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No.81:side・ryuzi「私の愛馬は凶暴です」

「だらぁ!!」

―ヒヒィィィィィンンン!!!―


 気合の声とともに、石剣を振り上げて俺は馬へと突撃していく。

 対する馬は嘶きとともに両前脚を振り上げる。

 蹄というよりはもはや石斧、あるいはただの鈍器としか思えない馬の前脚が俺の頭上に迫る。


「シィァッ!」


 それを迎え撃つように、俺は石剣を振るう。

 金属同士を打ち付けあったような甲高い音が、広場中に響き渡った。

 馬の横を素早く駆け抜ける俺。数瞬の後、俺が立っていた地面が砕け散った。

 素早く振り返ると、馬も同じようにこちらへと振り向いていた。

 確かな手ごたえはあったが、蹄が堅すぎるせいでその表面を削った程度のダメージしか与えられてねぇ……。

 馬が削れた蹄の調子を確かめるように、地面を何度か抉った。


―……―


 問題ないのか、一つ頷くと、まっすぐに俺の方を見つめる。

 そしてまた何度か地面を蹴ると、勢いよく俺に向かって突進してきた。

 その速度や、矢も真っ青。まさに閃光と呼ぶべき勢いだ。馬の姿が速度のせいで、縮んで見える。


「リュウ!」


 そのあまりの速度に、カレンが悲鳴を上げるが、遅すぎる。

 馬の体はとうの昔に俺の立っていた位置を通過しているし、俺は俺で馬の背中を高く飛び越えていた。

 ムーンサルトを華麗に決めながら、俺は木がまた真っ二つになる光景を逆さまに眺めていた。

 あのスピードとパワーが相手じゃ、長期戦は不利だなぁ。体力的に。

 木一本では満足できないらしい馬が、勢いよく振り返って俺の着地点めがけて再び地面を蹴り飛ばす。

 俺は地面にふわりと着地すると、背中に馬の迫る威圧感を受けつつ、慌てずに軸足を中心に体を回転させる。

 交差は一瞬。闘牛士の舞のごとく、背中に迫った馬の頭を回避し、俺はその首に勢いよく石剣を滑り込ませた。

 何度味わっても慣れることのない、血の詰まった肉と骨を斬り裂く嫌な感触が掌に伝わってくる。

 〆た鶏とか裂くのは平気なんだけどなぁ……。

 のん気にそんなことを思いつつ、馬が過ぎ去っていく前に石剣を振り抜いてしまう。

 シャッ、と小気味いい音が聞こえ、石剣の先端からまっすぐに血の飛沫が飛んでゆく。


―………!?―


 首を半ばほど切断された馬は、蛇行するように体をふらつかせた。

 っていうか肉が厚すぎるぞオイ……。この石剣で半分しか斬れねぇとか……。

 呆れつつ、俺は血振りするように石剣を振り、懐にいつも仕舞い込んである血をぬぐう紙を取り出そうとして。


「リュウ!! あぶないっ!!」


 カレンの、信じられない物を見たという悲鳴を聞いた。

 反射的に、地面を蹴って横滑りに飛ぶ。

 今まで頭があった場所を、ガチィという甲高い音が通り過ぎた。


「んなっ!?」

―ぶるるらぁぁぁぁぁ!!―


 果たして、馬は生きていた。

 首を半ばから切断され、口から血泡を吹き出し、ダラダラと涎を垂らしながら。それでも生きていた。

 いや……!


「さ、再生してる……!?」


 カレンの言葉通り……。ジュウジュウという、何かが焦げるような、あるいは溶けるような音を立てながら、先ほど切断した馬の首が煙を上げ、再生していた……!

 なろぅ、やっぱりただの馬じゃなかったなテメェ!?

 そう、言葉を発するより早く、馬の蹄が俺の胸へと突き刺さる。


「ゴッ!?」


 息といわず、血といわず、骨といわず、身体の外へと飛び出しそうになる。

 そのまま勢いよく地面に叩きつけられ、肋骨と地面が砕け散る感触が身体じゅうに響き渡る。


「ぶ、ぐっ!?」

―るるるああぁぁぁぁぁ!!―


 口から血が溢れだす。だが、馬は容赦なく、蹄を何度も俺に向かって叩き下ろす。

 そのたびに、俺の体の中では骨が砕け、肉が裂け、身体が容赦なく埋まっていく。

 やがて俺の身体が埋まり切り、手の先しか、地面から出ていない状態になる。

 が、それでも馬は攻撃をやめない。


―ぶるひひひひぃぃぃぃぃぃんんんん!!!―


 止めとばかりに両足を振り上げ、俺の顔面に向かって振り下ろす!


「んなくぞがぁ!!」


 が、さすがにそんな大ぶりの攻撃は喰らってやれねぇな!!

 俺は両手を蹄に合わせるように繰り出し、馬の全体重を受け止める。

 もう一段階埋まりそうになるが、それを背筋で支える。


―ぐるるる………!!―

「おおぉぉぉ………!!」


 なおも俺を埋めようと力と体重を込める馬に対し、俺は全霊の力でそれを跳ね返そうとする。

 ギシリと全身の骨がきしみを上げ、俺と馬の根競べに耐えられないというように、地面がまた少し砕ける。

 瞬間、拮抗していた力のバランスが崩れる。

 やや馬が前のめりに。そして俺の両腕が屈伸するように。


―!?―

「っだらぁ!?」


 馬が体勢を崩しかけた一瞬を逃さぬように、俺は全身をバネのように弾いて馬の身体を横向きに吹き飛ばす。

 そしてそのまま地面に埋まっていた自分の身体を、周りの地面を巻き込むように引っこ抜く。

 背中やら脇腹に突き刺さっていた石や岩が抜け、また新たな傷が増えるが、それも即座に治ってしまう。


「っだぁ! くそが!」

「リュ、リュウ!? 大丈夫なの!?」

「大丈夫だからそこ動くなよ、カレン!!」


 もはや涙声のカレンの方を振り向かぬようにしながら、俺は馬と相対する。

 正直、今の自分の異形っぷりを目の当たりにしたカレンを見るのが怖いというのもあったが、馬の方を見た俺は即座にそれを後悔する。


「な、なにそれぇ……!」


 カレンの声に恐怖の色が混じり始めた。

 まあ、そらビビるわな……。さっきまでただの馬だった生き物の全身から、鎧状の突起物が生えはじめれば……。

 ちょうど、馬にフルプレートメイルを着せたらこんな感じになるだろうという、黒色の装甲を、いつの間にか目の前の馬?は纏っていた。

 が、通常金属なのかどうかは激しく謎だ。

 まるで今しがた皮膚が変化したとでも言うように、装甲から煙が上がっているし、見た目がなんというか、昆虫の外骨格に近い気がする。

 パワードスーツだな。馬用の。


「もうお前どういう生き物なんだよ、おい……」

―ぶるるぁぁぁぁぁぁぁ!!―


 どんなツッコミを入れればいいのかわからず、途方に暮れる俺のことなど知ったことかと馬は嘶きを上げ、再び地面を蹴り飛ばす。

 その速度は、さっきの数倍に比すように見える。この期に及んでパワーアップとか。

 反応し損ねた俺が、勢いよく宙へと跳ね飛ばされる。


「リュウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!??」


 絶望したようなカレンの悲鳴を聞くのと同時に、俺は地面へと叩きつけられる。

 断続的に聞こえてくる木々がなぎ倒される音を聞くに、相手は木を破壊しながら、コーナリングしている模様。

 ………上等………。

 俺はふらりと立ち上がる。さっき吹き飛ばされた分と、いましがた地面に叩きつけられた分は、もう治った。いつものことながら、反則的な身体能力だ。

 と、同時に木を破壊しながらパワードスーツ馬の姿が眼前に現れる。

 視界の端で、カレンが顔を覆うのが見える。さっき轢かれたんだ。また轢かれると思ったんだろう。

 が、甘ぇ。

 俺は馬が接触する寸前、右手でその鼻面に触れ、同時に左足を勢いよく地面に突き刺した。

 馬の全力突進が掌を通じて全身に伝わってくる。それを押し止めるように、ほんのわずかに俺の身体も前へと押し出す。

 ズン!という腹に響く重低音とともに、馬の突進が一瞬、完全停止する。


―!?―


 止められるとは思わなかったらしい馬の困惑が、手に触れた鼻づらから伝わってくる。

 が、これで終わりじゃねぇぞ?

 俺は馬が停止した瞬間、身を一気に低くして馬の顔を横切り、股ぐらを抜け、まだやわらかそうな肉を露出していた腹部に、アッパーじみた拳を全力で叩きこんだ。

 馬の肋骨かはたまた内臓か。確かな手ごたえとともに粉砕したそれとともに、馬の全身は軽く一メートルは上昇する。


―ぶもっ!?―


 反応しきれなかった馬の悲鳴が聞こえてくる。


「おおぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そして仕上げとばかりに、俺は天へ届けといわんばかりにまっすぐに、拳をまっすぐに馬の腹へと叩きこむ――。

 同時に、俺の全身から力が立ち上る。


「――!?」


 いわく言い難い感覚。まるで、全身の熱が立ち上っていくような感じとともに、衝撃が馬の全身を吹き飛ばした。

 一瞬の空白の後、馬の鎧を破壊する轟音が森中に響き渡る。


―!?!?!?―

「っく……!?」


 馬はその巨体を地面に叩きつけながら、訳が分からないというようにもだえ苦しんだ。

 砕けた鎧はやはり皮膚が変化したものだったのか、そこかしこに裂傷が見て取れる。それも泡のようなものが噴き出すのと同時に、治っているようだが。

 馬を吹き飛ばした当の俺は、唐突に表れた感覚に翻弄され、膝をついた。

 馬を吹き飛ばした衝撃が収まるとともに、全身から突然力が抜けてしまったのだ。

 くそったれ、一体なんだよ……!?


「リュウッ! リュウッ!!」


 わけがわからず手をつく俺のそばに駆け寄ったカレンが、涙を流しながら抱き付いてきた。


「よかったぁ! ホントに良かったよぉ!」

「おお、カレン……」


 ワンワン泣き声を上げるカレンの思わぬ行動に驚きつつ、あやすようにその背中を叩いてやる。

 意外と泣き虫だなこいつ……。


「大丈夫だったか……?」

「大丈夫に決まってるじゃないか! あんたはどうなのさぁ!」

「俺? 俺はぁ……平気だぜ?」

「嘘つけぇ!!」


 泣きながら耳元で叫ぶカレン。ああ、もう……。こういうときどうしたらいいのかわかんないの……。

 などと悩んでいると、馬がゆっくりと立ち上がった。

 ガサリという草がすれる音に、カレンがびくりと体を跳ねあげる。


「う、うそっ!?」

「カレン、下がってろ」


 馬は弱弱しくはあったがしっかりとした足取りで地面を踏みしめ、まっすぐに俺のもとへと歩み寄ってくる。

 動くはずがないと思っていた馬の動きに怯えるカレンを背中に庇い、俺も立ち上がり馬の前に立つ。

 といっても、俺もフラフラだ。もう、馬を投げ飛ばす力もない。


「………」

―………―


 俺と馬はしばし睨み合う。

 あたりは静寂に包まれ、一人と一頭の間に一陣の風が駆け抜けてゆく。

 そして。


「ん?」

「はえ?」


 俺の前で馬はひざを折り、まっすぐに頭を垂れた。

 まるで、恭順を誓う騎士のように。

 その瞳は、俺からの言葉を待つように閉じられている。


「……従うのか? 俺に?」


 突然の行動を訝しみ、そう問いかける俺の目を、馬は瞼を開き、頭を垂れたまままっすぐに見つめた。

 先ほどまであった怒りも殺意もなく、ただ静かな光がそこにはあった。

 ……どうも、本当に俺に従う気らしい。


「……えーっと……」

「……や、やったじゃないか、リュウ!」


 突然といえば突然の展開に困惑する俺に変わって、カレンが諸手を上げて喜んだ。


「ギルドの依頼には馬の調査も含まれてたし……こいつがあんたに従うんなら、もうハンターが怪我をすることもないよ! 報酬も貰えるし、儲けもんじゃないか!」

「そりゃそうだけど……」


 カレンのいうとおり、五百万もこの馬も総取りとなれば儲けもんではあるが……。

 まさかこの馬、自分を倒せる強者を待ってこんな目立つ場所にいたんじゃあるまいな……?

 なんて思いつつ、俺は馬の黒い毛並みを撫でる。

 戦ってるときは気にしてる余裕はなかったけど、まるでシルクのような肌触りだ。

 しかしまあ……。


「俺に従うというなら、馬と呼ぶわけにもいかねぇよな……」

「そうだね。いい名前付けてやりな」


 馬の首筋を撫でてやりながら、俺はゆっくりとその名を考えてやる。

 カレンの言葉通り、これからのことを考えれば長い付き合いになるだろう。なら、半端な名前はかわいそうだしな。

 黒……、黒い馬かぁ……。


「……シュバルツ」


 黒、という色に思い当たった言葉を口にする。

 確か俺がガキの頃やっていたアニメで、一番好きだったキャラの名前が、ドイツ語で黒を意味する言葉だったんだよな。


「シュバルツ。今日から、お前はシュバルツだ」

―………―


 俺がそう呼ぶと、馬……シュバルツの瞳に強い光が灯る。

 自らの名を誇るように、そう呼ばれた黒曜の大馬はゆっくりとその身を立ち上げる。

 その姿は、まさに威風堂々。おそらく大陸を探しても、シュバルツに肩を並べられる馬はそうはいまい。


「シュバルツか……。いい名前じゃないか」


 カレンはそうつぶやいて、ゆっくりとシュバルツの毛並みを撫でる。

 そうして触れても、シュバルツは取り乱すことなくじっと立っていた。

 俺はそんなシュバルツの姿に満足し、取り落していた石剣を拾い……。

 ふと思いつく。


「シュバルツ、行くぞ!」

―!―


 掛け声に気を入れたシュバルツの背に、俺は石剣を持ったままひらりと飛び乗った。

 俺がシュバルツの背にまたがると同時に、ズシンとシュバルツの立つ地面から音がする。

 だがシュバルツは背に俺など乗っていないように、決して体を崩さぬまま立っていた。

 思った通りだ……。シュバルツと一緒なら、石剣を持って遠くまでいけるな!

 思わぬ相棒の出現に俺は喜びつつ、シュバルツの背中をポンポンと叩いてやった。


「お前によく似合う鞍と轡を用意しねぇとな!」

―ヒヒィーン!!―


 シュバルツは、俺の言葉に返事をするように空へ向かって嘶きを上げるのだった。




 そんなわけで、おんまさんが仲間になりました! いや、生物的に馬かどうかはかなり謎ですが。馬がベースのはずです。うん。

 ようやく隆司もフル装備で遠くにお出かけできる手段ができたわけですな! フルっつっても重すぎる石剣一本なんですけどね。

 これで奪還のスピードも上がるかしら? 以下次回!


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