】
【しかし、提携に関しては大分前から出ていたはず。それを、今のタイミングで弾いたのが分からない】
【このニュースを表面化させたいが為に仕組んだとか?】
【どちらにしても、超有名アイドルによるコンテンツ独占支配という構想が現実化するのか―】
【コンテンツ業界におけるディストピア支配か】
つぶやきサイトには、この件に関しての意見が飛び交っていた。パルクール・サバイバーの私物化防止と言う部分で歓迎する意見もあったのだが、超有名アイドルによる圧力を不安に思う意見が多数を占めていた。
その一方で、アカシックレコードの存在に関して考える意見も一部存在したのだが、謎の記述削除が行われ、該当ログは確認する事が出来ない。
午後3時、上条はパソコンとにらみ合いを続けている。ブラウザゲームをプレイしていたという事もあるが、それとは別に超有名アイドルの動きが気になっていたからだ。
【過去に起こった超有名アイドル事件と、現在の事件の関連性について】
上条が確認していたのは超有名アイドルの事件を扱ったサイトであり、そこには上条が過去に解決した事のある事件も入っている。
「あの時に超有名アイドルファンが起こしたサバイバルゲーム専用ビルを占拠した事件、これと同じようなケースの大規模事件はここ数年では起こっていない」
サバイバルゲーム専用のARゲーム施設、それを過去に超有名アイドルファンが別のアイドルを誘拐するという形で事件は起きた。この事件でさらわれたアイドルを助ける為、上条は単独でビルへと潜入する。
しかし、この事件は超有名アイドルAによる犯行と見せかけた、アイドルグループBのBL夢小説を書いている勢力による物であり、ある意味でもマッチポンプと言われても問題がない物だったのだ。
アイドルグループBは解散すると思われたが、当時の政府が事件を揉み消し、一部の某バレー漫画のBL夢小説勢による犯行にシナリオを書き換える。それに関しても、上条が事件の真相を知った事でもみ消しを図ろうとした政治家の犯行を暴く。
最終的には該当する芸能事務所の献金を受けていた与党政治家が大量に逮捕され、国会が総辞職に近い状態で空洞化、当時の野党が国会を―という流れになった。
しかし、この事件に関してはハンターを運営する組織が『超有名アイドルの悪行を、今のタイミングで世界に配信すれば地球は混沌の渦に飲み込まれる』と真相に関しては伏せる形を取られた。
上条は組織の決定に従って情報を外部に漏らさないようにするのだが、この情報は別の勢力に手渡された後だったのだ。
「未だに情報を売り渡した組織の存在は明らかではないが、それがパルクール・サバイバーに関係する事は確実。彼らが超有名アイドルとの提携を拒否するのも―」
そして、上条はサイトを一通り確認した後、再び別ブラウザで起動していたブラウザゲームを再開した。
午後5時、パルクール・ガーディアンはさまざまなエリアをチェックした結果、複数のアイドルグループ関係者を逮捕する事に成功、そこからさまざまな裏金作りの実態が判明する。
『先ほど、芸能事務所複数に対して逮捕状が―』
【予想通り】
【予想通り】
【予想通り】
【予定通り】
【予定通り?】
つぶやきサイトでは間違い探しを思わせるような書き込みが複数発生する程、今回の事件が大きい事を物語る。しかし、これで事件が全て解決したわけではないのは百も承知だ。
「サイトの反応も予想通り。今回の事件によって、超有名アイドルや芸能事務所に潜む闇が明らかになる事の方が大きい」
自宅の居間にある大画面テレビでニュースを見ているのは阿賀野である。彼女はゲーセン巡りを終えた後は自宅へ戻り、コンビニ弁当をレンジで温め、それをつまみながらタブレット端末でニュース実況をチェックしていた。
「この闇が明らかになった事の意味、分からない訳ではないだろう。超有名アイドルがコンテンツを独占する事は、政府与党を増長させ、そこから惨劇へ発展する事は確定的に明らかだ」
レンジで温めた弁当はのり弁当なのだが、じゃがいもコロッケとちくわ天、焼きそばがトッピングされた物。コンビニオリジナルメニューとの事だが、コロッケの食感がサクサクでフライドポテトを思わせる味も特徴だろうか。
「どちらにしても過去のアイドルが行っていたグレーゾーンを国会で公認させ、そこで得た資金で政治家へ献金する―そう言った事が平気で行われ、それに異論さえも唱えない」
阿賀野はテーブルに置かれた緑茶のペットボトルに口を付ける。その後はテレビのチャンネルを別の番組に合わせるのだが、そこでも同じようなニュースが報道されている。
「パルクール・サバイバーがコンテンツ業界を変えると言うのであれば、本当の意味で変えて欲しい所だ」
彼女の目には何かに取りつかれたような気配も受け取れる。何が彼女を超有名アイドルが悪の存在だと決めつける事になったのか。それがアカシックレコードと関係があるのかどうかも、本人にしか分からない。
午後6時、この辺りになると空も暗くなっている。その中でもパルクール・サバイバルトーナメントは行われていた。むしろ、ナイトレースにこそ真髄があると言うネット掲示板のコメントもある位に。
ナイトレースでは太陽光充電が使えない為、チェックポイントにはバッテリーゾーンと言うピットゾーンが設置されている。このエリアでの戦闘行為が確認された場合、該当者は失格になる為に迂闊な行動は自殺行為だろう。
それに加え、ナイトレースではビルの駆け上り等と言った一部アクションは制限されている。これは近隣住宅の騒音問題に配慮した物になるのだが、別の理由として夜間の視野が狭い状態での危険なアクションは事故につながると言う事も含まれている。
装備にも制限が付いており、いわゆる暗視ゴーグル機能が禁止されている。これにも理由が存在し、圧倒的なアドバンテージが取れると言う物だ。しかし、暗視ゴーグル自体が犯罪に悪用される可能性もあっての制限と考える人物も少数だが存在するのは事実。
「さすがに夜間では年齢制限も付けられるから、一部のネームドプレイヤーはいないか」
「ネームドだけではない。ランカーの中には午後5時台までしか参加しないプレイヤーもいる。理由は人それぞれだが、夜間専用ランカーもいる以上、仕事の都合かもしれない」
2人の男性は雑誌の記者で、スポーツ雑誌を担当している。今回は、珍しい競技が行われているという事で取材をかねて梅島近辺にやってきた。
「夜間となると、観客も少ないように見える。屋内観戦がメインなのか?」
「パルクール・サバイバルトーナメント専用の観戦スペースは存在するが、それでもプレミアム会員限定だと聞く。一般客の場合は、他の店舗でスマートフォンでの観戦がメインかもしれない。あるいは、防寒装備で観戦するとか」
「それにしても、パルクールと言うと夜間には行わないイメージがあるのだが、サバイバルトーナメントの方は夜間にも行うのか?」
「サバイバルトーナメントは基本的に午後10時まで行われる。それ以降はコースメンテナンスや道路解放等が行われる。朝は7時からと言うケースが多いようだが―」
2人が話をしている内にレースが始まり、12人のプレイヤーが夜の街を走り抜けていく。
午後7時、あるアンテナショップではレンタルガジェットの整備が行われていた。お客も50人位が入店しており、繁盛をしているように見えるのだが、メインはナイトレースの観戦だ。
「データを確認しましたが、恐ろしい人物ですね」
店員の隣でガジェットのデータを確認していたのは、黒髪のセミロングに白衣と言う男性、オーディンである。
「自分達も正直言って驚きました。まさか、あの仕様書で調整したガジェットをライセンス未所持のプレイヤーが…」
「ライセンス未所持? それって、どういう事ですか?」
男性スタッフのさりげない発言を聞き、オーディンは真相を聞こうとする。そして、スタッフはその経緯を自分が知る範囲でオーディンへ話す。
事情を聞いたオーディンは、その経緯にも驚いたのだが、それ以上にあっさりと動かして見せた蒼空に関しても興味を持ち始める。
「Aという格闘ゲームをプレイしていた格闘ゲーマーがBというシステムの似た格闘ゲームに対し、初プレイなのかと驚かせる連続コンボを披露する等と言う一例もあります。もしかすると、彼も元々はパルクール経験者なのでは―」
「それは違うな。後日、IDのゲーム履歴を見せてもらったらしいのだが、それらしいゲーム名はなかったらしい。本物のパルクールプレイヤーだったら、協会の方でも認識しているはずだ」
オーディンは別のゲームをプレイしていた事で、超絶テクニックを出しやすかったのでは…と考えたが、スタッフはそれを否定する。それだけではなく、彼はパルクールに関しても未経験らしいという事まで判明した。
「それにしても、あの仕様書は阿賀野菜月を想定していたカスタマイズなのに、アレをあっさりと動かせるなんて」
男性スタッフは阿賀野専用にカスタマイズしたガジェットを動かして見せた蒼空に対し、驚くしかできなかったのである。それに対し、オーディンも噂には聞いていたが、ガーディアンへ入らずに独自行動を続けるランカーもいると言う事実に驚いた。
「そう言えば、蒼空という人物、今は何をしているか知っていますか?」
オーディンはさりげなく尋ねる。しかし、個人情報に当たる話は機密事項と言う事でスタッフは話したがらない。スタッフの方もしつこく迫られるのは印象を悪くすると言う事で、一つだけ教える事にした。
「無免許でガジェットを動かした事でライセンスの新規発行が一時停止、その期限が切れるのが明日だ。もしかすると、西新井の施設へ顔を出す可能性があるだろう」
それを確認したオーディンは、別のアンテナショップへ向かう為にここを離れた。スタッフの方も大急ぎでガジェット修理を急がせる。
午後10時、最後のレースも終了してパルクール・サバイバルトーナメントの1日は終わった。この後は通行止めエリアの解放、パルクール専用エリアの整備、ガジェットの修理、ランキングの集計などで忙しくなる。
本来であれば24時間プレイ可能環境を作る事は可能だったらしいが、技術面で不可能と言う事で午前8時から午後10時までの時間を設定した。年末年始は休業にせず、元旦に個人大会を開催する事も可能だ。
【これほどのシステムを持っているのに、何故に日本はパルクール・サバイバルトーナメントをコンテンツ推進プロジェクトから外したのか?】
ネット上では、パルクール・サバイバーが日本のコンテンツ推進プロジェクトから外された件について議論が展開されていた。これに関しては別のARゲーム等でも議論になった事があり、それが浮上する度に『超有名アイドルが日本を代表するコンテンツであると誰もが信じている』と冷ややかなムードになる事が多い。
それでも、パルクール・サバイバーに関してはプレイ人口が増えていくにつれて注目されていき、色々な所でニュースになる事もあった。この辺りを有名税と考える人物もいたが、それはそれでさみしいというファンもいる。トータルバランス的にも難しい課題だ。
しかし、超有名アイドルでも襲撃事件が起こった際には様々な賛否両論が展開され、その度に言われてきた単語がある。その単語が浮上しない事に対し、阿賀野菜月はある陰謀があるのではないか、と考えだした。
「アカシックレコードを『なかった事』にしようという超有名アイドルの圧力が、今回のパルクール・サバイバーで展開されようとしている」
アカシックレコード、ネット上では存在するはずがないと否定されている存在、それがどのようなものかは諸説あるのだが、未だに実体は掴めていないのが現状だ。
果たして、アカシックレコードは阿賀野の作り出した造語なのか、現実にあるのか。真相は不明である。