正体-2
「――ごちそうさまでした」
一番に食べ終わった灰髪青年が、ご丁寧に手を合わせ、頭を下げる。
そして顔を上げると、静かな声で黒髪青年に問いかけた。
「……僕たちのこと――僕の口からお話してもよろしいでしょうか」
「あ? 別にいいぜ」
「では、僕達のことを話そうと思う。……僕はエリオ=パーニと言う。こちらの――グレンダ家の伯爵であるルカ様と、弟君のアルド様に仕えている、執事の者だ」
灰髪青年、もといエリオさんは、残りの二人をそれぞれに視線を配りながら言った。
どうやら俺様な態度の黒髪青年がルカさんで、飄々としている茶髪青年がアルドさん、ってことみたい。
「へえ、執事さんなんですか」
「……ああ。パーニ家の者は、代々グレンダ家に仕えることになっているんだ」
「ほおー……」
……?
……執事? 伯爵?
「え? え……え?」
「昨夜の晩だった。どういうわけか木の上にウサギがいて、地上に降りられずに震えていた。それをルカ様が助けてやったのだ。そうしたらそのウサギから何故か白い光が放たれ、ルカ様はその光に吸い込まれてしまったのだが、近くにいた僕とアルド様も同様に吸い込まれた。そして気がついたときには、僕たちは見知らぬ世界に――この家に、いた」
「ちょ、ちょっと待って下さい、今、すごい頭が混乱してるんですけど……」
ぐちゃぐちゃになった頭なりに、彼に聞いた話を慌てて整理する。
登場人物は、伯爵とその弟とその執事。
一、伯爵がウサギを助けた。
ニ、ウサギから白い光がぱあああっと放たれた。
三、伯爵はその光に吸い込まれ、弟と執事も光に一緒に吸い込まれ、そして――
……私の家の庭へやってきた。
そんな訳の判らない、というか非現実的なことがあるのだろうか。ウサギを助けたら知らない世界へ飛ばされた、だなんて。
だけどエリオさんが嘘を付いているだなんて思えないし、何よりわたしは、彼らが光に包まれて現れたその現場を目にしている。
……にしても、なんだかどこかで聞いたことのあるような話だ。
「あ――」
私はハッとした。――気づいたのだ。
……もしかして。ううん、もしかしなくても。
これ、よく漫画とかで聞く【異世界トリップ】ってやつなんじゃ――。
「……こんなこと、本当にあるんだ……」
驚きの余り呆然としていると、卒然とルカさんに「おい」と肩を叩かれる。
「何ボーっとしてんだよ。ちゃんとエリオの話聞いてたか?」
「き、聞いていました」
「なら大体話の内容は掴めたな? 俺らもよく分からねえんだよ。急に光に吸い込まれて、気づいたらお前の家にいたんだから――元の世界に戻る方法もわからない。お前が俺たちを呼び寄せた訳じゃないんだろ?」
「もちろん違いますよっ。わたしだって、急にあなたたちが庭に現れたから、訳が分からなくて驚いているんです」
「……そうか」
ルカさんは小さく溜息を吐いて、それきり黙ってしまった。
これから先どうすればいいのか、考え込んでいるようだ。
「まあ、とりあえずさ」
アルドさんの明るい声が、少しの間流れた沈黙を破った。
「急に知らない世界に飛ばされて、辿り着いた場所がここってことは――元の世界に戻るカギは、ここにいた人間が……つまりは、君が握っているってことだよね? ね、愛子ちゃん」
「えっ、わたし何も知りません」
「君本人が何も知らなくても。元の世界に戻る方法に、大きく君が関与していることは間違いないと思うけどー? ねえ、ルカ兄」
「ああ。お前と生活を共にしていれば、何か手がかりが見つかるかもしれない」
ルカさんのその言葉を聞いて、程なくしてとってもとっても嫌な予感がした。
まさか、まさか――。
悪巧みをする子供のようなその笑みが妙に恐ろしくて、思わず後退りする。
けれどルカさんは笑みを崩すこと無く、わたしに言い放った。
「今日からこの家に住む。覚悟しろよ、愛子」