No.62:side・kota「Fry High」
フォルクス公爵の妨害もあったけれど、何とか次に奪還する領地が決まって、魔王軍侵攻の合図の狼煙が上がらなかったのを確認して、隆司たちはハンターズギルドから借りた馬車に乗って出発していった。
今回奪還に向かった領地はカルタ。おもに紙の原材料の植物を育てている町なんだそうだ。
魔導で発達しているこの国では、魔導を記すための紙を大量に使用する関係で、その生産に特化した領地はかなり重要度が高いらしい。
王都でもいくらかの量は生産しているらしいんだけど、奪われた領地に比べれば微々たる生産量で、備蓄なんかもそろそろ底をつきかけていたんだとか。
それから今回の奪還領地発表で初めて知ったんだけれど、一般の市場には火打石代わりの、簡単な発火魔法が使える呪符とかが流布しているんだとか。一回使いきりのものらしいんだけれど、そういう呪符が魔導師団にとっての主な収入源でもあるらしい。
それだけに、隆司たちには結構重たい期待がのしかかってる。もし紙が尽きれば、魔導師団の主な収入源が絶たれるのと同じだからだ。
でも、きっと隆司たちなら領地を取り戻してくれる。隆司は、確かに普段はどこか抜けてるし、ふざけたような態度で人に接することもあるけれど、やらなきゃならない時は人一倍頑張る男だから。
もちろん、真子ちゃんや礼美ちゃん、そしてこのアメリア王国のみんなも忘れちゃいけない。これだけのメンバーがそろってるなら、必ず取り戻してくれるさ。
だから僕は、そんなみんなに負けないように努力しなきゃいけない。特に隆司には追いつかなきゃ。
僕だって男なんだ。親友であり、ライバルでもある隆司には負けたくないよ!
そんな思いを込めて、僕は木剣を振るう腕に力を入れる。
「はぁっ!」
「ハイッ!」
カァーン!と騎士団の修練場に、乾いた音が響き渡る。
木剣と棒がぶつかり合い、ミシリと小さな音を立てた。
僕はそのまま、全体重を押し込むように一歩踏み込んだ。
「くっ!」
今回の訓練に付き合ってくれている、騎士の人がうめき声を上げて一歩下がる。
騎士の人が全身を力ませて、僕に対抗するように一歩踏み込もうとした。
僕はそれを見て、わざと力を抜いて横へ重心を移動させる。
僕と鍔迫り合いを行おうとしていた騎士の人の全力が、僕の横へと抜けて前へと突き抜けてしまう。
「うおっ!?」
競り合うべき相手を無くした棒ごと前へとつんのめった騎士の人の後ろへと素早く回り込み、その後頭部へ僕は木剣を突きつけた。
騎士の人は、倒れそうになりながらも踏み止まったけれど、後頭部に触れる木剣の感触に小さく息を呑み、そして諦めたように声を上げた。
「……参りました」
「……ありがとうございます」
その声を聞いて、僕は剣を引き、騎士の人に一礼した。
同時に、僕と騎士の人の試合を見ていた女性騎士たちが歓声を上げた。
僕はそちらを振り向いて、お礼代わりに手を振る。少し歓声が増えた気がした。
そんな皆の様子に僕が首を傾げていると、僕と騎士の人の試合結果を見て、満足そうに頷いたアスカさんがこちらに近づいてきた。
「お見事です、コウタ様」
「ありがとうございます、アスカさん」
肩を落としながら下がっていく騎士の人の背中を見送ってから、僕はアスカさんの方へと振り向いた。
「やはりコウタ様は、力を込めて一撃を叩きこむよりは、相手の力をいなすか、逆に利用する技術の方が向いているようですね……」
「やっぱり、そうですかね?」
アスカさんの言葉に、僕は首を傾げる。
でも、さっきなんかは全力で打ち込んだ感じなんだけどなぁ。
そんな僕の言葉に、アスカさんは首を振った。
「全体重を利用した攻撃術は、私のような女にも可能です。私が言いたいのは、腕力に頼った一撃のことです」
「腕力……ですか」
アスカさんに言われて、僕は自分の腕を見下ろす。
子供の頃から剣道は続けてるから、それなりに腕力に自信はあった。
けれど、やっぱりきちんと鍛えた男の騎士の人の腕に比べたら、少し細い感じがするんだよね……。
「やっぱり、鍛えたほうがいいんですかね……」
「鋼や鎧を貫くというのであれば、あるに越したことはないですが、コウタ様は魔王軍を殺さずに制するおつもりですよね?」
「ええ」
僕が頷くと、アスカさんは小さく微笑んだ。
「であれば問題ありません。腕力を鍛える分を、相手の力を制する技術を学ぶのに注ぎ込みましょう」
「相手の力を制する……」
そうか。良く考えれば、腕力があれば余計な破壊力が生まれて、相手を殺しちゃう可能性もあるんだ。
僕が持つ螺風剣は、鋼の刃を持つ魔法剣。普段は風の渦で刃を保護してるけど、常にそれが使えるわけじゃない。
なら、求めるべきは力じゃない。その力を制する技術だ。
そう完結すると、僕はアスカさんに、力強く頷いてみせた。
「はい、わかりました!」
「良い返事ですな!」
「しからばその決意のほど!」
「我々が確かめて御覧に入れましょう!」
僕の返事を聞いて、飛び出してきたのは、アルベルトさんにベルモンドさんにチャーリーさんだった。
「えーっと、アルベルトさんにベルモンドさんに、チャーリーさんですよね? 次は、御三方が相手してくださるんですか?」
「今すごい久しぶりに名前を呼んでもらえた気がする!」
「リュウジさんにABCとワンセットで呼ばれるようになってから、みんながABCって呼ぶようになったからなぁ……」
「徐々に魔導師やら神官やらにも広まってて、そのうち名前さえ忘れ去られてしまうんじゃないかと、戦々恐々としていたところです!」
僕が三人の名前を呼ぶと、なんだか涙を流して喜ばれた。
りゅ、隆司……。あだ名をつけてあげるのは良いと思うんだけど、ABCはどうなの……。
「す、すいません……。隆司が、変なあだ名つけちゃって……」
「いえいえ、構いませんとも!」
「リュウジさんは我々に道を示してくださった恩人です!」
「むしろ名付けてくださって感謝感激!」
「はぁ」
嫌がってはいないんだよね?
僕はちょっと反応に困って、アスカさんの方を向く。
アスカさんは頭を痛めたようにこめかみを抑えつつ、三人に指示を出し始めた。
「リュウジ様に忠誠を誓うのは構わんが……わかっているな?」
「「「もちろんですとも!」」」
三人は一様に頷くと、腰の後ろの方から一本の棒を取り出した。
どれも作りは同じで、RPGの初期装備によくあるヒノキの棒をそのまま形にしたみたいな感じだ。あとで説明してもらったんだけれど、巡回騎士の正規装備の警棒なんだとか。
「えーっと、それで誰から……」
「「「我々が相手です」」」
「え?」
「「「ですから、我々が相手なのです!」」」
三人にハモりながら言われて困惑する僕に、アスカさんが説明してくれた。
「次はこの三人を一度に相手していただきます」
「さ、三人を一度にですか!?」
その言葉に、僕はびっくりして思わず大きな声を出す。
アスカさんは厳しい顔で小さく頷いて、さっきの言葉が聞き間違いじゃないことを肯定する。
「はい。魔王軍の者たちは、ほとんどが我々に身体能力で勝ります。ですので、それに対する訓練として、こうして複数人を一度に相手にするというものがあるのです」
「な、なるほど……」
単純に二倍三倍、ってわけじゃないんだろうけど、魔王軍の人たちはかなり身体能力が高い。
ヴァルト将軍はいうに及ばず、ソフィアさんだって僕よりずっと速いんだ。
だから魔族と相対した時の状況を少しでも再現しようとこんな訓練が考え出されたんだろうな……。
僕は気を引き締めて、木剣を構えた。
「わかりました! いつでもどうぞ!」
「その意気です、コウタ様」
アスカさんは満足そうな声を出して、相対する僕たちから十分距離を取る。
そして両者の準備が整ったのを確認すると、軽く手を上げ……。
「……はじめっ!」
勢いよく振り下ろす!
同時に、目の前の三人が縦に並んで一直線にこちらに向かってきた。
正面から見ると、ひとりだけにしか見えない。
僕はまっすぐ進んでくる三人をじっと待ち構えた。
「コウタ様御覚悟ー!」
「っ!」
上段から振り下ろされる警棒を捌き、横へと抜ける。
そんな僕の顔に向かって、後ろの人の警棒がまっすぐに突きいれられた。
「!?」
「抜けさせませんよー!」
僕は慌ててしゃがんで回避。
すると三人目の騎士の人が、僕に覆いかぶさるように組みかかってきた。
「そこでしゃがむのは死亡フラグ!」
「うっ!?」
一瞬で地面に組み伏せられ、僕は全身で抵抗する。
「立ち上がらせない、Aボディプレス!」
「足掻かせない、Bプレッシャー!」
でも、続けざまに残った二人が上から覆いかぶさってきた。
そのまま僕は何とか抵抗を試みるけれど、上に乗った三人の騎士を動かすことはままならず……。
「……そこまで!」
結局その状況を脱出できずに、アスカさんが試合の終了を告げる。
アスカさんの声を聞いて、三人ともすぐに降りてくれた。
「コウタ様に乱暴するなー!」
「訓練だろうがこれは!」
「変態がー!」
「やかましいわ!」
「いいぞもっとやれー!」
「それは、何を求めてるんだ!?」
なぜか上がる野次に三人の騎士が答えている間に、アスカさんが僕に近づいてきて注意してくれる。
「コウタ様。今のように、一気呵成に責められては、どんな技術も無為に終わります」
「はい……」
「なるべく、相手の優位を活かさないよう、自らの優位を活かせるように立ち回ってみてください」
「わかりました」
アスカさんの注意を胸に刻み、僕はもう一度木剣を握る。
「アルベルトさん! ベルモンドさん! チャーリーさん! もう一本お願いします!」
「「「了解です!」」」
僕の言葉に、三人とも快く答えてくれて、素早くさっきと同じ体勢に戻った。
三対一の優位を活かさないような戦い方……。
「……はじめっ!」
アスカさんの合図と同時に、また三人が一度にこちらに向かって駆けてくる。
対して僕は、迎え撃つように三人に向かって駆けだした。
「コウタ様!」
アスカさんの厳しい声が上がる。
確かに待って普通にやられたんだから、こうして近づくのはいい策とは言えない。
でも、この状況を崩すには……!
「万策尽きましたかなー!?」
自身の優位を確信しているアルベルトさんの声とともに、また警棒が振り下ろされる。
けれど僕はそれをいなすのではなく、振り下ろされる前に地面を蹴って飛び上がる。
そして、地面に向かって警棒を振り下ろしたことで体勢がやや低くなっていたアルベルトさんの肩を踏み台にして、三人の体を一気に飛び越える。
「なんと!?」
ベルモンドさんの驚いたような声を背に、チャーリーさんの背後に着地し、振り向きざまに木剣を叩きつける。
状況に対応しきれなかったチャーリーさんは、木剣を受け止めきれずに横向けに吹き飛んでいく。
「ひでぶっ!」
「ぬう見事! だが、ただではやられんよ!」
チャーリーさんが吹き飛んだ間にこちらへと振り返っていたベルモンドさんのみぞおちに、僕は木剣を叩きこむ。
そのままもんどりうって倒れるベルモンドさん。
「うわらば!」
「フフフ、BCの二人を倒したか、だがその程度では!」
ベルモンドさんの横を抜けてきたアルベルトさんの額に、素早く木剣を振り下ろした。
「ちにゃ!」
「……それまで!」
三人が目をまわして倒れたのを確認して、アスカさんが声を上げる。
途端、さっきよりも数倍大きな歓声が上がって、女性の騎士さんたちが一気に僕のそばに駆け寄ってきた。
「う、うわ!?」
「すごいです、コウタ様!」
「あんな風に飛び上がれるなんて素敵!」
「まるで、英雄譚に出てくる、初代アメリア国王様の様でしたよ!」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
状況についていけずに困惑する僕。
「……オッホン!!」
そんな僕を助けてくれたのは、アスカさんだった。
いつの間にか僕の後ろに回ってきていたアスカさんがわざとらしく息をついて、周りの注意を引いてくれる。
その間に、僕はアスカさんの方を振り向いた。
「あ、アスカさん」
「コウタ様。先ほどの戦い、見事でした」
「あ、ありがとうございます」
「しかし!」
アスカさんがいきなり大きな声を上げるから、僕は思わず委縮してしまう。
「あのように、相手の不意を衝くために、逃げ場のない空中に身を躍らせるのはいけません。あの時ベルモンドかチャーリーがコウタ様の御体に触れていれば、そのまま頭から落ちる可能性もありました」
「あ、はい……」
アスカさんの指摘に、僕はうなだれる。
実際、その通りだった。僕の奇襲に驚いてくれたからよかったものの、すぐに理性を取り戻していたら、着地際を狙われていたかもしれない。
第一、魔王軍の人と相対するときは一対一なんだから、今みたいな奇襲は使えないよね……。
空中を飛ぶときの動きはうまくいったかもって思ったんだけどなぁ……。
「……ただ、まあ」
うなだれる僕に、アスカさんが遠慮がちに声をかけてくれる。
僕が顔を上げると、アスカさんがぎこちない笑みを浮かべていた。
「宙を舞っていた時の動きは称賛に値しました。奇襲としてではなく、一つの技術として昇華してみるのも良いかもしれません」
「本当ですか!?」
思わぬ言葉に僕が笑顔を浮かべてアスカさんに詰め寄ると、アスカさんはなぜか顔を赤くしながら身を引いた。
「え、ええ! ただ、危険が伴いますから、団長と話し合って決めましょう!」
「はい……!」
新しい必殺技が誕生するかもしれない予感に、僕は両の拳を握りしめた。
うまく行ったら、新しい名前を考えなくちゃ……!
こうして厨二病的必殺技を増やす光太君なのでしたw たぶん昇竜拳的な何かになるんじゃなかろうかと。
せっかく光太一人で残ったんだし、ラブコメいた感じの話を書きたかったんです……。フラグの増産ともいう。
次はアルルとの話になりますかな?