月光の奇跡
ー 貴方は奇跡を信じますか?
やり直せるならやり直したいと思いますか?
そして、会えるなら会いたいと思う人はいますか?
そう…出来るならもう一度………… ー
リリリ……リリリ…リリリリリ……
「………………んっ」
鳴り響く目覚ましの音で彼女は目を覚ます。
カーテンの隙間からは日の光が射し、朝だという事を告げる。
そして、まだ寝ぼけている頭で布団を見ると、彼女は自分の化粧道具が散らかっているに気付いた。
初めは昨日自分が寝る前に散らかしたのかと思ったのだが、よく見るとそれは何処かに導こうとしていた。
「…………?」
不思議に思った彼女は、導かれるまま化粧道具を追って行く。
するとそこには、彼女の好きな青色のシンプルだが、とても可愛らしい自分のサイズに合いそうな一着のドレスがソファーの上に置かれていた。
そしてそのドレスにはメモ書きのような手紙があり、そこには、“怒ったりしてごめん”と、一言だけ書いてあった。
「………………っ!!!」
嗚呼、そうだ………そうだった………………
あの時私達はしようもない事で喧嘩をしたんだ…………
仲直りなど、何時でも出来ると思って、あの時は謝らなかった……………
だけど…だけどもう謝る事が出来ない………!
彼女はそう後悔しながらその場に泣き崩れた。
彼が居なくなる一週間前、彼女達は友人の誕生日パーティーに招待され行く事になっていた。
だが、彼女には少し用事があったため、彼には先に行く様に言う。
そして、暫くして用事を済ませた彼女は、ドレスに着替えパーティーに向かった。
パーティーが開かれている会場に着いた彼女は、飲み物を手にし、彼を探した。
「えっと、どこにいるのかな?」
そう呟いた時、
「仁奈」
と、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
振り返った彼女は、少し離れた場所に彼を見つける。
だが、何故か彼は不機嫌な顔をして彼女のもとに行った。
「仁奈そのドレス……」
「あっ!
やっぱり気付いた!?
昨日買い物に行った時に、一目惚れして買っちゃったんだ!
どう?
似合う?」
そう言って彼女はドレスの良さなどを魅せつける為に、クルッと一回りする。
だが、彼の機嫌は更に悪くなる。
「どうしたの?
何かあったの?」
疑問に思って思わず聞いてしまった彼女に、彼はとうとうキレる。
「どうしたかだって?
俺が3日前に買ったドレスはどうしたんだよ?
せっかくお前の誕生日プレゼントにって買ったのに…
気に入らなかったんなら気に入らなかったで、あの時言ってくれればよかっただろ!?
だがあん時お前気に入ってくれて、今日着てくるって言ってただろ!
それなのに昨日の買い物で一目惚れして買っただ?
ふざけんじゃねーぞ!」
彼自身も分かっていた。
こんなしようもない事で怒って子供だって。
だが言わずにはいられなかったのだ。
悔しさと、辛さが入り混じって、言いたくない事まで言ってしまっているのだ。
「な、何よ!?
そんなに怒る事ないでしょ!?
確かに貴方が買ってくれたドレスは私の好きな色で素敵なドレスで、今日着て来るとも言ったわ!
それに悪いとも思ってる………!
貴方が買ってくれたドレスがあるのに、自分で別のを買って、それを今日着て来てしまって!」
そう言って彼女は泣きながら反論をした。
訳がわからなかったのだ。
そんな事で彼が起こる事が。
今日は着てないけど、今度のパーティー等で着ればいいじゃないかと。
彼女自身も、色んな感情が入り混じって、反論を続ける。
そんな彼らを、周りの人は仲裁しに入るが、意味はなかった。
そして、散々言い合いをした後、
「もういい!!
もう知らない!!
あんなドレス二度と着ないわ!!!」
そう言って彼女は泣きながらパーティー会場を飛び出した。
彼女が飛び出し出て行った後少しして、周りの友人達は、『お前どうしたんだよ?』『大丈夫か?』『謝って来い!』等、色々と言ってきていた。
彼自身も馬鹿な事をしたと悔い、そんな友人達に
「大丈夫だよ。
すまなかったな皆……
楽しいパーティーを台無しにして……………
俺は帰るから、パーティーは俺抜きで楽しんでくれ」
そう言って彼はパーティー会場を後にした。
外に出た彼は、近くの公園で頭を冷やす事にした。
「………………………………はぁ
さっきは何であんな事で怒ってしまったんだ…?
別にあんな物、何時でも着て来れるじゃないか…………
馬鹿だなぁ俺………………
こんな事じゃ、恋人失格だな…………」
そう呟き、彼は自嘲気味に笑った。
「さーてと、あいつが好きなケーキでも買って帰ろう!
そして、さっきの事を謝らねーとな!」
と立ち上がった時、急に視界が眩んだ。
「あ………………れ…………?」
気付いた時には地面に倒れていた。
彼自身も何があったのか把握していない。
どうして地面に寝ているのか。
誰かを呼ぼうにも、呂律が回らず、うまく話せない。
身体を動かそうとしても何故か動かない。
(あー、駄目だ……
意識がハッキリしない……………
俺どうなったんだ?
確か立ち上がろうとして……………………
えっと、どうなったんだ?)
そんな事を思いながら、彼はそのまま意識を失った。
その3時間後、公園内を散歩していた男性に彼は発見され、病院へと搬送された。
だが、発見されるのが遅かった為、彼は救急車の中で息をひきとっていた。
医者は、彼の胸ポケットに入っていた、彼女の携帯番号に電話をし、すぐに病院へ来るように伝えた。
連絡を受け、大急ぎで病院へ駆け付けた彼女に医者は事のあらすじを伝えた。
彼が脳梗塞で倒れ、その後発見が遅れ死亡したと。
そして、医者は彼の胸ポケットから連絡先を見る時に入っていたメモを彼女に渡した。
そこには“怒ったりしてごめん”、それだけが書かれていた。
その後彼女は、彼が眠る部屋へと案内をしてもらった。
医者に一言断りを入れ、彼の顔を見る為に被せてあった布を取る。
そこには、とても死んでいるとは思えない様な、安らかで、今にも起きそうな顔をしていた。
「…………………………嗚呼、何だ…
眠ってるだけじゃないですか……
まったく、皆に迷惑をかけたりして、いけない人だな…
ほら、起きて。
帰ってちゃんと家の布団で一緒に寝ようよ…
ねぇ、起きてってば…
ねぇ!」
彼女は彼を起こそうと、必死に彼の体を揺する。
だが、彼が目を覚ます事はない。
「稲崎さん…
お気持ちはお察ししますが、彼は………………」
そんな彼女を見ていられ無くなった医者が声をかける。
だが彼女は聞く耳を持たない。
「何を言ってるんですか先生?
死んだ人がこんな安らかな顔の筈ないじゃないですか…
この人は昔から人をおちょくるのが好きで、よくこんなイタズラをするんです…
だから今も皆を驚かせる為にこうして……………」
「稲崎さん!
現実を受け止めて下さい!
彼は亡くなられたんです!!」
激昂がとぶ。
一瞬驚き、そして悟った。
嗚呼、彼は本当に死んでしまったんだ、と。
「…………っ!」
彼の死を受け入れた瞬間に彼女の目からは涙が流れて、そして泣き続けたのだった。
次の日の夕方、彼女はテーブルの椅子に座りメールを打っていた。
短い文ではあるが、打っては送り、打っては送りを繰り返していた。
だが、そのメールに対して返事は返って来る事はない。
あの時する事が出来なかった事を意味もなくしているのだ。
会いたい……
もう一度会って、あの時出来なかった事をやりたい………
彼女の胸は後悔と悔しさと、そして寂しさでいっぱいだった。
そう……
メールの送り先は彼だ。
その彼に送ったメールは30通を超えている。
“可愛いドレスを有難う”
“折角買ってくれたのに、着て行かなくてゴメンね”
“ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃん”
“私を一人にしないでよ”
“やり直せないのかな…”
“会いたいよ”
など、こういったメールで彼の携帯のBOXは埋まっている。
「どうして………………どうして逝っちゃったの…!?
約束……………………し…たのに………ッ」
メールを打つ彼女の手は震え、ポタポタと携帯の画面に涙がこぼれ落ちる。
返って来ないメール、読まれる事のないメール………
「やだよ……………っ!
会いたいよ…!
あの時の事…………ちゃんと…ちゃんと謝らせてよ!!
謝らなくちゃいけないのは私なのにっ!!
なのに………なのにどうしてっ!!!」
何時間も涙を流し続けているのに、それは枯れることはなかった。
それからどれだけの時間がたったのだろう。
泣き疲れた彼女はいつの間にか眠ってしまっていた。
「…………」
翌朝、彼女は目を覚ました。
そして彼女は決心したのだ。
ここに居ても辛いだけだ……………
ここを出よう…………と。
そうして彼女は荷造りを始めた。
「これで全部かな?」
すべての荷を詰め終わった頃にはすっかり外は暗くなり、月と星が出ていた。
「綺麗な月………
それに、少しだけかかった雲がいい味出してるなぁ…」
窓の外で輝く星と月を見ながら彼女は呟いた。
すると、月にかかっていた雲が突然晴れ、眩い月の光が部屋に差し込む。
「え?
な、何!?」
眩しさのあまり、彼女は目を瞑る。
暫くして、明るさに目が慣れて来た彼女は目を開け、そして息を呑んだ。
「こ……れっ…て……………!!?」
そこにはあのパーティーの時の光景が広がっていた。
その光景に彼女は何が起こっているのか分からず、混乱と困惑の色を顔に表していた。
何故こんな光景を見ているのか?
何故こんなつらい光景を見ているのか?
と。
だがそれは少し違った場面でもあった。
それは、彼女が着ているドレスだ。
青いシンプルなドレス……彼が彼女の為に買ってくれた可愛いドレスだった。
そのドレスを着た彼女を見た彼は微笑みながら近付き、そして『とても似合ってるよ』『買って正解だったな』などと、声をかける。
それに対し、青いドレスを着た彼女は少し照れながら『ありがとう』と言った。
そしてそのドレスを着た彼女は、彼と一緒に楽しそうに話したり、ダンスを踊ったりと、とても幸せな光景がそこには広がっていた。
しかし月に雲がかかり光が遮断され、光と共にその幸せな光景も消え去った。
「いや!!
待って!!
消えないで!」
彼女自身もどうしてそんな事を言ったのかは分からなかった。
けど、この幸せな光景をずっと見ていたいと何故かそう思ったのだ。
「………っ!
神………様お願い……一度だけでいい…一度だけでいいから……彼に…彼に合わせて………………!
お願い………」
その場に泣き崩れた彼女は必死に訴えた。
すると、彼女の応えるかのように、月にかかっていた雲が晴れ眩い光が部屋に差し込む。
再び差した光に顔を開けた彼女が目にしたのは、さっきとは全く違うものだった。
「……!!
……………嗚呼…」
彼女は驚き、言葉を失ったが、それは直ぐに喜びへと変わった。
『仁奈』
光が差し映し出したのは彼だった。
彼は愛しい人を見る優しい顔をし、彼女の名を呼ぶ。
会いたかった。
今すぐにでも抱きつきたかった。
だけど何故かそれは出来ないと、彼女は分かった。
「…………………ごめんなさい」
彼に話そうとした時まず初めに出てきたのは謝罪の言葉だった。
ずっとずっと、謝りたかったからだ。
だが彼は彼女のその言葉を聞いて、首を横に振る。
それを見て彼女は、
「やっぱり、許してもらえ無いよね……許してもらえるわけ無いよね…………分かってる、全部私が悪いんだって……………ただね、許してもらいたい訳じゃないの…ずっとね、こうやって、メールとかじゃなくて、会って謝りたかったの!」
そう言って顔を上げた彼女は笑っていた。
そんな彼女を見た彼は困った顔をし、そして言った。
『……違うよ仁奈。
許すも何も、悪いのは俺の方だ。
あの時、あんな事であんなにムキになって怒る事はなかったんだ。
それなのに俺は子供みたいに怒って、お前を泣かせた。
謝らないといけないのは俺なんだよ。
本当にゴメンな………』
頭を下げ謝る彼を見て彼女は
「違うわ!
貴方は何も悪くない!
悪いのは全て私よ!!
悪いのは私なの!!」
と、声を荒らげ言った。
『仁奈……』
手を伸ばし、彼女に触れようとするが、その手は彼女をすり抜け空をかく。
『………………』
何もできない歯がゆさに彼は拳を握りしめた。
そして彼は彼女に、
『仁奈、俺はあの時のパーティーも含めて、お前と過ごした日々は幸せだったよ。
こんな最悪な別れ方だけが後悔だったけど、それでも俺はとても幸せだったと胸を張って言える』
「…え?」
彼の唐突の言葉に彼女は驚いた。
何故そんな事をいきなり言ったのか、何故そんな事を言うのか。
だけど何故か彼には分かったのだ。
もう直ぐ自分は消えていなくなる。
そして、もう二度と会えなくなると。
だがら彼は死ぬ前に彼女に伝えたいと思っていた事を伝えたのだ。
すると、彼の体が徐々に消えかけていた。
「!?」
見ると、月に再び雲がかかり始め、光が遮られてきていた。
「嫌!
行かないで!!
ずっと側にいてよ!」
此処に留めようと必死で手を伸ばし、彼の手を摑もうとするも、彼女の手は彼をすり抜け空をかく。
そんな彼女に彼は、
『お別れだ、仁奈。
泣かなくていい。
姿は見えなくても、俺はずっとお前の側にいる。
あぁ、それから、俺と出逢ってくれてありがとう。
俺を愛してくれてありがとう。
俺に幸せをくれてありがとう。
もし生まれ変われるなら、またお前に出逢い、恋をし、そして今度こそ家族になろう』
そう言った彼の顔は満足そうに笑っていた。
そしてその言葉を最後に彼は光と共に消えて行った。
「嗚呼ぁぁぁ!!!!!」
顔を手で覆い、彼女は一晩中泣き続けた。
あれから数日がたった。
あの時引っ越そうとしていたが、それは止め今もこの家に住んでいる。
辛さを抱えたままであればきっと彼と過ごした此処を離れていただろう。
だが今の彼女は、彼と逢ったあの晩を境にずっと抱えていた悲しみや悩みなど、色々あったものが吹っ切れ、すっきりした顔をしている。
「よっし!
おかしな所はないよね?
うん、バッチリ!」
鏡を見ながら身だしなみを整え言う。
「あれは持ったし、あれも鞄に入れたし、後はー………」
キョロキョロと忘れ物がないか見渡す。
「よし、忘れ物はなし!
さて、頑張らなきゃ!」
そう言って玄関に向かい靴を履き、扉を開ける。
外に出て扉を占める前に彼女は誰も居ない筈の部屋に
「行ってきます」
と、笑顔で言い扉を占めた。
その時風が吹き、その風に乗って『行ってらっしゃい』と声がした。
だが彼女は特に驚きもせず、笑顔を空へ向ける。
彼女にはその声の主が誰か分かっているのだ。
そう、それは姿は見えないがずっと側にいると言ってくれた彼だからだ。
ー E N D ー