No.8:side・mako「小さな魔法使いたち」
思いのほか盛り上がったトランプ大会の翌日。
あたしと礼美が魔導師団の詰め所へといってみると、見習いのヴァンとやらが興奮気味に周りに昨日のトランプ大会のことを自慢していた。
いやあれは……自慢というより宣伝? 聞こえてくる内容が半分以上礼美に関することだし。
礼美様はお優しいとか美しいとか可愛らしいとか、そんなんばっかり随所に出てくるんだけど。礼美の正面や隣には絶対おかないようにしたんだけど、逆に観察する間を与えた感じになっちゃったのかしら……。
「真子ちゃん? どうしたの?」
「……なんでもない」
ちょっと不機嫌になったのが伝わっちゃったのか、礼美が不思議そうに首をかしげてきた。
それでこちらの存在に気が付いたらしいヴァンとその周りの人間がこちらを見て、口々に礼美の名を呼びながら近づいてきたので、あたしはいったん離脱した。
「レミ様!」
「あ、ヴァン君。昨日はありがとうね」
礼美が花咲くように微笑むと、途端に緩むヴァンとゆかいな仲間たち。わかりやすいわよねー。
ため息つきつつフィーネの姿を探すと、向こうからこちらに近寄ってくるところだった。
その胸には不釣り合いな大きさの本を抱えている。装丁に書かれている魔術言語を見るに、死霊術の類のようだ。
「マコ!」
「はぁい、フィーネ。元気そうね」
あたしの名前を元気よく読んだフィーネは、きょろきょろ周りを見回して誰かを探すようなしぐさをした。
「よし、おらんな……」
「おらんって、誰が?」
「オーゼじゃ。奴がおると、いろいろうるさいしの」
警戒するように唸り声をあげ、オーゼさんがいないのを確認したフィーネは、あたしの服の裾をチョンとつまんでイスと机がある場所まで誘導してくれた。
いやなんでわざわざそんなとこつまむのよ。思わずかわいいとか思っちゃったじゃない。
礼美たちのいる場所からそこそこ離れた長机に並んで座ったあたしたち。フィーネは抱えていた本を机の上において、改めるようにあたしに向き直った。
「よし。マコよ、実は折り入って話があるのじゃが……」
「なに?」
話って……昨日の魔族云々のことかしら? もしそうなら、いきなり離脱イベントってことになるけれど。
スゥッっと、自分でも驚くほど心が冷えていくのがわかる。魔族呼ばわりに、怒りを感じてるってことなのかしら。それとも、悲しんでるのかしら? ちょっと自分でも不明瞭ね。ホントに魔族呼ばわりされたら、どうなるかわからないわね……。
フィーネはそんなあたしの様子に気が付いているのかいないのか、フィーネは興奮したように頬を赤く染めながら、あたしにこう頼んだ。
「この本を読んでもらえんか!?」
「……この本を?」
ずいっと差し出された本の表紙を指でなぞり、いぶかしげにフィーネの顔を見る。
その顔は今か今かと待ちわびる、子供のような……いや子供なんだけど……期待するような子供の表情だった。
「……いや、こんな本位読めるでしょ? 宮廷魔導師なんだし」
「いいや読めぬ!」
あたしの返答への回答は、やたらに自信満々だった。胸を張るところじゃないわよ。
「もともと私が師事しておったおばあさま……先代の宮廷魔導師は私たちにすべてを授けてくださる前に召されてしもうて、まだわからぬことが多いのじゃ……」
「そんなんでよく宮廷魔導師勤まるわね……」
あたしの素直な感想に、フィーネは疲れたようにため息を返してくれる。
「先代の指名じゃったから……これでもいろいろ大変なんじゃよ……?」
キャラ作りとか、とボソッと漏れ聞こえてくる愚痴。
その喋り、キャラ作りだったんだ……。
だがフィーネは首を振って去来したらしい何かを振り飛ばすと、あたしの方に押した本を見つめる。
「魔術言語の基本的なことや、そこからの発展形は一通り終わっておったんじゃが、こういった特殊分野に関するものに関してはまだ完全に終わっておらなんでな。おかげで解読するにも一苦労じゃった……。じゃが!」
そこで力強く拳を握って、あたしの顔をまっすぐ見つめた。瞳の中に宿る光は、知的探究心に燃える科学者のようであり、興味をひかれる事柄を前に期待を膨らませる子供のようでもあった。
「そこで出てきたのがおぬしじゃマコ!」
「あたし?」
「うむ! 何の補助もなく、あっさり魔術言語を読解してしまえるおぬしなら! この本に書かれた内容も読めるはずなのじゃ!」
あたしは言われて、ペラペラと本の中を読んでみる。読んでみるが……わざわざ知りたい内容じゃないわこれ。死体の作り方はともかく、その内臓から別の使役獣作る方法とか、痛みなく人を殺傷する呪文とか、書いたやつの性格が悪いことを全力でこちらに伝えてくる内容だ。
中を読んでげんなりするあたしにかまわず、さらに拳を振って力説するフィーネ。
「読めぬ魔術言語を前に、私は半ばあきらめておった! いっそ魔王軍に投降していろいろ教えてもらうおうかとも思っておった……! じゃがおぬしがおるなら、おぬしが教えてくれるならそれも必要ではない! 頼む、どうかこの通りじゃ!」
ガバッと勢いよく頭を下げてくるフィーネのつむじを見つめつつ、あたしは何とも言えない表情になっていた。冷えた心も、ぬるま湯につかったように溶けていくのがわかる。
まさか昨日の魔族云々って、ここにつながる予定だったわけ? じゃあ、孤立するかもしれないっていうのはあたしの取り越し苦労?
確認するために、あたしはフィーネに質問してみることにした。
「じゃあ、聞くけどフィーネ。あたしが魔族だったらどうするわけ?」
「? どうするとは?」
きょとんと首を傾げられてしまった。ちくしょう可愛い。
「だから、魔族よ?」
「?」
今度は反対側に首を傾げられた。わざとやってんのかしらこの子。
だが、これで分かった。少なくとも目の前の少女は、あたしが魔族だったとしても知らない魔術言語教えてくれる先生くらいにしか考えていないということが。
「……はぁ。まあいいわよ」
「本当か!?」
あたしが首肯した瞬間、フィーネの輝きが数倍に増した。うおぉ、まぶしい!
まあ、本を読むくらいなら別にいいわよね。小さな子供に絵本を読むようなものでしょ。内容がアレでも。
そう考えて死霊本を取り上げようとした瞬間、あたしの背後から伸びた小さな手でかすめ取られてしまった。
「あら?」
「ぬ!」
「フン、ダッセー奴。こんな奴に習おうとするなんてよ」
小生意気な言い草に振り返ってみると、フィーネと同い年くらいに見えるガキンチョがそこにいた。
悪ガキの代表格みたいな顔してるせいで、体に纏う魔導師のローブが死ヌほど似合わない。むしろ半袖に短パンの方がよほど似合うだろう。
悪ガキはその手に持った死霊本をぺしぺし叩きながら、フィーネを小ばかにしたような顔で睨みつけた。
「仮にもきゅーてーまどーし様が、ぽっと出の見習い魔導師に教えを乞うなんて、恥ずかしいと思わねぇのかよ?」
「知らぬことを知っておるものに教え乞うのは当然のこと! おばあ様もそう言っておったじゃろうが!」
「それがダセェってんだよ。この国にお前ほど魔法に精通した奴なんかいねぇじゃねぇか。だってのに、こんな頭の悪そうな奴に聞こうとする、その根性がよぉ」
「貴様、おばあ様が解析なさった召喚魔法陣によって呼び出されたマコ達を侮辱するか……!?」
頭の悪そうな奴に頭が悪そうって言われた。死にたい。
……それはともかく、この状況何とかならないかしら?
あたしは別に大人ですから? こんな子供にとやかく言われても、大人の余裕ってやつでスルーできますけど?
問題はフィーネの方ね。あたしたちを通じておばあ様とやらが侮辱されたと受け取ったわね。顔が真っ赤で今にも爆発しそうだわ。
「フン。こんなうそつき魔族なんかより、俺の方がよっぽど優秀だぜ」
「マコがうそつき魔族じゃと!?」
「昨日だって魔法使って見せたけど、あんなの教本読めば誰でも使えるクズ魔法じゃねぇか。そんなの使えた程度で魔術言語が理解できるなんて絶対ウソじゃねぇか!」
オーケー小僧、そこに跪け。あたしを魔族呼ばわりした罪は重いわよ。
あたしは微笑ましい子供たちの喧嘩を笑顔で見つめる優しいお姉さんを演じつつ、頭の中でさっき見た死霊本の中にあった「死ヌほどの激痛が全身を襲うけど、絶対に気絶できない拷問魔法」の構成を丹念に丹誠に練り。
「コラッ!」
「うわぁ!?」
――次の瞬間、悪ガキの体が宙に浮いていた。いや、テレキネシスの魔法構成を編んだ覚えはないわよ?
よく見れば、悪ガキの後ろにいつの間にか礼美が立っていた。あんた、いつの間にそこに?
礼美は引っ掴んだ悪ガキの襟首を持って自分の方に体を向き直らせ、地面におろして両肩掴んで逃げられないように体を固定した。
「真子ちゃんとフィーネちゃんに謝りなさい!」
「な、なんだよお前!?」
「誰でもいいわ! 二人に謝りなさい!」
いつにない真剣な調子で悪ガキに詰め寄る礼美。悪ガキはその剣幕に飲まれ、うろたえたように手を振り回す。
あらやだこの子、お母さんモード入ったわね。こうなると長いわよー。
「あなた、自分が真子ちゃんとフィーネちゃんに何を言ったのかわかってるの!?」
「な、なんだよ!? 本当のこと言っただけじゃないか!!」
「真子ちゃんは、魔族じゃないしうそつきでもない! フィーネちゃんはただ素直に真子ちゃんに知らないことを教えてもらおうとしただけ! あなたはそんな二人を傷つけたのよ!」
うーん、清々しいほどまっすぐにそういわれると、なんかちょっぴり照れちゃうわねぇ。
フィーネはいきなり出てきてあたしと自分を援護してくれた礼美の存在に驚いて目を丸くしている。
そして取り巻きだった神官さんたちは、なんだなんだとこちらの方に近づいてきた。
「さあ、謝りなさい!」
さらに追い詰めるように礼美が激しく声を荒げる。
それに呼応するように、礼美の後ろの神官の皆様が悪ガキを責めるように睨みつける。
四面楚歌な状況だ。ザマァミロ。
「な、なんだよ……みんなして……」
悪ガキは全面的な自業自得の嵐にさらされて、だんだん涙目になっていき。
「―――チクショウッ!」
「キャッ!?」
意外なほどの力強さを発揮して、礼美の両手を振り払った。
――一瞬だけど、自己強化の魔法を使ったわね。無詠唱発動とはやるなクソガキ。
そのままの勢いで本を持ったままズダダダー!と駆けていき、詰所の出口に手をかけながらこちらに振り返り、半べそで大声を上げた。
「俺は絶対謝らねぇ! 俺は何も間違ってねぇ!」
「待ちなさい!」
「俺は間違ってねぇんだぁ!」
礼美の怒りの制止も聞かず、本を持ったまま詰所を飛び出していく悪ガキ。
そんな悪ガキの姿を見ていて呆然としていたフィーネだが、バタンという扉が閉まる大きな音を聞いて我に返った。
「待て、ジョージ! その本は置いていけぇ!」
ああ、そういえば持っていかれたわねあの本。解読されて、あの悪ガキが敵に回るとかそんな話になるのかしら。
と思ったら、詰所の前で何やら大声で言い合う音が聞こえたかと思ったら、今度はオーゼさんが入ってきた。その手に持っていかれたはずの本を抱えている。
「何やらジョージが大騒ぎしていたようですが、いったい何事ですか?」
ジョージが何をやらかしたのかは察しがついているのだろう。質問というより確認という声色だった。
「オーゼ! その本は……」
「ジョージから取り上げましたよ。詰所の本は外に持って行ってはいけないといつも言っているのに……」
まったくとつぶやきながら、オーゼは迷いない歩みで本を戸棚の中に戻していった。
それを見て、フィーネが「ああ……」と残念そうな声を上げる。ああ、本棚に刺さってる札は読めないけど、あの辺りは子供が呼んじゃダメ系の本がそろってるのかしら。高さ的にも、届きそうにないしねぇ。
どうでもいいけど地味に不便ね。魔術言語は読めるけど、この世界の公用言語が読めないっていうのは。
「それで、一体何が?」
「……いいえ、なんでもないですっ」
再度のオーゼの質問に答えたのは、礼美だった。
礼美は努めて明るく笑顔を作り、なんでもないといったように両手を広げてみせた。
「ただちょっと、私が興奮しちゃって! 魔術言語って、いろいろあるんですね!」
「……ええ。なにしろ、基本言語だけで、百近い数の文字が存在しますからな」
オーゼは礼美の言葉に小さくうなずいて、別の本棚から一冊の本を取り出した。えーっと、「魔術言語の基本 ~魔法を始める第一歩~」? いちいち魔術言語で書く意味あるのコレ?
オーゼが背中を見せた瞬間、礼美は急いで後ろにいた神官たちの方を振り向いて、
「みんな、ごめんね?」
と片目をつむって小さく舌を出し、すまなさそうな笑顔でそうつぶやいた。オーゼに対しての嘘のことだろう。
それだけで意思疎通が図れたのか、一糸乱れぬ動きで神官たちはうなずいた。調教されすぎよあなたたち。
……礼美は、ジョージのことは自分でけりつけるつもりかしら? でも、オーゼはそれを理解したうえで、礼美の発言をスルーしてるくさいし……。
「なんかめんどくさいフラグが立ったかしら……」
「? ふらぐ?」
あたしがボソッとつぶやくと、聞こえていたらしいフィーネが反復してきた。
なんでもないのよーと、フィーネの頭をなでてあげると、くすぐったいのか猫のように目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らしてくれた。
ああ、癒されるわぁ……。
悪ガキと世話焼きなお姉さんのコンビは定番ですよね?
ジョージ君に関しては、まあそのうち彼のピン回ででも。
続くフラグは女騎士! こっちも王道だよね!