第18話:黒の提督
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2015年5月10日午後9時51分付:一部、行間調整+三転リーダー部分の調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
5月5日午前10時20分、スタート予定からは20分もずれ込んでいた。蒼空かなでの提案を受け、それを議論した結果が態度保留に。しかし、これに反対をしたのが夕立と阿賀野菜月だったのである。
「超有名アイドル勢の利益至上主義、それが永久に続くと言う慢心は、ここで断ち切ってみせる!」
阿賀野の発言は周囲にも波紋を広げ、遂にはシュプレヒコールが出る寸前にまで及ぶ。しかし、それを止めたのは意外な人物だった。
「運営上層部の頭が固いのは相変わらずのようだな―」
遠藤提督のいる壇上近くに現れたのは、黄金のガジェットを装着した松岡提督である。本来であればスタート地点から離れるべきではないのだが、非常事態なのでスタート地点には装着するブースターユニットを置き、ユニットと連動しないアーマーだけ装着した状態で現れた。
そして、バイザーも脱いで素顔を晒している。黒髪のショートヘアに若干のイケメン、表情は若干固い様子である。しかし、彼の考えは表情から予測する事は容易でもあった。
『松岡提督――何時の間に?』
遠方にいる為、モニターで様子を見ていた夕立も松岡提督の登場には驚きを隠せないでいた。実は、松岡提督に関しては行方不明と言う事はネット上で拡散している事もあって、それをガーディアンや一部勢力は完全に信じている。
そう言った事もあって、松岡提督がこの場に姿を見せた事自体が衝撃だった。阿賀野は黄金のガジェット使いの正体に関して予測していた為、驚きの度合いは他と比べて非常に低い。
「一部エリアでは超有名アイドルがパルクール・サバイバーの名を騙っての評判落とし―つまり、炎上マーケティングを行おうとしている。しかし、それを力で制圧するのは超有名アイドル勢と変わらない!」
松岡提督の一言も阿賀野同様に衝撃を走らせる物である。そして、この動きは運営もすでに把握済みであり、いくつかのエリアで行われていた活動は鎮圧済み。しかし、そのやり方は超有名アイドル勢が行っているソレと変わらない。
こういった流れもあって、松岡提督はパルクール・サバイバーの運営から去ったのである。ネット上でも諸説存在し、真実は未だに本人の口から語られない限りは判明しないと言われていたのだが……。
「だからこそ、パルクール・サバイバーはコンテンツ正常化を図る為の手段としては失敗作であると判断――」
松岡提督の失敗作発言は提督内でも動揺を与えた一方、彼が話の続きをしようとした所で姿を見せたのは1体のARガジェットだった。その形状を見た松岡提督は笑みを浮かべるが、他の提督は驚きの声を上げる人物もいる。
「中村提督! あなたは北千住の方へ召集されては――」
別の男性提督が中村提督に声をかけるのだが、それが聞こえているのかは分からない。しばらくして、変形を解除して青い提督服を着た中村提督が姿を見せる。
「召集ならば大塚提督から直接受けている。異議があるのならば、本人に確認すれば良いだけの話だ」
確かに中村提督の話も一理ある。男性提督はスマートフォンを服のポケットから取り出し、大塚提督へ直接確認をする。
「申し訳ありません。どうやら、内山提督も一緒に呼ばれていたようで―」
「内山提督も? 一体、どのような用事があるのか」
内山提督の方も気になるが、中村提督は大塚提督のいる場所へと向かおうとしていた。しかし、それを呼び止めたのは松岡提督である。どうやら、彼を簡単には行かせる訳にはいかない理由があるらしい。
「中村提督、お前には聞きたい事がある!」
松岡提督は何もない空間から小型のコンテナを呼び出す。自動で開いたコンテナの中に入っていたのは、何とロングソード型のARウェポンだった。しかも、この武器には中村提督も覚えがある。そして、松岡提督はARウェポンを取り出して中村提督に突きつける。
「アカシックレコードの事を聞きたいのか? それとも、この事件の真相を聞きたいのか?」
中村提督は松岡提督と戦う理由がない。しかし、向こうには理由がある。そこで、中村提督は2つの選択肢を用意する。仮に後者であれば―。
「そのどちらでもない! 阿賀野であれば、アカシックレコードの事を尋ねようとするが」
松岡提督が突撃をするのかと思ったが、そうではなかった。黄金のガジェットは、気が付くと別ゲームで使用されている漆黒のガジェットアーマーへと変化する。それは北欧神話系のデザインを持ち、そのモチーフはアウルゲルミル―。
「お前が、あの時の剣士だったという事か」
中村提督も黄金のガジェットには反応しなかったが、黄金のインナースーツから装着された漆黒の鎧には見覚えがあったのだ。別のARゲーム、パルクール・サバイバーが出来る前にブームとなった作品で。
「運営総責任者のガレスは何処にいる?」
松岡提督の目的は総責任者のガレスだった。しかし、その本人は長期不在にしている。それは、彼自身も知っているはず。
同日午前10時30分、なかなか始まらない状況に対し、観客の方も限界に到達している。ネット上でも発走時間が遅れるのは日常茶飯事としても、特に違法ガジェットは検出されていない以上、おかしいと感じるのは不思議ではない。
【ここまで来ると、意図的な時間稼ぎにも見えてくる】
【一体、運営は何が理由でレースを始められないのか】
【超有名アイドルによる集団デモ活動が行われているようだが、それと関係が?】
【デモ活動はコンテンツガーディアンや別の勢力が制圧しているという話だ。特にパルクール・サバイバー運営が関係している話は出ていない】
【下手にデモが起こされては、デモの方にニュースやワイドショー、マスコミが食いつく。それが落ち着くのを待っている可能性もある】
【丁度、この時間だとワイドショーでも…?】
つぶやきの方もレースが始まらない事に関して怪しいと思い始める動きが出始めていた。このままでは、運営の不手際が指摘されてもおかしくない。その中で、ある人物が見たワイドショーで衝撃のテロップが表示されていた。
【サマーカーニバル等をプロデュースする秋元氏、コンテンツ法違反でコンテンツガーディアンに拘束か】
コンテンツ法とは、コンテンツガーディアンが定めたガイドラインの一つ。二次創作の自由等が保証されている一方で、不当な利益等に関しては非常に厳しいとされている。これは警察も手が出せない治外法権でもあり、テレビ等でも取り上げない方向性のはず。
同日午前10時35分、椅子に座って様子を見ていた神城ユウマ、彼のスポーツサングラスは非常に目立つ為か、周囲のギャラリーからは写メを求められる事があった。プライベートと言う訳ではないが、一応だが応じている光景がある。
何時になったらレースが始まるのか―という不満の爆発を防ぐ為、その場にいる有名ランカーやアスリート、その他の有名人が突発的なサイン会や写真櫂を開くのは珍しい事ではない。
ただし、有名アイドルに関してはパニックになる事を考慮して禁止されている。この辺りはマナー的な部分もあるのだが、やはりブラックファンの存在は否定できないだろう。大きなパニックが起きないのは運営の影響もあるのだが、それ以上にファンが協力体制を作っているのが大きい。
ネットで言われているのが、ランキング荒らしの対抗策にランカーを投入するという話があり、これを自主的に行い始めたのがパルクール・ガーディアンと言う話が美談として伝えられているほどだ。ただし、ガーディアン側は否定している為に真相不明である。
しばらくして、ある人物が神城の前に姿を現した。その人物は、何とカジュアルな私服を着た如月トウヤだった。
「あなたは、如月明日葉さんですか?」
神城は彼女の名前で呼ぶ。名前で呼ばれた如月は戸惑うのだが、周囲を見回すような仕草は見せない。そして、如月は神城の方へと近づく。
「会わせたい人物、まさか箱根の山の神とは思わなかった―」
一方の如月は会わせたい人物と言われたのだが、正直な事を言うと阿賀野辺りだと思っていた。しかし、実際は箱根の新山の神とネット上でも言われている神城だったのである。
「山の神は称号を返上しています。今の自分には必要がないので」
「今は本名で呼ばれても問題はない―」
お互いに想定していた人物とは違うが、これも何かの縁と言う事で少し話をする事にした。駅伝の事、ARゲームの事―そして、本題であるパルクール・サバイバーの事も。
「あなたもガーディアンだったのですか」
「元ガーディアンだけどね。今は別組織から戻るように指示を受けて戻る所よ」
如月の方はパルクール・ガーディアンの方でも活躍をしていたが、別組織の指示を受けて戻る最中だった。その中で仲介者が『会わせたい人物がいる』と言う事で指定された場所へ向かった結果が、神城だったのである。
「――ショートメール?」
話の途中で如月のスマートフォンから着信音が鳴る。何かと思って取り出すと、ショートメールが届いていたのだ。差出人は松岡提督である。
【レースは45分に再告知、その後にレース再開らしい。他のレースから、こちらに流れてくる選手もいるらしい】
内容に関してはレースの時間が変更になった事、他のレースから参加希望をしている選手がいると言う事だった。それが夕立の事なのか、阿賀野の事なのかは分からない。
【それともう一つ。秋元がコンテンツガーディアンに拘束されたようだ。既にネット上では祭りになっている。おそらくは、事実関係の調査で遅れている可能性も否定できない】
もう一つの内容は秋元が拘束された件である。これは初耳だ。如月は事実関係を確かめる為に別組織へ連絡を入れるのだが―ノイズが激しくて通信が出来ないようになっている。
「スマートフォンの電波状況が悪いのか? ならば、こっちは―!?」
スマートフォンがダメならば、ARガジェットではどうだろうか。実際に試した結果、こちらの方は問題がなかった。どうやら、電波対策のされていない機種ではノイズが起こるらしい。
「どうしたのですか?」
神城が如月のARガジェットをのぞくと、そこには衝撃的な文章が現れていたのである。
「馬鹿な。秋元は何を行おうと――」
大手ニュースサイトに掲載されていたのは、テレビで到底報道できないような内容。無理矢理まとめるならば『超有名アイドルによるコンテンツ制圧計画』とも言うべきか。
同日午前10時40分、一部のガジェットはアンテナショップへ戻されていた。雨が降り出す訳ではないが、再点検と言うのが理由の一つだ。
『お客様にお知らせします。周辺エリアにて同時多発型のテロが行われているという情報が入りました。その為、現状でレースを行う事は選手だけではなく、他の観客に被害が及ぶ可能性があると判断し、レース開始を延期する事にしました』
女性提督の声で周辺に放送が流れる。どうやら、運営にも秋元拘束のニュースは伝わっているようだ。この放送を聞いて抗議しようという観客は見当たらない。ネット上では抗議のつぶやきも目撃されているが、それらはごく少数である。
【中止ではなく延期か】
【具体的な時間は調整していると思うが、どういう意図で延期を判断したのか】
【蒼空の提案を議論しているのでは?】
【あれは既に却下されたのではないのか】
【却下されたのであれば、聞く耳を持たないはず】
【一体、運営は何を考えているのか】
さまざまなつぶやき流れる中、大塚提督のスマートフォンから着信音が流れる。この着信音はクラシック系の物であり、この着信で来る人物は一人しかいない。
「大塚だ」
『無事なようで助かるわ』
「その声は、ガレスなのか?」
『作戦は想定外の邪魔が入って、半分は成功したけど半分は失敗した』
「半分? 秋元が拘束された事が成功か?」
『成功したのは秋元の拘束じゃない』
秋元の拘束は成功ではなく失敗とも受け取れる。ガレスの言葉自体は弱い物ではないのだが、大塚提督にとっては疑問しか出てこない。一体、秋元の拘束がどのような経緯で失敗扱いとなったのか。
「秋元の拘束という結末は、失敗と言う事なのか」
『話している時間はないから、今はそう言う事にしておいて。成功したのは、BL勢と超有名アイドル勢が手を組んでいた証拠をつかんだ事よ』
「証拠、だと? BL勢と超有名アイドル勢は敵同士ではなかったのか」
『コンテンツ法的には、両者が組む事に得はあり得ない。むしろ、超有名アイドルを題材とした薄い本を出せなくなるのは明白だから』
「そうなると、共通の敵を倒す為に手を組んだという事か」
大塚提督も秋元の拘束が失敗であると聞いて、深刻そうな表情を浮かべる。しかし、下手にそのような表情を周囲の提督に知られて配置大事なのは間違いない。
『具体的な敵を言うわ』
「コンテンツガーディアンか、それとも反超有名アイドルを掲げる組織、あるいは松岡提督率いる勢力という事もあり得る」
『どれも違う。狙っているのは私たちよ―』
「それは、どういう事だ?」
ガレスが『私たち』と言ったのと同時に、大塚提督はスマートフォンを落としそうになった。それ程に、事態は深刻な方向に向かっている事を意味している。
『もう一度言うわ。BL勢と超有名アイドルファンが手を組んで、パルクール・サバイバー運営本部を狙っている。これは確実よ』