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No.64:side・kota「軽い午後のティータイム」

 魔導師団で作ってもらった、身体を軽くするための魔導式が書かれた紙を手に、僕は王城の中で僕と隆司に与えられた部屋にいた。

 次の会戦に向けて、この魔法を完全に覚えるためだ。

 魔法を発動する際、一番重要なのは魔術言語(カオシック・ルーン)の形を正しく覚えることなのだとか。呪文の詠唱とは、魔術言語(カオシック・ルーン)の形を正確に覚えるためのものであり、呪文自体がなくても魔法が発動する理由の一つなんだとか。

 でもそうなると、真子ちゃんの魔法発動には疑問が多い。

 つまり真子ちゃんは見たことのない図形を、こちらに来るのと同時に覚えていたということになる。どのタイミングでそれを習得したのか、と言われれば間違いなくこの世界に渡ってきたときっていうことになる。

 でも、僕たちが潜ってきたのは光に満ち溢れたトンネルのような場所だった。少なくとも、魔術言語(カオシック・ルーン)を与えられてもらえるような場所には思えなかった。

 まあ、これは僕の勝手なイメージだから、実際は違ったのかもしれない。そんな風に考えながら、紙に書かれた魔法式を頭の中に詰め込んでいくと、部屋の扉を小さくノックされた。


「はい、どうぞ」

「失礼いたします」


 僕の返事を聞いてから、扉が開いてメイドさんが台車を押しながら入ってきた。

 僕と同い年くらいかな。台車の上にはティーセットが乗せられている。


「紅茶をお持ちしました。コウタ様、いかがでしょうか」

「あ、はい。ありがとうございます」


 僕はお礼を言って、頭を下げる。

 メイドさんが小さく微笑んで、僕のすぐそばにあった小さな机の上に紅茶と、この世界のクッキーを乗せてくれる。

 メイドさんが、砂糖壺の中のスプーンに手をかけて僕に問いかける。


「お砂糖はいくつ?」

「えーっと……今日は良いです」

「はい」


 僕は砂糖を断って、まだ湯気の立つ紅茶に口をつける。

 隆司や礼美ちゃんは、あまり紅茶のストレートは好きじゃないみたいだけど、僕はこっちの方が好きかなぁ。

 そんなことを考えていると、メイドさんは扉付近まで台車を押し、そして一度僕の方に振り向いて頭を下げてくる。


「それでは、何か御用がありましたらお呼びください」

「はい、わかりました」


 僕は微笑んでお礼を言う。

 こんな感じで、結構メイドさんが部屋に来てくれるから、みんながいなくても結構さびしくはない。

 隆司や真子ちゃんが一人だけ残った時も結構心配だったんだけど、これなら大丈夫だったね。

 メイドさんは少し頬を赤くしながら、僕に微笑み返してそのまま退出していった。

 外が何やらにわかに騒がしくなったみたいだけど、僕は気にせず魔法式が書かれた紙に目を落とす。

 魔術言語(カオシック・ルーン)の発音自体はそんなに難しくはない。発音を間違えた程度で、魔法の発動を失敗することはないってフィーネ様も言ってたし……。

 問題は形だ。これを一つでも間違えると、魔法は発動しなくなるらしい。

 もちろん、今回僕が覚えようとしている魔法を一つ覚えているだけならきっと誰にでもできる。でも、魔導師の人たちは千差万別の魔術言語(カオシック・ルーン)を一言一句覚え、新しい魔法を日々研究している。

 この世界で魔導師になる才能があるというのは、この魔術言語(カオシック・ルーン)を覚えることができるかどうかが重要らしい。実際フィーネ様は、魔導師団が保管している魔術言語(カオシック・ルーン)の教本に書かれている文字をほとんど記憶しているとのことだ。

 本が好きか、勉強が好きでないと、この世界の魔導師は務まらないんだなぁ、と魔法式の書かれた紙を伏せて、目を瞑って魔術言語(カオシック・ルーン)の内容を覚えているか確認。

 すると、またノックされた。今度はなんだろう?


「はい?」

「失礼します」


 僕が返事をすると、やっぱり台車を押しながらメイドさんが入ってきた。

 その台車の上には、たくさんのしわくちゃのシーツが乗せられていた。

 メイドさんは僕の目の前に行儀よく立つと、小さくお辞儀した。


「ベッドのシーツの交換に参りました」

「あ、はい」


 ああ、ベッドのシーツの交換かぁ。よく見れば、台車の下の段にはきれいに畳まれたシーツが乗せられていた。

 メイドさんは、手慣れた様子で二つのベッドからシーツを取り外し、きれいなシーツと取り換えている。

 この部屋は僕と隆司とで使っている。でも、今は隆司がいないからベッドは片方しか使っていない。

 それでも両方のベッドのシーツを交換するのは、さすが王城だね。いつでも清潔に保ってるんだ。

 ベッドのシーツを交換し終えたメイドさんは、台車を押しながら外に出ていき、扉の付近で僕に一礼した。


「失礼いたしました」

「いえ、ありがとうございます。お仕事がんばってくださいね」

「あ……はい!」


 僕がそういうと、メイドさんは嬉しそうに頷いて扉を閉めた。

 仕事を頑張っている人には、お礼の言葉は欠かせないよね。

 またなんだか部屋の外が騒がしくなったけれど、僕は気にしないで魔法式の暗記を続ける。

 魔法式の暗記は、とりあえず終わった。

 あとはきちんと発動するかどうか……。

 僕は目を瞑って魔術言語(カオシック・ルーン)を一つずつ、確認するようにつぶやいていく。

 そして、最後にキーワードとなる、魔法の名前を口にする。


「……軽身法(ボディ・ライト)


 魔法の発動と同時に、僕の体が軽く発光する。

 確か、こんな感じで体が光っている間は体が軽くなるんだよね。

 確認するために軽くジャンプ。


「………」


 うん、よくわからない。

 とはいえ、部屋の中じゃ大きくジャンプするわけにもいかないよね……。

 僕は部屋をぐるりと見回す。

 目に入ったのは、両開きの大きな窓。

 僕は小さく頷いて窓に近づき、鍵を開けて窓を開く。

 ここは確か二階くらいだったよね。なら……。

 窓から体を乗り出して、下を見下ろす。

 下に見えるのは雑木林ばかり。人影らしいものは見えない。

 僕はもう一度頷いて、窓のふちに足をかけ。


「……ハッ!」


 そのまま空中に身を乗り出す。

 今僕が使っているこの魔法、空中に高くジャンプするために開発された魔法で、身体が軽くなる代わりに身体も高高度のジャンプに耐えられるように頑丈になるらしい。

 この高さから落ちて何ともなければ……!

 果たして僕の体は空中をまっすぐ落ちていき、地面に着地。

 ストン、と軽い音を立てて僕の体は地面に無事に降り立った。

 普通に落ちたらもっと大きな音が出そうなものだよね……。

 僕は足首を確かめるように、つま先で地面を叩く。


「うん、足首も大丈夫かな……」


 小さくつぶやき、まだ体が光っているのを確認して、まだ開きっぱなしの窓を見上げる。

 そして屈伸し、大きくジャンプ!

 僕の体はいつも以上の軽やかさで上昇し、あっさりと開きっぱなしだった窓に手が届く。

 よし! 魔法はきちんと発動してる!

 魔法の成功を確信し、僕は軽くなった体を部屋に引き上げる。

 すると、部屋の中にいつの間にか立っていたメイドさんが驚いて尻餅をついてしまった。


「キャッ!?」

「えっ!?」


 まさか部屋に人が入っているとは思わなかった僕は、あわてて尻餅をついたメイドさんに駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「あ、はい、大丈夫です!」


 メイドさんは僕の言葉に大きく頷いてくれた。

 ああ、よかった。怪我とかさせたら申し訳ないし……。

 にしてもこのメイドさんどこかで……。


「って、あ。メアちゃん?」

「え、はい!? そ、そうです、メアです!」


 僕の言葉に、びっくりしたように何度も頷くメアちゃん。

 ああ、やっぱりそうか。前に一緒にトランプで遊んだメイドさんだ。

 この王城で働くメイドさんは結構人数がいて、その上王城も広い関係でなかなか会えなかったんだよね。


「久しぶりだね。元気だった……って聞くのは変かな?」

「い、いえ! そんなことは!」


 自分の言い草に苦笑する僕に、メアちゃんはブンブンと首を横に振って否定した。

 そして、そのまま小さく二度三度深呼吸を繰り返した。


「スーハー……。え、ええっと。最近は研修を繰り返していましたので、こうしてコウタ様のもとへとやってくる機会がありませんでしたから……」

「へー、研修受けてたの? どんな研修だったか、聞いていい?」

「は、はい。主に、こうした部屋のお掃除に関して、その、いろいろ」


 メアちゃんは、目を輝かせて詰め寄る僕に目を白黒させながら、仰け反るように答えてくれた。

 っと、こんな風に詰め寄っちゃ悪いよね。


「あ、ごめんね。急に」

「い、いえ! そんなことは!」


 僕が謝って身を引くと、メアちゃんは慌てて手を振り乱し、僕の手を引っ張った。

 いきなりでびっくりした僕は、首を傾げてメアちゃんの方を見る。


「メアちゃん?」

「ふえ?」


 メアちゃんはしばらく握った僕の手と、僕の顔と見比べ。


「あ、ひゃ!? も、申し訳ありまひぇん!」


 弾かれたように僕から手を離した。

 いや、それは良いんだけど、なんだか挙動不審だなぁ。

 顔も赤いし……。


「メアちゃん、ひょっとして風邪をひいてるんじゃないの?」

「ひゃ!?」


 僕はメアちゃんの前髪を掻き揚げるように額に手を当てる。

 メアちゃんの顏はますます赤くなっていった。

 うーん……。やっぱり少し熱いかなぁ。


「メアちゃん。無理とかしてない? 少し熱いよ?」

「ひ、ひえ! 大丈夫です! 私はとても元気です!」


 ブンブンと首を振って否定するけど、顔の赤みは引かない。

 うーん、メアちゃんは頑張り屋っぽいし、頑張りすぎてるのかも。

 ちょっとごめんね?

 僕は尻餅をついたままのメアちゃんの背中と膝の下に手を差し込んで、そのまま持ち上げる。

 いわゆる、御姫様抱っこだ。


「よっと」

「ひゃぁ!?」


 メアちゃんが驚いて手を振り乱すけれど、僕はそのままメアちゃんをベッドの上に運んでしまう。

 そしてベッドの上にメアちゃんを寝かせ、その上に掛布団を掛けてあげる。


「少しでいいから、眠るといいよ。風邪は引きはじめが肝心だし」

「い、いえ!? 決して風邪なんかじゃ……!」


 メアちゃんがより一層顔を赤くして首を振る。

 うーん、なんか症状が悪化してるような……。

 と悩んでいると、急に扉が大きな音を立てて開いた。


「え!?」


 驚いてそっちを振り返ると、メイドさんが何やら団子になって詰め寄っていた。

 ちょ、なになに!?


「ちょっとメア! 抜け駆けはずるいわよ!」

「ひえ!? い、いえ!? 決して抜け駆けなんかじゃ……」

「じゃあ、なんでコウタ様のベッドで寝てるのよ!」

「ひええええ!? こ、これコウタ様が寝てらっしゃるベッドなんですか!?」

「え? うん、そうだけど……」


 突然のことに面喰いながらも、僕は聞かれたことに答える。

 隆司のベッドは、隆司に悪いかと思って……。


「ひええええ!? もう大丈夫です! 元気になりましたー!?」

「あ、だめだって!」


 突然飛び上がったメアちゃんの両肩を抱いて抑える。

 もう、身体の調子が悪いのに無理したら……。

 すると、メイドさんたちがメアちゃんの体をベッドの上から下ろした。


「大丈夫ですコウタ様! メアの面倒は私たちが見ておきますから!」

「ほら、大丈夫!? というか、あなた仕事はしたの!?」

「はい、大丈夫です! すいません、仕事はまだです!」

「って、ちょ……」


 反論する間もない動きだ。

 っていうかメアちゃんは、風邪ひいてるっぽいんだから無理させたら……。

 なんて僕が思っていると。


「なにをしているんですか。皆さん」


 部屋の空気を凍らせる、絶対零度の声が部屋の入り口から聞こえてきた。

 メイドさんたちだけでなく、思わず僕も身を凍らせる。

 声が聞こえてきた方に顔を向けると、そこにはメイド長さんが立っていた。

 メイド長さんは、感情を感じさせない眼差しでメイドさんたちの群れを見据えて口を開いた。


「仕事はきちんと終わらせているんですか?」

「「「「「……い、今すぐ終わらせます!」」」」」


 メイドさんたちは口をそろえてそう叫び、パタパタと音を立てながら部屋から出ていった。

 かなり慌ててるみたいだったけど、それでも騒々しい音を立てないのは職業訓練のたまものかなぁ……。

 メアちゃんも大急ぎで部屋の中央に置かれたバケツを手に取って、この部屋の水拭きを始める。

 メイド長さんはそんなメアちゃんの姿を見てため息をつき、僕の方を見た。


「コウタ様」

「あ、はい?」

「人に対して優しいのはよいことですが、感情の機微に疎いのはいかがなものかと思いますよ」

「……? はあ……」


 メイド長さんの言っていることの意味がよくわからず僕が首を傾げると、メイド長さんはまた一つため息をついてメアちゃんの掃除の手伝いを始めた。


「???」


 僕は再三首を傾げながらも、掃除の邪魔をしないように部屋を出た。

 ふと、外を見つめると太陽が落ちていくところだった。

 そういえば、隆司たちが城を出てから三日か……。順調にいけば明日にはカルタに着くんだよね。

 僕はグッと拳を握って城の外へと駆け出す。

 領地を取り戻してくる隆司たちに、負けないように頑張らないと……!




 メイドさんたちには、半ばアイドルのような扱いを受けているようですね光太君。

 頑張って、その地位を打ち崩してもらいたいものです。隆司と真子には。主にフラグ的な意味で。

 次回は久しぶりに隆司たちの視点ですよー。


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