第17話:走り出すという事
>更新履歴
2015年5月10日午後8時53分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
5月5日午前9時50分、神城ユウマはある人物との待ち合わせで北千住まで来ていた。用件とは対談と言う事なのだが、相手側の人物が来ていないのが気になる。予定時間より早く来てしまったというのもあるかもしれないが、とりあえずは駅前で待つ事にした。
「もうすぐ大きなレースが始まるらしいな」
「黄金のガジェット使いも来ているようだ。あの時にリタイヤしてから、怪我を心配していたが―」
「他にもネームドプレイヤー、上級ランカーも来ているとか」
「チケットがなくても観戦可能なのは、パルクール・サバイバーの良い所だ」
ユウマの前を通り過ぎた人の声が聞こえた。どうやら、今からパルクール・サバイバーのレースが行われるようだ。そして、神城は腕時計を確認して、少し時間がある事を確認する。
「行ってみるか―」
その後、神城はギャラリーの集まる交差点を発見し、スタート地点を探している途中で椅子の置かれていたスペースを発見する。
【神城ユウマ様】
椅子の一つには自分の名前が書かれている。一体、どういう事なのか? 疑問を抱きつつも神城は椅子に座り、カバンから何時ものスポーツサングラスを取り出した。このサングラスは出雲の駅伝で使用していた物だが、諸事情で箱根では使っていない。
「一体、何を話そうと考えているのか―」
対談の相手に関しては神城に告げられていない。仲介した新聞記者からは『君ならば、自然と分かるだろう』とだけしか告げられていないのだ。箱根の山の神なのか、それともパルクール協会の選手なのか。真相は相手が来るまでは分からない。
同日午前9時55分、次々と有力選手がスタートラインとなっている交差点に集まってくる。今回のレースは自動車の通りが多い道路を使用しているのだが、警察等の全面協力もあって自動車が入ってくる事はないように調整された。
ここまでの事が可能になるまでは色々な試練があったのだが、ネット上では特に炎上したりするような事はない。情報が意図的に消された、特定秘密として隠されているという事情がある訳でもない。政府としてはパルクール・サバイバーは邪魔な存在としているので、炎上させる方に回るはず。
サバイバーの運営としては『大物政治家や事件の黒幕等を一網打尽にする為にも、今回のレースは重要』と位置付けている。その為か、主力の提督は色々な場所で待機しているという状態だ。
「ここまでする必要性はあったのか?」
提督の服装ではなく、別の傭兵を思わせるような灰色の提督、大塚提督。彼が現在のサバイバー運営の総責任者をガレスから任されている。いわゆる代理提督とも言える。
「大塚提督には分からないでしょうが、ここまでやっても足りない位でしょう。むしろ、パルクール・ガーディアンだけではなくコンテンツガーディアンにも応援を要請したい位です」
スタッフである白い提督が大塚提督が現れたタイミングで質問に答える。大塚提督もここまでの必要性は感じていないが、ガレスの指示と言う事もあって従っているのが現状だ。
「大物政治家をおびき寄せる的な説明はざっくりとしていたが、誰をおびき寄せるのか。まさか、総理大臣―?」
大塚提督が何かに気づいた頃には、モニターが異常な反応を示していた。そこには、超有名アイドル候補生の姿が映し出されている。場所は業平橋、おそらくは陽動の類かもしれない。
同刻、業平橋で警備を行っていたのはコンテンツガーディアンだった。有名な大型タワーの近辺で超有名アイドル商法批判に対するデモ集会が予定され、それを取り締まる為に警備をしていたのだが…。
「ここにきてARガジェットとは―どういう事だ?」
「おそらくは、違法ガジェットの在庫セールでもやっていた可能性がある」
「それは笑えない冗談だ」
周囲を警戒していた重装甲の警備兵が動き出し、現れたガジェット使いを沈黙させていく。しかし、その数が100人にも満たないのには何かの意図が感じ取れた。
同刻、業平橋に姿を見せたのはナイトメアだった。しかし、彼のARガジェットは損傷しており、暗黒の鎧ではなく紫色のSFで見かけるパワードスーツが現れる。
「まさか、オーバーボディだったのか?」
ナイトメアを偶然攻撃してガジェットを損傷させた男性アイドルも驚く。ナイトメアの正体は、何と上級ランカーへ昇格したばかりのヒデヨシだったのだ。
「こちらとしても、もう少し様子を見たかったが……時間切れか」
ヒデヨシは消えかかっているナイトメアの鎧を完全消去、別のガジェットを使って何かを呼びだしている。それを阻止しようと何人かが集中砲火を仕掛けるのだが、ナイトメアの特殊能力である全方位バリアが展開され、全ての弾丸を弾き飛ばす。
「今まで暗躍していた分は、ここで相殺させてもらおうか!」
次の瞬間、道路から姿を見せたのはエアバイクを思わせるような大型ガジェット。これも花澤提督が使用していたクラシックガジェットの部類に入るのだが、本来はヒデヨシの所有物ではない。
「あのガジェットは、まさか!?」
「あれは5年前のクラシック。我々の最新型に勝てるはずが―」
それらの話を聞いていたのかは不明だが、ヒデヨシはガジェットの起動スイッチを入れる。次の瞬間にはエアバイクは複数のパーツへと分離し、ヒデヨシに装着、最終的にはパワードスーツへと変形したのだ。
「これでも、最新型がクラシックガジェットに勝てると思うのか? この場合のクラシックは古いという意味ではなく、あまりにも超越していた力と言う意味だ」
その後、男性アイドル達は戦闘不能となり、爆発音を聞いて駆けつけたコンテンツガーディアンによって拘束された。
更に同刻、業平橋に便乗する形で草加市を襲撃していたのは超有名アイドルファンのブラックファンに所属する側。彼らの目的は今回の襲撃犯とは違うのだが、超有名アイドルを広める為に暴れているだけだった。
「我々は、アイドルグループ○○を応援している!」
「サマーカーニバルやフェスティバルよりも、圧倒的な人気になるのは間違いない」
「今こそ、超有名アイドル商法から目を―」
3人目の男性が何かを発言しようとした所で、突如として飛んできたのはSFの戦闘機を思わせるボードだった。そして、その上に乗っていたのは中村提督。本来であれば彼も北千住への招集組だったのだが、気になる事があって草加市へと足を運んでいた。
「貴様! パルクール・サバイバーの提督だな!?」
向こうは中村提督の事を知っているらしい。それならば好都合である。知らなければ、名乗らずに秒殺する事も可能だが―。
次の瞬間、中村提督の乗っていたボードが変形し、彼のガジェットに装着されていく。そして、姿を見せたのは全長5メートルに近い大型ロボットを思わせるようなARガジェットだった。
「ARガジェットか……所詮、ゲーム専用の作られた映像! そのようなものに驚くとでも思ったか?」
他の集団に混ざっていた男性の一人は言う。確かに、ARガジェットはゲームのCGとフレームガジェットを組み合わせで本物のように見える。そのような子供だましには屈しないという現れなのだろう。
『確かにその通りだ。ARガジェットとフレームガジェットの組み合わせで、本物のロボットのように見せる事は可能だろう。しかし、これはクラシックガジェットだ……その慢心は命取りになるぞ!』
その後、どのようなトリックを使用したのか周囲に見破られないように、中村提督はガジェットを操って見せる。その動きは、どう見積もっても軍事利用を想定としたロボットを連想させた。
「これが、ARガジェットの真の力だと言うのか?」
なすすべのないままに敗北した。超有名アイドル勢は見かけ倒し以上に見せ場なく、中村提督に倒されていったのである。
【かませ犬以前の問題だ】
【クラシックガジェットにケンカを売った事が大失敗】
【もしかして、あのファンが応援していたアイドルって自作自演の不祥事などを公表して、その同情票でCDランキングで1位になった―】
【仮にそうだとしても証拠がない。でっち上げの証拠を写真付きでネットにアップするか? 仮に実行したとしても炎上するのが関の山だ】
【一体、ブラックアイドルファンの狙いは何だ? サマーカーニバルとフェスティバルの評判を下げるのであれば、パルクール・サバイバーに便乗する必要性はないはずだ】
ネット上のつぶやきでは、この様子を実況していたと思われるつぶやきまとめがアクセス数を稼いでいる。つぶやいていたのが炎上勢なのか、単に実況をしたかっただけなのかは不明。真相を知ろうとすると消されるのだろうか?
同日午前10時、違法ガジェットの持ち込みも確認されなかった為、レースの方は正常に行われる事となった。選手は16人フルゲート、松岡提督、蒼空かなでの2名に注目が集まる。
【松岡提督と蒼空の2名は本命か。しかし、あの2名以外にも有名選手は多い。それだけ、別のレースを選べなかったという事か】
【夕立や阿賀野は別会場、金剛や霧島と言ったベスト10も別会場らしい。それを踏まえると、松岡提督は狙われて当然という流れになっている】
【松岡提督としては、このレースでポイントを稼ぐのが重要だろう。順位も重要だが、松岡提督を集中的に狙う選手が出るのは間違いない】
【戦闘行為は禁止のはずでは?】
【あくまでも戦闘をメインにするのは禁止と言う事だ。選手への攻撃は禁止されていない。それに、場所によっては戦闘がメインのサバイバーが行われているらしい】
【阿賀野は別会場だが、こことは距離が近いはず。何故、別会場を選んだ?】
【松岡提督と阿賀野という対戦カードを作れば、おそらくは観客キャパを超えると言うのが有力か】
【阿賀野自身も松岡提督には一度敗北をしている。リベンジの舞台はランカー王と言う事かもしれない】
【とりあえず、松岡提督と蒼空以外では誰が来ると思う?】
【現在のスコアを考えると、どれも脅威と言えるような人物はいないだろう】
【しかし、誰かの慢心で順位変動が起こる可能性は否定できない】
【何を見極めるべきか、それは個人で決めることだ。我々が思想を押しつければ、意味がなくなる】
ネットのつぶやきでは松岡提督及び蒼空がメインとなっており、他の選手はスルーされているように見える。しかし、他の選手に注目したつぶやきもある為、場所によると言う事かもしれない。
スタート直前、突如として蒼空はバイザーを脱ぐ。そして、彼は何処かにあると思われる中継カメラの方角を向く。
「提案がある。パルクール・サバイバーを正常化する為にも、超有名アイドルとはレースで決着をつけたい」
蒼空の発言を聞き、周囲は動揺を始めた。ネット上でもつぶやきの速度が上昇し、ログを追えなくなる症状も確認されている。
これを秋葉原の運営本部で聞いていたオーディンも難色を示している。それに加え、一部提督からは猛反対。発言を受けての反対に関してはオーディンも大塚提督も把握済みだ。
「どうしますか? これを受け入れる事は一部提督が寝返る事を踏まえても推奨できる物ではありません」
オーディンはスマートフォンで大塚提督と連絡を取るのだが、大塚提督の方も大変な事になっているのは言うまでもない。
『一部を切り捨てて蒼空かなでの意見を受け入れる事は、秋元と手を組んだ政治家連中と変わりない。提督たち全てが受け入れるのは不可能でも、ある程度の意見を集約したい所だ』
「自分としては賛同しますが、これをやるとガレスの意思に反する可能性も否定―」
オーディンが言おうとしている事を把握し、大塚提督はその後を話すのを止める。そして、大塚提督は何処かへと通信をする為に一時的に回線を切った。
一方で大塚提督はガレスとの通信が可能かどうかスマートフォンで確認をするが、通話不能を示す保留メッセージが流れるだけである。しかし、3回目のメッセージが流れる直前で通信はつながった。
「大塚だ。超有名アイドルとパルクール・サバイバーで決着をつけようと言う人物が現れた」
『話は動画サイトで生放送している番組で把握した―』
「君の方の声が聞こえづらいが、大丈夫か?」
『大丈夫だ。こちらを心配する暇があれば―孔明を発見して、奴から真相を聞きだしたら―』
ガレスと思わしき声はノイズが激しくて聞きとりにくいのだが、妨害電波が出ているエリアからの通信ではないらしい。何処から通信しているかに関して大塚提督は言及せず、引き続き対策をたずねる。
「孔明に関してはコンテンツガーディアンが捕まえたらしい。既に複数の政治家が事件に関係している事を話している」
『これで、いよいよ王手だな。とにかく、奴の発言は―』
ガレスが何かを言おうとした時、衛兵か何かの声が聞こえた。どうやら、向こうが見つかったらしい。そして、通信の方はそこで終了してしまう。
「発言に関しては保留として伝える。各提督はその他の襲撃に備えよ! 遠藤提督、このメッセージを会場に流して欲しいのだが―」
大塚提督の指示を受け、一人の女性提督が姿を見せた。金髪碧眼だが、露出度は提督共通の服の影響で皆無に近い。巨乳なのに勿体ない―とネット上で炎上しそうな気配のする遠藤提督である。
午前10時5分、提案に関する話もあってスタートが中断していたのだが、スタート地点の壇上に遠藤提督が姿を見せる。そして、提督の出現で周囲は静まり返った。
『レースの提案に関して、我々運営本部としては保留する事を―』
提案保留を宣言し、猶予が欲しいと言おうとした、その矢先だった。突如として、別の人物がスタート地点近くのモニターに映し出された。その人物は、何とレースを終えたばかりの夕立である。
『私は認めない! 超有名アイドルに取っての賢者の石として利用され、使い捨てられるコンテンツ流通を! その為にも、完全決着する事は必要よ!』
夕立はメットを外し、素顔を見せた状態で遠藤提督に対して猶予がないという事を進言する。これに対し、周囲のギャラリーも賛同する事がある。しかし、その一方でサバイバー運営には意見を集約できる能力が不足している事も知っていた。
『しかし、超有名アイドルがやっている事は知っているでしょう? 彼女達を放置し続ければ……血の惨劇を甦らせる事になるのよ!』
『それでも! 本来のランニングガジェットは戦争の道具ではない……それは運営も分かっているはず!』
その後も遠藤提督と夕立の議論は続く。このままではレースが始まらない。そう考えていたのは、先ほどレースが終わって北千住の会場に姿を見せた阿賀野である。2人の白熱した議論もあって、蒼空のレースに間に合ったという感じだ。
「超有名アイドルが起こした事、それは東京で行われる国際スポーツの祭典でパルクールを採用する事。それに加えて、超有名アイドルの力を永久不変とする事……それが、アカシックレコードにも書かれていた、この世界の歪みの元凶よ!」
阿賀野は力一杯に叫ぶ。そして、彼女の訴えは各地で抗議活動を生み出す程の影響力はなかったのだが、ネット上では大規模な祭りと化していた。しかし、それでも阿賀野の想定している展開へ進める事は、おそらく可能だろう。
「超有名アイドル勢の利益至上主義、それが永久に続くと言う慢心は、ここで断ち切ってみせる!」
ある確信を持っていた阿賀野、それとは別に同じ事を考えている人物はいたのだが―。