No.72:side・remi「メイド長さん、語る」
「はぁ……」
結局あの後、ジョージ君に会うことはできず、次の日に顔を合わせて謝っても「なんでもないから」と言われて拒絶されてしまいました……。
いったい何が悪かったんでしょうか……。
今私は、ぶらぶらとお城の中を散歩しています。
魔導師詰所にはジョージ君がいるので居心地が悪く、礼拝堂の方を覗いてみればヨハンさんが何やら私の像か何かを建設しようというお話をしているところで……。
下手に顔を見せたらそのまま、像の建設のお話に巻き込まれそうだったので逃げてきたんです……。
そんなわけで居場所が見つからず、お城を徘徊する羽目に……。
こういう時、真子ちゃんがいればまっすぐに真子ちゃんのところに行けるんだけどなぁ……。
そんな私の目の前に、メイド長さんを従えたアンナ王女が現れました。
「あら、レミ様ではありませんの」
「あ。アンナ王女」
「ごきげんよう。お顔がすぐれませんが……何かありましたの?」
アンナ王女が私の顔を覗き込むように、様子を伺ってきました。
「あ……大丈夫です、何もありませんよ?」
アンナ王女に気を使わせないように、私は笑ってごまかしました。
でも、アンナ王女は半目になって私を睨みつけます。
な、何かな?
「……嘘ですわね、レミ様」
「え、ええ!?」
「無理をしているときのお兄様と同じお顔をなさっていますわ!」
嘘を見破られて驚く私に、アンナ王女は胸を張ってどうだ!という感じの顔を見せつけます。
う、うう……。顔に出てるなんて……。
思わず頬を抑えてしまいましたが、アンナ王女はそんな私に構わず、私の服の裾を引っ張ってどこかへと連れて行こうとします。
「何があったのか、聞かせてもらいますわ! 勇者の皆様のメンタルケアは、皆様を呼び出した王家の物として当然の責務ですもの!」
「え、ちょ、アンナ王女!?」
見た目の幼さ以上の力強さで私を連れていこうとするアンナ王女に戸惑って、一緒についていたメイド長さんの方に救援を求めるように目を向けました。
でも、メイド長さんは私を助けてくれず、むしろ苦笑しながら諦めろというように首を横に振るだけでした。
「さあ、参りますわよ、レミ様!」
「ふえ~ん!?」
「ジョージとですか?」
「はい……」
結局いつものお花畑に引きずられて、何があったのか洗いざらいしゃべる羽目になってしまいました……。
とはいえ、さすがに本当のことは言えません。今回も、「私のオリジナル魔法のことで、少し口論になった」とだけお伝えしました。
「ぬう……。ジョージの奴、フィーネに意地悪するだけではなく、レミ様にまで反抗するとは……!」
「い、いえ! 今回は、私が悪いわけですから……」
憤慨する王女を何とかなだめようとしましたけれど、アンナ王女はドンとテーブルを叩きました。
「いけませんわ、レミ様! そうやって甘やかすから、ジョージの奴が付け上がるのですわ!」
「そ、そうでしょうか……?」
プンプン、という擬音が似合いそうなアンナ王女の様子に、思わず頬が緩みそうになってしまいますが、何とか引き締めます。
でも、今回の場合は、やっぱり私が原因なわけですし……。
と、私の前に入れたての紅茶を置いてくれたメイド長さんが、ぽつりと一言こぼしました。
「一概に、レミ様ばかりのせいとは言えないとは思いますが……」
「そ、そうですか?」
メイド長さんの方を見ると、少し思案気な顔をしていました。
「ジョージ様が誰かと口論すること自体はいつものことですし、それが原因で騒ぎになるのもいつものことです。それは、ジョージ様自身の反骨心が原因。レミ様が気に病まれるほどのことではありません」
「そうですかね? でも、私の魔法が原因なわけですし……」
じっとわたしを見つめてくるメイド長さんにどぎまぎしながら、何とか反論を試みます。
特別、感情が見えないメイド長さんのまっすぐな視線は、まるで私の内面を見透かそうとしているようで、なんだか落ち着きません。
うう、嘘をついてるなんてばれたらどうなるんだろう……。
「確かにレミ様の魔法が原因なのかもしれませんが、それならばただ添削を行うだけで済む話。必要以上に噛みつくのは、ジョージ様の悪い癖です」
「そうですわ! レーテのいうとおり! レミ様は何一つ、悪くありませんよ!」
「そ、そうでしょうか……」
主従から揃って、私は悪くないと後押しされて、私はだんだん良心が痛み始めるのを感じていました……。
ま、まさかここまで後押しされるなんて思わなかったよぅ……。
ど、どうしよう。いっそこのまま、本当のことを言っちゃおうか……。
で、でも、それで嘘をついていることがばれちゃったら、王女様怒るよね、きっと……。
いうべき言葉が見つからず、気まずさから思わずうつむいてしまう私。
「大丈夫ですわ、レミ様! ジョージが何か言うようであれば、私が何とかいたします!」
そんな私にアンナ王女が元気づけるように、声をかけてくれます。
ううう……!
「だから――」
「アンナ! 少しいいかい!?」
さらに声をかけようとするアンナ王女に、アルト王子の声がかかりました。
思わずハッとなって顔を上げると、アルト王子とトランドさんの姿が見えました。
「お兄様!? 何か御用ですか!?」
アンナ王女は少しだけ驚いた顔になりましたが、それでも嬉しそうにアルト王子のそばに駆け寄っていきました。
そ、そういえば、アンナ王女、もっとアルト王子に頼ってほしいって言ってたっけ……。
なんにしろ、アンナ王女が立ち去って、思わず私は安堵のため息をついてしまいました。
あれ以上励まされてたら、洗いざらい話してしまうところで……。
「――それで、本当は何があったのです?」
「ふえ!?」
耳元で聞こえてきた囁くような声にびっくりします。
そうだ、メイド長さんがまだいたんだ!?
でも、かけられた声は励ましではなく、質問でした。
私が恐る恐る視線をめぐらせると、メイド長さんは安心させるように微笑んで頷きました。
「ご安心ください。アンナ様は、今のレミ様のお話が嘘だとは気付いてらっしゃいません」
「い、いえ、そういうことじゃ……」
「それに――」
メイド長さんが言葉を区切って、ちらりと視線だけをアンナ王女の方に向けました。
つられてそちらに顔を向けると、アンナ王女がこちらに駆けよってくるところでした。
なんだか申し訳なさそうな顔をしたアンナ王女は、私の両手を握って頭を下げてきました。
「すみません、レミ様! これから貴族たちとの会議が始まるようで、私も参加させてもらうことになってしまいました」
「そ、そうですか……」
「私がお誘いしたお茶会だったのに、申し訳ありません……」
「い、いえ、そんな。気にしてませんよ!」
お茶会を適当な時間で切り上げてしまうことを気に病んでいるみたいで、本当に申し訳なさそうなアンナ王女。
私は気にしていないことをアピールしますが、その顔は曇ったままです。
どうしようかと悩んでいる間に、アンナ王女はてきぱきとメイド長さんに指示を飛ばしました。
「レーテ、申し訳ないのだけれど、レミ様がご満足いただけるまで、彼女に付き合ってあげてね?」
「はい、かしこまりました」
メイド長さんが恭しく頭を下げ、それに満足したようにアンナ王女は一つ頷きました。
「それではレミ様、ごきげんよう!」
「あ、はい、ごきげんよう」
つられて私も頭を下げます。
アンナ王女はそんな私を見て微笑んで、踵を返して元気よく駆け出していきました。
「……これで、この場には私とレミ様だけになりました」
「あ……」
そんなアンナ王女の背中を見送ったメイド長さんが、さっき切った言葉の続きを口にしました。
言われてみれば、そうです。城内に人はたくさんいますけれど、このお花畑は半ばアンナ王女専用ということらしく、ほとんど人がやってきません。
メイド長さんが、ぬるくなった私の紅茶を下げ、新しい紅茶を入れてくれます。
「無理に、とは申しません。ですが、おひとりで考えているだけでは、答えが出ないこともございますよ?」
「………」
メイド長さんに言葉に、私はまたうつむきました。
確かに、その通りです……。
「マコ様のように……とは参りませんでしょうが、私もアンナ王女のように、皆様のお力になりたいのです」
かちゃりと、入れたての紅茶がまた私の目の前に置かれました。
湯気を立ち上らせる紅茶は本当においしそうです。そして水面には、私の顏が映っています。
キュッと唇を結んで、じっとこちらを見つめるその顔は、思っていた以上にひどく、憔悴しているようにも見えました。
そのまましばらく、私もメイド長さんも黙ったままでいました。
その沈黙に耐えきれなかったのか、あるいはメイド長さんの優しさに甘えたかったのか……私は思わず口を開いてしまいました。
「……実は――」
そして、ジョージ君との間にあったことを簡単に説明します。
ジョージ君に請われて、思い出話をしたこと。そしたらジョージ君が逃げ出したこと。
たどたどしく、それでも何とか聞いてもらおうと必死に言葉を選びます。
「………」
メイド長さんは、黙ったままじっと聞いてくれました。
私が全部語り終えると、メイド長さんは静かに頷きました。
「なるほど……。それで、レミ様は何とかジョージ様と仲直りしたいのですが、ジョージ様が拒絶なさっていると」
「はい……」
今日のことを思いだして、またうつむいてしまう私。
そんな私の両肩に手を置いて、メイド長さんは私の肩を揉み始めました。
「はぅ。め、メイド長さん?」
「少し、肩がこってらっしゃいますね。ほぐして差し上げましょう」
「そ、そんな必要は……あぅ」
メイド長さんのいきなりの肩もみにびっくりしてしまいますが、想像以上に気持ちがいいです。
凝り固まった筋肉を、優しく解してくれるその手つきに、なんだか病み付きになってしまいそうです……。
というより、こんなに肩がこってるなんて……。
メイド長さんの肩もみに、全身を預けていると、メイド長さんの静かな声が頭の上から聞こえてきました。
「……レミ様」
「は、はい?」
「レミ様は、ジョージ様の様子を見て、どうなさりたいですか?」
「え? えーっと……」
ふわふわと浮くような気持ちよさの中で、何とか頭を働かせて答えを出します。
「できれば、今すぐにでも仲直りしたいなぁ……って……」
「そうですか……」
メイド長さんはそこで言葉を切って、ポンと肩を叩きました。
「はい、終わりです。レミ様が思ってらっしゃる以上に、緊張してらっしゃるようですね」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
私がお礼を言うと、メイド長さんは小さく笑って、それから真剣な表情になりました。
「レミ様。ジョージ様との仲直りは、今すぐには参りません」
「え!? な、なぜですか!?」
「問題が起こっているのは、レミ様とジョージ様の間ではなく、ジョージ様の中でだからです」
「ジョージ君の……?」
「はい」
メイド長さんは頷きます。
そしてわけがわからず混乱する私に諭すように、メイド長さんは優しく言葉を紡ぎます。
「人間というものは、案外自分の心に振り回されてしまいがちなものです」
「心に……ですか?」
「はい。かくいう私も、数年前までは随分……」
そこまで言って、メイド長さんは昔を懐かしむように微笑みました。
「そういう問題は、周りがなんと言っても、そうそう解決できるものではありません。ですから、しばらく時間を空けてから、接してみてあげてください」
「は、はい……」
メイド長さんに言われるままに、私は頷きます。
時間を空ける、かぁ……。
言われてみれば、そうすることで、解決する問題もあるよね……。
納得したように頷いた私は、目の前の紅茶を一息に飲み干しました。
少しぬるくなった紅茶は、少しだけ苦く感じました。
そんなわけで、メイド長さんの恋愛?講座でした。いや、恋愛ではねーか。
なんというか、大人の女性のこういう時の包容力は以上。伊達に歳喰ってねーですよね。
次回は、奪還メンツのお時間です。さて、鉱山で何か見つけられるかなー?