No.59:side・remi「王都の中で、小さな…」
私たちがヨークから戻ってしばらく。
真子ちゃんが殺されかけて、そのことをソフィアさんが謝ったというのを聞いて、私と光太君が魔王軍との和解に希望を見出したり、その話を聞いた隆司君が部屋の隅っこで体育座りを始めてみんなで一生懸命慰めたりしました。
隆司君も、なかなかソフィアさんに会えなくてかわいそうです……。真子ちゃんに言わせれば「間と運が悪いほうが悪い」なんだけど、それはあんまりじゃないかなぁ。
ともあれ私たちは、次の魔族の襲撃や領地奪還に備えてそれぞれ準備を始めました。
光太君は剣の修業を。真子ちゃんは道具の発明を。
私は、以前アルルさんが言っていた、祈りの習慣化を始めました。
あまりお祈りする習慣がなかったから、馴染むまで時間がかかりそうだけど頑張りたいです。
そんなある日のこと。
お祈りの時間が終わった私は、アルト王子の執務室に向かって歩いていました。
いつもなら、オーゼ様にお話を聞いたり、ヨハンさんに女神教団の教義を聞いたり、ジョージ君に魔法の練習を手伝ってもらったりするんですけど、皆さん今日はそれぞれに忙しいようだったので、アルト王子のお手伝いをすることにしたんです。
私はアルト王子の執務室の前に立つと、控えめにそのドアをノックしました。
「失礼します」
「はい、どうぞ」
返事で聞こえてきたのは、アルト王子の声ではなく、トランドさんの声でした。
あれ?と首を傾げてドアを開けると、いつものアルト王子の執務室でしたけど、アルト王子の執務机に向かっているのはトランドさんでした。
「トランドさん?」
「はい。王子に御用でしたか?」
「あ、はい。執務のお手伝いをと思ったんですけど……」
私は後ろ手にドアを閉めながら部屋の中に入り、執務室の中を見回します。
壁際の本棚も、花瓶に刺さった花も、植木鉢もみんなアルト王子のものでした。
うん、ここはアルト王子の執務室だよね。
「あのー。なんでトランドさんがここに?」
「王子の執務の代理を務めているからですが?」
「そ、そうなんですか?」
でも、トランドさんにも執務室はあったような……?
そう思った私の疑問を表情から読み取ったのか、トランドさんは小さく苦笑しました。
「もちろん、私にも執務室はありますが、ここにあります決裁書類を一々自分の部屋に運ぶより、こうして王子の部屋で仕事をした方が効率が良いので」
「な、なるほど」
机の上に積みあがった書類の束を見て、私は納得しました。
この大量の書類を運ぶのは一苦労そうです。
ともあれ疑問は解決しました。私は一つ頷いて、トランドさんに近づきました。
「なら、私にも手伝うことはありませんか?」
「ありがとうございます、レミ様」
トランドさんは優しく微笑んでくれましたけど、そのまま首を横に振りました。
「お気持ちだけ頂いておきます。レミ様は、今日も修行でお疲れでしょう? ゆっくりお休みください」
「は、はい」
年を経た人相応の迫力でそう言われ、私は頷くしかありませんでした。
うう……。でも、決裁書類のお手伝いとか何をすればいいのかわからなかったので、仕方ないといえば仕方ないかも……。
なら、アルト王子のお手伝いをしよう、と思い、私はトランドさんにお伺いしました。
「あのー、でしたらアルト王子はどちらでお仕事を?」
「どちらで、とおっしゃると?」
「はい、そちらの方のご様子を伺おうかと思いまして」
私がそういうと、トランドさんは小さく首を傾げました。
「さあ? 私もどちらに行かれるかうかがっておりませんから」
「そうですか……。ありがとうございます」
私はトランドさんにお礼を言って、そのまま執務室を後にしました。
そしてそのあと、簡単にお城の中を見て回りましたが、お城のどこにもアルト王子の姿はありませんでした。
むう、どこに行っちゃったんだろう。
ここまで探していないと、少し心配になります。途中で出会ったアンナ王女も見ていないっていうし……。
「それで、城下町まで探しに来たってわけか?」
「うん。ごめんね隆司君」
「いやそれはいいけどよ」
久しぶりにやってきた城下町。隣には隆司君がいます。
礼拝堂で一生懸命お祈りしていたところを、無理を言ってついてきてもらったんです。
そんな隆司君はいつもの格好で、後ろ頭をポリポリと掻いています。
「どうせなら光太とか真子の方がよかったんじゃねぇのか?」
「光太君も真子ちゃんも、一生懸命頑張ってるから邪魔しちゃ悪いもん」
「そういうもんかねぇ」
隆司君はそういうと、城下町の中を見回しました。
「で、アルトの奴を探すって話だが……。具体的にアテはあるのか?」
「それが全然」
「マジかよ」
私がひきつったような笑顔を浮かべると、隆司君の顏も引きつりました。
それもそのはず、このアメリア王国の王都は、王城を中心にその周囲に町が広がっているという構造なんですけど……その広さがかなり広大です。
町は東西南北の四つの区画に別れているのですが、その区画間の移動のために小さな馬車が利用されることがあるくらいなんです。しかもそれぞれの地区に人の住む居住区と商店街のようなものも存在するので、それらすべてを見て回るとなると一日では足りなくなりそうになるほどです。もちろん、それぞれの国は特徴といえるものはありますけど……。
例えば隆司君が所属するハンターズギルドは森のある北区にある関係で、御肉屋さんやそれを加工する職人さんが多く住んでいるとか。
そして私たちがいるのは魔王軍が侵略している方面の南区です。こちらの方面は貿易の出入り口として利用されることが多いみたいで、かなり大きな街道があるのが特徴になります。
「ここ全部しらみつぶしとか、シャレにならねぇぞ」
「そう、だよねぇ……」
隆司君の言葉に、私はがっくりと肩を落とします。
たった二人でこの王都全部を探すなんて、無理だよね……。
とはいえ、そこで諦めたら捜索は終わってしまうんです!
意を決した私は、すぐそばに立っていた区画間馬車駅の駅員さんに駆け寄りました。
「あの、すいません」
「はい? なんでしょう」
「アルト王子を見かけませんでしたか?」
「ええ、見ましたよ」
「えっ!?」
駅員さんはなんてこと無いように頷くと、東区の方を指差しました。
「早足に、人目に付かないように駆けてきて、素早く東区行きの馬車に乗りましたよ」
「そ、そうですか! ありがとうございます!」
「いえいえー」
駅員さんにお礼を言って、私は隆司君に駆け寄りました。
「隆司君! 手掛かりが見つかったよ!」
「マジかよ……」
いきなり手掛かりが見つかって興奮気味の私を見て、隆司君は唖然としながらつぶやきました。
確かに信じられないかもしれないけど、本当に見つかったんだもの!
「アルト王子は、東区に行ったみたい」
「東区ね。じゃあ、さっさと行くか」
「うん!」
私は頷いて、切符を買ってくれる隆司君の後を追います。
一応、御給金の形でトランドさんからお金は貰ってるんですけど、ハンターズギルドの副業がある隆司君や光太君の方がお金持ちなのです。うう……。
そしてちょうどやってきた馬車に乗り込んで、東区へと向かう私たち。
この東区は、こちら側の方面に布の素材となる植物が大量にとれる領地が多いということで、服屋さんや製布業の工場が多いのが特徴になります。
今私たちが着ている服を買った、テイクオフがあるのもこの区になります。
停留所に到着した私たちは、さっそく情報収集を開始します。
すると、アルト王子はテイクオフに向かったという情報が得られました。
「テイクオフに行ってどうするんだろう?」
「さあ? この国じゃ、服を集めるのがトレンドみたいな感じだし、流行に敏感なんじゃねぇの?」
隆司君の言葉に、そういうこともあるかもと頷く私。
アルト王子は私たちと同い年らしいんですけれど、今は王様の代わりに政務を執り行う立場です。たまには息を抜かないと大変ですよね。
そして向かったテイクオフ。ちょっと久しぶりです。
「お、この柄の着物いいかも」
隆司君が新しい着物を手に取っている間に、私はレジの店員さんに話を聞きます。
「あのー、すいません」
「はい、なんでしょう? 何か、お探しの品が?」
「あ、いえ。人を探してまして……」
笑顔で答えてくれた店員さんに申し訳なく思いながらも、私はアルト王子の行方を伺いました。
「こちらにアルト王子が伺ったと聞いたんですけれど、今はどちらに向かったかご存知ですか?」
「アルト王子ですか? こちらで一着だけ古着を買って、その場で着替えて出ていかれましたが?」
「ええ?」
一着、だけ?
その言葉に首を傾げてしまいます。
もし流行に敏感なら、もっとたくさん……最低でも二、三着くらいは買うんじゃないかなぁ?
一着だけ買って、しかもその場で着替えて出ていったって……。
私がその意味に悩んでいると、またたくさんの着物を抱えた隆司君がレジにやってきます。
「これだけおくれ」
「はい、ありがとうございます!」
「で、アルト王子の話の続きだけど、服以外に何か買っていかなかったか?」
着物を購入した隆司君の言葉に、店員さんは気前よく答えてくれました。
「ええ、買っていかれましたよ」
「物は?」
「布の鞄と、無地のバンダナですね」
「ふーん。ありがとう」
会計を終えた隆司君は、紙袋に詰めてもらった着物を肩に下げて、私を連れて外に出ました。
「お買い上げ、ありがとうございましたー」
店員さんの元気な声に後押しされて、テイクオフの外に出ます。
あ、そういえば。私も何か買えばよかったかも……。
「で、どういうことだと思う?」
「どうもこうも、お忍びかなんかじゃねぇの? 服を買えたのは、身分を隠すためで、バンダナは髪型を簡単に変えるためかなんかだろう」
隆司君の確信めいた言葉に、私は小さく頷きました。
それなら、古着を一着だけ買ったのも頷けます。
必要以上に買っちゃうと、行動に支障が出ちゃうもんね。
でも、そうなるとひとつだけ問題が出てきます。
「ここから先の捜索どうしよう……」
「さあ?」
私の言葉に、隆司君が無情に止めをさしちゃいました。うう……。
ここまで私たちがアルト王子の足跡を終えたのは、アルト王子が着ている服が王族専用のものだったからです。
華美な礼装があったり、特徴的な形をしているわけではありませんが、王族であるならばこれを着ているという制服のようなものらしいのですが、それがあったからアルト王子の姿を駅員さんや店員さんが覚えていたわけで……。
それを脱がれてしまうと、私たちには探す手段がありません。
さらに言えば、もしアルト王子がお忍びで城下町まで来ているというのであれば、それはプライベートということです。無理に探して、その邪魔をするのも悪いですよね……。
「店員さんに、どんな服着ている聞いておけばよかったかなぁ」
「一々覚えてないんじゃねぇの?」
「そうかなぁ……」
小さく肩を落とす私の背中を、隆司君がポンと叩きました。
「まあ、所在自体が分かったわけじゃねぇけど、誘拐みたいな話じゃないからいいじゃねぇか」
「うーん……。そうだよね」
「それより、この地区にはうまいパンを出す店があるって噂だぜ。ちょっと寄っていこうぜ」
隆司君のその言葉に、私の気持ちはちょっと浮上しました。
そうだよね。誘拐じゃないわけだし、これ以上は無理に探す必要ないよね。
私は隆司君が贔屓の喫茶店で聞いたという噂のパン屋さんに向かいます。
そのパン屋さんに近づくにつれ、小麦粉の焼けるいい匂いがしてきます。
うわぁ、おいしそうな匂いが漂ってくるよ~。
真子ちゃんと光太君のお土産にもいっぱい買っていこうっと!
そう決意する私の目の前に、件のパン屋さんの姿が現れました。
小さなお店ですけど、小洒落た名店っていう感じでなんだか素敵なお店です。
「うわぁ……!」
そして前面ガラス張りのお店の中には、色とりどりのパンがたくさん並んでいます。
果物や惣菜を盛り込んだたくさんのパンの山が!
私が思わずふらりと一歩踏み出そうとすると、その肩を隆司君が強く掴みました。
「きゃっ! りゅ、隆司君」
「ちょ、下がれ下がれ」
「???」
そういって私をそのまま反対側のお店とお店の隙間まで引きずっていきます。
な、なんだろう?
隙間の間から、じっとお店の中を観察する隆司君の袖を引いて、私はその様子を伺いました。
「ど、どうしたの隆司君?」
「アルトがいる」
「ええっ!?」
隆司君の言葉に、私は慌ててお店の中を観察しなおします。
ガラスの向こう側に見えるお店の中には、たくさんのパンが並べられた台の向こうに、店員さんと思われる女の子の姿と、その女の子の対面に立って楽しそうに話をしている男の子の姿が見えます。
どちらも背格好から私たちと同い年くらいなんですけど、男の子は頭にバンダナを巻いて手には布製の鞄。着ている服は目立たない感じの古着に見えなくはないです。
そしてちらりと見える横顔は……確かにアルト王子に見えました。
「あ、ホントだ!」
「お忍びでパン屋にとかマジかよ」
隆司君が少し面白そうにつぶやきます。
確かにそれも意外ですけど、もっと意外なのが……。
アルト王子の表情です。
パン屋の店員の女の子は、私から見ても可愛らしい女の子です。真子ちゃんみたいな美人さんっていう印象はないんですけど、笑った時の表情がとても愛らしい感じです。
それを見て、アルト王子も笑顔になってます。そして、その頬はほんのりと赤いです。
それを見て、思わず私は興奮してしまいました。
「アルト王子、あの子のことが好きなのかなー?」
「十中八九そうだr、え?」
私の言葉に、それこそ意外といった表情で、隆司君がこちらを向きました。
??? どうしたんだろう。アルト王子のことに関しては、同意してくれてるみたいだけど。
「お前……」
「な、なに?」
「恋愛感情持ってたのか!?」
「どういう意味ー!?」
あんまりといえばあんまりの言葉に、私は思わず悲鳴を上げました。
私だって、恋に憧れる女の子だよ!?
「いや、それはないわ」
その後、アルト王子がいなくなった頃合いを見計らって入ったパン屋さんで買ったお土産のパンを真子ちゃんに渡したときに、この時の会話の話をするとこういわれてしまいました。
くすん。ひどいよぅ……。
まあ、隆司の言うことにも一理あると思われ。しかし隆司と礼美のコンビは珍しいな。
そんなわけで、王子様の癒しスポットの紹介。町の中のパン屋の看板娘とか、贅沢やな王子!
しばらくはこんな感じのネタが続く……のかしら。気分次第です、うん。