初登校
登校のため、制服を着た三人と早朝の通学路を歩く。
わたしは高校まで、家から徒歩十五分で行ける。バスや電車も必要ないからとても楽だ。
「……」
何となく予想はしていたことだけれど、視線を感じて仕方がない。わたしの同じ高校の子の。
それはもちろん、わたしに向けられているものじゃなくて――輝かしいほどに美しい彼らに向けられているもの。
何で三人と平凡なわたしが一緒にいるのだろう、と云ったものも感じるけれど。
アルドさんは辺りをキョロキョロしながら、わざとらしく笑いながら言った。
「なんかさー、なんかさっきから凄い見られてる気がするんだよね」
「そ、そうですね」
「沢山の人……主に女の子が、アツーイ視線を送ってきてる気がするなあ。気のせいかな?」
「えっと、気のせいじゃないと思いますよ……」
「……ふうん」
何を思ったのか、アルドさんは女子の固まりへにっこりと笑ってみせた。
彼がファンサービスよろしく笑えば、女子の固まりはアイドルの取り巻きのように甲高い叫び声を上げる。
「るせえな……」
そこら中にいる高校生のように、黙々とヘッドホンで音楽を聞いているルカさんにもその悲鳴は聞こえたらしく、彼は不機嫌そうに呟いた。
どうやらヘッドホンは私のお父さんからの借物らしい。
「……っ」
一方、ルカさんとアルドさんの影のようにひっそりと歩いていたエリオさんが、小さく呻き声のような声を漏らした。
「エリオさん、どうかしましたか?」
「すごく……」
「すごく?」
「……多方面から、すごく見られていて……落ち着かない。こういうのは、嫌だ」
エリオさんは心底気分が悪そうに、うつむきながら歩いていた。
彼の気持ちを知る由もない女子たちは、もっと顔見せてー! とますます騒ぎ出す。
「大丈夫ですか? わたしもこういうのは落ち着かないです。ちょっと早歩きで学校へ向かいますか?」
「いや……大丈夫だ」
こういうの本当に苦手っぽいのに、大丈夫かなあ。
明らかに顔色の良くないエリオさんを心配していると、「おい!」と焦りの孕んだ声が右から飛んできた。
驚いて右を振り向くより先に――力強い腕がわたしの身体を捉え、その場から三歩分くらい後退させた。
訳が分からず戸惑っていると、猛スピードで走行する車が目の前を横切った。運転手は「気をつけろ!」と一言言い捨てて――。
どうやらわたしは赤信号にもかかわらず車道へ出て、車に轢かれそうになっていたらしい。
今になってぞっとして、鳥肌が立った。
震えつつ顔を上げると、
「危ねえな……。……お前、馬鹿じゃねえの? 何ボーっとしてんだよ」
ヘッドホンを外してそう言い放つ、呆れたような困ったような表情のルカさんがいた。
これはもちろん否定できない。ぼーっとして車道に出ていたわたしは本当に馬鹿だと思う。
わたしは震えながら何度も頷くことで精一杯だった。
「すみません。助けてくれて本当にありがとうございました……」
「愛子ってどこか抜けてるからな」
「よく言われます」
自己嫌悪と、助かったことの安堵感が混ざった溜息が出る。
そして、
「あ、あの……」
「ん?」
ようやく落ち着いてきたところで、今度は、未だにわたしの身体を捉え続けている腕に気づいた。
あちこちから羨望の視線を感じることもあって、顔の熱が上がっていく。
「――ああ」
ルカさんはそっと腕を話すと、にやりと笑ってわたしの顔を覗きこんだ。
「お前、顔赤いぜ」
「赤くないですよ!」
咄嗟に否定したけれど、その自信はなかった。
「あ、やっと来たー。愛子ちゃん、さっき危なかったんじゃないの?」
「大丈夫……だったか」
青になった信号を渡ると、既にアルドさんとエリオさんがその先で待っていた。
「はい大丈夫です、ごめんなさい」
信号を渡れば、もう校門はすぐ目の前にあった。
そしてわたしと【転校生】と云うことになっている三人は、校門を通り抜けていった。