第16話:阿賀野の真意
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2015年5月10日午後4時54分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
5月4日午後4時、クラシックガジェットを解除した花澤提督は内山提督と秋葉原の歩行者天国で合流した。
「拘束されたのが劇場の支配人と言うのは本当なの?」
内山提督から聞かされたのは、拘束されたのは秋元本人ではなく、サマーカーニバル及びフェスティバルの劇場支配人だったという事だった。これには花澤提督も衝撃を隠せない。
「この事を知っているのは阿賀野菜月も含めて、ごく少数。阿賀野は最初から拘束されたのが偽者だと言う事を知っていたようだが」
内山提督の話を聞き、更に驚いた。阿賀野菜月が偽者の事実を知っているはずがない、と花澤提督は考えていたからだ。
「やっぱり、彼女は何かの異変を知っている」
花澤提督には覚えがないのだが、阿賀野が事件の鍵を握る何かを知っているのは確かなようだ。その中で、歩行者天国に突如として現れたのは別のARゲームで使用されるガジェットを装着したアイドルグループだった。
「こちらの動きが読まれていたのか?」
内山提督は敵に尾行されていたと考えていたのだが、花澤提督は別の目的で姿を見せたと考えている。そして、クラシックガジェットを再展開してアイドルグループを瞬時に沈黙させた。
同刻、他のアイドルグループを含めて使用していたガジェットが突如として暴走を始めた。一体、これには何の狙いがあるのか。
「全て、こちらの予想通り。後は向こうが潰しあいをしてくれれば―」
ドラゴン型のガジェットに乗り込み、北千住のビル屋上で様子を見ていたのは折りたたみ式扇子を持ったセーラー服を着た女性―孔明だった。彼女は、今まではチート勢力にもぐりこみ、隙があれば超有名アイドル勢と潰しあいをさせようと考えていた。
しかし、密かに隠れて色々な策を展開した孔明も、黄金のガジェット使いを初めとした一部には見破られ、遂にはパルクールランカーに追い込まれる事になった。
「お前が孔明か。行動自体がチート勢力のそれと異なっていると分かっていたが、まさか―」
彼女を追いこんでいたのはランスロットだった。それ以外にも無名のパルクールランカーが数名同行している。ランカー勢も孔明を見て驚いている様子はあるが、彼女が真犯人とは考えていないようだ。
「元々、パルクール・サバイバーのパルクール、そこに深い意味などなかった。それを知ってある結論に到達したのだ」
突然、孔明は何かを語り出す。それに対してランスロットは構えるのだが、他のメンバーは何もする気配がない。様子見なのか、それとも…。
「パルクール・サバイバーと言うステージ自体が、ある勢力を追放する為に仕組まれた物―つまり、道化と言う事だ」
孔明の発言を聞き、周囲がざわつき始める。ランカー勢も簡単に孔明の話を信じられない表情をしているのだが、ここ最近の超有名アイドルによる襲撃、ロケテスト会場におけるランキング荒らし、更には謎のガジェット暴走等には不審な点が多い。
「つい最近に国際的なスポーツの祭典で有名な組織が、この日本へ来日した。その目的は、パルクールを日本で開催予定の祭典で正式種目にしようと言う物だった。そして、それを裏で操っているのは秋元だ」
何故、そこでサマーカーニバル等で有名な秋元の名前が出てくるのか。周囲の困惑は最高潮に達し始め、ランスロット以外は戦闘放棄に近い状況になっている。
「そして、秋元の狙いが超有名アイドルを利用したビジネス、それにパルクールを利用しようと気付き始め、運営が先手を取ったのが―」
孔明が続きを語ろうとした所で、ドラゴンの首に何か銃弾の当たるような音がした。そして、そこで話が中断され、困惑していたランカーは正気に戻った。どうやら、語りの中に催眠術とも言えるシステムが混ざっていたようである。
『孔明、貴様はどちらの味方をする気だ? 夢小説勢か、男性超有名アイドル勢か―』
数百メートル先の駅近くのビル屋上、そこにいたのはレーヴァテインである。ここ最近は小規模の違法ガジェットバイヤーをハントしていたが、ガジェットの異常反応を発見して駆けつけたのだ。
「よりにもよって、お前が再び邪魔をするのか! レーヴァテイン―上条静菜!!」
ガジェットより放たれたドラゴンのブレスがレーヴァテインめがけて高速で迫るのだが、回避するようなしぐさを取る様子は全くない。それだけではなく、両腕にマウントされたホーミングレーザーを展開し始めて発射態勢に入る。
『これでようやく一つの謎は解ける! お前はあの時の―』
ドラゴンブレスが直撃し、周辺に大きな罰発音が響き渡る。しかし、その爆発の反動でガラスが割れ、ビルに破損、電車が止まるような損害が出る事は全くない。それが、ARウェポンの特徴でもあるからだ。
爆発の後、レーヴァテインは傷一つ見せるような様子はなく、両腕のホーミングレーザーを構え、ドラゴンに向けて放つ。放たれたレーザーはドラゴンブレスを上回るスピードでドラゴンへ直撃、瞬時にしてガジェットを機能停止へ追い込む。
「上条、お前は今のコンテンツ流通に不満を持っているのではなかったのか?」
孔明の叫びを聞き、レーヴァテインの装甲がCGのような演出で消えていく。そして、姿を見せたのは長袖コートのスナイパーとも言える服装をした上条静菜だった。
「コンテンツ流通のゴリ押し、チートとも例えられる金の力を使った展開に不満を持っているのは事実だ。しかし、お前が行っているのはテロリスト等と同じやり方。ほめられるものではない」
上条は孔明の話を一刀両断、そして、その視線はランスロットに向けられる。どうやら、パルクール・サバイバーの運営に対しても言いたい事があるらしい。
「確かに、サバイバーの運営がゴリ押し型のコンテンツ流通に不満を持ち、そこから新たな流通方式を生み出そうとしていた事は評価する。しかし、それは超有名アイドル商法を絶対悪と言う形で扱い、駆逐させようという動きも引き起こした―」
「お前の言う事も一理あるだろう。しかし、チート勢が仕掛けようとしていた事、それは全て茶番だ。孔明は、それに気付いたのかもしれない」
上条の意見も一理あるのだが、それ以上にランスロットが懸念しているのはチート勢力の目的である。それは茶番と言う一言で片づけられるような物であり、火に油を注ぐような状況を生み出していたのだ。
超有名アイドルを影で操り、最終的には全ての世界を金の力で支配しようとしていた存在。自分の気に入らない存在を排除しようという彼のやり方は、決して評価出来るような物ではない。それを表舞台に出す事、それがナイトメアの目的でもあったのだ。
「確かに茶番よ。3次元アイドル商法が加速度的に悪化していく末路は、既に見えていた。それが全て間違っていると訴える為、チート勢力が生み出された。しかし、それも阿賀野の介入で全てが無駄になった」
ドラゴン型ガジェットは機能を停止していたが、彼女がドラゴンの翼が変形した別の弓型ガジェットを上条に向けて放とうとしている。
「結局はチート勢力も、ネット上では超有名アイドルのブラックファンに代表される存在になってしまった。そして、ネット上でもその活躍は語られる事無く封じられた―」
しかし、孔明は途中で弓型ガジェットを落とし、彼女は涙を流していた。これは嘘泣きと言う訳ではない。今まで起こした行動が虚しくなってしまったからだ。
「3次元アイドルの時代は終わった―数年前に言われた事を、それを覆したかった。しかし、秋元は―イリーガルはライバルが消えてくれるのは助かると言う一言で片付けようと…」
その後、孔明はコンテンツガーディアンに拘束され、そこで秋元が起こそうとしていた全てを話す事になり、先に拘束された劇場支配人の話とつじつまが合い、遂には秋元の逮捕状が出る事になった。
同日午後5時、秋元を捕まえようとしていた勢力は全て秋葉原から撤退、一時的な通行止めも解除され、秋葉原には再びARガジェットプレイヤーやヲタクが集まりつつあった。テレビの取材は一部を除いて引き上げ、周囲を警戒していたコンテンツガーディアンも定期警備担当以外のメンバーは元の配置へと戻る。
「結局、事務所前にも現れなかったな」
「仕方がない。急いで別の芸能スクープを探すぞ」
「秋元は一体、何を考えているのか」
新聞記者達も色々な意見があるようだ。別の芸能スクープとは、主に週刊誌で載せられる大物芸能人系のようだが―。
「収穫は特にないようだ。ここで得られる情報もないだろう」
撤収を考えていたのは、他の勢力も一緒だった。内山提督もこれ以上は情報を得られないと考え、引き上げようとしていた。
「お前は―提督か?」
提督の服装が目立つからではないが、ある人物に声をかけられた。その人物とは、何と阿賀野菜月である。彼女が、何故ここに来ていたのか?
「阿賀野菜月? どうして秋葉原に来ている」
「私が秋葉原に来てはいけないのか? 別のゲームで遠征にやってきただけだ」
「遠征…格闘ゲームか? それとも、音楽ゲームか?」
「格闘ゲームは私の趣味ではない。音楽ゲームの方だ」
内山提督がメットを外さなければ、普通の会話なのだが―彼がメットを外す事はないので周囲からすれば奇妙な光景である。下手をすれば、警察に声をかけられても不思議じゃない。
一連の事件もあってか警官が近くを通ったのだが、内山提督が声をかけられる事はなかった。パルクール・サバイバー運営及びガーディアンへ警察が一切介入しないという条件を警察が受け入れているからだ。その代価として、ある事件に関する資料提供を受けている。
その事件に関しては後に起こると思われる大きな事件の細かい断片と言うらしいが、今の警察には情報解析能力は皆無に等しい。それに加えて、さまざまな事件が忙しくてそちらへ大量の人員を投入できない事情もあるのかもしれない。
しかし、この情報を元にして振り込め詐欺グループや裏ギャンブル、投資競馬といった違法行為を取り締まる事に成功した事を考えると、情報提供は無題に終わっていないという事だろう。
「本題は違うのだろう? 一体、何を聞きたいのか」
話がそれた。それはお互いに分かっていた。把握した上で内山提督が阿賀野に尋ねる。
「聞きたい事はただ一つ。秋元の正体、彼が握っているアカシックレコードの詳細―」
内山提督は阿賀野の話を聞いて察した。彼女の目的は超有名アイドルその物の根絶だけではない。阿賀野が何を知っているのか、純粋に内山提督は知りたかったのだが、それを知った所で何かが変わる訳でもない。
5月5日午前9時30分、蒼空かなではネット上の情報を見て何かに気付いた。前日は秋元の逮捕と書いていたサイトが揃って『劇場支配人を逮捕』に変更していたである。
実際に逮捕されたのが支配人なので最初の情報が誤報と言う扱い、その後に訂正されたという事であれば一定のつじつまは合うだろう。しかし、逮捕されたのが支配人なのに最初の記事では『秋元逮捕』と大きく書いていた新聞社もあった。
急に態度を変えたのか、あるいは未確認情報を鵜呑みにした結果なのか―真相は不明である。
「超有名アイドル……彼らのやってきた事が許されるはずはない」
蒼空は超有名アイドル商法にもトラウマを持っている。AI事件以前にも超有名アイドル絡みの事件は多数起きており、それらの事件で一種のトラウマを植え付けられたからだ。
実は似たようなトラウマは阿賀野にもあった。彼女の場合はトラウマと言うレベルを超越し、もはや敵意を示している。
「アカシックレコードの真意、あの中に記された記述の正体……それを知らなければ、ここまでに組む事はなかったのかもしれない」
阿賀野は北千住で何かを待っていた。ゲーセンの開店まで時間があるので、その間はパルクール・サバイバーのアンテナショップで時間を潰す。
アカシックレコードの記述、それは超有名アイドル商法に関する物だった。少し前に発表された謎のサイトとは違い、もっと先の未来を見ているような気配さえ感じる。
それを書いたのが誰なのかは分からずじまいだったが、ただ一つだけ分かった事がある。それは提督と言うHNを使用していた事。サバイバー運営とパルクール・ガーディアンには提督と名乗る人物は多数いる。
提督を個別に調べてもたどり着けないのは阿賀野には分かる。そして、それをやっている時間もないという事も。そこで考えたのが、提督の絞り込みである。その候補は中村提督、花澤提督、松岡提督の3人。
アンテナショップでガジェット調整を行い始めた辺りで、阿賀野は蒼空に遭遇した。必然的な遭遇ではなく、ある意味で偶然だった。
「あなたの行おうとしている事、それはサバイバーのフィールドで行うべきではない!」
蒼空は何故か、この言葉がとっさ位に出た。そして、それを聞いた阿賀野は『聞いた風な口を―』と思ったのだが、水掛け論を避ける為に何も答えない。
「パルクール団体と同じ事を言うのね。確かに、その通りよ。本来であればARゲームや別のコンテンツ内で取り扱うべき問題ではない事も」
「そこまで分かっているならば、今すぐやろうとしている事を中止してください」
「悪いけど、だからと言って「はい、そうですか!」と言う訳ないでしょ? テンプレで申し訳ないけど」
「結局、平行線ですか……」
「戦争はデスゲーム、核兵器はチートも同然。だからこそ、日本はデスゲームを否定し続けなくてはいけない!」
「デスゲームを戦争に結びつける……あなたは何をアカシックレコードから知ったのですか? そこまでして、あなたは超有名アイドルを否定するのですか?」
蒼空と阿賀野の論戦は続く。戦争をデスゲームと例え、核兵器はチートとまで断言する阿賀野に対し、蒼空は阿賀野が何をアカシックレコードで目撃したのか興味はありつつも、それを否定した。
「このフィールドで超有名アイドルを地獄の底へ叩き落とす。政府が国家予算の為だけに存在を許しているような存在は……否定すべきなのよ!」
これ以上は平行線であると判断した阿賀野は、話を速攻で切り上げてガジェットを持ってレース会場へと向かった。一体、あそこまで政治に絶望した原因は何なのだろうか。そう言った意味でも、阿賀野菜月と言う人間の考えは常識では判断できない。まるで、彼女が特異点と言ってもよいだろう。
同日午前9時45分、黄金のガジェット使いがランスロットの前に姿を見せる。彼も今回のレースにかけている物があるようだ。
「このレースでスコアを叩きだせれば、今月のランカー王決定バトルに参加出来る」
黄金のガジェット使いこと松岡提督、彼はパルクール・サバイバーの元スタッフだ。それがランスロットの目の前に現れたのには理由がある。
「ランカー王に出場して、自分は自分でサバイバーの存在意義を問いたいと言う事か」
ランスロットは松岡提督の考えている事が分かっていた。本来、パルクールとは生身で行うのが正しく、ランニングガジェットの様な特殊な道具を使うのはフリーランニング、あるいは別の名称にするべきだろう。
その点で折り合いがつかなかった松岡提督は、そのまま運営とケンカ別れで離脱する事になってしまった。本来であれば、松岡提督の様な実力者を運営が手放すという理由が不明という風にネット上では言われていたが、その真相は一部の人間だけが知っていた。
「ランカー王に出られなければ、別の方法で存在意義を訴えるが、間違っても超有名アイドルの様なゴリ押しや強硬手段、違法行為で訴えるつもりはない」
言いたい事だけを言い残し、松岡提督はそのままレース会場へと向かった。結局、彼はメットを外す事も素顔を見せる事もなかった。それは一種の覚悟と言うべきか、それとも別の理由があるのか。
同日午前9時55分、蒼空もガジェットの調整を行う。叢雲の調整した特殊ガジェットだが、それでも不安要素はある。
「阿賀野が言っていた事、それはコンテンツ戦争も同じなのだろうか。金による暴力で全てを制圧しようとする超有名アイドル……」
それ以上に、このような展開へ仕向けたのは誰なのか? マスコミか? それともネット住民なのか? 全ては何処にも書かれていない。あるとすれば、全ての真相はアカシックレコードにある。
「休止の真相、それは超有名アイドル勢とBL勢や夢小説勢だという話もある。しかし、それは自分にとって関係ない」
そして、蒼空はバイザーを被り、各種ガジェットを装着する。彼が見つめる先にある物、そこには何があるのか?
「今のままでは、どう転んでも炎上ビジネスの思う壺。そうした流れを断ち切る事こそが、パルクール・サバイバーの未来を決める!」
全ての参加者がスタートとなる交差点に集結し、これからの運命を決めるレースが始まろうとしていた。
「箱根で感じられなかった物、それは本当にサバイバーで見つかるのか?」
観客席には神城ユウマの姿もあった。彼は、何度も自問自答していた。箱根で感じられなかった達成感、それをパルクール・サバイバーでならば―と。