No.67:side・ryuzi「似たもの二人」
「しかし一ヶ月か……。長かったなぁ」
ようやくお邪魔虫を排除し終え、嫁と相対した俺はしみじみとつぶやいた。
何しろ一ヶ月である。バイトかなんかしていれば、お給料がもらえちゃう期間である。
その間にも、そこそこいろいろあったけれど、今目の前の嫁に会えたことを思えば些末なことに感じてきてしまう。
「確かに……長かったな」
俺の言葉に同意するように、ソフィアも小さく頷いた。
「以前は領地奪還に向かうかと思って出向けばおらず、ならば防衛に専念しているかと思えば領地奪還に動く……」
「その件に関してはすいませんでした」
そして半目で呻くようにつぶやかれた言葉に、俺は素直に頷いた。
まさかソフィアが領地防衛に回るとは思わんかったし、ならばと領地奪還に動けば攻めてくるわけだしね。ことごとく読みが外れちまったわけだ。
だけど、三度目の正直だ。ようやく、会えた。
「まあ、心配しなくても、次も領地奪還に動くさ」
「ほう?」
俺の言葉にソフィアはピクンとまゆを跳ねあげ、ゆらりと尻尾をくねらせた。
そして俺を嘲るかのように、にやりと唇をゆがめた。
「そのようなことを口走っていいのかな? 次は王都を攻め入るかもしれんぞ?」
「そうなればそうなっただな」
俺は肩をすくめて、斜に構えてソフィアの顔を見つめる。
「俺は、お前に会えりゃ満足なんだ」
「……フン」
俺の言葉に呆れたように息をつき、ソフィアはレイピアを構えた。
「つくづくアホな男だな」
「俺がアホなんじゃないさ。男がアホなのさ」
そういって、俺はちらりとフォルカの方を見つめる。
「肉球気持ちいい……」
「はふーん……。気に入ってもらえたようでニャによりにゃー……」
顔全体でミミルの肉球を堪能している。
さっき真子からなんかツッコミの一撃を喰らっていたようだが、速攻で復活している。
だが、領地奪還に動いた王都の魔導師とは思えない所業だよな。俺が言うことじゃないが。
後ろをちらりと見やれば、礼美を中心としたメンバーが、魔王軍を各個撃破していた。
あの真面目な光景を見れば、なおさらそう思わざるを得ない。
だがまあ、己に正直になるのは重要なことだな。
俺はクスリと笑ってソフィアに再度向き合った。
「たまには、アホになってみるのも悪くはないかもだぜ?」
「御免こうむる」
ソフィアは一つつぶやいてレイピアをくるりと回し。
「お前のようになるのは御免だからな!」
俺を縦一文字に斬り裂こうと、一瞬で間合いを詰めてきた。
俺は白羽取りの要領でレイピアをつかみ、至近距離でソフィアと睨み合う。
「まじめだねぇ! お前も、戦いはまじめにとかいうタイプか!?」
「無論!」
俺の指を引き裂くようにレイピアを引くソフィア。
俺は素早く刃から手を離し、引きざまに放たれた刺突の一撃を回避した。
「戦いは神聖なものだ! それを侮辱するような真似は許せんな!」
「の割にゃ、怒らねぇんだな!」
回避、から胴回し蹴りを放つが、翼で飛んで避けられる。
そのまま踏み潰すように両足が迫り、俺は前転で回避。
凄まじい轟音と共に、地面が楔のようにめくれ上がった。
「フン! 常に怒り心頭さ!」
言葉に反し笑顔なままのソフィアは勢いよく俺に向かって回転斬りを放つ。
俺はしゃがんだままそれをやり過ごし、そのままソフィアの足元を狙って蹴りを放つ。
やはり飛んで回避される。
「だからこそ……こうしてお前に全力で当たる!」
空中で叫んだソフィアはそのまま目の前から消えるようにいなくなり、次の瞬間には俺の背後に現れていた。
俺は慌てず騒がず、右手でガード。
「っ!」
「ぬっ!?」
鈍い音ともに、肉に刃が食い込むが、骨で止まった。
そして俺の体はソフィアのレイピアを体内に残したまま傷を修復してしまう。
そのまま、俺はにやりと笑って見せた。
「だりゃっ!」
「ちぃ!」
腕をひねり、骨でレイピアを絡め取り、ソフィアの手から奪い取った。
ソフィアは即座に後方へ回避。
ソフィアが下がるのをおとなしく見つめながら、俺はレイピアを手に取りへばり付いた腕の肉ごと引き抜いた。
肉が引き裂かれる痛みに顔をしかめるが、いい加減慣れたもんだ。
「全力……っつー割には殺しには来ないんだよな」
「なに?」
豪華絢爛ではあるが、決して過剰ではない礼装を眺めつつレイピアを弄ぶ。
「初めての領地奪還の時も、殺せるタイミングの真子を殺さなかったって言うじゃないか」
「あのときは、一兵卒に邪魔をされた」
ソフィアの言葉に一つ頷く。
確かに、その時はサンシターのおかげで事なきを得たらしい。
だが、ソフィアのスピードを考えれば、遅すぎるほどだ。
「その次の時は、殺しかけた真子に謝罪したって聞いたが?」
「あのときはマナが暴走気味だったからな。その謝罪をしたまで」
つまり部下の尻拭いをしたまで、と。
俺は小さく笑って、ソフィアにレイピアを投げる。
「優しいな、お前は」
「常に部下に慕われる上司でありたいと思っているのでな」
投げられたレイピアを受け取り、血を振り払うソフィア。
セリフは立派だけど、若干染まった頬とそらされた視線とで、恥ずかしがってるのは丸わかりだ。
まったく、可愛いじゃねぇか。
そんなことを思いつつニヤニヤ笑っていると、それを見咎めたのかムッとしたような表情でソフィアが睨みつけてきた。
「そういう貴様はどうなのだ?」
「あ? なにが?」
首を傾げてみせると、ソフィアは軽く後ろを向いた。
「クロエの剣をへし折るなど……。今までとは比べ物にならない動きではないか」
先ほど剣をへし折って見せた時のことか。
ソフィアの視線を追いかけると、半ばから折れた剣を振るいながら、クロエとやらが他の魔族の援護をしていた。
だが、ほとんど多勢に無勢の様子で押され気味だな。
そんなクロエの様子を見ながら、俺はぽつりとつぶやいた。
「まあ、やっておいてなんだができるとは思わんかったしな」
「なに?」
怪訝そうな顔で振り返るソフィアに、肩をすくめてみせる。
「剣を狙ったのは認めるけど、弾き飛ばすつもりだったんだよ」
「ではなぜ武器が壊れた?」
「そこだよな」
睨みつけてくるソフィアの言葉に、俺は自分の拳を見下ろした。
クロエの剣をへし折る一瞬前。
俺は本当にクロエの剣を弾き飛ばすつもりだった。
だからこそ、全力を持って腕を、拳を振るった。
だが、その瞬間、わずかに拳表面……皮膚が堅くなったように感じ取れたのだ。
全力で拳を握り、剣に叩きつける瞬間だ。その時は違和感を覚えるよりも、剣が折れる方が早かった。
「いまいちわからねぇことが多いんだ、俺の身体。見てくれこそ人間だが、傷の治りは速すぎるし、身体の力は人間の比じゃねぇし」
先ほどの動きもそうだが、普通の人間にはできない動きが多すぎる。
普段は気にしないことにしているけど……。やっぱりふと、疑問が首をもたげる。
俺は、本当に人間なのか?と。
「向こうじゃ人間だったんだけどなぁ」
思わず苦笑が口から洩れる。
と。
「……私も」
「ん?」
「私も、自分が何者かわからんときがある」
ソフィアが、囁くようにつぶやいた。
その言葉に目を丸くする。
「何者って……魔竜姫じゃないのか?」
「確かにな」
俺の言葉にうなずき、自らの羽根と尻尾をゆっくり撫でるソフィア。
その仕草は、どこか大切な宝物を扱うようであり、わからない何かに畏怖を覚えているようにも見えた。
「だが、竜は今この世に私以外一匹もいない……」
「? 竜の谷とか言うのがあるんだろ?」
俺の言葉に、ソフィアが首を傾げた。
「谷?」
「こっちとそっちの国の間にあるとかいう深い……」
それだけ言って、ソフィアは得心言ったように頷いた。
「ああ、竜の墓場のことか」
「……墓?」
「ああ」
ソフィアは頷いて、どこか遠くを見つめた。
その方向は、王都の方向ではない。おそらく、竜の谷と呼ばれる場所だ。
「古竜がその最後を過ごしたとされる渓谷だ。そして、その崩れ落ちる身から生まれたとされる竜人たちがこぞって身を投じたとされる場所でもある」
「竜人?」
さらに出てきた新しい単語に眉をひそめる。
こっちの国じゃ聞かなかった言葉だな……。
俺の言葉に、ソフィアは首を横に振った。
「私も詳しいわけじゃない。だが、魔王国の黎明期にふらりと姿を現し、そしてまた姿を消したといわれている」
そりゃぁまた……よくわからん生き物だな。
ソフィアも伝え聞いただけっぽいし、もうちょっと詳しい奴がいれば話が聞けるかもしれんが……。
「なら、お前さんはその竜人じゃないのか?」
「いや。竜人の顏はみなトカゲの様であったと聞く」
俺が口にした疑問を否定し、ソフィアは首を横に振った。
つまり……ヴァルトみたいな存在だったわけだ。
「結局お父様も、何も言ってくださらなかった……。いったい私が何者なのか」
「お父様?」
「ああ」
ソフィアは空を見つめ、その名を告げた。
「我らが父、すべての魔族の王……魔王陛下だ」
名というか、称号ではあったが。
思わず眉をひそめる俺。
「魔王の名前も知らないのか?」
「知らない、というより必要ないというべきだな。陛下は我々と違い、一人一種の魔族。識別に必要な名を持たないというべきだ」
ソフィアの言葉に、俺は眉をひそめたまま唸り声を上げた。
アメリア王国の連中もそうだけど、名前に識別以上の意味を持ってないんだよな。
家族名をほとんど持たないのもそうだ。いわゆる戸籍謄本なんかがないせいで、みんなが勝手に名前を名乗ったりつけたりしている。
だが、魔王の場合はまた意味合いが違うみたいだな。娘であるソフィアにすら魔王と呼ばせていたとは……。
「じゃあ、母親は?」
「母親?」
名前に関しては考えていても仕方ないと思い、違う質問をしてみる。
ソフィアは首を傾げたが、すぐに俺の言葉の意味を悟り、首を横に振った。
「いや。私はお父様から直接生み出された」
「生命創造とか……」
「私以外にも、四天王たちもそうだぞ?」
魔王の力の大きさに恐れ戦く俺に、何を当然という様子でソフィアは首を傾げながら衝撃の事実を騙る。
なにそれこわい。つまり四天王は、魔王の力を直接分け与えられた規格外の存在ってことか?
目の前のソフィアもしかりだが、ソフィアの場合はまた一段と意味が違うっぽい。
「故に、私には明確な意味での同族はいない」
少しうつむくソフィアの言葉に、俺は合点がいったように頷いた。
そりゃ、自分が何者か不安だよな。
魔王にわざわざ竜として生み出された以上、何か意味はあるんだろう。だが、魔王は何も伝えていないらしい。
あったら一発ぶん殴ってやると決意を固めつつ、俺はソフィアを元気づけるように強い笑いを浮かべてみせた。
「自分が何者なのか……それを解決する答えが一つあるぜ」
「え?」
俺の言葉に驚いたように顔を上げるソフィア。
俺は彼女に見せつけるように親指をグッと立て、いい笑顔でこう告げた。
「俺の嫁になること☆」
「………………………」
俺の言葉にしばらく硬直し、顔を赤くしていき。
「よ、嫁というなと言ってるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
照れ隠しなのか怒りによるものなのか、俺の腹に向けてその尻尾を力いっぱい叩きつけてきた。ウボァー。
「そんなこと言わずに! ソフィたんが嫁になってくれたら、俺もソフィたんの婿ってことで解決するから!」
「せんわ! というかさっきまでのマジメなお前はどこに消えた!?」
「目の前に!」
「嘘つけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
がっしと尻尾をつかんだ俺の体を右へ左へ振り回そうと、嫁が必死に体を振り回す。
が、そのたびに尻尾はピーンと糸を張ったように突っ張り、俺の体は微動だにしない。
「なんでお前はこんなに重いんだ!?」
「愛の重さです!」
「その愛がつらい!?」
もはや半泣きになる嫁。泣き顔もグー。
と、嫁がボソボソと何かを呟いた
「・・・、・・・・・・・・・・・・・・……!」
「ん? なんか言った?」
「言ってない! 尻尾離せ!」
良く聞こえなかったけど、聞こえなかったのがすごく残念なような。
とりあえず両手で持って必死に自分の尻尾を引っ張る嫁の姿に燃えていると、後頭部に誰かの両足が突き刺さった。
「だぉあっ!?」
「きゃっ!?」
「いつまでやってんのよ、バカたれ」
振り返ると、真子が不審者を見る目で俺を見下ろしてきた。
「あんたもよ。もう全員逃げる準備始めてるわよ」
「ええっ!?」
真子の言葉にソフィアが周囲を見回すと、魔王軍が大急ぎで撤退していくところだった。
「また会えるよにゃ……?」
「きっと、必ず!」
などと名残惜しそうにフォルカの手を握りしめるミミル以外は、全員地平線の彼方へと走って行っている。
「ソフィア様! いつまで遊んでいるのです! 撤退しますよ!」
「あ、遊んでなど……!」
殿を務めているらしいクロエに怒鳴られ、顔を赤くしながら反論したソフィアは振り返って俺に怒りをぶつけてきた。
「お、お前のせいだからな!」
「OK! お詫びにハグしてあげよう!」
「いらん!」
輝く笑顔で慰めようとしたけれど、すげなく断られ、プイッと逃げられてしまった。あぁん。
「ミミル! 行くぞ!」
「はいにゃ~。またねフォルカ!」
ソフィアに呼ばれたミミルが名残惜しそうにフォルカの手をぎゅっと握りしめ、そのまま逃げる魔王軍を追いかけていった。
俺は逃げていく魔王軍たちに手を振ってやりながら、真子の方を振り返った。
「勝因は?」
「過半数の撃退」
短く答えた真子はフンスと鼻を鳴らした。
暗に何を遊んでやがるといわれた気がしたので目をそらすと、視線の先にフォルカがドアップで映った。
「隊長……」
「なんだよキモいから迫ってくるな!」
ぐいーっとフォルカの顔を押しやってやると、そのままフォルカはハラハラと涙を流した。
「嫁と別れるのがこんなにつらいとは思いませんでした……!」
「なに、またすぐに会えるさ……」
「隊長ぉ……!」
慰めるように肩をたたいてやると、フォルカが男泣きに泣きはじめる。
ようやくお前にも、この辛さが伝わってくれたか……。
「バカばっか……」
冷めた眼差しで真子が何かつぶやいたが、俺たちは気にしない。
また再び嫁に会える日を想って、ただ男泣きに泣いていた……。
そんなわけで、マジメな戦闘……は前半しか持たなかったなぁ……。
その一方で、魔竜姫ソフィアにも謎が。魔王は何故彼女を……?
次回はその頃一方的に、王都へと視点を移したいと思います。