No.63:side・kota「彼女たちのスキンシップ」
騎士団長さんに空中での動きの練習をお願いした次の日。
僕は魔導師団の詰め所で魔導書を読んでいた。
団長さんによると、そもそもそんな動きの練習をしたことなんかないとのこと。
それもそうだよね、とがっくり肩を落とす僕に、団長さんは魔導師団で空を飛ぶ魔法を練習してみてはどうかと勧められたんだ。
「あんまり燃費は良くないらしいが、お前ならそんな問題にならないだろう?」
団長さんの言葉を受けて、僕は大きく頷いて魔導師団の詰め所へやってきたというわけだ。
ちょっと忘れかけてたけど、僕の元々の力は魔力の効率が普通の人に比べてかなり良いってことなんだよね。
「空を飛ぶ~魔法は~、確かに~研究されてますけど~、あまり~効率は~良くないんですよね~」
勉強に付き合ってくれているアルルさんが選別してくれた魔導書を僕の隣に置いてくれた。
僕は今読んでいる本から顔を上げて、アルルさんの方に向き直った。
「団長さんもそういってましたけど……、具体的にはどういうことなんですか?」
「う~ん~。簡単に言えば~、何を~浮力に~するかなんですよね~」
アルルさんはそう答えて、僕の目の前で軽く呪文を唱える。
「空運力~」
アルルさんの呪文とともに、軽く風を纏いながら、僕の目の前で魔導書が何冊か宙に浮いた。
「こんな感じで~風を浮力にするか~、魔王軍のソフィアさんみたいに~魔力を浮力にするかの~問題なんですよ~」
「うーん。どっちの方が効率いいんですか?」
僕の質問に、魔導書を元のように戻しながらアルルさんは考える。
「う~ん~。現状~完成している術式で~考えると~、やっぱり~魔力の方が~効率はいいんですよ~」
「それなら……」
「ただ~、魔力の場合~かなりの~魔力量が~必要になってくるんですよ~」
魔力で飛べば、と顔を輝かせる僕にアルルさんが釘をさす。
「かなりって……どのくらいでしょう?」
「人一人を~飛ばすのに~、だいたい~二十人くらいの~魔力ですかね~?」
「二、二十……」
その数に絶句する僕。
つまり、僕が空を飛ぼうと考えたら、二十人くらいの魔導師の人たちに協力してもらわないといけないわけなんだ……。
「じゃ、じゃあ風の方はどうなんですか?」
とりあえず魔力の方はあきらめて、風の魔法で空を飛ぶ方法を聞いてみる。
こっちは属性系魔法だし、アルルさんの得意分野のはずだ。
うまくすれば……という僕の期待は、アルルさんの難しげな表情で打ち砕かれる。
「う~ん~。一応~人一人で~飛べるだけの術式は~あるんですけど~、あまり~お勧めは~できないんですよね~」
「な、なんでですか?」
僕の質問に、アルルさんはさっき飛ばしてみせた魔導書を指差した。
「この本を~飛ばすくらいなら~影響はないんですけど~、人一人の~体重を支える風って~かなり強いんですよね~」
「あ、ああ。なるほど……」
言われてみればそうか。反作用に風を利用するってことは、当然地面に対して風を吹き付けるってことだ。
地面に吹き付けられた風がそのままおとなしく散ってくれるはずもない。僕の体を飛ばしたのと同じだけの勢いで、周りに風を吹き散らすはずだ。
「つまり、周りへの被害がひどいんですね?」
「はい~。その被害を~抑える術式も~あるんですけど~、併用しようとすると~構成だけで~手一杯になっちゃって~、戦闘どころじゃないと~思うんですよ~」
「そうですか……」
つまり風を使って空を飛ぼうとすると、それ専門の術者でもない限り戦闘は非現実的ってことかぁ……。せっかく空を飛んでかっこよく戦えるかなって思ったのになぁ……。
うつむいていると、アルルさんが背後から抱き付いてきた。
「もぉ~。そんなお顔~なさらないでください~」
「え、あ? す、すいません」
アルルさんの言葉を聞いて、思わず顔をぺたぺたと触る。
そんなに暗い顔してたかな?
アルルさんは僕の背中に抱き付いたまま、僕の顔を覗き込むように乗り出してきた。
「空を飛ぶための~術式は~効率悪いですけど、~身体を軽くするだけなら~簡単ですから~、それで~我慢してくださいな~」
「え、ホントですか!?」
「はい~♪」
アルルさんの言葉に思わず声を上げると、アルルさんが嬉しそうな笑顔になった。
そっか、体重を軽くすれば、僕の脚力でも隆司みたいに高く跳べるようになるかも! それだけじゃなくて、走るスピードを速くできたり、いろいろ応用できるかも知れない!
「じゃあ、さっそくその術式を教えてください!」
「はい~。喜んで~♪」
「なにしとるんじゃおぬしら……」
身体を軽くできる魔法を教えてもらうように、アルルさんにお願いしているとフィーネ様がこちらに近づいてきた。
フィーネ様の方を振り向いてみると、なぜだか若干顔が赤い。
「え? アルルさんに、魔法を教えてもらおうと……」
「いや、そうじゃなくて」
僕がありのまま応えようとすると、フィーネ様はそんな僕を遮って改めて指を差す。
「おぬしらなんでそんな体勢になっとるんじゃ……?」
「え?」
フィーネ様に言われて、改めて自分の体勢を見下ろす。
なんだか機嫌がよさそうなアルルさんの顏はいつの間にか前に来ており、椅子に座っている僕の膝の上に腰を下ろしている。
さらにアルルさんの腕は僕の首に回されており、背中は僕の負担にならないようにか机にもたれかかっていた。
いわゆる、御姫様抱っこといわれる体勢だった。
「って、アルルさん。そんな風に背中付けてたら痛いでしょう? 降りてください」
「は~い~」
僕が軽く体を抱えて促すと、アルルさんは少しだけ不機嫌そうな顔になりながらも素直に降りてくれた。
そんな僕を見て、フィーネ様がなんだか慄くような声色でつぶやいた。
「いや、その反応はおかしいんじゃなかろうか……?」
「え? そうですか?」
アルルさんがちゃんと両足で立ったのを確認してから、僕はフィーネ様に向き直る。
フィーネ様の顏はやっぱり少し赤かった。
「前から少し思うとったんじゃが……おぬし少しにょた……その……。……お、おなごに慣れ過ぎておらぬかのぅ?」
フィーネ様が少し言いよどみながら、そんなことを聞いてきた。
あー、そういえば前にも隆司に似たようなこと言われたっけか?
「ああ、はい。人より慣れている自覚は……」
「えええ~っ!? どういうことですか~!?」
「うわっ!?」
僕の言葉を聞いて、いきなりアルルさんが両肩に手を置いて僕の体を前後に揺さぶり始めた。
「コウタ様は~! てっきり~! 女性との~! お付き合いが~! ないものだと~! 思っていたのに~!」
「おち、おち、おちちっついてくだっさい!?」
「ちょ、アルルが乱心してるぞオイ!?」
「やめろ、アルル!」
がくがく揺さぶられているせいで、うまく舌が回らない僕。
そんな僕を助けるために、周りにいた魔導師の人たちがアルルさんを取り押さえてくれた。
初めこそ、周りに取りつかれても僕を揺さぶっていたアルルさんだけど、男の人が数人がかりで腕を押さえたらさすがに動きも取れなくなっていって、何とか僕から引きはがされていった。
「何をいきなりエキサイトしてるんだお前は!」
「は~な~し~て~!」
「はあ……はあ……」
周りの人たちに抑えられながらもジタバタ暴れるアルルさん。
僕は何とか息を整えつつ、アルルさんに説明を始めた。
「いや、お付き合いはありませんよ……?」
「じゃ、じゃあ、さっきのセリフはどういう意味じゃ?」
アルルさんの暴走を見て、びっくりしたような固まっていたフィーネ様の言葉に、僕は小さく頷きながら答える。
「歳が少し離れた姉が二人いるんですよ。それで、下の姉さんはともかく、上の姉さんがボディスキンシップの好きな人で……」
僕は苦笑しながら、向こうでの生活を思い出す。
僕の家は、僕が小さいころに両親が事故で亡くなっている。
本当に小さなころだったから、ほとんど両親のことは覚えていない。物心ついた時から覚えているのは、バリバリのキャリアウーマンとして活躍する上の姉さんと、バイトで少しでも家計を助けようとしていた下の姉さんのことだった。
どっちの姉さんも、僕を立派に育てようと頑張ってくれて、おかげで僕はこんなにすくすくと成長できた。
ただ、下の姉さんはともかく、上の姉さんはとにかく僕に抱き付いたりとか頬ずりしたりといったスキンシップが大好きな人で……。
僕の赤ん坊の頃を知っているせいか、可愛さがひとしおなんだとか。
物心ついた時から、そんな風にスキンシップを受けてきたせいで、一時期はそういう風に接するのがごくあたりまえなんだと思っていたくらいだ。
隆司に指摘されたおかげで、それは間違いだって気が付けたんだけどね。
「よく僕に抱き付いたりしてたんですよ。そのせいか、女性に抱き付かれたりしても大丈夫っていうか……」
少し懐かしい気分になりながら、僕はそう続けた。
そういえば、姉さんたち心配してるかな……。してるよね、あんなに僕のこと可愛がってくれてるんだもの……。
感傷的な気分に浸っていると、フィーネ様の表情が少し暗くなった。
「姉上がおるのか……?」
「はい。上の姉は僕と二十違って、下の姉は僕より十違います」
「ずいぶん年齢、離れてますね……」
アルルさんを取り押さえている魔導師の人が小さくつぶやいた。
確かに、かなり離れてるよね。普通なら、もう少し歳が近いものだと思うけど。
僕が苦笑していると、フィーネ様は暗い表情を振りはらうように何回か頭を振った。
「? フィーネ様?」
「な、なんでもない! それはともかく、だからおなごに慣れておるのか?」
「あ、はい。たぶん、そうなんじゃないかと自分で勝手に思ってるだけなんですけどね」
僕がそう締めくくると、フィーネ様が納得したように頷いた。
「なら、納得かのぅ。今までのアルルの奇行を受けてもほとんど平静を保っていられるのは」
「へ? 奇行……ですか?」
フィーネ様の言葉に、僕が気が抜けたような返事をすると、アルルさんを取り押さえている魔導師の人たちが口々に語り始めた。
「ある時は、コウタ様の背中に胸を押し付けるように抱き付き」
「ある時は、コウタ様に足を見せつけるように椅子に座り」
「ある時は、コウタ様の胸の中に思いっきり飛び込んでみたり」
「そんなことされとったのに、全く素のままに対応しとったから、ずっと不思議だったんじゃよ」
うんうんと頷くフィーネ様と魔導師の人たち。
ああ、言われてみればそういうこともされてた様な……。上の姉さんの行動とよく似てたから、あんまり気にしなかったけど。
僕はぐるりと周りの人たちの顔を見回してから、アルルさんの方に視線を落とした。
いつの間にか、アルルさんはうつむいていた。前髪に隠れて、その表情はうかがえない。
「えーっと、とりあえずそういうわけなんです。だから、そろそろアルルさんを離してあげてください」
「ああ、はいはい」
僕の言葉にうなずいて、魔導師の皆さんがアルルさんからどいていく。
うつむいたままのアルルさんは、小さく震えているようにも見えた。
「あの、アルルさん……?」
「………コウタ様」
うつむいたままのアルルさんが、少しだけ興奮したような声を上げた。
「はい? なんです」
「これからは~! 私のことを~! お姉さまと呼んでください~!」
アルルさんはそう叫びながら顔を上げた。
その顔は、驚くほど興奮しており、鼻の穴が少し膨らんで見えるほどだった。
「……はい?」
思わず目が点になりながら答える僕に、アルルさんは勢いよく抱き付いてきた。
「私の行動が~! コウタ様の~! お姉さまと~! 同じであるならば~! 向こうでの~! 生活を~! 忘れぬように~! 私が~! コウタ様の~! お姉さまになります~!」
「は、はあ……」
アルルさんの体を危なげなく受け止めながら曖昧に頷く僕。
えーっと……。一応、僕のことを心配してくれているのかなぁ?
困って周りを見回すけれど、周りの人たちはあいまいな笑みを浮かべながら肩をすくめるばかりだった。
フンスフンスと鼻息も荒いアルルさんは、僕の顔を見上げながらやっぱり興奮したように叫んだ。
「さあ~! 私のことを~! お姉さまと~! 呼んでください~! さあ~!」
「………」
困り果てて口を噤んだ僕は、天を見上げて今ここにはいない親友の名前を呼んだ。
隆司、できれば今すぐここにきてアルルさんにツッコみを入れてあげて……。
「だが断る」
「なんでありますか急に」
「いや、光太になんか言われた気がして……」
テレパシーはキッチリ隆司に届いた模様です。そして拒絶されたわけですが。
そんなわけで実は両親が不在だったらしい光太君。その分、上のお姉さんから過剰な愛情を受け取っていたようですが……。まあ、末弟が美少年だったら仕方ないわな!
次も光太君のお話! あれかなぁ! メイドさんとか来ちゃうかもなぁ!




