No.96:side・mako「VSラミレス」
あの馬鹿から手紙が来てから数日。
魔王軍の連中が攻めてくる合図の狼煙が上がった。
あたしたちは、いつものようにデンギュウに揺られながら、やや近くなった前線へと急ぐ。
「………」
「………」
デンギュウが運ぶ露天式の運搬かごは、いまだかつてないほどの沈黙に包まれていた。
あたしに声をかけようと、あたしの様子を伺う礼美。
そんな礼美を、あたしはひたすら無視していた。
……結局、弱音のような言葉を吐いてしまった日から、あたしは礼美と何一つ話をしていない。
礼美は、優しい娘だ。あたしが弱っていると知れば、それを放っておくようなことはしない。
何とかして、あたしを元気づけようとするだろう。そういう娘だ。
そんな、礼美の存在が疎ましい。
いつだってそうだ。誰よりも、何よりも、目の前の困っている人間を優先する。
あの子の初めての出会いだって、そうだ。幼稚園の頃、周りの人間から距離を置かれていたあたしを、あの子が庇った。
それが、あの子とあたしの出会い。
その頃のことを思って、あたしは歯を食いしばる。
あの頃から、ホント何一つ変わってないわね……。
礼美も……あたしも……。
「……着いたよ、二人とも」
静かな光太の言葉に、もう前線に到着していたことに気が付く。
あたしはゆっくりと立ち上がった。
そんなあたしに合わせて、礼美も立ち上がる。
「真子ちゃ――」
礼美が声をかけようとするけど、あたしはそれを無視してデンギュウの上から降りた。
デンギュウから足を踏み外さないように、支えてくれたサンシターが、あたしの耳元でポツリと囁いた。
「……気を付けて欲しいであります、マコ様」
「……わかってる」
ただ純粋に、あたしを気遣うサンシターの言葉に、短く返す。
こういう時、深く聞かず、ただ心配だけしてくれる、彼の存在がとても頼もしく思える。自分が、どれだけ馬鹿馬鹿しいことをしているか、自覚できるから。
おかげで、少しだけ頭が冷えた。ゆっくりと、大きく呼吸する。
……落ち着け。今日、失敗するわけにはいかないんだ。
深呼吸を終え、顔を上げると、そこにはいつものメンツとラミレスの姿があった。
「ダーリン! 会いたかったにゃー!」
「俺もだよミミルー!」
「ミミルゥ! 敵と慣れ合うのは止めよ!?」
「そ、そうだよ、ミミルちゃん……!」
「いつみても情熱的だねぇ。羨ましい位だよ」
「またあいつはいないのか……」
バカップルはともかく、ソフィアとラミレスが厄介ね……。
ヴァルトと違って誰かで抑える、ってことができない……。
「面倒ね……」
「だなぁ。とりあえず、御姫様は俺が何とかする。あのタコ姐ちゃんの相手は任せるぜ?」
「……わかりました。何とかしてみます」
いつものように、矢面に立つ団長さんの言葉に、あたしは小さく頷く。
正直なことを言えば、ラミレスの腕前はあたしよりもはるかに上だ……。
天星を使った最大威力の砲撃……撃ち滅ぼせ天星の構成を一瞬で分解して見せたのだ。仮にも、今のあたしの最強の一撃……。簡単に解析できるような構成を編んだつもりはないけれど、ラミレスはたやすく解いてみせた。
つまりは、年季。同じ言語を、扱ってきた時間の差が露骨に表れているのだ。例え魔術言語を呼吸するように扱えても、あたしには絶対的に経験が足りない……。
ホント……。あの馬鹿とは違いすぎるわね……。
あたしの目の前に、ゆらりとラミレスの姿が現れる。
優位を確信してか、余裕を隠さず笑みの形で現している。
「そんな暗い顔をおしでないよ? 何があったのかは、知らないけれどさ」
「ほっときなさい……。あんたには関係ないことよ……!」
あたしはいって、無詠唱で天星を召喚。自身の周囲に八つの偽光輝石を浮かべる。
ここに来るまでに、構成は編み終えた……。あとはどこまで食い下がれるか……!
あくまで闘う姿勢を見せるあたしを見て、ラミレスが獲物を前にした獣の笑みを浮かべる。
「そうだねぇ。あたしには関係ない話だったねぇ……」
「御託並べてない出来なさいよ、この触手怪人が……!」
ゆっくりと回転を始める天星が、淡く輝きだす。
ラミレスの腕前なら、間違いなく一瞬で砕き切られる。そうなる前に、どれだけダメージを与えられるかが肝……!
じり……と足を擦って体制を整えるあたしの前で、ラミレスは触手を勢いよく振り上げた。
「じゃあ……始めようか!」
そのまま、人間でいえば前屈のような姿勢を取り、上がった触手の先端をあたしの方に向ける。
同時、その先端が魔力の輝きを灯す。
「絶て天星!」
反射的に、防御壁を構成。
ラミレスの触手の先端から放たれた、幾筋もの魔力の光に、かつて掌を打ち抜かれたことを思い出し一瞬ぞっとする。
「ぼぉっとしてるとぉ、やられっちまうよぉ!?」
頭上から聞こえてきたラミレスの声に、ハッと顔を上げると、いつの間にかあたしの頭上に飛び上がっていた。
慌ててその場から飛びのくと、ラミレスは下半身の触手で地面を踏み砕いた。
「くっ!? どんだけ重いのよ、あんたは!」
「はっはぁ! 幸せ太りって奴さね!」
おどけるように言い放って、ラミレスは触手をあたしに飛ばす。
「隔て天星!」
のびてきた触手を弾き飛ばそうと、呪文を唱える。
あたしの命を受けた天星は、即座にラミレスの触手へと跳びかかる。
鈍い音を立ててラミレスの触手を弾かんとする天星だったけど、それを弾くことはできず、逆に絡め取られてしまう。
「ちょ!?」
「うかつだ、ねぇ!」
ラミレスは、巻き取った天星を締め上げ、たやすく砕いてしまう。
んな馬鹿な……!? 魔力構成を分解するんじゃなくて、自力で砕いたっていうの!?
「足元が御留守だよ!」
「きゃっ!?」
驚愕に思わず動きを止めてしまったあたしの足を、ラミレスが触手で弾く。
宙に浮いたあたしの身体を、さらにその触手で拘束してきた。
「ぐぅ!?」
「はは! 捕まえたよぉ……!」
嗜虐的な笑みを浮かべながら、ラミレスが近づいて……いや、あたしの身体を手繰り寄せる。
その間も、あたしの身体は触手でぎりぎりと締め上げられていく。
その強さに、肺の中にあった空気を思わず吐き出してしまう。
「く……か、はぁ……!?」
「ん~。前も思ったけど、あんた鍛えてなさ過ぎじゃないかい?」
目の前に来て、苦悶の表情を浮かべるあたしを見てか、ラミレスが若干呆れたような声を上げる。
それに反論することさえできず、あたしはただもだえ苦しむばかり。
ぐ……! なんか、目の前が暗く……!
「真子ちゃん!」
「おっと」
瞬間、ラミレスの触手の力が緩む。
出来た隙間からあたしの身体は地面へと放り出され、あたしは肺の求めるまま何度も呼吸を繰り返し、咳き込んだ。
「ぜ、は、がはっ! ごほっ!?」
「真子ちゃん、大丈夫!?」
あたしの目の前に立ったのは、光太だった。
どうやら、触手に向かって斬りかかってくれたみたいだ。おかげで、斬られるのを嫌ったラミレスがだいぶ距離を取っている。
「さすがに斬られるのは嫌だねぇ……。次は坊やかい?」
「ああ! 僕が相手だ!」
光太は勇ましく叫び、剣を構える。
でもあんた確か、ガオウの相手……。
「待てぇ、コウタ! このような前座ではなく、貴様が相手を!」
「まだまだでありますよぉ!」
「でぇぇいい!? いい加減しつこい!?」
……後ろから聞こえてきた声から察するに、サンシターが相手をしてくれているみたいだ。
なら、速攻でラミレスを何とかするべき……!
「光太、ごめん。時間稼いで」
「……もちろん!」
あたしが耳元で頼むと、光太は力強く頷いて、ラミレスへと向かっていった。
「いくぞぉ!!」
「だから斬られるのはいやだって」
ラミレスは嫌そうな顔をしながらも、目の前の地面を隆起させ、杭のように光太へと差し向ける。
光太は、それを一閃で斬り払い、できた断面を足場に一気にラミレスへと躍りかかった。
その間に、あたしは欠けた天星を補充する。
「来よ天星……」
唱えた呪文に従い、天星が掌から補充される。
新たな天星は二つ。それをまた生み出すだけで、あたしは額に脂汗を浮かべた。
砕かれた分の数を、また補充するのは魔力的にきつい……。もう大技は無理ね……。
目の前では光太が、無数の触手からの攻撃をひたすらかわしていた。
「く! くそっ!?」
「ほらほらー。ちゃんと避けないと、痛い目を見るよー?」
嫌とか何とか云いながら、しっかり対処してんじゃないのよ……!
あのレベルになると、苦手も好き嫌い程度になるってわけね……。
だけど、光太がひきつけてくれているのは僥倖だ。今のうちに……。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「くそぉ! コウタァァァァァァァ!!」
あたしの後ろを駆け抜け、ガオウが光太に向かって飛び掛かる。
く!? サンシター、もうちょっともってよ!
「させるかぁ!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃ!!??」
今まさに光太に斬りかかろうとしていたガオウの背中に天星を叩きつけ、迎撃してやる。
ガオウの身体は地面に落ちたけど、その存在に気付いたラミレスが軽く頷いた。
「おやガオウ。来てくれたのかい? じゃあ、この坊やの相手は任せるよ」
「ハハァッ! お任せください! さあ、果し合いだぁ!」
「ガオウ君……! 今、君の相手は……!」
斬りかかってきたガオウの刃を受け止めた光太が焦った様な顔つきになるけれど、そんな光太の事情などつゆ知らずといった風情で、ラミレスがガオウと光太の上をジャンプで飛び越えた。
「よっと……。待たせたねぇ」
「こっちは待ってないわよ……!」
楽しげな笑みを浮かべるラミレスを前に、あたしは素早く戦況を確認する。
「やるじゃないか!」
「そっちこそな! だがもうちょっとやる気出してもいいんだぜ?」
「い、いや、出してるぞ? ちゃんと出してるからな?」
向こうの方では、お互いの技を競うように団長さんとソフィアが戦っている。
団長さんが挑発するように何か言ってるけど、ソフィアは乗り気じゃないようだ。
ケモナー小隊の連中はいつも通り……。一々構うのもうっとうしい。
礼美は……。
「どいてください……!」
「真子ちゃんたちの邪魔はさせません!」
「いけませんよ、お嬢さん。目の前の相手にはしっかりと目を向けませんと!」
マナの足止めをしてくれている……。ヨハンさんも一緒だから大丈夫か……?
でも、あたしの方へと援護してくれそうな人はいない……。騎士団はもとより、こっちに何とか来てくれた光太はガオウに食い止められてるし、サンシターはまだ伸びてるし……。
「作戦は組み立て終わったかい?」
「………うっさい」
戦況を把握し終え、改めてラミレスに向き直ると、からかう様な声色で迎えられた。
結局、一人でやるしかないってわけね………!
気を入れ直し、天星を構え直す。
そんなあたしに答えるように、ラミレスは獰猛な笑みを浮かべて触手をうねらせた。
精神的なあれがなんかヤバげな感じで魔王軍戦。
これはちまちまとヤバい感じが?
次回、真子ちゃん逆襲なるかー? 以下次回ー。
 




