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No.94:side・Another「心に影が落ちる ―ジョージ編―」

「………」


 イライラする気持ちを抑えて、魔導書のページをめくっていく。

 今は魔導書の中に、結界が張られたままでネズミが浸入した事例がないかどうか探しているところだ。

 この国の魔導書は、魔術言語(カオシック・ルーン)の組み合わせを伝えるだけじゃなくて、歴史書としての役割も持ってるらしい。

 だからこうして、昔の記録を辿って、今回の事例の解決方法って奴を探してるわけなんだけど……。


「………」


 ページをめくる。だけど、その中身は頭ん中に入ってこねー……。

 いくら読んでも、ただの文字列にしか見えてこねー。

 めくるたび、多少思考をめぐらせるたび、俺の頭の中に出てくるのは、数週間前にレミの奴と話したことだった。


「っ!」


 またあのときの話が脳裏に浮かびかけ、俺は唇を強く噛んだ。

 なんだってこんなことが気になるんだよ! 別に関係ねーじゃねーか!

 あの時の話が思い浮かぶたびに、気持ちがひどく沈んでいく。

 結局、フィーネの奴とオーゼ爺に感づかれないようにするので精いっぱいで、ほとんど結界の解析はできなかったし……。なんなんだよホント!


「あの、皆さん。大丈夫ですか?」

「!?」


 聞こえてきた声に、顔を上げると、そこにはレミの奴がいた。

 その手には、大きめのお盆が載っている。料理が載っているところを見ると、差し入れらしい。

 たまたまそばにいた、フォルカの奴がレミに声をかける。

 それを見て、俺の中の何かがざわついた。


「おお、レミちゃんじゃねーか! どした? なんか用か?」

「皆さん、お忙しいかと思って……。簡単につまめる料理を作ってみました。食べてください」


 レミがそういうと、魔導師連中……特に男から歓声が上がる。

 耳障りなその声に、イライラが募っていくのが分かった。


「サンキュー、レミちゃん! こっちに置いてくれ!」

「はい、わかりました!」


 フォルカの誘導にしたがって、レミが手に持った盆をテーブルの上に持っていった。

 そのあとに続いて、城のメイドたちも似たような料理を乗せた盆を抱えて入ってくるけど、ほとんどの魔導師たちは、レミの方に注目した。

 レミの料理を手に取り、口々にそれを褒め称える奴ら。レミはそんな連中の言葉を真に受けて、笑顔で礼を言っている。

 その光景が、ひどく、癪に障る。

 俺は無言で席を立つと、誰にも気付かれないように、詰め所を出ていこうとした。

 ここにいるより、どこか人気のねー場所の方が集中できると思った。

 どうせ、みんなレミに集中してんだ。誰も俺を気にする奴なんて。


「ジョージ君!」


 レミの声が聞こえてきて、思わずびくりと体を震わせる。

 振り返らなくてもわかる。レミの奴が、こっちに近づいてくるのが。


「差し入れ持ってきたの。これ食べて……」

「いらねー」


 レミがわざわざ前に回ってきて、手に持った肉入りタルトを差し出してくるけど、俺は短くそれだけ言って、レミから目をそらした。

 目をそらすほんのわずかの間で、レミの顏が悲しそうになるのが分かったけど、そんなの俺の知ったことじゃない。


「でも……」

「腹、減ってねーんだ。他の奴にやれよ」


 食い下がろうとするレミを振り切るように、俺は大股開きで詰め所の外に出ていく。


「ジョージ君!」


 懇願するように俺の名前を叫ぶレミ。その声に、胸が締め付けられるような気分になるけど、無視して詰め所の扉から出ていく。

 そして扉を閉めて、即座に俺は駆け出した。

 いつものレミならすぐに追いかけてくるだろう。でも、そんな気配はなかった。

 女のくせして足がはえーあいつが、いつまでも俺に追いつけねーなんてことはねー。だからあいつは追いかけてきてねーってことだ。

 しばらく走って、あいつが追いかけてきてねーことを確認して、俺は足を止めた。

 あいつが追いかけてこねーって事実が、いやに胸を締め付ける。

 そんなの期待してねーってのに……。


「……くそ」


 胸ん中にある気味の悪さを追い出すように呟いてみるけど、全然気持ちは晴れねー。

 なんだってんだ、ちくしょう……。


「………」


 思わず持ち出しちまった魔導書を開きながら、適当なところに腰を下ろす。

 ただの廊下だけど、構いやしねー。地べたに尻をつけて、魔導書に視線を落とす。

 相変わらず、中身は入ってこない。頭ん中に出てくるのは、数週間前の、レミの奴の話ばかりだ。

 ただの思い出話のはずだ。そのはずなのに……。


―……光太君は優しくてすごくて……それでいて、どこか放っておけない感じがするってことかな?―


 あいつの声がリフレインする。あいつと、コウタって奴が一緒にいる姿が頭の中に浮かんでくる。

 そのたびに、ひどく胸が苦しくなってきやがる。

 なんだよこれ……。ホント、なんでなんだよ……。

 あいつは、俺が宮廷魔導師になるための足掛かりで……あいつが強くなれば、それだけ俺の実力を示すことになる……。

 ただそれだけだ。それだけなのに……。

 ゆっくりと、俺の心の中に薄暗い気持ちがたまっていく。

 レミと、コウタの奴の姿だけがはっきりと見える。でも、その姿はどんどん遠ざかって行っているような気がする……。

 これじゃ、まるで……あいつが……コウタの奴に……。


―……よいのか? このままでは……―


 あいつが、コウタに取られる……。


―それではだめだ……。それはならぬ……―


 だめだ……。そんなのだめだ……。


―わかっておるとも……。とられてはならぬ、それだけはならぬ……―


 だめだ……取られたらダメなんだ……!


―そのためには……―


 どうすればいい……?


―自分の物にしてしまえばいい……―


 俺の物に……。


―そう、自分の物に……―


「……ジョージ!」


―チィ……―


聞こえてきた声に顔を上げると、憤慨した様子のフィーネがそこに立っていた。


「なにをしておるのだ、ジョージ! また詰め所から魔導書を持ち出して!」

「……あ、ああ」

「しかも地べたに座るなど! おばあ様にも言われたであろう!? そういう不潔な振る舞いはよせと!」


 いつの間にかそこに立っていたフィーネに少しびっくりしていると、フィーネの奴が俺の手を取って無理やり立たせた。

 膝に乗せていた魔導書が、あえなく廊下の上に落ちる。

 まだぼんやりとなっている俺よりも素早くかがみこんだフィーネが、魔導書を手に取って、ついたほこりをパタパタとはたいた。


「まったく……おばあ様がなくなられてもうずいぶん経つというのに、ジョージはほんとに変わらぬな」

「……そういうお前だってそうじゃねーか。気持ちの悪い喋り方以外、何も変わってねー」

「き、気持ち悪いって……!」


 いつの間にかなくなっていた暗い気持ちの代わりに湧き上がってきた、目の前のバカ野郎への苛立ちのままに口を開けば、フィーネはすぐに顔を赤くしてガーッと吠えはじめた。


「気持ち悪いってなんじゃ! これでも、私は宮廷魔導師だぞ!? 相応の口調という物があるというのに……!」

「だからってババアの口真似はどうなんだよ。しかもまるで似てねぇし」

「似てないのはいうでない……」


 気にしてたのかよ。

 指摘した途端にへこんで項垂れるフィーネに、いつも通りのめんどくささを覚えた俺は、その手から魔導書をひったくった。


「あ、こら!」

「こらじゃねーよ。俺が持ってきたもんじゃねーか」

「お前のものではなかろうが!」


 俺の手から魔導書を奪い取ろうと、フィーネが飛び掛かってきた。

 俺はそれをひらりと避けて、フィーネの手が届かないように高く掲げ上げる。

 フィーネは俺と比べて頭半分くらい低い。精一杯高く上げちまえば、もう俺から何か奪うことができなくなっちまう。


「くぬ! 返せ! 返さぬか!」

「ヤダよ! とれるもんならとってみろよ!」

「ふぬ! ふぬっ!」


 届かねー場所へと手を伸ばして、必死に体を跳ねさせるフィーネ。

 迫ってくるあいつの身体から逃げて、廊下の壁まで追い詰められちまったけど、どうせフィーネの手は届かねーと、タカをくくってなおのこと背を伸ばす。


「くぬ! くぬ~! す、少し私より背が高いからって~……!」

「へへっ! 悔しかったら、俺よりでかくなってみろってんだ!」


 俺が得意げにそういってやると、フィーネの顏が不意に歪む。

 お、泣くか?


「泣くのか? 泣いちまうのか?」

「ぐ、ぬ! 泣かぬ! 泣くわけが……」

「いーや泣くぞ? すぐ泣くぞ? 絶対泣くぞ?」


 畳み掛けるように言うと、必死に我慢しているフィーネの瞳に涙がたまっていく。

 そんなフィーネの姿が愉快で。俺はさらに口を開く。


「ほら泣く――」

「なにをしているのだ」


 けど、それ以上言うことはできなかった。

 何しろ喋っている途中で、げんこつを叩きこまれちまったんだ。危うく舌をかむところだった。


「ぶぃ!?」

「あ、オーゼ!」

「まったく……。姿が見えないと思ったら、こんなところにいるとは」


 呆れたような声色のオーゼが、げんこつの痛さで俺が取り落した魔導書を拾い上げる。


「しかも魔導書まで持ち出すとは……。いつも言っているが、詰め所の魔導書を持ち出してはいかんぞ?」

「んなこと言っても、詰め所がうるさくてかなわねーんだよ!」

「ああ……」


 俺の言葉に、オーゼが頷く。

 ここに来るまでで詰め所を覗いているのか、妙に納得している様子だ。


「確かにあの様子では……だが、それとこれとは話が別だぞ?」

「……わーってるよ」


 けど、その程度でごまかされるオーゼじゃねー。厳しい視線で俺を見下ろす。

 俺としても、魔導書を外に持ち出すことの重大さを理解しているつもりじゃーあるから、素直に頷いて見せる。

 外に持ち出して、ろくなことになった試しはねーしな。


「では、返しに行こうか」

「あ、待って!」


 オーゼの言葉にしたがって俺が立ち上がると、フィーネが不意の俺の背中を掴んだ。

 怪訝な顔をして振り返ると、真剣な顔をしたフィーネの視線とぶつかる。


「んだよ?」

「……少し前、変な気配を感じたのじゃが……」

「はぁ?」


 相変わらず気持ち悪い口調だが、口にした内容はもっと気持ち悪い。

 変な気配って……。


「なんだよ、それ?」

「ネズミか何かがいて、それを捉えたのではないか?」

「それはそれで問題ではないか……?」


 今のフィーネは、王都を覆う結界を支える関係で、周辺の存在を敏感に捉えられるようになっている。

 結界を張っている副次効果か何かで、結界の中にある自身の周辺を結界を通して捉えてるとかだったか……。

 それで何かを感じたんだろーと思うんだけど……。


「少なくとも俺は何も見てねーぜ?」

「ううむ……気のせいなのかの?」

「……フィーネが感じた以上、気のせいではなかろう。気にとどめておくべきじゃろう」

「……うむ」


 オーゼの言葉に頷いたフィーネは、俺たちと一緒に魔導師団詰め所へと向かう。

 フィーネが感じたとかいう違和感。そのことを頭の片隅に留めながら。




 そういうわけでジョージ君の心象編……解り辛いな! まあ、恋も知らないお年頃ってことで一つ。

 そして隠す気もなく忍び寄ってくる影が一つ。もうちょっと忍べ頼むから。

 次は……ネズミ騒動に一応の進展? 以下次回ー。


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