第23話:アカシックレコードの正体―ラウンド3―
>更新履歴
2015年5月9日午後11時33分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
決戦前日の5月27日午前10時、遂に予備予選が始まろうとしていた。西新井大師付近に設置されたスタートライン、それぞれのポジションには40人程の強豪ランカーがレース開始を待ち望んでいる。
『それでは皆様に、簡単なルール説明をいたします―』
スタートラインに選手がそろった所で、周囲に設置されたスピーカーからはおなじみの口調とも言うべき実況担当の太田さんの声が聞こえる。
やはり、彼の姿を目撃する事は不可能らしく、どうやって1万人以上は集まっていると思われる西新井から実況席へ向かえたのか……謎は深まるばかりだ。
今回のコースは西新井大師の周囲を外回りに……と言う訳ではなく、一般道を一回りするコースのようだ。周回は3周、コース取りに制限はないが西新井大師を含めた一部建造物には特殊フィールドは展開できない為、損害が出た場合は傷つけた本人が失格となる。
それに加えて、今回はバトル可能ルールとなっており、バトルによって相手を倒しても問題はない。ただし、撃破されたからと言って失格にはならず、10秒のリスポーンタイムの後にレース復帰、撃破による減点はない。
ガジェットの交換に関しては所定のピットエリアで行う分とレース前にランニングガジェットに装備している分は問題なし、それ以外ではペナルティを取られるとの事。
『今回のレースでは、特定選手を限定した集中攻撃、談合や八百長と判断されるようなプレイが確認された場合、該当選手の失格及び次回のランカー王への出場権利を失います。これは、2次予選、本選と共通になる模様です』
実況から語られた新ルール、それは談合や八百長と特定される行為、特定選手限定のピンポイント攻撃は禁止されるようだ。これによってレースの面白みが半減すると言う事で追加されたルールだが、周囲からは困惑の声も聞こえる。
ルール紹介後は各メンバーが発走準備を行い、午前10時10分にレースはスタートした。フライングや違法ガジェットによる仕切り直しもなく、順調な出だしとも言える。
【誰が勝ったとしても、最終的にはスコアを集計して上位に入らないと予選通過にはならないようだが――】
【本命はビスマルク、ジャンヌ・ダルク、秋月彩と言う気配がする】
【アマチュア出身の選手はどうだ? 彼らならばパルクールだけではなく……】
【サバイバーは、あくまでもサバイバー。そう言う認識だ。パルクールとルールが似ていると言って勝てるほど甘くはない】
【しかし、ARゲーム出身者は夕立を初めとした上位ランカーも存在する以上、何らかの優位はありそうだな】
【ARゲームとは根本的な個所が違う。確かにARゲーム出身者が適応しやすいのは認めるが、全ての上位ランカーが当てはまる訳ではない】
【蒼空かなでの事例もある。ARゲームのブランクがあったりすると、事例からは外れるだろう】
さまざまなつぶやきが流れるのだが、レースの実況に関する物は流れてこない。これは、サーバー負荷を考慮して別のサーバーで行われている為、こちらではレース内容に関しての言及は自動的に仕分けられるようだ。
レースは前半コースの地点でリタイヤが続出するような事はなく、正常に進んでいるのが分かる。ネット上の実況でも、特に混乱した様子はない。観客の方でトラブルがあったという報告も入ってはいないのだが……。
「万が一という事もあるが、こちらで何か手を打っておくか?」
各チェックポイントの様子を監視カメラで確認するオーディンは、隣でデータの整理を行っている内山提督に対して尋ねる。
「その必要性はないと思います。既に運営で手を打っていますので。」
内山提督の方は、データ整理の片手間で淡々と答える。策を考えているのであれば、とオーディンは部屋を出て行き、自動販売機のある場所まで移動をする。
【超有名アイドルに莫大な投資をしたアイドルファンが不正投資の疑いで逮捕】
移動の途中でセンターモニターがあったので、そこで足を止めるとニュース速報が流れていたのである。そこでは超有名アイドルに投資をしたファンが逮捕されたというニュースが報じられている。
「大物政治家が芸能事務所からの不正献金を認めた事で、超有名アイドル投資規制法案が時限式として可決されたが……」
国会を超有名アイドルが支配していた現実を直視し、オーディンは改めて超有名アイドルのブラックファンに対する敵意をむき出しにしていた。これ以上放置すれば、風評被害は避けられない。
一方で、予備予選が行われている中、自宅でデータの整理を行っている花澤提督は、闇のアカシックレコードである記述を発見した。
【秋元率いる超有名アイドル勢力が駆逐されたとしても、第2、第3の超有名アイドル勢力が再び日本のコンテンツ産業を闇に覆うだろう】
いわゆるテンプレ文章である。確かにイリーガルを逮捕する事に成功し、アイドルへ投資していた一部のブラックファン、政治家なども一掃できた。
しかし、これで本当に幕引きがされたのか、花技提督は疑問を持つ。
「結局、何処までのラインを認めるべきか……それが超有名アイドルやヴィジュアル系の夢小説勢の暴走を生み出した。サバイバーの動画にしても迫力のある物を視聴者が求めた結果、あのアクロバット事件が起きたと言っても過言ではない」
アクロバット事件、それはランニングガジェットが採用される前、夕立がコースを通過している途中、無理なアクションを披露しようとした事で事故になったという物である。
幸いな事に夕立自身は軽傷だったのだが、それでも運営に与えた影響は非情に大きい。大事故につながる前にアクロバットに関して規制を行い、更にはランニングガジェットの実装も同時発表、現在のパルクール・サバイバーの原型は一連の事件から生まれたと言っていい。
これに対し、アマチュアのパルクールチームからは様々な意見が続出した。ランニングガジェットが採用される事で、こちらのパルクールでもガジェットが必須になるのでは――と言う物だった。
実際、当時のサバイバーはARゲームと言うジャンルにはなっておらず、スポーツと言うカテゴリーだったのもパルクールチームの意見が続出する理由だったのかもしれない。
「ホワイトファンとブラックファンと言う風に仕分けるわけにもいかないが、このような事が何度も起こるようであれば……と考えていたのかもしれないだろう」
ファンの暴走やモラルハザード、そう言った流れを断ち切るにはどうするべきか。サバイバー運営だけではなく、全てのコンテンツ分野で考え直すタイミングなのかもしれない。
闇のアカシックレコード、その正体はコンテンツ産業の弱点やコンテンツの可能性等を記した啓発本だったのである。それがWEBに掲載はされたが、大多数の目に触れる事のないまま姿を消しかけていた。
しかし、それは出版と言う展開によって日の目を見る事になった。これは作者にとってもチャンスである……と思ったのは、一部の勢力だけだったのかもしれない。
「その後は10万部以上のベストセラーになるが、それが仇となって大手芸能事務所から訴えられる結果に?」
闇のアカシックレコードには書かれていないが、一緒に開いていたウィキには芸能事務所に訴えられるニュースも書かれていた。
その後、芸能事務所側が勝訴する物かと思われていた。それは複数の新聞記事等でも明らかであり、作者にとっても絶体絶命――その時だった。
その時に流れた臨時ニュース、それはAI事件だった。事件の発生によって裁判のニュースへの関心がそがれたのである。作者にとっては不安材料が減ったが、裁判を起こした芸能事務所は不利になって行く。
裁判当日、AI事件が解決した事を知らせるニュース記事が一面を飾る。長期化すると思われた事件は、潜入した1人のチートハンターによって解決した。
解決後、事件は思わぬ方向へ発展、AI事件は超有名アイドルのCD宣伝の為に仕掛けられたマッチポンプである事が判明、芸能事務所は破産、所属アイドルは解散になったと言われている。
AI事件の真相に関しては、新聞社にも真実が伝えられていないという物であり、表向きは『CD宣伝を目的としたPR活動が暴走し、大事件へ発展した』という事として扱われる事が決まった。
「AI事件の真相には一説としてアカシックレコードの技術を実験するためと言われている。実際に、パルクール・サバイバーも同様のケースかもしれない」
そして、花澤提督は何かを考えていた。今回の予選には何か隠された目的があるのではないか、と。
午前11時、第2次予選が幕を開けようとしていた。1次予選の結果は集計待ちとなっており、そのメンバーは決まっていない。
【秋月が2位だったのは不完全燃焼と言う訳ではないが、何かあったのか?】
【ルール的には試行錯誤が行われているようにも見える。本来は本選で使うはずの】
【最近では、イースポーツでも八百長が……と言う話を聞く。もしかすると、パルクール・サバイバーも八百長を仕掛けている可能性がありそうだ】
【八百長等を防ぐ為の違法ガジェット禁止やルール改正ではないのか?】
【どちらにしても、超有名アイドル勢との決着を付ける的な話があったのに――】
【決着は既に別の場所で付けているだろう。既にアイドル投資詐欺等の新手の犯罪にも悪用されている以上、超有名アイドルは終わりだろう】
【オワタと言う言葉は使わないのか? 超有名アイドルは……】
【その言葉を今の超有名アイドルに使うのは不適切だろう。使うとすれば、阿賀野菜月が定義しているような悪質コンテンツ及びファンの根絶。そこで初めて終止符を打ったという意味で使うべきだ】
【仮に実現したとしても、それがいつになるかは分からない】
つぶやきサイトには色々な発言が飛び出す。超有名アイドルとの争いは表向きには幕引きされたように見えるのだが、本当に全てが解決したのかと言うと一般市民にとっても疑問が残る。
その状況下でパルクール・サバイバーを楽しんでも良いのだろうか……という疑問は参加者の中にも存在する。
午後1時、ランカー王の予選も終了し、集計の方は完了している物と思ったら予想外の展開で延期になっていた。
『ランカー王決定戦の本選進出者ですが、ワイルドカード2名とベスト10までは確定しています。その一方で予選勝者枠に関してはスコアの僅差等を踏まえ、もう少しお時間を頂きたいと思います』
実況の太田さんが状況説明を行う。どうやら、ランカー王に進出する12人は決まったようだが、予選勝者枠10人はスコア的な部分で集計困難となっているらしい。
『それでは、一足先にワイルドカード2名の発表を行います!』
太田さんに変わり、遠藤提督がワイルドカード2名の発表を行う。彼女の右手にはワイルドカードの選手データが入ったICカードがある。これを彼女の左手に持っているタブレット端末に接続する事で……。
『ワイルドカードは、この2人です』
そして、各自のタブレット端末、メインスクリーンの字幕部分、各所に置かれたメインモニターのインフォメーション枠でワイルドカードの告知が一気に行われた。公式ホームページは予選勝者枠も含める為、後ほど更新のようだ。
【ワイルドカード1:蒼空かなで】
一人目は順当に蒼空だった。北千住決戦の優勝でもあり、他のレースでも1位を獲得している。初期の頃は最下位が多いレースが続いた事もあって、ある意味でブラックホースと言われていた。
【ワイルドカード2:佐倉提督】
二人目のワイルドカードは、ホームページ上に名前のあった佐倉提督だった。これには驚きの声が多いものの、南千住のレースで一位を獲得、他の大きなレースでも順位を残し、アクションの華麗さも評価に含まれたようだ。
それから1時間以上経過した午後2時、スコア集計が終了し、本選へ進むランカーの名前が公式ホームページ等で発表された。
【このメンバーは予想外だ】
【まさか、松岡提督が予選落ちとは】
【4月期ランカーの松岡提督が予選落ちだと?】
【それ以外にも花江提督が残っている】
【ビスマルク、ジャンヌ・ダルク、ランスロットも予選落ちか】
【予選落ちメンバーは残念だが、神城ユウマを初めとした新鋭にも期待したい】
つぶやきサイトではランカー王に勝ち残ったメンバーに関しての考察も行われている。それによると、松岡提督は予選落ちをしたらしい。
同日午後5時、花澤提督は頃合いとばかりにサバイバーの公式ホームページでランカー王のメンバーを確認する。
「こうなったか。それも、良いだろう」
花澤提督は自分の名前と中村提督の名前を見つけ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「アカシックレコードの見せる未来がどうなろうと、このレースには関係はない。レースの結果まで予言されたら、それは出来レースと言われる可能性も否定できないからな」
そして、花澤提督は自分のARガジェットを壁紙にしているプライベート用の端末を見つめる。機体デザインは白銀の騎士、過去にホーリーと呼ばれていた伝説の機体を連想し、その装備は上条静菜の使用していたレーヴァタイプや花江提督のガジェットにも酷似している部分があった。
「このデザインになったのも、過去のアカシックレコードがそうさせるのか?」
花澤提督と中村提督は過去の世界線を巡る事件に関係しており、その存在は伝説とも言われた事がある。しかし、神城が山の神を返上したように、花澤提督も伝説と呼ばれる事を意図的に拒否していた。
「名前が似ているからと言って、別世界線の人物に重ねるのは――ネット住民の悪い癖とは思わない物か」
ため息交じりに、端末を見つめる花澤提督の目には、わずかな涙が流れた。




