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No.93:side・Another「アスカ、その心 ―アスカ編―」

 ……東区商店街付近捜索から数日が経った。

 王都民からのネズミ発見報告をもとに、そこ以外の場所も捜索したが特別ネズミの痕跡らしい痕跡は発見できず、ハンターズギルドから受けた依頼の達成は困難を極めると予想された。

 ……だが、それよりも私の心を蝕んでいるのは、東区商店街で見た、コウタ様とレミ様の仲睦まじい様子だった。


「はぁ……」


 またあのときの光景を思い出して、ため息をついてしまう……。

 仲睦まじく、ともにパンを食されるお姿……。そして、自らが口をつけたにもかかわらず気負わずそれをレミ様に差し出されるコウタ様。同様に、レミ様が口をつけたものをそっと食されるコウタ様……。

 あのお二人を見た途端、私の中から言葉が消え、その後終始無言を貫いてしまうほどの衝撃が私の中を襲った。


「我ながら……女々しいものだ……」


 何度もあのお二人のお姿を脳裏に浮かべては消す今の自分を自嘲するように、私は自虐的に微笑んだ。

 ……今更ながらに、私の中に芽生えたこの想いは、自分で想っている以上に厄介だ。

 あのお二人の仲睦まじさを目にするだけで、こうして仕事に支障をきたしそうになっている。

 今でこそ、何とか自らを奮い立たせて仕事の体裁も保ってはいるが、このままではもっとひどいことになりかねない。

 だが……。


「女が~女々しいのは~当然じゃないの~?」

「っ……! ア、アルルか」


 唐突に背後から声をかけられ、私は身体を委縮させながら振り返る。

 聞こえてきた馴染みある声の通り、そこには幼馴染の悪友の姿があった。

 私の姿が不審に見えたのか、アルルは眉根をひそめながら手に持った書類を差し出してきた。


「はい~。占術師が占った~、今後一週間以内の~ネズミの出現スポットよ~」

「ああ……すまない」

「それで~? いったい何を悩んでたの~?」

「………」


 アルルの言葉に、私は黙秘する。

 この友達に遠慮は無用、と頭では分かっているが、口にするのが憚られた。

 口に出してしまえば、どうしても叶わないと自覚してしまいそうだったから……。

 とにかく誤魔化そう。そう考えて、私は改めて口を開く。


「……なんでもないさ」

「なんでもないで~、女々しい~、なんてセリフは~出てこないでしょう~?」

「そうか?」

「そうよ~」


 私が否定の言葉を口にしても、アルルは嫌に食い下がった。

 何度否定しても、何度も食い下がる。

 いつまでたってもついてくるので、ついに根負けした私は、商店街であったことをアルルに話してやることにした。


「――というようなことがあったのさ」

「ふ~ん。そうなの~」


 私の説明を聞いても、アルルはあまり興味がなさそうであった。

 そんな彼女の態度にカチンと来て、私はやや声を荒げながら捲し立てる。


「……だから、もうコウタ様に懸想をするのはやめたらどうだ? あのお二人ほどお似合いのカップルはいまい。我々のような関係のない人間が、あのお方に想いを抱くこと自体が間違っているのだ」

「そうかしら~? 誰かを~想って~行動することは~悪いことじゃないと~思うわよ~?」


 アルルの間延びした喋りが、いやに癪に障る。


「人の話を聞いていたか? あのお二人は、確実に両想いだろう? それに対する横恋慕など……」

「それはどうかしら~? リュウジ様がおっしゃってたのを~聞いたんだけど~、あの二人~、お互いに~まだ友達って感覚らしいわよ~?」


 アルルの言葉に、私の心がわずかに揺れる。

 あれだけの仲睦まじさを見せつけておいて、友達だなんて……。あり得るはずがないだろう。例え、コウタ様の親友であるリュウジ様の言葉でも。

 私は首を振ってアルルの言葉を頭の中から追い出し、毅然とした態度で言ってやる。


「何を言っている……。それは、あの二人の仲睦まじさを直接見ていないから言えるのだ」

「私も~あのお二人のやり取りは~見たことあるけど~、どう考えても~異性を意識しての~行動とは~思えないわよ~?」


 そういって、アルルは指折り、あのお二人の行動を列挙していく。

 曰く、朝食で同じ皿に取った別々の料理を交換する。

 曰く、足を取られて倒れかけたレミ様を、コウタ様が抱き留める。

 曰く、城内を手をつないで供に歩かれている。

 聞けば聞くほど気の滅入る話だ。そんなもの、あのお二方の仲をより一層強くするだけのお話じゃないか。


「――って感じなんだけど~」

「だからどうした。それだけ列挙されれば、確定じゃないか」

「でも~、どちらかといえば~仲が良い兄妹って感じよ~?」


 アルルの言葉を、鼻先で笑ってやる。

 仲が良い兄妹だと? 馬鹿げている。あの仲睦まじさは、とてもではないがそんな風には説明できない。否、したくないというべきか……。


「お前の目も節穴だな。それだけ見ていて、物事の真贋すら見極められないとは」

「まあ~、お二人の行動を~どう思うかは~自由だけど~、コウタ様が~異性をあまり意識されていないのは~事実よ~?」

「……なに?」


 アルルの言葉に、眉根をひそめる。

 異性を意識していないのが事実だと?


「どういう意味だ……?」

「あなたは~聞いたことなかったかしら~? 元々~、コウタ様って~ご両親が早くに~亡くなられて~、二人のお姉さまに~育てられたって話~」

「いや……初耳だな」


 アルルの口から告げられた事実に軽く目を剥く。

 姉がいるのは以前の会話から知っていたが……。まさか……コウタ様にそのような辛い過去がおありだったなんて……。


「そのお姉さま方の~スキンシップが原因で~、コウタ様は~異性に対する羞恥心とかが~結構薄いのよ~」

「そういうことか……」


 アルルの言っていた言葉について、なんとなく納得がいった。

 異性の家族によって、その手の行動にならされているというのなら、納得だ。

 ならば、コウタ様からの行動に関して、特別他意はない……。


「……!」


 一瞬浮かびかけた不埒な考えを払しょくするように、きつく頭を振る。

 何を考えているのだ、私は!

 例えコウタ様に他意がなくとも、レミ様の方にはあるだろう!

 コウタ様は優れた戦士だ。顔も良い。きっと向こうでも人気者だったのだろう。

 そんな彼に、レミ様が惹かれるのも当然のことじゃないか!


「……異性を意識されていないというのはわかった。だが、それとこれとは話が別だろう」


 努めて冷静さを保ちながら、私はアルルに言って聞かせるように言葉を紡ぐ。

 ……あるいは自分へと言い聞かせているのかもしれないが。


「コウタ様とレミ様の仲睦まじさは事実なのだ。それを邪魔するような……」

「……さっきから~気になってたんだけど~、いやに~レミ様の肩を~持つわね~?」

「……そうか?」


 アルルの言葉に、私は口を噤む。

 不機嫌そうに腕を組んだアルルは、首を傾けながら私を睥睨する。


「ひょっとして~、女として自信がないから~、勝てない理由を~正当化しようとしてるのかしら~?」

「……な、何を言っている」


 アルルの言葉に、激しく動揺する。

 確かに、アルルのいうとおりではある。

 女としての魅力に欠如している私に比べ、レミ様はとても愛らしいお方だ。

 顔立ちは整っておられるし、小柄でありながら運動神経も悪くない。スタイルも、ただ身長ばかり伸びている私に対して、女性らしい柔らかなフォルムを持っておられる。

 レミ様の女としての魅力は、確かに私とは桁違いだろう。だが、それとコウタ様との仲を支援することに関係はない……。

 そう、口にするより先に、アルルが口を開く。


「まあ~、女としての自信が~へこみそうになるのは~私もよ~? 女の私から見ても~、レミ様って~可愛らしいし~」

「……なら!」

「でも~それとこれとは~話が別よ~」


 アルルは私を遮って、言葉を続ける。

 まるで詩を詠う様に、軽やかに紡いでいく。


「たとえ女の魅力で~負けていようとも~、あのお二人が~付き合っていると~考えて諦めるより~、最後の最後まで~全力でぶつかっていくほうが~、きっと楽しいもの~」

「た、楽しい……だと……?」

「ええ~、そうよ~?」


 楽しい。

 その言葉に硬直する私に対し、そう感じることを誇るようにアルルは微笑んだ。


「一度限りの人生~、叶う限り~楽しまなきゃ損でしょう~? 色恋だってそう~。叶う叶わないよりも~、楽しい楽しくないで~相手を選ぶべきよ~」

「馬鹿な……。そんなの間違っているだろう!」


 思わず口から出た叫びは、自分で思っている以上に悲痛な響きを伴っていた。

 彼を……コウタ様を思うことが楽しい?

 アルルが抱いている想いが、感情が、恋心だとすれば……私の胸に抱いたこの痛みは? 空虚さは? いったいなんだっていうんだ……!

 叫んだ私の胸の内を、その付き合いの長さから正確に見抜いたらしいアルルが、やさしげな眼差しで私の瞳を見つめた。


「……苦しいのね~? コウタ様のことを~想って~、ここが痛いのよね~?」

「う……」


 平時から纏っている騎士団制服の上から、早鐘のようになる心臓を抑えられ、私は呻く。

 そんな私の様子を見つめて、アルルは安心させるように微笑んだ。


「大丈夫よ~。アスカの想いは~間違っていないわ~。ただ~、私とは~感じ方が違うだけよ~。きっと~、この想いを~心の底から受け止められる~日がやって来るわ~」

「……」


 アルルの励ましに、私は沈黙で返す。

 この痛みが……空しさが……受け入れられる……。

 そんなわけがあるはずが……。


「だから~、自信を持って~? あなたの胸の内の~、この素敵な心を~、捨ててしまわないで~? この想いが~叶わないことより~、その事の方が~もっと~ずっと~悲しいから~……」

「……」


 アルルの言葉に、私は思わず頷いていた。

 その言葉を信じたわけじゃないし、胸を占領する空虚さを受け入れたわけでもない。ただ、そうしなければならないと感じたから。

 頷いた私を見て、アルルがまた笑顔になった。


「よ~し~。約束だからね~?」

「あ、ああ……」


 嬉しそうにそういって、アルルはそのまま鼻歌交じりに立ち去って行った。

 あとには、渡された書類を手にただ立ち竦める私だけが残される。

 私はアルルから手渡された書類に、皺が立つのも構わずぎゅっと抱きしめる。

 あの方を想う度に心の中を占領していく、空虚な想いを握りつぶしてしまえる様に……。




 ラブコメというからには心理描写は重要ですよね? そんなわけでアナザー利用でアスカさんの心の内をー。

 前回二人がやらかしたことに対するツッコミともいう。真子も隆司もいないから、誰も深く突っ込んでくれないのよね……。

 次はジョージの番だ! 失恋コゾーの胸の内は!? 以下次回!


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