第19話:限界なんて打ち破れ!-ラウンド1-
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2015年5月10日午後9時59分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
5月5日午前10時50分、ある人物が北千住にある本部へ姿を見せる。白銀に緑のラインの入った提督服を着用し、青髪のツインテール、貧乳という外見には周囲の白井提督も見覚えがあった。
「お帰りなさいませ! ガレス提督」
白い提督の挨拶に対応するガレス提督だが、今は急いでいるので個別に挨拶はせず、足早に大塚提督のいる部屋へと向かう。
同日午前10時51分、大塚提督の部屋にノック音がした事に対し、中村提督が振り向く。そして、ドアを開けて姿を見せたのはガレス提督だったのである。
「松岡提督の件は移動中に知った。しかし、今は別勢力の対処を最優先に―」
ガレス提督の目が鋭く光る。そして、カバンからタブレット端末を取り出し、何も言わずに大塚提督のテーブルに置く。精密機械と言う事もあって、メンコの様に叩きつける事はしないが。
「これは―本当に、あの超有名アイドル勢力か?」
大塚提督が驚くのも無理はない。BL勢と超有名アイドル勢の代表と思われる人物が握手をしている場面の写真、それがガレス提督のタブレット端末に映し出されている。
しかし、この写真1枚で決定的な証拠と言うには弱いのは確かだ。そこで、タブレット端末を指でタッチし、2枚目の写真を表示させる。そこには、背広姿の男性がBL勢の女性に何かを交渉しているようにも見える。
「このバッヂは―国会議員だと言うのか?」
中村提督が背広の人物が胸に付けている物、それは議員バッヂだったのだ。つまり、これが決定的な証拠と言う事らしい。内山提督は既に写真の解析を始めており、背広の人物がどのような人物かで事件の首謀者が分かるらしいというのだが…。
同日午前10時52分、外でレースの対応に追われている提督にも今回の件が伝えられた。当然のことだが、これは松岡提督を含めた元運営等には伝えられていない。
「周囲が慌ただしくなったが、乱入者でも姿を見せたのか?」
周囲を見回しているのは松岡提督。暗黒のガジェットではなくレース用のランニングガジェットの方を装着済みで、レースの方に備えている。他の選手もスタンバイ中と言う事もあり、偵察も兼ねているのだが―。
「間もなくレースが始まる。そう言う事だろう。ガジェットの再チェックも始まっているのが、その証拠だろう」
6番を右肩にデジタルプリントしているのは、いかにも量産型を思わせる緑色のミリタリーなガジェットに搭乗している男性。彼はレース自体には興味がないが、イースポーツと言う分野にパルクール・サバイバーも参戦すると言う噂を聞いた。
そう言った事情もあり、様子を見るという形でレースに参戦している。彼の素顔はイエローに近いようなインナースーツとアーマーの影響で見る事が出来ない。
「レースが始まると言う事は、これ以上の乱入者が出る事はない。そう受け取っても問題はないのか」
松岡提督の視線、そこには蒼空かなでの強化型ランニングガジェットがあった。今までのスピードタイプとは違い、特殊なシールドバインダーで防御を強化している。スピードタイプと言う割には装甲を犠牲にした軽量化ではなく、バランスのとれた調整とも言えるだろうか。
「そうだろうな」
言葉少なげに6番の選手はガジェットと共に指定されているスタートラインへと移動する。その後も松岡提督は周囲を観察していたのだが、声をかけようという選手は誰もいない。
同日午前10時53分、蒼空かなでは新たなガジェットの感触を確かめていた。以前の物は今回のレギュレーションに引っ掛かると言う事で、臨時で調整する訳にもいかない為、完全な新規ガジェットで挑むしかなかった。
「シールドバインダーは自動車で言うエアバッグみたいな物と考えれば―」
ガジェットを運び込んだ男性スタッフが蒼空へシステムや仕様の説明を行う。それに加えて、蒼空の要望通りにカスタマイズも同時進行している為、色々な意味でも慌ただしい。
「分かりました。後は、こちらでマニュアルをチェックします。皆さんは調整の方をお願いします」
蒼空の方もスタッフがカスタマイズの方へ集中出来るように、自分でガジェットの簡単なシステム調整を行う。それに加えて、特殊兵装のマニュアルもチェックしているので、ある意味でもスタッフ同様に同時進行と言う気配がする。
同日午前10時54分、話が盛り上がり過ぎて再開予定時刻に遅れて到着したのは、お互いにスポーツグラスとサングラスをかけた如月明日葉と神城ユウマだった。ユウマは指定席に座るのだが、如月の方は立ち見である。
「座らなくて大丈夫ですか?」
神城は自分だけが座って申し訳ないと思いつつ、立ち見の如月を気遣う。一方で、如月の方は立ち見には慣れているので問題はないようだ。
「レースの方は、まだ始まっていないようだ。コース上で人が侵入したという事で、対応をしていたようだな」
別の場所に置いてある電光掲示板タイプのインフォメーションボードによると、コース上に人が侵入したという事で安全の為に時間が遅れているとの事らしい。この辺りは電車の遅延等と状況は似ている。
「確かに、下手に人が侵入した場合、大怪我だけでは済みませんよね」
神城も駅伝でコース内に人が侵入してきた場面を見た事がある。あれは選手にとっても侵入してきた人にとっても危険だと言うのに、根絶する事が出来ない問題の一つとしてネット上でも議論されていた。
「自動車並みのスピードが出るランニングガジェットが衝突事故を起こした場合、どうなると思う?」
「それは、ランニングガジェットが当然―まさか?」
如月の質問に対し、神城はセオリー通りの答えを出す。つまり、そう言う事だ。下手をすれば、パルクール・サバイバーが中止になる可能性もあるだろう。
「マラソンにF1を足したようなモータースポーツと言う例えがある。その昔、ソーラーカートのレースが行われた事があるだろう。あの時も、コース上に人が出ないように色々と試行錯誤が図られたらしい」
「パルクール・サバイバーもモータースポーツと同じ……と言いたいのですか?」
「あのシステムに自動車と同じ動力が使われている訳でもない。単純にモータースポーツと同じとは言えないだろう。ネット上でも、その辺りの議論は平行線をたどっている」
「そうですか。結局、意見の集約と言うのは難しいのですね」
「そう言う事になる。世に出してみないと反応が分からない物もあれば、世に出す前から脅迫を受けて出せない物も存在するだろう―」
2人が話を続ける中で、レースの方は間もなく始まるようだ。既に16人がスタートラインに並んでいる。大型ガジェットを使う選手もいるが、中には松岡提督のような中型タイプを使う者もいれば、軽装型を扱う者もいる。
同日午前10時55分、運営の放送で間もなくレースが始まると言うお知らせが流れる。他のレースもいくつかが終了し、ランカー勢によるスコア争いも終盤に迫っている。
【このレースの結果次第でランカー王に出られる選手が判明する】
【松岡提督はリタイヤがない限りは問題ないが、レースに出る必要があったのか?】
【既に阿賀野、夕立、ランスロット、エクスカリバー、島風、天津風と言ったランカーが勝ち残っている】
【そこに松岡提督は半分確定として、蒼空が行けるかどうか―】
【そこが課題になるだろう。超有名アイドル勢の中には所属を隠してランカー王へ勝ち進もうとする勢力もいるらしい。つまり、そう言う事だ】
【結局はランキング荒らし問題をクリア出来ていない―と】
【色々とチェック項目を増やしたとしても、それをすり抜ける可能性はゼロではない。完全な駆逐は不可能だろう】
【しかし、それぞれが目を光らせる事によって防ぐ事は出来るはず】
つぶやきサイトでは今月の末日に行われるランカー王の選手が誰になるのか、と言う話題で持ちきりである。その一方で、ランキング荒らし等の問題で解決していない部分がある。
そのような状態でサバイバーを無事に進められるのか―という不安も存在する。政治的な問題もあれば、経済的な問題もある。挙句の果てには、国際問題である。
パルクール・サバイバーを取り巻く環境は、もはや無視できる状況ではなくなっていた。無視を続ければ―地球が破滅する可能性も否定できない。
同日午前11時、16人の選手がそれぞれの思いを抱き、スタートの体制を取る。
『大変長らくお待たせしました。間もなく、メインレースの開始です』
遠藤提督の声が周囲に響く。そして、周囲の観客も見守る中、レースは始まろうとしていた。




