No.75:side・ryuzi「魔王軍拠点、侵入」
無事にオリクトにある魔王軍拠点へとやってくることができた俺たち。
光太たちとも合流を終え、ナージャに怯えるマオをなだめながらの進軍であったが、終始ナージャは幸せそうだった。マオと手をつなぎながら歩いているからだろう。
本人は腕を組みながら歩きたがったんだが、約束としては引きはがさにゃならんかったので、手をつなぐくらいで妥協してもらったのだ。というか、途中で発情されてもアレだし。
手をつないだままでも幸せそうなナージャを見て、怯えるべきなのか困惑すべきなのかわからないのか、忙しそうに顔色を変えるマオの案内でやってきたのは町が背負う岩山の陰になる場所にヒッソリと据えられた魔王軍の拠点だった。
そんな拠点にやってきてまず、ナージャが動いた。
拠点の前で、恐らく弟が襲われたことを報告しているマナの姿を見るやダッシュで近づき、土下座の勢いで頭を下げてこう叫んだのだ。
「お姉さま! マオ君との清い交際を認めてください!」
「えぇっ!?」
清い、と聞いてマオがそんな馬鹿なというような顔つきになるのが見える。
まあ、あんだけ全身モフられればなぁ。
マナは背後から聞こえてきたいきなりの大声にビクンと飛び跳ねて振り返り、頭を下げているナージャの姿を認めると、慌てたように首を横に振った。
「だ、ダメです! マオ君を、あなたのような人には預けられません!」
「そんな! 大丈夫です! 大人になるまできちんと我慢しますから!」
何を我慢するんだよ……。というか、婚期を逃した女性みたいな口調だなオイ……。
「あ、アハハ……。ナージャさんって、その、情熱的なんだね……?」
「無理にこの状況を表現せんでもいいぞ」
表現に困ったらしい光太の言葉に、俺はため息をつきながら言ってやった。
っていうか俺がソフィアにやってることとそんなに違わないだろうに。なんでそんな戸惑ってるんだよ。
「いや、隆司は本人に迫ってるけど、家族には迫らないだろう?」
「家族って、魔王じゃねぇか。最終決戦までその辺はお預けか、そういえば……」
その事実に気づいた俺は、遠い目で魔王城が存在していそうな方向を見つめた。
お父様への御挨拶は、いったいいつになるんだろうな……?
などと思っていると、ニュルニュルという、少なくとも地上で聞くには湿っぽい音が聞こえてきた。
「これはいったいどういう状況なんだい……?」
「何この音、って、ラミレス姐さん?」
その音がする方を向いてみると、呆れたような眼差しでマオ君争奪戦を繰り広げるナージャとマナを見つめるラミレス姐さんがそこにいた。
そしてなぜか、気絶したままの真子を背負ったサンシターが一緒に。
俺の声を聞いてかそちらを向いた光太が、驚いたような顔になる。
「ま、真子ちゃん!?」
「なんで姐さんと一緒にいるんだよサンシター……。っていうか、真子の奴はどうしたんだ?」
「はあ、それが……」
サンシターは、横目でラミレス姐さんをチラ見しつつ、困惑したように真子が気絶した原因を話してくれた。
「先ほど、岩山の行動付近でこちらのラミレス殿と遭遇し、マコ様と戦闘になったのであります」
「せ、戦闘!?」
「一応釈明させてもらうと、仕掛けてきたのはこの子だからね」
ラミレス姐さんが、真子の頭を触手でツンツンと突く。
触手の感触が気持ち悪いのか、真子が何やらうめき声を上げた。
「だ、大丈夫だったの?」
「それが大丈夫ではなく……。マコ様が取り出しましたマシンガンを、ラミレス殿に破壊されてしまい、マコ様が怪我を負ってしまわれたのです」
サンシターの言葉によく見れば、真子の右手には包帯のようなものが巻かれていた。
なるほど。マシンガンごと手を怪我させられたってことか。
「怪我自体はラミレス殿に治療していただいたのでありますが……」
「この子は怪我そのものに耐えられなかったみたいでね。自覚したら、すぐに気絶しちまったってわけさ」
「なるへそー」
「だ、大丈夫かな、真子ちゃん」
ラミレス姐さんの補足を聞いて、俺は頷いた。
光太が心配そうに、真子が怪我をした手を取る。
パッと見、きつく巻かれているようには見えないし、血も染み出してはいない。傷自体はもう完全に塞がってるんだろう。
俺はアルルの方を振り返る。
「アルルー。心配はいらんと思うけど、一応真子の傷見てやってくれ」
「はい~」
アルルは存外素直に頷くと、駆け足で真子のそばに近づいて行った。
「それでは~コウタ様~。マコ様の具合を~見ますので~、手伝ってくださいまし~」
「ああ、うん。わかったよ。それじゃあ、サンシターさん」
「はいであります」
サンシターは光太の言葉にうなずいて、真子の身体を光太に引き渡した。
光太はいわゆるお姫様抱っこで真子を抱き上げると、アルルが引いた布の上に真子の身体を横たえた。
さて、あっちはこれでいいとして……。
「ではお姉さまもご一緒に我が家へご招待いたしますから!」
「余計にいりません! 私には、が、がが、ガオウ君がいますからなぁ!!」
あっちの方をどうにかせにゃならんかね……。
マナとナージャの言い合いは白熱を続け、もはやお互いに論点を見失っていそうな具合になっていた。
マナの発言を聞き、魔王軍側の少女たちが一気に沸き立つ。マナの顔を真っ赤にしながらの愛の告白に、少女たちが感化された感じかね。
「さーて、あれはどう治めるべきかねー」
「なぜそこまで他人事でいられるんですか、あなたは……」
「そんなこと言われても……」
アスカさんの厳しいツッコミに、俺は後ろ頭をぼりぼりと掻く。
実際他人事だしなぁ……。
「一番手っ取り早いのは、マオ君がはっきりと宣言しちゃうのがいいよな」
「「!!」」
「え!?」
ぼそりと、俺が呟いた言葉を聞きつけたらしいナージャとマナが、クワッと目を見開き、二人で一度にマオの方に詰め寄った。
その唐突さに怯えたマオが一歩二歩と下がるが、いつの間にかというかいきなり地面から生えた壁に背中を抑えられてしまう。誰か知らないけどいい仕事するね。
「マオ君! 私が性急すぎたのを認めるわ! だから、これからはゆっくりと愛を育みましょう!?」
鼻息荒く、目も若干血走り気味のナージャの迫力はかなりのものだ。このチャンスを逃したら、次がいつになるかわからないから、ここで確実にマオをものにしたいのだろう。
「マオ君!? こんな、変な人なんかに、ついて行ったり、しないよね!?」
一方のマナは、瞳に溜まった涙が今にもこぼれそうで、声も途切れ途切れだ。よほどナージャの奇行がトラウマになっていると見える。
「え、いや、その」
そしてそんな二人に詰め寄られたマオは、進退窮まったように両手を上げ、二人を押し止めようとする。だが残念ながら、彼の掌にくっついた肉球は二人を跳ね返すほどの弾力はないようだ。
「「マオ君!!」」
また一際強く、一歩二人が踏み込んだ。
マオの顔面の脂汗は加速度的に増えていき、誰もが固唾をのんでその進退を見定めようとする。
「いったいどのような状況ぞ、これは……」
と、そんな空気をぶち壊すように、しわがれた翁の声が響き渡った。
「! ガルガンド!」
ラミレス姐さんの顏が、一瞬で引き締まった。
って、あれ? 味方のはずなのに妙に緊張してるように見えるんだが……。
対してガルガンドは、呆れたような表情を崩すことなく、俺の方を指差した。
「ラミレス殿。此度は休暇と聞いて参ったが、何故、この者たちとともにいるのだ?」
「休暇、だったのさ。この子らが、間をおかずに領地の奪還に動いたんだよ」
「左様か」
自分で聞いておきながら大して興味もなかったのか、ガルガンドは即座に俺の方に視線を向けた。
対して俺は、牙を剥きながら獰猛に笑って見せる。
「この間の続きといくかい?」
確かに致命傷こそ数えきれねぇ程負わされたが、その程度なら俺は即座に治っちまう身体だ。追いつけりゃ、こっちが有利だぜ?
そんな俺の言葉に、ガルガンドは掌をこちらに向けて、俺を押し止めた。
「……やめておこう。不死者でもないのに死なぬお主を殺しきる自信がないわ」
「そうかい。ありがとよ」
不死者なる言葉に、若干首を傾げるが、まずはガルガンドとの戦闘回避できたことを喜ぶべきか。
こっちはもうすでに、真子がダウンしてるからな。あんまり無理は出来ねえぇ。
だがガルガンドはうっそりと目を細めると、ゆるゆると中空に文字を描き始めた。
「……しかし、こうして攻め入られているのは事実」
その文字はやがて光り、形になり始め、魔術言語の姿を取り始める。
「なれば……」
ちらりと、マオを取り合っているマナとナージャの方を見た。
そしてにやりと笑った。
「反撃せぬわけにはいかぬのぅ?」
同時に中空の文字が弾けるように発光し、ナージャを中心とした上空に、光の刃が無数に出現した。
空中に固定されていた刃は一拍置いて、ナージャ達めがけて降り注ぐ!
「旋風刃ッ!!」
だが、ナージャ達へと刃が突き刺さるより早く、螺風剣から放たれた竜巻が、それらすべてを吹き飛ばした。
突然現れた竜巻に、マナは悲鳴を上げ、マオは仰け反り、ナージャは勢いを利用してマオに抱き付いた。お前ホントに転んでもただじゃ起きんのな。
そんな光景を見て、ガルガンドは小さく舌打ちをした。
「おしい……」
「何をするんだ!? 危うくマオ君たちまで怪我をするところじゃないか!?」
今の惨状一歩手前に対し、光太が声を荒げる。
ナージャに関してスルーしているのは、一応魔王軍と敵対している自覚はあるからな。
しかし、それでもマオたちの方を気にするのは光太らしいっていうかなんて言うか……。
ガルガンドは光太の抗議を聞いて、何とも皮肉げな笑みを浮かべた。
「おやおや? まずは、味方の心配をするのが正しかろぅ?」
「質問に答えろッ!」
ガルガンドの皮肉も無視する光太。
珍しいな。こいつがこんなキレかたするなんて。
ガルガンドは、皮肉げな笑みを浮かべたまま、愉快そうに答えた。
「なに、他愛なきことよ。敵もろとも死したとあらば、それは美談であろぅ?」
「なんだって!?」
何とも外道なことだな。
光太の憤り具合が本当に愉快なのか、ガルガンドはついに声を上げて笑いながら光太を見下ろした。
光太はガルガンドに向けて、油断なく剣を構えた。
「ククハハハ。愉快な勇者だ。敵など放っておけばよかろぅ? そなたは国を救うもの。敵を滅ぼすものぞ?」
「違う! 僕は、魔王軍の人たちを滅ぼすつもりなんかない!」
周囲に緊張が走る。
光太シンパのアスカやアルルは、光太の言葉に驚愕し、魔王軍は目を丸くする。
まあ、どう考えてもバカのセリフだよな。敵対している相手に対して殲滅の意志がないとかのたまうのは。
「ならばなぜ敵対する? 我らを滅ぼさぬというのであれば、滅びを待てばよかろぅ? のぅ?」
「魔王軍の人たちを滅ぼすことと、この国を救うことは、同じじゃない!」
敵は滅ぼせというガルガンドに対し、滅ぼすことが勝利じゃないという光太。
対照的な二人だ。ああ、だからいつになく光太の奴はキレてるのか……。
ガルガンドの思想は、光太の思想の対極に位置するから。
「詭弁よなぁ……」
「詭弁はあなたの方だ……!」
光太の全身から、ゆらりと意志力の輝きが立ち上り始める。
ガルガンドはそんな光太の姿を見て、瞳に警戒の色を混ぜた。
こりゃ……一戦やらかさなきゃ、収まりがつかないかね?
そんなわけで空飛ぶ胡坐ジジイ再び。不穏な空気をばら撒くキャラです。出てこなきゃ、ギャグで終わっていたのに……。
それでは次回、光太君奮闘するの巻! 果たして勝てるのでしょうか……?