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No.83:side・mako「帰らないアイツ」

 そうして隆司が音信不通となった領地の様子を見に行くことが決まり、早速出発してはや一週間。

 今度は隆司の奴が音信不通となっていた。


「あのバカ、ホントどうしてくれようか……!」

「ま、まあまあマコ様、落ち着いてください」


 雑巾を引き絞る勢いで手に持った棒をねじるあたしをなだめようとするサンシター。若干腰は引けてるけど。


「そうは言うけどね、サンシター? 予定じゃ四日位で帰ってくるはずだったのよ?」

「そうなのでありますよねー……」


 あたしの言葉にサンシターが不安そうにつぶやく。

 今回音信不通となった領地と王都との距離は、だいたいヨークと同じくらいらしい。

 なので、隆司の奴がシュバルツに本気を出させればそれこそ三日程度で往復することが可能なはずだったのだ。

 アルト王子もそう太鼓判を押していたし、途中に森はあっても迂回することができる。そもそも体当たりで木をなぎ倒せるシュバルツに森なんてあってないようなもんでしょうけど。

 隆司の奴がサボって、普通の馬車と同じ程度の速度で進んでいる可能性もあるけれど、いくらあのバカだってアルト王子を長々と不安にさせるような馬鹿な真似はしないでしょう……たぶん。

 ……まさかとは思うけど、勝手にヨークへ向かったと気みたいに、食道楽に勤しんでるとかそういうわけじゃないわよね……?


「ちょっと聞くけどさ、サンシター。隆司が行く予定の領地って、なんか名物のうまいものがあったりするわけ?」

「名物、でありますか?」


 首を傾げるサンシター。

 しばらくウンウンうなっていたが、特別思い当らなかったのか所在なさげに首を横に振った。


「特別思いつかないであります。そもそも、今回リュウ様が向かいました領地は、特徴がないのが特徴とも呼ばれる場所でありますから」

「やな領地ね……」


 なんでそんなとこを治めてんのかしら、そこの貴族……。

 ともあれ、食道楽の可能性は潰えたわね。

 となると後は……。


「向こうで、敵に遭遇したか……」

「まさか!? 魔王軍の侵略方向とは逆でありますよ?」


 あたしの言葉に、サンシターは反論した。

 確かに、常識で考えれば王都を迂回して周辺領地から落とそうとするなんて馬鹿げているだろう。

 一々そんなことをしなくても、十分に勝ちうるだけの戦力が魔王軍にはあるからだ。

 四天王の将ヴァルト。魔導師であるラミレス。そして魔竜姫ソフィアとその親衛隊たち。

 正直、この戦力が本気で王都侵攻に乗り出したりしたら、現状凌ぎ切れるだけの力はこの王国にはないでしょうね……。

 騎士団長さんはヴァルトと互角だけど、ソフィアとラミレスが厄介すぎる。ソフィアはまだ隆司をあてがうとして、ラミレスはあたしで相手できるかどうか……。

 親衛隊の連中だって、バカにはできない。猪突猛進のガオウや呪術師(エンチャンター)のマナ、音もなく移動するミミル。この連中を自由にさせたら、一般騎士では歯が立たない。

 そもそも、普通の魔王軍の兵卒でさえ、ただの騎士では満足に戦うことができないのだ。数に利があるとはいえ、それさえも頼りないんじゃね……。

 でも連中はそれだけの戦力をそろえておきながら、王都への本格侵攻を開始しようとしていない。

 周辺領地を奪還しても、その後領地を奪回しようという動きすら見せない。

 侵略戦争を仕掛けている連中の行動として不可解すぎるのだ。そもそも、奪った領地でも特別何をするでもなかったらしいし……。

 普通、侵略戦争を仕掛けるのは、物資が足りないとか領土が欲しいとか、そういう火急的な理由があるからだろう。戦争ってのは本来、勝っても負けても消耗する最低の外交手段だ。極力避けるべきだし、行うべきじゃない。

 でも、魔王軍の連中は、こちらの消耗を最低限に抑えている節さえある。その気になれば、小枝を折るように、こちらを潰せるはずなのに。

 いったい何の目的があって、そんなことをするのか……。


「……マコ様、どうかなさいました?」

「ん……え?」


 不意に、サンシターがあたしの顔を覗き込んできた。

 その眉根は心配そうに寄せられている。


「どうしたって……そっちこそ急にどうしたのよ?」

「いえ、険しい表情をしていたでありますから、何か心配なことがあるでありますか?」

「ああ……」


 サンシターに指摘され、あたしは眉間のしわを伸ばすようにもみほぐした。

 まさかサンシターに心配されるほどの顔をしていたとは……。これじゃ、フィーネに見られたらなんて言われるやら。

 あたしは深みにはまりすぎた思考を修正し、元々考えていた事柄を思い出す。

 あのバカがまだ帰ってこない理由よね……。


「……仮に隆司の奴が魔王軍と相対したとして、それがいつまでも帰ってこない理由になるかしら?」


 自問自答するように、あたしは言葉を声にする。

 こうして口に出して再確認するのは重要なことだ。

 しっかりと考えをまとめられるし、何より――。


「……さすがのリュウ様も、たった一人で魔王軍を蹴散らすことはしないのではないでありましょうか……」


 そばに誰かいれば、その人の考えを聞くことができる。

 あたしはサンシターの言葉に賛同しつつ、あえて反論してみる。


「理由は? あいつ一人でも、ソフィアと正対できる。なら、本隊とはぐれた行動を取る魔王軍を打倒することは不可能ではないと思うわ」


 あたしの反論に、サンシターは少し悩むそぶりを見せた。

 あたしの反論の合理性に対してではなく、自分の考えをどう口にしたものかという様子だ。

 しばらくして、サンシターが口を開いた。


「……確かにリュウ様は、デタラメに強いお方であります。でもそれを過信してはいないと思うのであります」

「というと?」

「ケモナー小隊があるでありますよね? 仮にリュウ様が自分一人でなんとかできると思っているのであれば、ああいった部隊は立ち上げないと思うであります」


 サンシターはそうつぶやいて、城の外の方へと視線を向ける。

 あたしもそれにつられて視線を向けると、城の外の方からケモナー小隊の連中がマラソンを頑張っている掛け声が聞こえてくる。

 最近は基礎体力作りに加え、それぞれにできる限りで魔族たちに近づく努力をしているらしい。新しい魔法の開発や、祈りの強化による身体強化の増強。体術訓練を熱心に行う騎士もいる。

 元を正せば、隆司の変態嗜好が生みだした変態部隊だ。だが、今やその部隊は魔王軍との戦いに欠かすことができないほどの物へと成長している。

 隆司も、騎士団が埋められないあたしたちの穴の補強のために立ち上げたというようなことを言っていた。なるほど、確かにサンシターのいう通りかもしれない。


「じゃあ、仮に魔王軍と行き会ったとしたら、隆司はどうするのかしら?」

「それは……」


 サンシターはつぶやき、悩み、そして情けない笑みを浮かべた。


「とりあえず突っ込んでいく気がするであります……」

「さっきといってることが逆じゃないのよ……」


 その言葉に、思わず脱力するあたし。

 サンシターはばつが悪そうに微笑みながら、後ろ頭を掻いた。


「いやぁ……。リュウ様なら、一人で蹴散らしそうでもありますし、逆に慎重になって戻ってきそうでもありそうだったでありますから……」

「まあねぇ……」


 言われてあたしも同意した。

 あのバカ、変なところで慎重というか、冷静なところがあるからねぇ……。

 そのくせ勢い任せなところもある。特にソフィアと相対した時なんかは完全にノリだけで動いてるし。

 よくよく考えてみれば、あいつも十分変人だ。光太の友人やってるだけのことはある。

 うんうんと自己完結して頷いていると、サンシターが何か物言いたげな顔になった。


「? なによ?」

「………いえ、何でもないであります」


 サンシターはそういうと、なぜか優しげな表情で微笑んだ。

 なになになんなのよ一体。

 あたしはなるたけ優しい表情を作りつつ、コトンと小首をかしげるような動作を行ってみた。


「サンシター? 何か言いたいことがあるならおっしゃい? 怒るかもしれないけど聞いてあげるから?」

「そう言われていう奴はいないであります!?」


 瞬間顔を青ざめたサンシターがブンブカ首を横に振った。

 何よ、そんなに怯えなくてもいいじゃないのよ……。


「そ、それより今はリュウ様が戻らぬ理由でありますよ! いったいなぜお戻りになられないでありますかね……」

「まったくよねぇ……」


 サンシターの無理やりな軌道修正に一応乗ってやりつつ、あたしはまたため息を吐いた。

 仮にあのバカが魔王軍に相対し、その制圧を行っているために戻ってくるのが遅れていると考えたとして……。

 今度は別の問題が持ち上がる。魔王軍は、どうやって王都とはさんで反対側に位置するその領地を侵略したのか?

 もし、魔王軍に場所を無視して移動できる手段があるとするのであれば、かなり驚異的なことなんだけど……。


「ラミレス殿の転移術式(テレポート)で、部隊だけ飛ばしているのではないでありますか?」


 サンシターの素朴な疑問に、あたしは首を横に振って答えた。


転移術式(テレポート)も、そこまで万能じゃないしねぇ……」

「そうなのでありますか?」

「そうよー。転移できるのは自分が認識できる場所のみ……ようするに知ってる場所だけね」


 それ以外の場所へと無理やり転移しようとしたとして、仮にそこに何らかの物質が存在した場合、転移した魔導師はその中へとめり込む羽目になる。

 いわゆる“石の中にいる”って奴ね。そうなると、一瞬で絶息して死ぬだろうし、そうでなくても物体の隙間に無理やり入り込んだようなもの。そのまま圧死間違いなしね。

 何らかの方法で転移地点を観測することもできるでしょうけど……。単体での転移ならともかく、一部隊を送るとなると、定点観測でもしない限りはかなりのハイリスクになるでしょうね。

 それで落とせるのは都市一つ……。まったく嬉しくないわねぇ……。


「リターンよりもリスクが大きいでありますか……。別にそれを実行せねばならないほど、魔王軍の情勢がひっ迫しているわけではないでありますしねぇ……」

「まったくね。魔王軍も、そこまで馬鹿じゃないでしょうし」

「結局、リュウ様が食道楽に勤しんでいるというのが、一番妥当そうな理由でありますね」


 そういって、サンシターが苦笑する。もっともな理由だ。向かった先が平和であれば、それを存分に謳歌するだけの余裕も金も、今の隆司にはたっぷりある。

 ……ただ、あたしには一つの懸念があった。

 隆司が改めてこの城に招いた、あの大黒馬、シュバルツだ。

 ちらりと見ただけで、よく観察したわけではない。だが、あの馬には無数の魔術言語(カオシックルーン)が埋め込まれているように見えた。

 それこそ、埋め込まれていない場所がないというほどにびっしりと。

 その文字が表わす効果は、主に肉体改造を現すもの。自己の急速再生や、形状変化、あるいは硬質化などを引き起こせるようになるだろうと予想される。

 元来、魔術言語(カオシックルーン)が体に埋まっているというようなことはあり得ない。何故なら、文字は発するものであって生まれるものではないからだ。もし体に魔術言語(カオシックルーン)が埋め込まれているとしたら、それは人為的な原因だ。少なくとも、動物たちは言語(ルーン)を用いない。

 そしてあの馬は、ある程度人語を介しているようだとも、隆司は言っていた。実際隆司のいうことはよく聞くし、サンシターの言葉も理解している節があったらしい。

 最後に、発見された場所はかつての魔王軍の駐留地。

 ……それらから導き出される、答えは。


「……そうね。もしそうなら、ぶっとばしてやれるんだけどね」


 あたしはサンシターの言葉に笑いながら、もやもやとした懸念を奥底へと仕舞いこんだ。

 どうか、この予想が外れてくれるように願いながら。




 何やらシュバルツに黒い疑惑が……。全身真っ黒ですけどねあいつ!

 しかし隆司はどうしたのでしょうねぇ。一週間もかかるとなると、相当遠出してることになるんですが……。

 まさか……ねぇ? 以下次回ー。


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