No.87:side・mako「魔竜姫の脅威」
「集え天星ッ!!」
開幕と同時に、あたしは天星を生み出す。
何はなくとも、この呪文だ。あたしにすれば、これがなければ始まらない。
「行くぞ!」
そして今ちょうどあたしの眼前にいるソフィアが、気合を入れて翼を羽ばたかせようとする。
けど、あたしへの突進なんぞ、御免こうむる。あいつじゃあるまいし、400キロ越えの超体重娘を抱きとめる趣味はないわよ!?
「大地起牙~!!」
ソフィアが気合を入れた瞬間、その両足が付いている大地がまるで巨大な口か何かの様に隆起し、ソフィアの身体を飲み込もうとする。
「ぬっ!?」
「ソフィアさまぁ!?」
「させないっ!」
ガオウが慌てて牙を破壊しようとするけど、光太が前に出て武器を打ち合わせる。
隣にいたマナは、礼美が放った魔法を防いだり、礼美に魔法を放ったりするのに忙しいようだ。
「邪魔を……!」
「させません!」
ほぼ一瞬の攻防。その間にソフィアの姿は大地の牙の中に飲まれ――。
ゾバンッ!!
た、と思った瞬間。轟音と共に牙が斬り砕かれ、土煙の中からソフィアが上空へと跳びあがっていった。
「やるじゃないか! 少し驚いたぞ!」
喜色満面といった表情のソフィアに対し、あたしは苦々しく舌打ちした。
今の一瞬で拘束しきれない……か。速度で逃げられるのではなく、力技で打ち破られるとは。
一応、予想はしていた。でも、不意を打てれば、攻撃するより先に拘束できると踏んでいた……。
反応速度も反則級ってか……!
「だが、私を捕まえるには、いささか強度が不足しているようだな!」
「こっちくんなぁぁぁぁぁぁ!」
ソフィアは不遜に言い放って、あたしへ向かって急降下を開始する。
あたしの相手はあんたじゃないっつぅの……!
あたしは急ぎ、天星を地面の中に埋め込む。
「粉塵爆風!!」
同時に、地面を破砕し、その破片と衝撃で対象を討つ魔法。だけど、天星の強化を合わせれば、ソフィアを迎撃するくらいは……!
打ち上げた破片は何とかソフィアの身体がこちらに届く前に、彼女を迎撃する。
「ちっ!」
破片に見舞われたソフィアが、慌てて翼の羽ばたきで地面の破片と衝撃波を吹き散らす。
くっそ! 一応巨大な生き物くらいなら撃ち倒せる威力があるって、フィーネに太鼓判押してもらった魔法……!
そういえば、あの子実戦経験はほとんどないって言ってたわね……。
「小癪な!」
「だからこっちくんなぁぁぁぁ!!」
今日はあたしの相手をすると決めたらしいソフィア。頑としてこちらへの降下をやめようとしない。
次! 次の魔法!
慌てて次の魔法を出そうとするけど、今度は間に合わない……!
けど、あきらめた瞬間、アスカが前に出てソフィアの剣撃を受け止める
「む!?」
「はぁっ!」
「ぬぉ!?」
受け止めた瞬間、どうやったのかソフィアの身体を吹き飛ばした。
一瞬、身体から何か外へ向かって出たように見えたけど、結果としてソフィアの体勢が崩れる。
チャンス!
「粘着泥土!!」
「くっ!」
あたしが呪文を唱えると同時に、ソフィアが倒れ込んだ地面が泥へと変わる。
効果範囲の地面を、ひどく粘着性のある泥へと変える魔法だ。
ソフィアの身体が、泥の中へと消えていく。
「おお! ソフィアさんの身体がなんかエロい感じの泥まみれに!?」
「素敵! まさに眼福という感じの光景ですな!」
「何故こういうときに隆司さんはいらっしゃらないのか! 興奮のあまり、ソフィアさんのところに突げ」
「おとなしく戦ってろお前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
いきなり興奮し始めるABCを勢いで吹き飛ばす。
まったく、なんであいつらはケモナー小隊なのに嫁嫁とか言っておとなしくしてないのよ……!
一方ソフィアは、ABCのいうとおり、全身が泥まみれで割とひどいことになっている。
「ぐ……! この……!」
固体はともかく、液体を吹き飛ばすのは至難の業だ……。
初めからこれを使えばよかったんでしょうけど、発動した地面を泥に変えるだけの魔法だから、相手をその地面に突き落とさないといけないのよね……。
でも、当初の予定通り、ソフィアの拘束には成功――。
「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
したと思いたかった。割とマジで。
ソフィアの怒号と同時、ソフィアの全身を覆っていた泥が一気に吹き飛ぶ。その時、全身から何かが泥と一緒に放出されているのが見えた。
空気がソフィアの怒りに呼応するようにビリビリと震える。
そのソフィアの姿を見て、アスカが恐れ戦いたように呟いた。
「バカな!? あんな覇気の量、人間ではありえない……!」
「そりゃ人間じゃないもの……!」
どうも、さっきからアスカやソフィアの身体から見える何かは、覇気と呼ばれるものらしい。
まあ、今はどうでもいい。問題は、ソフィアの拘束にまた失敗したということだ……。
「どうやら私を捕まえたいらしいが……そう容易くいくと思うなよ!」
泥がよほど不快だったのか、ソフィアの顏には青筋のようなものも見える。
容易いなんて思っちゃいないわよ。可能な限り、あんたを釘付けにしたいだけで……!
あたしは素早く戦況を確認する。
連中を撤退させるには、最低でも相手側の戦力を半分は削らないといけない。
ここまでの時間で、うまいこと半分減って――。
「ミミルの尻尾ってふわふわで気持ちいなぁ……」
「にゃ~ん……尻尾マフラーとか、ダーリンレベル高いぃ~♪」
「まるでマシュマロのようなふわふわ感です……! たまりません……!」
「お、お願いですから、口にくわえないでぇ……」
って違う! あっちじゃない! 色ボケどもが見たいわけじゃない!
なんであっち向いたあたし! いやでも目に入るけど、あれを見たって何も変わりゃしない!
目に入ってくる汚物どもから目をそらし、慌てて戦況を確認する。
「おりゃぁぁぁぁぁ!!」
「ハァァァァァァァ!!」
えらい勢いと威圧感で、団長さんとヴァルト将軍が激突している。
確かヴァルト将軍も、300キロは超えてると思ったんだけど、それと正面から打ち合えるって、団長何で出来てんのよ……。
とはいえ、あのチート将軍を引きとめてくれているのはありがたい。あれが普通の騎士団の連中とぶつかったら、こっちが壊滅するのは必至だもの……。
問題は、普通の騎士連中だけど……。
見たところ、とりあえず三対一くらいに持ち込んで何とか互角の勝負に持ち込んでるみたい……なんだけど……。
「せい!」「やぁ!」「どりゃ!」
「当たらんよ!」
「「「ぎゃぁぁぁぁ!?」」」
三対一でも一人に負ける時があるってどういうことよ!?
あのクマ耳のおっさんは玄人っぽいんだけど、それ以外でも負けてるっぽい連中がいるっていうのはどういうことなのよ!?
三人でしょ!? 相手の三倍は攻撃できるはずでしょう!? 騎士団長だって、魔族対策の訓練してるじゃない!!
だっていうのに何で魔族の一人二人あっさり倒せ――!
「よそ見とは余裕じゃないか、魔導師!」
「え」
聞こえてきたソフィアの声に振り向こうとした瞬間、あたしの後頭部に強烈な衝撃が走る。
「真子ちゃ」
聞こえてきた礼美の悲鳴がいやになるくらい遠くに聞こえたと思った瞬間……。
あたしの意識はとっぷりと闇の中に落ちていった。
「――――ハッ!?」
次に気が付いたとき、空はすでに夜陰の中へと沈んでいた。
パチパチと、どこからか薪の燃える音がする。
ゆっくりと体を起こし上げると、ずきりと後ろ頭が痛んだ。
「イタッ……!」
「起きてはいけません、マコ様。今は体を休めて……」
思わず後頭部を抑えると、そばに控えてくれていたらしいヨハンさんが、あたしの身体を抑えた。
あたしはそれに構わず、いったい何があったのか確認しようとした。
「あたし、確か……」
「ソフィアさんの一撃を喰らって、今まで気絶していたでありますよ……」
「サンシター?」
「マコ様、食欲はどうでありますか? ウッピー肉のスープができたでありますが」
サンシターが、深皿に入れた湯気の上るスープを差し出してくれる。
「ありがとう……」
まだ夢見心地なあたしは、差し出されるままにお礼を一言言って、スープを受け取る。
透明なスープの中に、食べやすいようにカットされたウッピー肉が入っている。
場所が場所だけに、野菜は入っていない。
あたしはお肉と一緒にスープを掬い、一口食べる。
香辛料や香草の匂いとお肉のおかげで、なかなか濃い味がする。
「おいしい」
「お口にあったなら、よかったでありますよ」
ぽつりと思わずつぶやいたあたしに、サンシターが笑顔を見せてくれた。
やっぱり、これサンシターが作ったんだ。
腹立つくらい料理うまいわね、コイツ。
でも、おいしくて暖かいものをお腹に入れたおかげで、意識がはっきりしてきた。
そう、サンシターに言われたように、あたしは意識を失う一瞬前、後頭部にソフィアの一撃を喰らって……。
「……そのあと、どうなったの?」
「………」
「………」
あたしの言葉に、サンシターもヨハンさんも黙り込む。
ヨハンさんは無表情。サンシターは痛ましそうな表情だ。
……もう、その顔を見るだけで、何があったのか察しがついた。
「……負けたの?」
「……はい、であります」
確認の言葉に、サンシターは頷いた。
やっぱりね……。
「どんなふうに?」
「マコ様が気絶させられましたあと、魔竜姫ソフィアが、我が方の戦力を各個撃破。これ以上は不利と判断しました騎士団長様が撤退命令、という流れになります」
淡々と、その時の状況を報告してくれるヨハンさん。
一番恐れていた展開ね……。可能なら、あともう少し引っ張っておきたかったんだけど……うちの戦力があの様じゃ、期待できなかったかな……。
「礼美は? 光太もだけど、ソフィアとぶつかって無事なの?」
「はい、レミ様もコウタ様も無事です」
「ソフィアさんが、お二人と戦おうとしなかったというのが正しいでありますが……」
サンシターが、パチパチと音のする方に視線を向ける。
結構距離が離れているけど、薪のそばに礼美と光太の姿が見える。二人とも、ひどく気落ちしているようで項垂れているのが分かった。
アルルとナージャ、そしてアスカが何とか気を取り直させようと、声をかけているみたいだけど、二人とも気のない返事を返しているようで、あまり効果が上がっているようには見えない。
怪我をしているようには見えない。サンシターのいうとおり、ソフィアは二人に手を出さなかったようだ……。
「負けたってことは、前線基地も撤退したってことよね?」
「はいであります。現在は、前回の基地から少し離れた位置にある前線基地にいるであります」
周囲を見回すと、確かに前線基地にいるようだけど、今朝こちらに来た時と比べるとテントの配置や周辺に見える光景も変わっている。
どうやら、本当に後退したようだ。
「……王都にどのくらい近づいた?」
「……あと五、六回ほど負けますと、魔王軍の前線が王都に肉薄する位置です」
「リアルな数字ね」
少なく見積もって、あと五回。
それが、あたしらに許された猶予ってことか。
かなり危機的な状況であるけれど、あたしの頭は奇妙に冷静だった。恐ろしく冷えていたと言い換えてもいい。
勝てる算段はあった。あたしがソフィアにばかり気を取られていないで、周りへの援護を行うことができれば、間違いなく勝てるはずだった。
でも、あたしはあいつの拘束にこだわりすぎた。何より、放置しておくことが危険だと考えたから。
あの判断は間違いだったのかしら? もし間違いだとしたら、どこで間違えたのかしら?
「マコ」
ぐるぐると思考が回り始めたあたしを止めるように、誰かが後ろから肩を叩いた。
あたしが振り返ると、そこには団長さんが立っていた。
「団長さん?」
「とりあえず、今は何も考えるな。せっかくサンシターが作ってくれた飯が冷めちまうぞ?」
言われて、手に持ったスープから上がる湯気が、ほとんどなくなっていることに気が付いた。
「もし、お代わりが欲しければ、まだたくさんあるでありますからね」
サンシターが、いつもの笑顔でそう言ってくれた。
あたしはその言葉に甘えて、とりあえず目の前のスープを空にすることにする。
少し冷めたスープの味が、なんだかしょっぱく感じたのは、きっと気のせいじゃないんだろう……。
というわけで、まさかの敗北でした……。別に隆司がいないせいではないんですが。実際今までは何とかなってたわけですし。今回は隆司の行方不明が気になってるだけで。あれ、結局あいつのせいじゃね?
しかし我ながら、騎士団連中の弱さが気になってきました。普段何してんのこいつら。
次回あたり、サンシターにでも視点を移してみたいと思います。以下次回ー。