No.76:side・ryuzi「魔王軍拠点、撤退」
ガルガンドが動く。
胸の前で合わせた掌に、魔力の玉を生み、そこから衝撃波を解き放った。
「カァッ!」
まっすぐに進む衝撃波。
光太を狙ったそれは、螺風剣の風によって吹き散らされた。
「風よっ!」
光太は返す刀で、螺風剣から風を解き放ってガルガンドに向けて飛ばす。
だが、中空に浮いているガルガンドは危なげなくそれを回避した。
「酸撃散弾」
回避と同時に、ガルガンドの魔法が解き放たれる。
嫌な色をした液体が散弾銃のように、光太に向かって突き進む。
光太は再び螺風剣の風で攻撃を吹き散らす。
が、地面にぶつかった液体が、ジュゥと嫌な音を立てて土を溶かした。
「なっ!?」
「溶解液を飛ばす魔法よ。そう、驚くほどでもない」
解けた地面を見て驚愕する光太を見て、ガルガンドがにやりと笑う。
そして再び先ほどと同じ色をした液体を、手掌の間に生み出した。
「再び行くぞ? 酸撃散弾」
「くっ!?」
ガルガンドから放たれた酸弾の姿を見て、光太は数瞬迷い、素早くマントをひるがえしてすべて受け止めた。
「コウタ様!?」
「あのアホ……」
それを見て、アスカさんが悲鳴を上げ、俺は思わず顔を掌で覆った。
大方、あの酸弾を吹き散らしたときのこちらへの流れ弾を警戒しての行為だろう。
が、恐らくガルガンドにとってはそれが狙い。
その証拠に、次に放とうとしている魔法もまた酸撃散弾だ。
「酸撃散弾」
「フッ!」
三度目の酸弾を、留め金から外したマントを振り回して防ぐ光太。
が、二度も酸弾を受け止めたせいで、すでにマンとはぼろぼろだ。次の酸弾を受け止めるだけの面積はない。
どうするつもりだよ?
「酸撃散弾」
四度、同じ魔法が解き放たれる。
飛び掛かる酸の飛沫を前に、光太は一つの魔法を唱えた。
「軽身法!」
魔法を唱えると同時に、光太の身体が淡く輝く。
って、それは体を軽くする魔法だろうが、いったいどうするつもり――。
と俺が光太の行動を訝しむより早く、光太は地面に対して螺風剣を突き立て、竜巻を発生させる。
その反動で、光太の身体が空高く跳ね上げられた。
「ぬっ!?」
ガルガンドの放った酸弾は、光太がついさっきまで立っていた場所をむなしく叩く。
「ストーム・ブリンガー!!」
高く飛びあがった光太は、上空から再び竜巻をガルガンドに向けて放った。
ガルガンドは素早く回避。光太は放った竜巻の反動でまだ空中に浮いている。
そして光太の高度に合わせるように、ガルガンドも上空へと舞った。
それに合わせて俺たちは視線を上空に跳ね上げる。
「ただ人のみで空を飛ぶなど……摂理に反すること……!」
「でぇぇぇいぃぃ!!」
光太の叫び声とともに、再び螺風剣から竜巻が解き放たれた。
それをギリギリのところで回避したガルガンドは、そのまま光太に身体ごとぶつかっていった。
「墜ちよ、人間!」
「うっ!?」
ガキィン!と甲高い音を立てて螺風剣とガルガンドが座っている茣蓙のようなものがぶつかり合う。
ガルガンドと違い、竜巻の反動で飛んでいる光太にそれに耐えるだけの力はなく、そのまま勢いよく落下する。
アスカさんとアルルが悲鳴を上げる。魔王軍の連中も息を呑む。
地面に叩きつけられれば絶命必至だが、光太は慌てず騒がず、螺風剣の力で衝撃を緩和。無事着地する。
場所は今魔王軍の連中と一緒に固まっている場所からそれなりに遠い。周りへの被害を気にしなくていい分、光太には良い方に傾いたかね。
「氷牙散弾」
光太が着地した場所に向かって、ガルガンドは上空から魔法を雨あられと叩きつける。
光太はそんなガルガンドの攻撃を、慌てず騒がず螺風剣の風で凌いだ。
そして、螺風剣が纏う風の中に意志力で練り上げられた光剣の輝きが入り混じる。
「光破……!」
「ぬ!」
大技の気配に、ガルガンドの周りに無数の光球が灯る。
が、光太の方が数瞬速い。
「旋風刃!!」
大上段から解き放たれた、巨大な竜巻と無数の光刃は、まっすぐにガルガンドへと振り下ろされる。
ガルガンドは光球を解き放って幾本かの刃は防御するが、それもむなしく本人の元まで竜巻が振り下ろされる。
「ちぃ!」
呻いて素早く障壁を築くが、地面という支えを持たないガルガンドは抵抗むなしくそのまま地面へと叩きつけられた。
轟音と共に、土煙が上がる。
「はぁ……はぁ……!」
相変わらず意志力の行使には極大の疲労が伴うのか、光太は息を荒げている。
油断なく、上がる土煙の方を見据える光太。やがて煙幕が晴れると、そこには変わらずふわふわと浮くガルガンドの姿があった。
光太は素早く、剣を青眼に構えた。
だが、ガルガンドはそんな光太を掌を向けて押し止めた。
「……?」
「負けを、認めよう」
いぶかしげに眉をひそめる光太に、ガルガンドはそう宣言した。
そんなガルガンドに対して、ラミレス姐さんがいささか嘲るような声色でこう口にした。
「坊やたちが仕掛けたわけだけど、あんたにしちゃ珍しいじゃないか?」
「此度はただ、主らへの定期報告に来ただけよ……。このような戦闘に巻き込まれるなど、ついぞ思わぬ」
首を横に振りながら、ガルガンドはふわふわとラミレス姐さんの方へと近づいていく。
すぐそばに寄ったガルガンドの姿を睨みつけつつ、ラミレス姐さんは俺の方へと体を向けた。
「さて、じゃあ今回はこっちの負けってことにしておくよ」
「そんなんでいいのかよ?」
まさかの言葉に、俺は俺で眉根を寄せる。
まあ、向こうでの防衛戦でも一騎打ちで魔王軍を追い払えたわけだが、こっちでも同じことが通用するとか……。
怪しむ俺に対し、ラミレス姐さんはカラカラと笑い声を上げる。
「別にかまいやしないさ。負けたのはこっちなんだからね」
「まったく……恥ずべきことよのぅ。日誌に記して忘れぬこととしよぅ」
ラミレス姐さんの言葉に、ガルガンドも悔しそうな様子でそう呻いた。
同時に、魔族たちもラミレス姐さんを中心とするように集まり始めた。
どうやら本気で撤退するつもりらしい。
「どのみちそっちも、その子がそんな調子じゃ本気で戦えないだろう?」
「……まあな」
相変わらず気絶したままの真子を指差すラミレス姐さんに、俺はそう頷いてみせる。
さすがにあいつをかばいながらでこのメンツをいっぺんに相手にできる気はしない。
好都合といえば好都合なんだが……。
「それじゃあね、リュウジ。また会おうじゃないかい」
思い悩む俺を無視して、ラミレス姐さんは転移術式でその場から消えていなくなる。
拠点であるテントすら一度に転移してしまえるラミレス姐さんパネェな……。
魔王軍が消えたのを確認してから、俺はため息を吐いた。
「今回も、何とか奪還に成功……ってことでいいんかね?」
「じゃなねーかな」
俺の言葉に同意するように、フォルカが頷いてくれる。
やれやれ。ナージャの暴走が始まった時はどうなることかと思ったが、何とか一日で奪還に成功してよかったぜ……。
そのナージャであるが、いきなり目の前でマオが消えていなくなったせいで両手を地面についてがっくりうなだれている。
別れの挨拶もできなかったわけだからなぁ。そりゃがっくりくるわな。
光太の方には、アルルとアスカさんが駆け寄って両手を組むような感じで抱き付いている。
どうも身体を接触させるのが、意志力を回復させる一番いい方法らしいのだが……アスカさんはともかく、アルルにはご褒美にしかなってなくねぇか?
「う、うーん……」
とりあえずナージャの奴を慰めてやろうかと思い、一歩踏み出そうとした瞬間真子がうめき声を上げた。
おっと、軍師様のお目覚めか。
「あ、マコ様! 大丈夫でありますか?」
「あれ、サンシター………………ラミレスッ!」
「あ、マコ様!」
ぼんやりとサンシターの顔を見つめていた真子は、何かに気が付いたように表情が引き締まり、ガバリと上体を跳ねあげた。
が、血の気が足りないのか、すぐにぐらりと身体を傾いだ。
サンシターが慌ててその身体を抱きとめた。
「ぐ、く……!?」
「まあ、落ち着けって」
「落ち着けって、ラミレスがこっちに……!」
「もう帰ったから大丈夫だって」
「はぁ……?」
俺の言葉にいぶかしげな表情になる真子。
俺は簡単にこれまでの状況を説明してやる。
「――ってわけでな。今回も、一応俺たちの勝ちってことらしい」
「―――」
俺の説明に、真子は考え込むような表情になった。
そんな真子の様子に、俺は首を傾げた。
ところどころ省いたけど、そんな考えるようなことあるのか?
しばらく考えていた真子は、顔を上げて俺の方を見る。
「……ガルガンドがいきなりあらわれたのよね?」
「? ああ」
真子の確認に、俺は一つ頷いた。
ホントいきなりだったからな。たぶん、転移術式か何かだと思うんだけど。
「で、ラミレスたちは、ここには休暇で来ていたって言ってたのよね?」
「一応な」
もう一つ頷く。
俺の聞き間違いかもしれんけど、ガルガンドの確認にラミレス姐さんは休暇、と言っていた気がする。
従軍中に休暇も何もねぇ気はするけどさ。
「……じゃあ、ガルガンドはなんでここに来たのかしら?」
「ん? なんでって?」
「ラミレスたちが休暇なのは、隊ごとに別れてるって考えればありでしょ? でも、ガルガンド達も一緒に休暇ってことはあり得るの? そうなると、ヴァルトの隊しか動けないってことになるじゃない」
真子が口にした疑問の言葉に、俺は首を傾げる。
言われてみりゃそうか。休暇を取らせるとすりゃ、一部だけだよな。
普通は大半が仕事してるよな。いや、仕事されても困るんだけどさ。
「あ」
「なによ」
と、そこまで考えて、俺はガルガンドが呟いていた言葉を思い出した。
「そういやガルガンドの奴、定期報告がどうとか……」
「定期、報告?」
「おう」
俺が頷くと、また真子は考え込むように、深くうつむき始めた。
ヒラヒラと目の前で手を振ってみるが、集中し過ぎてほとんど目に入っていないようだ。
なんだろうね、一体。
俺はぐるりと首をまわして、サンシターの方に向く。
「しかたねぇ。サンシター。俺ちょっと、町までいって宿取ってくるわ」
「あ、はい」
サンシターにその場のことを任せて、俺は町の方へと歩き出した。
さしあたって、これで取り戻した領地は四つか……。全部奪い返せるまで、あとどのくらいかかるやらねぇ。
そんなわけで、光太君の勝利ですー。といっても、ガルガンドもどこまで本気だったやら。
そもそもにして、侵略にどこまで本気で取り掛かってるか疑問の多い魔王軍。その真意はどこに?
次回は王都へと帰りますよー。