No.82:side・mako「とある領地の異変」
「……マジでどこ行ったのよあいつは……」
あたしは苛立たしげにテーブルを指で叩いた。
「ま、真子ちゃん、落ち着いてってば……」
「落ち着いてるわよ。ただ単にイライラしてるだけで」
「それは落ち着いてないよぅ……」
あたしの隣でお行儀よく座っていた礼美が、あたしをなだめるようとする。
が、そんな程度であたしのイライラは収まらない。
何しろ……。
「あのバカ一体どこまで行ったのよ? かれこれ三日よ、三日!?」
「ホントにどこ行ったんだろうね、隆司」
あたしがバンとテーブルを叩くと、心配そうな顔で光太が天井を見上げた。
今あたしたちがいるのは、以前からたびたび利用している会議室。アルト王子に相談したいことがあると呼ばれたので、集まっているのだ。
だが、会議室の中に隆司の姿はない。
あいつ、つい最近自分の馬を手に入れたので、ちょっと遠く行ってくると騎士ABCどもに言づけて、そのまま姿をくらませたのだ。
そうしてあいつが姿を消してはや三日である。遠乗りってレベルじゃないわよ!
「そもそも、いくら馬を手に入れられたからといって、あまり時間がかかる場所におひとりで行かれてしまうのは……」
「あたしらに言われても困るわよ。あのバカに言ってちょうだい」
遠慮がちに口を開いたアルト王子の言葉を、あたしは一刀両断する。
そもそも今ここにいない奴に対する注意をあたしらにしてどうするんだっていうの。
「ま、マコ様。落ち着いてくださいまし。軍師たるマコ様がそんな調子では、軍団の士気に影響がいってしまいますわ!」
「わかってるわ……って誰が軍師よ、誰が」
アンナの言葉に思わず頷きかけるけど、そんなポジションについたつもりはないわよ?
あのバカはちょいちょい私をそう呼ぶけど。
そういうと、アンナは不思議そうに首を傾げた。なんでそんな顔をすんのよ。
「いえ、あの騎士ABCがマコ様のことをそうお呼びしていましたので」
「あいつら今度死ナス」
「ちょ、ダメだって真子ちゃん!」
騎士ABCの名前を心の中の復讐帳にしっかり書き留めるあたし。
あのアホども、今度会ったらこんがりローストしてくれる……。
そんな感じでしっかり週末の予定を立てたところで、あたしはため息を吐いた。
「しかし、こうして隆司の奴を待ち続けるのもバカみたいよね……。あたしらだけでいいから、会議はじめない?」
「いえ、しかし……」
あたしの提案に口ごもるアルト王子。
らちが明かないと、話術で強引にねじ伏せようと考えたあたしを援護したのは意外なことに光太の奴だった。
「うん、仕方ないね。こうして僕らを集めたということは、何か火急の用事なのでしょう?」
「それはそうですけれども……」
「なら、せめて話だけでも聞かせてください。一刻を争うのであれば、一秒でも惜しむべきではありません」
光太はどうやら、隆司のことよりアルト王子に呼び出されたことの方が気がかりらしい。
ふーん。少し見直したわ。これが礼美だったら、いつまでもあたしが帰ってくるのを待ってるからね。少なくとも、光太は隆司がいるいないで、行動の指針を見失うことはないわけだ。
光太の真剣な眼差しを見て、アルト王子の瞳から迷いが晴れる。
どうやら話してくれる気になったみたいね。
あたしは、アルト王子の話を聞き洩らさないように、耳を澄ませた。
アルト王子が、ゆっくりと口を開いた。
「……そうですね。それでは、今回皆様をお呼びたてしたのは――」
「オーッス、アルト。なんか用があるんだって?」
瞬間、バカが大口開けてやってきた。まさしくいま話をしてくれそうになっていたアルト王子の、出鼻をくじくタイミングで。
思わずずっこける光太とアルト王子。音にびっくりして目を見開く礼美とアンナ。
あたしは迷わず椅子を蹴っ飛ばして、隆司に向かって魔法を二、三発連打した。
「いったいどこほっつき歩いてたこのボケナスがぁァァァァァァァァ!!!」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!???」
叫び声を上げながら、隆司は手に持った石剣であたしが放った魔法を蹴散らした。
ちぃ! 相変わらず無駄にスキル高い……!
アルト王子と一緒にずっこけた光太が、テーブルに手をついて何とか体を起こし上げた。王子はまだショックから抜け切ってないのか、身体を起こす気配すらないけど。
「りゅ、隆司……。ホントに今までどこ行ってたの……?」
「んー? ちょっとお魚を食べにヨークまで。ほれ、土産のアジっぽい魚の開き。焼いて食うと絶品でよ」
「は……?」
隆司は言いながら、アジっぽい魚の開きをテーブルの上に置いた。
一応紙に包まれてはいるけれど、確かに良く干された良い開きの魚……じゃなくて。
今こいつ、なんつった?
「ちょっと、あんた……今どこまで行ったって?」
「だからヨークだよ。ヨーク」
「はぁ!?」
袖の下や懐からさらに魚介系のお土産を取り出す隆司の姿を見つつ、あたしは唖然となる。
ヨークってあんた……。普通の馬車で片道四日はかかるはずでしょうが!?
すると隆司はなんてこと無いように、言い放った。
「いやぁ。シュバルツに乗って一日でどこまでいけるか試したんだけどな? 半日以上走り通しではあったけど、ヨークまで行けてなー」
「ヨークまでいけてって……どんな速度よ!?」
「さあ? 普通の馬車の四倍は速いと思うけど」
そりゃ速いでしょうよ! 四日のところを半日ちょっとですもんね!
「シュバルツちゃん、すごいんだねー!」
「おう、俺も驚いたわ」
シュバルツの健脚っぷりに目を丸くする礼美。
しかし、すごいなんてレベルじゃないわよ……。
馬車の馬は二頭立てで、しかも限界以上の人数を乗せた馬車を引いて、ちょくちょく休んでいたとはいえ動いているとき時速三十キロは出ていたはずだ。単純に十二時間を休憩時間にあてたと考えても、1500キロ近い道のりのはずだ。
それを、馬車を引いていなかったとはいえ、たった半日でヨークまでの道のりを走破するシュバルツ……。やっぱりただの馬じゃないわね……。
「そのシュバルツはどうしたの? 確か、城にある馬屋には入らなかったよね?」
「とりあえず、サンシターに世話を丸投げしておいた。あいつならきっと何とかしてくれるって、俺は信じてる!」
「いや、できないことを人に丸投げにするのはやめようよ……」
グッと拳を握りしめる隆司だけど、あたしは知ってる。
昨日、結局使われていない馬屋を改造することになって、一人で半ば泣きながら馬屋を改造していたサンシターの存在を。
っていうか誰かに手伝ってもらやいいのに、なんで一人でやってんのよサンシターも……。
と、今まで倒れていたアルト王子がフラフラと立ち上がった。
「……リュウジさんがヨークに行っていたのは意外でしたが、三日で往復されたのはむしろ好都合かもしれません……」
「そ、そうですわね! むしろかなりラッキーな展開かと!」
隆司の奇行にまだ慣れないらしいアンナが、少しろれつをおかしくしながらもアルト王子に同意した。
ああ、そういえば、今回この会議室に集められたのは元々アルト王子が相談に乗ってほしいって言ってきたからよね……。
アルト王子とアンナが元のように席に着くと、あたしたちもそれにならって対面に腰かける。
全員がおとなしくなったのを見計らってから、アルト王子がゆっくりと口を開いた。
「実は、とある領地との連絡が、取れなくなっているのです……」
「連絡が?」
「はい。普段は一ヶ月に一度程度の間隔で、その領地から定期報告の者がやってくるはずなのですが、その時期になってもやってこないのです」
領地を治める貴族には、その領地を引き継いだら次代に次がせるための努力を行わなければならない義務が、この国には存在する。
その努力の方法や方向は、領地の特色や貴族の性格なんかによってさまざまではあるけれど、だいたい一ヶ月間隔くらいで定期的に報告するのが慣例になってるらしい。
まあ、フォルクス公爵みたいなボンクラ貴族はそれすらも怠るらしいんだけれど、普通の貴族ならそれを怠ることはしないらしい。
今は魔王軍の侵攻を受けているから、竜の谷方面の領地はほとんど機能してない。
でも、今回話に上がっているのは、王都の後方に位置する領地らしい。
「その連絡が来るのって、いつもだったらどのくらいなわけ?」
「一週間ほど前でしょうか……」
アンナの言葉に、私は腕を組んだ。
一週間前ねぇ……。あたしらの世界みたく、交通手段や交信手段が潤沢にそろっているなら一大事だけど、領地間の移動の主な手段が馬車で、交信手段が早馬便の手紙って時点で、一週間程度のずれなら当然起こりうる範囲だと思うんだけどねぇ……。
でもまあ、魔王軍からの侵攻なんて受けてるわけだし、神経過敏になるのも仕方がないかしら。まだ音信不通が確定しているわけじゃないけど。
「で、今回はその領地まで行ってくればいいわけ?」
「はい、その通りなんですが……」
そこまで言ってアルト王子が少し口ごもる。
そして、少しためらってからこう口にした。
「なるべくであれば、少人数かつ、素早く確認してきていただきたいのです」
「は? どういうことよ?」
アルト王子の言葉に思わず眉根を寄せると、アンナがフォローするように口を開いた。
「いえ! まだ、何かあったと確定したわけではありませんし、このことを知っている者が私とお兄様、それからトランドくらいなのです! 皆の不安を煽らぬためにも、なるべくなら内々で解決したくて……」
「いや、別に怒ってるわけじゃないんだけど……」
怯えるように説明してくれたあんなを見て、思わず申し訳なくなってしまう。
けどまあ、どうして隆司の奇行がラッキーなのかは分かったわ。
ヨークへの往復に三日……食道楽の時間に丸一日費やしてそうだから実質二日か。
それだけの速度があれば、ある程度の広範囲を短時間で見て回ることもできるわね。
隆司もそのことを理解したのか、小さく頷いてみせる。
「なるほどな。つまり俺にその領地を見てきてほしいと」
「はい……」
「本当に申し訳ないのですけれど……」
「いいっていいって。一応勇者なわけだしな、俺も」
代わる代わる頭を下げる兄妹に、隆司は鷹揚に手を振って見せる。
本人はやる気まんまんね。残る連中はどうかしら。
光太と礼美の方を振り向いてみると、二人とも納得したような顔で頷いていた。
「確かに、僕たちみんなで行っちゃうと、城内の人や城下町の人にいらない不安を与えちゃうかもしれないしね」
「それにシュバルツちゃんの足の速さなら、すぐに帰ってこれるよね」
ふむ。決まりね。
あたしも同意するように頷くと、ポンと隆司の肩を叩いてやった。
「それじゃあ、隆司。たまにはまじめに働いてらっしゃいな」
「お前、それじゃまるで俺が普段マジメじゃないみたいじゃねぇか」
隆司が半目でこっちを睨む。
が、あんたにそんな顔をする資格はねーわよ。
あたしはため息をついて、隆司の額にツッコミチョップをくれてやるのだった。
そんなわけでシュバルツの基礎スペックはヨークを二日ほどで往復できるくらいとなりました。本気になれば二十四時間で往復できるかも知れません。
たぶん、作中で追いつけるのはソフィアくらいかなぁ。先回りは真子でもできるだろうけれど……。
しかしまあ、平和だった場所が音信不通って軽くフラグだよね? 以下次回ー。