No.52:side・kota「夜陰の帳にて」
ヨークへの旅は、一応順調に進んでいった。
途中、野生の動物に何度か襲われたりもしたけれど、そのたびに隆司と一緒になって追い返したり、馬車の中からジョージ君が魔法を放って追い返したりして難を逃れた。
そして今は街道のすぐ脇の雑木林の中に簡単な野営を作って野宿の準備を行っているところだ。
女性用のテントと男性用のテントを立てているヨハンさんと隆司の横で、アルルさんとサンシターさんが今日の御飯の準備をしている。
礼美ちゃんとジョージ君は、今日つかった魔法に関して復習していて、僕は今アスカさんと剣の訓練を行っている。
こういう旅の中でも修練を怠らないほうがいい、というのはアスカさんの言葉だ。一日怠った訓練の遅れを取り戻すには、一週間近い時間がかかるって身をもって知っている僕は、特に異論もなくアスカさんとの訓練に打ち込んでいた。
「やはり、コウタ様は上達が早いですね」
「え? そうですか?」
そして一通り打ち合いが終わった後、アスカさんが不意にそんなことを言ってくれた。
「ええ。当初こそ、剣の扱いに苦心している様子が見てとれましたが、ここ最近はそんな様子も見られず、手足のように操っていられる。見知らぬ武器に慣れるまでは半年はかかるものが大半ですから、かなりのペースです」
そういわれて、僕は螺風剣を軽く振ってみる。
確かに、これを握ったばかりの時は竹刀を操るようにいかなくて、どうしても剣そのものに振り回される感覚が抜けなかったけど、最近はそんなこともなくなってきた。
細かくは覚えてないけど、こちらに来て一か月以上経ってる。それを考えれば、元々の技能があったとはいえ早いほう、なのかな?
「とはいえ、アスカさんにはまだまだ劣りますよ」
「それはそうです。こう見えて十年近い時間を剣とともに過ごしてきたのです。そうやすやすと追い抜かせたりはしませんよ」
アスカさんは得意げに胸を張った。
「十年! さすがですね!」
「ええ、ありがとうございます」
僕の賞賛に、アスカさんは照れ臭そうに微笑んだ。
と、僕の背中にいきなり誰かがのしかかってきた。
「わっ!? だ、誰ですか?」
「私も~、魔導を志して~十年くらいなんですよ~?」
「なにをしているんだアルル……」
背中にのしかかったアルルさんが、顔を乗り出して僕の頬に自分の頬をこすり付けるようなしぐさをし始めた。
「あ、アルルさん。くすぐったいですよ」
「私も~褒めてください~」
「何やってるんだ貴様ー!」
「ぎゅ~ッ」
途端に、アスカさんが顔を真っ赤にしながらアルルさんの顔を平手で押し出した。
アルルさんが苦しそうな声を上げながら、僕の背中から離れていった。
「アルル! 前から思っていたが、どうして貴様はそう破廉恥なのだ! もう少し淑女としての嗜みをだな!?」
「え~。そんなの気にして、おば様みたいに~いかず後家なんて~言われるのはいやよ~」
「あはは……」
また始まった……。
アスカさんとアルルさんは、幼馴染というだけあってすごい気安い関係なんだよね。
いつもは騎士としての規範を意識して行動するアスカさんも、アルルさんと一緒にいると砕けた様子になる。
アルルさんも、アスカさんが一緒にいないと魔導師としての冷静な一面が強く出ている気がするんだよね。
僕はそんな二人の関係がすごく羨ましい。僕と隆司の関係は、小学校の低学年くらいだけど、たまに隆司は僕にすごいよそよそしいときがあるんだよね。
「お前、このタイミングで俺んとこに来るの……?」って信じられないものを見るような、例えるなら宇宙人が目の前に降りてきたときみたいな表情で見られたときは、正直ショックだったよ……。
でも、三月十四日なんて、一通りお返し終えたらあとはどこに行こうが僕の勝手じゃないかなぁ。
「あ~ん、コウタ様~。アスカがいじめる~」
「っと!? アルルさん!?」
「誰がいじめとるかっ!?」
物思いにふけっていると、アルルさんがいきなり僕の胸に向かって飛び込んできた。
慌てて受け止めるけど、すぐにアスカさんが首根っこをつかんで引きはがしてくれる。
アルルさんはこういうボディスキンシップが好きみたいなんだけど、反応に困るんだよなぁ。一応僕も男の子だし……。
「いや、お前、二度も女に飛びかかられてびっくりする以外のリアクション返さねぇ奴が、反応に困るはねぇよ……」
「うわっ!? 隆司?」
いきなり背後からかけられた声にびっくりして飛びのいて振り返ると、そこには半目になった隆司が立っていた。
今のは本当にびっくりしたぁ……。ほとんど気配もないうえ、人の心を読むんだもん。
「いや、そこそこ付き合い長いからな? お前の考えくらい、顔見たらわかるわ」
「それにしたって、その言いぐさはないんじゃない?」
隆司の言葉に少しムッとした僕は、反論を試みる。
と、隆司はじっとりとした眼差しをしてアルルさんを指差した。
「じゃあお前、アルルに抱き付かれてどうだったよ?」
「どうって……」
隆司の指を追って、アルルさんの方を見る。
アルルさんは何故かこちらを期待の眼差しで見つめ、アスカさんはいつも以上に険しい、何かに焦っているような目でこっちを睨んでいた。
そんな二人を目に収めてから、僕は隆司に向き直って、こういった。
「いきなり抱き付かれるのは困るなぁって」
「それで?」
「それでって……それだけだけど」
隆司はため息をついて、眉間のしわを揉み始める。
「じゃあ、なんで困るんだよ?」
「いや、体勢崩れて倒れちゃったら、怪我するかもしれないでしょ?」
「さよか」
隆司は一つ何かをあきらめるように頷いてからサンシターさんの方に歩いて行った。
うーん。隆司って、たまにああいう質問するんだけど何か意味があるのかな?
と、そんな隆司の背中を追うようになんだかがっくり肩を落としたアルルさんが歩いていき、アスカさんが少しだけ嬉しそうな顔をしながらそれに追従していった。
「ほれ見ろ。慎ましやかな淑女こそがコウタ様にはふさわしいのだよ♪」
「うう~……。ちょっと自信~なくなっちゃうわ~……」
何の自信がなくなるんだろう?
とはいえ、そういうことを気軽に聞くのも失礼な気がするから、僕は何も言わずにその背中を追いかけた。
ちょうどごはんができたらしく、サンシターさんが礼美ちゃんとジョージ君を呼んでいる。
香草を加えて香ばしく焼けたお肉を見て、僕は自然と笑みを浮かべていた。
慎ましやかにご飯を終えた僕たちは、夜陰も深くなってきたので早々に休むことになった。
一応ジョージ君とヨハンさんが獣除けの結界を張ってくれているとのことだけど、絶対ではないらしい。
「ヨハンさん。代わりますよ」
「ああ、ありがとうございます」
火の番をヨハンさんと交代した僕は、こちらに来る時に一緒に持ち込んだ手帳を取り出してページをめくる。
そこには日頃思いついた、ちょっとした言葉やかっこいい名前なんかを書き溜めてあった。いわゆるネタ帳って奴かなぁ。
でも、隆司も礼美ちゃんもこういうことやってないんだよね……。
やってないといわれたとき、正直ショックだった。
みんな結構やってると思ってたんだけどなぁ……。
「はあ……」
っと、ため息ばっかりもついてられない。礼美ちゃんの祈りの盾のための呪文に使えそうな言葉探さないと……。
こちらに来てからは、必殺技に使えそうな言葉しか書いてないから、前のページの方に書いてないかな……。
前の方のページをめくっていると、かさりと背後から足音が聞こえてきた。
振り返ると、毛布を羽織った礼美ちゃんが僕の背後に立っていた。
「礼美ちゃん? どうしたの?」
「うん。火の番、代わろうかと思って」
礼美ちゃんはそう言って微笑んだ。
やっぱり礼美ちゃんは優しいな。人が嫌がることを進んでやろうとするっていうか。
でも、さすがに徹夜で火の番はさせられないよ。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ? だから、ゆっくり休んでね」
僕も笑って、礼美ちゃんにそういった。
火の番の順番は、初めから男性のみローテーションで組まれている。
礼美ちゃんが無理をする必要はないよ、という意味で言ったんだけど、礼美ちゃんはそうとらなかったみたいで、頬をぷっくりふくらませてこういった。
「じゃあ、光太君がさびしくないように一緒にいる」
「いや、さびしくは……」
僕が反論するより先に、礼美ちゃんは反論を許さない素早さで僕の隣に座った。
そして僕の手元を興味深そうに覗き込んできた。
「これ、今日のお昼に言ってた?」
「あ、うん。礼美ちゃんの祈りの盾に合いそうな言葉が書いてあったかどうか、今ちょっと確認してて」
僕は頷いて、少しページをめくった。
そこには適当極まりない感じで「極光の輝きとともに~」とか「紅蓮を吹き上げ~」と書かれている。
それを見て、礼美ちゃんがなんとなく僕を気遣うような笑顔を浮かべた。
「えっと……こんな感じの詠唱になるのかな……?」
「いや、さすがにこれは!?」
この辺りは、攻撃魔法とか考えてる時の奴だったよ!
慌ててもう少し前のページをめくる。
「えーっと“来よ、鋼の守り。妙なる祈りとともに”……」
「ああ、そうそうこんな感じ」
どう?という気持ちを込めて礼美ちゃんを見つめると、礼美ちゃんはまた僕を気遣うような笑顔を浮かべた。
「も、もうちょっとわかりやすい感じにしてくれると、嬉しい、かなぁ……?」
「えー」
僕は礼美ちゃんの言葉に難しい顔になる。
これよりわかりやすい感じかぁ……。かなり簡単な感じだと思うんだけどなぁ。難しい漢字なんて使ってないし。
「ご、ごめんね? 私も、自分で考えてみるから……」
「そう?」
すまなさそうにいう礼美ちゃんの顔を見ながら、僕は少し残念に思った。
うーん、やっぱり自分で考えた言葉の方がしっくりくるよね。でも少しさびしい気もするなぁ……。
そうして、礼美ちゃんとの間に会話が途切れた。
パチパチと、獣除けの焚き木が爆ぜる音だけがしばらく響き渡った。
「……ふふ」
「? 礼美ちゃん?」
礼美ちゃんが、何かを思い出したように笑い声をあげた。
不思議に思って声をかけると、礼美ちゃんは笑顔のまま首を横に振った。
「ごめんなさい。……なんだか、こんな風に生活してるのが信じられなくて」
「そう? 前の時も、似たような感じだったじゃない」
「そうなんだけど、真子ちゃんがいたから」
そういって、礼美ちゃんが少しだけさびしそうに笑った。
そういえば、前の時は真子ちゃんが強制的に礼美ちゃんを眠らせてたっけ。睡魔って魔法で。
「魔法の練習とかしている時以外は、ずっと真子ちゃんといたから、向こうにいる時の感覚とそんなに変わらなかったんだけど……」
つぶやいて、礼美ちゃんはじっと焚き火を見つめる。
「こうして真子ちゃんがいないと、いやでもここが異世界で、私たちが暮らしている世界じゃないんだなって、意識しちゃって……」
「礼美ちゃん……」
僕は礼美ちゃんにかける言葉を考えた。
きっと礼美ちゃんにとっては、真子ちゃんと一緒にいるということが日常の象徴だったんだ。
真子ちゃんと一緒にいるから、突然異世界に飛ばされても慌てずに順応できたんだと思う。
でも、今は……真子ちゃんがいない。だから、今いる場所を異世界だと強く意識してしまい、不安になっているんだろう。
「礼美ちゃん」
僕は彼女の名前を呼んで、小さなその頭を胸の中にギュッと抱いた。
腕の中で驚いたように礼美ちゃんが体を堅くする。
「こ、光太君?」
「大丈夫。僕や隆司じゃ、不安だろうけど……。きっと元の世界に戻れるよ」
僕の言葉に、礼美ちゃんが小さく体を震わせて、それから少しずつ力を抜いて行った。
「戻れる……よね? また、みんな一緒に、向こうで暮らせるよね?」
「うん。きっと真子ちゃんや、フィーネ様が何とかしてくれるよ。だから、そんな顔をしないで」
「……うん」
礼美ちゃんが小さく頷いて、僕の体をぎゅっと抱きしめてくる。
僕もぎゅっと抱きしめて、しばらくしてからお互いに体を離した。
それから顔を見合わせて、ほんの少し照れくさくなって笑った。
「ごめんね、光太君」
「ううん。こっちこそ、ごめんね?」
「ううん、ありがと。……私、もう寝るね」
「うん、御休み」
「うん」
礼美ちゃんはそういうと、ずり落ちた毛布を肩にかけ直して、そのままテントの中へと戻っていった。
と、それに入れ代わりになるように隆司がテントの中から姿を見せた。
なんか壮絶な顔をしてるけど、何だろう?
「隆司? どうかし――」
「抱きしめといてそのまま解放するとかないわー」
隆司はそんなことを呟きながら、なぜか僕の額にチョップを決めた。ビシリと。
「いたっ!? な、何、隆司!?」
隆司に問いかけるけど、その答えはなくそのままテントの中へ戻っていった。
「……?」
隆司の奇行に訝しむ僕だけど、きっと寝ぼけてたんだろうと思って、焚き火の番に戻ることにした。
少し勢いの弱まった木の中に、折った枝を放り込むと、ぱちりと音を立ててまた木が爆ぜるのだった。
「や、やはりコウタ様とレミ様は……」
「いやいや~、まだわからないわ~。あれだけやって~、愛のささやきの~一つもないなんて~、恋人としては~おかしいでしょ~?」
「そ、そうか? だが」
「つけ入る隙は~あるはずだわ~。あきらめず~、がんばりましょ~」
「お、おー……」
たぶん隆司は起きていたと思われます。こういった行動を平然とするのが光太で、それを受け入れるのが礼美です。これがデフォルトです。おかしすぎるだろうお前ら……。
そしてこちら側のフラグは割とまともに機能中。この差はなんなの一体。
次回は王都へとカメラを戻してみたいと思います。