No.51:side・remi「強い祈りを力に」
がたがたゴトゴトと、馬車が音を立てて揺れています。
会議の後、私たちはまっすぐにヨークへと向かうことになりました。
ただ、この前の遠征とは少し違う点が一つだけ。
「しかし、あの兄ちゃんが、まさかハンターズギルドから馬車借りてくるとはなぁ」
ジョージ君が、勢いよく後ろへと跳んでいく光景を見て、驚いたような声を上げています。
前見た窓から外の光景と違って、かなりのスピードが出ているのが分かります。
少しだけ開いている窓からは、爽やかな風が出たり入ったりを繰り返しています。
そう、今回は前の遅馬じゃなくて、普通の馬による普通の馬車なのです。
何故遅馬じゃないのかといえば、六日間かかる長旅にかかる原因が遅馬によるものだって聞いた隆司君が嫌がって。
「ちょっと待ってろ!」
の一言でハンターズギルドまで走っていって、借りてきたのです。
隆司君によれば、ハンターズギルドは各領地に支部がある関係で、依頼を受けたハンターを派遣するときに使うものの中から一馬車借りてきたんだとか。
そういうことができるんなら、どうして初めからやらないのか騎士団長さんに聞いてみたんですけど。
「ギルド、というかキルトのおっさんに貸を作るのがいやでな……」
ってつぶやいた後言葉を濁していました。
キルトさん、っていう人と何かあったのかなぁ?
まあ、それはともかく、普通の二頭立ての馬車なんですけど、馬のための休憩の時間を含めても、遅馬で六日かかるところが四日でヨークに着けるようになるとのことなんです!
やっぱり馬は速いというか、遅馬がとても遅いというか……。
とにかく、そういうわけで今回の旅はもう少し快適なものになりそうです。
ただ……。
「う~……」
「アルルさん。そのような顔をなさってはいけませんよ」
「でも~……」
不満そうな顔で、アルルさんが唸り声を上げています。
ヨハンさんがそんなアルルさんを窘めていますが、居心地が悪そうに体をゆすりました。
「私が馬車の席で~、コウタ様が天井なんて~……」
「私としても大変遺憾ですが、今回用意できた馬車の大きさを考えるとやむを得ないでしょう」
ヨハンさんはそう言いますが、アルルさんはまだ不満そうです。
かくいう私も、少しだけ居心地が悪いです。
そう、今回の馬車の最大乗員は、御者席も含めて六人まで。
あぶれた二人が今どこにいるのかといえば……。
私は窓を大きく開けて、身を乗り出して天井の二人に声をかけました。
「光太君、隆司君! 大丈夫ー!?」
「平気平気ー」
「大丈夫だよ! マントもあるし、風も気持ちいいしね!」
天井からは、隆司君ののんびりした声と、光太君の楽しそうな声が帰ってきました。
そう。残った二人は天井にしがみつくことになってしまったんです……。
天井には、荷物を置くスペースがあったので、しがみつくこと自体は難しくないそうなんですけど……。
なんだか悪いです……。
「後で替わるよー!?」
「バカ言ってないで、おとなしく座席にいろよー」
「女の子を、こんなところに座らせる方が居心地悪いよ!」
私の提案は、男の子二人に一蹴されてしまいました……。
むう。隆司君、バカはないんじゃないかなぁ……。
私が不満に頬を膨らませていると、ヨハンさんが勢いよく片手を上げました。
「ご安心ください、レミ様! 後程、この私めがお二人に代わり、天井へと移動いたしましょう!」
「え? それは、ありがたいんですけど……」
でも、それだとヨハンさんに悪い気がするし……。
「でも私なら、祈りの盾で風も凌げますし……」
「バカ、やめろって。祈りの盾だって、いつまでも張り続けられるわけじゃねーじゃねーか」
私の意見は、ジョージ君によって却下されました。
うう。いい案だと思ったのになぁ……。
「そもそもあれ、意志力を消費するタイプだろ? 張り続けて、意志力が切れて、こっちが気が付かねぇうちに馬車から落とされるなんてことになったら、シャレにならねーだろーが」
「あう……」
ジョージ君のもっともな言葉に、私はうなだれます。
そもそもあの祈りの盾の持続時間は、今のところは十分を超えるか超えないかくらいです。
これなら、普通にマントを羽織ってる方が防寒効果は高いよね……。
「うーん……。祈りの盾の持続時間、うまく伸ばせないかなぁ……」
私はつぶやいて指でくるりと円を描いて、一枚のガラスのような盾を呼び出しました。
私はじっとその盾に集中して、なるべく長く保てるように頑張りますけど、盾はすぐにシャンと鈴が鳴るような音を立てて消えてしまいました。
特別意識しないで出す盾は、やっぱりすぐに消えちゃうなぁ……。
「ねえ、ジョージ君」
「んだよ?」
「こういう、意志力を多く使う能力の持続時間をうまく伸ばす方法はないかなぁ?」
私の質問に、ジョージ君は唸り声を上げました。
「一応魔導師団でも、そっち方面の研究はしてるんだけど、効果的な訓練方法は見つかってねーんだよなー……」
「そうなの?」
「おーよ。その辺の分野は、むしろ女神教団の方が秀でてるんじゃねーの?」
「ええ。女神様より賜ったこの技術、けして腐らせぬよう、日々研鑽を重ねております」
ジョージ君の言葉に、ヨハンさんが小さく頷いて微笑みました。
じゃあ、と私はヨハンさんに向き直りました。
「ヨハンさん。こういう祈りの盾を持続させる方法ってないんでしょうか?」
「ならばやはり、日々の礼拝が効果的でしょう」
「日々の礼拝……」
私はヨハンさんの言葉に、難しい顔になってしまいました。
うう。私、日本の生まれだから神様みたいな存在を一心に信じたことはないんです……。不信心な子でごめんなさい……。
「ああ、申し訳ありません、レミ様!」
と、私の顔を見たヨハンさんが慌てたように頭を下げました。
「あ、ごめんなさい! 別に、ヨハンさんが悪いわけじゃ……」
「いえ! 女神の再顕現であらせられるレミ様に、己に祈れなどと蒙昧なことを申し上げてしまいました……!」
………ええっと。
ヨハンさんの言葉に固まる私の隣で、ジョージ君が大げさにため息をつきました。
「あんた、そのオーゲサなとこどうにかならない?」
「信仰心を捨てよと君はいうのかね?」
真面目な顔をしてジョージ君に反論するヨハンさんの瞳には、欠片の迷いもありませんでした。
反応に困る私の耳に、苦笑するアルルさんの声が聞こえてきました。
「まあ~、ヨハンさんの信仰心は~、いつものことということで~」
「は、はい」
「実際~、ヨハンさんのいう~毎日祈るというのは~効果的な方法なんですよ~?」
「え? そうなんですか?」
私が驚くと、アルルさんは楽しそうに一つ頷きました。
「はい~。毎日~意識を集中する~習慣をつけるんです~。そうすることで~意志力を使う能力が~強化されたという例が~、聞かれているんですよ~?」
「そうなんですか……」
私はアルルさんの言葉に小さく頷きました。
なるほど。そういえば意志力は意識の力。意識を集中できる癖をつければ、意志力を使う能力が強化できるよね。
「というわけなんだけど」
「唐突過ぎねぇか、相談内容」
馬車の休憩時間、天井から降りてきた光太君と隆司君に、アルルさんから聞いた話をしました。
そして、意識を集中する方法に関して意見を聞こうと思ったんですけど、隆司君からそんな言葉をもらいました。
もう! こっちは真剣なんだよ!
「いや、真剣なのはわかってるけど、それをいきなり聞かされてどうしろってのよ……」
私の言葉に、腕を組んだ隆司君は唸り声を上げました。
いろいろ言いながらも、ちゃんと考えてくれてるみたいです。
「うーん、意識を集中する方法かぁ……」
光太君も首をひねりながら考えていましたが、何か思いついたようです。
「あ。礼美ちゃん。あの盾だけど……」
「あの盾って、この盾?」
「そうそれ」
「お前、息を吐くように盾出すなよ……」
光太君に言われて、空中に盾を呼び出しました。
隆司君が何かを呟いていますが、それを気にするより先に光太君が口を開きます。
「それを出す時に、何か仕草を付け加えてみるとか、呪文を唱えてみるとかしてみれば?」
「え? どういうこと?」
呪文も仕草もいらないのが私の盾の強みなのに、それをなくすような提案です。
でも、光太君は真剣な顔で続けました。
「いや、緊急の時はそういうのはなくてもいいんだよ。でも、威力を強化したいなら、こういうのは結構大事なんだよ」
「そ、そうなの?」
「うん」
光太君は一つ頷いて、立ち上がりました。
そして、腰の剣を抜いて青眼の構えを取ります。
「ゴルフとか野球とか、ボールを打つ前に何かの形でパフォーマンスするでしょ? ああいうのをプリショット・ルーチンっていうんだけど、あれを行うことで集中力が上がったり、成功率が上がったりするんだ」
光太君はそのまま二度三度と繰り返し面打ちを繰り返します。
「成功するたびに同じ行動を繰り返すことで、必ず成功するイメージを自分の中に刷り込むんだ」
「一つのゲン担ぎみてェなもんか?」
「そういう言い方もある……ねッ!」
そして光太君は最後に鋭い一撃を打ち下ろしました。
その一撃は今までの軽い素振りと比べ、明らかに重さも速さも違いました。
光太君にとってのプリショット・ルーチンがなんだったのかはわかりませんが、きっと光太君にもそういうのがあるんでしょう。
素振りを終えた光太君は、にっこりと笑ってまた座りました。
「魔法の呪文や、祈りの動作なんかにも同じことが言えると思うんだけど、どうかな?」
「でも、そんなもん一朝一夕にできたりしねぇんじゃねぇの?」
光太君はこの案に自信があるみたいですけど、隆司君は難しい顔になりました。
正直、私も同じような顔になってる気がします。
「え? そ、そうかな?」
「普通はそうだろ」
隆司君の言葉に、なぜか光太君がひどく狼狽し始めました。
? どうしたんだろう?
「で、でもさ? 普通は何か思いついた一言とか、ちょっとかっこいい言葉とかメモ帳に」
「まとめないし」
「まとめない!? まとめないかな!?」
隆司君の冷静なひと言に、光太君がショックを受けたような顔になりました。
「わ、私もまとめない、かなぁ……」
「そ、そっかぁ……」
私も隆司君の意見に賛成すると、光太君はガックリと肩を落としました。
あああ、なんだかひどいことをした気分になってきました!
「で、でも! その案はすごい良いと思うよ! ね、ねえ隆司君!?」
「まあな。思いつきの一言や、かっこいい言葉をメモにまとめる癖のねぇ人間には厳しいかもしれんが、悪くはない気がするなー」
「りゅ、隆司君!!」
ニヤニヤと意地悪く笑いながら隆司君が口にした言葉に、光太君がガクンと頭を殴られたみたいに揺らして私たちに背中を向けて、体育座りを始めてしまいました。
ああああ、なんだかとっても哀愁が漂ってるよー!?
「そっか、普通じゃないんだー……」
「うううぅぅぅ……! じゃ、じゃあ! 隆司君には何か案があるの!?」
「え? 俺?」
私は何とか光太君を元気づけようと、隆司君を指差します!
ほ、本当はこういうの良くないと思うけど、隆司君がいい案を出せなければ、光太君も元気が出るはず!
でも、隆司君は至極あっさりと私に答えました。
「えーっと、ちょっと考えただけだと、きつめにバンダナ巻くとか?」
「ば、バンダナ?」
「おう」
隆司君は一つ頷いて、荷物の中から一枚のバンダナと、懐からお財布を取り出しました。
そしてお財布の中から十円玉を取り出すとバンダナで包んで……。
「こんな感じでバンダナになんか堅いもん仕込んで……」
「う、うん……って、いたいいたい!?」
そのバンダナを私の頭にギュッと巻きつけました!?
イタイイタイ、十円玉が当たって痛いよ!?
「痛いよー!?」
「がまんしろぃ! ……とまあ、こんなもんだな」
「どんなもんなのー!?」
きつめに縛られたバンダナは、絶えず私の額を十円玉で刺激します。
ホントにきつく縛ってあるから、私じゃとれません。うわーん!?
「額は痛いか?」
「痛いよー……」
私が恨みがましいまなざしで睨んでも、隆司君は涼しい顔をして頷きました。
「それでいいんだよ。これは漫画で呼んだ方法なんだが」
「うう、漫画の方法実行してほしくありません……」
「いいから聞けよ。その額の痛い部分、要するに痛点に意識を集中するんだ。痛いんだから、いやでも意識はそこに向くだろ?」
言われて私は額に巻かれたバンダナに手を当てます。
そして瞳を閉じて、痛みが集中してる部分……十円玉あたりに意識を向けてみます。
……確かに、何もしていない時に比べると意識を集中しやすいかもしれません。
「うん、意識は集中できるかも……」
「だろ?」
「でもさ、隆司。いつもバンダナ巻いてたら、その内痛みに慣れたりしない?」
いつの間にか復活していた光太君が、私も少し考えた懸念を口にしますが、隆司君は軽く肩を竦めました。
「それでも十円玉は常に額を圧迫するわけだろ? そこを意識の集中点にすればいいんじゃね? さもなきゃ、何度でも巻き直せばいいだろ」
「い、痛いのはいやかも……」
「なら、光太先生監修の元、祈りの盾の呪文と動作を完成させねぇとな」
「なんでわざわざ僕が!? っていうか先生って!」
私がおびえたように後ずさると、隆司君はしたり顔で頷きます。
光太君は驚いたように声を上げますが、私としてはなるべくそっちの方がいいです。
「光太先生! よろしくおねがいします!」
「礼美ちゃんもノらないでよぉ!?」
光太君が悲鳴じみた声を上げました。
でも、少しだけ嬉しそうです。やっぱり、思いついたことは、実行してみたいもんね?
光太君の厨二スキルは生来のもののようです。だから光破旋風刃なんて即席で出てくるんですねわ(ry。
ちなみに今回の意識集中方法、特にプリショット・ルーチンの方ですが、実際に存在する方法です。本来はゴルフ用語なんですよね、これ。
次回は光太視点で旅の続きをー。