第20話:ランカー王へのカウントダウン-ラウンド2-
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2015年5月10日午後11時24分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
5月6日午前9時55分、小菅の立ち入り制限区域、私服姿の蒼空かなではホバーボードに乗ってあるエリアへと急行していた。
特に何かが襲ってくる事はなく、逆に静かすぎたのが気になった。立ち入り禁止になっているエリアは無人エリアでもあり、住民が住んでいる訳ではないのだが―。
「この工場か」
到着したのは、町工場と言うには規模が違いすぎる大きさの建物だった。だからと言って、大手の工場と比べると規模は小さい。中堅所の工場とも言うべきか。
しかし、中堅所のタイプは既にコンテンツガーディアンが制圧済、それを踏まえると―様子がおかしいという感じである。周囲にコンテンツガーディアンの警備が不在な上、既に撤収済みとも取れるような程に静かなのだ。
蒼空が入口を調べると、シャッターは開きっぱなし、そこから見えるのは無数の整理整頓されたダンボール箱、折りたたみ式のテーブル、パイプ椅子も置かれている。
何かの設営をする予定だったのだろうか? そして、中央に置かれている折りたたみ式テーブルには、1台のパソコンがあったのだが―。
工場内に入った蒼空は、最初にダンボール箱を調べる。最初に開けた箱は空っぽだったのだが、2番目の箱には1冊の本が入っている。何か罠があるのでは―と思いつつも蒼空は本を手に取った。
本の表紙は有名男性アイドルの本にも見えるのだが、写真ではなくイラスト、一般流通しているような物とは違い、コンビニのコピーにホッチキスで止めたような簡単な物。その中身を見たとき、彼は何かの違和感に気付く。
「他のダンボール箱にも、同じような物が―?」
中身を正確に確認する前に別のダンボール箱を調べようとも考えた。しかし、アカシックレコードに繋がる何かが得られると考え、蒼空は手に取った本を黙読する。
本の中身は、男性アイドルグループのBL本―ネット上で言う所の【薄い本】だった。そして、この本はイラストが表紙だけ、残りは全て文章だったのも気になる所だ。
『これが、超有名アイドルグループが隠したかった、もう一つの闇とも言える世界。本来であれば触れるべきではない世界でもある』
この声には聞き覚えがない。一体、何処から声が出ているのか。そして、蒼空が置かれていた1台のパソコンを見ると、そこには1人の女性が映し出されている。提督の帽子を深く被り、表情を正確に確認できないが、白銀の提督服には見覚えがある。
「まさか―運営の総責任者?」
『その通りだ。私の名はガレス。これも偽名にすぎないが、パルクール・サバイバーの総責任者を担当している』
「ここは一体、何を―」
『イベントを行おうとしていた場所だ。ここで密かに違法ガジェットの取引が行われているという情報を手に入れ、それを制圧したつもりだったが―実際は違っていたのだ』
ガレスの表情は確認できないが、ここで発見するはずの物は違法ガジェットのはずだった。しかし、実際にガーディアンが突入した所、男性アイドルグループの薄い本の即売会が行われる所だったのだ。
コンテンツガーディアンが把握する前に制圧したのだが、一部の本は回収できずに残されていたままになっている。
「これらの本とアカシックレコードの関連性は?」
『君は【フジョシ】や【夢小説】という単語を知っているか?』
ガレスの口から出た単語には聞き覚えがない。ネット上では稀に見かけるのだが、今は一つの単語に集約されている。
「そうした意味を統合した単語、ブラックファンならば知っている」
『コンテンツガーディアンが都合よく生み出した造語だな。確かに夢小説やフジョシが過去の黒歴史となった今では、コンテンツ流通を阻害する存在は全てブラックファンとしてまとめられるのだろう』
「それとアカシックレコードに何の関係が―」
『その本を見て、何かを感じなかったか?』
「しかし、自分には興味のないジャンル。これがコンテンツガーディアンと関係があるとも考えられない」
ガレスは、先ほど手に取った本の事を唐突に言う。しかし、蒼空にとっては興味のないジャンルではある。内容はアカシックレコードに関係があるのでは―とチェックはしたが、あまり関係がありそうな記述はない。
『コンテンツガーディアンはコンテンツ流通に阻害と判断される物を許さない。超有名アイドル商法は、独占禁止法にも触れる禁断の商法だった。だからこそ、AI事件等では根絶をしようと動きだす勢力があった位だ』
「自分達の利益にならない物は徹底的に排除する。それも、自分達が生み出したルールで縛ると言う方法を使って」
『そこまで知っていて、君はガーディアンが行っていた事を黙って見ているしかなかった?』
「黙って見ている……どういう事ですか?」
『ガーディアンの行っている事は正義と言えるのか?』
「コンテンツガーディアンは一次創作を守る為に、悪質なブラックファンの締め出しを―」
2人の対話は続くのだが、投げられる言葉は上手くキャッチボールを出来ているとは到底思えない。お互いに自分の考えを押しつけているだけの可能性もある。
同日午前10時、ガレスが時計を確認すると、何かに指示を出すかのようなショートメッセージを提督たちに伝える。
【まもなく、コンテンツガーディアンが来る。大まかの物は回収出来た。残るパソコンは―蒼空、君が持って帰ると良いだろう】
ガレスからの無茶ぶりである。パソコンに有力情報が残っているのであれば、とパソコンに触れたのだが、パソコン本体を掴めない事に違和感を覚える。
「これは、ARガジェット!?」
蒼空が掴んだ物、それはタブレット端末位の大きさと薄さで有名な新型ARガジェットである。パソコンのモニターと思われた物は、これだったようだ。
そして、周囲に誰もいない事を確認し、蒼空は裏口からホバーボードを加速させて脱出を図る。ARガジェットを落とすと大変なので、下手にスピードは出せないのだが。
同日午前10時5分、コンテンツガーディアンと思われるパワードアーマーの集団がイベント会場へやってきた。彼らが来た頃には既に整頓されたダンボール箱、折りたたみ式テーブル、パイプ椅子だけの状態になっている。
「先を越されたのか?」
ガーディアンの一人が悔しがるのだが、他のガーディアンが発見したダンボール箱の山には男性アイドルグループの薄い本が大量に入っていた。これを見たガーディアンの一人は何かを確信した。
「ここ以外の会場も押さえろ! あの芸能事務所関係者に内容が伝わる前に処分を―」
ガーディアンがダンボール箱を回収しようとした矢先、姿を見せた物、それはオレンジ色のランニングガジェットに類似したロボットである。
その機体を見たガーディアンメンバーは堪らずにARガジェットを起動、ロボットタイプを複数投入し始める。しかし、オレンジ色の機体は仕掛けるような気配はない。
「なんて事だ! これはダミー! 急いで他の会場を押さえろ!」
「周囲にテーブルが置かれている中でARガジェットを動かせば、大変な事になると言う事を向こうが把握しているのか」
この会場は足立区が管理している物であり、このイベントも足立区へ許可を出した物である。それをガーディアン側も知らない訳ではない。
そう言った事情もあって、渋々と一部のガーディアンが折りたたみテーブルとパイプ椅子を既定の場所へと収納をする。ガジェットを使うとパイプ椅子が壊れる可能性もある為、すべて人力である。
同日午前10時10分、別のグループが何も設置されていない別の広場を通過して別の公民館へ向かおうとしていた。公民館では超有名アイドルグループの情報交換会が行われる為、そこをガーディアンが押さえようとしているらしい。
『あの機体は―まさか!?』
ガーディアンのロボットタイプガジェットが攻撃を仕掛ける前に、瞬時で機能停止された事に周囲のガーディアンが驚く。生身の人間やARガジェットを装備したプレイヤーによる物ではなく、周囲を見てみると複数のランニングガジェットに取り囲まれていたのだ。
「お前達はやり過ぎた。ガーディアンの名のもとにコンテンツを容赦なく切り捨て、自分達の趣味に会った作品以外は排除をしたがる。まるで、数年前のネット炎上事件のように―」
複数のARガジェット等を引き連れていた人物、それはオレンジ色のランニングガジェットに乗った花江提督だった。彼はコンテンツガーディアンにも所属していた事があったのだが、阿賀野菜月のスカウトで独立勢力に加わった。
そして、花江提督はランニングガジェットを起動して残存兵力に対し、ハンドガンで応戦する。ガーディアン側のガジェットはハンドガン位の火力で致命傷を与える事は不可能と言ってもいい。しかし、その後のアクションが―。
ハンドガンはけん制として撃った物であり、本命はシールドに収納されたビームダガーである。しかし、このダガーの形状は非常に特殊であり、ビーム展開装置とは別に何かが付いているように見えた。
「コンテンツを青田買いのように独占する企業も悪に該当するかもしれないが、お前達の身勝手で作者が望む形を壊してもよいと言う権利はない」
ガーディアン側の1機がビームダガーに気付き、それを弾き飛ばそうと考える。しかし、弾き飛ばしたダガーからは拡散粒子に近いビームが放たれた。この不意打ちとも言える攻撃にセンサーを破壊される。
彼が使用したビームダガー、それはスカウトナイフと呼ばれる武器を応用した物で、ビームダガーが敵に弾かれるとダガーが変形して拡散粒子砲から拡散ビームを発射するという仕組みだ。
このビームダガーで不意打ちを受けたコンテンツガーディアンの機体は機能を停止し、一部のメンバーは降伏を始めている。
『我々は悪ではない。企業側がコンテンツを独占し、それを自分達の都合のよい解釈に書きかえる事こそが悪―』
花江提督の言葉に反論をするガーディアンの一人だが、機体の方はすでに動かない。その為、ガジェットを乗り捨てて逃亡を開始する。彼は降伏をしないようだ。
「お前達は結局、ノーリスクハイリターンを地で行く。全ての物が無料であり続けるべきと考える…」
花江提督の方は表情を変化させることなく、淡々とガーディアンを追い詰めるかのように発言する。そして、それに恐れるガーディアンは残存兵力を集めるように指示を出す。
『―通信が出来ないだと? こちらの周波数はパルクール・ガーディアンでも知らないは……』
途中でガーディアンは気付いた。花江提督の正体、それは過去にコンテンツガーディアンを作り出した人物の一人。正確には、彼以外にも元コンテンツガーディアンが存在しているのだが、ネット上にはデマばかりが流れる関係で、正体を掴めないのが現実。
「正しい意味でのコンテンツ流通。それは、イリーガルや政府がゴリ押しで進めようとするものではない。全ての勢力が納得した上での流通が理想だ」
『そんな物は夢物語だ! 男性アイドルグループの夢小説を拡散し、ネットを混乱させているような連中も許容すると言うのか?』
「そちらが定義したブラックファンの定義は必要ない」
『あの夢小説勢がネットを制圧するような事をしなければ、我々はコンテンツ流通を正常化させる事が出来た!』
「それは自分達の行ってきた事を正当化させる理由にはならない」
『ネットの偽情報拡散、超有名アイドル勢を物理的に減らす為のARガジェット改造、政治家の財力、別BL勢と協力してのコンテンツ―』
花江提督とガーディアンの言い争いが続くが、彼の話を途中まで聞いて花江提督は呆れていた。
「結局、アカシックレコードに書かれていた記述は現実になったのか」
拘束されたガーディアンは偽者であり、実はビジュアル系バンドのブラックファンが男性アイドルグループのCD売り上げを減らそうと画策した物である事が、約1時間後のニュースで報道される事になった。
同日午前11時、蒼空はネットカフェではなく北千住駅に近いアンテナショップまで移動していた。ネットカフェではARガジェットを置く事が出来るスペースがなかったのが理由の一つである。
「これが、アカシックレコード―」
蒼空が調べていたタブレット端末、そこにはアカシックレコードと思わしき記述が多数存在していた。しかし、それらの情報は特定サーバーから抜きだされた物ではなかった。
「これって、世界線シリーズの小説じゃない?」
蒼空のタブレット端末をのぞき見る目的はなかったのだが、見覚えがある文章を発見した赤城が背後にいた。それを見た蒼空は思わず驚いたのだが―。
「世界線、シリーズ?」
思わず、蒼空も言葉を失う。赤城に手招きされた加賀も見覚えがあると言うのだが、蒼空には見覚えがない文章なのは間違いない。
「世界線シリーズ、それは花澤というハンドルネームの人物が書いた小説のシリーズ。後に異端や中二病とも言われた技術は、現実になった」
赤城は世界線シリーズを知らない蒼空にざっくりだが説明を始める。
世界線シリーズ、それは花澤提督が小説サイトで書いていた一次創作作品の総称だが、これらの作品はランキングに乗ることがなかった。
それは男性アイドルグループのBL小説や夢小説、某バレー漫画の二次創作がランキング制圧されていたのが原因とされる。しかし、それが真実なのかどうかは明らかではない。
その一方で、世界線シリーズはアカシックレコードとは別物と言われている。しかし、この小説に描かれている技術はこの世界で現実になっている物ばかりだ。
ARガジェット、AR技術を利用した音楽ゲーム、パワードスーツの数々、これらは架空の存在と言われた物が現実化した一例だ。
「世界線、アカシックレコード―」
蒼空は新たな単語の出現に戸惑ったのだが、何かがつながったようにも思えたのだ。




