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No.88:side・Another「サンシターの憂鬱 ―サンシター編―」

 魔王軍の会戦に敗北した次の日でありますが、マコ様はまだ落ち込んだままでありました……。

 お姿を見たメイドさんが言うところだと、声に張りがなく、誰が見ても落ち込んでいるのがわかる状態であるとか。

 どうにかできないものかと悩むものでありますが、とりあえず日々の仕事はこなさねばならないであります。

 そんなわけで、今日も今日とて騎士団の備品を掃除するであります。

 基本的に騎士団の装備は木の長柄を利用したものが多いであります。ちょっと油断すると、すぐに腐ってしまうでありますから、かなり気を使うのであります……。


「そこ! 踏込が甘いぞ! もっとしゃんとしろ!」


 自分が兵舎の裏手で掃除していると、表の方から団長の怒鳴り声が聞こえてくるであります。

 団長は毎日ああして団員たちを鍛えているでありますが、魔族の人たちとの身体能力差までは埋められないのか、かなり歯がゆく思っているらしいであります。

 事実、兵舎の裏のゴミ捨て場に、大量に開いた酒瓶が放置してあったであります。何かあると、とりあえずお酒を飲むのはいいでありますが、せめて量は控えて欲しいであります……。自分、アルコールは慣れているでありますが、朝からこの量はきついであります……。


「はあ……」


 ため息をつきながら、自分、大量の酒瓶を一つ摘まんだであります。

 まだアルコールの匂いがきつく、空けられてからそんなに時間が経ってないのがわかるであります。

 漂ってくる匂いからも、かなり度がきついことがわかって、少しゲンナリするであります……。


「でも、こんなに強いお酒を飲むなんて、団長もかなり気にしているでありますね……」


 酒瓶を酒屋さんの回収に出すために洗いながら、自分、小さくつぶやいたであります。

 昨日の、マコ様をはじめとする勇者様の敗北は少なからず王城の中で波紋を呼んだであります。

 アルト王子やアンナ王女は、調子が悪い時もあると皆様を慰めたでありますが、フォルク……ええっとその、意地の悪い貴族様などは大声で皆様のことを罵倒したりしたであります。

 過半数近い貴族様が、勇者様たちの擁護に回ったので、その場はすぐに収まったでありますが……罵倒された皆様が項垂れているのを見ているのは、いたたまれなかったであります……。

 もっと自分に実力があれば……皆様に恥をかかせずに済んだでありますが……。

 悔しいであります……。自分、体力はあるのに筋肉がないせいで、訓練してもまともに続けることができないであります……。


「少しはケモナー小隊の皆様を見習って、訓練に精を出すべきでありますよね……」


 自分は、今日も王城の周りを掛け声とともに走り回っているケモナー小隊の皆様の姿を思い浮かべたであります。

 ケモナー小隊の皆々様は、日々愛しい人に追いつくための努力と称し、王城の周りを何周もぐるぐるとまわっているであります。

 これは、もともと体力が少なかった魔導師や神官の方々のための訓練でありましたが、最近では魔族の方々との追いかけっこに負けないための訓練となりつつあるであります。

 やはり嫁との砂浜での追いかけっこはロマンだな!とはリュウ様の弁でありましたが……。


「リュウ様……。今どちらにおいでなのですか?」


 ふとそのお名前を思い浮かべ、そしてそのお姿を脳裏に浮かべ、自分はぽつりとつぶやいたであります。

 リュウ様がお戻りになられず、もう一週間以上……。リュウ様に限って、めったなことなどないと思うでありますが、今は一刻も早いご帰還を願うばかりであります。

 魔竜姫ソフィアさん対策もあるでありますが、それ以上に皆様の調子がよろしくないのは、やはりリュウ様がおられないことも一因であると思っているであります。

 親しい人間の行方が分からないことの不安は、自分が思う以上に心の中を蝕むものであります。

 自分、昔は病弱でありましたから、少し元気になって母の手伝いをしようと遠出などした日には、死ぬほど心配されたからよくわかるであります。

 それに、リュウ様が持つ勢いは、勇者様方の一つの指針となっているようにも思えるであります。

 マコ様の慎重さ、コウタ様の勇気、レミ様の優しさ……。どれも前に進むうえで大事でありますが、それらを全部まとめて前へと引っ張っていく力強さがリュウ様にはあるであります。

 リュウ様でしたら、負けてしまった悔しさも、全部持って前に進める……そんな気がするであります。


「リュウ様……一刻も早く、帰ってきてくださいであります……」

「まったくだな」

「ウワッ!?」


 祈るように呟いた自分に返事があり、自分、死ぬほど驚いたであります。

 慌てて振り返ってみると、いつも余裕を持った団長にしては珍しく、焦ったような表情で自分の後ろに立っていたであります。


「だ、団長!? 訓練はどうしたでありますか!?」

「今は休憩だ。根を詰めても、すぐにバテるだけだしな」


 団長は、そういうと井戸に沈んだ桶を引っ張り出して、その中の水を乱暴に飲み始めたであります。


「っはぁ!」


 そして一息つくと、ガシガシと乱暴に頭を掻き始めたであります。

 ……やっぱり、イライラしているようであります。


「……訓練がうまくいっていないでありますか?」

「……いや、そういうわけじゃない」


 自分、勇気を出して聞いてみたでありますが、意外なことに答えは否でありました。


「うまく、いってるでありますか?」

「そりゃな。魔王軍との開戦当初に比べれば、ずっと動きも良くなってるし、技術も上がってる。ただな」

「ただ……?」

「やっぱり魔族連中とやり合うのに躊躇している奴らが多い」

「ああ……」


 団長の言葉に、自分、納得したように頷いたであります。

 ……きっとマコ様に言えば怒られると思って黙っているでありますが、実は騎士団の団員たちは魔王軍との戦いに乗り気ではないのであります。

 この国に広く信仰されている女神様の教えの中に「意志あるものを傷つけるべからず」というのがあるのであります。

 今までであれば、自分と同じ人間を傷つけてはいけないであります、という意味の教えであったでありますが、ここにきて魔王軍に所属する魔族たちが現れたであります。

 手足の先や頭に異形のパーツがあるものの、皆我々と同じように意志を持ち、会話も成立したであります。笑いもすれば怒りもし、あるいは悲しそうな表情を見せたこともあるであります。そして、あまりひどく打ちつけられるようであれば、慌てて謝ってくることもあったでありました。彼らに意志がないというのであれば、我々はいったいなんだというほど、心満ち溢れた者たちが、我々の敵だったのであります。

 団長とヴァルト将軍の一騎打ちのさなか、ほんのわずかではあるけれど、世間話をした者もいたであります。……あ、そういえば、今はケモナー小隊として頑張ってる者でありました。昨日の戦いで、彼女の名前を聞けたと喜んでいたでありますな。

 ……幾度とない戦いの中で、教団の者たちが女神様の奪還のために容赦や情けを捨てるべきだと説くこともありました。

 ですが、行軍からはぐれたものを送り届けてくれたことすらある魔族たちに刃を向けることが、騎士団の者たちにはできなかったであります。

 結果、長柄の先から刃は外され、ただの木の棒を持って戦地へと赴くことになったであります。しかし、騎士団の戦術は基本的に、相手に小さな傷をつけ続け、その消耗を狙うものが主流だったであります。ただの棒では十分な威力たりえず、結果として魔族たちとの戦いに敗れる日々となったわけであります……。

 むろん、団長や副団長、あるいはアスカさんのように、相手を傷つけない手加減ができる者はいるでありますが、ほとんどの者はその手加減ができないであります……。

 手加減を学ぶために、互いに全力で打ち合う訓練も行われたでありますが、ほとんどの者があちらこちらの骨を折る事態に陥ったであります……。


「ですが、コウタ様やレミ様は、魔王軍との講和を望んでいるでありますよ? それに漕ぎ着けるために、戦おうという者はいないでありますか?」


 自分の言葉に、団長は沈黙したであります。

 元々、魔王軍との講和は、団長も何度かヴァルト将軍と行おうとしたであります。しかし将軍は真剣な表情で「我々の眼鏡にかなう勇者を連れてきたら考えよう」というばかりだったであります。

 そのことを受け、宮廷魔導師であるフィーネ様との相談の元、先代様が残された召喚用と思しき魔法陣を利用して、勇者を召喚する運びとなったであります。

 それによって召喚されたのが、リュウ様やコウタ様であったのは、まさに僥倖というより他なかったであります。

 コウタ様は、なるべくなら魔王軍と和平を結びたいといってるでありますし、リュウ様は言うに及ばずであります。

 そんな彼らの姿に共感を経て、少しでも頑張ろうとする者がいると思ったでありますが……団長の顔色は芳しくないであります。


「もちろん、賛同者は多いさ。だがな、今度は力量差が邪魔をする」

「力量差、でありますか?」

「ああ。基礎身体能力の隔絶がいかんともしがたい。どんだけ全力で打っても躱されるだけに、逆に当たった時どうなるかわからんと、少し恐怖している者もいるんだ」


 ……手加減を学ぶ訓練のさなか、相手の手を折ってしまい、痛みに叫ぶ者を青白い顔で呆然と見下ろしていたものがいたのを思い出したであります。

 あの時の光景が、忘れられずに恐れているというわけでありますね……。


「こうなると、ケモナー小隊の連中が少し羨ましいな……」

「そうでありますね……」


 団長のぼやきに、自分も同意して頷くであります。

 我々騎士団と勇者様たち以外で、唯一魔王軍の者とも対等に相対しているケモナー小隊。

 彼らの真髄は、闘争ではなく愛にあるであります。

 ただ愛でるために力をつけ、そして追いかけ、全力でぶつかっていくであります。

 その好意に手加減は不要でありますし、相手が戸惑って逃げ惑うのであればそれはそれでおいしいわけであります。

 とはいえ、騎士団全員がああなってはこの国の防衛が成り立たなくなってしまうであります。そもそも既婚者も多いでありますから、皆がリュウ様やケモナー小隊の皆様のようになってしまうと……。


「……羨ましくはあるでありますが、ああはなりたくないでありますね」

「違いねぇな」


 自分のつぶやきに、今度は団長が同意したであります。

 魔王軍との戦争のせいで一家離散とか洒落にならんでありますしね……。

 はあ、と陰鬱なため息を団長とともに吐き出していると、ガサリと草を踏みしめる音を立てて、副団長がこちらにやってきたであります。


「団長」

「あん? どうした、リーク」


 副団長は、いつものように冷静な表情で団長を見つめると、王城の正門の方を示したであります。


「ハンターズギルドより使者が参りました」

「ギルドから?」

「はい。依頼だそうです。内容は――」


 引き続き酒瓶を洗いながら、何気なく副団長が語るギルドからの依頼に耳を傾けていたでありますが……。


「――ネズミの駆除、だそうです」

「はぁ?」


 思わず瓶を取り落してしまったであります。

 今のマコ様にその依頼はまずいでありますよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??




 そんなわけでサンシター回。今回のように、主要メンツ以外の場合は、Another sideと称させていただきます。……え? ソフィアさん? いや、ほら。隆司sideのメインヒロインですし。

 それはともかくとして、魔王軍との戦いに騎士団の連中が弱いのは、宗教上の理由があった模様。たぶん、骨折させるのもビビってるんだと思います。いや、たぶん骨折もしないと思うけど。

 次回は、真子ちゃんにとっては最悪なお話となるでしょう……。以下次回ー。


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