第10話:ネクストステージ
>更新履歴
2015年5月10日午後2時57分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。
バージョンとしては1.5扱いでお願いします。
午前12時30分、蒼空かなでが梅島のアンテナショップへ到着する前の出来事である。
「なんて事だ! このコースは非常に難易度が高いのは有名なのに」
「あのコースで、上級者以外が完走するとは信じられない」
「奴こそチート勢力じゃないのか?」
周囲で観戦していたギャラリーが口を揃えて言うのは、秋月彩に関する事である。彼女は、ビルクライミング、ジャンピングに代表されるテクニックを利用してコースのショートカット、最終的には並いる強豪選手に勝利したのだ。
「ビルクライミングコースは公式設定。あのコース取りに関しては反則ではないが、それを差し引いても運動能力がケタ違いだ」
レースへ参加した選手も秋月のコース取りは問題ない一方で、彼女の運動能力は並大抵ではないと語る。
「マスター、あいつは反則だ。チートガジェットを使っている可能性がある!」
受付のテーブルを叩き、秋月に対してクレームを付ける選手もいる。しかし、店長と呼ばれた男性は冷静に回答をした。
「あれがチートではないのは運営から義務化されたチェックで証明されている。これ以上に関して、何をチェックしろと言う? 彼女に身体検査や薬物判定でも要求するか? 自分が負けた理由を他の選手に八つ当たりするのは愚の骨頂……」
店長の言う事も一理ある。薬物検査に関しては運営がレース結果に不審な個所があった場合、ピンポイントで行われる。これは選手の申告等で行われる物ではなく運営の独自判断だ。
仮に他の参加者や選手の申告による判定にした場合、ランキング荒らしよりもランカー勢の方が誤申告の被害を受けると言う可能性もあって、相当な理由がない限り、薬物判定は行われない。
この薬物判定に関しては、過去にドーピング疑惑をかけられた元アスリートが判定を受けるケースが多いようだ。
今回の件に関しては店長の交渉もあって向こうが譲歩したようだが、これが超有名アイドルファンのランキング荒らしだったら対応が変わってくるのかもしれない。
【アレをチートと言うには苦しくないか?】
【彼女は陸上競技でも名前の知れている選手と言う噂がある】
【陸上? パルクールじゃなく?】
【確かに、パルクールの技術も持っているのは一理あるが、体力的な部分は元陸上選手を思わせるだろう】
【パルクールの日本大会が行われたという話は聞かない。最近になって環境を整えるみたいな計画が噂されている位だ】
【だとすれば、あの技術はどう説明する?】
つぶやきサイトでも秋月の運動能力関して議論が展開されており、彼女の能力は一種のチートとは違う事は断定された。この辺りはショップでの反応と違う箇所である。
【パルクールの技術を教える学校はないが、個人でサイトを開設しているユーザーは存在する】
【つまり、それらを見ただけで試してみようと言う事か?】
【それは無謀だろう】
【ネット上の情報だけで、あの技術が誰でも出来るわけがない】
【パルクールの解説を行っているサイトや動画を巡回し、それだけで技術を実践しようという無茶はないだろう。第一、仮にやったとして怪我をする可能性も非常に高い】
【それに、秋月は重要な事を忘れている可能性がある】
【重要な可能性?】
秋月のパルクールに関する技術、それはサイト等をチェックしただけの物ではないか、という議論に発展しようとした所で、ある人物が『重要な事を忘れている』とつぶやく。
【パルクールは心身を鍛える為の物と言われている。サバイバーの方が、どういった目的を持っているかは不明だが―】
【確かに、ネット上でもフリーランニングと区別する傾向、パルクールでの危険行為をアクロバットと認識している事……色々と引っかかる個所は存在する】
【何故、サバイバーはフリーランニング・サバイバーとしなかったのか? 語呂の問題? 従来のパルクール等との差別化? おそらく、もっと違う部分にあるかもしれない】
【サバイバーの運営は『より安全に、よりスタイリッシュに』を合言葉に、あのランニングガジェットを採用し、現在のサバイバーを確立した。それ以外に、見落としている物があるのか?】
つぶやきに割り込んできたコメントも周囲は気になっていたが、改めて合言葉を聞くと、確かに秋月が見落としている個所が何となくわかってきた。
【危険なパフォーマンス、アクロバットと言う事か。確かに、パルクールプレイヤーがサバイバーに難色を示しているのは、一連のアクロバットにあるという】
【大怪我をしてからでは遅いという事でランニングガジェットが実装され、現在に至る。しかし、パルクールプレイヤーはサバイバーがパルクールとは別物と言う理由も分からない】
【有名アイドルと超有名アイドルは別物というアイドルファンとは違うのか? その構図は―】
この何気ない一言が、ある人物の目にとまった事で予想外の展開を生み出す事になった。
午前12時50分、蒼空は別のアンテナショップに立ち寄り、そこでガジェットを受け取る。このガジェットは前回のレースから学んだ事を詰め込んだ調整バージョンだ。
「選手の要望は極力受け入れるのが、このショップの特徴。しかし、この調整は無謀とも言える調整なのは間違いない」
ファンタジーのエルフを思わせるような男性店長が蒼空の出した要望に対し、改めて驚く。スピードをメインにして防御も安定、オールラウンダータイプに近いようなセッティングでもある。
「オールラウンダーのセッティングは初心者プレイヤーやパルクール・サバイバルトーナメントを普通に楽しむ人物向け、ハイスコアを狙うようなランカーには不向きと言っても過言ではない。更に追加のガジェットを装備するなら、話は別になるのだが」
しかし、蒼空は店長の話を聞き流しながらガジェットの装着を行う。このガジェットはオート装備タイプではなく、マニュアル装備…手作業で装着を行うタイプでもある。
「自分はランカーの様な高みを狙う訳じゃない。だから、この仕様でも問題はない」
蒼空は繰り返し言うのだが、それでも店長は彼のセッティングに関しては難色を示している。
「そこまで言うならば、止めはしない。しかし、これだけは忠告しておく。夕立を初めとしたランカー勢は、基本的にパワー特化やスピード特化に代表される特化型だ。弱点は自身のテクニックでフォローを行うタイプと言ってもいい―」
蒼空の方もガジェットの装着が完了、その足でそのまま梅島のアンテナショップへと向かう。
午前12時55分、蒼空が梅島のアンテナショップへ到着、そこで色々な事がありつつも、秋月に遭遇した。蒼空としては秋月と遭遇するのは偶然であり、狙った物ではない。
「まさか、秋月彩がランニングガジェットを使うとは―」
観客席の方から一連の話を見ていたのは、超有名アイドルファンの男性である。彼は違法ガジェットの流通を阻止している勢力が入り込んでいないか偵察をしていた。偵察に関してはイリーガルの指示等ではなく、独自判断である。
『なるほど。予想外の人物がガジェットを使う物だな』
アイドルファンの隣に姿を見せたのは、何とソロモンだった。彼は定期的に梅島のアンテナショップを含め、周辺エリアの偵察を行っている。ここでは強豪ランカーを打ち破るジャイアントキリングが存在するニュースがネット上で目撃され、真相を探る為にやってきたとも言える。
「これはソロモン様…」
『様は不要だ。それに、この場で取引を行うのは非常にまずい。今や違法ガジェットはパルクール・サバイバーだけの問題だけではない。ナイトメアを含めたチート勢やランキング荒らしに使用されている事で、警戒の目は増えつつある』
「ナイトメアはチート勢でも、超有名アイドルには懐疑的と聞きます。彼に手を貸すのは、逆に危険です」
『それでも、彼らが率いるチート勢は商売相手に変わりない。下手に無効を刺激すれば、壊滅するのはこちら側の恐れもある』
「それは考え過ぎです。超有名アイドルを支持している与党が政権を握り続けている限り、我々の行動は合法として認められます。超有名アイドルファンは何をしても無罪―」
超有名アイドルファンが、あまりにも過激な発言をした為、ソロモンは周囲に気付かれないように低出力のショックガンで一時的に気絶させる。数秒経過して、ファンの方は気づき、その頃には既にガーディアンの護送車で別の場所へと運ばれていた。
『その発想は、超有名アイドルを唯一神とする信仰、それだけではなく戦争の引き金にもなる。その発想だけは思いついてはいけないのだ』
その後、ソロモンはレースを見定めるまでもなくその場を離れる。その理由として、ギャラリーが若干増えてしまったのと、こちらの顔が割れてしまった可能性がある事。
午後1時、20名の選手がパチンコ店前のスタート地点に集まった。このエリアの道路は、一定時間ごとに全面封鎖を行い、その時は自動車等が入ってくる事はない。
単独で巨大なフィールドを使用できる場所もあれば、こうした交通事情を抱えるアンテナショップも存在するのがパルクール・サバイバーの現状である。もう少し理解してもらえる住民が増えれば、交通規制も減らす事が可能となり、30人同時スタート等のルール変更も可能だろう。
「このレースが、新たなスタートになる―」
蒼空はレースにエントリー後、指定されたスタートラインの前に立つ。その隣には、銃をメインにしたARガジェットを装着した選手がいたのだが、彼の方から話しかけてくる事はないのでそのまま放置する事にした。
「秋月は参戦しないのか。しかし、蒼空を含めて期待の新人とも言える選手やプレイヤーは多い」
この様子をスタートライン近くで見ていたのは、阿賀野菜月だった。しかし、周囲は阿賀野と気づいていない。
パルクール・サバイバーの場合、プレイヤーと呼ぶケースと選手と呼ぶケースが存在するのだが、これらには特に厳格な線引きはされていないようだ。
運営側はルールで厳しい制約を入れている一方で、こうした二次利用やファン的な部分で調整不足のように見える。その為、どうやって楽しむべきか分からないというファンが多いのも現状である。
「この辺りはパルクール・サバイバーでは運営以外で大きく行動をしていないのも影響があるのかもしれない」
この後、阿賀野は別の用事を思い出してアンテナショップを後にした。別の用事と言っても、歩いて数分のゲームセンターへ向かっただけだが。
午後1時5分、各種ガジェットチェックが行われて正常にレースが行われるという事が発表された。
『今から、梅島スペシャルコースに関して説明いたします!』
突如として聞こえた実況の声に蒼空は少し驚いた。そして、バイザーにはコースのマップらしきものが表示される。どうやら、このコースを3周するという物らしい。
『コース取りに関しては警告メッセージが出ない物であれば問題なし。他社製ARガジェット、違法ガジェットは使用禁止。過度の攻撃、故意にリタイヤさせるような挑発行為は反則とみなし、このレース以降の出場権利がはく奪されます』
最後の説明を実況が行う前、蒼空のバイザーに謎のメッセージが送信された。メッセージ主の名前は不明であるが、スパムメールの類ではないのは間違いないようだ。
【超有名アイドルと政治家が手を組み、自分達の利益の為だけに拝金主義を合法化しようとしている。これを阻止する為には、パルクール・サバイバーが必要不可欠】
メッセージの内容を見て、何を伝えようとしているのかは分かった。しかし、あの時に『パルクール・サバイバーは復讐の為に用意されたステージではない』と言われたばかりである。
「どちらにしても、何者かの誘いに乗るべきではない。真実は自分の目で確かめる」
そして、蒼空を初めとした20名の選手が一斉にスタートをする。しかし、ここでアクシデントが発生した。突然、イエローランプが点灯したので他の選手も急ブレーキをかけられた気配だ。
『これはいけません! 先ほどのスタートでフライングの疑いがあり再発走となるようです』
何と、まさかのフライングである。他のレースでもフライングに関しては厳格に見ている傾向がある。ランニングガジェットのスピードを考えると、わずかコンマ1秒でも最大速度に達すれば、距離を稼ぐ事は可能だ。
競艇ではフライングによって返還欠場と言うルールも存在するのだが、そこまで厳しいルールは採用されていない。そこまで適用して、初心者プレイヤーが寄り付かなくなる事を運営が懸念しているからだ。
『フライングの選手は6番、8番、14番の選手です。これら3選手には、ペナルティとして完走時のタイムに5秒が加算されます』
1分が経過し、フライングの判定画像がセンターモニターや各選手のバイザーに表示される。そこには、スタートランプ点灯前に勇み足でスタートをしてしまった選手の姿が映し出されていた。
蒼空もフライングの疑惑があったのだが、こちらは他の3選手よりも遅め、正常スタート組と同じの為にフライング判定は行われなかった。
『フライングのあった関係で、これより再発走を行います。会場の皆様にはご迷惑をおかけしますが、もうしばらくお待ちください―』
実況担当の太田さんも平謝りで再発走のアナウンスを行う。次にフライングがあった場合は該当する選手が失格になる為か、周囲にも緊張が走る。
『改めまして―。これより、第5レースを開始いたします!』
アンテナショップで行われるレース数には限りがある。レース数に制限がない場所もあるが、地域住民の要望や夜間レースも可能な環境がない場合は1日にレース数を制限している場所が多い。
レースの開始を告げる実況が入ると、まばらだった周囲にも観客が入り始める。これが野次馬根性なのか、色々と反応に困る所だが。
【レーススタート】
バイザーにスタートコールが流れると、各選手がスタートダッシュを決めてコースを突き進んでいく。蒼空は出遅れた訳ではないが、フライングを考えているうちに若干出遅れた格好だ。
コースはトラック競技のトラックを連想させる基本コースだが、複数のショートカットが存在している事でも知られる。そのショートカットの難易度こそが、スペシャルコースと呼ばれる由来でもあるのだ。
「あの矢印が、最初のショートカットか」
蒼空のバイザーに表示される右折を示す矢印、それこそがショートカットを示している。しかし、その矢印の先にあるのはコンビニだ。店内へ入る訳ではなく屋根を飛び越えるショートカットだが、屋根を飛び越えるだけであれば難所と言う訳ではない。
「ショートカットを駆使すれば、先頭グループへ―」
蒼空が抜き去っていた選手がショートカットでコンビニの屋根をジャンプで飛び乗る。その後、更にジャンプで別の店舗へ飛び移るというコースなのだが、失速して壁に飛び移れずに墜落した。その選手は、ガジェットの故障でリタイヤしている。
仕方がないので、蒼空はそのままショートカットせずに直線距離を進む。他の選手は矢印が存在しないショートカットも駆使して数秒のタイムを稼いでいるのだが、一部のコースは選手が各自で探し出す形式の様だ。
しかも、この隠しコースがウィキ等でも掲載されているのだが、それが事実かどうかは実際にコースを走った者にしか分からない仕組みである。
蒼空はウィキで事前にコースを覚えている訳ではないので、下手に先頭グループを追跡しようとすると思わぬコースアウトやリタイヤに影響する可能性が否定できない。その為、コース取りに関してはバイザーに表示されるナビゲートの指示で動く事にした。
実際、蒼空と同じようにショートカットは二の次と考える選手もいる。1位を含めた先頭集団はショートカットを使っている形跡はない。それに加えて、ショートカットはスコアにも影響するのだが、下手をすればリタイヤというリスクも存在する。
前のレースで学習した事もある為、蒼空は普通に完走する事を第一に考えた。リタイヤせずに完走すれば完走時にポイントは入る。
考えているうちに蒼空は第2チェックポイントに突入する。このコースを右折すれば直線コースのみになるのだが、ここにもトラップが存在し―。
「なんて事だ?」
鎧武者チックのガジェットを装着した選手が急に横転するが、周囲にガジェットの破片が散乱している訳ではなく、他の先頭を追跡するグループはそのまま通過する。この選手はしばらくした後にセーフティーカーを呼ばれる事になったが、そのままレースを続行する。
直接事故の光景を見た訳ではないが、倒れた選手の姿を走りながら確認した蒼空は何かを思いつつ現場を通過した。
【既に3名リタイヤか】
【2周制だったな。果たして、どれだけの選手が完走できるのか気になる】
【ショートカットを駆使しても30秒以上の差が出ていると、追いつくのは難しいな】
つぶやきサイト上でも色々なつぶやきが流れる。それ程、このスペシャルコースは特殊なのだ。
第3チェックポイント、ここも右折後に直線と言う普通のコースである。しかし、直線だけと思ったら大間違いな障害物がコースには設置されていた。厳密にはこれをコースと言うのかは判断が難しい。
「あれは、路線バス?」
目の前に現れた物、それは走行中の路面バスである。赤信号で止まっていたはずなのだが、信号が青になって走り出した物の様だ。下手をすれば激突事故にも繋がりかねない。そんな中、蒼空が取った行動は―。
「ここで、フルパワーを!」
左右のブースターの出力を上げ、疑似飛行状態でバスを飛び越える。しかし、ハードル走や走り幅跳びのような感覚で飛び越えられるような、容易な物ではないのは蒼空にも分かっている。そこで考えたのは、右腕に装着したアンカーユニットである。
アンカーユニットを射出後、特定ポイントにアンカーが固定された事を確認すると、サブブースターも起動させて更にホバリングを維持、その直後にバスが通り過ぎたタイミングを見計らい、アンカーを高速で巻き上げた。
「どういう事だ?」
「あの動き、パルクールのソレとは全く違う」
「スタイリッシュな動きなのは確かだが、パルクールともフリーランニングとも該当しがたい」
周囲の反応はそれぞれだが、あくまでもパルクール・サバイバーは完走出来るかどうか、スコアがどうなるかが判定される。パルクールのアクションかどうかは判定されない。あくまでもフィギュアスケートの様な競技ではなく、これがスピード系競技だと言うのが明らかと言う位だ。
これには目撃した観客も驚いているのだが、それ以上に驚いたのはバスの運転手と載っている客だろう。バス自体に振動は確認されなかったのだが、一歩間違えればバスに激突してもおかしくない場面だけに冷や汗ものだった。
【今の場面、事故が起こらないとでも思ったのか?】
【あの路線バスに関してはアクシデントだろう】
【バスの誘導ミスなのか、それとも意図的な物か】
つぶやきサイト上では、今回のバスが障害物として用意した物ではなく、アクシデント的なものであるという判断だった。
最終の第4チェックポイント、これを通過すると短い直線に入ってゴールとなる。既に完走を果たした選手もいるのだが、そこに蒼空の姿はない。まだ、ゴールをしていないからだ。
「あと少しで、ゴールが―」
走り続ける青空だったが、素の目の前に突然と現れたのはフライングを行った14番の選手。これには蒼空も閉口した。一体、どうやってショートカットを行ったのか。
結局、蒼空は完走を達成したものの、スコアの部分で大幅に遅れを取って15位と言う順位に終わった。最下位ではなかったのだが、3名のリタイヤ、2名の反則失格もあったので事実上は最下位に近い。
「どうして、勝てないのか?」
バイザーを外し、悔しがる蒼空。その目の前に姿を見せたのはオーディンだった。彼の表情は自分を見下す為に来た訳ではないのだが、そんな風に見えてしまう。
「フリーランニング、パルクールとも概念が全く違う物に対し、それと同じように考えるのは間違ってはいないのだが、間違ってもいる」
オーディンは意味ありげな一言を残し、そのまま立ち去ってしまった。本来は別の目的で訪れていたのだが、そちらも不発と言う事もあって機嫌が悪いのだろうか?
そして、蒼空はオーディンの一言について考えた。パルクール・サバイバーをパルクールと同じ物差しで考えていたのか。確かにシステムとしてはパルクールを参考にした個所がないと言えば嘘になる。
それでもサバイバーには決定的に違う部分がある。それはARゲームという拡張現実を使ったバーチャルとも違った疑似体験型ゲーム、それに使われるガジェットを使用している所にあった。
ランニングガジェット、それは時としては武器、楽器、更にはパワードスーツにもなる夢のガジェットと言える。この技術を利用すれば、軍事技術にも転用できるというのはネット上でも噂になっているとおり。
オーディンは何を伝えようとしていたのだろうか。サバイバーをパルクールと同じ物と考えるのが間違いなのか、それともサバイバーをARゲームと考えるのが間違っているのか。
「ランニングガジェットのシステム自体は、確か―」
蒼空はふと考えた。太陽光パネル装甲を利用したARガジェット、その技術はランニングガジェットにも使用されているのは以前にも聞いた事がある。それに加えて、ガジェットの技術は別の何かを参考にしたとも言われている。
【アカシックレコード、その力に振り回されれば破滅の未来が待っている】
再びバイザーを被った蒼空の前に現れたメッセージ、それは差出人不明のショートメッセージだった。一体、何処から送っているのか…現状の蒼空では理解出来ずにいる。