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No.9:side・ryuzi「野外訓練のお時間」

「来い、リュウジィ!」


 猛るように吠える団長さんに応えるように、俺は素手で突撃する。

 まず右拳でパンチを叩きこむが、棒であっさり弾かれる。

 めげずに今度は左。やはり弾かれた。

 むきになって両手でラッシュを叩きこんでやるが、あっさり全部弾かれてしまった。


「ちっ!」


 ならばと今度は弾かれないほどの力を込めて殴りかかると、あっさり避けられて背中を強く叩かれる。

 一瞬息が詰まるが、それにかまわず振り向きながら蹴りをお見舞いしてやる。

 でもバックステップで避けられた。

 棒を肩に担ぐような格好の団長さんは、何度かうなずきながら俺の動きを分析してくれる。


「まだまだ動きが直線的だし、読みやすいな。身体能力が変わっても、経験がそれに追いついてない感じだ」

「まあ、武術とかの経験ないし、喧嘩やったことあるっつってもいつもやってたわけじゃねぇし……」

「それから、力の出し具合とかも測り兼ねてるな? 人間相手に、どれだけ力を出せばいいのか……」

「むう」


 団長さんの言葉に、俺は口をへの字に曲げて自分の拳を見つめた。

 実はそうなのだ。昨日、騎士団員の一人に手加減を誤ってしまい、その片手を骨折させてしまった。

 それ以降、誰かが怪我をしないようにと団長さんが相手をしてくれているのだが、俺の方は手加減の具合がほとんどわからず、拳を打つにしても蹴りを放つにしても、向こうで体を動かしていた時よりも遅い感覚で打っているのだ。

 結果として子供のようにあしらわれているのだが……。


「遠慮するな……とか言ったら、頭が潰されちまいそうだからいわねぇが、こうした訓練よりも自分の力がどの程度なのか把握するほうが先かもな」

「かなぁやっぱ。でも、それってどうしたらいいんだよ」


 ぐっぱぐっぱと握ったり開いたりを繰り返す俺の拳。

 力の入れ具合は今まで通りという感じだが、そこにどれだけの力が込められているかがいまいち把握できない。

 異常なほどの身体強化っていう特異な力があったのはうれしいけど、それを持て余すようじゃ宝の持ち腐れだよなぁ。

 ため息ついて思い悩んでいると、団長さんが顎の無精ひげをなでながらうーんと唸り声をあげた。


「やりようはあると思うが……一番は壊してしまってもいいものを全力で壊してみるとか」

「巻き藁とか?」

「だな。あとは、ハンターズギルドに行って、討伐対象の動物に全力で挑んでみるとか」

「ハンターズギルド……」


 そういやアルトがちらりと「ギルドが肉を卸す」みたいなことを言ってたけど、その大元かな。もしそうなら、肉を手に入れるのと修行とが一緒にできるかも!

 そう思って口を開こうとした瞬間、団長さんの頭ががっしと握りしめられた。


「団長? 勇者様の訓練も大変よろしいかと思われますが、それよりも先に済ませなければならない決済書類の始末が先かと思われますが?」

「え、まだ残ってたっけ? 俺全部片したと」

「ご自分の机の中に書類を隠すのは片したとは言いません。さあ、参りますよ」


 がっしと団長さんの頭をつかんだのは、妙齢の女性騎士、副団長さんだ。

 そのままずるずるとドナドナされていく団長さんは、申し訳なさそうに俺に向かって掌をヒラヒラと振ってくれた。


「つーわけで悪い、適当にやっててくれー。そのあたりに植えてある巻き藁は全部ぶっ壊していいからー」

「えー……」


 何とも言えない適当な物言いに、思わず呆然としたつぶやきが声に出てしまう。

 適当にやっててっていわれても……昨日の一件のせいで、普通の騎士の人たちは俺のこと恐怖の目で見るし、光太の奴は――。そういやどうしてるかな?

 俺は少し気になって、光太の姿を探す。

 すると、木剣を持って一人の女騎士と対峙しているところだった。

 両者青眼でにらみ合い、お互いに一歩踏み出す機会をうかがっているようだ。

 周りでは威勢のいい騎士たちの掛け声が聞こえるが、二人を取り巻く空間だけぽっかりと穴が開いたような静寂に包まれている。

 ――先に仕掛けたのは、女騎士の方だった。


「っしぃやぁぁぁぁぁ!!」


 鋭い掛け声とともに振り上げられた木剣が、光太の頭へと振り下ろされる。

 光太の木剣の切っ先が、女騎士の刃を軽くはじく。

 同時に繰り出される突きを、返す刀で受ける女騎士。

 光太が一歩後退すると、女騎士が一歩踏み込んで打ち込む。

 木剣で受ける光太。鍔迫り合いの形になった。

 そのままの形で、互いに打ち合いを始める。だがしっかりと握られた木剣はぶれることなく、互いの体も一歩として譲らない。

 そのまま千日手になるかと思われたが、光太がその状況を打ち崩す。

 打ち合おうとするその瞬間、木剣で受けずに、そのままの体勢で少し体を引いた。


「!?」


 あるべきはずの手応えの消失に、女騎士の表情が驚きに歪むのがここからでもわかる。

 そのまま前傾姿勢で倒れそうになる女騎士の体を、光太が両手で支えてしまった。


「っと、大丈夫ですか?」


 申し訳なさそうな微笑と謝罪に、女騎士は憮然とした表情で答えた。


「……光太様。今のは余りといえば余りでございます」

「ごめんね? 今のは正直、普通に打ち崩せる気がしなかったから……」

「だからといってお体を引くなど! 私が、その……そう、常以上の強さと速さで打ち込んでおりましたらぁ……そのぉ……」


 なんか急に怪しげな雰囲気になってきやがった。遠目でもわかるくらいに女騎士の顔が赤いし。

 光太は不思議そうな顔で笑顔を作りながら、相変わらず抱きしめるような体勢で女騎士の言葉を待っている。

 いろいろな意味で見ていられなくなった俺は、ため息とともに巻き藁のそばに移動。

 そしてせっせこ巻き藁を準備していた特徴がないのが特徴といわんばかりの顏の騎士に声をかける。


「ちょっといいかー?」

「あ、はい! 自分に何か用でありますか!?」


 背中から声をかけただけなのに、エライ勢いで敬礼をとられてしまった。ちょっと申し訳ないと思いつつ、巻き藁を指差した。


「えっと、巻き藁使ってもいい?」

「は、もちろんであります! 武器は何を?」

「武器っつーか、素手なんだけど……」


 言いつつ俺は巻き藁の前に立ち、二、三度軽く飛び跳ねる。

 それから右手を引くような半身立ちで構え、軽く右拳を握り込む。

 えーっと、拳が当たる瞬間にギュッと握り込むと威力が上がるんだよな……。

 そんな俺の様子に驚いたらしい騎士が、あわててそばにあった箱の中を探り始める。


「は? 素手? ちょ、せめてバンテージを巻いてください!」


 一生懸命包帯探してくれてるけど、正直巻き藁くらいじゃ壊れないよ俺の拳?

 そんな益体もないことを考えつつ、俺はボールを振りかぶるように拳を構え、左足をあげ……。


「―――っりゃぁ!!」


 踏込と同時に、勢い良く拳を巻き藁に叩きつける!


 パァン!!!


 たいした手ごたえもなく、勢いよく爆ぜる巻き藁。


「あれ?」


 思わず間抜けな声が上がる。

 折れるでも割れるでもなく、爆ぜた。しかも風船とかそういうのじゃなくて、巻き藁が。

 力強く振りぬいた拳は巻き藁の向こう側にぴったりと停止している。

 拳を引いてしげしげと眺めるが、傷一つ見受けられない。叩きつけた瞬間も、たいして痛くなかったし。

 巻き藁の方を見ると、砲弾か何かに撃たれたような傷跡を残して、上半分がきれいさっぱり消滅している。破片は細かく砕けて散らばっているらしく、ほとんど見つけられない。

 何とはなしに振り返ると、訓練していたはずの騎士たちが壮絶な表情でこっちを見ている。きっと音が聞こえたんだろう。インパクトの瞬間を見てしまったらしい騎士なんかは、絶望に近い表情だ。

 気になって隣を見てみると、包帯を手にした騎士は顎が外れたのかと心配したくなるくらい大きな口を開けてこっちを見ていた。


「……大丈夫か?」

「……っは!?」


 ヒラヒラ目の前で手を振って見せると、正気を取り戻したのか目に光が宿り、なぜかいきなり土下座の体勢になった。


「もももも申し訳ありません! 自分の準備が甘かったせいで巻き藁が、巻き藁がぁぁぁぁ!!」

「いや、これ全面的に俺のせいじゃない?」


 ねぇ?と騎士の皆さんの方に振ってみると、一糸乱れぬ動きで肯定してくれた。


「ほらな? だから土下座やめてくんない? いろんな意味で申し訳なくなってくるから」

「いいえ、むしろ勇者様のお力を理解していなかった自分の責任! この懲罰はいかようにでもぉぉぁぁぁぁ!!」

「懲罰て」


 これはあれか、理解不能な現実を前に思考が混乱しているに違いない。決して俺の全力を垣間見たせいで恐怖を抱いたとかではない。と思う。

 どうしたものかと頭をがりがり掻いていると、さっきまで剣の稽古をしていたはずの光太がこちらの近づいてくるのが見えた。その隣には、いまだほんのりと頬を染めている女騎士の姿も見える。


「隆司! 今、なんだかすごい音がしたけど、大丈夫?」

「んー、大丈夫なんだかそうじゃないんだか」


 とりあえずありのままを口にしてみると、案の定光太は信じられないような表情で、いましがた俺が破砕した巻き藁と俺の顔を見比べる。


「隆司が、これを?」

「うん、そう」

「……お言葉ですが、真意を測りかねます。そのようなことを申して、いったいなんになるのです?」


 いぶかしげな表情で問いただしてくる女騎士。どうやら俺が嘘をついていると思っているらしい。

 まあ、ただの人間が巻き藁を木っ端微塵にとかありえないよな。

 なので、実演することにする。


 パァン!


 先ほどと同じ手順でもう一本巻き藁を粉砕してやると、女騎士は目を見開いて目の前の光景を見た。光太も同じ顔だ。いや、光太の方が純粋に驚いている風情だな。どっちでもいいけど。

 俺は二本目の巻き藁をダメにしたことを、いまだに土下座姿勢の騎士に謝った。


「ごめんなー、二本も巻き藁ダメにしちゃって」

「いいえいいえ! むしろ何本でもダメにしてやってください! この哀れな見習い騎士に、実力の違いというのもの知らしめてやってくださいぃぃぃぃ!!」

「お前、自分が何言ってるかよくわかってねぇだろ」


 人間って、混乱の極致に至るとこんな風になるのな。


「すごい……」

「ん?」

「すごいよ、隆司!」


 称賛の声に振り返ると、光太が偉い勢いで顔を輝かせてこっちを見ていた。あれ、なんか賞賛されるポイントあった俺?


「僕は巻き藁なんて壊したことないけど、隆司は壊せるんだね! 知らなかったよ!」

「俺も知らなかったよ? こんな風になるなんて」

「やっぱり隆司はすごいよ! 僕も負けてられないなぁ……!」


 何やら良い刺激を受けたらしい光太が、ぐっと拳を握って決意も新たにしている。

 ………………うん、まあ、結果オーライ?

 自分に対する意味不明度は上がったけど、光太の士気は上がったし? もうこれでいいや?みたいな?

 もうなんか生暖かい気持ちで、ガッツポーズをとる光太を見つめつつ、隣で呆然としている女騎士の方に目を向けた。

 ありえない、そう必死に目で訴えてくる女騎士の顏の前で手をふりふりしつつ、光太に問いかける。


「ところでこちらはどなた? ずいぶん仲良かったみたいだけど?」

「あ、この人はアスカさん。騎士団で唯一の剣士らしくて、今の僕の剣の先生だよ」

「――ハッ!?」


 光太の声を聴き、再起動を果たす女騎士。


「ド、どうもアスカと申します。よ、よろしくお願いしますです」


 何やらぎくしゃくした動きで、あいさつしてくれた。

 うん。恐怖ではないよね? そうだよね? どもってるのは純粋な緊張だよね?


「んー、光太がお世話になっているようで……」

「いえいえ、光太さ……勇者様のおけいこは、団長より言いつかっております事項ゆえ……」

「アスカさん? 大丈夫? なんだかおかしいよ」

「だ、大丈夫ですっひゃう!?」


 ぎくしゃくした動きを見咎めた光太が、ペタペタとアスカの体を触って異常がないかを確認し始めた。

 いや、確かにアウトな部位は触ってないけど、場合によっては訴えられるぞお前?


「……大丈夫そうだね、よかった」

「よ、よかった?」

「僕のせいで怪我しちゃったら大変だし……女の子だものね」


 そう言って微笑む女殺し。真正面からそれをとらえてしまったアスカさんは、ボムと音がしそうな勢いで顔を真っ赤に染めた。

 ……堕ちたな。


「あ…あうあうあうあうぅ…………」

「ど、どうしたのアスカさん!? 本当に大丈夫!?」


 二人の間にどんなやり取りがあったかは定かではないが、もうこうなったらアスカの存在は無視できねぇなぁ。どうしよう。

 俺は顔を真っ赤にしたアスカの両肩を揺さぶる光太+土下座したまま顔を上げない名前も知らない騎士さんに囲まれるという、とても貴重な体験しつつ美しい青空を仰いだ。

 ホントどうしてくれよう、この状況……。




 わかりやすくフラグを立ててみんとす。

 その一方で分かりやすく化け物にしてみる隆司君。握力×重量×スピード=パワー!

 次回は……神官かなぁ? たぶん?


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