No.50:side・ryuzi「次なる領地へ」
「おまたせ」
「いえ、突然お呼びたてして、申し訳ありませんでした」
サンシターが呼びに行った真子が、円卓へとやってきた。
これで全員だな。
真子が礼美の隣の空いている席に座り、アルトの方を向きながら口を開いた。
「それで、次に取り返す領地が決まったってことなんだけどさ」
「ええ、今度は南にある領地でして……」
「ああ、そうじゃなくて」
アルトが今度の領地について説明しようとすると、真子が片手を上げてそれを制した。
そしてその場にいる全員を見回し、バツが悪そうに頬を掻き始める。
「今回、あたしはこっちに残りたいんだけど」
「え!? 何故ですの!?」
「いや、発明っていうか道具作りに専念したいからだけど」
真子の言葉に驚愕したのはアンナ。
まあ、前回普通に戦いに行ってくれたのに、今回はダメっていわれたらそうも言いたくなるわな。
ただ、真子の言葉に驚いたのは、アンナだけじゃなかった。
「真子ちゃん、今回は来てくれないの……?」
「ごめんね礼美」
礼美が悲しそうな表情を浮かべると、真子がウィンクしながら申し訳なさそうに謝った。
そして礼美に続いて、光太も難しそうな顔になった。
「でも、真子ちゃんが来てくれないとなると、魔法関係の攻撃力が少し不安になるかも」
「ああ、じゃあ俺が今度は行くわ」
「えっ!?」
俺が手を上げてそういうと光太が驚いたような顔になった。
なんだ、そんなに意外か。
「意外っていうか……いいの? またソフィアさんに会えなくなるかも……」
俺の言葉に、そう気遣う光太。
フ、確かにまたニアミスを起こす可能性はある……。
だがしかし!
「心配すんな。向こうも領地を何度も奪い返されるわけにゃいかねぇだろ? なら、こっちが動けば必ず戦力が動く。向こうがこっちの動きをある程度把握してるなら、なおさらな」
「な、なるほど……」
自信満々に言い放った俺の言葉に、納得したように頷く光太。
まあ、光太の指摘は当然っちゃ当然だけどな。こっちが動いたからと言って、向こうが動いてくれるとは限らねぇ。
だが行くか行かないかの二択。つまり二分の一の確率……。そして、嫁に連続で会えない確率は二分の一の二乗、四分の一! そうそう外れやしねぇ! パーセントで言うなら25%だろうって意見は聞かない。
「リュウジ様が動いてくださるなら、確かに攻撃力の不足は心配しなくてよいと思いますが……本当によろしいので?」
「作ったばかりの部隊を置いて遠征などして、よろしいのですの?」
今度はアルトとアンナが心配そうな顔でこちらを見つめてくる。
俺はそんな二人に向かって自信満々に頷いて見せた。
「一応大丈夫だろ。騎士ABCを代理の隊長にしとくから。必要があったら動かしてもらっていいぜ」
「騎士ABC……?」
俺の言葉に眉根を寄せるアンナ。あ、ABCじゃ通じねぇか。まあ、いいや。
「他のメンツは変動なしでいいんだよな?」
「あ、はい。今回も騎士団からはサンシター四等衛兵、アスカ二等騎士。魔導師団より速術師ジョージ、属性術師アルル。女神教団よりヨハン司祭となります」
なんのかんのと名前がついちゃいるが、要するにいつものメンツってことか。
っていうか、前の会議の時も思ったんだけど四等衛兵ってなんだサンシター。確か騎士団の一番下のランクって、三等衛兵からじゃないのか?
「つまり自分、見習い以下というわけなのであります……」
「もうちょっと頑張れよお前は……」
しょんぼり肩を落とすサンシターであるが、逆にすごいと考えられなくもない。見習い以下の能力しかないと、公式に認められているのにまだ騎士団にいられるとか。
実はこいつ、スゲェ身分の生まれだったりしねぇだろうな?
「あ、それはご心配なく。自分、寒村の農民の子でありますから」
「謎が深まるなぁ、オイ」
「あの……話を進めてもよろしいでしょうか……?」
「「あ、はい」」
アルトの言葉に、サンシターと一緒になって頷く。
やべぇ。今、会議中だって素で忘れてた。
「それで……今度、皆様に取り戻していただきたいのは、王都より南に存在しますヨークです」
「ヨーク?」
「はい。巨大な海湖を中心に発展した町で、アメリア王国の主な海産資源を生産している町になるんですの」
海湖って確か、そこが見えないほど深い、海みたいに塩っ辛い湖だっけか?
今度はそこを取り戻しに行くのか……。最近、ウッピー肉にも飽きてきたし、ここいらで魚を食べるのも悪くなさそうだな……。
「なあ。そこの名産の魚ってどんなのがいるんだ?」
「え? ヨークのですか……?」
「確か、プチホエールの肉が美味と聞きますの」
「っていうか、隆司。行く前から食べる気満々なの……?」
「え? なんか悪いか?」
俺の質問を聞いて、光太が苦笑する。
むしろ異世界に来たんだから、向こうじゃ食べられないものを腹いっぱい食べるくらいの気概はあってしかるべきじゃねぇの?
「しかしプチホエールねぇ。どんな魚なのよ?」
「プチっていうくらいだし、小さなクジラなのかな?」
「クジラというのがどういう生き物かは存じませんが、プチホエールは通常は掌くらいの大きさの魚なんですが、ごくまれに家を超えるほどの大きさに成長する個体が存在するんです」
「そしてその個体が卵を産んで、増える生き物なのですのよ」
「「へー」」
真子と礼美の質問に、アルトとアンナが答える。
しかし、プチなのは幼魚なのか……。でも、話の感じからすると、食うのはその幼魚っぽいな。
あんまり食うところなさそうだ。
と、俺がまだ見ぬプチホエールに思いをはせていると、バン!と大きな音を立てて会議室の扉がいきなり開かれた。
「フォルクス公爵! まだ会議中で……!」
「その会議に関係あることだ! アルト王子!」
部屋に入ってきたのは、貧相ななりの貴族風味のヒゲ面男だ。ヒゲの手入れは整っているみたいだけど、正直カイゼル髭よりチョビ髭の方が似合ってる気がしてならねぇ風貌だ。
そいつの姿を見たアルトが、いやなものを見た顔になる。
ガムを踏んづけた後、靴の裏を見たときみたいな顔だなー。
「フォルクス公爵……。今は領地奪還のための会議中なのですが……」
「その領地奪還のことでお話があってまいりました!」
貴族風味の男がふんぞり返りながら、鼻息荒くアルトに近寄っていく。
「何故我がフォルクス領ではなく、ヨークなどというどうでもよい場所を指定されているのです!? まずは歴史ある、我がフォルクス領をこそ取り戻すべきなのではないのですか!?」
「……前にも説明しましたように、まずは王都周辺の領地を取り戻すことこそが最優先と判断したのです」
「最優先!? その優先すべき事項はいったいなんなのです!? 古くから王国に使える我が一族を蔑ろにするほどの優先事項が、ヨークにはあるのですか!?」
つばやらヨダレやらを飛沫のように飛ばしながら、アルトに詰め寄るヒゲ公爵。
そういや、王都に近い領地から取り戻すってのは聞いてるが、どういう優先順位なのかはよく知らんな俺。
「その辺どうなん、サンシター」
「何故自分に聞くのでありますか。優先されている順位は、王都において不足しがちな物資であります」
ボソボソとサンシターに問いかけると、こっそり答えてくれた。
えーっと前回のレストは貿易の町か。となると、とにかく補給線を復活させるために取り戻したってことか?
じゃあ、今回のヨークは海産物が不足してるってことか?
「そんなところであります。明かりに使う魚脂が不足しがちなのであります」
「へー」
魚の油って、明かりにも使えんのか。
「で、あのおっさんが叫んでるフォルクス領ってどんな領地なん?」
「ええっと、あまり大きな声では言えないのでありますが……」
サンシターはちらりとおっさんの方を見る。
おっさんはひたすらアルトに文句を言うばかりでこちらのことなど欠片も気にしている様子がない。
そのことを確認してから、サンシターはさらに声を低くして俺に耳打ちした。
「貴族としての歴史は古く、アメリア王国生誕時から仕えているでありますが、レストのように交易をおこなっているわけでも、ヨークのように何らかの資源が豊富にあるわけでもないので……」
「いてもいなくても同じってこと?」
「貴様! 今なんといった!?」
おっさんが何やらこっちにいちゃもんをつけ始めた。
あんな大声でわめいてたのに、何でこっちの小声の会話が聞こえるんだ。耳ざといにもほどがあんぞ。
「我がフォルクス領が、いてもいなくても同じだと!? 訂正せよ!」
「フォルクス公爵!」
今度はこちらに標的を変えたおっさんが、肩をいからせながら詰め寄ってくる。
思ってもいなかった事態に、俺の隣でサンシターが委縮した。
「貴様のような貧民に、我がフォルクス領の価値がわかるのか!?」
「い、いえ、それは……」
おっさんの言葉に、サンシターが声を詰まらせる。
それに気を良くしたのかあるいは勢いづいたのか、おっさんは口から泡を飛ばしまくる。
「この私が、いったいどれほどの想いで、我がフォルクス領の奪還を待ちわびているのかわかっているのか!? こうして話をしているのさえ一分一秒さえ惜しいというときに、いてもいなくても同じなどと、よく言えるものだな!?」
「は、ははぁ! 申し訳ないであります!」
「申し訳ないですむか、バカモノがぁ!!」
サンシターが敬礼で謝罪する。
っていうか、そのいてもいなくても同じっていったのは俺なんだけど? なんでこのおっさんサンシターに食いついてるわけ?
「おっさん、おっさん」
「む!? な、何だ貴様!?」
俺が声をかけると、途端におっさんは怯えたように後ずさりする。
? 何このおっさん。人の顔を見てビビるとか、失礼じゃない?
まあ、そんなことはどうでもいいか。
「いつまでもうっとうしいんで、帰ってくんない? あんたの領地奪還はまた今度ってことで」
「なっ!?」
ヒラヒラと片手を振って追い返す仕草をしてやると、おっさんの顏が一瞬蒼くなってから一気に赤くなった。
「ま、また今度とは何事だァァァァァァァァ!!!」
そのままブルブル震えはじめ、臨界点に突入したのか、大口空けて怒鳴り声を上げた。
うるせー。
「我がフォルクス領の奪還より最優先すべき事項などないと先ほどから言っておるのに、なぜそれを理解せんのだ!!!」
「いやだって、あんたそれしか言ってねぇし」
自領の奪還が最優先、と声高に主張するのはいいけど、なんでそれが最優先なのかさっぱりわからんからなー。
「それしか言ってない!? それ以上に口にすべきことがあるとでもいうのか!?」
「あるわよ?」
俺が口を開こうとするより早く、真子が頬杖を突きながら、うっとうしそうにおっさんを見た。
おっさんは血走った目でギョロリと真子を睨む。
「なにぃ!?」
「たとえばレストの場合なら、貿易を行っているからアメリア王国の物資を補充できるし、ヨークの場合なら、海産物の補充ができるわけじゃない。どっちも生命線っていっても良いわよ?」
「それがどうした! そんなもの、我がフォルクス領を取り戻した後にでも考えればよい事柄ではないか!」
真子の言葉に、おっさんは鼻を鳴らして反論……いや、反論ですらねぇなぁ。
もはや何を言ってるのかすらわからねぇ。
おっさんの反論を聞き、もうかける言葉も見つからないという風に首を横に振る真子。
そんな真子の態度がまた頭に来るのか、おっさんが顔をさらに赤くする。
が、そんなおっさんが大声を張り上げるより早く、光太が立ち上がった。
「フォルクス公爵」
「な! ……何かな、勇者殿……?」
おっさんは光太に声をかけられ、反射的に怒鳴り声をあげかけるが、目の前の光太の立場を思い出したのか何とか声を抑えた。
さすがに勇者に怒鳴り声を上げるほど、アホじゃないか。
光太はにっこりと笑いながら、口を開いた。
「お話は伺わせていただきました。大変痛ましく思います」
「そ、そうだろう! だから――」
「なので、いずれの機会にフォルクス領を奪還させていただきます。今は、御引取ください」
おっさんが何か言うより早く、光太がそう答える。
その言葉を聞いて、おっさんが顔を明るくする。
「ほ、本当か!」
「ええ、お約束します。なので、今回は……」
「わ、わかった! 確かに聞いたぞ! 必ず、我がフォルクス領を奪還してくれ!」
光太の言葉に満足そうに頷くと、おっさんはそのまま足早に会議場を出ていった。
「……なあ、サンシター?」
「は、はい。なんでありますか?」
俺はおっさんの背中を見送りながら、軽く首を傾げた。
「あのおっさん、ちゃんと教育受けてんのかなぁ」
「は、は? どういう意味でありますか?」
「いやだって、光太の奴、今いずれとしか言ってねぇぞ?」
いずれ奪還するとは言った。だがいずれだ。そのいずれは明日かも知れないし、十年後になることだってあり得るわけだ。
なんで時期の指定を確約しねぇんだろうか。
俺の言葉に、光太は苦笑した。
「そう言わないと、帰ってくれそうになかったからさ……」
「にしたって、あれはねぇだろ、常識的に考えて……」
俺は疲れたようにため息を吐いた。
いや食って掛かられたのはアルトにサンシターだから、俺が疲れるのはお門違いなんだけどさぁ。
すると、アルトが申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません、リュウジ様……。二度も、御見苦しい所をお見せして」
「いいよ気にすんな……」
まさかあんなアホ貴族が一々乗り込んでくるなんて、思いもしねぇもんよ。
俺はまたため息をついて、頭をガリガリ掻いた。
あのアホ貴族、なんか変なことしでかさねぇだろうなぁ……?
そんなわけで作戦会議編。今回は真子ちゃんがお留守番のようです。
しかしこのフォルクス、二度目の登場になりますが……どうしようこいつ。書いてて全然面白くない。マジどうしてくれよう。
次回、少し時間を飛ばしてー、旅の途中ですよー?