No.79:side・ryuzi「新しい依頼」
楽しい楽しい……というと不謹慎か? まあ、ともあれ、いつもの魔王軍との戦いが終わってしばらく。
四つの領地を無事に奪還し終えたアメリア王国だけど、しばらくは領地の奪還を停止するらしい。
なんでだ?と聞いたところ、今まで侵略されていた領地の整備を行うためらしい。
まあ、位置的にはそんなに長い間奪われていたわけじゃないとはいえ、敵に居座られていた領地だ。今まで通り稼働するまではいささか時間がかかるだろう。
とはいえ、レストはもうほとんど整備が終わっているし、そもそもオリクトなんかは侵略されていたにもかかわらず普通に稼働していた。そう長いこと時間はかからないだろうという話だった。
さて、そうなるとしばらく勇者稼業は休業ということになる。もちろん、魔王軍が攻めてくれば迎えに行……もとい迎え撃つわけだが、ほぼ定期的にやってきている以上、攻めてこない間はどうしたって暇だ。
普段の日課にしている鍛錬を終えた後、俺は久しぶりにハンターズギルドへと足を運ぶことにしていた。
ここ最近は、馬車を借りに行くばっかりで、ほとんど仕事してなかったからなぁ。
いつもの通りハンターズギルドの扉を開くと、そこそこの賑わいが俺の身体を包み込む。
初めてここに来た時に比べれば、雲泥の差だぜ。聞けば、アイティスを単独で撃破できるようなハンターはほとんどいないとか。まあ、舌で人間の首の骨を一撃でへし折るような肉食カメレオンなんか、そうそう相手にできねぇよな……。
めぼしい仕事はないかと欲しい素材や討伐してもらいたい対象が張り付けてあるコルクボードに近づいていくと、横合いから聞き覚えのある声がかけられた。
「お! リュウじゃないか! 久しぶり!」
「お、カレンか。久しぶりだな」
そちらの方を振り向くと、アメリアの泉の看板娘兼ハンターのカレンが立っていた。
ここ最近は領地奪還に集中していたせいで顔を合わせる機会もなかったけど、元気そうで何よりだ。
カレンは俺の姿を認めると、ズイズイ近づいてきてバシバシと俺の肩を強めに叩いた。
「最近付き合い悪いんじゃないかい? ほとんど顔を見ないじゃないかい!」
「ここんとこ、ずっと表の仕事の方が忙しかったからなぁ……」
力強く叩かれながら、俺は遠い目で王城の方を見つめる。
一応、カレンには俺が王城で働いていることまでは話した。
ただ、異世界から召喚された勇者であるということは話していない。
話したところでキ○ガイ扱いされるのがオチだろうし。
カレンはなれなれしく俺と肩を組みながら、周囲に聞こえないように声を落とした。
「表っていうと、魔王軍関係かい?」
「ああ」
俺もそれに合わせて声を落とす。
カレンの中での俺は、サンシターや光太のコネで魔王軍との戦闘に駆り出されている戦士ということで落ち着いた。
王城に出入りしていてもある程度怪しくなく、最初の自己紹介からもそんなに違和感のないポジションである。嘘を吐くコツは、ほんの少し真実を混ぜることなのだ。
俺の返事を聞いたカレンは、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「結構領地も奪還できてるみたいだし、この調子で、魔王軍を追い返しておくれよ?」
「可能な限り努力はしとく」
カレンの期待の眼差しに苦笑しつつ、俺は肩をすくめた。
家が喫茶店なためか、結構王都の外からの物品の流出入に敏感なのだ、この娘。
初めて会ったときは、根っからのハンターだと思ってたんだけどなぁ。
「で、今日は休暇かい?」
「そんなところだ。なんか手頃な依頼はないか?」
「そうだねぇ……」
俺の言葉に、カレンはコルクボードを睨みつける。
張り付けてある依頼は、薬草の採取やウッピーの狩猟なんかが主だ。まだ王都と領地間の交易が完全に機能していないせいか、一般家庭から出された依頼がほとんどだ。
この手の依頼は簡単なのはいいのだが、依頼料が雀の涙なのである。お小遣い稼ぎにはちょうどいいんだろうけれど、一日駆けずり回って服の一着も買えないとなると、さすがに考えざるを得ない。
カレンと肩を付き合わせて、俺もコルクボードを睨みつける。ここ最近、ようやくこの世界の公用語を読めるようになってきたからな……。
「なんかしょっぺぇ依頼ばっかだな……」
「ここ最近やっとこ物資が入ってくるようになったって言っても、まだまだ足りないからねぇ……。あ、ウッピー二十頭狩猟だって! これにしない?」
「お前は良いだろうけど、俺のエモノじゃ、ウッピー残んねぇじゃねぇか? こっちはどうよ。グリーンディア狩猟」
「グリーンディアかぁ……。体でかい割に、動きが早くて狙いづらいんだよなぁ……」
カレンと二人であーでもないこーでもないと唸り声を上げていると、今度は背後から声をかけられた。
「ああ、リュウさん。来てくださっていたんですね」
「うん?」
振り返ると、そこに立っていたのはハンターズギルドのギルド長さんだった。
相変わらずひょろっとしていて、叩いたら折れそうな風貌である。ちゃんと飯食ってんのかなぁ。
そんな感想を喉の奥にしまい込み、俺はギルド長さんに深々と頭を下げた。
「ギルド長さん。ギルドの馬車を貸してくれて、本当に感謝してます」
「気にしないでください。普段、王国へ依頼するのはこちら側なのです。あの程度であれば、喜んで協力させていただきますよ」
ギルド長さんは小さく微笑んでくれる。
ふむ。この様子なら、引き続き協力してもらえそうだな。
と思ったのもつかの間、ギルド長さんはすぐに顔を引き締めた。
おっと、この雰囲気は……。
「しかし、今日来ていただけて幸いでした。もしいらっしゃらなければ、こちらからお手紙を差し上げようかと思っていたところです」
「と、いうと?」
「実は、リュウさんの実力を見込んで依頼したいことがございまして……」
やっぱり依頼か。
俺の隣にいたカレンが、俺の方を実に羨ましそうな顔で見つめてきた。
どうやら、ギルド長さんから直々に依頼されるというのは、ハンターズギルド所属のハンターにとって、一種のステイタスらしい。
「リュウ、良いなー……」
「フフン、うらやましかろう。で、依頼って?」
俺が問いかけると、ギルド長さんは神妙な顔をして口を開いた。
「はい、実は森に馬が出まして……」
「……馬?」
「はい、馬です」
その言葉に、俺は思わず変な顔になった。
何しろ馬である。馬車があるように、この世界では割と一般的な生き物である。
中には遅馬なんて珍種もいるが、おおむね俺たちの世界にいる馬とほぼ同様の生き物だ。
当然、森にだって馬の一頭くらいいるわけで……。
その程度でわざわざギルド長さんが?
俺の不審な表情から何を読み取ったのか、ギルド長さんも信じられないというような顔つきになって首を横に振った。
「いえ、私も報告を聞いたときはまさかと思ったんですけれど……。森の奥地の方に現れた馬に、ハンターが襲われたという話がありましてね」
「ハンターが?」
「はい」
馬がハンターを襲うって……。
思わず俺は隣に立っていたカレンの方を振り向いて確認した。
「なあ、カレン。王都の周りの馬って、草食だよな?」
「そもそも馬って肉を喰うのかい?」
カレンは俺の質問を聞いて顔をしかめる。
いやまあ確かにそうなんだけどよ……。
「その襲われたハンター、怪我をしたんですか?」
「ええ。腕の骨をポッキリ折られたとか……」
「腕の骨を?」
今度は顔をしかめる俺。
馬に轢かれて腕の骨を折る程度で済んでよかったというべきか、運が悪いというべきか……。
が、ギルド長さんは、思わぬ事実を口にした。
「しかも、踏みつけられたのではなく、噛みつかれて折れたんだとか」
「はぁっ?」
素っ頓狂な音が、俺の喉から聞こえてくる。
馬に噛みつかれて腕の骨を折るとか……どういうわけだよ?
「……それっていつの話です?」
「ここ一週間ほどでしょうか。初めに怪我をしたハンターの報告を聞いてから、何人か調査に送り込んだのですが、ほとんど怪我を負わされて帰ってきたんですよ」
「うーん……?」
ギルド長さんの話に腕を組む。
まあ、話は理解した。普通のハンターではまともに調査にならないんで、俺に出てもらいたいということだろう。
が、対象が馬であるってのがなんか引っ掛かるんだよなぁ。
ただの馬が人を襲うなんてまずないだろうし……。
あ、でも、この世界の馬にはそういう変な種類の馬がいるのかもしれねぇな。
「なあ、ギルド長さん。人を襲うような、そんな凶暴な馬なんて、この辺にいるのか?」
「この辺りどころか、アメリア王国周辺にそんな凶暴な種がいるなんて話も聞いたことがありません」
「むーん」
残念ながらいないらしい。
さらに考え込む俺に、ギルド長さんは依頼内容を話し始めた。
「今回依頼をお願いしたいのは、その馬の調査、あるいは捕縛、最悪は討伐でしょうか。可能な限り早期に解決をお願いしたいのです」
「? なんで?」
可能な限り早くという条件に首を傾げると、ギルド長さんは周りに聞こえないように声を落とした。
「いえ、アイティスの大移動の時のように、ハンターたちが森に入りたくないと言い出す前に解決しておきたいのですよ」
「ああ……」
人を襲い、しかも骨を折るような凶暴な馬がいるなんて噂が広まったら、またハンターたちが引き籠り宣言しかねんよなぁ……。
だいたいの人間が、俺やカレンみたいに副業の金稼ぎに登録してるから、あまり危険なことに首を突っ込みたがらないのだ。
いや、一般人としては当然の思考なんだけどさ。
「今はまだ、ギルド職員のみの被害ですが、このまま時間がたてば登録ハンターにも被害が及ぶのは自明の理。どうかお願いできませんでしょうか……」
「うーん」
俺は迷う振りをして首を傾げるが、腹は決まっていた。
久しぶりに握った石剣……。使わずに帰るなんて、ありえねぇよな?
「依頼料は?」
「アイティス大移動の時と同じ、五百万アメリオン用意いたします」
「ふぅん……」
五百万か。ギルドも、それなりに重大な案件だって考えてるってことか……。
俺は少しだけもったいぶってから、首を縦に振った。
「オッケ。受けさせてもらいますよ」
「おお、ありがとうございます」
ギルド長さんは、俺の返事にホッと安心したように息を吐いた。
うーん、もったいぶったのはちょっと悪かったかね?
「では、可能であれば……」
「今すぐ行かせてもらいますよ。安心して、待っててください」
「ありがとうございます。それで場所なのですが――」
ギルド長さんが口にした場所を聞き、俺は目を丸くした。
おい、そこって……。
「それでは、よろしくお願いいたしますね」
「あ、ああ」
件の馬が出没する場所を聞いて固まる俺に何度か頷いてから、ギルド長さんはそのままギルドの奥へと引っ込んでいった。
きっと仕事があるのだろう。だが、そんなことより。
俺はカレンの方を振り返る。
横でギルド長さんの話を聞いていたカレンも、驚いたような顔になっていた。
「……なあ、リュウ」
「ああ」
「あの馬が出る場所ってさ……」
「………」
カレンにも、覚えがあったか。
なら当然、ギルド長さんも知ってるはずだ。
ギルド長さんが告げた場所。
件の馬が出没する場所は、かつて魔王軍四天王、リアラが居座った、例の広場であった。
何やら凶暴な馬が、キッコウちゃんが自爆した場所に出たとか。いったいその馬とは……?
次回、その正体が明らかにー。