No.54:side・ryuzi「沿岸の町、ヨーク」
「確か前回は、外に魔王軍はいなかったんだよな?」
「うん」
ヨーク近郊。
わずか四日ほどでそこまで到達した俺たち勇者一行は、そこで馬車を止めヨークの様子をうかがっていた。
遠間に見るヨークの姿は、圧巻というよりほかはない。
それは町の姿によるものではなく、ヨークの生活を支える海湖だった。
町を支える海産資源生産所の名は伊達ではなく、町よりもはるかに大きい、湖というよりはもう沿岸と言い切った方がいいのではないかと思えるほどの大きさなのだ。ちらほらと大きめの漁船の姿も見える。きっとたくさんの魚が取れるに違いない。
ヨークの町は、そんな海湖の傍らにぽつりと存在していた。
もちろん貴族が治める町というだけあってかなりの大きさであるが、海湖に比べてしまうと豆粒か何かに見えてくるから不思議だ。
「ちなみに、ヨークの海湖の外周を一周しようと思ったら徒歩で一週間以上はかかるとのうわさであります」
「マジか」
「もはや海だねー」
サンシターの解説に俺と礼美が感心したような声を上げる。
徒歩で一週間か……。相当でかいな。一般的な大きさの湖だってそんなに時間はかかったりしねぇだろ。水源はあるし、飯も釣ればよさそうだから一周すること自体は難しくなさそうではあるけど。
「で、そんなヨークだけどよ……」
「明らかに様子が~おかしいというか~」
ジョージとアルルが馬車の窓から顔をのぞかせながら、不安げに言葉を紡ぐ。
そのあとをつなぐように、アスカさんが口を開いた。
「明らかに、その、骨が動いて町を占拠していますね……」
「うん……」
光太が肯定するように頷いた。
そう、俺たちがさっさとヨークに馬車を乗り入れないのは遠間でもはっきりわかる、骨の姿のせいである。
全身の骨がばっちりそろった骨格標本そのものの骨が、剣を片手に街中を闊歩していやがる。
しかも一体や二体ではない。遠目に見ても、十体以上の骨が街中を練り歩いていた。ここから見えるいっぺんでそれだけの数の骨の姿が確認できるのだ。おそらく町全体で見ればもっと多くの骨がいるだろう。
「魔王軍に、あんなシュールな奴らいたのか?」
「いえ、今のところ確認できません」
俺の言葉に、アスカさんが首を横に振る。
うーん、長いこと魔王軍と戦ってるはずのアスカさんが見たことないということは、こういうところを護る専属のガーディアンか何かかね?
骨……スケルトンっていうのは魔導師に呼び出されて、そういう簡単な命令をこなすって相場が決まってるしなぁ。
「で、どうしようか隆司」
「俺に聞くなよ……」
何故か不安そうな顔をした光太が俺に指示を仰ごうとするが、そんな顔されたって困る。
俺たちは元々ヨークの町を取り戻しに来たのだ。当然選択肢なんてあるはずがない。
とはいえ、堂々馬車で乗り入れるのはまずいよなぁ……。
「馬車はここに置いておくか。サンシター、頼めるか?」
「はい、わかったであります」
「一応誰かを守りにおいておきたいところだけど……誰か残る?」
俺の問いかけに、誰も答えようとしない。
まあ、正直このメンツで一人残るなんて自主性を期待した俺が間違ってるんだけどな……。
「じゃあ、僕が」
「ううん、私が」
「お前らはお黙んなさい、主力勇者」
率先して手を上げてくれんのはうれしいけど、お前らがおらんと話にならんからな?
「しゃあない。サンシター、お前男の子だから一人で大丈夫だよな?」
「その理屈を出されてしまうと、反論できないであります……」
がっくりうなだれるサンシターであった。
まあ、ここにある馬車を一々魔王軍が占領しに来るとは思えんけどな。正直野生動物の方が問題だし。
サンシターに馬車を預けてヨークへと近づいて行った俺たちを出迎えたのは、予想通り大量のスケルトン。
「お? なんや己ら! ワイらが魔王軍、死霊団の一員ってわかってんのやろうな!?」
「いてこますぞ、こら!?」
「おっ!? やんのかこら!?」
ただしやたら滑舌も口も悪い、そこいらのチンピラのようなスケルトンだったが。
っていうか声帯もなしにしゃべるなお前ら。
「「「「「………」」」」」
あんまりといえば余りの光景に、喋るという選択肢を忘れる俺たち。
ただのガーディアンと思って近づいた結果がこれである。呆然としたくもなる。
「なんやこいつら。ビビって動けんようになっとるやないか」
スケルトンのうち一人が嘲るように言うと、周りのスケルトンたちもそれに同意するようにけたけたと笑い声をあげる。
こえー。笑いながら歯を鳴らす骨軍団こえー。
あんまりの状況に、ジョージなんかは露骨に顔が引きつってるし。アスカさんもUMAにでも遭遇したように硬直してるし。
「おう、ビビってんなら帰り。ほしたら怪我もせんで?」
スケルトンの一人が前に出て、俺の胸をついて追い返そうとする。
おそらくにやにやと笑ってるんだろう。声も余裕を感じさせるものだ。
っていうか表情筋がないからわかりづれぇんだよチクショウ。
とはいえ、この余裕面はむかつくな。
俺は無言で拳を固めると、いい感じの右ストレートを目の前のスケルトンに叩きこむ。
「ほぶっ!?」
悲鳴を上げて、スケルトンが吹き飛んだ。だが、身体の骨はバラバラにならない。どうやってつながってんだ。
「ああっ!?」
「なんやワレ!」
「やんのかこらぁ!?」
突然の出来事に、スケルトンたちが声を上げてこちらを威嚇し始める。ちなみに最初のスケルトンの発音は語尾が上がるアレだった。
俺はやっぱり無言で拳を鳴らしてスケルトンたちへと近づいていく。
「りゅ、隆司!?」
光太が後ろで制止を呼びかけるが、一々止まってたら日が暮れるわ。
「「「「「野郎、ぶっころしてやるぅあ!!」」」」」
スケルトンたちが一致団結して何か叫んでいるが、もはや語る言葉も持たず、俺はスケルトンの群れに突っ込んでいった。
「で? なんかいうことは?」
「「「「「調子こいてすんませんでしたー!!」」」」」
数分後。スケルトンの群れを撃破した俺たちは、大量のスケルトンの土下座という、大変にレアな光景を目にすることとなった。
最初こそ俺一人でスケルトンの群れを蹴散らしていたが、しばらくしてからヨハンや光太も参戦してくれたから時間はさほどかからなかった。アスカさんは最後まで目の前の光景を受け入れきれずに硬直してたけど。
「いや、ホンマすんませんでした……」
「自分ら調子こいてました……」
「なんでこないなことになったか、自分らもわかりまへんねん……」
「なんでお前ら一々関西弁なんだよ……」
なんつーか、古いヤクザ映画みたいなしゃべり方だよな……。まあ、それはどうでもいいか。
「それで、あなたたちはこのヨークを占拠している魔王軍なんですよね?」
「へえ、そうです」
「じゃあ、外をうろうろしていたのは何でですか?」
「そらもう、この町の警護に決まってますわ」
光太と礼美の質問に答えるスケルトン。まあ、この辺までは予想通りか。
「では、あなた方を率いている人物の名は?」
「死霊魔導師のガルガンド様です」
「ガルガンド~?」
聞いたことのない名前に首を傾げるアルル。
やべぇ、新しい四天王の名前か? ヴァルト、ラミレス、リアラ、そしてガルガンドって感じなんだろうか?
「そいつは四天王か?」
「へ? いやいやいや! そないなこと!」
「さよう。我は四天王に非ず。ただ其に仕えるものぞ」
俺の質問に答えたのは、スケルトンではなかった。
「っ!」
弾かれたように俺は声がした方に振り返る。
「我が主は、四天王の参謀マルコ様ぞ。このお名前、ゆめゆめ忘れることないよう」
どこかこちらを見下したような調子で響く声の主は、少なくとも人間ではなかった。
胡坐をかいて座布団かゴザのようなものに座ったまま空を飛ぶ、老齢の男性に見える。
だが、その肌は土気色で生気はなく、皺だらけになって乾燥しており、節くれだった指は枯れ木の枝か何かの様に見える。
だが、それだけなら体の悪いただのジジイだ。
特筆すべきは……。
「ひっ……!?」
その顔を見た礼美が、小さく悲鳴を上げる。
その男の顏は、ひどくしわがれており、鼻はそぎ落とされたように存在していない。両の眼は虚のようにぽっかりとした穴が開くばかりで目玉が見えない。
まるで死霊そのものだ。そんなものが動いて笑って、こちらに話しかけているのだ。シュールを通り越して、もはや恐怖である。
だが、俺はその姿に覚えがあった。
少し前、王都の喫茶店で聞いた一つの噂。
「お前か。アイティスが移動を始める前に、森に入ろうとする連中を追い掛け回した胡坐ジジイってのは」
「ほう? いつのことかは存ぜぬが、確かにしばし前森の中に入ろうとする不届き物を追いまわした覚えはあるな」
俺の質問に、胡坐ジジイ……ガルガンドはとぼけた調子で答えた。
「アイティス大移動の前にって……」
「前に話たろう? 四天王のリアラとやらが、森の中に居座ったって。それに前後して、魔王軍関係者っぽいのが、森に入ろうとする人間を追い払ってたんだよ」
「それじゃあ……!」
俺の言葉に、だがガルガンドは不気味に微笑んで何も言おうとしない。肯定も否定もしようとせず、ただこちらを見つめるのみだ。
そんなガルガンドの様子を見て、ヨハンとアスカさんが一歩前に出た。
「目的はともあれ、こちらに害意があるのは間違いないようですな」
「かつて王都の人間に害をなしたというのであれば、この場で……!」
どうやらアスカさんにとって骨はアウトでも、しわがれた外見のジジイの死体はセーフらしい。ラインはどこにあるのだろうか。
「やれやれ。血の気の多いことよ」
前に出た二人の姿を見て、ガルガンドが仕方がないというように首を横に振った。
そして宙を舞い、海湖の方に向かい始めた。
「お前たち、しばし足止めを頼むぞ?」
「「「「「へぇ、了解です! ガルガンド様!」」」」」
一糸乱れぬ動作で敬礼したスケルトンどもが、俺たちの行く手を遮るように立ちふさがった。
「こっから先はいかせへんでぇ!?」
「もし通りたかったら、ワイらを倒して」
「一回負けてんのに、なんでお前らそんなに自信満々なんだよ」
「あ、ちょ!? やめて、そこ耳やから握らんとってウボァ!?」
アイアンクローで握りしめたスケルトンの一人を使って、そのまま複数のスケルトンたちを薙ぎ払っていく。
光太たちも俺の後に続いて、スケルトンたちを吹き飛ばしていく。
「火炎球!」
「ごめんなさい! 光矢弾!」
「強風撃~!」
「「「「「ぎゃー!?」」」」」
三人の魔法で開いた穴に、光太を先頭に近接戦闘要員が強引に穴をあけていく。
「ううう、こんな骨を相手にすることになるなんて……」
「アスカさん! 無理はしないで!」
「あ、い、いえ! 大丈夫です!」
光太に心配されるアスカさんだが、剣はしっかり振るってスケルトンたちを吹き飛ばしていく。
まあ、元々が肉も鎧もついていないようなただの骨格標本どもだ。
剣を握ってはいるものの、ただの威嚇用なのか太刀筋も何もなくただ振りかぶっているだけである。
が。
「こっちやで! ガルガンド様がゆうてた勇者たちがおるんわ!」
「いてこましたるわ!」
「ワイらに喧嘩撃ったこと、後悔させたるで!」
叫び声が聞こえてきたかと思ったら、路地の陰からまたスケルトンの一団が姿を現す。
「おいおいまたかよ……」
「まだまだいるでぇ!?」
「そない簡単に通れると思うんやないで!?」
「げぇ!?」
うんざりしてつぶやくと、今度は反対の路地から別の一団が姿を現した。
「まさか、この町に来てるスケルトンが、全員俺たちのところに近づいてきてるのか!?」
「そのとーり!」
「ワイらは弱くとも、数はおんねん! あまぁ、見とったらあかんど!」
「うへぇあ」
さらに別の路地からスケルトンが固まって出てくるのを見て、俺は顔を蒼くする。
さすがにこんな数を一々相手してらんねぇぞ!?
「スケルトンのしかかり!」
「スケルトン掴みかかり!」
「いやー!?」
「貴様らレミ様に触れるな外道がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
礼美にのしかかったり掴みかかったスケルトンを、ヨハンさんが迫撃砲の勢いで粉砕する。
だが、礼美だけではなくアスカさんやアルル、光太にジョージにまでスケルトンがまとわりついている。
「いや~!」
「く、離せ!」
「ちくしょう、重いんだよ!」
「だ、だめだ!? 隆司!」
「文字通り人海戦術かよ!?」
気が付けば周囲一眼スケルトンだらけ。もはやスケルトンの河である。
俺の身体にもスケルトンはまとわりついているが、こっちに来てから手に入れた力のおかげで負担はさほどない。これなら俺一人だけでも追いかけたほうが早いか!?
でも、一人でガルガンド追撃しても返り討ちに合ったんじゃ……。
と、その時。
「リュウ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ん!? その声は……」
悲鳴のような叫び声を聞き、今まで俺たちが来た道を振り返る。
砂煙を上げながら、こちらに向かって爆走してくるその姿は……。
「サンシター!?」
「捕まるでありますぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
スケルトンたちを蹴散らし、すごい勢いで迫る馬車。他の連中もその存在に気が付き、何とかスケルトンを引きはがす。
そして、サンシターが馬車を止めるのと同時に怒涛に勢いで乗り込んでいく。
「レミ様!」
「は、はい!」
「アルル、掴まれ!」
「うう~!」
「ジョージ! お前は上でスケルトンどもを迎撃だ!」
「うわっ!?」
「僕も行くよ!」
俺はジョージの体を引っ掴むとそのまま天井に飛び乗る。光太も一緒に飛び乗り、全員が馬車に乗り込んだのを確認してサンシターに合図する。
「サンシター!」
「はいであります!」
「いかせると」「邪魔させるかボケがぁ!」「ブべら!?」
御者席に乗り込み、サンシターに掴みかかろうとするスケルトンを蹴り飛ばし、俺はサンシターの隣に腰かける。
「暴風結界!!」
ジョージの唱えた魔法が、馬車に群がるケルトンを吹き飛ばし、その隙をついてサンシターが馬車を走らせた!
高速で動く馬車がスケルトンを蹴散らす中、ようやく一心地付いた俺は、サンシターの肩を叩いた。
「助かった、サンシター……。しかし、なんでここまで来たんだ?」
「望遠鏡で、リュウ様たちがピンチなのを見ていてもたってもいられなかったであります」
なんてこと無いようにサンシターは告げる。しかしこの状況に馬車ごと突っ込むのは容易じゃ無かったろうに……。
ホントにこいつは良い奴だよ……。
ほろりとサンシターの心意気に涙する俺に、馬車の上から風を飛ばしてスケルトンをはじいていた光太が声を張り上げた。
「隆司! 海湖のそばに何かいる!」
「何か!? 何かってなんだよ!」
慌てて俺も海湖の方を見る。そこには、確かに何かがいた。
「こりゃ、ガルガンドに追いついても一悶着か……?」
激しい戦いの予感に、俺は乾いた唇を舐める。
一筋縄じゃいかねぇな、オイ……!
そんなわけで、ヨークでの戦いです。また増える魔王軍の人たち。
しかしスケルトンの人海戦術とかいやすぎる……。骨そのものは軽いでしょうけど。
次回、引き続きヨーク編です。