No.6:side・mako「魔法少女たちの午後」
瞳を閉じた礼美が、深く何かに祈りをささげるように掌を組んでいる。
しばらくそうしていると、少しずつ礼美の掌が輝き始めた。
その光は柔らかく周囲に広がっていき、やがて礼美の目の前で座っていた神官服を着た男の体を包んでゆく。
男を包んでいた光は、男の両肩へと収束していき強い光を放つ。
「おお……!」
男は驚きに目を丸くして、光が収束したらすぐに二、三回肩をぐるぐる回した。
礼美は光が収まったのと同じくらいのタイミングで目を開いて、男に話しかけた
「あの、どうですか?」
「素晴らしいです、レミ様! まさか私の四十肩がこんなあっさり治るとは……!」
治してたのは四十肩かい。
ただ、何を治したというのは重要ではないらしい。
周りで見ていた神官やら魔導師やらがこぞって絶賛を始めた。
「すごいですレミ様!」
「さすが勇者様御一行のおひとり!」
「本当にありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます!」
周りの賞賛や男の感謝に礼を言う礼美。いや、あんたは礼を言われる立場で……。
まあいいや。
「にしても反則くさい能力ねぇ。祈っただけで他人を癒せるなんて」
「まったくじゃ……」
周りを囲まれてちやほやされている礼美を少し遠い所から眺めていたら、ふてくされたように机の上に顎を乗っけたフィーネが同意してつぶやいた。
その隣には山と積まれた大量の本が置いてある。
その表面にはこの世界の言葉でいろいろ書かれてあった。あたしには読めない。
「せっかくいろいろ教えちゃろうと思っとったのに、魔術言語なしに魔法に似た効果を発現させるとか……」
ぶー、という表現が似合いそうな感じで顔を膨らませるフィーネ。
こうしてみると、見た目相応の仕草ね。
「ご愁傷様ね」
「何言うとるか反則魔導師」
慰めてあげると、なぜかこっちまで睨まれてしまった。
心外な。反則なんて言われのない中傷だ。
「しつれーね。あたしはそこまで反則じゃないわよ?」
「何言うとるか! どの世界に、初めて見たはずの魔術言語の意味を、何の補助もなしに読解する人間がおるんじゃ!」
今度はガー、という感じで怒鳴られる。いやまあ、怒鳴りたくなる気持ちはわかるんだけれどね。
フィーネのいうとおり、どうやら覚醒したあたしの力はこの世界にとっては魔法を使う基盤となる言葉である魔術言語の意味を完全に理解するというものらしい。
それだけでなくある程度呪文の内容を知っていれば、呪文の構成を頭の中で組み立てて呪文の名前を唱えるだけで、その魔法が速攻で発動する。いわゆる詠唱破棄ね。
おかげで数冊の魔導書……この世界では魔法の教本みたいなものらしいんだけど、ともかくそれを読んだだけであたしはある程度魔法を使えるようになってしまった。
魔力量自体は並みらしいから、威力の大きい魔法はあまり連発できなさそうだけどね。
「なんでおぬしらそろってそんな反則くさい能力なんじゃ……」
「なんでといわれてもねぇ」
覚醒したから、としか?
と思っていたのだが、フィーネは疑わしい瞳でこちらを睨んできた。
「いいや、覚醒ではありえぬ」
「そうなん?」
「うむ。あくまであの本は魔力の覚醒を促すものであって、能力の覚醒を促すものではない。おぬしが見た本のイメージといい、わからぬことが多すぎるわ」
フィーネの言葉に、あたしは軽く肩をすくめてみせた。
光太たちと別れた後、あたしはすぐにフィーネに自分が見たものを教えた。
あの本のイメージや、それがあたしの体に潜り込んだこと。
包み隠さず教えたのだが、フィーネはあたしの話を半信半疑で聞いていた。
そもそもあの覚醒の本でそんな凶悪なイメージを抱く方がおかしいらしい。
先にフィーネ自身が言ったように、あの本は魔力を覚醒させるもので、覚醒した際に見えるイメージは基本的にその人間が持つ魔力の属性になるらしい。
なので見えるのは地水火風の四属性と光か闇かの全六種類のイメージになるはずらしい。この場合、礼美は光属性ね。
なのにあたしのイメージは覚醒に使ったはずの本で、しかもそれが潜り込んできた。こんな属性イメージはないだろう。
「おぬしらの世界は本当に魔法がなかったのか? いやそもそもおぬし、本当に異世界の住人か?」
「しつれーね。あたしは生まれた瞬間から向こうの世界の住人よ」
ジト目でこちらを睨んでくるフィーネに、あたしははっきりとそう返した。
こちとら礼美とは幼稚園の頃からの付き合いなのよ。今更生きてきた時間を否定されてたまりますか。
とはいえ、このわけのわからない力も確かに不安なのよね……。魔導書読んだ瞬間に頭の中に流れ込んできた情報には酔いそうになるし。魔術言語を頭の中で変換して魔法使った時なんかは、あまりに非現実的な自分に吐きそうになったくらいよ。
とはいえ、考えてもさすがに埒は開かないわよね。何しろ宮廷魔導師のフィーネにわからないんだもの。
今はそれよりも。
「というかさっきの話、本当なのフィーネ?」
「む? うむ、事実じゃよ」
あたしの確認に、フィーネはとりあえずうなずいてくれた。
「めんどうねぇ。まさか女神が魔王にさらわれてるとは思わなかったわ」
「さらわれたというても、もう数百年ほど前じゃがの」
あたしの言葉に、フィーネは首を振った。
女神の話になったのは、あたしのイメージを話した後のことだ。
魔王軍と会話できるなら、話し合いで魔王軍との戦いを終えることができるんじゃないだろうか、という話をフィーネとしたのだ。
そうしたらフィーネは。
「それは神官たちが許さんじゃろうな」
と答えてくれた。
それは何故かという質問に対する答えが「女神が魔王にさらわれた」だったのだ。
「数百年前にさらわれたんなら、勇者召喚はその時にやんなさいよ」
「当時は女神が残した召喚魔法陣の解析が不十分だったせいで、発動すらできん状況だったらしいからの」
「だからって、この機会に女神奪還までやらされるあたしらの身にもなってよ……」
あたしはげんなりつぶやいた。
神官たちは当然女神を信奉する者たちで構成されるのだが、今回の戦争で一番やる気があるのが彼らなのだ。
曰く、数百年前にさらわれた女神様を魔王から助け出す絶好の機会だと。
他力本願にもほどがあるわよ、まったく……。
ともあれ、一度は魔王軍の本拠地に乗り込まなきゃ、神官たちが暴動起こすかもしれない、というのがフィーネの見解だった。
この戦争に勝利して、女神も助け出す。どっちもやらなきゃなのが、勇者のつらい所ってところかしら?
「可能な限り魔導師団も援助するから、ぜひ頑張ってもらえんかのぅ」
「そりゃ、できることはするけど……できないことはできないからね?」
「もちろんそれでかまいませんとも」
フィーネと話をしていると、不意に横合いから声をかけられた。
そちらに顔を向けると、ひげをたっぷり蓄えた神官服の……あ、この人召喚されたときに見たことあるわ。一番偉そうな神官のおじいさんだわ。
あたしの不躾な視線に対しても、慈愛をたたえた瞳であたしを見つめているおじいさんは、小さく頭を下げた。
「神官長の、オーゼです」
「どうもご丁寧に……」
思わずあたしも頭を下げた。
てっきり礼美につきっきりになると思ってたんだけど……。
そんなあたしの考えを読んだのか、オーゼさんはゆっくり微笑んだ。
「レミ様は、私などがおらずとも大丈夫なようでしたからね」
「ああ、それはそうねぇ」
あたしが礼美の方に目をやってみると、今度は可愛く顔を力ませてシールドのようなものを出しているところだった。ああ、盾の類も呪文無視で使えるのねあの子。
「じゃあ、お伺いしたいことが」
「私にわかることでしたら」
「神官の皆さんは、今回の戦争に関してどう思われてるのです?」
オーゼさんは私の質問にしばらく黙って考えると。
「……女神様がおられなくなって数百年です。やはり若い者たちは、女神様奪還に意気込んでおります」
「やっぱ?」
まあ、そりゃそうよねぇ。自分たちが信奉する女神を奪還するチャンスがあるとなれば、そこに全力注ぎ込むわよねぇ。
「ちなみに、数百年前に女神を奪還できなかった理由は?」
「今回の戦争と同じで、魔族に対抗できるだけの力がなかったためといわれております。なのでこの数百年は、そのための力をつける期間のはずだったのですが……」
結局魔王軍には対抗できていない、と。
「後、竜の谷を越える方法が見つからんかったというのもある。その後数百年の間、様々な方法を研究しておるが、いまだによい方法は見つからんの」
あー、飛行機の類や大型生物もいないのか……。その辺もあたしらがどうにかしないとダメなのかしら。
あたしは祈るように天を仰いで、ため息をついた。
「ああ、もう……。あたしに関しては、多少段階すっ飛ばしてもよさそうなのは幸いかしら……」
礼美はまだあの力には慣れていないでしょうし、光太も右に同じ。一番の問題は隆司よねぇ……。いっそ、後方支援に完全に回すってのも手よね。
最悪、光太と礼美の関係改善に専念させるのもありだし。
そうしたら、今から礼美周りの人間に理解を得てもらうべきよね。
さしあたっては、神官たちと魔導師たちの長とか。
「神官長と宮廷魔導師さんから見て、礼美はどうかしら?」
あたしの質問に、まずはフィーネが答えてくれた。
「どうといわれてものぅ。女神の加護が強い人間にはレミのように祈るだけで人を癒すものもいるにはいるが、それでも一発で肉体改善など無茶すぎるし……。オーゼはどう思う?」
「女神様の加護が強い……というよりは女神様のお力に近いというべきに感じます」
続くオーゼさんの言葉に、あたしは眉根をひそめる。
女神の力に近いですって?
「その根拠は?」
「女神様の加護は、女神様の祈りが私たちの体を通して力として顕現している現象と聞いたことがあります。ならば、祈りのみで本当に人の体を癒せるレミ様のお力は――」
「――女神の力そのものに近いってわけ?」
理屈としてはあってるけど……。
あたしがウンウン唸り始めると、フィーネがあたしの方を見て一緒に唸り始めた。
「宮廷魔導師として気になるのは、むしろおぬしの方じゃがな。マコよ」
「ん? あたし?」
「さっきも言うたが、魔術言語を何の補助もなしに読解するなど普通ではない。おぬしが見たイメージに関係することじゃろうが……」
フィーネは少しためらうように黙ってから、意を決したように口にした。
「おぬしのその能力、むしろ魔王軍の……魔族の者たちが持つ特徴に近い」
「…………」
フィーネの言葉に黙り込むあたし。
……やっぱり、この世界の魔法の語源って。
「元々魔術言語は、女神が魔族たちの言語を我々人間にも使えるように改良して授けたものだ。なら、その言語を理解できるおぬしは……」
「やめなさい、フィーネ」
何も言えなくなったあたしに畳み掛けるフィーネの言葉の先を、オーゼさんが止めてくれる。
……少し、安心しちゃった。
フィーネは言葉の先を止められたことに不満があるのか、オーゼさんの顔をキッと睨みつけた。
「オーゼ、しかし!」
「たとえ何であれ、今のマコ様は我々の味方です。それ以上の真実が必要ですか?」
優しい口調だが、有無言わさぬ強さを秘めたオーゼさんの言葉に、フィーネはグッと喉元に声を詰まらせた。
そのままうつむいて黙るフィーネにため息をついて、オーゼさんがあたしに向き直る。
「申し訳ありませんマコ様。宮廷魔導師殿は、少々配慮に欠けるところがありまして」
「いえ、フィーネの疑問も当然だと思うので……」
この世界の魔法の言葉……魔術言語が元々魔族の言語だっていうなら、今のあたしは魔族だってフィーネじゃなくても思うもの。
今でこそ、勇者補正があるからみんな信じてくれるけど、最悪周りがみんな敵になってるって自体もあり得るのよね……。
今度は何やら補助系の魔法を成功させたらしい礼美が完成を受けているのを三度眺めながら、あたしはうっそりと目を細めた。
最悪、一人でやっていく覚悟位、決めておいた方がいいかしらね……。
真子ちゃんは警戒心が強い猫みたいな女の子です。
その代わり気を許した相手の懐にはガンガン踏み込んでくる感じ。
次は夜中の作戦会議!