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ロイコクロリジウム

作者: 天井 天丼

 わたしは知っている。外の世界は危ないのだ。

 電車は小学生を蹂躙するもので、電線はハトを感電させるものだ。紅茶には青酸カリが入っているし、シャープペンシルは皮膚や眼球に突き立てるためのものだ。公園の芝生には除草剤が撒かれているし、空の色には青色一号が使われている。

 そうに違いない。

 わたしは外に出ない。外は危険だからだ。

 代わりに窓から外を見る。三階の、二重ロックの窓から、外を見る。

 スーツ姿の男性がバス停のベンチに座っていた。男性はメモ帳に、なにやら慌ただしくペンを走らせている。そのペンは赤い。

 わたしには男性が殺人犯に見えた。そうに違いない。でも彼はもうすぐやってくるバスに轢かれてしまうのだろう。そうに違いない。そこは危ない世界だから。

 わたしは腰に銃を携えている。これだけ危険な世界なのだ、銃だっている。

 わたしは知っている。危ないものに対抗するためには危ないものが必要なのだ。だからわたしはみんなより危ないものを持つ。みんなは銃を持っていない。銃は危ないから法律では使ってはいけないものと決められている。

 不思議な話だ。そう思う。

 何もない部屋の窓際に、銃を持って、わたしはいる。窓から見えるのは死ぬ間際の殺人犯。きっとあの人はこれから自分が死ぬなんて思わないだろう。

 空が見える。きっとあれがみんなを弱らせるのだ。

 公園が見える。あんなところで遊ぶから子どもは変に育つのだ。

 外は危ない。

 みんなはなにを思って外へ出るのだろう。外に出るなんて、わたしにはとても出来ない。


 おうい、と。窓越しにでも分かるくらいの声が外から聞こえた。おうい、と。何回も聞こえた。

 見ると、人がいた。

 出ておいでよ、と人は言う。その声は二重ロックの窓を破り、わたしの耳にひっついた。

 あの人は危ない人だ。そうに違いない。わたしを危ない世界へ連れ込もうとする危ない人。

 わたしは拒絶した。小さい声で、いや、と言った。でもわたしの拒絶は窓に阻まれる。あの人には聞こえない。でも窓は開けたくない。窓を開けたら、この部屋も危ない世界に組み込まれる。ダイオキシンの混ざった空気がわたしを殺すのだ。そうに違いない。

 わたしはその人に銃を向けた。これなら窓も突き破れる。もちろん突き破ったらわたしは死んでしまうから、撃ちはしない。三階の、二重ロックの窓から銃を向けて、いや、という意思を示した。

 するとその人は言った。

 君はどうしていつも窓際にいるの。

 君はどううしていつも外を見ているの。そう言った。

 耳にひっついた言葉が、今度は鼓膜も耳小骨も抜けて蝸牛に寄生した。その言葉は脳に届き、わたしは考えを支配されてしまった。

 わたしはどうしていつも窓際にいるの。わたしはどうしていつも外を見ているの。それは考えたこともないことだった。わたしはいつも窓越しに危ない世界を見て、あれは危ないそれは危ないと指摘して、時々車に轢かれた猫の死体を見つけたりすると、その都度やっぱりあちらは危ない世界だと認識して、何もないこの部屋の窓際という座標で安堵の溜息を漏らしていた。

 そうに、違いはないだろうか。

 わたしが見ていたのは危ない世界だろうか。

 そうは思えないわたしがいた。

 窓は埃にまみれているぞ。窓は酷く曇っているぞ。そんなものを通して見た世界が危ないものだと断言していいのか。危ないならなんでそんな物騒な景色をずっと、じっと見ているんだ。憧れているんじゃないのか。外へ行きたいからじゃあないのか。あんたが今吐いた溜息は本当に安堵によるものか。何もないその部屋があまりにも退屈だからじゃないのか。なあ。

 なあ!

 その問い掛けに寄生されたわたしが言った。何もない部屋に響く。頭が死ぬほど痛い。答えが出ないのだ。

 わたしはどうしていつも窓際にいるの。わたしはどうしていつも外を見ているの。


 出ておいでよ。


 その人はもう一度言った。

 外の世界からのその言葉は、窓を突き破ることなく抜け、わたしを殺すことなく耳に入ってきた。

 途端、頭の痛みがすっかり消えた。部屋に反響していた問い掛けも、気付いた時には空気に溶け込んでいた。

 危なくないとは思えない。猫の死体はこれからも見るだろうし、この青空の色が青色一号じゃないとしても、夕暮れの空の色は赤色百〇四号なのかも知れない。電車はまだまだ小学生を蹂躙するだろうし、電線はハトだけでなくカラスもスズメも感電させるかも知れない。シャープペンシルは人を殺すかも知れない。でも、そうじゃないかも知れない。

 バス停を見ると、さっきの男性がちょうどバスに乗り込むところだった。男性はペンをしまい、バスは呑気な音色のクラクションを鳴らして走りだす。

 わたしは銃を降ろした。銃は危ないだけのものだ。

 わたしにこの銃は必要だろうか。銃でもないと死んでしまうような世界だろうか。

それはきっと、この人が知っている。いや、知らなくてもいい。それなら外に出て、わたしが確かめればいい。

 わたしは窓を開けた。大きく息を吸って、ダイオキシンが混ざっているかも知れない空気をのんだ。別に苦しくはない。とりあえずは大丈夫。

 精一杯の声で、わたしは訊ねた。

こう、なんといいますか、不安なげに生きている人も実際には不安まみれの人生を送っているはずで、まともに不安と対峙できない私はもうどうしたらいいんでしょう、みたいなことを思いながらつらつら文章を書いていたらいつの間にやら掌編が出来ていて、個人的に渦巻いていた心境も自己完結しまして万々歳です。誤字脱字ありましたらごめんなさい。

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