No.57:side・mako「狐耳の呪術師」
狼煙が上がった翌日に、いつもの場所に向かったあたしたち。
それを出迎えたのはいつもの魔王軍に、一人欠けたソフィア親衛隊と、ソフィア本人。そしてヴァルト将軍の姿だった。
ソフィアはどことなく困ったように眉根を下げながら、あたしたちの姿をきょろきょろと見まわした。
そしてあたしの方を見ると、控えめに口を開いた。
「……なあ、魔導師。一つ聞きたいのだが……」
「なによ?」
あたしが短く答えると、ソフィアは少し逡巡する。
そして意を決したようにその名を口にした。
「……タツノミヤリュウジはどこにいるんだ?」
「隆司なら、まだヨークの奪還から帰ってないけど?」
ソフィアの口から隆司の名が出てきたことに若干驚きつつ、素直に答えてやると、ソフィアの顏がますます弱ったような表情になった。しょぼーんって感じ。AAだとこう?→(´・ω・`)
「いや、そんな顔してこっち見つめられても」
「また会えなかった……」
がっくり肩を落として小さくつぶやいた言葉は、本当にささやかなものだった。たぶん、あたしに聞かせるつもりはなかったんだろうけど……。
また?
「あら? てっきり、こっちの動きはお見通しだと思ったんだけど?」
あたしが挑発するようにそういうと、ソフィアはムッとしたような顔で口を開きかけ。
「閣下」
すんでのところでぽんとヴァルトに肩を叩かれて、ハッとなってあわてて口を噤んだ。
チッ、惜しい。
「……答える義理はない」
「そ。じゃあいいわ」
こちらを警戒するような硬い表情を作るソフィアに、あたしは肩をすくめた。
ヴァルトがいなきゃ、口を滑らせてくれてたかもしれないけれど、わかることもある。
どうやら、向こうもこちらの情報を完ぺきにつかんでいるわけではないようだ。
情報伝達にミスがあるのか、あるいは情報収集の方法そのものに問題があるのか……。
どちらにせよ、こちらにとってはうれしい話だ。少しでも情報の流出は押さえたい所なんだから。
まあ、ソフィアが警戒しちゃった以上、今は口を開かせられないでしょうけど。
あたしは仕切り直すように、ソフィアの顔を見つめた。
「で? 今回はどうすんの? みんなで殴りあい? それとも……」
「決闘です……!」
そういって一歩前に出てきたのは、毛並みのよろしい狐っ娘だった。
緊張か興奮か、その表情は妙に堅いが、全身からは迸るような熱意が伝わってきた。尻尾もこちらを警戒するようにブワッと広がっている。
「ヤーン、狐ちゃん! 尻尾モフモフ――」
「A」
「ハッ! Aラリアット!」
「おごぉっ!?」
今回はついてきたナージャが狐っ娘の姿を見て興奮しかけるのを聞いて、あたしは指パッチンと同時にAを呼ぶ。
後ろの方で、Aの叫びとカエルがつぶれるような声が聞こえてきた。無事、鎮圧できたようだ。
「……で、決闘だっけ?」
「何事もなかったかのように進めようとしているだと……!?」
ガオウがなんか言ってるけどスルー。
あたしの言葉に狐っ娘は強く頷いた。
「はい……! 今回は魔王軍を代表して、私が戦います……!」
「……っていってるけど、いいの?」
力み過ぎて顔が赤くなってきてる狐っ娘の後ろに控えるソフィアとヴァルトに確認を取る。
ソフィアは仕方ないという風に、そしてヴァルトは若干苦笑しながら、それぞれ頷いた。
「まあ、今回は本人たっての希望だ。叶えるのはやぶさかではない」
「できれば、受けてやってもらいたい」
「はあ」
なんか含みがある言い方ね?
と、ガオウが一歩前に出て、大きく息を吸い込んだ。
バカ声の気配にあたしが耳をふさぐのと同時に、ガオウはやっぱりでかい声を張り上げた。
「マナァァァァ! がんばれぇぇぇぇぇぇ!!」
大して離れてないってのに、なんでそんなデカい声出すのよ。
耳を塞いでいても頭に響くバカ声に顔をしかめるあたし。
目の前に立つ狐っ娘のマナも、ビクン!と体を震わせて……。
「う、うううううん!!! ががが、ががんがんばるよ!?」
「よしっ!」
顔を真っ赤にしながら振り返ってブンブンとガオウに頷いてみせた。
そんなマナの様子にガオウは満足したように頷き返し。
ソフィアは片手で顔を覆ってため息をつき、ヴァルトは苦笑の度合いを深めた。
……これは、まさか?
「スゥーハァー……。……で、では! そちらの代表者を――」
「ところで、ガオウ君との仲は進展したのかしら?」
「決めぇあばばばばばばば!!??」
深呼吸して口を開いたマナを遮るように、そう問いかけてやると目に見えて狼狽し始めた。
やっぱ、まだ前回の会戦の結果が尾を引いてるのねぇ。
これは利用しない手はないわね。
「な、仲!? し、進展!?」
「ええ」
あたしはここぞとばかりにとっておきの笑顔を浮かべながら、マナの言葉を肯定するように頷いた。
顔を赤くして手を振り回すマナの姿はいっそ滑稽なほどだ。
こうして動揺を誘っておけば、いざというときに戦いを有利に進めることができよう。
そう! これは立派な戦術であり、必勝の策なのよ!
決して光太と礼美をくっつける計画が思うように運ばなくて、ストレスをここで発散しようと考えているとかそういう余計な心づもりはないのよ! ……ないのよ?
誰にともなく言い訳を完了したあたしは、ここぞとばかりに畳み掛けた。
「同じ親衛隊で、寝食を共にする仲ですもの。きっとすぐに仲良くなれるんでしょうね?」
「ひ、ひえ!? け、けしてそのようなことは!?」
あたしの言葉を否定するように手と顔を横に振り回すマナ。
この子……奥手すぎて自分から一歩踏み出せないタイプか。
今の関係を壊したくない……そう考えて踏み止まっちゃうのね。いいから一歩踏んづけちゃえばいいのに……。
「マナ!? どうした!?」
「にゃ、にゃんでもにゃいよ!?」
こっちの声が聞こえているのかいないのか、心配そうな顔をしたガオウがまたでかい声を張り上げる。
「だが……!」
「にゃんでもにゃい! にゃんでもにゃいからぁ!」
心配そうにこちらに駆け寄ろうとしているが、マナはそれを拒否してひたすら何でもないを繰り返す。
どうでもいいけど、発音がミミル的よそれ。
ガオウは納得はいっていないようではあるが、マナの必死な様子を見て渋々という様子でおとなしく下がった。
あの顔は……下心なしに、真剣に目の前の仲間を心配している顔ね。
「マナとか言ったかしら?」
「ひゃ、ひゃい!?」
ビクンと体を跳ねて返事をしたマナに、ガオウの方を指差しながらあたしは忠告してやった。
「あたしが言うことじゃないんだけどさ。アレに気づいてもらうっていうのは、五十年かかっても無理よ?」
「ひゃう……」
あたしの言葉に、マナは意気消沈したようにがっくりと肩を落とした。
今目の前で、これほどわかりやすく取り乱しているというのに、全く気が付いていない様子のガオウ。鈍感具合では光太といい勝負かしら。
だって、これほど露骨に顔を赤くしたり、声をかけたら緊張したりしてんのに気付かないどころか、勘ぐったりしないのはどうなのよ?
「勘弁してやってほしい、魔導師よ」
「あん?」
あたしの表情から何を読み取ったのか、なぜかヴァルトが苦笑しながら声を上げた。
そしてガオウの隣に立つと、彼の肩をポンとたたいた。
「この者は、今まで剣一筋に生きてきた。ゆえに、それ以外の道に迷うことはないのだ」
「? 左様! 我が剣はひとえにソフィア様のためにあり! それ以外など迷う必要もない!」
ヴァルトの言葉をどう解釈したのか、一瞬疑問符を顔に浮かべたものの、すぐに大きく胸を張って宣言するガオウ。
その宣言を聞いて、マナがひときわ大きく肩を落としたのは言うまでもない。
つまりアレか。こいつはお人好しゆえの鈍感じゃなくて剣術バカゆえの鈍感か。
しかも剣を捧げる先は決まっているときてる。
その剣を捧げられたソフィアは、ガオウの宣言を聞いて、またため息を吐いた。
「ガオウよ……。たまにで構わんから、それ以外の道にも目を向けよ……」
「ハッ! 鋭意努力いたします!」
敬愛する閣下のお言葉に、そう返事をするガオウ。
でもそれは何もしないと同義語になりゃしない?
「ねえ、マナ。もういっそ既成事実なりなんなり刻んじゃえば?」
「き、きせっ!?」
あたしの言葉に、マナの顏がボフンと音を立ててひときわ赤くなる。
「ほら。あの男、誠実さはありそうだから、子供でもできたら絶対責任取るって……」
「そ、そ、そ……!」
追い打ちをかけるようにささやいてあげた言葉を聞いて、マナは目をぐるぐると回しながら後退を始め……。
クワッと怒り顔になって、あたしに向かって一枚の細長い紙を向けた。
「そ、そんな破廉恥なことは致しません! わ、わ、わた、私は!」
「そんなこと言ってたら、還暦迎えてもお友達止まりよ?」
「う、うるさいです! ハァッ!」
気合の掛け声とともに、手に持っていた細長い紙があたしに向かって投げつけられる。
紙の表面には魔術言語と思しき言語が書かれている。
となると、この紙の目的は……。
あたしが予想をつけるのと同時に、マナが片手で印を組んだ。
それを見て、あたしはとっさに後ろに向かって飛んだ。
「破ッ!」
さらに掛け声と同時に、紙の中にわずかに込められていた魔力が膨張し、弾ける。
パァンッ!
たった今、あたしの頭があったあたりで破裂音と衝撃をまき散らして消える紙。
その様を見て、ガオウが誇るように、高らかに声を張り上げた。
「見たか魔導師よ! これぞ、マナが得意とする魔導符術! 貴様も詠唱破棄による魔導を操るようだが、マナの魔導はそれを上回るぞ!」
「は、はうぅぅぅ……!」
ガオウの説明を聞き、マナの身体から腑抜けたように力が抜ける。
顔はだらしなく笑み崩れ、耳はへにゃりと折れ曲がり、しっぽはうれしさのあまり分身でもしてるんじゃないかというくらいの勢いで右に左に振り回された。
「はぅーん! 狐っ娘、おもちかえ――」
「B」
「ハッ! Bソバット!」
「ゴボォッ!?」
また暴走しかけるナージャさんを、Bによって鎮圧。
草原に人が倒れる音が響くのを聞いてから、あたしは行動を開始する。
「いくら愛しの人に褒められたからって、目の前の敵から気を抜くのは感心しないわね?」
「ハッ!?」
あたしの言葉に目を覚ましたように慌てて体に力を入れ直すマナだが、もう射程距離だ。
「強風撃!」
「きゃっ!?」
強風に煽られ、体勢が崩れる。
あたしはマナの足元に向かって蹴りを繰り出した。
「きゃ、きゃぁ!?」
マナはそれを慌てた様子で回避する。ただ、どこかその仕草はどんくさい。
魔族の身体能力なら、跳んで避けるなり、さらに踏み込んでくるなりすると思ったのだが、あたしの蹴りを見るなり大急ぎで反転してダッシュで距離を取った。
「……?」
そんなマナの様子にあたしは首を傾げる。
はて。魔族って、運動神経がいいんじゃないのかしら?
そんなあたしの疑問をよそに、マナは袖の中から大量の紙……符を取り出して、空中にばら撒いた。
「いでよ!」
マナの呼びかけと同時に、空中に浮いた符はそれぞれが大量の光の矢へと変わる。
中空に支えもなく出現した矢の数は、もはや壁と呼んでも差し支えないほどの量だ。
うわ。一人で呼び出す限界量をはるかに超えてるわよ?
マナは勢い良く腕を振りかぶり、あたしの方を指差し矢に指示を出す。
「いけっ!」
マナの言葉を受け、大量の矢が一斉にあたしに向かって飛んでくる。
スピードが速い。走って避けるのは無理ね。
間に潜り込もうにも、数が多すぎるせいで、避けきれる自信がない。
勝利を確信したマナが力強い笑みを浮かべる。
が、甘い。
「転移術式」
「!?」
あたしの唱えた呪文に、マナの顏が驚愕の色に染まる。
詠唱破棄で唱えた魔法は、見事にあたしの姿を矢の軌道から飛ばしてくれた。
「く!? どこに……!?」
マナはそのまま周囲を索敵し始める。
転移術式で飛んだあたしの姿を探してるんでしょうけど……。
だから甘いのよ。
「集え、天星」
「!?」
さっきまでいた場所から聞こえてきたあたしの声に、マナは弾かれたようにこっちに顔を向けた。
そう。先ほどの転移術式、単に大量の矢から避けるために使ったもので、どこかに飛ぶために使ったわけじゃない。立っていた場所から立っていた場所に転移しただけなのだ。
構成を編む労力を考えれば無駄としか言えない使い方だが、その構成を編む労力を無視できるあたしには、問題なく行使できる使用法。
「さて? 始めましょうか、マナ」
「……ッ!」
周囲を回る八つの天星のうち一つを手に取りながら微笑むあたしを見て、悔しそうに歯を喰いしばるマナ。
まだまだ戦いは始まったばかり……。退屈はさせないわよ?
久しぶりの真子ちゃん無双の予感! 果たしてマナちゃんは、前回の汚名を挽回できるのか!?(挽回してどうする
そしてまた隆司に会えずに欲求不満な姫様! 次回まで我慢できるのか!?
後半へ続くー!