No.78:side・Sophia「その頃の魔竜姫 Part3」
休暇ついでに鎧などの修理を依頼していたラミレスたちが、その領地を奪還されて戻ってきて一週間ほど。
そろそろ勇者たちも戻ってきているだろうと辺りをつけて、前線を押し進めるために今日も今日とて攻め込んだわけなのだが……。
「にゃ~ん……。今日もフォルカ君は情熱的だったにゃ~……♪」
「しっかりしろミミルっ! 敵に心を奪われるなぁぁぁぁぁぁ!!」
「姉さん……ごめん……。僕、もう……」
「マ、マオくぅぅぅぅぅぅぅぅぅうん!!??」
「……」
本営まで戻ってきても続く惨状に、私はため息をつかざるを得ない。
何しろ今回、ケモナー小隊どもが前面に出て戦った(?)ため、一部の戦士たちは戦いを放棄してケモナー小隊の連中と話をする、他の者たちは逃げ惑うとさんざんだったのだ。
親衛隊内では、ミミルがやられているし、その身内ではマオがひどい目(?)に合わされている。まあ、マオの場合は一方的に撫でたり尻尾を触られたりといった様子だったが。
期待していたラミアの魔導師たちも……。
「私の鱗が素敵だなんて……」
「自分から巻かれたいだなんて……あんなやつ初めてだよ……」
「人間も悪くないかも……」
などと夢見る乙女の瞳でつぶやき始める始末……。
もちろん、まともな思考が残っている者たちもいるわけだが、それ以上にこちら側の思考の浸食率がひどい……。
もうケモナー小隊が出てくる戦いだと、まともな戦は望めんなぁ……。
「はぁ……」
「おやおや? ずいぶん疲れたみたいだね、姫様」
「ラミレスか……」
二度目のため息を吐くと、本営に残ってガルガンド達と連絡を取っていたラミレスがテントの中から出てきた。
「疲れるも何も散々だった……。ケモナー小隊の連中の、あのバイタリティはいったい何なのだ……」
「さあねぇ」
私の疑問に肩を竦めるラミレス。
確か我々の中では彼女が一番初めにケモナー小隊に遭遇したんだったか。
まあ、その時はあの男がマナのガオウに対する思いを利用して撤退まで追い込まれたわけなのだが……。
「何とかして、ケモナー小隊を抑える方便はないか? ラミレス」
「難しいんじゃないかい? 一対一の決闘ならともかく、集団戦ともなるとねぇ」
魔王軍一の知将でもあるラミレスに意見を仰いでみるが、難しい顔をして首を横に振られてしまった。
うぅむ……。確かに彼女のいうとおりだ……。
まだ、決闘であれば、お互いの代表者が戦うのみだ。こちらは私や私の親衛隊の誰かを。そして向こう側からは勇者を代表に選ばせれば、少なくとも今日のような結果に終わることはあるま……いや、あの男の場合それもままならん可能性が無きにしも非ずなんだが……。
だが、団体戦の場合はダメだ。今日のようにケモナー小隊が大勢でてくると、もうこちらの陣形やら対策やら無視して、戦場をかき乱してくれる。
戦地のかく乱、という意味合いではこの上なく優秀な手合いだ。しかもこちらに害をなすのではなく、ただ単に愛をささやきに来るものだから始末が悪い。無手のものがほとんどなため、こちらから攻撃することが難しい……。
我々は牙をもち襲い掛かってくる者には容赦せんが、牙なくただそこにあるだけの者に敵意はむけられんのだ……。
「まあ連中、ただそこにあるんじゃなくて積極的にこっちに近づいてくるんだが……」
「なんにせよ、敵意じゃなくて好意を向けてくる連中に剣を叩きつけられる奴は、この軍にはいないさね」
「うむ……」
愚痴った言葉に返ってきた返事を聞いて、あきらめるように項垂れる私。
今後は、基本的に決闘の方向性で行こうかなぁ……。
「はぁ……。とりあえず、ラミレス。ガルガンド達との連絡は取れたのか?」
今後の方向性をとりあえず定めた私は、改めてラミレスと向き直る。
「ああ、その事なんだけどねぇ」
私の言葉にラミレスは、顔をしかめた。
……以前から、ガルガンド達から定期連絡が来ないということはあったが、まさか……。
「……まさか、繋がらんのか?」
「そのまさかさ。ガルガンドの奴、うんともすんともいいやしない」
憤慨するラミレスの顔を見て、私も顔をしかめた。
まさか本当につながらないとは……。
「リアラやクロエの方はどうなのだ?」
今はガルガンドと同じ死霊団に属している、四天王のリアラや、本来は王城の直衛の騎士であるクロエの名を出してみる。
ガルガンドは信用ならんが、あるいは彼女たちなら……。
と思ったのだが、ラミレスは首を横に振る。ダメなのか……?
「クロエの方は、そもそも長距離通信ができるほど魔導に精通してないんだよ」
「ではリアラの方は?」
「一応、長距離用の通信できる道具だって、こんなの預かってるんだけどさ……」
そういうとラミレスはどこからともかく一つの箱のようなものを取り出した。
手渡されたそれは、最大辺が十五センルほど。幅は五センルといったところか……? 箱とは言ったが若干薄い。厚さは、二、三センルか。
何やら画面のようなものと、スイッチに似た小さなものが合計で十五、六個ついており、それらすべてに文字が刻まれている。
試しにスイッチの一つを押してみるが、特別反応らしいものは得られない。
「………これは?」
「さあ? 渡されたときの説明が長すぎて、肝心な部分の説明と名前は忘れちまってねぇ」
だから使い方もわからないんだよ、と悪びれる様子もなくいうラミレス。
まあ、リアラの生み出す技術は素晴らしいのだが、そのすべてを一度に説明しようとするせいで、ほとんど訳が分からない説明になってしまうのだよなぁ。
実際、この本営にもリアラが作った技術のたまものがかなりの数、寄贈されていたりするのだが、まともに使用されているのは大型の湯沸かし器くらいだ。
元々リアラは手先が器用だが、あまり魔法が得意な方ではないため、こういった機械分野を駆使することで、ほかの四天王たちとの差異を埋めようと努力しているのである。だが、あの長すぎる説明はどうにかならんのかな……。
「……ともあれ、使えぬのであれば仕方あるまい……。これは返すぞ」
「持っててくれても別にいいんだけどねぇ」
ラミレスに謎の機械を返すと、やっぱりどこへともなく仕舞い込んだ。
だがあいにく、使えぬ機械を持ち歩くほど偏狭ではないのでな……。
「他の方法で、ガルガンドらに連絡は取れぬのか?」
「当のガルガンドが連絡係だったからね……。こればかりは向こうからの連絡待ちさね」
「ぬう……」
弱ったな。ガルガンドからの定期連絡は、我々の侵攻の要の一つ。
最後の連絡が、ラミレスが休暇を取った時のものだったからまだ問題はないが、この状態がこのまま続くと……。
と思い悩む私は一人の男の名を思い出した。
四天王の将にして、魔王国宰相。今は、王都で残り、民たちとともに我らの帰還を待つ、マルコの名前を。
「そうだラミレス。マルコへの連絡は取れぬのか?」
「マルコとのかい?」
「うむ。もし取れるのであれば、マルコを通じて、ガルガンドに定期連絡を入れてもらうように言って欲しいのだが……」
元々ガルガンド達死霊団は、マルコの私兵組織。王国が擁する騎士団以外の、手足となる人員を欲したマルコが、自ら生み出したのがきっかけだと聞いている。
ならば生みの親であるマルコの言葉なら、ガルガンドも聞かざるを得まい、と思ってのことだ。
だが、ラミレスは私の提案に難しい顔となった。
「……ダメか?」
「うーん、ダメじゃないけど、難しいんじゃないかねぇ? そもそもこっから王都との距離が離れすぎてるから……。連絡を取るにしても完全に一方通行。いつ返事が返ってくるかもわからないし……マルコ側からガルガンド達の位置がわかるのかねぇ……」
「ああ、そうか……」
地理的な問題もあるのをすっかり忘れていた……。
いわゆる通信系の術式は、距離に比例してその難易度が上がるといわれている。
魔王国やアメリア王国内領土程度の距離であれば、専用の長距離術式を用いれば問題なく通信ができる。
だが、さすがにアメリア王国王都付近のこの本営と、魔王国王都に住むマルコとの距離は筆舌に尽くしがたい距離だ……。まともに通信できるかどうかも怪しいな。
「ぬぬぬ……」
「一応、ガルガンド達の身柄を探すよう、ハーピー達に命令はしているよ。今はそいつらの連絡待ちさね」
「そうか……」
ラミレスの言葉に、私は一応の安堵の息をつく。
何の手を打たぬよりはましだろう。問題は、ガルガンド達の現在位置もつかめぬ以上、ハーピー達の捜索時間によっては彼らとの連携をあきらめざるを得んということだが……。
「まあ、リアラの奴は目立つからな。そのうち見つかるだろう」
「そうだねぇ」
私の言い草に、ラミレスがプッと噴出した。
四天王リアラ。彼女の情熱は、常に巨大な機械を建造することにのみ向けられているといっても過言ではない。
こちらへと渡り来る際に持ち出したギャオンちゃんやキッコウちゃんなどがいい例だ。移動用の拠点だというのだが、何ぼ何でもデカすぎるだろう……。
実際、あれらも結構アッサリ発見されてしまい、勇者たちによって撃破されてしまっている。どちらも戦闘力はあまりなかったようだ。
魔王国を取り巻く環境に置いては、絶大な威力を発揮するのだがなぁ。
「……そういえば、リアラがこちらに持ち込んだ機械が破壊され始めてからか。ガルガンドとの連絡が取り辛くなったのは」
「うん? ああ、言われてみれば、そうだねぇ」
私の言葉に同意するように、ラミレスが数回頷いた。
一番初めに連絡が滞ったのが、王都付近の森の中に潜伏していたキッコウちゃんが撃破された時だ。
その時は、一応の拠点が破壊されてしまったせいで、続く場所を探すのに手間取っているのだろうと考えていたのだが、自身も一流の魔導師であるガルガンドであれば、場所を問わずに連絡を入れることもできるはずだ。
ならば、その後連絡が滞ったのは何故だ?
何か、我々との連絡以上にやるべきことがあるのか?
ならば、それはいったい……?
思い悩み私の肩を、ラミレスの掌が叩いた。
顔を上げると、やさしげな眼差しをしたラミレスが、私の顔を覗き込んでいた。
「ガルガンド関係は、あたしが何とかしとくさね。姫様は、アメリア王国との戦争に集中しておくれ」
「ラミレス……」
「そんな顔をしでないよ。姫様は、この軍団の指揮官なんだよ? シャンとしなきゃ、他の連中が不安になるじゃないか」
「ああ、そうだな……」
ラミレスの言葉に私は頷いて、頬を叩いて気合を入れ直した。
確かにラミレスのいうとおりだ。今は、アメリア王国との戦争中なのだ。
ただでさえ、ケモナー小隊どもとの戦闘に頭を悩ませているというのに、この上ガルガンドのことまで悩み始めては、敵につけ入るすきを与えるばかりだな……。
「……すまぬな、ラミレス。引き続き、ガルガンド達の捜索を頼む」
「はいよ。まかせておきな。地の果てにいても、引きずり出してやるよ」
笑ってラミレスは再びテントの中へと舞い戻る。
うむ。魔王軍……いや、王国すべてをひっくるめて、最も魔導に精通したラミレスが言うのだ。ガルガンドの行方は必ず見つかるに違いない。
私はラミレスを信じ、本営の中を見渡した。
本日の戦闘結果からいまいち抜け出せず、疲弊しきっている者や、あるいは睦言の余韻から抜け出せぬ者、多々存在する。
今はまず、こいつらの気合を入れ直す方が先決だな……。
私はそう考え、一息吸い込む。
私の怒鳴り声に驚き、跳ねあがる軍団の者たちの姿を見て、私は不覚にも愉快な気分に陥ってしまうのであった。
悩める姫様の悩みの種はいずこにー? というわけで、露骨な暗躍フラグを立てるガルガンド。奴め一体どこに……?
その一方で、着実にケモナー小隊の連中に毒される魔王軍。このままでは軍団の危機が……?
さて次は……久しぶりにハンターとして仕事するみたいですよ?