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パルクール・サバイバー  作者: 桜崎あかり
第1部
1/57

第1話:スタートライン

>更新履歴

2015年5月9日午後6時21分付:一部、行間調整。本編内容に変更はありません。


バージョンとしては1.5扱いでお願いします。


>あらすじから移動した更新履歴(2018年4月9日付で移動)

※なろうコン大賞にエントリーしました。

※2015年1月3日、第2期開始しました。

※2月4日付午後5時39分付でジャンルをSF⇒その他へ。

※5月3日午後3時16分付:ピクシブのミライショウセツへ投稿しました。ミライショウセツでは「パルクール・サバイバー・ペンデュラム」とタイトルを変更しております。

※5月6日午前1時54分付ミライショウセツ投稿版のタイトルを「パルクール・サバイバーVer2.0」へと変更しました。あらすじの方も分かりやすく行間を調整しています。

※5月26日付:ピクシブでも第2部へ突入していますが、なろう版とは色々と異なる部分が出る可能性があります。

※2016年2月1日付:ネット小説大賞にエントリーしました。

※リブート版『Re:System』も展開中です。(2017年1月11日付)

 西暦2017年4月1日午前10時、東京都足立区内の至る所にある特殊な形状をしたモニターが、一斉に何かのプロモーションビデオを流し始めた。


 モニターには特殊な液晶が使われており、傷がつきにくい構造になっている。モニター以外の部分でもゲーセンに置かれているセンターモニターを連想させるデザイン等もあり、一般の通行人が足を止めるのも納得である。


『疾走せよ、新たなるロードを!』


 女性声のナレーションが流れた後に映し出された物、それは重装甲のパワードアーマーと見間違えるような装備をした人物だった。これを見た周囲のギャラリーは驚くしかない。


 新作ゲームの発表にしては、ゲーム画面と言うような雰囲気を感じない。逆に映画のプロモーション映像とは違って字幕等が表示される様子はない。


 装着しているパワードアーマーの外見はSFを連想させるデザインで、初見ではこの人物が男性なのか女性なのかは見分けがつかないだろう。右腕にはタブレット型パソコンのような機械が装着されており、左手で画面をタッチした瞬間にモニター部分には足立区内の地図が表示された。


 これを見てパソコンの新製品CMと思った人もいるようだが、CMには続きがある。


『初心者でも大丈夫。運営公式で行われているライセンス講習会で、ルール等をしっかりと教えます』


 ナレーションで講習会の事に触れた後、右下にワイプで講習会の写真が紹介される。感覚としては、自動車免許を取るのに近いだろうか。そして、地図を確認後に画面上の人物はナビの示した道路の方角へ向かって唐突に走り出す。


『君たちの可能性が、コンテンツ業界に新たな旋風を呼ぶ!』


 次のシーンでは、重装甲の人物が信じがたいような動きで高速道路を走る姿が映し出されていた。


 それ以外にも映像の中には公園内、市街地、更には工場街やビルの内部もマラソンのコースにしているシーンもあり、スーツのカスタマイズも自由、スポンサー契約も可能、地域振興プロジェクト等の文章も表示されていた。


 これを見て、誰もが映画の撮影や新作ゲームのプロモーションと疑わなかったのだが、その考えは次の瞬間に崩れ去る事になる。


『君も始めてみないか?』


 ゴールと思われるショッピングモールに到着した人物は、台詞の後にメットを外して素顔を見せた。その正体は何と女性である。これには、映像を見ていた人物からも疑問の声が上がった。「CGではないか」という声もあったが、実写に近いCGを作るにしてもマイナースポーツの宣伝で使う訳がないと一蹴される。


 彼女はアーマーを外す事はなったが、バックパックユニットをパージして背伸びをする。最後にはカメラ越しに一言―。


《パルクール・サバイバルトーナメント、エントリー歓迎。今すぐ登録を!》


 最後にはエントリー募集ページのURLと募集専用のメールアドレスも表示。30秒の中で流れた莫大とも言える情報量、それは一般人からしたら理解不能とも言えるような世界だったのは間違いない。「これがヲタク文化か」という一言が出てくる位には内容が色々と超越していたのだろう。

 パルクールに関してはヲタク文化と言う訳ではなく、海外ではスポーツとして成立している国も存在している。


 そう言った事を踏まえてか、別のカテゴリーに分けられている印象を受ける発言に関し、今すぐ取り消すようにギャラリーの胸倉をつかもうとした人物も実際にいた。


 そして、CMの動画が終わり、別のデモムービーが流れ出す。しかし、動画が始まる頃には足を止めていた野次馬は半数以上が姿を消していた。興味がない分野なのか、別のCMが流れたからか…真相は不明である。


【今、この世界は超有名アイドルによって制圧されようとしている。正しいコンテンツ流通の為に―】


 このメッセージが別のCMで流れていたのだが、そのメッセージを見ている頃にはギャラリーは指折り数える程度になっていた。通りすがる人はいたが、足を止める事はなく通過してしまう。


【パルクール・ガーディアンは正しいコンテンツ流通の為に、超有名アイドル依存をする政党と戦い続ける―】


「政党と戦う? 今の政治は超有名アイドルのご機嫌を取る為に存在している。そんな政治に価値を付ける資格すらない!」


 一人の女性がSFで見かけるようなビームライフルをモニターの人物に突きつける。それを見たギャラリーは即座に止めようとしたが、彼女の持っている銃が火を吹く事はなかった。


「超有名アイドル依存をなくすという動きは、パルクール・ガーディアンでなくても出来るはずだ」


 ストレスをためていたような表情を見せた女性は、捨て台詞を残して何処かへと姿を消してしまった。この人物に関して、ネット上では写真がアップされ、反超有名アイドル勢力が叩かれるという展開になる。


##


 西暦2013年後半から2014年にかけて、今回のパルクール・サバイバルトーナメントに関係する大きな動きがあったと言う。

スポーツ紙によると『パルクールが日本でブームとなった』と言う事らしい。


 それらの記述をまとめたウィキによると、以下のような出だしで書かれていた。『パルクール・サバイバルトーナメント誕生の経緯』という項目名、これから自分が入り込もうと考えている世界について書かれた記事。


 プロモビデオを見ても、あの内容では判断できないというのもある。単純にビジュアル面だけを重視したCMと言う可能性もあるのだが、有名監督や超有名アイドルのゴリ押しと言う印象は見られない。しかし、内容説明に乏しい。この辺りのCMに関しては細かく説明できないのが悔しいが。


 記事によると、パルクールとは「移動の動作を基本として、自然な精神的な強さを得る為の手段」と言う事らしい。パルクールに関して詳しく知りたい場合は他サイトや別のウィキに書かれているので、それらを見て回るのをお勧めする―という風に書かれていた。


 パルクールに関して知りたい場合は、更に詳細なウィキを見る事が勧められている。この記事のメインはパルクール・サバイバルトーナメントに関しての説明であり、元々のパルクールは二の次と言う事らしい。


 西暦2013年に国際スポーツの祭典で、日本が2020年夏開催の権利を獲得した事が全ての始まりだったのだろう。この時に新たなスポーツ競技を立ち上げて、祭典を盛り上げようという動きがあった。


 その中には、色々なスポーツの競技名が並ぶ中にパルクールがリストアップされており、これにはスポーツ専門家も困惑する。


「コースを整備するのに予算がかかる」


「第一、エクストリームスポーツを世界中の選手が集まる大会に採用する事は、非常にリスクが高い。仮に転落事故でも起きたら、それこそ冗談では済まなくなるだろう」


「しかし、テレビ局でもパルクールを取り上げている番組がいくつかで始め、興味を持ち始めた視聴者も存在する。そう言った個所への需要はあると思うが―」


「仮に需要があったとしても、危険なスポーツを採用する訳にはいかない」


「スポーツに怪我は付きもの。アクシデントが存在しないスポーツは、何処の世の中にも存在はしないだろう。あるとすれば、それはチートと呼ばれる事になる」


 このようなやりとりが実際にあったのかは不明だが、日本のテレビ局がパルクールを取り上げ、雑誌等でも特集が組まれ始めると状況は変化していった。


「この変化した状況に対応する為にも、試験的に実施する方向で調整する」


「場所はどうする? 都心では仮に事故が起こった場合のパニックは避けられない」


「それでは、この場所でどうでしょうか?」


 最終的にロケーションテストが行われる事になったのは、東京都足立区。それに向けて自治体の理解を得る為に運営スタッフが区役所を訪れようとした、その矢先に事件は起こったのである。


【このスポーツがブームになる事で、アイドルグループがお払い箱になるのは明白】

【アイドルグループ切り捨てを防止する意味でも、今回のロケテストも中止に追い込むのだ!】

ネット上のつぶやきで、このような文章が拡散されていく内に、色々と文面は書きかえられていき、最終的には―。

【日本経済を救った英雄である超有名アイドルに対して、反旗を翻そうとしているパルクール・サバイバルトーナメントを中止せよ】


 このような文章に改変されて10万以上のユーザーに支持されていた。この状況を重く見た運営は、一時的だがロケテストを白紙撤回する事にしたのである。


 実はロケテスト自体が中止になるのは、これが2度目だった。最初は2012年頃に似たような競技を立ち上げたのだが、超有名アイドルファンだけではなく地域住民からも反発が起きた事で中止に追い込まれている。


 今回の中止も前回と同じようなきっかけで中止になった事で、次第に運営側にも手詰まりが見え始めていた。


 パルクールの中止を訴える動きは次第に大きくなっていたのだが、それが逆に興味を抱くユーザーを増やす結果にもなり、最終的には運営側にとっても有利に働く。


 それからコース整備を行い、怪我人を出さないようにするガイドラインを作成、それ以外にもテレビ番組等で海外展開されているパルクールの現状を紹介する事もあった。


 こうした地道な活動は、数年後の西暦2017年にロケテストを行える環境が整うまでに至る。


##


 数時間後、ネット上にアップされた例の女性に関しての正体が判明した。そして、それを見たネット住民は誰もが驚愕をした。


【よりによって、この人物か】


【下手をすればマフィアも逃げ出すような危険人物―阿賀野菜月】


【彼女が超有名アイドル商法に悪意しかないというのも分かる。しかし、あの商法は政府公認。覆す事は出来ないだろう】


【しかし、あいつは未来を見る事が出来ると別のまとめサイトで言われていた。近い将来、超有名アイドル商法が廃止される事を……】


【あの商法が廃止されたら、経済発展はどうなる? 消費税増税のような手段を取るよりも手っ取り早いという事で成立したのが、超有名アイドル優遇の法案じゃないのか?】


【アレ自体が超有名アイドルのゴリ押しで成立されたというのは、どの掲示板でも言われているだろう? つまり、そう言う事だ】


 阿賀野菜月あがの・なつき、超有名アイドルに支配されたコンテンツ流通を何とかして解放しようとしている人物。しかし、彼女の思想に関してはネット上で危険人物指定される程の物である。


 市民としては超有名アイドルファンだけを優遇するような法案よりも、もっと別の法案を成立させて欲しいと考えているに違いない。その一方、今の政治家は超有名アイドル関係者ばかりで構成されているという噂も絶えない。


 そう言った声を聞いていく内、阿賀野は反超有名アイドル勢力を生み出し、現在に至る。しかし、そのメンバー数はパルクール・ガーディアンよりも少ないと言う噂もある。少数精鋭なのかは情報不足があって不明であるが。


##


 午前10時頃、ほぼ同時刻にファストフード店でタブレットを片手に情報をチェックしている人物がいた。身長170センチ、ジーパンにジージャン、髪は青色のセミショート、両手にはアスリート仕様のグローブ、体格は若干細めでスポーツをしているとは思えない。


 この青年が端末を片手にパルクールに関するサイト情報をネットサーフィンしている。トレーにはホットコーヒーとヤキソバパン、ハンバーガー、フライドポテトが置かれているが、ポテト以外はあまり手を付けていないようだ。


 ポテトに関しては手に油が付いてしまう為、専用のハンカチを使いながら食べているのだが、周囲の客から冷たい視線が当たる事は一切ない。彼のいる場所はARゲーム専用のネット回線開放席だからだ。


「これだけの事があっても行う価値があるのか?」


 蒼空かなで(あおぞら・―)、名前は女性と間違われる事がある一方で、それを逆に利用して女装でもすれば…と誰もが考える。しかし、本人は女装に関しては何も言及するような事はない。


 これに関しては興味がないというよりも『BL勢に対して敵意でも持っているかのような気配を感じる』というネット上の評価が存在していた。


「しかし、日本経済を変えるには、色々なジャンルで個別の変革が必要になってくるだろう。それは疑いようがない」


 コーヒーを飲みながら、蒼空はサイトのページを画面にタッチして切り換えようとしたが、何処かで聞き覚えのある曲が流れたので、その方角を振り向くと、センターモニターでプロモーションビデオの第2弾が流れていた。


『駆け巡れ! 可能性を秘めたルートを!』


 第2弾ではコースは限られた物だけではなく自由度が高い設定が可能、使用可能なガジェットが多機能である事が大きく取り上げられている。他にも初心者用のサポート機能、女性プレイヤーも多数参戦などのような紹介があるのだが、どれもゲームと直結するような紹介かは疑わしい。


「果たして、パルクールに日本のコンテンツ業界を変える力があるのか」


 蒼空はトレーに置かれたヤキソバパンを掴んで、つぶやいていた。そして、一口食べた後にコーヒーを一口飲む。色々なスポーツがブームになっても、1人の選手がピックアップされるだけのケースが多い。


 それが過熱してブラックファンが増えるケースも目撃されており、それがコンテンツ業界で大きな障害となっていた。正しいファンの心がけ等を教えるサイトも存在するのだが、それが逆に他のコンテンツ同士での争いを加速させるという意見もあった。


 ゲームと直結するようなアピールがされているPVであれば、物珍しさ以外で集客も期待できる。しかし、これらのPVは映像をプロに近い人物が製作しているのだが、説明文などを入れる段階で素人と入れ替わったのでは―という箇所が存在する。


 仮にコンテンツ業界を変える力がパルクールにあったとしても、超有名アイドルに勝てるようなコンテンツになるかは見えてこない―蒼空の考えは一般人の感覚とかけ離れた部分もあり、それがネット上では色々と炎上のネタになる事があるだろう。


 パンを食べ終わって、蒼空はコーヒーのおかわりをする為に席を立つ。その時に店内のある窓に映っていた人物、それはパルクールの選手と思われる男性だった。


 プロモで見かけたような重装甲ではないが、インナースーツの他に脚部と胸に特殊なアーマーを装着しており、更には特殊なバイザーメットで顔を隠している。


 あの装備をしていれば警察に捕まる―蒼空は思うが、パルクールの選手にはライセンスが配布されている関係で警察に捕まる事はない。


 ただし、警察から質問を受けた場合はライセンスを提示する事が義務化されている。その際に偽造と発覚した場合には逮捕される。パルクールに使われるブースター等は基本的にオーバーテクノロジーとして扱われ、一歩間違えれば戦争にも流用可能だ。


 午前10時10分頃、食事を終えて店を出た蒼空は先ほどの選手を探そうとしたのだが既に通り過ぎた後だった。周囲の観客に尋ねた際には、驚くべき発言が飛び出したのである。


「あの選手なら、猛スピードで北千住駅の方に向かっていたな」


「パルクールでもスピード制限があって、それを超えるとガジェットが耐えられないという事で失格になる筈だ」


「道路標識や交通ルールも厳守と言う事も言われていたな」


「仮に違法ガジェットだとしたら、ガーディアンが黙っていないだろう」


 蒼空の懸念は観客の話を聞いて確信に変わっていった。サイトで確認したルールでも違法ガジェットの使用は禁止されており、仮に摘発されると逮捕だけでは済まないだろう。


『違法ガーディアンを発見しました。これより追跡を開始します』


 目の前を通り過ぎたのはインナースーツに各種装甲、ビームハープーンと呼ばれる特殊な兵器が搭載された肩アーマー、更にはガントレット型のガジェットも完備と言う女性だった。


 パルクールには女性が参加不可と言うルールがない事を知った瞬間でもある。そして、その人物の装備はプロモーションビデオでも見覚えがある。もしかすると、あの人物を追跡すれば何か分かるかもしれない。


「何とか追跡しないと―」


 あのスピードに追い付くためには、同じ装備が必要不可欠だ。100メートルを10秒切るような選手でも、あのスピードの選手を追いかけるのは物理的にも不可能。その蒼空が発見した物、それはレンタルスーツを扱っているアンテナショップだった。


 早速、自動ドアの前に立ち、周囲を見渡して何かを確認し始めていた。慌てても事態は進展しないので、落ち着こうとしているのだが…どうしても落ち着かない。


「あのサイトにはガジェットの運用にはライセンスが必要な一方で、レンタルならライセンスが不要と言う事もあったはず」


 いくつかのガジェットを品定めしていく内に、自分が入り込もうと考えている世界がどのような物か考えていた。ゲームと言うよりはスポーツ、それもF1やバイクレース等の様なモータースポーツに通じるだろうか。


「何か急いでいるようだったら、セッティング済のガジェットもあるぞ。レンタル代金は通常のカスタマイズよりも高いのが欠点だが」


 蒼空の姿を見たエプロンをした店員と思われるおっさんが、急に声をかけてきた。ガジェットをすぐに用意できれば―と考えている事を彼の表情で把握したらしい。


「これが、セッティング済のセットですか?」


 ショップの店長と思われる人物が持ってきたタブレット端末を見て、蒼空は衝撃を受けていた。急ぎでカスタマイズしたとは思えないようなスピードセッティング、防御面でも高い耐久力を示しているのが分かる。


「このセッティング自体は他の選手に依頼されていた物だが、君が急ぎでガジェットが欲しいと思っているのを表情で見てとれたから―」


 彼の話を全て聞くことなく、蒼空はレンタルガジェットの使用届をタブレット端末で作成し、完成したデータを店長の端末へ転送する。


「このカスタマイズでも問題ありません。今は、追跡したい人物がいますので。その為にもガジェットが必要と思っています」


 この一言を聞いた店長は、別の場所に置かれていたコンテナを開封し、そこからインナースーツを1着取り出して、それを手渡した。


「インナースーツに関しては購入する事になっている。1着1500円だが、こちらに関してはレンタル出来ない事情もあって―」


「それは分かっています。先ほど、サイトの方で確認済みなので」


 蒼空が用意周到だった事に店長も疑問を持ったが、自分が用意したセッティングのランニングガジェットをテストするには丁度いい機会だった為、レンタル料は若干だがサービスする事にした。スーツの料金は別にもらうとして、合計3000円をタブレット端末に入力して、それを蒼空へ提示した。


「合計で4500円だが、消費税は別扱い。向こうのレジで精算後、ガジェットルームまで来てもらえれば、ガジェットは用意しておく」


 しばらくすると、店長は姿を消していた。どうやら、ガジェットを用意する為に移動したらしい。


 その後、蒼空は店長の指示通りにレジへ向かい、ガジェットの件をレジの男性スタッフに説明する。スタッフの方も事情を理解したらしく、料金の精算とカードを手渡すだけで手続きは終了した。

カードの方はガジェットの方に挿入する物と言う事だが、詳しい事は店員も話さなかった為に不明。


 ガジェットのチェックが完了するまでの間、蒼空は更衣室で着替えを始める。全裸になる必要性はなく、下着の上からインナースーツを着込む物らしい。


「準備が完了した」


 店長の声が聞こえたので、ガジェットルームへ向かう。そして、部屋の中で目撃したのは別の意味でも衝撃的な物、ランニングガジェットである。


 ランニングガジェット、パルクールで一部のプレイヤーが行っていた危険なパフォーマンス等を抑える為に開発した物であり、ランニングガジェットなしで行われるパルクールは原則としてアクロバットと判定される。


 アクロバットと判定されると警察の逮捕対象と判定されるように運営側が決めている。こうでもしなければ危険行為が減らないというのは何か間違っているのかもしれないが、一定のルールが守られてこそのパルクールであると今ならば思える。


 ジャンルは違うが、BL勢の暴走が本来はBLではない作品をBL作品のように仕立てて小説ランキングを独占した例があった。こうした無法地帯とも言える勢力の存在が、そのジャンルをダメにするとまで言われている。


 現に一部のBL勢が暴走した結果、国会でBLに対する規制法案が審議されているのだが、何処までが真実なのかを知る手段はない。ネット上でも野党が与党批判を行う為の口実と言われる始末だ。


 しかし、こうした規制によって封じ込める策は一部で『魔女狩り』とも言われ、超有名アイドルを抱える芸能事務所の十八番とまで言われた事もあった。芸能事務所以外も魔女狩りを実行している業界は存在するのだが、芸能事務所だけが強く言われるのは政治と金に強く関係しているという噂があるからだろう。


 他のジャンルでも言われているが『ルールを守って正しくプレイ』というのは、どのゲームやスポーツでも一緒だ。しかし、ルールを守る人物が100%いるとは限らない。中には、ルールを破って違法アイテムやチート、不正手段に手を染める人物もいるだろう。


 そうした人物が根絶できれば苦労しないが、現実は色々な問題を抱えている為、上手くはいかないのが現実である。パルクール・サバイバルトーナメント(ファンによる通称はパルクール・サバイバー)も例外ではなく、ARゲーム全般でもチートに関しては課題の一つとして挙げられている。


 違法なガジェットの横行を防ぐ為、運営が取った手段と言うのがアンテナショップによるガジェットの購入という物で、正規ショップ以外で購入する際には細心の注意をするようにともサイトでは言及されている。


 午前10時30分、店長が何かの機械を起動させる。そして、蒼空に対してここに入るように指示をする。形状はカプセルサウナを連想させるような縦に置かれた筒型の何かだが、一体何をしようと言うのだろう。


「ガジェットシステム起動!」


 店長が機械のスイッチを押すと、蒼空のインナースーツにアーマーのような物が装着されていく。両腕、両足、腰、胸部、ヘッドの順で装備されるのだが、蒼空本人が驚く様子はない。


 装着されたアーマーのデザインは汎用的な物で、特に目立つような特徴は存在しない。水晶を思わせるような結晶の塊が何を意味するのか気になる所だが、まずはスーツに慣れるべきと考える。


「これが、ランニングガジェット―」


 蒼空が装着されたアーマーを鏡で見て驚くのだが、ランニングガジェットは装着された物ではなく、別に店長が用意をしていた物だった。店長の隣に置かれている青色のコンテナ、それを開くと中に入っていたのは戦闘機を思わせるようなバックパックユニットである。これが正真正銘のランニングガジェットだというのだろうか?


「本来であれば、これはレンタルではなく特注ガジェットだ。しかし、起動テストは数度しか行っていないという代物。それでよければ特別価格で提供しよう」


 店長が自慢げに用意したガジェット、それは本来であれば別の用件で準備していた物で、市場には流通もしていないワンオフ物である。他のレンタルガジェットよりも高性能な物を求めていた蒼空にとっては願ったりかなったり。その一方で何かの見返りを店長が求めているのではないか、と言う考えも彼の脳裏に思い浮かぶ。


「特別価格とは?」


「先ほど支払ったインナースーツ代とアーマーのレンタル料だけで構わない、と言う事だ。このガジェットに関しては、レンタル料には含めていない」


 特別価格と聞いて、蒼空は疑問に思った。下手をすれば定価よりも高値になるオチも避けられない。改めて聞くとレンタル料だけで構わないというのだが、それでも信用出来るか分からない。


「あからさま過ぎる。何か含みを残しているようにも思えるが」


「そこまで警戒しているとは―」


 蒼空が特別価格の理由を聞くので、店長が何とかごまかそうと考えていた。無料と言うのも詐欺と勘違いされるので特別価格と言ったら、まさかの反応をされたので店長は困惑している。


「仕方がありません。他のお客もいないので、この事は我々とあなたの間だけの話……他言無用と言う方向でお願いします」


 彼の熱意に負ける形で他言無用と言う条件を付けて、事情を話す事にした。他のお客が来ていたら、自分にもサービスして欲しいと詰め寄られる可能性があるので、あまり話したくはなかったらしい。


「このガジェットは、元々が運営の防衛組織であるパルクール・ガーディアンが使用するのを想定して調整していた物。パルクール初心者で扱えるような代物ではないのは明らかだろうが―」


「なる程。これが、噂のパルクール・ガーディアンが使用している物と同等の……ならば、行けるか」


 店長が全てを説明する前に蒼空はブースターユニットを装着、専用のカタパルトを思わせる出口から出て行ってしまった。


「話は最後まで聞くべきとは思うのだが」


 そのまま出て行った蒼空を呼び戻す事を店長はしなかった。とりあえず、ガジェットのデータさえ手に入れば問題はないのである。その後、別のお客の対応をする為に店の方へと戻る。


 同時刻、その様子を見ていた人物がいた。一見するとセールスマンに見える。しかし、彼が売っている物には問題点があった。


「例の奴を発見した。どうやら、あの時の連中を追っている可能性がある―」


 その人物は小声で電話をしている為、周囲から見ると怪しいのが即分かりなのだが、それでも彼を指摘できないのには理由があった。


『なるほど。ガーディアンの新型という可能性もあるか。一応、報告はしておこう』


「そんな悠長な事では駄目だ。すぐに上層部へ掛けあって欲しい。そうでなければ、手遅れになる」


『一体、どう手遅れになるのだ?』


「貴様……我々を潰す為に偽物を掴ませたのか?」


『だとしても、我々がライバルの芸能事務所を潰そうと言う証拠は何処にある?』


 背広の人物は電話の相手に対して強い悪意を抱いていた。このままでは、自分の事務所に所属しているアイドルにも危害が及ぶ。そこで、彼は一発逆転のチャンスを思いつく。


「証拠はないが、別の物ならばある」


『別のだと!? まさか、それは―』


 電話の相手も彼の発言を聞いて動揺をしている。どうやら、ビンゴだったらしい。そして、彼は更に話を続ける。


「それは、アカシック―」


 何かの単語を言おうとした彼は、何者かによって狙撃されたのである。狙撃と言っても実弾ではなく、スタン効果を持ったCG製の疑似弾丸だった。周囲のギャラリーも発砲音を聞いたわけではなく、急に倒れた人物を見て悲鳴を上げる女性もいる。


 午前10時32分、ショッピングモールの駐車場付近では狙撃用のARガジェット及びARアーマーが目撃された。しかし、それを確認できたのは狙撃中だけで、その後は姿がない。どうやら、ステルス迷彩の様なシステムを使って姿を隠したらしい。


「本当に回りくどいような方法を使う―これがパルクール・ガーディアンのやり方か」


 ガーディアンがある物の存在を突き止める為にバイヤーを利用、違法ガジェットを使用した選手と合わせて一網打尽にしようというのがガーディアンの考えていた事だが、このスナイパーはガーディアンとは無関係で違法バイヤーを狙撃した。


「しかし、連中がアカシックレコードを狙っているとは思えない。おそらく、資料やフレーバーテキスト程度の存在として軽視している可能性もあるが」


 スナイパーの言う連中、それは違法バイヤー達の事である。彼らは違法なARガジェットを仕入れ、欲しいという選手やコレクター等に売るだけの存在であり、多くの情報を掴んでいるとは考えにくいからだ。


『臨時ニュースをお伝えします。本日午前10時30分頃、足立区内にて○○芸能事務所のマネージャーが狙撃される事件が起きました―』


 しばらくして、テレビのワイドショー番組でも臨時ニュースが流れ、今回の事件は更に注目される事になった。このニュースを確認したスナイパーは今回の作戦が失敗したと確信する。


「仕方がない。別の作戦を考える」


 次の瞬間、ステルス迷彩で隠されていたARアーマーが姿を見せる。それはミリタリーチックなロボットを連想させるのだが、瞬時で姿を消した。その後、黒のコートに若干巨乳と言う黒髪の女性が入れ替わりで姿を見せる。


「どちらにしても、ガーディアン側が違法バイヤーを放置しているような姿勢を見せるのは、他のARゲーム勢にとっても不利になる。バトル要素のない音楽ゲーム、チート要素が最も規制されているカードゲーム系は問題がない一方で―」


 彼女はARゲームにおける違法バイヤーの存在を懸念、それを彼女の依頼主に報告した結果として、今回の違法バイヤーのハンティングと言う任務を受けている。しかし、今回のニュース報道によって警備等が厳重になるのは間違いない。


「パルクール・サバイバーはどのような方向へ向かっていくのか。そして、運営は何を狙っているのだろう」


 レーヴァテイン、それが彼女の右手に装着されたARガジェットに書かれている名称である。

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