No.95:side・mako「見つからぬアレ、帰ってこないバカ」
結局何の進展もないまま、時間だけが過ぎていく……。
そんな中、あたしたちはアルト王子に会議室に呼び出された。
「皆さん、お忙しい所を申し訳ありません……」
「いや、それは良いんだけど……。アルト王子、あんた大丈夫なの?」
一目見て思わず引いてしまうほど、アルト王子の顔色は冴えなかった。
いやまあ、初めて会った時から、美形の割には冴えない顔つきしてたんだけど……今はそれに輪をかけてひどい。
顔面蒼白もいいところだ。正直病人か死人と間違えられても文句が言えなさそう……。
「あ、あの……お加減が悪いなら、無理しないで休んだ方が……」
「そうですよ。アルト王子が倒れられたら、多くの人が心配されますよ?」
余りといえば余りなアルト王子の惨状に、礼美と光太も休むように進言する。
けれど、アルト王子はあたしたちの言葉にただ首を横に振った。
「いえ、そうも言ってられません……。それに大丈夫です。このくらいはいつものことですから」
「いつものことって……」
あたしらがこの世界に召喚されてから、三ヶ月くらいかしら。
この世界にもそこそこに慣れて、この国の公用語も簡単になら出来るくらいの時間だけど……。
あんたそんなに顔色悪いの見たことないわよ?
あたしのみならず、礼美や光太からも疑いの視線を向けられるアルト。
その居心地の悪さに耐えかねたのか、不意に視線をそらすと、ぽつりと白状した。
「……実は、最近貴族たちからの圧力が増してまして……」
「はぁ?」
その言葉に思わず眉根が吊り上る。
曰く、四つの領地を奪還して以降、それなりに日にちが立っているのに次の奪還領地が決定されないのはどういうことなのか?と抗議に来る貴族が増えてきているんだとか……。
「……どうせフォルクス公爵を初めとする、ボンクラ貴族でしょう?」
「ま、真子ちゃん!?」
吐き捨てるように言い切ったあたしを、窘める礼美。
アルトからの否定の言葉は上がらない。肯定ではないけれど、当たらずとも遠からずってことかしら?
まったく……。この国の貴族、できる人は普通の仕事人なのに、どうしてフォルクス公爵みたいなボンクラまで混じってんのよ……。
あたしは盛大にため息を吐く。どうにかしてあげたいけれど、正直関わり合いになるのもめんどくさいしね……。
「……まあ、いいわ。どのみち、今回あたしらを呼んだのはそれを愚痴りたいわけじゃないんでしょ?」
「ええ、その通りです」
あたしの話題変換に、アルト王子はすぐに乗ってくる。
元々さっさと本題に入るつもりだったのだろう。目の前に置かれた書類を一枚取り上げて、それに目を落とした。
「元来なら皆様にはかかわりはないのですが、ご協力いただいておりますので、経過報告だけでも、と」
「経過報告?」
あたしが首をかしげると、アルト王子は若干言いにくそうに口ごもり、ちらちらとあたしの方を見る。
……OK。だいたい理解したわ。
あたしは慌てず騒がず耳を塞ぐ。
そんなあたしを見てから、アルト王子は意を決したようにその言葉を口にした。
「……ハンターズギルドより依頼されました、第一級害獣駆除に関する件です」
名前はわからなくても、意味するところはわかっちゃうせいで、身体に鳥肌が……。
あたしは体をぶるりと振るわせるけど、思うところがあったのか光太が身を乗り出して勢い込んだ。
「なにか、わかったんですか!?」
「いえ、それがまったく」
けど、アルト王子がアッサリ首を横に振ったもんだから、勢い込んだその姿勢のまま、ガクッと机の上に突っ伏した。
……って、ちょっと待ちなさいよ。
「なにもわかってないの? それって、報告する必要も……」
「ええ。現状、全く何もわかっておりません。騎士団を総動員し、王都中をくまなく捜索し、はては魔導師団の協力を仰いで探査魔法を駆使しても、何もわからなかったのです」
「…………」
アルト王子の報告内容を聞き、あたしは小さく頷いた。
なるほど。それは報告してもらわないと困るわね……。
「……つまり、国が総力を挙げて捜索しているにもかかわらず、それらしい痕跡はゼロってこと?」
「はい。まだ捜索していない個所は当然ありますが、それにしても不自然です」
アルト王子が不可解極まるといった表情で、書類に目を通していっている。たぶん、関係各所からの報告書ね。
「まず、害獣が発生しそうな、居住区や飲食店、あるいは食物を取り扱う商店などを重点的に捜索、あるいは監視いたしましたが、それらに害獣は現れませんでした」
「ね……あ、いや。害獣はそういう場所で増えるから、それはおかしいよね」
一瞬飛び出しかけた忌まわしき名前にざっと顔が蒼くなるあたしを見て、慌てて言い換える光太。
ぐう……。意識が飛んでいきそう……。
「次に、魔導師団が管理しています、害獣除けの結界にも、異常らしきものは発見できず……。外からの侵入の線も薄いという判断が下されました」
「そうなんですか……」
それに関してはあたしも知っている。結界に綻びも異常もなく、さりとて結界が解除されているわけでもなし……。
もっとも、張られている結界は中に効果を及ぼすんじゃなくて、外からの侵入を防ぐものだ。
誰かが意図して持ち込めば、その限りじゃない……。
「最後に、マコ様からの進言で調べました、外部からの持ち込みの線ですが……」
「どうだった?」
あたしがギラリと瞳を光らせてアルト王子を睨みつけるけど、アルト王子は残念そうに首を横に振った。
「可能な限り調べてみましたが、生きた害獣を搬入した者はいないと思われます。もちろん、確実ではありません。ですが、そもそも害獣を王都に持ち込んで益を得る者、あるいは業者はどこにも……」
「そうよね……」
がっくりとうなだれるあたし。
そりゃそうよねー。実験目的でもない限り、あんな生物を持ち込むことにメリットなんてないものねー。
王都に疫病を流行らせるとかならまだわかるけど、敵は魔王軍くらいしか見当たらないし……。
「目下調査中ではありますが……手掛かりはゼロの状態です。あとは、次の目撃情報を待つくらいでしょうか……」
「それ待ってちゃ後手後手じゃないの……」
そもそも、今回だって一般から依頼が上がってきたから発覚したようなもので、その依頼を元に捜索してんのに発見できてないんでしょう?
だっていうのに、一々一般からの報告待ってたんじゃ、いつまでたっても解決しないわよ……。
「なんかこう、バーッと駆除剤を撒くとかできないの? それが一番手っ取り早いんだけど」
「クジョザイ……ですか? それは、どのような?」
「あー……」
そうか、それはないのかこの国……。少なくとも、百年はあの生物の被害報告はないわけだしねー……。
あたしは頭を抱えながら、アルト王子に手を振る。
「ごめん、気にしないで……」
「はあ……」
一から開発してたんじゃ、間に合わないうえに効果も怪しいものねぇ……。
今回の依頼の解決の見通しの暗さに、会議場全体が暗い雰囲気に包まれる。
騎士団にとっては信頼問題な上、場合によっちゃ市政への被害も出る。あたしの場合は私怨だけど、礼美と光太の場合は一般市民を想ってでしょうね。
そんな会議場の雰囲気を払しょくしようとしたのか、アルト王子が意を決したように一通の封筒を懐から取り出した。
「……実は、皆さんをお呼びたてしたのはもう一つ理由があるんです」
「なによ、いったい……」
「リュウジ様より、手紙が送られてきました」
「「「!?」」」
隆司から、手紙ぃ!?
思わずアルト王子に駆け寄るあたし、礼美、光太。
アルト王子の顔色をさらにいっそう青くして、壁際に追い詰めてしまう。けど、それに構っている暇はない。
あのバカからの連絡とか、どういうわけよ!
「ちょ、どういうことよ!?」
「隆司は、無事なんですか!?」
「いったいどこからのお手紙なんですか!?」
「み、皆さん、落ち着いてください!」
「ストップであります! アルト王子が困っているであります!」
「皆様、はやる気持ちはご理解いたしますが、アルト王子が何も言えなくなっております」
アルト王子に迫るあたしたちを、誰かが引きはがしていく。
見れば、サンシターとメイド長さんだった。
あたしはサンシターに羽交い絞めにされ、礼美と光太はメイド長に首根っこ抑えられて猫の子のようにぶら下がっている。メイド長スゲェ。
とりあえず、あたしは真上に来ているサンシターの顔を見上げて、聞いてみることにした。
「メイド長さんはともかく、サンシターはなんでここに?」
「メイド長さんのお手伝いをしていたでありますよ。自分、騎士団の強硬訓練からいち早く脱落したでありますから……」
ハラハラと涙を流すサンシター。彼には悪いけど、ありありとその情景が浮かぶわねー。
とりあえず、サンシターから手を離してもらい、あたしは一呼吸つけて落ち着いた。
よし、クールになるのよ、真子。
礼美も光太もメイド長さんから手を離してもらい、何とか落ち着いたようだ。
改めて、アルト王子に向き、あたしたちはその言葉を待った。
「で? あのバカはなんて?」
「それが……私には読めない字で書かれていまして」
アルト王子が封筒から取り出した紙には、どうやら日本語と思しき言語で何かが綴られているのが見えた。っていうか汚い字ね……。
アルトから手渡されたそれを、あたしが受け取り、両脇から礼美と光太が覗き込むようにしてその中身を読んだ。
『この手紙をお前らが読んでいるということは、まだ俺は王都には戻らねぇと思う。
まあ、こっちも色々あってひどいことになってる。具体的にはモンスターがヒデェ。
しかもそれが複数の領地にのさばってるらしいってんで、何とかしてくれと泣いて頼まれた。
時間がないみてぇなんで、一人でなんとかしてくるわ。
そういうわけなんで、そっちは三人で頑張ってくれ。それじゃ。
追伸・嫁に会ったらよろしく言っておいてくれ』
……………………………。
「っざけんじゃ……ないわよぉ!?」
そのあまりといえば、あまりにも適当すぎる内容に、あたしは思わず手紙ごと、掌を机に叩きつけた。
凄まじい音と同時に、手が痛みを発するけど、構うこっちゃない。
「具体的とか言っておいて、何一つ具体的じゃない! しかも泣いて頼まれたからって、一人でなんとかしてくる!? 馬鹿!? あいつ!!」
「ま、マコ様、おちつ……」
「落ち着けるわけないでしょうが!」
何とかなだめようとしてくれるサンシターに当たり散らすように、バカからのメモを投げつける。
「こっちを散々待たせといて、やってきた手紙の内容が、これっぽっちとか! 信じられない! 馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿とは思わなかったわよ……!!」
「隆司……どうしちゃったんだよ……」
激昂するあたしに同意するように、光太が悔しそうに唇を噛みしめる。
親友に頼ってもらえなかった悔しさ、ってところかしら。そりゃ悔しいわよね。
「僕には一人で先走るなって言っておいて……自分は先走っちゃうなんて……!」
「まったくだわ……。最低ね、最低!」
湧き上がった怒りを吐き捨てるように言って、あたしは乱れた髪を掻き揚げる。
ホント、バカみたい……!
怒りに震えるあたしたちの横で、ただ一人冷静だった礼美がアルト王子に何かを問いかける。
「アルト王子……。この手紙を持ってきた人は、何か言っていなかったんですか?」
「何か……ですか?」
「はい。この手紙には――」
簡単に、アルト王子に手紙の内容を説明する礼美。
その内容に、アルト王子は目を見開いた。
「――って書いてあるんです」
「モンスター……? 確かに、そんなことをこの手紙を持ってきてくれたものが言っていました」
「……どういうことよ?」
「この手紙を持ってきたのは、件の領地の貴族なのですが、その領地は怪しげな化け物に支配されていたと……」
怪しげな化け物、の言葉にあたしは眉根をひそめる。
この世界には、ボルトスライムをはじめとする珍妙な生き物が数多く生息しているけど、モンスターと呼ばれるような生き物はいない。
そんな世界の貴族が、怪しげな化け物と呼ぶだなんて
「その貴族はなんて?」
「詳しいことは……ただ、領地の戦士たちはことごとく討ち果たされてしまったと」
アルト王子の淡々とした言葉に、あたしたちは言葉を失う。
つまり……普通の人間は相対したら死ぬような化け物を退治して回ってると?
「……隆司君、私たちを危険な目に合わせないために……」
「……だからって、あの馬鹿が馬鹿には違いないわよ」
納得したように呟く礼美の言葉を、バッサリと切り捨てるように、あたしは言い切る。
礼美の瞳に怒りが灯り、噛みつくように鋭くあたしの名を呼んだ。
「真子ちゃん!」
「つまりあいつにとって、あたしらは頼るほどの力もないってことでしょう!?」
「っ!?」
礼美の言葉の鋭さに、思わず口から出た言葉。
その響きに、思わずあたしは口を手で押さえ、礼美は驚きに目を見開いた。
しばし迷う様に、礼美の手があたしの方へとさまよう。
「ま、真子ちゃん……」
再びあたしの名を呼ぶ礼美。そのあまりの弱弱しさに、あたしは思わず駆け出した。
「真子ちゃん!」
三度呼ばれるが、あたしは振り返らない。
思わず吐き出した弱音を、指摘されないように……。
そんなわけで、何もわからないことが分かっているというネズミ駆除報告会でした。何の意味もねぇ。
そして、今ここにいない隆司からの手紙……。仲間たちの反応はそれぞれですが、はてさて。
こんなコンディションですが、次回には奴らが来ます。以下次回ー。