No.68:side・kota「勇者VS狼犬」
予定では、明日にみんなが帰ってくる日。
上がった狼煙を確認し、僕はアメリア王国の前線哨戒基地までやってきていた。
……今日、騎士団に協力できる勇者は僕一人だけ、か……。
「コウタ様。今回は皆様がいらっしゃいません。あまり、無理をなさらないように……」
「わたしも~がんばりますよ~! だから~コウタ様は~安心してくださいね~!」
「はい。ありがとうございます」
アスカさんとアルルさんが、僕の緊張を見てとってか、励ますように声をかけてくれた。
僕はそれに笑顔で応じながら、螺風剣の柄をギュッとつかんだ。
隆司も真子ちゃんも、すごい力を持ってるから何とかなったけど、僕にはまだそれだけの力はない……。
騎士団のみんなと協力して、何とか魔王軍の人たちには帰ってもらわないと。
決意を新たにしながら、僕たちは魔王軍と相対する。
「来たな!」
「今回は、負けません……!」
そこに立っていたのはいつも通りの魔王軍の人たちと、ガオウ君とマナちゃんの二人だけ。
つまりソフィアさんとミミルちゃんは隆司たちの方に行ってるのか……。
それから、四天王の人たちもいないな。これだけで、だいぶ気が楽になった気がする。
「ここ最近は負け続きで、戦線を押し込めていない! 今日こそは、王都へと前進させてもらうぞ!」
「そうはいかないよ。これ以上、王都には近づかせない!」
ガオウ君の宣誓に対し、僕も吠える。
ただでさえ王都に近いんだ。これ以上前に来られたら、せっかく復活した交易線がまた滞ってしまう……!
僕とガオウ君は同時に剣を引き抜く。
それに呼応して、魔王軍と騎士団がそれぞれの武器を構えた。
「今回は~団体戦なのですね~?」
「アルル! お前は、あの魔導師を押さえておけ!」
「おっけ~。アルルにお任せ~♪」
「そう何度も遅れはとりません……!」
僕の隣に並んだアルルさんが楽しそうにつぶやきながら呪文を唱え始め、マナちゃんも符と呼ばれる紙を構えた。
それぞれが臨戦態勢に入り、ほんの一瞬緊張したような空気が流れた。
不意に、戦場の上を飛んでいた鳥が、一声鳴いた。
「「「「「――うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
その声を合図に、騎士団と魔王軍の双方の戦士たちが一斉に駆け出した!
それに負けないように、僕もガオウ君に向かって駆ける。
「ハァッ!」
「なんのぉ!」
上段から切り下した刃はあっさり受け止められ、ガオウ君の刃が迫る。
僕は刃を引いて、剣に風を纏わせて防御。
その風ごと刃を押し返す。
「せぇい!」
「ぬぅ!」
ガオウ君は呻くけど、体勢を崩すには至らなかった。
同時に、マナちゃんが腕を振り、僕に符を飛ばしてきた。
「させませんよ~! 強風撃~!」
だけどその符は、アルルさんが放った魔法で吹き散らされてしまう。
「アルルさん、ありが―――」
「お礼を言うには早いです……! 爆ッ!」
僕がアルルさんの援護に感謝しようとした瞬間、マナちゃんが印を組んで呪文を唱えた。
同時に上空で何かが破裂するような音が響き、光矢弾にもよく似た光の矢が飴のように降り注いだ。
「きゃあ~!?」
「アルルさん!?」
「よそ見とは余裕だな!」
聞こえてきた悲鳴に思わず振り返ると、ガオウ君の蹴りが腹部に決まった。
「ぐっ!?」
「このまま押し切ってやる!」
思わず体勢を崩し後ろへ少し飛んでしまう。
ガオウ君がそのまま追撃を駆けようとした瞬間、僕をかばうように一人の神官の女性が前に出た。
「ナージャさん!」
「させませんよ! ハァっ!」
ナージャさんは気合とともに、拳を突き出し、ガオウ君の体を吹き飛ばした。
「ぬぐ!?」
「ガ、ガオウ君!?」
「何の、大事ない!」
その思わぬ強さにかガオウ君がうめき声をあげ、マナちゃんが慌てた様子で彼に駆け寄った。
その隙に僕は立ち上がって、剣を構え直した。
「すいません、ナージャさん!」
「構いませんとも、ええ。狐っ子がいない恨みは狐彼女がいるこの男に晴らします!」
「何の話だ!?」
「か、彼女じゃないです!?」
ナージャさんの言葉に声を上げるガオウ君とマナちゃん。
いった意味が分からずに周りを見回してみると、確かに狐っぽい魔族の人はいなかった。
それから、ケモナー小隊の人たちの一部は魔族の人とお話してたり、逆に魔族をすごい勢いで蹴散らしたりしていた。
「素敵な毛並みですね……。お手入れ、大変でしょう?」
「そ、そんなことは……」
「やーん! ふさふさー! ねね、抱っこしていい!?」
「え、ええ!? こ、困ります!」
「ぐぉおおお! なぜ犬やオオカミはいてもネコ耳はいないんだ!」
「リザ君を! リザ君を出しなさい!」
「もしくは連れて来いあと三十秒で!」
「そんな無茶苦茶なごばっ!?」
あ、きれいな蹴りが決まった。
と、とにかく、向こうの方は大丈夫そうだね……。っていうか、ケモナー小隊の人たちは神官だったり魔導師さんも混ざってるのに、普通の騎士の人たちより動き回ってるなぁ……。
僕が思わず呆然と眺めていると、僕の隣まで駆けてきていたアルルさんがナージャさんに向かって抗議の声を上げ始めた。
「あ~ん、ナージャ~! コウタ様を~護るのは~私の役目~!」
「だったらハキハキしゃべりなさい! 呪文もそのスピードで唱えてるから対応が遅れるんです!」
「え~」
ナージャさんが油断なく構えながらアルルさんに檄を飛ばす。
え、呪文もいつもの口調で唱えてたんですか!? そ、それは遅くなるんじゃ……。
「チィ! そこをどけ神官!」
「言わずともどきましょう。……狐ちゃん! 私と戦いましょう!」
「い、いやです!」
ガオウ君の言葉にすんなり頷いたナージャさんはそのまま鼻息も荒く、マナちゃんの迫っていった。
マナちゃんは尻尾をかばいながらじりじり下がってるけど、そのままじゃ捕まるんじゃ……。
「行くぞコウタ!」
「え。う、うん」
ガオウ君の言葉に何とか頷きながら応戦する僕。ほ、ほっといていいのかなあっちは……。
とはいえ、今は彼に集中しないとやられちゃう。僕は意識を切り替えて、目の前のガオウ君に集中する。
「しかし、貴様の剣術は随分と洗練されてるじゃないか! 我が連撃を、こうもたやすく受け流すとはな……!」
「武器がいいからだよ!」
渦巻く風が、ガオウ君の巨大な双剣を受け流してくれる。下手に受けたら、そのまま刃が削げてしまいそうな連続攻撃を何とかしのいでいけるのは、螺風剣の風があってこそだ。
僕はガオウ君の連撃の隙間を何とか見つけようと躍起になる。
「そういう君こそ、片手でそれだけの威力が出せるなんて、少しずるいと思うよ!」
「何を言うか! これこそ魔王軍四天王、最強の将! ヴァルト様のご指導あればこそ!」
何とか見つけた隙間に一撃をねじ込むけれど、ガオウ君はたやすくはじいてまた連続で斬りつけてくる。
まずいな、基本的な身体能力に差がありすぎる……!
「どうしたぁ!? ずいぶん焦ってみえるぞ!」
「君のせいだよ!」
口調に余裕をにじませるガオウ君に対して、僕は彼の指摘通りに焦る。
弱ったな……! この状況を覆す方法は……!
僕は数瞬迷った後、口の中で呪文を唱え始める。
途端、ガオウ君の耳がピクピクと動いた。
「ぬ!? させんぞ!」
どうやら僕の唱えた呪文が聞こえたみたいだ。連撃の威力が増す。
僕は呪文を唱えながら慌てて下がる。けど、ガオウ君が僕に迫る速度の方が……!
「土流壁~!」
「ぬあ!?」
ガオウ君が僕に追いつく一瞬前、アルルさんが唱えてくれた呪文で僕とガオウ君の間に一枚の土壁が現れる。
助かった!
「何の、この程度ぉ!」
「軽身法!」
ガオウ君の言葉と同時に呪文が完成し、僕はそのまま勢いよくジャンプする。
同時に、僕のいた場所ごと土壁が斬り裂かれた。
「ぬ!? どこだ、コウタ!」
先ほどまでいたはずの僕の姿を探してガオウ君が視線を右往左往させる。
僕はそんな彼の体を踏みつぶすように上から急襲をかけた。
「ここだぁ!」
「な!? ぐぁっ!?」
僕の声にか映った影にか反応したガオウ君は、大慌てで回避しようとするけど間に合わず肩を僕に踏みつけられる。
僕はそのまま彼を踏み台にまた飛ぼうとするけれど、一瞬早くガオウ君は僕の足をつかんだ。
「ちぃ!」
そのまま僕の足を持ったまま大きく手を振りかぶり、勢いよく投げつける。
普通なら地面に叩きつけられるところだけれど、今の僕の体はかなり軽い。
ガオウ君が予想したよりもはるかに大きな軌道を描きながら、僕は危なげなく地面に着地。
「なに!?」
「まだだよ!」
驚愕する彼に対し、僕は地面を蹴って、水平に飛ぶ。
軽くなった体では、ガオウ君に健だけで致命傷を与えられないだろうけど……。
僕は螺風剣を地面に対して斜めに構え、勢いよく魔力を流し込む。
「ストーム・ブリンガー!」
僕の叫びと同時に、勢いよく発生した竜巻は、暴風の勢いで僕の体を前進させた。
「く!? 来い、コウタァ!」
ガオウ君は一瞬戸惑いながらも素早く双剣を構え、僕と相対する。
僕は肩に担ぐように剣を構え、渦巻いた風ごとその刃をガオウ君に叩きつけた!
「テンペスト……ブリンガァァァァァ!!」
「チェストォォォォォォォォ!」
交差は一瞬。
甲高い音が響き渡り、ガオウ君の身体が後ろへとすっ飛ぶのと同時に僕の体は地面に叩きつけられた。
あの一瞬で、二つの斬撃を重ねてくるなんて……!
おかげで来ていた鎧はざっくり斬り裂かれ、念のために下に着ていた防刃素材のベストが露わになってしまった。
「コウタ様!!」
アルルさんの心配そうな声が聞こえてきたけれど、それに構っている暇はない……!
僕は痛む体に鞭を打ち、体を起こしてガオウ君の方に向けた。
「ご、がはっ……!」
「ガオウ君!」
「大事ない……!」
視界に移ったのは、螺風剣の暴風の一撃をそのまま身に受けたガオウ君の姿だった。着ていた鎧は僕と同じようにずたずたに引き裂かれ、顔にも裂傷のようなものが見える。
駆け寄ったマナちゃんは涙目だ。でもガオウ君はマナちゃんを振り払うように腕を振り、僕の方に向き直った。
僕は剣を構えた。ガオウ君もそれに応えるように構えるけれど、どちらも戦えるような姿ではない。
「……相打ち、か」
「みたい、だね……」
悔しそうなガオウ君に、僕はニッと笑って答えた。
そんな僕らのもとに、魔王軍の一人が駆け寄ってきた。
ガオウ君と同じイヌ科に見える男の人は、ガオウ君のそばに膝をついた。
「ガオウ! 今回はここまでだ!」
「なに……?」
「お前の負傷もそうだが、こちらも大概だ! というか、ケモナー小隊の連中がおっかない!」
ブルリと身を震わせる魔族の人の言葉に、思わず首をめぐらせると、なんか怖い顔をしたケモナー小隊の人たちが魔王軍の人たちを追い回してた。
「「「「「キシャー!」」」」」
「もう帰る! もう帰るし、次はちゃんと連れてくるからー!?」
なんかひどい目にあったらしい魔族の人が泣きながら悲鳴を上げてるよ……。
ちゃんと仲良く話してる人もいるのに、なんであんなことになってるの……?
それはともかく、駆け寄ってきたイヌ科の魔族の人に肩を借りながら立ち上がったガオウ君は、僕をキッと睨みつけた。
「次はこうはいかんぞ、勇者コウタよ……。首を洗って待っているがいい!」
「僕だって、今のままじゃない……。次は、勝つよ」
「フッ……」
ゆらりと立ち上がって言い放った僕の言葉に、ガオウ君は小さく笑った。
そしてマナちゃんの方に顔を向けて、彼女に声をかけた。
「マナ! 撤退だ!」
「う、うん!」
泣きそうだったマナちゃんは、ガオウ君の命令にハッとなってすぐに印を結んだ。
「転移!」
そして彼女の掛け声と同時に、その場にいた魔王軍の人たちが一瞬でいなくなる。
転移専用の符をみんなが持ってたのだろうか? 鮮やかな手並みだ……。
そして僕は、ガオウ君たちがいなくなるのと同時に地面にへたり込んだ。
「コウタ様!」
「コウタ様~!」
それを見てか、アスカさんとアルルさんが慌てたように駆け寄ってきてくれた。
「無理をしすぎです……!」
「そうですよ~! あんなふうに~体を叩き付けたら~、骨が折れちゃいます~!」
「ハハハ……。すいません……」
怖い顔で詰め寄ってくる二人に、ごまかすような笑い声を上げる。
とっさとはいえ、確かにあれは痛かったなぁ……。
そんな僕のそばに、なぜかあちこちが黒焦げのナージャさんがしゃがみ込んだ。
「では、治療しますね」
「ありがとうございます……。それはそれとして、どうしたんです……?」
「焦って尻尾モフモフを堪能しようとした罰が下ったんです……」
「はあ」
気まずそうに顔をそらしながら僕の治療を始めるナージャさん。
身体を包み込む治癒魔法の暖かさに、瞼が重くなってきた僕の体を、アルルさんがつかんで引き倒した。
「あう?」
「あ、こらアルル!?」
「んふふ~。こういうのは~早い者勝ちよ~♪」
悔しそうな顔をしたアスカさんと得意げな顔をしたアルルさんの顏が空に移る。
このアングルについて僕が何かを思いつくより先に、アルルさんが僕の頭を撫でながら口を開いた。
「後片付けは~やっておきますから~、コウタ様は~ゆっくり~休んでくださいね~?」
「あ、はい……」
優しげなアルルさんの言葉に甘え、僕はゆっくりと睡魔に身をゆだねた。
今度は、もっとうまくやらないとね……。
「……コウタ様の寝顔、かわい~♪」
「くぅ……!」
「悔しがっていないで、アスカは撤退の準備をなさい」
「ずるいぞアルル! コウタ様に、ひ、ひひ、膝枕など……!」
「あなたは前にやったでしょ~♪ 今度は私の番~♪」
「ううう………!」
「いや、だから……はぁ……」
そんなわけでさっくり戦闘編。光太一人だと、こんなあっさり終わるのね……。
しかし、実力伯仲って感じでしょうかねぇ、この二人。いいライバルになってほしいです。
次回はさっくり戻ってきた連中との会話ですかねー。